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私立アインクラッド学園

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第二部 文化祭
  Kirito's episode 記憶

 
前書き
番外編。
それはまだ、桐ヶ谷和人が6歳だった頃。

楽しかった日々は遠く過ぎ去り、やがて悪夢の1日がやってくる──。


話のテンポ、大っっっ分速いです。
それでもついてっちゃうよ! という寛大な(あるいは少し変わっry)心をお持ちの方のみお読み下さい。。
 

 
 当時の和人は、悪戯(いたずら)ややんちゃで両親をよく困らせた。しかし両親はそんな彼を煩わしく思うこともなく、ただただ幸せに暮らしていた。

「やった!」

 キッチンから和人の歓声が聞こえる。
 ──またなにかやっているのか。和人の母親は溜め息を吐くと、持っていた洗濯物をその場に置き、キッチンへ急いだ。

「あっ、母さん見てくれよ!」

 和人が嬉しそうに指差したのは、積み上がった缶詰め。棚にしまってあるものを、和人はわざわざぶちまけたというわけだ。

「もう、悪戯しちゃ駄目だって言ってるでしょう?」

 母親は和人の頭を軽く小突いた。

「悪戯じゃないよ。遊んでるんだ」
「言い訳にもなってないわよ」
「ちぇっ……」
「ほら……いい子だから、ちゃんと直しなさい」
「はいはいっと……」

 ──これが6歳児の喋り方か。きっと父親に似たのだろう。
 と、家の門前から、幼くも凛とした声が飛んでくる。

「カズー! 一緒に遊びましょう!」

 和人の友人、アリス・ツーベルクだ。和人は嬉しそうに黒い瞳を大きく開き、玄関先まで走り出した。

「見てよ、カズ! ユージオがお花をくれたの!」

 ユージオというのは、これまた和人の友人だ。和人はニヤリと笑う。

「へぇ~。ほうほう、ふ~ん」
「な、なんだよカズ」
「いやぁ、なんでもないよ?うん」

 どうやら、最近の子供は随分ませているようだ。──いや、和人が少し大人びすぎているのか。

「カズ、早く準備して。今から公園に行くんだけど、ついてきなさいよね」

 アリスが楽しそうに笑っている。
 そう、この頃は楽しかった。みんな笑っていた。
 この後起こる悲劇のことも未だ知らずに──。

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「えっ……母さん、今日はお仕事行かないの?」
「うん。休み摂っちゃった」

 和人の両親は、仕事ではないが犯罪組織の殲滅をしている。最近は«笑う棺桶(ラフィン・コフィン)»をはじめとする犯罪・殺人集団が増えてきたので、それらを徹底的に潰していっているのだ。両親共に剣の腕が立つ為、今までは難なく行うことができていた。
 しかし近頃、犠牲者が大幅に増えた。犯罪集団も力をつけてきていて、殲滅に向かっても返り討ちにされてしまうことが多くなってきた。このままでは、いつ和人を置いて旅立ってしまうかもわからない。だから今日は、1日ゆっくり休むことにした。和人と過ごす時間を、少しでも紡いでいけるように。

 ──事件はその晩に起こった。

「和人ー、寝る前は歯磨き」
「もう磨いたよ!」

 和人はテレビでバラエティー番組を見て笑いながら言った。

「親父はまだ帰ってきてないの?」
「親父って……せめて父さん、とか言えないの? もうとっくに帰ってきてるわよ」
「あ、ほんとだ。おかえりオトン」

 和人は父親を一瞥し、すぐ様テレビに向き直った。

「……ただいま、和人。なんだオトンって」
「母さんが"親父"言うなって」
「なら母さんは"オカン"だな」

 父親はからからと笑い、和人の座るソファーにどかっと腰を下ろした。母親は盛大な溜め息を吐いた。

 ──その時。

 ダン、ダン、と玄関扉を強く叩く音がした。和人は首を傾げて言う。

「なに? こんな時間に。アリス達かな?」

 叩く音はどんどん大きくなる。

「……まさか」

 母親が口に両手を当てた。その顔は真っ青だ。

「……まさか、家にまで来るなんて……!」
「なあ母さん、親父、なんの話?」
「お前は奥に隠れてろ!」

 父親が叫ぶ。手には愛用している片手直剣が握られていた。

「え、なんで」
「いいから早く!」

 和人は少し驚いたように眼を見開くと、奥へ引っ込んだ。

 ──扉が壊される音がした。

「……きっと、«ラフコフ»ね」

 母親が呟くように、しかし確かな声で言う。
 殺人集団«笑う棺桶(ラフィン・コフィン)»は近年、それらを妨害する者達の家を襲い、何百人にものぼる人々の殺戮に明け暮れている。遂に和人たちの家もターゲットにされたというわけだ。

