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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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崑崙の章
  第21話 「ほらよ……涙拭けって」

 
前書き
久しぶりにボツ原稿3回もだしました。
原因は練り込みすぎです。
実は税の話を細かく書こうとしたのですが……諦めました。
どうしても文章量の少なくした上で、わかりやすくまとめるのが出来ませんでした。
てか無理だよね、申告納税方式だの賦課課税だの、だれが望むんだそんな内容ってなもんです。
とほほー 

 




 ―― 盾二 side 漢中近郊 ――




 うっ……
 于吉の放った光が俺を包む。

 と、上下感覚が狂うような一瞬の無重力感。
 それに反射的に目を閉じる。

 だが、それもすぐに収まると同時に、むわっとした湿気を感じる。

「…………ここは?」

 俺は、ゆっくりと目を開ける。
 辺りは闇夜の森の中だった。

 周囲を見ても、ここがどこなのかまったくわからない。

「……しかも夜か。あっちじゃ昼夜なんてなかったからなぁ」

 仙人界は常に明るかったので、時計がないと時間すらわからなかった。
 だが、ここは夜がある。
 それはつまり……ここは地上だということ。

「にしても……この熱気に湿気。今はもしかして……夏か?」

 AMスーツにより外気と遮断されているとしても、顔は露出しているから空気を肌で感じることができる。
 俺がミニヤコンカに登頂する前は、まもなく冬になろうかという季節だった。

 であるにもかかわらずこの熱気……

(三百日経っているって、マジみたいだな……)

 于吉の言うことが本当なら、すでに残暑と言っていい季節なのだろう。
 顔に感じる蒸し暑さに、立っているだけでも汗が出てくる。

「まあ、それはともかく……ここ、どこだ?」 

 俺が周囲を見ても、森の中の少し開けた場所。
 周囲に道があるわけでもなく、深い闇の中。

 空にある満月が燦々と輝くお陰で、視界は多少良好ではあるが……

(……ともかく、朝になるまで時間を潰すしかないか)

 月明かりがあるとはいえ、場所が場所だけに方角すらわからない。
 せめて朝日が昇ればそれが東だとわかるから、大体の方角がわかるのだが……

(しまったな……せめて仙人界にあった時計でももらってくればよかった)

 向こうは昼夜がわからないため、大時計が設置されていた。
 さして必要と感じなかったのでスルーしていたが、探せば小さいな時計ぐらいあったかもしれない。

 とにかく夜が明けるのを待つため、俺はその場で横になる。
 見知らぬ場所で、夜に動きまわるのは危険だからだ。

(ようやく戻れるのか……みんなどうしているのかな)

 俺は朱里や雛里、桃香たちのことを思いながら、しばし仮眠をとることにした。




  * * * * *




「……ん」

 顔に当たる熱を感じて目を開ける。
 それは森の木々の隙間から差し始めた太陽の光だった。

 ようやく夜が明けたらしい。

「っと……ふう」

 起き上がってコキコキと首を鳴らす。
 そして光が差し込んできた方角を見て、麻袋を肩に担ぎあげた。

「ともかく、森を抜けるか」

 周囲を見回し、木々が少なくなる方へと足を向ける。
 体感にして三十分程度で森が途切れ、開けた草原が見えた。

「草原か……とりあえず水場があればよかったんだが」

 ここが漢中周辺であるならば、稲作が豊富なはず。
 ということは湿度も高く、地面の下には地下水も豊富だということ。

 それはつまり池や川など、用水に使える水辺があるはずだ。

「ともかく場所がわからないからな……馬や馬車などが通った後なんかがあればいいんだが」

 まともな街道の整備などは行われていないこの時代。
 いずれは整備をするように申し伝えてはおいたけど、たかだか一年でそんなことができるはずもなく。

 状況次第ではあるが、俺の持って帰る金塊という資金源もないならば……いまだに街中の整備で手一杯のはず。
 であれば、交易商人たちの往来とて大したことは……

「……?」

 そう思った矢先に、草原の先に動くものを見つける。
 大体一km前後……二、三里という先に荷馬車といえるような物が見えた。
 明け方の朝日の照らされて、その姿がよく見える。

「おお……ラッキー!」

 俺はそちらへと向けて走り出しながら、大げさに手を降った。
 もちろん、不審者と見られないためである。

「おーい! そこの人~! 悪いんだけど道教えてくれ~!」

 しばらく手を振りつつ近づくと、最初はびくっとしながらも馬を止め、手を振るおっちゃんの姿があった。

「悪いな、止めちゃって。道にまよっちゃってさ……」
「ははは、なあに。よくあることさ。あんたも漢中にいくつもりなんだろ?」
「へ?」

 よくあること?
 ここって迷いやすいのか?

