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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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崑崙の章
  第19話 「一つ、我らは民の笑顔ために!」

 
前書き
感想にやる気を出して、二時間弱で書き上げちゃいました。
まあ、前回の忘れた人の登場シーンだけのつもりだったんですが……ついでに、前々から伏線張ってた政策の一つのお披露目です。 

 




  ―― 関羽 side 梁州 漢中 城内 ――




 ふう……
 私は寝台から起きだし、朝日が眩しい空を見る。
 この梁州は、四季がはっきりしているため、一月の朝はとても寒い。

 だからこそ、朝日の暖かさは何物にも代えがたいぬくもりを与えてくれる。
 その陽射しを浴びて、身体に力が漲っていくのがわかる。

 冬の布団のぬくもりも捨てがたいのだが……

「うっん~~~~~~~~~~~~~~~~~っはぁ……」

 大きく伸びをして、体をほぐす。
 とたんに寒さを感じてしまい、掛布を引き上げた。

「うう……早く着替えねば」

 これから桃香様をお起こしして、本日の予定を伝えねばならん。
 私は、意を決して寝台から体を離し、衣装棚を開ける。

 ここ、梁州にきてから急激に増えた衣類の数々。
 その大部分は、街の呉服屋からの進呈物である。

 様々な種類の衣服がおいてあるが……正直、私はどれも着ようとは思わない。
 はっきり言って、私には似合わないと思う。

 フリフリがついていたり、嫌に露出が多かったり……
 正直、いらないと断ったのだが……

 なんとその主人、泣いて自殺しようとした。
 たまらず受け取ることを約定してしまい……着もしない衣装がこうして並んでいる。

(こんなヘソ丸出しの服だの、紐としか思えない下履きなど……こんなものどうやって着ろというのだ)

 さすがに着るのだけは勘弁して欲しいので、受け取るだけは受け取り、こうして衣装棚の肥やしになっている。

(うう……捨てるわけにもいかんし、どうしたものか。誰かにあげるにも……)

 どうやって知ったのか、私の寸法にピッタリだった。
 主人は『目算で測りました』とか自慢気に言うし……

(はあ……これではまるでサラシではないか。こんなものを着るのはきっと霞ぐらい……霞?)

 そして私は思いつく。

「そうだ! 霞に送ってしまおう!」

 うんうん。
 献上物として、董卓殿にかねてよりのお礼の進物とでもすれば……
 うん、そうだ、そうしよう。

「私が着るよりも、洛陽の霞が着れば呉服屋の主人の名も高まるであろう! うん、いい考えだ!」

 私もいらない……ごほん、手に余る服を有効活用できるというものだ。

「となると、呉服屋に話を通しておかねば……」

 さすがに無断で戴いた献上品を他者に譲る訳にはいかないからな。
 さっそく見回りの時にでも……

 ん?
 見回り……

「あ!?」

 そうだった。
 私は、慌てていつもの服を着始める。

 急がねばならん。
 今日は……

「今日は『交番』のお披露目と、その説明があるのだからな」




  ―― 馬正 side ――




「……というわけで。今後、漢中の外壁内、街の随所に設置されました警備用駐屯所である『交番』、これを本日から正式に運用することになります。各自、質問があればどうぞ」

 朱里殿が会場内にいる警備『員』となった、兵たちを見回す。
 その数、およそ千人以上。

 彼らは治安維持や、警護能力が高い者たちを選抜して選ばれた、いわば精鋭だった。

「質問します。先日より内示を受けておりましたが……我々は警備兵と、どう違うのでしょうか?」

 一人の兵が挙手をして話しだす。
 さすがに対人能力が高い能力を持つ者達の集まりだけあり、相手が国の宰相でも物怖じしない。
 うむ……人選に間違いはないようだな。

「お答えします。警備兵は街の治安を守っていましたが、基本は兵です。戦となれば動員されるものでしたが、あなた方は警備『員』となります。戦時でも漢中警護の任から基本的には外れることはありません」

 朱里殿の答えに、兵たちがざわつく。
 当然だ。
 それは戦で武功を立てることが出来ないため、褒賞がもらえないことになる。

 古来より、戦での臨時褒賞は、敵地での略奪や暴行を容認することで支払われてきた。
 将もそれはわかっており、あえて見逃すような立場をとることで容認してきた歴史がある。

 だが、この劉備軍では、それを軍法で明確に禁じた。
 それゆえに反発もあったが、代償として戦時毎に軍功に応じての特別報酬を出すことを明言してある。
 基本的には動員時に、定期報酬の一ヶ月分の報酬である米八升だが、最低軍功においてもそれに二升追加される。
 その上、抜群の功績を残せたものは、最大十六升まで追加される上に武官・文官への取り立ても考慮される。

