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カルメン

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第一幕その二


第一幕その二

「ドン=ホセ伍長も隅に置けませんね」
「全く」
「あいつ、あんな可愛い知り合いがいたのか」
 伍長も羨ましそうに言う。
「全く。何て幸せな奴なんだ」
 そんな話をしているともう交代の時間であった。遠くからラッパの音が聴こえてきて兵士達が銃を右肩に置いて整然と行進して来る。子供達がそれを見て早速彼等の真似をして行進しだした。
「交代の部隊と一緒に来たんだ、さあラッパを鳴らせ」
 明るく言いながら兵士の行進の真似をしている。
「頭を上げて進むんだ。一、二、一、二」
「肩を引いて胸を張って。腕はこうまっすぐに」
「一、二、一、二」
 兵士達はそんな彼等を温かい笑顔で見ている。そこで行進の先頭にいる厳しい口髭の将校の軍服の男が命令を出した。
「縦隊、止まれ!」
 兵士達はその言葉に従い行進を止める。そうして将校はその彼等にまた指示を出すのだった。
「それぞれの持ち場につくように」
「了解っ」
 兵士達は敬礼でそれに応える。そうしてそれぞれの持ち場につく。その中に少し小柄で黒い髪をした細い男がいた。
 目は黒く何処かか細い顔である。だがその顔立ちは非常に整っていて美男子であると言えた。黄色い軍服が誰よりも似合い一際目立っている。その彼のところにあの伍長がやって来て声をかけるのであった。
「おい、ホセ」
「何だい?」
 ホセと呼ばれた彼はそれを受けて同僚に顔を向けてきた。
「御前に会いに来た女の子がいたぞ」
「俺にか」
「ああ、青いスカートで金髪を後ろに編んだな。可愛い娘だ」
「ミカエラだ」
 ホセはそれを聞いてすぐにわかった。
「ミカエラだ。間違いない」
「御前の妹かい?」
「まあそんなところだ」
 ホセは屈託のない笑顔でそう説明する。
「そうか、ここまで来たのか」
「教会の中にいる。もうすぐここに来る」
 伍長はそうホセに告げた。
「一応は言ったからな。それじゃあな」
「ああ、有り難う」
「礼には及ばんさ。それじゃあな」
 彼はそこまで言うと自分達の列に入る。そうして行進をしてその場から離れるのであった。ホセはこうして一人になった。だがそこに中隊を率いていたあの将校がやって来た。
「ドン=ホセ伍長」
「はい、スニーガ大尉」
 ホセは彼の名と階級を呼んで敬礼をした。スニーガも彼に返礼する。
「一つ聞きたいことがあるのだが」
「何でしょうか」
「あの煙草工場だがな」
「はい」
「あそこには誰が働いているのか」
「女達です」
 ホセはそうスニーガに説明する。
「確か五百人程です」
「そうか、随分多いな」
 スニーガはそれを聞いて考える顔になった。
「美人がいればいいのだがな」
「美人ですか」
「そうだ、あの」
 ここで彼は先程のホセと同僚の話を口にするのだった。
「その青い服の」
「先程のお話ですか」
「君の知り合いだったな。確かミカエラといったな」
「はい、そうです」
 ホセはスニーガの言葉に応えて頷く。
「みなしごでして。うちのお袋が小さな頃に引き取って私と一緒に育てていました」
「では君の妹みたいなものだな」
「そうです、一応は婚約者ということになります」
「何だ、それは残念だ」
 スニーガはそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
「私の出る幕はないな」
「申し訳ありませんが」
「まあいい。それでだ」
 スニーガは苦笑いをすぐに消してまたホセに問う。
「彼女は幾つかな」
「十七になります」
 ホセは素直にミカエラの年齢も述べた。
「早いもので。もうそんなになります」
「人間歳を取るのは早いものだ。それにしても」
 周りが慌しくなってきた。街の若者達が急にやって来たのだ。
「そろそろ煙草工場の仕事が終わるな。彼女を迎えに来たのだな」
「どうやらそのようで」
 ホセもそれに応える。
「では誰か彼氏のいない娘でも探すかな」
「誰かいればいいですね」
「一人位はいるだろう」
 スニーガは少し楽天的に言うのだった。
 
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