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ソードアート・オンライン~漆黒の剣聖~

作者:字伏
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フェアリィ・ダンス編~妖精郷の剣聖~
  第五十三話 動き出す歯車

二〇二五年一月十三日(月) 時刻は夕食時。

「まさか、あんたが来るとは思ってなかったぜ」

「オレっちもまさかエギ坊とこんな形で再開するとは思いもしなかったナ」

東京都台東区御徒町の裏通りにある喫茶店、【Dicey Cafe(ダイシーカフェ)】。その店で身長が180cm近い上背の筋骨たくましい体躯に鮮やかな黒い肌、さらに禿頭・髭面という物々しいルックスのマスターと店内のカウンター席に座った金褐色の短めな巻き毛の小柄な女性(女の子?)のやり取り。二人の言葉には懐かしさが含まれていた。

「そういや、この前病院でキリトともあったぞ」

「ほウ。キー坊は元気そうだったカ?」

「あー、そのことなんだが・・・」

と、小柄な女性が聞き返し、黒人のマスターがそれに答えようとしたところで出入り口であるドアが開くとともに来客を告げるベルの音が鳴り響いた。

「いらっしゃい」

小柄な女性とのおしゃべりを中断して来客へと挨拶する黒人のマスター。新たに入店してきた人物は腰までのびたストレートの黒髪を携えた美人だった。年齢は十八から二十の間のように見える。その新たに来店してきた新客は優雅な足取りでカウンター席まで歩き、小柄な女性の右隣へと座る。

「フレンチトーストとカフェラテをお願いね、エギル」

笑顔で鈴を転がすような澄んだ声で注文をする新客だが、最後に言った言葉で黒人のマスター、エギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズと新客の隣に座っていた小柄な女性、アルゴは目を瞠る。

「お前さん、もしかして・・・」

「ええ、わたしもSAO帰還者の一人よ。雑貨屋で斧使いのエギル。情報屋の≪鼠≫のアルゴ。あなたたちにも向こうの世界じゃお世話になったわ」

「・・・・・・・・・」

そこまでいわれて、エギルは首を捻った。アルゴは情報を攻略本という形で配布していたため、間接的にアルゴの世話になったということだろう。だが、自分は直接店を開いていた。訪れた客の顔を全部覚えているわけではないが、これだけ整った容姿なら忘れることはまずないと言ってもいい。だが、自分には話した記憶どころか会った記憶さえない。攻略組にもいなかったと記憶している。

「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。神隠 夜桜よ。向こうでの名前は申し訳ないのだけれど伏せさせてもらうわ」

「そうか・・・俺はアンドリュー・ギルバート・ミルズだ。よろしくな」

「オレっちはアルゴだヨ」

エギルは現実の名前を、アルゴはSAOで名乗っていた名前を名乗った。それからしばらくして、夜桜の注文したフレンチトーストが出来上がり、次いでカフェラテがそろったところで、注文したしなが全部そろった。エギルがそれを夜桜の前に出すと同時に、夜桜はある者をエギルに差し出すように無言でテーブルの上に置いた。

「USBメモリーだな・・・どういうつもりだ?」

「今すぐその中にある“もの”を見ることをお勧めするわ。安心して、ウイルスなんてものは仕込んでないから」

カフェラテに口を付けながらそう言う夜桜にエギルは不審な目を向ける。対して夜桜はそんな視線を向けられてもクスクス、と笑うだけだった。そこから読み取れるものはエギルにはなかった。
一度だけアルゴに目配せし、アルゴが頷くのを見ると店の奥に引っ込んだ。

「何が目的なんダ?」

「うん?」

アルゴの当然と言えば当然の質問にフレンチトーストの一部をくわえこみながら首をかしげる夜桜。

「あなたたちに有力な情報を与えるためよ」

「有力な情報?」

加えていたフレンチトーストを飲み込むとそう答える夜桜に今度はアルゴが首をかしげた。どういうことか聞き返したところで、エギルが引っ込んで行った店の奥からエギルの驚いたっ声が聞こえ、直後大慌てで戻ってきた。

「おいおいおい、あんた!ありゃあ、どういうことだ!?」

ずいっと夜桜に迫る。迫られた夜桜は動じることなく微笑みながら持っていたカバンからあるものを取り出して、再びエギルに差し出すようにテーブルの上に置いた。
テーブルの上に置かれたものを手にとってまじまじと見るエギル。それはどこからどう見てもゲームソフトだった。それも――