「春からこっち、漢中に行く奴が多くてなぁ。俺もしぼりたての牛乳を市場に納めに行くんだよ。それで道を聞かれることが多いからもう馴れたぜ」

 おっちゃんは、がははと笑いながらそう言う。
 牛乳か……できるなら市場で取り扱ってほしいと書いておいたけど、どうやら流通しだしているようだな。

「へえ……おっちゃんはこの辺の農邑の人かい?」
「ああ。ここから南に十里(五km)ほどいったところにある、一番近い邑だよ。新しい入居者の受け入れもしているから賑わっているぜ」

 ふむ……農邑の管理と新規開拓は順調のようだなぁ。

「正直助かったよ。漢中は……向かう先か」
「ああ。何なら乗って行くかい?」
「え? いいのか? 随分無防備だけど」

 普通は……この時代の普通では、見ず知らずの人間に対して手を差し伸べるような人間は、騙されることを望む愚か者という風潮すらあるのに。
 だからこそ、それを行う桃香に人心が集まるほど。

 道を聞くぐらいはともかく、一緒に乗せて行ってくれるような牧歌的な風潮なんて、まず無いはずなんだが。

「ははは。実はの……わしゃ元漢中の警備兵をやっておっての。こうして一人で納入しつつ、不審な人物を捕まえているんじゃよ」

 そう言って、自分の尻の下に隠してあった剣を取り出す。
 おおう……なるほど。

「そりゃいいけど……俺が野盗の類だったらどうするんだよ。こうやって油断させておいて隠れている仲間が~とか考えないのか?」
「はっ! わしの眼力を甘く見るなよ! これでも警備兵として十数年間を伊達に生き残ってきておらんわ。一目見りゃそいつが怪しいかどうかぐらいわかるわい」

 いや……それ見抜けなきゃ、おしまいじゃねぇ?
 過信していると、痛い目見そうなんだがなぁ……

「まあ、それは冗談だがの。ほれ、後ろを見てみぃ」

 そうして、くいっと指差す後方には。

 何処に隠れていたのかという馬車の群れ。
 どうやらこのおっちゃん、この隊商……キャラバンの囮役のようだ。

「まあ、そういうことじゃよ。野盗は群れより先行している個人を狙う。その方が後続への見せしめにもなるしの。とはいえ、こんなに漢中に近ければそうそう襲われんがの」

 がはははは、と大笑いするおっちゃん。
 大した肝っ玉だよ……

「一人で囮か。それはいいけど……なんで俺にそんなことを?」
「はははは! 言っただろう? わしの目を甘く見るな、と。お主のようなマヌケ……あ、いや、トボけた奴を囮にもできんだろうて」

 訂正した意味あるのか?
 ひどい言われようだな、おい。

「それに、周囲に人の気配もない。こんな漢中に近い場所で野盗をやろうなんて命知らずもおらん。そういうことじゃよ」
「……治安はいいってことか。そんなにかい?」
「ああ。ちょっとでも剣戟の音を響かせてみぃ。警官か張飛将軍あたりが飛んでくるわ」

 ほう……警官制度、発足させたのか。
 さすが馬正……言ったとおり、早期に立ち上げたようだな。

「そんなにか……随分厳しいんだな」
「まあのう。他の地域から死に物狂いで漢中に来るものもおる。そういった中には野盗まがいのものもおるから、選別はしっかりしておるよ。なにより街の者が自ら互いに声をかけておるでの」

