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カルメン

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第一幕その三


第一幕その三

「五百人もいれば」
「そうだと思いますが」
「まあ君には関係のない話だな」
 今度はホセに顔を見せて笑ってみせてきた。
「婚約者がいる君には」
「それはそうですが」
「しかし。これでは警備の邪魔になるな」
 見れば若者達だけでなく煙草工場からも女達が出て来る。そうして笑顔で話をしていた。
「待っていたぜ」
「こっちこそよ」
 あちこちで恋人同士の笑顔が見られている。
「浮気はしていなかったでしょうね」
「そっちこそどうなんだよ」
「決まってるでしょ」
 笑顔で彼氏に言葉を返す。
「そんなの。絶対にないわ」
「信じているぜ」
「どうなんだか」
 そんな話をしている。ここれふと警備の兵士の一人が言う。
「あれ、おかしいぞ」
「どうしたんだ?」
「カルメンシータがいない」
 彼はそう同僚に応えるのだった。
「何処にいるんだ?」
「そういえばそうだな」
 同僚の兵士もその言葉に応える。
「そろそろ出て来るんじゃないのか?」
「そろそろか」
「おっと、噂をすれば」
 ここで彼は声をあげた。
「出て来たぜ」
「やれやれ、やっとか」
 兵士は煙草工場の方を見て声をあげる。待ち遠しいといった声であった。
「いつも待たせるな」
「そうか?」
「そうだよ」
 彼の主観ではそうである。
「あいつらしいけれどな」
「まあカルメンはな」
 同僚の兵士もそれに応えて言う。
「そういうのはわかってるな」
「そうだな」
 仲間の兵士達もそれに合わせる。
「けれど見ろよ」
「出て来たぜ」
「おっ、やっとか」
 ここで工場から一人のあだっぽい女が出て来た。白いスカートに白い服を着てその上から黒い縁や肩に金糸の刺繍がある上着を羽織っている。白いスカートはくるぶしが見えていてソックスは白だ。それと対比するかのように靴は紅の鮮やかなものであった。上着からは胸がかなり見えている。
 小柄で黒く長い波がかった髪を上で束ねている。鼻が高く浅黒い肌に凛とした顔立ちをしている。とりわけその細い眉と合っている黒い目の視線の強さが印象的であった。彼女がカルメンであった。
「よおカルメン」
「今日も元気そうだな」
 兵士や若者達がそのカルメンに声をかける。カルメンは彼等のところに足を進めて言うのだった。
「元気なのは元気よ。ただ」
「ただ。何だい?」
「あたしは今面白くないのよ」
「面白くないのか」
「ええ、そうなのよ」
 言いながらその手に黄色い花を出す。鮮やかな黄色い花だった。
「恋を忘れているから」
「恋だって!?」
「じゃあ俺と」
「生憎だけれど」
 言い寄る男達は笑顔で擦り抜ける。そうしてカルメンに見向きもしないホセに気付いた。そうすると何かを見たように楽しげに笑う。そうして言葉を紡ぎはじめた。
「恋は言うことを聞かない小鳥、飼い慣らすのなんてとても無理なのよ」
「恋はか」
「そうよ」
 男達に応えてひらひらと蝶の様に動きながらホセをひらり、ちらりと見る。ホセはその彼女の視線に気付いて顔を顰めさせる。
「幾ら呼んでも無駄、来たくなければ来ることはないのよ」
「おやおや」
「それはまた」
「脅してもすかしても無駄なこと。おしゃべりな人も駄目なら黙っている。そう」
 またホセを見る。ホセもそれに気付いてまた顔を顰めさせる。
 
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