予言なんてクソクラエ
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第四章 再会
(一)
分厚い絨毯の感触を靴の底で楽しみながら、石井はホテルの奥のラウンジに向かった。普段はラフな格好が多いのだが、たまにはスリーピースで決めるのも悪くないと、鏡に映った姿を横目でチェックする。広いゆったりとしたスペースを眺めた。保科香子はすぐに見つかった。
やたらひらひらしたドレス風の姿に、住む世界の違いを思い知らされたが、今日のスリーピースはイタリー製だ。気後れすることはない。香子は小さな日本庭園に面した席で一人コーヒーを飲み、秋の気配の忍び寄る庭園をうつろな目で眺めていた。
ガラス張りのラウンジに臨む小さな日本庭園は、周囲を高い板塀で囲まれている。その裏に回ればビル群が林立しているというのに、塀に遮られた視界には青い空しか入ってこない。その高い空に一本の細長い雲が架かっている。
ゆっくりと近付くが、視界の端に入っているはずなのに、香子は視線を向けようとはしない。しかたなく目の前に佇んで声をかけた。
「座ってもよろしいですか。」
香子が初めて視線をむけた。睨みすえるような視線が一瞬ゆれた。
「石井君?」
「ああ。」
しばらく見詰め合った。懐かしさが溢れて二人を包んだ。
昔と少しも変わっていない。艶やかな肌はまだ少女のように輝いている。長い睫が何度もゆれてその目に涙を滲ませている。思いがけない再会を心から喜んでいるようだ。その様子がかえって石井の心を重くした。
「何年ぶりかしら。石井君、早稲田に入ったって聞いたけど、やっぱりサッカーで入ったの。例の特待生みたいなやつで?」
二人の時間は一瞬にして高校卒業の頃に戻っている。
「サッカーは高校で終わりさ。スポーツ推薦で入れるほどの才能はなかった。一浪してやっとこ早稲田に滑り込んだ。」
「何年ぶり?」
「12年ぶりだ。確か短大を卒業してすぐ結婚したって聞いたけど?」
「若気の至りよ。10歳も年上の人だった。すぐ離婚したの。でも、もし高校卒業の時、石井君が今日のように気さくに話しかけてくれていたら、私の人生も変わっていたかもしれない。」
「僕に気があったって?」
「学校中の女の子の熱い視線を浴びていたわ。私もそのうちの一人。」
「僕にはサッカーしかなかった。3年最後の試合に負けてから腑抜け同然になっちゃって、女どころじゃなかった。」
「あの試合の時は本当に泣いちゃったわ。貴方は芝生に座り込んじゃって放心状態。仲間から手を差し伸べられてやっと立ち上がった。その姿、今でも目に焼きついているもの。」
遠い昔の悔しさは苦い思を呼び覚ますと言うのに、どこか甘い香りが漂う。しかし、石井はその甘い香りのなかにいつまでも浸っているつもりはなかった。石井の沈痛な表情に気付いて、保科香子が聞いた。
「でも、どうして、どうしてここにいるの。まさか偶然?」
「いや、偶然じゃない。」
「ではどうして。」
「君に忠告をしようと思って。」
「それってどういうこと。」
喜びが一瞬にして不安へと代わり、動揺を隠そうともせず暗く沈んだ瞳を向けた。
「実を言うと、僕はあのホテルから出てくる君を目撃してしまった。こう言えば分かるだろう。警察は君を追っている。君に辿りつくのにそう時間はかからないだろう。まして僕の友人が君に辿りついて、君の写真まで撮っている。」
「その方が、ここを教えたと言うの。」
心なしか声が震えている。
「そういうことだ。」
重苦しい沈黙が二人を包んだ。肩を落とし、一点を見詰める香子の固く組まれた両手は震え、その震えを抑えるために手を組んでいるようだが、力を込めるたびに震えは大きくなった。石井がようやく口を開いた。
「何故あんなことをした。」
予想した通り沈黙がその答だ。石井は俯く香子を見詰めた。香子が顔をあげ、二人は見つめあう。その唇が震えている。
