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カンピオーネ!5人”の”神殺し

作者:芳奈
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締まらない人々

「なんということだろう・・・!」

 その街に、おどけた様な声が響く。普段ならばネオンライトや車、数え切れない人の笑顔で輝いている筈のその都市は、今や全てが沈黙している。寝ない街。世界有数の大都市は、その機能を完全にストップさせていた。
 何故?
 原因は、その街の象徴とも言える自由の女神。彼女の立っている土台から冠まで、その全てが凍結しているからである!
 台座部分から天辺まで含めると、その大きさは93メートルにも及ぶこの像が凍結している・・・そう。周囲に全く影響を与えず、この像のみが凍結しているのだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 この状況を見て、不安を覚えない人間などこの世にいないだろう。自分たちの住んでいる街ニューヨークは、この氷の影響なのか、真冬かと思うほどに冷えはするが全くの無事。しかし、その象徴のみが、五分もしないうちに完全に凍りついてしまったのだから。
 更に、自由の女神が凍りついたと同時期から、市民の中から錯乱する人間が現れた。街の犯罪率は急激に上昇し、過去最大値にまで上がった。一時は大変な騒ぎへとなったほどだ。

 しかし、彼らは他国の人間と比べて、比較的冷静であった。

 彼らは知っているからだ。物理法則では決して測れない存在がこの世には居ることを。それらは時にビルを破壊し、海を割り、人々を動物へと変える。正に『神』としか言い表しようのない能力を持っていると。現代兵器などでは決して太刀打ちできぬ、超常の力がこの世に存在することを知っているのだ。

 ・・・そして、彼らはこれも知っている。

 その『神』としか言えないような何者かと戦い、勝利を収めてきた英雄(ヒーロー)が存在することを彼らは知っている!常に余裕ぶり、事件の最後に悠々と出現しては、あらゆる外敵を屠ってきた王者(champion)を彼らは知っている!!だからこそ、彼らに出来るのは、その戦いに巻き込まれないうちに遠くへ遠くへと避難し、じっと息を潜めるだけなのだ。
 ・・・彼の『贄』にされたくはないから。

 かくして、アメリカでも有数の大都市、ニューヨークは無人になった。これは、決して少なくない損害を世界中に与えるが、命と比べれば安い。人がいれば、物があれば復興は出来る。

 まつろわぬ神が出現したというのに、驚く程に被害が少なかった理由。それは、この国の人間が慣れて(・・・)いたからである。

 そう。あの派手好きな魔王様は、秘密裏に事を運ぶことが出来ない。彼の権能は、どうやっても目立つ。中には、彼の行動を報道するラジオ局さえも存在するほどなのだ。アメリカ国民は当の昔に学んでいる。
 理解不能なことが起きたら、取り敢えず逃げろ、と。

「あぁ!なんていうことだ!」

 そんな場所で、彼は再び叫んだ。

 レーサーの頭部を保護するフルフェイスヘルメットにも似た外観の、黒き装甲で造られた仮面。こう表わせば、護堂の『黒の戦士(ブラックソルジャー)』モードと似た印象を受けるが、実際に見ればそんな印象は吹き飛ぶことだろう。
 最も大きな特徴が、目に当たる部分の、昆虫の複眼のようなバイザーだろう。黒手袋に覆われた手には鋼色の魔銃を握り、黒く長いケープを靡かせながら、まるで舞台に立つ役者のように叫ぶ。

「確かに、出遅れたことは認めよう。私が君の出現を知ったのは、君が現界してから半日以上も経った後の事だった。それから直ぐに出立したとはいえ、交通網が完全に麻痺しているニューヨークにロサンゼルスから来るのが遅れたのも事実だ!しかし、これは酷いとは思わないかね?」

 大仰に、両手を大きく広げながら空を仰いで叫ぶ仮面の男。

 もしここに、事情を全く知らない人がいたなら、この変な格好をしている人は、一体誰に向かって話しているのだろう?と疑問に思ったかもしれない。むしろ、警察を呼ぶために携帯電話を取り出していたかもしれない。
 しかし、今、ここには彼と一人・・・否。一柱しかいない。

『何が酷いと?神殺しよ。』

「だってそうだろう?貴方は、このアメリカでは特にポピュラーな神性だ。創作されてから僅か百年も経っていないというのに、アメリカでの君たちの知名度は凄まじいものがある。もしかしたら、貴方を見た原作のファンが気がついたかも知れないね。貴方こそが、『クトゥルフ神話』に出てくる架空の神性、アフーム=ザーだということに。
 人類の敵とされる『邪神』を、この私が華麗に退治する。この上なく上等の英雄譚だとは思わないか?それなのに、観客の一人もいないのでは面白みが無い!」

