| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

役者は踊る
  第二八幕 「母の愛した愛し子よ」

 
前書き
ただいまー。
帰ってきてそうそう悪いですが、今度は本編でちょいと休暇編に入ります。
 

 
前回のあらすじ:病弱少年、抱かれる


外出許可、それは別れし者との束の間の再会。
外出許可、それはかの者が待ち望みし至高の許可。
外出許可、それは長く短い自由への逃避。
外出許可、それは・・・・・・







そこは何処までも広がる山々が連なる、とある田舎町の一角。今は誰も住んでいないその家屋の庭に、大きな墓石があった。
そこには「残間家乃墓」と大きく掘られており、裏にはこの墓で眠る残間家の人々の名が刻まれていた。そしてその中に・・・

「ただいま、母さん」
「・・・ごめんな?色々あって、随分長い事来れなくてさ」

今は亡き二人の兄弟の母親、「残間美夕起(あさまみゆき)」が名を連ねていた。

「母さん。僕たち、IS学園に行くことになったんだ。周りが女の子ばかりで気苦労することも多いけど、みんないい人だよ」
「まぁ悪い人がいたら俺が守ってやるだけだから問題ないがな!母上は化けて出ずにゆっくり眠ってていいぜ?」
「もう、兄さんったら・・・とにかく、僕たちは今日も元気でやってるよ」

それは死者に対する意味のない報告。ただ生きている人間が物言わぬ死者を悼んで一方的に行う自己満足行為。
それでもここでこう話していると、先立ってしまった母との時間が少しだけ埋められるような気がして、彼らは定期的に墓参りをしている。本当は父と共に来たかったが、人格保護プログラムの所為で連絡もあまり取れない父とスケジュールを合わせるのは無理があったため、今回は二人だけだ。

「・・・線香、立てていくか。ユウ、ロウソク出してくれ」
「はい、ロウソク。少し風が出てるから火の扱いに気を付けてね?」

ロウソクに火をつけ、その火で線香に火をつける。最早嗅ぎ慣れた線香の香りを気にすることもなく香立ての灰に突き刺し、二人は静かに合掌した。







残間美夕起という女性について、ユウの知ることは少ない。何故ならば彼女は10年以上前に亡くなっており、顔や声、優しかったという断片的でぼんやりとした形でしか記憶していなかった。社会的にどんな人物だったのかは全く知らなかった。
だから彼女が死んでからというもの、ユウは母についてどれだけ無知であったかを思い知らされた。
母の仕事を知らない。母の友達の顔を知らない。母が何を思い自分に結章という名をつけ、成長する息子をどう思い、死に際にどう思っていたのかはもはや知るすべもない。

まだ幼稚園児だったユウにとって、母の訃報は余りにも突然だった。
死因は高速道路での交通事故。出張の帰りに運悪く大型トラック二台にサンドイッチにされた母の遺体は損傷が激しく、遺体を拝むことは父に許してもらえなかった。だからだろうか、当時のユウには全く母が死んだという実感がわかなかった。だが、家に帰るとすぐにその実感が押し寄せてくる。

母のいない家。母のいない食卓。母のいない寝室。母が買い物に行くときに何時も持っていたバッグ。朝起きるといつも母が振るっていたフライパン。夜に眠れないとき、いつも母が呼んでくれた絵本。
母がいつもいる場所、母がいつも持っていた物は沢山あるのに、そこに母の姿は無い。
まるで別世界だった。自分の生きている世界から綺麗に切り取られたようにいなくなった母の存在をようやく認識したユウは、ただひたすらに泣いた。泣き疲れて眠り、翌日に起きた時に母がいないことを思い出し、また泣いた。
思えばその頃から兄のお節介が急激に増えて行ったような気がする。居なくなった母の代わりを務める気だったのだろう。結果として僕が兄に依存する時間は増えたから、その狙いは的中したと言えなくもない。

