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私立アインクラッド学園

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第二部 文化祭
  第8話 歌唱少女

 
前書き
[君と一緒に行きたかったのに!]

1人でモンスター討伐に出掛け、帰ってきた和人は災難続き。

疲れた和人が学園の廊下を歩いていると、音楽室から歌声が聴こえてきて──?
 

 
「痛い痛い痛い痛い! スグ、傷口に消毒液ぶっかけるのはやめてくれ!」
「だってお兄ちゃん、怪我してるし……」
「あのなスグ、消毒液はそんなバシャッとかけるモンじゃないてててて」

 俺は先ほど1人でモンスターの討伐をやって、少しばかり怪我をしてしまった。
 直葉は学園に戻った俺を見るなり、「お兄ちゃんが怪我してる~!」とか言って大騒ぎ。平気だから心配には及ばないと一応言ったのだが、直葉に押しきられてしまい、保健室に連れてこられた。
 確かに傷口は少し痛んでいたのだが──。
 「消毒しなきゃ!」と叫んだ直葉が、容器に入っている消毒液を丸ごとぶっかけ始めたのだ。

「お、おいスグ……そんなんじゃ、消毒液がどんどんなくなっちゃうだろ」
「だって、お兄ちゃん」
「だってじゃなくて! これはちょっと、モンスターの剣がかすっただけだから心配ないって」
「で、でも……」
「ていうか斬られて数時間経ってるし、もう消毒しても意味ないって。それにこういう怪我は、血が固まったら、水で洗って済ませるくらいがちょうどいいんだぞ」
「お兄ちゃん、しみるの嫌なんだ?」
「ちゃうわ! もうホントにいいですから!」

 直葉は「うーん」とまだ納得いかなさそうにしていた。

 **

「キリト君のバカッ!」

 明日奈は和人の頬を強く叩いた。結構強く叩いたので、討伐で疲れきった和人は2、3歩後ろによろけた。

「な、なんで平手打ち!?」

 和人が少し涙目気味で言う。

「なんでわたしも誘ってくれないのよ!」
「いや、俺は基本1人だろ!」

 明日奈はうっ、と言葉を詰まらせた。
 黒衣の剣士はふぅ、と一息吐くと、訊いてくる。

「なに、そんなに討伐したい気分だったのか?」
「討伐しちゃいたい人物なら、今目の前に立ってますけど!」
「お、俺!?」

 和人は明日奈がビンタした頬を未だ痛そうに押さえながら、素っ頓狂な声を出した。
 明日奈は苛立ちを覚え、とんでもない発言をしてしまう。

「そうよ! ……わたしも、君と一緒に行きたかったのに」

 和人がぱちくりと瞬きする。明日奈は自分の発言に、顔が熱くなることを感じた。

「キキッ、キリト君のバカぁぁぁ」

 明日奈は和人に背を向けて走り出した。
 1テンポ遅れて、「あ、おい!?」という和人の声が聞こえてきた。

 ***

 まりあは休み時間を報せるチャイムが鳴るなり、音楽室へ向かった。
 今は妖精少女マリアではないので、あの美声で唄うことはできない。けど、好きだ。唄うことが。
 ──たとえ偽物でもいい。
 ──桜まりあとして唄いたい。
 矛盾している、2つの思い。
 いつか本当に、まりあとして、ちゃんと唄いたい。大勢の前でも堂々と唄いきって、皆を圧倒させて、感動させたい。休み時間はいつも、そんな日がきっと来ると信じ、歌に思いを乗せて唄うのだ。
 まりあは大きく息を吸い込んだ。

 *

 ──変な日だな、ほんとに。
 妹に消毒液ぶっかけられるわ、クラスメートの女の子にはバカ呼ばわりされた挙げ句ひっぱたかれるわ──
 ──君と一緒に行きたかったのに!
 何故だか、アスナの言葉が頭から離れない。
 どういう意味だろう?何故俺なんだ。これはもう少し、対人スキルを鍛えておく必要がありそうだ──そんなことを考えながら、廊下を歩いていたその時。
 どこからか、歌声が聴こえてきた。
 音楽室からだろうか。少し扉が開いている──そのせいで音漏れしてしまっているのだろう。俺は扉を閉めておこうと思い、扉の取っ手に手を掛けようとして──
 その寸前で手を止めた。
 音楽室から漏れる歌声は、あまりに美しかったのだ。俺は音楽のことなんてよく解らないけど、思わず聴き入ってしまった。
 こちらに背を向け唄っているのは、一人の少女。
 俺は音を立てないように部屋の隅に立ち尽くしていたが、ポケットに突っ込んだなにかを落としてしまい、カランカラン、と音が立つ。
 先ほど直葉から奪った消毒液だ。
 ポケットに入れちゃってたのか──。

「……どなたですか?」

 少女がバッと振り返る。
 アイボリーのロングヘア。パッツンと切り揃えた前髪の奥に、オレンジ色の大きな瞳が覗いた。
 俺は慌てて言う。

「い、いや……ちょっと、聴き入ってしまいまして」
「……聴き入った? 私の歌に?」

 少女は驚いたように目を見開いた。少し嬉しそうにも見える。

「あ、ああ。廊下歩いてたら、扉の隙間からとても綺麗な声が聴こえてきてですね……すみません、勝手に聴いちゃって」
「いえ、構いませんよ。閉めるの忘れてた私の責任ですし……そんなことより、綺麗って……本当に?」

 少女が身を乗り出してくる。俺は「は、はい」と頷いた。少女は幼い女の子のように無垢な笑顔を見せたあと、微笑んだ。

「貴方が初めてですよ。私の歌を褒めて下さるだなんて……ふふ。名前はなんていうのですか? 私は桜まりあ、高等部1年です」
「は、初めて!? ……俺は桐ヶ谷和人、高等部1年。同学年だし、敬語とか使わなくてもいいよな?」
「はい。でも私は、タメ口ってどうも苦手で……あっ、桐ヶ谷くんはご遠慮なくお使い下さいね」
「そうさせてもらうよ」

 俺はとりあえず微笑んだ。

 
 

 
後書き
ア「キリト君ってなんでこう、鈍感なのかな!?気分転換に音楽室にでも──ッ!?女の子と一緒!?キ、キリト君のバカぁ──っ!!」
キ(なんかアスナの声が聞こえた気が……)
まりあ「どうしたのですか?」
キ「い、いや……ちょっと、聞き入ってしまいまして」
ま「……聴き入った?私の歌声に?」
キ「へっ?そそっ、そうそう、そうです……」
 
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