 ふむ……防犯・防災意識の改革も順調っと。
 というか、予想以上の効果があるようだ。
 これも、桃香の人徳ってやつなのかね……いや、それは失礼だな。
 努力の賜物ってことだろう。

「ふうん……じゃあ、俺は不審者ではないってことを認められたわけか。間抜けってのが腹が立つが」
「がはは……悪い悪い。まあ、お詫びにと言うのもなんだが、乗ってゆけ。あと半刻(一時間)もすれば漢中じゃ。急がんと牛乳も悪くなるからの」

 そりゃそうだ。
 冷蔵保存なんてのがないんだから生乳……とくにこんな暑い日じゃ、これ以上日が昇るとマズイだろう。 

「じゃ、お言葉に甘えるよ」




  * * * * *




「ほれ、ついたぞ」
「あんがとな、おっちゃん」
「本当は市場か仕事の斡旋所まで連れて行ってやりたいのじゃが……」
「いいって。おっちゃんも仕事だろ。乳が全部売れて儲かるのを祈っているよ」
「ありがとよ! またな!」

 そう言って、漢中の入り口にある関所に入っていく。
 門にいる数人の警備兵……いや、警官に割符を見せて確認しているようだ。
 ふむ……警戒も厳重にしているし、警官の動きもキビキビしている。

 指導が行き渡っている証拠だな。

「次!」

 おっと、俺の番か。

「お前は……旅人か? 職を求めてここへ?」

 警官はじっと俺を見定めつつも、表面上は穏やかに聞く。
 ふむ……さてどうしよう。

 ここで俺の素性を言ってもいいんだが……大騒ぎになりそうだなぁ。
 それに、今は生の漢中の状態を見たいし……よし。

「いえ、知人に会いに。最近こちらにきたようなので、その人を頼ろうかと思っています。ついでに噂にきく漢中の街が見たくて」
「ふむ……この街は改革が進められておるため、その人物がここにいるとは限らんぞ? 周辺の農邑に移住したかもしれん」

 おっと……そうくるか。
 さて、どう対応するかな。

「その人物はどのへんに住んでいるのか聞いておるのか?」
「いえ……残念ながら。ただ、いないようならば他の邑も探すつもりですが」
「ふむ……では、街の中にある交番を尋ねるといい。ここは地区ごとに人頭帳があるゆえ、探している人物が見つかるかもしれん」

 ほう……もうそこまで門戸調査が徹底されているのか。
 朱里と雛里、随分頑張ったんだな……

「漢中内に交番は、三十箇所ある。探すのは大変かもしれんが、うまくみつかるといいな」
「はい……ありがとうございます」
「ただし、揉め事は起こさないようにな。困った事があれば交番にいつでもきなさい。仕事の斡旋もしてくれるだろう。がんばれよ」

 そう言って、にこやかに笑った。
 ……いい人、だな。

 警官の人選には、常に相手の立場になって考えるような人物を優先的に選ぶように指示しておいた。
 変に威嚇するような人物は、どんなに善行を為しても他人に受けいれてもらえないことがある。

 まあ兵なんぞ所詮は暴力組織なのだし、そういう人物には兵として威嚇する立場のままがいいだろう。
 だが、俺の目指した警官は、もっと身近な防衛組織を目標としている。
 民の立場になって接することが第一なのだ。

 舐められてはいけないが、だからといっていつも威嚇する必要はない。
 むしろ頼れる隣人としての立ち位置が望ましいのだ。
 古き良き時代の……日本の田舎町の駐在所、その警官が理想だった。

 まあ、元いた世界の……各国の警察のように、年月を経て巨大化した組織ではそれも無理だが、小さな街で最初から立ち上げるならばそれもできるはず。
 そう思って人選に気を配るように書いておいたのが幸いだったようだ。

(あとは実際の有事での対応力が問題だが……それを知るために、自分で揉め事を起こすなんて本末転倒だしな)

 それは桃香たちと合流してからでも見られること。
 無理に揉め事を起こす必要はない。

 とりあえずは、街の中に入れたし……

(まずは市場に行くか)

 そう思って、はたと立ち止まる。

「……市場ってどっち?」





 結果的に、人に聞きつつ市場まで辿り着いた。

(街の内外共に、案内板の設置は必須だな……あとで朱里たちに指示しなきゃ)

 こういう民の視点になって考える機会がないと、本当に必要な物というのは気づきにくい。

 外は、街道整備の一環で簡単な立て札でもいいのだ。
 そして門に入ってすぐ、街の主要な場所を記した案内板があれば、衛兵……いや、警官の道案内などもしやすくなるだろう。

(さて、市場はどうかな……?)

