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銀英伝小品集

作者:菊池信輝
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仔狼の苦闘

 
前書き
 第二次ランテマリオ会戦でバイエルライン艦隊が叩きのめされるシーンを詳述してみようかと。
そういう思いつきのもとに書かれたお話二個「グーデ提督の最後」「レマー中将の奮戦」を繋げて書いたお話です。続いたりお話が膨らむかどうかは未定。
  

 
 第二次ランテマリオ会戦の前半の一局面において、快進撃を続けていたバイエルライン大将の艦隊の足が止められたのは、十一月二五日の二十時三十分のことであった。
 突如密度の濃くなったロイエンタール軍の反撃に、まず先頭集団が壊滅した。
 「戦艦フロースガール、イェータランド、ヘオロット撃沈!」
 かつての旗艦を失ったことにバイエルラインは舌打ちした。だがこの時点では未だ、突破は不可能ではないように思われた。
 バイエルラインは彼よりはビッテンフェルトに似つかわしい物言いで反撃を命じた。
 「撃ち返せ!突破して敵本陣への道を開く!」
 だが二時間もせぬうちに、彼はその雄図を実現させるためには攻撃力が圧倒的に不足していることを悟らざるを得なかった。ロイエンタールの構築した防衛線が仔狼の牙程度で噛み破れるほどにやわなものではなかったと気付いた時には、バイエルラインの艦隊は危険なほどにロイエンタール軍の布陣の奥深く入りこんでしまっていた。
 「突破は無理か!反撃しつつ後退せよ!」
 「ほう、退き時を心得ぬというわけではなさそうだな。だがもう少し早く決断すべきだった。…ベルゲングリューンに連絡!」
 ダスティ・アッテンボローがこの場にいたら、性質の悪い結婚詐欺師の手管のようだと評したかも知れぬ巧妙な後退によってバイエルライン艦隊を誘いこんだロイエンタールは最も信頼する副将であるベルゲングリューン大将麾下の戦力を「生意気な青二才」の顔面に「叩きこんだ」。
 
「天底方向から高熱源体多数、急速接近!」
 「馬鹿な!真下だと?」
 突如予想してもいなかった方向からビームとミサイルの攻撃を受け、グーデ少将は指揮シートから立ち上がり、叫んだ。
 グーデ少将の率いる分艦隊一四〇〇隻は恐慌状態に陥った。
 「敵旗艦艦型照合。戦艦ハーゲン!バルトハウザー艦隊です!」
 「『トリスタンの投げ槍』!!」
 ロイエンタールの切り札の一枚の通称を誰かが、絶望とともに呟いた。
 味方としてあったころにはさほど脅威には感じていなかったが、敵となって現れるとその一突きは恐ろしい。
 「迎撃しろ!近距離砲で狙い撃て!」
 「遅い!全艦最大戦速!一気に離脱する!」
 ようやく驚愕から立ち直ったグーデが迎撃を命令するころにはバルトハウザーの艦隊はすでに彼の分艦隊を柔らかい下腹から背中へと引き裂いて天頂方向へと脱出を果たしていた。
 失った時間は分単位のごくわずかなものだったが、その時間はグーデにとってはまさに命取りとなった。
 「直撃、来ます!」
 一瞬足の止まったグーデ艦隊にロイエンタール直属の戦艦部隊の砲火が襲いかかった。
 グーデの旗艦ザンデルリックは艦橋にビームの直撃を受け、護衛の戦艦共々巨大な火球と化した。何が起こったのか理解する間もなく、グーデの肉体と精神は原子の塵に還元した。
 だが彼は天上の門をくぐるに際して孤独に涙することはなかった。
 さほど時を置かずして、彼の僚友たちも彼と同じ運命を辿ったからである。

 包囲され危地に陥ったバイエルライン麾下の艦隊にあって、最も奮戦したのはレマー中将の率いる2800隻であった。先鋒のグーデ分艦隊が致命的な一撃を受けたのを看取したレマーはホッターとヨッフム、二人の少将率いる分艦隊と連携し、狭いが密度の高い防衛線を構築して突出してくるロイエンタール直属艦隊の先頭に痛撃を浴びせた。
 「追う必要はない!目の前に現れた敵だけを撃て!」
 敵を近距離まで引き付けて砲火を浴びせ、その隙にワルキューレと小型艦艇による攻撃によって止めを刺す。鎖から放たれ、獲物に牙を立てようと躍り掛かったところに鼻面を強打され、ロイエンタール軍の前衛部隊はしたたかに打撃を被って一時後退を余儀なくされた。
 「戦艦マンハイム撃沈!コール提督戦死!」
 打撃戦艦群を率いる提督の戦死の報に、ロイエンタールは敵の手腕に感嘆した。
 「よく防いでいるな、さすがメルカッツの腹心といったところか」
 ロイエンタールはレマーを知っていた。
 中将時代のメルカッツの下で副司令官を務めていた男で、リップシュタット戦役後は国内の治安維持部隊にあったのをミッターマイヤーが特に選んでバイエルラインの麾下につけた男である。手腕が確かでなかろうはずはなかった。
 「だが、続きはせん」
 敵将の力量に感嘆しつつも、ロイエンタールの目は的確にその弱点を捉えていた。
 「狼の仔を引き裂く前に、玉葱の皮を剥くとしよう。ベルゲングリューンに連絡!」
下された命令は単純な猪武者なら卑劣として決して取らないであろうものだった。潰走する打撃戦艦群を収容すると戦艦部隊の主砲を遠距離砲に切り替えさせ、レマーの防衛線に決して近付くことなく外側から戦力を削り取ったのである。
 こうなってしまっては、いかにレマーが練達の用兵家といえど支えきるのは不可能だった。
 「戦艦シェーンヘル撃沈!ホッター提督戦死!」
 「戦艦ヘルメスベルガー撃沈!ヨッフム提督戦死!」
 味方が総崩れになる中、それでもレマーと彼の艦隊は戦線を支え続けた。
 だが、それにもやがて限界が訪れた。
 最初の砲火が交えられてから六時間後、レマーの旗艦ブロムシュテットをロイエンタール軍の砲火が捉えた。
 「味方は──!」
 脱出したか、との問いかけが、練達の用兵家の最後の言葉となった。