「強請られていたの。体を要求されたわ。だから眠り薬をお酒に入れたの。量が多すぎたって・・・。まさか死ぬなんて思ってもみなかった。」
「量が多すぎたって、誰が言った?」
その答えにはだんまりを決め込むつもりらしい。固く口を引き結んでいる。だが、誰かがそう言ったことは確かなようだ。
「自首しよう。それしかない。」
「そんなこと出来ないわ。」と言うと、両手で顔を覆った。肩が震えている。その頼りなげな肩を見ているうちに、急に愛おしさが込み上げてきた。常に校内でこの女の姿を追い求め、見出だせば狂おしい思いを抱いた中学高校時代。その思いが甦った。
この女を守ってやりたいと心底思った。しかし、そんなことは不可能だ。殺された政治家秘書から安東代議士、そして悟道会教祖の杉田啓次郎の妾へと警察は辿りつくだろう。その時、石井が警察に嘘の証言をすることなど出来るはずがない。
そう思った瞬間、思いは一緒だったのだろう、香子の顔が救いを求めて石井を凝視した。辺りを憚って囁くように言った。
「石井くん、お願い。嘘の証言をして、私じゃないって。ホテルから出てきたのは私じゃないって証言して、お願い。」
「それは出来ない相談だ。こうみえても僕は元刑事だ。」
石井の冷徹な視線に一瞬ひるんだが、再び何かを思いついた。涙で潤んだ瞳が必死さできらきらと輝いた。
「いずれ自首するわ。今日は10月20日、そう、12月20日には自首する。お願い、二ヶ月ほど待って欲しいの。」
石井はじっとその瞳を見詰めた。その瞳に嘘がないか見極めようとした。人は切羽詰まると嘘をつく。嘘を見抜くのが刑事の仕事だった。石井は不思議と嘘を見破る能力を持ち合わせていた。その瞳に嘘はないように思えた。声を殺して囁いた。
「分かった。12月20日、再びここで会おう。時間は今日と同じ午前10時。僕は君を信じる。万が一の場合、しばらくの間、君の言うように曖昧な証言をしよう。しかし、何故12月20日なんだ。」
保科香子は一瞬うろたえたが、咄嗟に答えた。
「母が入院しているの。末期癌よ。余命一月と医師に言われている。死に水をとってあげたいの。」
石井は一瞬判断に迷った。嘘が半分、真実が半分といった按配だ。事実、香子の母が癌であること、そして入院していることも事実だった。ただし、それが二月ヶ間自首を伸ばす理由ではなかったのである。
石井は立ち上がりかけたが、座りなおし、
「おい、磯田さん。12月20日まで待て。」
とテーブルの下に向かって言い、立ち上がると、香子に背を向けて歩き出した。
一方、ホテルの駐車場の車の中で一部始終を聞いていた磯田は、「けっ、格好つけやがって、甘ちゃん野郎が。来るわけねんだろう。」と呟き、ふて腐れてレシーバーを耳から外した。レコーダーのスイッチを切り、車から降り立った。盗聴器を回収するためだ。
(二)
少女は恐怖に顔を引き攣らせ悲鳴を上げたのだが、くぐもったその叫び声は誰にも聞こえない。少女の口にはタオルが押し込められ、手足はナイロンの細い紐で縛られベッドの四隅に固定されていた。少年は下半身を少女に突き立てているが、その両手は少女の首を締め付けている。
首を絞められ、少女の意識は遠のき、死の恐怖も、快楽も、まして魂さえ脳裏から離れてしまっているようだ。尚も少年は腰を律動させ、最後の瞬間を迎えようとしている。次の瞬間、獣の咆哮のごとき声をあげ、少年は果てた。
ドンドンという扉を叩く音に、少年はぐったりとした体をようやく起し、ゆっくりと振り返った。充血した目には尋常でない光を宿している。すっきりとしたそのマスクは美少年の部類に属す。その顔からは想像も出来ない野太い怒声が響く。
「邪魔するな。邪魔したら貴様らも殺してやる。この女のようにぶっ殺してやる。」