 眼前の市場は、巴郡に勝るとも劣らぬ活気に満ちている。

「さあさあ! とれたばかりの大麦だ! 米と混ぜて麦飯にしてもよし! 煎ってお茶のように飲めば、暑い残暑も乗りきれるぜ! さあ、買ったかった!」
「こういう暑い時こそ、カレーだ、カレー! 巴郡から取り寄せた香辛料だよ!」
「じゃがいも、じゃがいも! 豊作だったからまだ残っているよ! 次に取れるのは冬になるぜ! 買うなら今のうちだ!」

 ほほう……この夏の時期じゃ、どんなものが流通しているのかと思ったけど。
 じゃがいもの育成は成功したようだし、夏穀である大麦の栽培もできているようだ。
 陸稲の廃止による輪栽式農業の取り入れは、なんとかうまくいったようだ。

 俺がいなくても、朱里と雛里がいれば十分に政策が回るようだな……いいことだ。
 あとは一刀さえ……

「兄ちゃん、兄ちゃん! そこの兄ちゃんよ!」

 !?
 と……いかん。
 道端でぼーっとしていたらまずいか。
 声をかけてきたのは、近くの屋台のおっちゃんだった。
 店の前で邪魔だって言われるかな……?

「どうやらあんた、悩んでいるね?」
「……は?」
「わかってる! なにもいうねい! あんたの悩み……当ててやろう!」

 ……俺、何も言ってないんだが。
 なんだ、このおっちゃん。
 まさか、こいつ巴郡の……

「ずばり! 意中の彼女のへの贈り物を探してるんだな!」

 …………………………

 なるほど。
 ここは市場だった。
 真面目に裏を考えようとした、俺が馬鹿だった。

「そんなやつにはずばり! この宝石だ! どうだい、見てくれよ、この輝き! そんじょそこらのクズ石とはわけが違う! 正真正銘の青金石だ!」

 ……へえ。
 こいつはラピス・ラズリじゃないか。
 日本じゃ『瑠璃』ともいうし、青の顔料にもできるんだよな。

 見ると、大小様々な磨かれた石が置いてある。
 なるほど……土産物としてはいいかもしれない。

「どうだい、可愛いあの子にこの深い青! きっと相手も見惚れて、たまらず抱きついてくること請け合いだぜ!」

 ……まあ、この時代だしなぁ。
 個人的には、アクアマリンのような透明度のある青の方が好きなんだけど。

「……ちなみに、いくらだい?」
「おお! 兄ちゃんになら格安で売ってやるぜ! そうだな……この大きさなら本来二千銭もらうんだが、一千五百でどうだ!」

 そう言って見せる大きさは……三センチ程度の小石だった。
 うーん……正直、これの相場がわからないんだよなぁ。
 とはいえ……千五百か。
 残りの金は四千前後だし、買えないことはないんだが……少し交渉するか?

 せっかくだし、朱里や雛里にお土産としてでも……

「おい、あんた! ぼったくるのはやめろよ」

 唐突に横から声がする。
 見れば、別の屋台の若い男だった。

「さっきの客には同じ大きさで六百だったじゃないか! そんな詐欺まがいの商売はするな!」
「な、なんだ、お前! いきなり出てきて商売の邪魔する気か!?」

 男の言葉に、店の親父が激昂する。

「当たり前だ! ここを何処だと思っている! 劉玄徳様が治める漢中だぞ! そんな信用を失くすような商売の仕方をされたら、皆が困るんだよ!」
「な、何を言っていやがる! こんなの、何処の誰だってやっていることじゃねぇか! てめえなんぞに言われる筋合いはねぇ!」
「「「おおありだ!」」」