 その軍法改革が発表されると、兵の希望者が殺到したほどだ。
 そのため、選抜試験が設けるなど、新たな対応にも追われた。
 すべてを受け入れては、国庫などすぐに空になってしまうからだ。

 その上で、今回余剰人員を削減することも検討された。
 その最たるものが警備兵である。

 警備兵は、大体何処の街でも戦時では兵として、平時では街の警護として掛け持ちするのが通例であった。
 だが、その為に個々の警護能力に差が生じやすく、平時では威張り散らしたり、逆に怠けるという弊害があった。
 なおかつ、戦時には戦に人員をとられるために、街の治安が著しく低下することも問題だったのだ。

 それらの問題を的確に捉え、解決策として我が主、北郷盾二殿が提示したのが『警備・治安を専門とする人員育成』だった。

 その内容は……

「当然戦時報酬はありません。ですが、他の兼業兵と違い、あなた方には毎月戦時報酬と同量である米八升が支給されます」

 この言葉に、兵たちが皆眼の色が変わる。

 そう……兵は、動員されねば報酬は支払われないのだ。
 そのため普段は、農民として過ごしていたり、警備兵として活動している。
 ちなみに、調練時は他のところだと無報酬で強制的に参集されるが、この劉備軍では調練運用費として、米一升が毎月上乗せで支給されている。

 これらの優遇策は、全て民を飢えさせることのない世界を作ろうとする主と劉備殿の信念の表れだと言っても良い。
 だからこそ兵の士気も高く、調練の成果もすこぶる良いといえる。

「また、専任していただくためにこちらで宿舎も提供することになります。警備担当時……これを『勤務』と呼びますが、勤務時には食事もこちらで提供されます」
「「「オオオオオッ!」」」

 兵たちの歓声が上がった。
 毎月の報酬が出る上に、勤務時には食事が出る……今までの待遇を考えれば夢の様な優遇といえるだろう。

「静かにせよっ! まだ宰相殿の話は終わりではないっ!」

 私の一喝に、シン……と静まる兵たち。
 うむ、調練の成果は出ておるようだな。

「どうぞ、朱里殿」
「ありがとうございます……もちろん、これはそれだけ責任が重いからこその優遇です。ただで楽させるためではありません。其のことをはっきりと言っておきます」

 朱里殿の言葉に、先ほどまで浮かれていた兵の眼が、真剣な目つきへと変わる。

「では、どのようなことをするのか……あなた方が行うこと、それは一に治安維持、ニに防災、三に人心の掌握です」
「「「……?」」」

 兵たちは、互いに目を合わせる。
 朱里殿の言葉の意味がわからなかったのだろう。

「まず治安維持……これは、今までの警備兵と同じです。揉め事の解決や盗人などの捕縛などです。次に防災、これは火事や天災などによる街の被害の解決を行います」
「街の被害……?」
「今でも時折起こる火事の場合、その周辺を取り壊して延焼の拡大を未然に防ぎます。その上で新しい家を建てる采配なども監督します」

 この言葉に、自分たちがいかに責任重大な任務を負うか、その内容に皆が息を呑む。
 そう、これらは今まで朱里殿や雛里殿、そして劉備殿が行っていた政務なのだ。
 それを自分たちが行うように任された……そういう意味になる。

「基本的に、家屋を建てる場合には予算も必要でしょうから、計画書を城に陳情してください。認可されれば責任者として現場で監督もしてもらいます。 ただし、不正がないように監督する人員もつけます」

 優遇されれば、それに乗じて不正を行うのは人間の習性と言ってもいいかもしれない。
 だが、それを個人の理性で取り締まれることに期待するのではなく、あくまで制度にてそれを律しようとする。
 でなければ、いつまでも個人の資質のみで民の暮らしが左右される時代が終わらない。
 これらも主の言でもあった。

「また、地震、強風、(いなご)など、天災時に街の復旧なども基本的に専属で担当します。もちろん、人手が足りなければ増員もしますが、それらの監督もしていただくことにもなります」
「「「………………」」」
「そして第三の人心の掌握……これは、街の人々の不安や不満を受け止め、安心を与える役割です」
「「「??」」」