ズドンという一際大きな音と共に、扉が蹴破られ、それが上の蝶番ひとつでぶら下がった。二人の屈強そうな男が入ってきた。少年は少女の体から起き上がり、二人の男に挑むような視線を向け半身に構えた。一人の男が冷ややかな声で言う。
「渥美さんは死んだようですね。」
少年は黙ったままだ。
「あれほど仲良く暮らしていたじゃありませんか。この半年、二人は夫婦のようだった。私達もほっと胸を撫で下ろしていた。」
「黙れ、何が夫婦のようだったって?胸を撫で下ろしたって?貴様らに俺の惨めな気持ちが分かるか。籠の鳥の俺の気持ちなんて分かるわけがない。」
「勿論分かります、でも本来はもっと狭くて汚い場所に押し込められていてわもおかしくないんですよ。それが見なさい。ここには何でも揃っている。プールもジムも映画館も遊技場も、ましてお坊ちゃんの要望通りヘリコプターも買って、空中散歩にもお連れしている。いったい何が不満なんです。」
少年は徐々に間合いをつめていた。その美しい顔には不釣合いなほど、体は筋肉でごつごつしいる。男は素知らぬふりで、もう一人の男に目線で合図を送る。もう一人の男が後ろのポケットから何かを取り出した。少年が吠えた。
「お前らが、ここを檻と呼んでいるのを知っているんだぞ。ここはまさに檻だ。そして俺は動物園の熊のように、この狭い檻の中でうろついているだけだ。いいか、俺はここを出るんだ。そこをどけ。」
少年は躍り上がるようにして男に蹴りを入れた。男は半身になってやりすごし、少年の蹴り出した脚を右脇に抱え込み、捻り倒すとうつ伏せにして床に押さんだ。
「おい、重雄、今だ。」
もう一人の重雄と呼ばれた男が素早く少年の腕に注射針を刺し込む。狂ったように暴れる少年は次第にぐったりとしてきた。少年のか細い声が聞こえた。
「いつか強くなって、お前らを倒して・・・」
二人の男はふーと溜息を漏らした。男が呟くように言った。
「また殺っちまった。これで二人目だぜ。なあ、重雄、こんな奴の後始末をしている俺達は、地獄に堕ちるかもしれんな。」
重雄が答えた。
「地獄なんてある訳ないですよ。この世こそ地獄です。」
「この世こそ地獄か。重雄もいいことを言う。確かにその通りだ。」
寂しげに笑うと男は立ち上がった。
「しばらく独房に入れておけ。」
重雄が答えた。
「独房ねえ、独房ったって俺のアパートの3倍はあるんだから。全く、とんだ野郎ですよ、こいつは。何が籠の鳥だよ。ざけんなって。」
「それと、女の死体の始末をしておけ。」
「えっ、片桐さん、手伝ってくれないんですか。」
「俺には大事な仕事がある。北海道に出張だ。樋口と四宮と三人で始末しろ。おい、いいかきっちりと仕事をしろよ。」
(三)
三枝節子から電話が入った。いつもなら例のホテルが指定されただろう。しかし彼女は渋谷の喫茶店で会いたいと言う。三枝の意図は明らかだ。待ち合わせ場所にはめずらしく先に来て口を引き結んで控えている。もう結論を聞いたも同じだった。
「珍しいじゃないか、手術が手短に終わったわけか。」
「ええ、・・・」
と言ったまま、俯いている。別れ話を自ずと悟らせようとしているかのようだ。せめて聞くだけ聞いてみようと思った。
「君の態度で、君が僕と別れようと決意していることは分かった。いいだろう、別れよう。電話を貰った時から覚悟は出来ていたから、そのことについては気にすることはない。君の事はきっぱりと諦める。」
「ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて……。」
「しおらしい君なんて似合わない。いつものように堂々としていろよ。」
またしても下を向いて、押し黙った。例の件、地球を襲う未曾有の大災害のことに触れられたくないのだ。しかし石井とて心かき乱された。まして付き合い出して間もない恋人を横取りされたのだ。聞く権利はある。
「で、どうだったんだ、例の予言の話は。僕も聞きたい。」
ちらっと視線をあげたが、口元が歪んだ。嘘を言おうとする人間の表情だ。無理に笑顔を作って口を開いた。
