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フィガロの結婚

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11部分:第二幕その三


第二幕その三

「そのせいでこのお屋敷を去るなんて」
「全くです。あっ、もう来ました」
 ここでケルビーノが部屋に入って来た。見れば士官の軍服と帽子だ。それで仕草はまだ貴族のそれで軍人のものではなく敬礼ではなく一礼をするのだった。
「ようこそ、士官殿」
「そんな因果な呼び方は止めてくれよ」
 ケルビーノは泣きそうな顔でスザンナに返した。
「僕は嫌なんだよ。奥方様とお別れするなんて」
「どうしてかしら」
「それはとてもお優しいから」
 スザンナに応えながら熱い目を夫人に向けている。実はスザンナにも。
「だからだと」
「そしてとてもお美しい」 
 ケルビーノの心を見透かしたように言ってみせてからかう。
「そうよね」
「それはないよ」
「そうかしら。ところで」
 スザンナは今度は別のことでケルビーノをからかってきた。
「さっきの歌だけれど」
「歌って!?」
「だからあの歌よ。奥方様にお聞かせしたら?」 
 くすりと笑いながらケルビーノに告げた。
「そうしたら?」
「歌?」
 夫人は彼女の言葉に顔を向けて問うた。
「それは誰の歌なの?」
「さて」
 これは最初はあえて言わないで含み笑いであった。
「それはですね」
「ああ、わかったわ」
 夫人はケルビーノがここで顔を真っ赤にさせて俯いてしまったのを見て全てを察した。
「そういうことね」
「はい。それじゃあ歌ってみなさい」
「スザンナ、私のギターを貸してあげるわ」
「どうも」
 早速その部屋の端に置いてあったギターを取って奏ではじめる。ケルビーノはそれに合わせて歌うのだった。
「恋はどんなものかお知りの貴女」
 右手を拳にして胸の前にやって左手で握りながら歌う。
「どうかこの僕に教えて欲しい」
「教えて欲しい?」
「僕の心に恋があるかどうか。僕がそれを感じているか」
 これが今の彼の心そのものだった。
「それを教えて下さい。僕には何もかもが新しくてよくわからないのです。憧れに満ちた感情があって」
 さらに歌う。
「ある時は喜んである時は辛くて。凍るようになったかと思えば燃え上がって。幸せになることを捜し求めていますけれどそれがどんなものかわからず」
「つまり何もわかってないのね」
 スザンナはギターを奏でながら呟いた。
「つまりは」
「ただ溜息が出て嘆いて胸はときめき震えて」
 歌もまた自然に出て来ていた。
「夜も昼も心は休まらず。けれど僕は今この感情そのものが好きで」
 そしてさらに歌っていく。
「恋はどんなものかお知りの貴女。どうかこの僕に教えてください」
「美味いわね」
 夫人は彼が歌い終えたのを確かめてから感想を述べた。
「貴方にそんな才能があるなんて」
「そうですね。何でもできるのね」
 スザンナもこのことに感心していた。
「ところで」
「何?」
 今度はケルビーノに声をかけてきた。
「フィガロに呼ばれたのよね」
「うん」
 スザンナの問いに正直に答える。
「そうだけれど」
「ならいいわ。そうね」
 スザンナはここでケルビーノの顔をまじまじと見る。見れば見る程少女めいた美貌を持つ中性的な妖しい美しさを持つ顔立ちだ。
 
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