 再度、意味を掴みかねる兵たち。
 まあ、気持ちはわかる。
 私とて、主から詳細を聞かねばわからなかったのだから。
 だが……これは必須なのだ。

「民とは人です。人故に、日々の暮らしの悩み、将来の不安、友人との仲違い、近所との問題……そうした不平不満を聞いて解決してきたのは、今までは桃香様……いえ、劉備様、関羽さん、張飛さんなどの武将の方々でした。ですが……今後は、貴方たちこそが『頼られる人』になってもらうのです」
「「「なっ!?」」」
「貴方たちがここに選抜されたのは偶然じゃありません。それぞれ一人一人がつらい過去を持ち、それゆえに他者に優しく接してきた。そうした人選をして選ばれたのがあなた方です」
「「「………………!」」」

 兵隊が互いを見る。
 お互い、思うところがあったのだろう。
 それぞれを見る目は、ひどく優しかった。

「中には親兄弟、恋人や奥さんや子供を亡くした方もいます。その理由は様々でも、それゆえに人の痛みがわかるのでしょう。普段の警備や戦時での他者への労りなどで特筆された人々があなた方です。それが現在、増員された漢中にいる一万の兵の中から、あなた方を選んだ理由です」

 朱里殿の言葉に、皆が静かに朱里殿へと目を向ける。
 その表情は、穏やかであり、なおかつ強い意志を秘めている眼だった。

「そしてその痛みを常に感じているのが、桃香様……劉備様であり、私達の主である北郷盾二様です。その痛みを共感できるあなた方でしたら、きっとこの大役も果たしてくれる。そう信じています」
「「「…………………………」」」
「民を家族のように、優しさと……時に厳しさを以って、勤務してください。以上です」

 朱里殿は、ふうと一息ついて私を見る。
 ふむ……では、私が締めるとしますか。

「ごほん! この警備を担当する者の呼称は、『警備兵』ではなく『警備員』、官職にある警備員……略して『警官』と呼称する。そしてその警官を指揮するのが、私こと馬仁義である!」
「「「ハッ!」」」
「職名は警官を監視する者……『警視』となる。以後、そう呼ぶように」
「「「ハッ!」」」
「我々は多大な責務がある。それゆえに俸給で優遇されている。だが、それを怠ったものは容赦なく罷免する。その覚悟を持って事に当たれ!」
「「「ハッ!」」」
「私は就任の挨拶として、主から伝えられた標語を皆に与える。皆、辛い時はこの言葉を胸に職務を全うするように心がけてもらいたい……これから言う言葉を復唱せよ!」
「「「ハッ!」」」

「一つ、我らは民の笑顔ために!」
「「「一つ、我らは民の笑顔ために!」」」
「一つ、正しき者には優しさを、罪を犯せし者には厳しさを!」
「「「一つ、正しき者には優しさを、罪を犯せし者には厳しさを!」」」
「一つ、民の顔こそ自らの行いの鏡である!」
「「「一つ、民の顔こそ自らの行いの鏡である!」」」

「以上、心に秘めて職務を全うせよ! 期待している!」
「「「ハッ!!!」」」

 この日より。
 漢中の名は、『大陸一安全な街』と呼ばれるようになっていくのである。




  ―― 鳳統 side ――




「……ということです。これらの人員は、全て街中の警護と問題の解決に当たることになります」
「ふわぁ……すごいねえ」
「うむ……兵の、いや警官、だったか。顔つきがまるで違うな」
「うんうん。鈴々も圧倒されそうな気合なのだ!」

 私が新たに設立された漢中の警備専門組織、『警官』の説明と共に、その担当となる面々を、城の二階から説明している。
 その説明を聞きつつ、眼下に見える広間に集った千人余の表情と、その気合を受けて。
 説明を聞いていた桃香様、愛紗さん、鈴々ちゃんが声を上げた。

「朱里ちゃんの言葉通り、この人たちは馬正さんを含めて我々三人で綿密に選抜しました。これを試験実施として漢中で行い、最終的には上庸や巴中などの他の街でも施行する予定です」
「うむ……確かに。街の人々も、賊の討伐などで主力が街を離れている間でも安全ならば、彼らの人心も安定するだろうな」

 愛紗さんは、しきりに頷いている。

「もちろんですが、戦時はこれとは別に駐在兵も残します。農邑など、漢中以外での巡視も必要になりますから。ただ、街の中に留守居の警備兵が置かなくて済む分、統制のとれた監督ができるはずです」
「いつも悪いことするやつを見張っている人がいるなら、悪いことを考える人も減ると思うのだ。鈴々は、大賛成なのだ」

