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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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役者は踊る
  第三一幕 「俺が狼に人生相談を頼むわけがない」

前回のあらすじ:ラウラフラグ?

話を聞くにクラースさんは去年からよくこの食堂に来ていたらしいので、ひょっとしたら何回か見かけるくらいはしていたのかもしれない。どちらにしろバイトで忙しかった一夏はあまり頻繁に食堂に顔を出していなかったから知らなくても無理はないのだが。とにかくそれ位の頃から食堂に来るようになったクラースさんは、日本の食事マナーを厳さんに指摘されているうちにそれなりに話をする仲になり今に至るらしい。年齢は離れているものの傭兵稼業で世界を駆け回った彼はある意味厳さんより人生経験豊かであり、今では良い話友達なのだとか。

「おかげで箸の扱いもこの通り、ってね」

冗談めかして箸をわきわき動かしてみせるクラースに「そりゃあんまり関係ないだろ」と笑う厳さん。まるで数年来の親友の様な雰囲気さえ感じられる。
ちなみにさっき(前話)の厳さんの似合わない敬語は、実体験をもとに国際的な動きを話すクラースを冗談めかして「大学の講師みたいだ」と言ったのをきっかけに使うようになったらしく、所謂ちょっとした茶目っ気である。

「一応弾君と蘭ちゃんとも顔見知りだよ。弾君はともかく蘭ちゃんはIS関連でいろいろ聞かれたしね」
「そうなのか、蘭?」
「は、はい!IS操縦者になるのも将来の道の一つかなと・・・」
(んな訳ねーだろ蘭がISを調べ始めたのはお前のIS適性が発覚した直後だよ!!それまでは大して興味なかったよ!!)

心の中で全力ツッコミをする弾だが当然鈍感大魔神である一夏は気付かない。あれだけもじもじしながら頬を紅潮させて一夏の顔をちらちら見ているのだから好意を向けられていることに気付いてもよさそうなものだが、それでも気付かないのが一夏という男である。蘭がさっきお色直しして登場した際にも「デートにでも行くのか?」という斜め下発言をかましていた。

「そういえば厳さんとクラースさんは何の話をしてたんですか?」
「それはお前たちには関係ない・・・いや、少しは関係のある話か?」
「ISを巡る世界情勢って奴だよ。今までもあまりいいとは言えなかったんだけど、ここ最近は特にあちこちで怪しい情報が飛び交っている・・・蘭ちゃんもIS学園に行くならその辺りの事情をしっかり考えてからにした方がいい。でないと下手をすれば命に関わるからな」
「そんな大げさな・・・」

ISは世間的にはスポーツの部類に入っている。絶対防御という機能ゆえにむしろ普通のスポーツより怪我はしにくいくらいだ。ISの運用に関してもアラスカ条約できつく取り決められており、そうそう危険があるとは――


「――本当にそうかな?第二回モンドグロッソで君自身がどんな目に遭ったか・・・忘れたわけじゃあるまい?」
「・・・!!!」


一夏の顔が引きつる。それは一夏にとって最も思い出したくない、そして力を求める大きなきっかけとなった思い出だった。今でも思い出しては苦い顔をしてしまう事件。そしてその内容は、出来れば弾や蘭には知られたくない内容でもある。

「・・・奥の個室を使うといい。弾、蘭、家の方に戻ってろ」
「え?ど、どうして・・・」
「まぁまぁ、取り敢えず撤退しようぜ?大事な話みたいだし」
「ちょ、お兄!」

厳さんの有無を言わせない態度に戸惑う蘭だが、場の空気に何かを感じ取った弾によって連れて行かれる。こういう所で空気が読めるのは弾のいいところだ。後で話の内容を聞かれるかもしれないけれど、その時はその時か。

「じゃ、場所を移そうか。余り他人に聞かせる話ではないしね」



 = =



「・・・それで、クラースさんは何処まで知ってるんですか?」
「織斑本人から聞いた、と言えばいいかな?」
「全部じゃないですか・・・っていうか呼び捨てとか千冬姉とどういう関係ですか!むしろそこが気になります!!」
「・・・何だ、聞いてないのか?ドイツ時代の飲み仲間で同僚だよ」