 うおっと!?
 突然、別方向からも声が上がる。

 周辺で店を構えていた屋台の人々だった。

「お前、本当に許可受けたのか!? ここで商売するための許可証に、原則として値札をつけることが明記されているはずだぞ!」
「そうだ! ここは他の土地とは違うんだ! 商売するもされるも同じ人間! 不平等・不正な行為は厳しく取り締まるって、店を出す前に再三言われるはずだ!」
「あんた、昨日までいなかった人だね。そこは昨日まで別の商人が骨董品を売っていたはず……だれか! ここの担当の警官呼んできな!」

 周囲の屋台の商売人たちが、こぞって親父を囲む。

「な、なんだよ……お、俺は去年もこの街に来たけど、そんな許可証なんていらなかったじゃないか!」
「ここは劉備様が治めるようになって、全部変わったんだ! 商売するなら登録も必要なんだよ! それを破る奴は、市場全体で取り締まることが許されてるんだ!」
「おとなしくしてろよ……逃げようなんてしたら、市場全員でお前を追うからな」
「ひ、ひぃ……」

 周囲の屋台の店主たちだけでなく、買い物客の漢中の住人までもが取り囲む。
 彼らの異様な迫力に、親父は腰を抜かしたように(うずくま)った。

 その様子に半ば呆然として見ている俺がいる。

 正直信じられなかった。

 この時代、商人が客に高めで売りつけるのは当然の事。
 値下げ交渉を行うのも、買う側の技量の一つとしている風習すらある。

 現代とて啖呵売など、フリーマーケットなどでは当然あるようなことなのだ。
 言い値で買うことの愚かしさを、親が子に教えることすら通例なのである。

 だが、今ここの人たちはなんと言ったのか。

『値札をつけることが明記』
『不平等・不正な行為は厳しく取り締まる』
『詐欺まがいの商売はするな』

 これらはすべからず、道徳観念がよほど発達した時代でなければ。
 そう……現代のような売手と買手の信用関係を第一とするような、売買契約社会でなければ通用しないことなのだ。

 それを、たった一年で……しかも、高い教養がないであろう民自身がそれを口にした。

 これを驚かずして何を驚けというのだろうか。

(どうなっているんだ……?)

 俺は、本当に呆然としていたのだろう。
 他の商人のおばちゃんが、両肩を揺するまでそのことにも気づかなかった。

「ちょっとあんた! 大丈夫かい?」
「はっ!? あ、ああ……え、えーと?」

 状況の整理がつかずに上擦った返答をしてしまう。
 その様子に、呆れたような溜息をつくおばちゃん。

「あんた、そんなんじゃ他の街や邑でも相当ボラれてるんじゃないかい? だめだよ、いい男がそんな無防備じゃ。ここが劉玄徳様のご領地でよかったねぇ」
「は、あ、いや……」

 いや……恥ずかしながら、他の土地では値下げ交渉するところから始まる買い物に慣れきっっていた手前、定価での売買に戸惑っている。
 というか、他の土地の者なら、皆こんな状態になると思うんだが。

「まあ、あたしらも去年まではこの親父と同じだったけどさ……でも、これからは信用が第一なんだよ。だから、それを守らない奴は、あたしら自身で取り締まらなきゃならないのさ」
「そうだぜ。この市場は、劉玄徳様の最初にして至高の政策の結果なんだ! 俺らが守らなきゃな!」
「ああ! 劉玄徳様だけじゃない……宰相の諸葛孔明様のおかげなんだしな!」

 ?
 朱里の……おかげ?

「……あの、桃……いや、劉玄徳様のおかげってのは、刺史様なのだからわかりますけど。なんで宰相様の名前が?」
「そりゃ当然だよ。この市場を実質的にしきっておられるのは諸葛孔明様なのさ。あの方は凄いよ、今まで不正に市場税を取っていた組合を廃止して、その組合の力で小さな市場を牛耳っていた商人をも追放してくださった。その上で、誰でも商売をしてもよいとおっしゃってくださったんだよ」
「それだけじゃねぇぞぉ。今まで作った米は、南の巴郡までいかなきゃまともな収入にもならなかったのに、この漢中でちゃんとした商売にできるように整えてくださった。それだけでなく、不平等な買い取りも強制的な徴収もない。こんな素晴らしい場所は他にないぜ!」
「おおよ。今まで関税ばっかりとられてろくな稼ぎにもならなかったが……ここでまともに商売できるありがたさ。その上、五割も取られていた市場税を二割にしてくださった。本当にありがたい」