「こいつは・・・アミュスフィアの・・・」

≪アルヴヘイム・オンライン≫のパッケージだった。夜桜の意図がつかめないエギルとアルゴは当の本人に視線を向ける。

「その中の中心、世界樹と呼ばれる場所の写真らしいわよ、あれ。フライトエンジンが搭載されているゲームで空も飛べるの。だけど滞空制限があるからって五人のプレイヤーが体格順に多段ロケット方式で上まで行ったらしいのよ。その時の写真があれなわけ」

「だからって、なんでそれを俺に?」

「フフ・・・」

エギルの質問に意味深な笑みを浮かべると、いつ名もにか食べ終わり呑み終わっていたフレンチトーストとカフェオレ代を置いて、席を立って帰ろうとする。

「お、おい、あんた!」

慌ててエギルが呼び止めるがそれに応じる気配は夜桜にはなかった。そして、扉に手を掛けたところで、背中越しに振り返りながら口を開いた。

「確かに伝えたわよ。“英雄”によろしくね」

そういって店を後にする夜桜。エギルは呆けることしかできなかったが、アルゴは即座に思い立った行動を起こした。それは――夜桜を追いかけることだった。



「ま、待ってくレ」

「ん~?あれ、アルゴ?どうしたの?」

急に呼び止められた夜桜が声のした方へ向くとアルゴが息を切らせながら立っていた。

「どうしても聞いておきたいんダ。なぜ、あれをキー坊に渡すように仕向けたんダ?」

「ん~、なんのことかよくわからないわ」

「そういうところは相変わらずだナ、――――ハ」

その言葉を聞いた夜桜は今までとは違った笑みを浮かべた。それは、アルゴがよく知る人物がよく浮かべるものだった。

「参考までに聞きたいんだけど・・・どこで気付いたのか教えて貰えないかしら?」

悪まで鈴を転がすような澄みきった声で言う夜桜。正体がばれようとも今の状態を貫き通すらしい。
それから、五分ばかり話したところで二人は別れた。だが、アルゴが知りたかったことは知ることはできず、ただ笑ってはぐらかされるだけだった



現実の時間で日付が変わるころ、ソレイユはインプの領主館の廊下を歩いていた。目的は領主であるルシフェルに用があるからであることは言わなくてもわかるだろう。
前回と違い案内役はいない。迷うことなく執務室の扉の前までつくと、コンコンとノックし返事が返ってきたので入っていく。そこには、ルシフェルとレヴィアを含めて七人のプレイヤーたちがいた。

「おっ、噂の新人(ルーキー)の登場だな」

そう言ったのはキセルを咥えてふかしている右目に眼帯を掛けた男性プレイヤーだった。周りにいたルシフェルとレヴィアを除くプレイヤーたちが好奇の目を向けてくる。対して、ソレイユも一人一人を観察し初めて気づいたことがあった。

「(ここにいる全員が桁違いに強い、な・・・なるほど、ここにいる全員を総称して『七大罪(アルカンシェル)』、か)」

「それで、今回はどうしたんだ?」

「領地を出ようと思う」

「そうか。まぁ、止めはしないぜ。恋しくなったらまた戻ってくればいい。レネゲイトはしないでおくからな。で、用ってそれだけか?」

「あと、いくつか頼みがあってきた」

そう言ってソレイユはルシフェルのもとまで歩いていく。他の六人はソレイユの邪魔にならないようにと左右に三人ずつ分かれて道ができた。
机を挟んでルシフェルと相対するとメニューウインドウをいじり、あるものが入った麻袋を実体化させ、それを机の上にどかりと置いた。置く時に重厚な音が響いたためかなりの重さということがわかる。

「・・・これは?」

「五億入ってる」

ソレイユの言葉に後ろで事の成り行きを見ていた六人が驚いた。幸いにも騒ぎ出すようなことはなかった。

「税金をかけた覚えはないんだが・・・?」

自由に生きればいい。領地で過ごすのもよし。領地を出るのもよし。何をしてもいいわけではないが、自分の思ったことをなせ。それがルシフェルの領主としての方針だった。だからこそ、税金なんてものは指定してない。だからこそ、ソレイユの意図がわからない。