「嘘っぱち。あの人の作り話。」
ふふふっと悪戯っぽい表情で笑うと続けた。
「あの人、私にどうしても振り向いて欲しくってあんな嘘を書いたって告白したわ。確かに彼は予言能力を持っているの。だからこそ今日の地位を勝ち得たんですって。それが分かって欲しくてあんなメッセージを私によこしたのよ。馬鹿みたい。」
「他の三っつの予言は本当だったが、地球規模の大災害だけが嘘だと言うんだな。」
またしても悪戯っ子のような含み笑いを浮かべ、目をくりくりさせた。その仕草は三十女には似合わない。
「そ・う・ゆ・う・こ・と。あれは私の関心を惹くための大嘘だったんですって。本当にあの人ったら、最初に会った時のおどおどした態度が嘘みたいで、茶目っ気ばっかりで可愛いいの。急に恋心が芽生えちゃって。本当にごめんなさい。」
石井は三枝が虚勢を張っているのが分かった。彼女は誰にも打明けられない真実を知った。しかしそれを隠そうとしている。恐らく三枝は、ストーカー野郎に口止めされているのだ。
間違いなく三枝は、元ストーカー、安東喜一郎から世界的規模の大災害の真実と日時を聞いた。その恐怖が彼女の顔に貼りついている。安東はその災害から逃れる術を彼女に教えた。その見返りは、彼女の心と体だ。姑息な安東の顔が浮かぶ。
取り繕おうとする三枝の不自然な表情は石井をしらけさせたが、彼女の努力を無にするのも大人気ない。にやりと笑って答えた。
「良かった。三度目のイラン大地震の予言にはびっくりしたよ。世界的規模の大災害が近日中にも起こるかもしれないと、本気で思い込んでしまった。僕もこれからは枕を高くして眠れるってわけだ。」
三枝は、ふと心の重荷が下りたように肩の力を抜いた。石井は立ち上がりかけ、別れを告げようと思ったが、意地悪な気持ちが蠢いて再び腰を落とすと声を殺して言った。
「君は嘘を言っている。」
「嘘なんて言ってないわ、全部本当のことよ。」
「君の彼氏は予言能力を持っているかもしれないが、実を言うと僕は嘘を見抜く能力を持っている。君はまだ僕を愛している。彼なんて本当は嫌いだと顔に書いてある。」
「好きよ、愛しているわ。」
思いのほか大きな声に自分自身びっくりしたようだ。周りの人々の視線が彼女に集まった。三枝は声を低めて再び同じ台詞を吐いた。
「愛しているわ。信じてもらえないと思うけど、急に好きになったの。こんな不思議な体験は始めてだし、その能力を持っている彼を見直したというか、すごいなっていう思いが、好きになった理由かもしれないけど…」
石井は言葉を遮り、
「そうかい、分かった。もう何も言うまい。君の好きにしろ。」
と言うと席を立った。後ろも振り返らず喫茶店を後にした。地球規模の災害は本当にやって来るのか。彼女の目はそれを確信していた。空を見上げると星云が漆黒の闇に煌めいている。その星に語りかけた。
「母さん、本当に破滅がやってくるの?人間の傲慢さを懲らしめるため自然が復讐するってことなの?」
星はまたたくだけで何の啓示も与えてはくれない。
何故、母と同じ能力が遺伝しなかったのか、我ながら恨めしく思ったものだ。しかし、だからこそ、石井は母の能力の解明に駆り立てられた。石井はこれまで、その究明のためどれだけの本を読んだだろう。夢中で様々な分野の本を漁るように読んだ。
そしてある時、「集合的無意識」という言葉に出会った。この言葉によって初めて母の能力、つまり予知能力と霊能力が説明できたのだ。この「集合的無意識」とは、個人を超えた、人類の長い経験と知識が蓄積され形成された無意識領域のことで、個人に遺伝的に継承されると考えられている。
しかし、石井は、母とのコミュニケーションを通じて、個々の心は深奥で繋がっていると確信していた。従って、この集合的無意識は、個々がそれぞれ固有に持つのではなく、実はそれぞれの無意識は絡み合う糸のように繋がっていて、人類という種としての集合的無意識を形成していると解釈した。そしてこの石井の個々の心は深奥で繋がっているという解釈は或る事実によって証明されていたのである。