 五割もぼっていたのか、ここの責任者……
 そりゃ、通常に戻しただけでもありがたがられるな。

「それによう……みろよ、この市場の品揃え。香辛料にじゃがいも、カブや大根、小麦に大麦、季節の野菜から肉まで……たった一年。たった一年でここまで広げることができる人が、この大陸に他にいるか?」

 ………………
 それはたしかにそうだろう。

 この市場のにぎわいは、朱里と雛里、そして桃香たちの努力の結晶だ。

「その宰相様がいうんだよ……『これらの今は、全てあなた方のおかげです』って。そんなこと言われたら……言われたらよう」

 ぐすっと涙ぐむおっちゃん。
 いや、周囲を見れば、商人全てが涙ぐんでいる。

「俺達が少しでも恩を返さなきゃ、バチが当たるだろうが……」
「そうだぜ……ぐずっ。あんな小さい子に褒められて嬉しいなんて情けないけどよ。俺達だって、人の子だ。信頼に応えなきゃ、野獣も同じだろ」
「あたしだって嬉しいよ。一年前までひもじい思いをさせていた子供に、毎日いっぱいのご飯を振る舞える……そんな世の中にしてくれた子が、あたしらのおかげだなんて。徹夜で目にクマを作ったまま笑うんだよ?」
「ここの商人は誰もが諸葛孔明様に……そして刺史であり、太守であられる劉玄徳様に感謝しているんだ。その方々のためにも、俺達が……俺達自身が少しでもこの市場をもっとよくしていかなきゃな!」

 そう言って、互いに笑い合う商人たち。

 そうか……
 朱里は……そして桃香たちは。

 俺がいなくても、そこまでやってくれているんだな……

「……? 兄ちゃん、オメエも感動しているのか?」
「え?」
「ほらよ……涙拭けって」

 そういって、布が渡される。
 気がつけば……俺の目からは、大粒の涙が溢れていた。




  ―― 関羽 side ――




「で、ではそういうことで!」
「お、おまちを、雲長様! でしたら、こちらの商品を――」
「い、いやもう結構! 要件は伝えましたゆえーっ!」

 私は逃げるように呉服屋から脱出する。

 後ろは振り返らない。
 いや、振り返れない。

 どうせ主人が、また大量の服を持って迫ってこようというのだろうから。

「はぁ……はぁ……はぁ……あーまいった……」

 しばらく呉服屋から走り逃げて一息つく。

 なんとか逃げおおせたようだ。

「霞に上納した感想については、喜んでくれたのはいいとして……まさか新しい服を出してくるとは思わなかった」

 この秋の新作ですとか言って出してきたのは、白い布一枚……
 下履きの代わりにこれを巻けということらしい。

「なにが秋の新作『(ふんどし)』だ……あんなもの履けるものか」

 それが善意であるとわかっているだけに、なおさら……

 気持ちはわかるが、押し付けられるこちらの身にもなってほしい。
 下着くらいは自分の趣味で選びたいものだ、うん。

「はぁ……さてと、昼までは時間があることだし、市場を見回りしていくとするか」

 そして周囲を見回す。
 市場の内部は活気もあり、どの商人の声にも張りがある。

 その商品も、値札をつけるという効果により、相場を目で見て判断することができるようになった。
 そのため、値下げ交渉などが主流であった販売形式ではなく、表示価格を競わせることでの販売競争を活発化させた。
 それは、不当に高い値段や詐欺を防止することができるようになっただけでなく、相場の安定をも生み出した。

