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ランメルモールのルチア

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第一幕その五


第一幕その五

「あれは」
「どうされました?」
「あの泉は」
 暗い世界の中に一つあるその黒く寂しい泉を見て言うのだった。
「あの泉を見ていると思い出すのです」
「あの泉がどうかされたのですか?」
「レーブンウッド家のある男がです」
 他ならぬルチアの家の宿敵の家のことである。
「嫉妬の怒りに燃えてそうして愛していた女を刺し殺しました」
「そのお話をされるのですか」
「そうです、それを思い出して」
 そうだというのだ。
「その不幸な女は今は」
「水の中に」
「その水の中に眠っている不幸な女を見たのです」
 まだ泉を見ていた。まだであった。
「それが」
「暗い夜更けの中で辺りは静まり返り」
 その言葉が続けられる。
「陰気な月の青白い光が水面を照らしていました」
 言葉は不吉な響きに満ちていた。何よりもだ。
「低い悲しげな呻きが風の中に聞こえてきてこの黒い泉の上に」
「それは気のせいです」
「けれど私は確かに見ました」
 それでもルチアは言うのだった。
「何かを話す人の様に唇が動くのが見えて生気のない顔で私を招いていて」
「お嬢様、それは」
「一瞬じっと立っていたかと思うと突然消えてしまいました」
 最後に言う言葉は。
「どうしてあんなに澄んで黒かった水が赤く見えるのかしら」
「そんなことを仰らないで下さい」
 アリーサはそんなルチアを心から気遣って声をかけた。
「どうか」
「それは何故なのですの?」
「悲しい前兆を感じます」
「前兆を」
「そうです」
 だからだというのだ。
「ですからそれはです」
「それでは私は」
「どうか諦めて下さい」
 そしてこう主に告げたのだった。
「この恋は」
「どうしてそんなことを言うのです?」
「お嬢様のことが本当に心配だからです」
 アリーサも真剣だった。
「ですから。それはどうか」
「いえ、違います」
 しかしここでルチアは言うのだった。
「あの方は不吉ではありません」
「では何だと仰るのですか?」
「光です」
 その不吉とは対極にあるものだというのだ。
「光です。不吉などではありません」
「違うと仰るのですね」
「はい、まさに私の悩みの慰めです」
 そこまで言うのだった。
「あの方がこの上なく燃える情熱で私の心に触れた時に」
「その時にですか」
「そうです。心からの言葉として」
 こう言うのである。
「私に永遠の誠を誓われました」
「そうだと仰るのですね」
「そうです。私は悲しみを忘れ涙は喜びに変わり」
 その言葉を続けていく。
「あの方の御傍にいると私は天国が開く様に思えます」
「しかしです」
「まだ言うのですか?」
「お嬢様があの恋に身を入れられると」
「あの方はあの家の御出身だからですか?」
「そうです」
 それこそが理由だというのだ。
 
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