後半の質問だけ声を張り上げる一夏にクラースは意外そうな顔で答える。彼としてはてっきりその辺りは千冬が一夏に話したことがあるものと思っていただけに、一夏の鬼気迫る顔は心底意外だった。・・・まぁ姉の方のブラコンっぷりはある程度知っていたので「ああ、こいつら間違いなく姉弟だ」と心のどこかで納得してしまっていた。
対する一夏は姉と近しい(と一夏は思い込んでいる。実際それなりには近いが)クラースに露骨に警戒しつつも、「ドイツ時代」の言葉の意味を理解し歯噛みした。


2年前の事だ。当時、世間は第二回モンドグロッソに沸き立っていた。それは一夏も同じこと。前回優勝者にして日本代表だった千冬の雄姿を見るために、凰家族やユウと一緒に開催国イタリアへと赴いた。
千冬の実力は全体的に操縦者のレベルが上がった第二回でも健在で、愛機の暮桜と共に破竹の勢いで快勝を続けた。そして大会も中頃を過ぎた時、事件は起きた。
一夏が、誘拐されたのである。
それからの千冬の行動は早かった。何の迷いもなくすぐさまモンドグロッソを辞退し、ドイツ軍の情報提供を基に一直線に一夏の元へ向かい、救出。幸い一夏に怪我はなく、事件は1日の内に終わった。当時の一夏にとっては突然眠らされ、知らない間に何所かに連れていかれ、気が付いたら姉に抱きかかえられていたという認識しかなかったため、事度重大さを理解しきれていなかった。
犯人の狙いやどの組織が行ったのかは一切不明。ただ噂によると実行犯の一部はドイツ軍の内部離反者であり、その元身内の不祥事を秘密裏に処理するためドイツが情報提供を行ったという説があったが、真偽のほどは定かではない。

問題だったのはそれからである。優勝確実とまで言われた日本代表の理由不明の突然の辞退に会場は騒然、ブレード部門では優勝者にブーイングが飛ぶなど異例の事態となった。その空気はモンドグロッソ全体に広がり、第二回モンドグロッソは出場者にも観客にも言葉に出来ないしこりを残したまま終わった。日本の心ない人々の中には千冬のことを臆病者と罵る者までいたが、誘拐事件の存在は何故か世間に語られることはなかった。
そして、情報提供の件でドイツ軍に借りを作ってしまった千冬はその後1年間ドイツ軍の教官として過ごすことを余儀なくされ、一夏と離れ離れに暮らすこととなった。

皆と共に日本へ帰った一夏は、自分の所為で姉の晴れ舞台を邪魔してしまったという悔恨に苛まれた。自分に力がなかったから・・・自分が油断したから・・・

「皆は俺を責めなかった。千冬姉も責めることはなく、むしろ無事を喜んでいた。ジョウさんは逆に一緒に行かなかったことを謝ってきた。それでも、俺は守られるだけの弱い自分をどうしても許すことが出来なかった・・・だから、ISを起動させたとき、本当は少しだけ嬉しかったんです」

いつしかその後悔は独白へと変わり、気が付けば一夏はクラースに延々と自身の胸中を吐露していた。

「でも・・・駄目ですね。この前も結局助けられちゃったし、今日もクラースさんの言葉で自分の認識の甘さを思い知らされました・・・駄目だなぁ、俺」
「・・・戦いに参加しない人間なんて多かれ少なかれそんなものだ。ISパイロットとて内心では『ISは安全』とタカを括っているものも珍しくはないよ」

そこでいったん言葉を区切り、クラースは改めて一夏の方を向く。

「ちょっと軽い講義をしようか。まずはISが何故安全なのか、考え付く限り答えて御覧?」
「え・・・っと、絶対防御があるから操縦者が怪我をしない。あと、アラスカ条約で自衛と競技以外のIS利用を禁じているから・・・すいません、この二つしか思いつきません」
「今はそれで十分さ。さて、絶対防御があるから安全というのは実の所間違っている」
「えっ?」