『・・・お前は、私に勝利するつもりでいるのだな?』

 それまで、空間に声だけが響いていたのだが、急にソレが鮮明になる。声の主、まつろわぬアフーム=ザーが、自由の女神の頂上に姿を現したのだ。

 大きさは約15メートル程。余りに巨大過ぎるソレは、燐光に似た不浄な青白い光を放つ灰色の炎の存在である。
 ソレが姿を現した途端、それまでは自由の女神だけで留まっていた氷結が広がり始める。パキパキ、パキパキと不吉な音を立てながら、恐ろしい速度で広がっていく極寒の世界。この分では、ニューヨーク全てが氷の彫像と化すのも時間の問題であった。
 そう。まつろわぬアフーム=ザーとは、世界に数ある神性の中でも異端。炎の属性を司る神性でありながら、その炎は極地の極寒の冷気を伴う。炎と冷気、両方の神性を持つ神なのである!

 同時に、狂気の権能がそれまでに倍する威力で放たれた。狂気と冷気、二つの権能を叩きつけられながら、それでもなお余裕の態度を崩さない男。

「当たり前だろう?一体誰が、負けるつもりで勝負に挑むのだ?私がここに来た時点で、君の敗北は決定しているのだよ。私は【冥王(プルートー)】。ジョン・プルートー・スミス。君たちまつろわぬ神を調伏し、民を守る冥王なのだから!」

 護堂とクトゥグアが戦闘を始めたのと数時間ズレて、アメリカでも戦いが始まっていたのだった。






『鈴蘭。アメリカの【冥王】から、”こちらは自分で対処するので手出し無用”と伝言を受け取っているぞ。』

 護堂とクトゥグアの戦闘を見届けて一息ついていた鈴蘭に、翔輝から連絡が入る。それは、彼女にとっては都合が良いのか悪いのか、判断が付きにくい報告であった。

「え・・・狂気の権能については教えたよね?だとしたら、それが効かない権能があるのか・・・それとも、そんな権能が効力を及ぼさないうちに、速攻で倒す手段があるのか・・・。」

 誰も彼も、隠し玉の一つや二つは持っているものである。アメリカのカンピオーネ、【冥王】ジョン・プルートー・スミスは秘密主義で有名なので、狂気の権能に惑わされない手段を持っていても不思議ではない。

「もし大丈夫なら、ルリム・シャイコースも護堂君の代わりに戦ってくれると嬉しいんだけどなぁ。流石に、これ以上連戦させるのもどうかと思うし・・・。」

 今しがたクトゥグアとの戦闘を終えた護堂だが、彼は神殺しになってから一週間と経っていない新人だ。かかる負担も相当なものだろう。その点、ジョン・プルートー・スミスは十年以上も神殺しを続けているベテラン。鈴蘭が、彼に片付けてもらいたいと考えるのは当然のことだろう。

『それは結果次第だな。彼は既に戦闘を開始しているし、連絡を取れるのはしばらく後だろう。その時に狂気の権能を無効化出来るのか聞いてからじゃないと。』

「うーん・・・。やってくれると嬉しいんだけどねぇ・・・。」

 腕を組んで悩む鈴蘭に、それまで黙っていたみーこが声をかけた。

「のう鈴蘭や。」

「ん?どうしたのみーこさん。」

 彼女は首をかしげ、鈴蘭に尋ねる。

「あの小僧を出してやらなくていいのかの?」

「ん?今出すよ。」

 呑気に話している鈴蘭。だが、みーこはまたもや首をかしげる。

「悠長なことをやってるうちに、あやつ死ぬぞ?」

「・・・は?何を言って・・・。」

 そう言いながら隔離世の中を見る魔術を発動した鈴蘭。そこで彼女は見た。

「ちょ!?何やってるの護堂君!?」

 叫ぶと同時に、護堂を隔離世から排出する。そこにドサリと落ちたのは、クトゥグアと戦った以上の全身火傷で今にも死にそうな護堂であった。

「ど、どうして!?権能で無効化してるはず―――

「だから、『黒の戦士(アレ)』を使うと、権能が使えなくなるんじゃろ?」

「・・・あ。」

 18000度を超える蒼炎をバンバン撃ちまくっていた空間の温度が普通な訳がない。カンピオーネの体質は異常だし、権能発動時には様々な耐性も付加されるため、ただの熱で彼がダウンするわけがなかったのだが・・・権能使用不可の状態で、砂漠の数百倍も暑い空間に閉じ込められていたのだ。いくら彼らでも、死ぬ。

 クトゥグアを倒しておきながら、脱出が遅れたせいで余熱(・・)で死ぬとか笑えない冗談である。そんなアホな死に方をすれば、クトゥグアがキレて再出現するかもしれない。

「ご、護堂君!?死なないで~!?」

「やれやれ。」

 最後を綺麗に終わらせられない彼女たちであった。 
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