まぁその反動で反抗期には少しばかりグレてしまったが、それも今となってはいい思い出である。

「・・・さて、ユウ。あれはちゃんと持ってるか?」
「忘れるわけないよ。造花で悪いけど・・・はい、これ供えていくね?」

墓の花立てに溜まった雨水を捨て、その中に鮮やかなピンクの桃の造花を差し込む。
桃の花、それは母の最も好きな花であり、ユウの覚えている数少ない母の好きなものだ。
もうだいぶ記憶がおぼろげになってしまったが、母方の実家であるこの家に来るたびに庭に生えた桃の木を眺めていたのを覚えていた。

「なあ、ユウ」

不意に、後ろからジョウの声が掛かった。振り返りざまに問う。

「何?」
「何で母さんが桃の花が好きだったか、話したっけ?」
「・・・聞いてないよ。どうしてなの?」

しんみりした表情だったジョウは、表情を一転させニカッと笑いながら高々と空を指さす。

「『桃の花言葉は“天下無敵”!ついでに“愛嬌”!可愛くて無敵なんて、素敵でしょ?』・・・だってよ」
「・・・ふふっ、母さんってば意外とお茶目だったんだね」
「だろ?俺の性格も多分母さんに似たんじゃないかと疑ってるんだぜ?」

ははは、と互いに笑いあう。恐らく自分の前では見せなかったのだろう、母の意外な一面。
もう会えないけれど、それでも無くしたピースが一つ見つかったような気がして素直に嬉しかった。
それにしても“天下無敵”か。以外にアグレッシブな人だったんだろうか。

「もし母さんが生きてたら、嬉々としてISに乗ろうとしたんじゃないかな?」
「あり得るな・・・結構アクティブな人だったし、何せ息子がこれだからな!」
「・・・天下無敵かぁ」
「目指してみるか?」
「それにはまず兄さんに勝たないとね?」
「違いないな!まぁ、まだまだ若い衆に負ける気はないけどな!」
「なにその自分が年寄りみたいな言い方・・・2歳しか違わないくせに」

2人は暫くそんな他愛のない会話をし、やがて墓に背を向ける。残念ながら時間的に余り長居は出来ないのだ。本当はきっちり墓掃除もしたいところをぐっと堪え、ふたりは最後に墓の方を振り向く。

「行ってきます。今度は父さんと一緒に来るからね?」
「ついでに友達とましなお供え物持ってくるから、楽しみにしててくれよ?」

2人の少年は今度こそ墓に背を向け歩き出す。それを見守る様に、既にすべての花が落ちてしまった桃の木の枝が静かに揺れた。







外出許可を取るのは何も男子生徒達だけではない。女子生徒とて親元や故郷を離れて学校へ通っているのだから、当然その中からも実家を恋しく思うものは出てくる。特に新しい環境に来てばかりの1年生はその反応が顕著であり、中にはホームシックにかかってしまう生徒だっている。
よって学園は月に一日、土曜日の授業を中止して2日の休みを作り、その時だけ短期外出申請を出していたものに許可を出すという仕組みがある。国民の祝日が被る場合はその限りではないが、生憎6月は国民の祝日など存在しないため2連休が設けられている。
現在、1年生の中では50人近い生徒が帰省しており、佐藤稔もその中の一人であった。


「はぁぁ~~~・・・やっぱりこのソファに寝そべってダラダラするのが至福の一時(ひととき)だわ~~」

横のテーブルに置いてあるお菓子を貪りながら脱力し切った体を横に向ける。
実家というものは不思議なもので、久しぶりに訪れてみると自分でもびっくりするほど恋しく感じてしまう。学園でもダラダラすることはあるが、久々の我が家で得られるリラックス度とは全く違うように感じる。これが帰る場所がある安心というやつなのかもしれない。