意外な言葉に一夏は動揺する。絶対防御はIS安全説の根幹と言ってもいい。それが間違っているなど今まで思いも寄らなかった。だが、そこで一夏は何故そう言い切れるのかという疑問の答えをいくつか自分で発見する。

「あ、“零落白夜”!それにこの前のアンノウンのビームも!」
「うん、それもある。シールドそのものを無効化する“零落白夜”なら対人安全確保プログラムを弄れば操縦者を直接攻撃することも出来るし、あのアンノウンの大出力粒子砲は絶対防御をも突破出来るだけの威力を持っている。でももっと根本的なものがあるよ?」
「根本的・・・?」
「そう、絶対防御の特性を考えればわかることだ」
「・・・えーと、えーと?あっ!!シールドエネルギーが尽きたら絶対防御を張れない!!あと、確か命に関わるほどのダメージでない限り絶対防御は発動しないってユウが・・・」
「何だ、意外と予習復習できてるじゃないか。その通りだよ。他にも軍用のIS装備には操縦者へダメージを与えることを前提とした武器も存在する」

まるで本当の先生みたいだ、と思いながら一夏はクラースの言葉に聞き入った。こうして見直してみれば確かに絶対防御は安全とは言い難い。もしエネルギーの切れてしまった機体に不慮のダメージがあれば操縦者は大怪我をするだろうし、今回の件でも鈴やユウは命がけの戦いを強いられた。

「でもね、一夏君。実はもう一つの方・・・条約の方が問題なんだ」
「それって・・・どういう事ですか?」
「・・・これから喋ることは“そういう可能性もある”程度に考慮しておいてくれ」

訳が分からないまま一夏は頷いた。それを横目で確認したクラースさんは窓の外を眩しそうに見つめながら独り言のように呟く。

「IS委員会は私利私欲の溜まり場のような場所だ。各国が好き放題な事を言いながら自国の利権を摺合せ、互いに互いの責任を押し付け合い、豚のように利益を貪る。そんな連中は決まって自分の失態は隠したがる・・・例えばISコアやIS技術の盗難、流出とかね」
「・・・・・・」

それは、真っ直ぐな性格である一夏には納得も理解も出来ない内容だった。安全管理をする側が事実を隠ぺいする。自分たちの欲望のために他人を切り捨てようとする、紛うことなき“悪”行である。そんな人間がいると考えるだけでも一夏は気分が良くなかった。そんな反応を知ってか知らずか、話は淡々と進む。

「さてここで問題だ。その盗難、流出したISを運用するテロリストがいたとするよ?テロリストはあくまで集団であって国ではないから国際的な制裁は効かないし交渉も通じないことが殆ど、直接叩き潰す以外に無力化するのは難しいだろう。もし取り押さえるための戦闘を行った時・・・

――果たして彼らは、アラスカ条約を守るような律儀な事をしてくれるかな?」

「!!!!」

全身から冷や汗が吹き出し、喉が一気に干上がった。クラースが何を言わんとしているか、理解してしまった。
答えはNoだ。テロリストはルールなど守らずにISで人を殺せる。条約違反の武器も技術さえあれば開発できる。戦闘をしてはいけないというルールも彼等には意味の無いものだ。エネルギーが尽きたから見逃してくださいなんて、いちいち聞いてはくれないだろう。
こんな簡単なことを世間の人々の多くが気付いていないのか。ISの安全神話など最初から存在していなかったという事実を。いや、だからこそ国やメディアは安全だと言い張っているのかもしれない。今更危険でしたとは言えないから。言えば自分たちの立場がなくなるかもしれないから。

