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第四章

「山本浩二さんだ。衣笠幸雄さんもいいがな」
「ああ。背番号八」
「永久欠番ですよね」
「見ろ」
 こう言うとだ。雄樹はだ。
 おもむろにそのスーツ、妻がいつも手入れをしている奇麗にアイロンが為されているスーツを脱ぎネクタイを外しだ。ワイシャツも脱いだ。するとだ。
 そこからかつての広島東洋カープのユニフォームが現れたその番号は。
「八、ですか」
「その永久欠番ですか」
「ワイシャツの下に着ておられたんですか」
「もっと言えばトランクスも赤しかない」
 そのカープレッドだった。
「俺の心はいつもカープと共にある。だから定年して会社を辞める最後にだ」
「最後に?」
「今にですか」
「酒を飲み牡蠣とお好み焼きを食い」
 そしてだった。
「カープの歌を歌う。この愛すべきユニフォームでだ」
「それが部長の新しい門出ですね」
「第二の人生の」
 営業部の面々はここで雄樹の心を知った。そうしてだ。
 感じ入りだ。こう言ったのである。
「ではです。今から部長の定年退職と新しい門出を祝って」
「広島の酒と料理とカープで乾杯ですね」
「そうしましょう」
「有り難う。それではな」
 こうしてだ。満面の笑みを浮かべての乾杯が為された。そうしてだ。
 雄樹はカープの歌を歌い定年まで働いた有終の美を飾った。そのうえで赤い帽子を被ったまま実家に戻りだ。妻の美和子に笑顔で話すのだった。
「最後の最後で思いきりやってきた」
「そう。羽目を外してきたのね」
「いや、本来の俺を見せてきた」
 こうだ。酒で真っ赤になっている顔に満面の笑みを見せて話すのである。
「広島人の俺をな」
「今までは仕事一徹だったけれど」
「そうだ。広島を見せてきたからな」
「それじゃあなのね」
「満足だ」
 その笑顔での言葉だ。
「本当にな。じゃあ今日はこれで休んで」
「そうしてね」
「また明日だ。次の仕事がはじまるまでは」
「どうするの?」
「牡蠣と酒を楽しみながらカープのいい話を満喫するか」
 こう言うのだった。
「まあ最近ぱっとしないがな」
「そうなの?カープ」
「二十年も優勝していないからな」
 ここでは寂しい顔になる彼だった。
「いい加減そろそろ優勝して欲しいものだな」
「ううん、西武はそれなりに優勝してるから」
「また日本シリーズ戦おうな」
 結婚している間に二回広島と西武のカードのシリーズがあった。どちらの時も夫婦の間には戦争が起こりだ。雄樹が常に負けてきている。
「今度は勝つからな」
「楽しみにしてるわね」
 美和子も笑顔で応えるのだった。こうした話をしてだ。雄樹はだ。
 その日は休み全てを終えた。そしてこれがだった。 
 彼のはじまりだった。終わりはだ。はじまりでもあったのである。定年後のあらたな人生への。


最後には   完


                        2011・12・4 
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