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夢遊病の女

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第一幕その六


第一幕その六

「君の胸に今度はこれを」
「その花を」
「そう、これをね」
 一輪の白いエーデルワイスだった。今度はそれを差し出してきたのである。
「その胸に」
「有り難う、花まで」
「愛する人よ」
 エルヴィーノはこれ以上はないまでにはっきりと告げた。
「僕達の心を神様が結び付けてくれたんだ」
「そしてそれは私達の心に留まって」
 アミーナも言う。
「それで決して離れることがない」
「そう、だから僕達は」
「このまま永遠に」
「この想いをどう言えばいいかわからないわ」
 アミーナの幸せが続く。
「言葉が見つからない、どうしても」
「そこまで言ってくれるのかい?」
「いえ、言えないのよ」
「それこそが言葉なんだよ」
 エルヴィーノにとってみればそうなのだった。
「僕にとっては」
「それはどうしてなの?」
「その全てのものが今この瞬間に激しい情熱の炎となって」
「そうして」
「僕に語ってくれるんだ」
 そうだというのである。
「僕は君のその眼差しに、愛らしい魅惑の中にそれを読み取るから」
「エルヴィーノ・・・・・・」
「僕の心は」
 感動するアミーナにさらに話す。
「いつも君を見ているし心は共にあるんだ」
「その言葉こそが心」
「その通りだ」
 周りもそんな二人に対して言う。
「その目の中にお互いがいて」
「そうして想いを確かめ合う」
「それが永遠に続くんだ」
「もう我慢できないわ」
 しかしリーザだけは違っていた。一人忌々しげに呟くのだ。
「こんなことが続くなんて」
「明日だよ、アミーナ」
「明日ね」
「うん、教会に行こう」
 明日はそこに行くというのである。
「そして僕達の誓いは神聖な儀式により完全なものになるんだ」
「それで」
「そう、神の祝福によってね」
 そう話していく。しかしその時に。
「随分と長くかかったな」
「はい」
「全くです」
 端整な服で着飾った大柄の男がやって来た。顔中白い髭だらけだがその髭は丁寧に切り揃えられている。髪もよく整えられている。その彼が来たのである。
 後ろに二人の召使いらしき男達を従えている。二人は彼をこう呼んだ。
「それでロドルフォ伯爵」
「ここなのですね」
「そうだな」
 伯爵と呼ばれた彼は二人の言葉に応えた。
「もうすぐだ」
「しかしまだもう暫くです」
「それにこの辺りの道は」
「スイスは山そのものだ」
 伯爵はスイスについてこう評した。
「それを考えるとだね」
「はい、無理は禁物です」
「ですから」
「あの」
 そして伯爵は村人達に尋ねた。
「つかぬことをお伺いしますが」
「はい」
「何でしょうか」
「この村に宿屋はありますか?」
「ありますけれど」
 ここでリーザが前に出て来て応えてきた。
「私がその宿屋のおかみです」
「ほう、お若いですね」
 伯爵は彼女を見てまずはこう述べた。
「それにとても美しい人だ」
「嫌ですわ、褒めても何も出ませんよ」
 そう言われて思わず顔が真っ赤になってしまった。
「そんなことを仰っても」
「いえいえ、これは本当のことですよ」
「またそんなことを。それでなのですけれど」
「ええ。それで宿屋は何処ですか?」
「あちらです」
 こう言って村の向こう側を指し示した。そこに一軒の質素だが堅実な外観の宿屋があった。彼女はそこを指差してみせたのである。
 
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