 このくらいの値段でこれだけのものが手に入る。
 その一定の値段の表示は、新規の商人への無言の圧力にもなり、また旧来の商人の不正な価格操作の抑制も果たしている。

 相場を十日に一度チェックして、信用できる商人にその値段で販売するように定期的に指示している朱里は、本当によくやっているといえるだろう。

『もう少し道徳観念が育てば、商人の中から市場のまとめ役を選んで責任者にするんですけどね。まあ、これはまだまだ先の話です』

 そう言って笑う朱里に、ついつい頭が下がる思いだ。
 彼女の……いや、彼女たちの市場に賭ける執念には、並々ならぬものがある。

 それは、税の健全化と定収入化を目指した政策の根本でもあるらしい。
 これら全てが、ご主人様からの薫陶らしい。

 まったく、何処まで凄い方なのだ、ご主人様は……

(だが、そのご主人様が旅に出られて間もなく一年になろうとしている)

 去年の暮には戻ると約束したご主人様。
 あれだけの方が、自身の言を違えたのだ。

 きっと余程のことがあったに違いない。

 だから、私や鈴々がご主人様を探しに行くと桃香様におっしゃったのだが……

『ご主人様はきっと帰ってくるよ。だから私達は信じて待っていようよ』

 そうおっしゃった桃香様。
 きっと、内心では誰よりも……ご主人様を探しに行きたいであろうに。

 朱里も雛里も、そして馬仁義殿も。

『私達の使命は、盾二様が戻られるまで、桃香様を補佐して梁州を発展させることです』
『盾二様は絶対に自ら帰ってきます。それまでに私達は命ぜられた事を果たすのが役目です』
『我が主が戻らずとも、指示された使命は山ほど残っています。これを果たすまでは動けませぬ』

 ともすれば非情のように聞こえるそれぞれの言。

 だが、それらはご主人様を本当に信じているからこその言葉だ。
 なにより、そのご主人様が彼らに数ヶ月かけて伝えた使命は、まだ半分も果たされてはいないらしい。

(私や鈴々に出された指示以上に、あの三人には様々に託されたということか……)

 それは、私達とあの三人との立場の違いであるとわかっているとはいえ。
 少しだけ……妬ましく思ってしまう。

 三人はご主人様の『臣』。
 私と鈴々は、桃香様の『臣』

 その立場の違いが……もどかしい。

 ……ん!?

(……なんだろう。このもやもやは。私はなにか、不安があるのだろうか?)

 心に生まれたしこりのようなもの。
 なにかが……何かが引っかかる。

(桃香様と……ご主人様。二人の……)

 何かが……何かが、私の中で思い至る直前。

「関雲長様!」

 あっ……
 不意にかけられた言葉に、それが霧散してしまう。

 私は掴みかけた何かを惜しむように、声をかけてきたものを睨みつけた。

「か……あ、あの。え?」

 相手は、警官の一人だった。
 その彼は、私の恨みがましい視線を受け、慌てた様子で戸惑っている。

(はっ、わ、私はなにを……)

「ごほん……すまん。何か用か?」
「あ、いえ。こ、こちらこそすいません。じ、実は、市場の商人たちから未許可の商人が店を開いていたそうで。その引き渡しをお願いできないかと」
「? それはいいが、お主は?」
「実は、もう一件未許可の商人がおりまして。そちらの受け取りに行かねばならぬのです。こちらの方は、暴力沙汰にもなったそうですので、実況見分も行わなければならず……」

 暴力沙汰か。
 であれば、そちらのほうが緊急性が高いか。
 ……しかたない。

「ああ、なるほど。わかった。その商人を交番に連れて行き、事情徴収しておけばよいか?」
「はい、そうしていただければ助かります。よろしくお願いいたします」

 そう言って、頭を下げる警官。
 そのまま振り返ると、すぐに人の間を縫うように走っていった。

(やはり随分忙しいようだ……)

 警官制度は、現状のところうまく機能している。
 だが、少々人員的に無理が生じてきているのかもしれない。

(何しろ漢中は、ここ一年で爆発的に発展してきたゆえな)

 人口はかつての二倍に届こうとしている。
 突貫工事で作られた住居も、ほぼ埋まっているような状況だ。

 これ以上の住人を済ますには、外壁の拡張を行って新しく土地を確保しなくてはならない。

(だが、その予算がな……)