 鈴々ちゃんは、無邪気に笑っている

「なお、これにより警備の人員を固定することで、人事と治安維持の効率化を図ります。予測では良い結果になるとは思いますが……」
「うん。誰よりも、街に住む人の負担にならないようにしてくれるなら問題ないよ。私達だけじゃ手が回らない場所でも、決まった人がちゃんと見てくれるなら意見も出やすいと思うし」

 桃香様は、そう言って微笑む。

「もちろん、今後も皆さんによる見回りはしていただきます。警官の引き締めにもなりますし、決まった人間のみでは新しい発見も出来ないので、定期的に人事異動はするつもりですが」
「うん。それはもちろんだよ。皆の声をちゃんと聞かないと、皆が何を求めているか、わかんないもんね」
「そうですね。困っている人の立場に接して話を聞く。私達が行うことは、今までと何ら変わらない」
「ただ、それに仲間が増えるだけなのだ! 鈴々は、嬉しいのだ!」

 そう……盾二様が示したこの政策の根本。
 それは、桃香様たちが行ってきた事を、みんなでやろうという、ただそれだけの物。
 それを皆に知ってもらうためだけに、わざわざこんな大掛かりなことをした。

 それは……つまり桃香様たちが、善意のみで今まで行ってきたことを、兵が……民が代行するのには、これだけ準備がいるということでもありました。
 いかにこの国が……今までの政策が、それを担当する一個人に頼りきったモノだったか、という表れでもあるのです。

 私は、この政策を形に出来たことがすごく誇らしいです。
 この制度が大陸に広まれば……一部の能力を持った人が率いるのではなく、普通の……個々の民の自警能力が増せば。
 賊に無残に殺される子供や、奴隷として攫われ売られていく人を少なく……いえ、いつかは無くせるかもしれない。

「……私達が作った制度は、まだまだ穴も多いと思います。ですから……どうか、これをもっといいものにできるように、色んな意見をください。お願いします」
「もちろんだよ」
「まかせろ」
「鈴々にまかせるのだー!」

 三者三様の笑顔に。
 私は少し、涙が出そうになった。




  ―― ??? side ――




 それからまた、少し時は流れて。
 季節は春から夏になろうかという頃――

「らっしゃい、らっしゃい! 安いよー!」
「今日つきたての『餅』だよ! 小麦じゃなくて去年の米でついたやつだ! 保存も効くよ!」
「そこの人、どうだい! こいつは初めてとれたばかりのじゃがいもだ! 土豆って呼ばれるやつだが、漢中でとれたものはじゃがいもって呼ばれるんだ! いっぱい取れるから値段も安いぜ!」
「巴郡から取り寄せた香辛料だよー! 今日はお祭りだから、特別放出だ! 最近話題の『カレー』を作るなら絶対必要だ! うちは城の糧食としても収めるぐらいの逸品だよ!」

 市場のにぎわいは、ほんの数カ月前に新設さればかりとは思えないほど盛況だった。
 どの商人、そして客の顔はテカテカと明るく、元気で艶が良い。

 北の幽州、そして洛陽の寂れた市場とは雲泥の差があった。
 なにより驚いたのは……

「おい、喧嘩だ!」

 その一声とともにざわつく周囲。
 だが――

「警官を呼べ!」
「おせーよ! もう飛んでったぜ」
「じゃあ、すぐに収まるな……さあ、いらっしゃい!」

 と、本来ならば大騒ぎになるか、被害を恐れて皆隠れるように立ち去るかなのに。
 この街では、すぐに問題がなかったかのような賑わいを再開させる。

 そして喧嘩していた現場に駆けつけてみれば、すでに何事もなかったかのように後片付けも終わり、野次馬すらいなかった。
 ただし、喧嘩していたであろう、血の跡だけが少し残っているのがわかる。
 それも一人の警備兵……いや、警官が水の入った桶を持って、その場所に水を撒くと何事もなかったかのように綺麗になる。

(……なんということだ。ここは一体……)

 外部から来た人間は、大抵その様子に驚き、周囲に聞いて回る。
 こんな治安の良さは、現在の大陸すべてを見てもここにしかないといえるからだ。

 その人々も、この漢中に数日もいれば、その光景にも慣れて享受するようになる。
 安全が金をかけずに得られる街。
 この街への居住希望者は後を絶たない。

 だが、現在はまだ漢中に住める建物は少ない。
 為政者である劉備は、大急ぎで街の整備を行っているらしい。

 それも、今までの無秩序な整備ではなく、四方を区切り、大通りを設備し、住民区、商業区、工業区など、それぞれの担当地区すら大々的に移動させた。
 その建築にも割普請という、工匠を分担させて競わせるという方式をとるために、建築の速度はおどろくほど早い。