「そういうことじゃねぇよ。頼みがあるって言っただろ」

そういって再び同じような麻袋を三つ出現させた。今度こそ、ルシフェルは驚きに眼を見開いた。

「これを持ってウンディーネ、スプリガン、サラマンダーと交渉してほしい」

「・・・何を企んでいる?」

その言葉を受けたソレイユは不敵に笑いながら口を開いた。

「聞いたよ、この世界の黎明期の話」

「・・・・・・」

「週末戦争に東西戦争・・・他にもいろいろあったらしいじゃないか。群雄割拠。まさにその言葉がぴったりだったってな」

「・・・だから?」

「強い者も弱い者もみんな生き生きしてたらしいじゃないの。それは、王のそばにいたお前らが一番わかってるだろ?」

「・・・・・・・・・」

「強さに限界はない、と思ってる。だけど、今のこの世界で強さを求めるなんてことはできない」

「なぜ、そう思う?」

「立ち止まった世界におれの求めるものなんてありゃしない・・・なぁ、ルシフェル・・・おれは“停滞”には興味がないんだよ。おれはおれの目標に向かって加速し続けるために生きてるんだ。だからこそ、こんなところで立ち止まる気はないんだよ」

そして、一度言葉を区切り言った。

「全種族で世界樹を攻略するぞ」

「「「「「「っ!?」」」」」」

驚きに眼を見開く後ろの六人。ルシフェルも表情にこそ出てはいないが、ソレイユの意外すぎる言葉に返す言葉もなかった。一度ためた息を吐き、再度ソレイユに尋ねた。

「そんなことをして、お前に何の得がある」

「損得がなければ行動しちゃいかんのかい?強いて言うなら、再び黎明期のような群雄割拠の時代が来ることを望むことくらいだね」

それだけ言うと、踵を返し出入り口となっている扉に向かって歩き出す。そんなソレイユに向かってルシフェルは口を開いた。

「お前の言うとおりに俺が動かないって可能性は考えないのか?」

「もしそうなったら、おれに見る目がなかったってだけだろ」

「最後に一つだけ聞かせろ・・・何が、お前を駆り立てる?」

それを聞いたソレイユは面食らった表情でルシフェルに向きなおり、不敵な笑みを浮かべた。

「んー、そう、だな・・・強くあり続けたいと願う心、かな」

「・・・なら・・・強さとはなんだ?」

またもや意外すぎる質問に一瞬呆けたような表情をするソレイユだが、質問の意味を理解するや否や、雰囲気を一変させ言い放った。

「今を息づく魂の力、だろ?」



「それで、どうするんだ、ルシフェル」

ソレイユが執務室を後にしたため、沈黙が訪れた執務室内。それを破ったのはキセルをふかしていた眼帯を付けたプレイヤー、ベルゼだった。

「あんなこと言われちゃ、黙ってるわけにもいかないだろ・・・」

「まぁ、そうだろうな」

「そんじゃ、少し出かけてくるわ」

「どこにだよ?」

「ウンディーネ領とスプリガン領、サラマンダー領に決まってんだろ」

「は、はぁっ!?一人で行く気か!?殺されに行くようなものだぞ!!」

「一人で言った方が色々と効果的だろ。そんじゃ、留守はよろしくなー」

そういってルシフェルは誰もが止めに入る間もなく、ソレイユから預けられた麻袋を持って執務室から出て行く。

「さてさて、ドロシーとシェイドは思うほど難しくないだろ。問題はモーティマーのばかだが、まぁ、何とかなるだろ」

楽観的とも取れる言葉だが、それとは裏腹にルシフェルは獰猛な笑みを浮かべていた。

「ったく、お前は面白いやつだよ、ソレイユ!」

周り一体が張り裂けるほどの濃密な闘気を発しながらここにはいないソレイユに向かっての言葉。
王をレネゲイトして以来、どこかやる気がなくなってしまったルシフェルだったが、今日のソレイユの言葉を聞いてから昔に戻った気がしてならない。

『停滞に興味はないんだよ』

リフレインされるソレイユの言葉。

「俺だってそんなくだらないもんに興味はないさ。だから、協力してやるよ。領民にそこまで言われて黙っていられるほど、俺は大人じゃないんでね!」

かつての妖精郷、戦国時代と言われた黎明期を生き抜き、『常闇の魔女』の右腕として活躍したプレイヤー、『獄色の雷電』ルシフェルが息吹を吹き返してそこにいた。
 
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