 じゃがいもと輪栽式農業の導入により、食料の不安がなくなったとはいえ、即税収に結びつくわけではない。
 先行投資として義勇軍時代の資金と、宛の商人から借り受けた資金の全てを投入した政策は、まだ一年目。

 その投資分の回収すらまだ出来てはいないのだ。
 漢中の拡張ともなれば、最低でも二十億銭はいるだろう。

 漢中の年間予算にもなる資金のあては、現状では何処にもない。

(来年以降はさらに新規事業も控えている。問題が山積みだが……)

 私は歩きながら頭を捻る。
 朱里も雛里も頭を悩ませているが、現状では場当たり的な政策で行うしかないという。

(せめてもう少し税が取れれば……いや、それでは元の木阿弥か。あくまで公平に、そして誰もが笑い合えるため……)

 痛し痒し、といった状況であることは百も承知。
 だが、それでも理想を追いかけなければ……

 私達が、桃香様が目指したモノは、実現できないのだ。

「……ん?」

 溜息をついた拍子に、視界に入る人だかり。
 そこには周囲の商人に囲まれた一人の男がうなだれている。

 どうやら報告にあった未登録で店を出していた者らしい。

「いかんいかん……仕事が優先だ」

 私がつぶやき、息を吸う。

「我は関雲長である。警官より移送を頼まれてきた。未登録の商人は誰ぞ?」
「あ、関雲長様!」
「関将軍だ!」

 周囲の商人が声を上げる。
 その声に、囲まれていた男は、ビクッと身を震わせた。

「雲長様、この男がそうです。不正に値を釣り上げた青金石を販売していました」
「ふむ……」

 青金石か。
 最近流通しはじめた希少な石。
 深い青の波のような模様が特徴らしい。

「で、この街に初めてきた客を狙って、相場の倍以上で売ろうとしていました。値札もなく、市場税も未納のようです」
「俺は、そんなこと知らな……」

 だが、そんな男の科白を、手に持つ青龍偃月刀を突きつけることで遮る。

「そうか……市場で商売をすることは、門のところで聞かれたはず。商売すると言っているなら一番に城へ申請するように言われたはずだな。虚偽の報告をしたのならば、言い訳はできんぞ」
「………………」

 男は言おうとしていた言葉を言えず、がくっと頭を垂れた。

「それで、この男から物を買おうとした客は?」
「はい、今、そこの店のおばちゃんが相場で売ってくれるところに案内していますので、もうすぐ帰ってくるかと」
「そうか……よくやってくれた」

 この街に来た旅人に対して、そうした不正の被害を未然に防ぎ、なおかつ相場通りの店に案内する。
 このような親切な対応を受けた旅人であるならば、これからどの街に行ってもそれを噂として広めてくれるだろう。
 それはつまり、この漢中の評判はさらに上がるというものだ。

(朱里や雛里の薫陶が生きている……さすがだ)

 民の自意識の育成。
 それをたった一年でこうまで育てた手腕は、実に見事だ。

(これでご主人様さえいてくれれば……)

 なにも……何も問題はないのに。

「いやあ、助かりましたよ。これでお土産が確保出来ました」
「ははは。あたしの魅力も大したものだろ? おまけしてもらったんだからねぇ」
「あ、あはは……それはもう」

 私の背後から、そんな声が聞こえてくる。

「あ、雲長様、その客が帰ってきたみたいですぜ」
「む、そう……か……」

 私が振り向き、その人物を見る。
 そして――私は、手に持っていた愛刀、青龍偃月刀を……思わず、手放した。

 その先にいたのは――

「やあ、愛紗。久しぶ――」

 その言葉を聞くまでもなく。

 私はその胸に、飛び込んでいた。
 
 

 
後書き
ボツ原稿で一番長いものが3万字……専門用語だらけでまあ、だらだらと書いたもんです。
正直、理想の税制度を目指して、なんて狙って書いたら自爆しました。
消費税増税にあわせてとおもったんですけど、自分の力量では無理でした。
どうしても、眠くなる文章になっちゃう……

そもそも後漢時代にそんなの無理があるってことですね。
確定申告の煩雑な計算方式なんて、絶対無理だってのw 
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