最初にこの事実を報告したのは、ニホンザルの研究者達である。在る島で、一匹の子ザルが餌のイモを海水で洗うと砂が落ち、しかも塩が効いて美味いことを発見する。この知識は大人達にも伝わり、島の最後のサルが、これを試した翌朝、海を隔てた隣の島で子ザルが海水でイモを洗い始めたという。
世界の動物学者を驚かせたこの事実は様々な実験により追認された。一つの例だが、マウスを使った実験がある。
まずアメリカのマウスのグループに一つの迷路を学習させ、全てが学習し終えたら、今度はイギリスの同数のマウス達に同じ迷路の学習を始めさせる。すると、イギリスのマウスは、アメリカマウスの半分の時間で学習を終えてしまう。
別の迷路を今度は逆にイギリスから始めると、アメリカにおいて、またしても半分の時間で学習を終える。学習時間が半分になるということは、つまり、その知識が何らかの形で伝わったことを示しているのである。
これら二つの例は、距離を隔てた種同士が、獲得した知識を伝え合ったことを示すのだが、スマトラ沖大地震では、野生動物はいち早く危険を察知し難を逃れたが、彼らは、彼らの祖先が取得した知識、「地鳴りに続く地震、そして津波」という時を越えた知識を咄嗟に思い出し行動を起こしたのである。
彼らが、何処からその知識を引き出したかは、言うまでもない。全ての動物は、人間同様、先に述べた集合的無意識を持っており、個々が得た知識はそこに瞬時に蓄積され、どの固体もそこに容易にアクセスし、知識を得ることができたということである。
しかし、人間は、脳の異常な発達によって自我が肥大化したため、他の動物のようにその能力を十分に発揮出来ない。人類にとって、この種の保存に必要な能力を失ったことは大きな損失と言える。
さて、この集合的無意識という概念を提唱したのはカール・G・ユングだが、彼に言わせれば、「それは、意識の心から閉ざされていて、心霊的内容、人が忘れ去り、見落としているあらゆるもの、またその原型的器官の中に横たわる無数の時代の知恵と体験を」を含み、人々を導き、役立っているという。そしてユングはこう結ぶ。「我々の意識などは無限の大海(集合的無意識)に浮かぶ小島のようなものである」と。
ユングは、集合的無意識は祖先にまで遡る叡智を含むと言うが、これが事実なら、そこはまさに知識と情報の宝庫である。ここにアクセスすることにより、地球の地殻の変動周期も、地球物理学、地質学や地震学等の最新の科学情報や知識をも引き出せ、大地震のような災害の発生時期、規模、被害状況の予測も可能となる。
また集合的無意識という大海に浮かぶ個々人の意識から、世界中で起きている政治的陰謀やテロの情報も事前に入手可能ということになり、偶発的な事故以外の予言は、ある程度理解の範囲内に入ってくる。
つまり、人間が失ったその能力、勿論その能力の強弱によって引き出せる情報量は異なるだろうが、それを他の動物同様未だに持ち続けている人でいれば予言は可能なのだ。それが超能力者と呼ばれる一群の人々なのである。
ふと、あのストーカー野郎の顔が浮かんだ。一瞬、頭に血がのぼった。あの野郎はその能力を悪用し恐怖という餌で三枝を釣った。しかし悔しいという思いより未曾有の大災害に対する恐怖の方が勝った。恐怖に顔を引き攣らせた三枝の表情を思い出したのだ。
あの顔は何かに怯えていた。それを必死で隠そうと演技を続けていた。石井の心に三枝の恐怖が伝染し、いつもなら暖かく包み込んでくれるはずの煌く星々さえ無慈悲に人間達を見下ろしているように感じた。
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