そこまで考えて、不意に少しだけ表情を歪める。

佐藤稔は転生者だ。確かに親との血の繋がりはあるし、今まで重ねてきた生活に嘘はない。
だがどうしても、“最初の人生の両親”の事を思うと今世の両親を素直に親と思えない部分があるのは、感覚的にどうしても拭えない。それに、理由がどうかは知らないが、今自分が此処にあることによって“本当は生まれてくるはずだった佐藤稔”を消滅させてしまったかもしれないという思いは今でも消えることはない。
証明も説明も出来ない、あるかどうかも分からない罪の意識が胸の奥を圧迫しているような苦しさ。IS学園に受かった日も、そのことを少しだけ思い出してナーバスになってしまった。

(とんだ恩知らずだなぁ、私・・・「私は貴方達の子供ではありません」って、ほんの少しでも思っているんだもん・・・自己嫌悪だなぁ)

両親が望み、母が自分のお腹を痛めてまで生み出し、父が名前をつけたというのに、私は心のどこかで“本当の家族じゃない”と思っているのだ。あれほど愛を注いでくれた両親にそんな薄情な思いを抱く、そんな自分がひどく自分勝手で腹立たしかった。
母は「家族」という言葉を強調することがよくある。その言葉を聞くたびに、私は表面上笑いながらも心の内では後ろめたい思いを抱いていた。いや、違うかもしれない。今になって思えば、その言葉を強調されるたびに「母は実はすべて気付いているんじゃないか」と怯えていたようにも思える。お前は嘘つきだ、と。

「・・・考えすぎか。母さんはそーいうの気にしない人だって知ってるくせに・・・自分に自信がないからそんな弱気なこと考えるんだよ」

偶に思うが、ひょっとして自分はかなりの馬鹿なのではないかと思う。まぁ冷静に考えてみれば転生どうこうと考えている時点で頭がおめでたい人な訳だが。レッツゴートゥ精神科する気はないので結局のところ現状維持だろう。
そんなことを考えていると、台所から何とも食欲をそそる匂いが漂ってきてそちらに意識が行く。この匂いは・・・玉ねぎを炒めている時の匂いだ。玉ねぎとはどうして炒めたらこんなに食欲をそそられるのだろうか。・・・単にカレーも肉じゃがもハンバーグも玉ねぎを炒めるところから始まるのを脳が覚えている所為かもしれない。いわゆる条件反射?急激に唾液の分泌が増加した私はつい母さんのいる台所に声を飛ばした。

「かーさん今日の晩御飯なにー?」
「いいお肉が売ってたから今日は肉じゃがー!」
「前みたいに『ジャガイモ全部溶けちゃった!テヘッ☆』とかは止めてよー?」
「ちゃんとメークイン使ってるから大丈夫よ!っていうか文句言ってる暇があったらお皿出しなさーい!」
「あいあいさー」
「女性士官に使うときは“アイアイマム”よ!覚えておきなさい!」
「どーでもいーよー・・・」

うん。このどうでもいいところで突っ込んでくる辺りは実に母さんだ。そして食べ物の匂いにつられてさっきの悩みを忘れている辺り、やっぱり私は馬鹿だ。
だけどまぁ、ちょっとぐらいおバカなほうがこの世界を生きていくには丁度いいのかもしれない。

「早くしなさい味見係ー!」
「はいはい只今~!!」

その後少しして父も帰って来た佐藤さん一家は、晩御飯を食べながら一家団欒の時を過ごした。肉じゃがは少し煮込み過ぎて肉が固くなってしまったが、良くあることだと誰も気にしなかった。

それは誰がどう見ても、日本ではありふれた“家族”に相違なかった。
でもそれで十分だろう。本当の家族かなんて、その光景の前には些細なことだ。
 
 

 
後書き
転生者としての苦悩。実際に転生したらこんな風に考えるんじゃないかと思う。激しく悩み過ぎる訳でもなく、かといって全く意識しない訳でもなく、これくらいが丁度いいかな。

一人暮らししてみると親の存在がどれだけありがたかったか身に沁みます。うちの家庭は親父が家の中で何もしないタイプなので母の苦労は特に。ご飯のときに皿やお箸を配ってあげるだけでも親孝行になるので未だ親元にいる方は是非何かしてあげてください、というごくごく個人的な経験談を書いてみる。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