「アラスカ条約は言ってしまえば批准した国以外は守る義務など無い。だが、もしも実際に条約の枠を超えることをする国があれば、その国はあっという間に国際社会全体の非難の対象になるだろう。・・・しかしね、それは守るべき国土と立場を持たないものには何の苦にもならない。核抑止がそうであったように、IS抑止もテロリストには通用しないんだ。では行きつく先は何か?“IS同士の殺し合い”だよ、一夏君」
「殺し、合い・・・」
「無論これは可能性の一つであって、絶対にそれが起こるとは限らない。でもね、アングラの世界では今日も世間様の知らない存在が動き回っているんだ。“人様には口が裂けても言えない事”をやっている連中がね」

どこか他人事のようで、しかし果てしないリアリティを纏った言葉が一夏に圧し掛かった。
それを見たクラースは少し鬱陶しげに頭を掻き、ふぅ、と溜息をついた。

「ちょっと話が逸れちゃったか。つまり俺が言いたいのはね、一夏君?IS関連者っていうのはそっちの世界と無関係ではいられないんだ。下手をすれば命を狙われる状況ってのもあり得る。俺も教師達もそれが起きないように尽力はしているけど絶対ではないからね」
「・・・」
「君は、それでも力を望むかい?」
「・・・はい」
「どうして?」

何故。何故俺は力を望むのか。男が守られるだけの存在であることを否定するため?違う。姉のような強い操縦者になるため?・・・それも違う気がする。やはり思い出すのは2年前の拉致事件。
俺は何も知らなかったし、知れなかった。何所で何が動き、どういう経緯で何が起きたのかを知ることさえできずに、事件は俺の手の届かないところで終わりを告げた。悔しかった。俺は事件に巻き込まれたのに、事件に関わることさえ許されなかった。まるで『お前には力がないから関係の無い話だ』と言われたような気がして、惨めだった。
俺の求める事。俺の力を求める訳は――

やがて考えのまとまった一夏は、意を決したようにクラースを正面から見据えた。
その言葉に迷いはなく、そのまなざしに曇りはない。

「理不尽な力から周りを守るには、やっぱり力が必要・・・だと思います。それに、前に千冬姉が言ってたんです。『力を持つ者には望む望まざるに関わらず責任が付きまとう』って。俺はその責任って奴から逃げられないと思うし、逃げたくもありません。さっきの話を聞いた後で『やっぱり聞かなかったことにして強くなるのを諦めます』なんて、俺は絶対に言いません!」

答えは、自分を取り巻くすべての出来事を否定しないという事。それは何も知らずに歩むより辛い道だろう。自分の所為で誰かが傷つき、血を流すかもしれない。或いは自分がそうなるかもしれない。
それでも、その出来事から逃げて目を逸らし続けたくはない。そうしてしまうと、本当に大切な“選択肢”を掴むことさえ出来ないような気がするから。

「・・・芯の通っているところは本当に似てるな」
「えっ?」
「何でもないよ。それだけの覚悟があるんなら上出来だ。あとはその情熱を戦い以外の所にも向けられれば完璧かな?じゃ、俺はそろそろお(いとま)するよ」

満足そうに頷いたクラースはそのまま立ち上がり、個室の戸を開く。部屋を出る前に再び一夏の声が掛かった。怪訝そうな顔で振り向いたクラースに、一夏はぺこりと頭を下げた。

「あの、クラースさん・・・今日はいろいろ教えてもらってありがとうございました!出来ればまた何か聞かせてください!」
「・・・機会があったらね」

振り向かずにそれだけ返したクラースは今度こそ部屋を後にしながら、誰にも聞こえないほど小さな声でポツリと呟いた。


「キミは本当に姉に似てるよ、一夏君。ひょっとしたら君も、織斑の言っていた“マジン”ってやつを宿せるかもね」


誰に向けたわけでもないその言葉は、虚空に吸い込まれ、消えて行った。
 
 

 
後書き
以上、少年が戦いの意味を考え直すの巻でした。
マジン・・・いったい何でしょうか。マジンパワーとか発動できそうですね。
なお誘拐事件に関しては五反田家は知りません。でも弾は「その頃に何か起きた」ということくらいはおぼろげながら察しています。 
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