「あの子だけは、絶対に守ろう」

 父親は力強く囁いた。
 多勢に無勢、苦戦した二人だが、なんとか数人を無力化することに成功した。
 しかし──。

「あなた、後ろ!」
「えっ……」

 母親の叫びに、父親は後ろを振り返った。
 犯罪者が嘲っていた。
 父親の血と、母親の悲鳴と、殺人者の(わら)い声が混濁し──。
 父親はその場に崩れ落ちた。
 固く閉じられた瞼は、もう二度と開くことはなかった。
 やがて、その身が四散した。

「嘘でしょ……」

 母親もまた、絶望に崩れ落ちる。震える手で、目の前で砕け散った夫の剣を取る。
 仇に剣を向けた、その瞬間──。

「……親父?」

 リビングの扉から、あまりに大きなショックを隠せず、黒い瞳を揺らして立ち尽くす少年がいた。

「和人! こっちに来ては駄目。今すぐ逃げなさい!」

 母親が叫んだ。
 殺人者が嘲笑し、和人に向かって自らのナイフの刃先を向け、突進する。しかし和人は、ただ呆然と立ちつくすばかり。
 母親は、今は亡き夫の言葉を思い出した。

 ──あの子だけは、絶対に守ろう。

 そうだ。守らなければ。
 母親は半ば吸い寄せられるように、和人を庇うように抱きしめた。
 その背中を、深紅に染まったナイフが深々と切り裂いた。
 母親の眼から、一筋の雫がつたった。
 その躰が輝き始め──
 四散した。
 和人は絶叫した。

 ──今まで、戦闘はおろか、剣を握ったことすらなかった。

「ははははっ! 死んじまったな、お前の親!」

 殺人者が言う。

「まぁ安心しろよ。今すぐお前も会えるからさ」

 その刹那。

「……黙れ」

 和人は呟くと、殺人者に猛然と体当たりした。その勢いで転げ落ちたナイフ──両親の血に濡れた、忌々しい凶器を掴んだ。

「……これ、親父の分」

 おもむろに口を開き、ナイフを振りかぶる。戦闘なんて初めてのはずなのに、恐るべき速度だった。殺人者の腕にしっかりと命中した。

「……これは母さんの分」

 今度は振るったナイフを切り返す。

「そんでこれは……」

 和人は血走った眼で相手を見据えた。

「俺たちの生活を壊した罪」

 その言葉は、微妙にあどけなさの残る声から発せられるものだとは到底思い難かった。
 和人は生まれて初めて人を憎み、恨んだのだ。
 しかし、和人が殺人者にとどめを刺す前に、整合騎士が飛び込んできた。







 その後和人は母親の妹──桐ヶ谷翠(きりがやみどり)の家に引き取られた。
 数ヵ月後。

「ねぇ、かずとー」

 言ったのは、桐ヶ谷家の一人娘──従妹の桐ヶ谷直葉だ。和人は苦笑いを浮かべた。

「……どうした、スグ」
「遊ぼ、かずと!」

 直葉がにっこり笑う。

「はいはい……」

 和人は直葉の兄のようだった。とても穏やかにも見えた。
 しかし翠は、和人の瞳の奥に広がる深い闇を見過ごすことができなかった。翠が事件の詳細を知ったのは、和人やあの家の記憶を神聖術によって覗き込んだからだ。
 両親を殺されたことへの恨み、哀しみ、怒り、憎しみ。

 ──このままだと、和人は壊れてしまうのではないか。

 翠は不安に感じていた。
 和人はあの事件についての記憶をすべて喪ってしまったらしい。家族と幸せに暮らしていた日々や、自身の両親が誰なのかということさえ覚えていなかった。よほどショックだったのだろう──そう考えると、翠の胸は張り裂けそうに痛んだ。

 和人を自分の子、直葉の兄として育てた。
 年月が流れ、やがて和人は子供らしい明るい表情をするようになり、直葉と楽しそうに戯れるところをよく見かけるようになった。

「カズー! 直葉ー! 遊びましょー」

 アリス・ツーベルクが、玄関先から叫んでいる。
 どうやら、幼なじみであるアリスとユージオに関する記憶はまだ残っているようだった。
 もしかして、賢いアリスが何か勘ぐったりするのではないか──と思ったが、どうやらその心配は必要ないようだった。
 アリス自身、和人の本当の両親の顔や、あの晩起こった事件のことを知らないらしい。家については「引っ越した」と言えば納得した。

「スグ、行くか?」
「うん!」

 和人の問いに、直葉は笑顔で答えた。

「じゃあ、行ってくるよ、母さん!」

 和人は言うなり、外へ駆け出した。
 再び平和な日常が戻ってきた。
 けれど、これもほんの少しの期間のお話。
 約10年後、どんな事件が起きるかも知らずに──。



 ただ、油断していた。 
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