 それでも元から漢中に住んでいた住人の家を再優先として、次に商業、工業区としているために、新規居住者の家は遅れている。
 だが、そこに許可無く居住しようとすれば警官が飛んできては、職業斡旋所というところに連れて行かれる。
 そして能力ごとに割り振られた地区へ住み込みで弟子入りさせるか、農邑へ移住を勧められる。

 そのため、無秩序に浮浪者がうろくつことはなく、街は仕事を覚えようとする者の熱気に溢れ、漢中周辺の農邑では開拓・開墾が盛んに行われていた。
 何しろ、この州では今、農業生産を奨励しているのである。

 新たに特産となった、じゃがいも。
 これは、植え付けてから九十日で収穫可能という、とんでもない早さで栽培できる。
 冬から春になる頃に植えれば、夏になる前には収穫できようというもの。
 それも一つの種芋を四分割して植えるそうだが、一つから四つぐらいの量が取れる。
 つまりは、たった一つから一六個も作れるというのだ。

 しかも一年に二回も収穫できる。
 それだけでも、相当な量となる。

 本来ならば、おおよそ六割から七割ほどが税として搾取される事が多い。
 幽州など七割五分……非道と言ってもいい。
 曹操が治める陳留では屯田兵なる制度により、俸給を出す代わりに作物一切は国庫に入るというところすらある。

 だが、税として収められる量は五官五民という、大陸でも珍しいほどの公平さ。
 それは、今まで虐げられていた農民の所得が増えることを意味していた。

 これらを大々的に作るために陸稲すら廃止して、その場所を畑として栽培し始めたのが今年から。
 それからすでに百日前後。
 早いところでは収穫が始まっているという。
 その量は、すでに陸稲の数倍の量ともなるほどの豊作だそうだ。

 食糧事情が一気に改善した漢中では、口々に劉備を称える言葉が爆発的に周辺へと広がっている。
 動きの早い商人は、すぐに漢中に接触を図ったそうだが、その商いの代償にかなりの関税を強いているとのこと。

 それでもこの商品は売れると見越して、漢中へとくる商人は後を絶たないらしい。
 まだ、最初の作物ができるかどうかというのに……気の早いことだと思わざるをえない。

 だが、そのお陰で空に近かった国庫がようやく潤ってきたようだ、と酒で気の良くなった兵が漏らしていた。
 先行投資とやらを随分していたようで、官吏の面々はこれまで、ろくな俸給もなかったらしい。
 特に、劉備は自分で使える金は一銭もないと言われている。
 その全てを、国の発展にのみ使用しているとのこと。

 その醜聞に、これまで漢中の官民ともに、質素倹約が旨とされていたようだ。
 この街で話を聞いた子持ちの女性の一言が全てを語っているだろう。

『貧すれど、心は錦』

 その甲斐あってか、この『じゃがいも』の豊作の話は、漢中でお祭りになるほどの賑わいだった。
 どの民の顔にも笑顔がある。

(これが……目指したものですか)

 この数日、漢中で民の話を聞きまわっていた。
 すでにここに来るまでの間、様々な噂は耳にしていたが、どれも真偽の定かで無いようなデタラメばかり。

 だが、漢中に近づくにつれ、他の土地とは違う雰囲気に目を、耳を奪われていた。
 そこにいた人々は……穏やかなのだ。
 そして、皆に生気が満ちていた。

(幽州周辺の虐げられた農民の怨嗟……洛陽で職もなく、死を待つだけの難民の数々……だが、ここはどうだ)

 同じ大陸なのか、と思わず唸るほどの世界の違いに。
 どんな妖術を使ったのだと、漢中の門をくぐる迄、疑心暗鬼にとらわれていたのが馬鹿らしい。

(此処こそが、私が望んだ場所かもしれない)

 そう。
 これだけ短期間に、民を笑顔にさせる場所。
 それを成し得た者にこそ――

 私は愛用の武器を手に立ち上がる。
 ようやく見つけた、私のいるべき場所。

 さて……では、挨拶に行くとしようか。
 我が主となる方へ。

 そして私は内城の門を叩くのだ。

「我が名は趙子龍! 劉玄徳殿、並びに北郷盾二殿にご面会したい!」
 
 

 
後書き
やっと出ました趙雲……星さん。
ほんとはトラブルの一つも起こして大々的に登場させようかとも思ったんですが。

まあ、それは後日の拠点フェイズででも。

ちなみに税の話は、全てを含めての年間総税です。
土地税、人頭税、労役その他もろもろを含めての大体の割合と認識してください。 
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