 「戦艦ブロムシュテット撃沈!副司令官、レマー中将戦死!」
 「レマーが?」
 自分の父親とほとんど変わらぬ年齢の副将の死の報を受けた瞬間、カール・エドワルド・バイエルラインは愕然とした。
 『バイエルライン、猪突するなよ。ロイエンタールは猟師、それも優れた猟師だ。獲物を狩る狼のつもりでいたら、自分が生贄の兎であったということになりかねんぞ』
 ミッターマイヤーに念を押された言葉が今さらのように思い出されたが、それももはや無意味であるようにすら思われた。
 結局、バイエルラインは敬愛する上官に救出され、忠告を活かす機会を得ることになったのだが、内心は忸怩たるものがあった。
 後年グレゴール・フォン・ミュッケンベルガーの推挙によって皇太子アレクサンデル・ジークフリードの教育係となった時、『好機の時の自制』をことさらに繰り返して説いたのは、この時の経験が念頭にあったものであろう。
 会戦の後半の時期において、バイエルラインの艦隊はかつてなかった慎重さと機を逸さぬ行動によって、幾度もロイエンタール軍の将帥たちの意図を阻んだ。臍を噛んだ将の中には、かつて彼がさすがと評したグリルパルツァーも含まれていた。
 「育ち盛りの仔狼をなめすぎたか!艦列を整えて反撃、直ちに後退しろ!すぐに敵の本隊が押し出してくるぞ!」
 後世の歴史家の両者への評価は、この直接剣を交えた短い一戦の採点を多分に含んでいたことは間違いない。「初手で喉笛に食らいつけばバイエルラインだが、牙をかわせばグリルパルツァーの勝ちは動かない」と評された両者の戦いは、手の内を逆転させたかのような奇妙な展開を見せ、ミッターマイヤーとロイエンタールの本隊の到来によって終結した。
 「バイエルラインの青二才め。小才子の模倣とは余計な血が抜けて知恵が回るようになったか。これで生き残れば大した成長ということになりもしようが、付け焼刃で果たしてどれほど保つかな」
 不敵な笑みを浮かべたロイエンタールの評価が、両者への評価の逆転にどれほど寄与したかは定かではない。このときグリルパルツァーが見せた直線的な攻勢はミッターマイヤーの攻勢を引き込んで戦線の崩壊を意図したものであったことは全てが終わってみれば明らかであったが、この時点でグリルパルツァーの暗い意図を察知し得た者はいなかった。予言者ならばいざ知らず、敵の殺戮を職分とする軍人たち、しかも職分を果たしている最中にの彼らにそんな予知をしろといっても無理な話であった。
 「ほう、果敢だな。あるいは怒りに突き動かされているのか。いずれにせよ、知られざる一面と言うべきだな」
 ミッターマイヤーですらそう評したにとどまった。いささか好意的な見方を含んだ評がそう遠くない未来に逆転することを予知すべくもなく、ミッターマイヤーは戦局の打開のために一石を放った。
 「クナップシュタインの部隊に攻勢を集中させろ!」
 コルネリアス・ルッツの麾下からミッターマイヤー直属に転じて参戦したホルツバウアー中将がロイエンタール軍の弱点と見なされた「建て増しの区画」に猛進した時、バイエルラインは名誉挽回のために突入を懇願すべきか迷った。
 だが最終的に、彼はその衝動に耐えた。
 「今はその時ではない」
 復讐心を満足させ武勲を稼ぐ機会を得られなかったバイエルライン麾下の将兵特に若い兵は不満だったが、ミッターマイヤーの制止なしに衝動を御しきった若い上官に古参の将兵は頼もしさを覚え始めていた。
 「提督は変わられた。そろそろ私の役目も必要なくなるかもしれんな」
 参謀長のアデナウアー少将はその代表格であった。
 わずかな休息の時間に彼が漏らした感想は、副参謀長をはじめ多くの准将級・佐官級の士官たちそして兵士たちに共有された。それは人々を不快にさせかつ呆然とさせる展開の中にあっても、会戦の終結後にも変わることはなかった。 
 

 
後書き
ブログ以外の所で書いたネタも混ぜ込んでしまいました…。 
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