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俺屍からネギま

作者:ゴン
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それは月だけが知っている

修行初日の夜・御陵本屋敷離れにて……



「長、若様の修行は如何でしたか?」

「うむ、問題はないな……むしろ良過ぎるな。」

「良すぎるとは、どう言った事なのですか?」


御陵 弦一郎,御陵 哲心,御陵 美幸の三名が向かい合っていた。


「うむ、初日で既にいっぱしの剣士の様な振りが見られた。予想外ではあるが、明日には御陵流剣術の修行を開始する。あいつには多くの事を学んでもらい、早く一人前になってもらう必要がある。」

「若様の才覚については、我等も同意ですが…詰め込み過ぎてしまう事が心配です。」

「私もそう思います。若様の精神は既に立派な後継者といっても過言ではありませんか?ならば、大事に育てて行く事こそが寛容では有りませんか?」

「…………。」

哲心の方針に待ったをかけた弦一郎と美幸は心配していた。御陵一族を…新撰組を…ひいては関西呪術協会を…率いるに相応しき才覚を持っているだけに、すり潰されてしまうのではと心配していた。

また哲心も薄々感じていた事ではあった為に沈黙し、答える事が出来なかった。



静けさが漂う。







「失礼します。…お茶を持ってきました。」
突然入って来た女性は御陵 はる、哲心の妻にして陣の母である。



「ああ、はるちゃんわざわざ有り難う。」
美幸はお茶を持って来たはるに礼を言うとはるの分の座布団を用意した。


美幸は、はるを実の妹の様に可愛がり…はるは、美幸を実の姉の様に慕っており血は繋がらずとも二人は正しく姉妹の様だった。




「陣の……事ですか?」


「う、うむ…。陣に背負わせすぎではと言うてな…。」

はるの言葉に若干の緊張をはらみつつ哲心は答え、息子を死地に立たす為の訓練をさせている事に対する弱味があった。

はるは、御陵一族の事や仕事の事に対し、何ら口を挟まないが陣の修行開始に限っては最後まで反対していた。

何れ修行が始まるとは考えていたし、はるも御陵一族に嫁いだ以上、妖魔を討つ為に子供の頃から修行を行う事には異論は無い。

しかし、陣の場合は若過ぎる…いや幼過ぎる、とはるは考えていた。

確かに、年齢にそぐわ無い物言いはするし、身体能力も既に一兵卒レベルと比べても遜色は無い。

それでも、我が子は恋しいのだ…自ら望んで修行が早期に開始されたとは言え、五歳になる前から友人と遊ぶ事よりも修行の道に入った我が子が………。




だが息子の選んだ道を遮る様な事はしない、それがはる自身が決めた事だ。
この世界で自分のやりたい事がやれるなどそうは無い、ならば息子がやりたい事やり、貫きたい事を貫き、守りたい者を守り、譲れない事を譲らない…そんな生き方が最も難しく、最も子供らしいとはるは考えていた。



「あの子なら大丈夫ですよ…。」
少し思い出す様に、そして微かに哀愁を漂わせながら微笑み話し出す。


「あの子、今も裏庭で剣を振っていたわ…。それも、真剣さと楽しさを合わせた様な目で……。一体誰に似たのかしら…。」


「なっ!…休めと言っといたのに、しょうもない奴だ。

…しかしそんな目でワシを見るな、ワシにも似てはいないよ。あんな目をした者はワシの知る限りでは居らなんだが…。

イツ花なら知っているやも知れんが…(ボソッ)」

最後の方は良く聞けていなかったが、ここにいる皆も陣の目の輝きを持つ者を他に知らない。


元々、御陵一族の者たちは強い意志やカリスマ性などを秘めた目を持っている者が殆どだ。

哲心や弦一郎も例外なくそんな目を持っていた。



しかし、陣の目は少し違っていた。

確かに、強い意志もある…カリスマ性もある…しかし、何処か違うのだ。

どこがどう違うとは言い切れないが、確かに違う…何が違うかはもしかしたら、この先分かるかもしれない………



「まぁ、陣には明日から術や技の修行を行う…これは決定事項だ。

次は他の一族内の若者たちについてだな…弓・薙刀・拳闘・筒・槌・舞、そして槍だな。」


槍、と言った時に哲心は弦一郎と美幸に目をやる。


御陵一族は剣士と槍使いだけで無く…弓は弓使い、薙刀は薙刀士、拳闘は拳闘士、筒は大筒士、槌は壊し屋、舞は踊り屋と言って、御陵一族の者が古来より担ってきた職であり今も担っている職でもある。


朱点童子討伐以前は、代を重ねる中で代々継承してきたものや代が代わる際に職を変え模索してきた…強くなり朱点童子を倒す為に……。

しかし朱点童子討伐以後は、一族の人間が増えた為に継承されてきた‘職業の指南書’を読み返し、また新たに職の継承を行ってきた。

そして最終的には各職業に直系一族を置く迄に至った。

現在の御陵一族の人数は、御陵の血統のみで二十人足らずの人数である。



平安の頃より存在している御陵一族にしては少ないのではないか?…と思う者も居るだろうがそうではない。


朱点童子討伐以降も多くの鬼や妖と戦ってきた御陵一族だが全てが楽に倒せる訳ではない。


朱点童子以外にも強い鬼や妖が出現し戦ってきたのだ…重傷を負い死ぬ者もいた。


何よりも御陵一族の血だ………御陵一族は神と人間の間に生まれた初代・陣から代々神々と交わる事で子をなし継承してきた。


朱点童子討伐以後に種絶の呪いが無くなり、人間と交わり子をなす事が出来たが…万事問題なしと言う訳にはいかなかった。

有ってはならない神との交わりを行った副作用なのか、子供が出来にくいのだ。


出来ない訳ではない…出来にくい。出来たとしても二人…一人も産まれなかった何て事もあった。


最初は偶然だと思った…しかし何代も続けば偶然は必然に変わる。


しかし御陵一族は諦める事なく一族の復興に務め、現在の規模にまでなってきた。




「はい、弓の辰美(たつみ)、薙刀の嵐真(らんま)、拳闘の獅子丸(ししまる)、筒の左近(さこん)に右近(うこん)、槌の號(ごう)、舞の夜魅(やみ)、そして我が愚息である源蔵(げんぞう)ですね…。

皆、御当主よりも年少ですが良くやっていると思います。

辰美と嵐真は好き合ってる相手がおり結婚も近いでしょう。

獅子丸と號は今、修行に精を出しておる最中で浮いた話しは有りませんが、彼らのに好意を持っている者もおり話しかける女性います。

夜魅はまだまだ学生で学校の友人と遊ぶ事が好きな様ですな…もう少し修行に身が入るとイイですな。

左近、右近と源蔵のトコは奥さんと励んでいる様ですが、残念ながらまだ子宝に恵まれておりません。


一族内で若様と年近い者が居ないのが残念ですな…孤児院では年近い者が多かったんですがやはり同じ御陵の血縁の者が必要でしょう。

その点では、左近と源蔵には頑張って貰わなければなりませんね。」


「そ…そうか。まぁ、陣に年近い一族の者が居ないのは残念だが……しかし、良く知っているな。」

哲心は、すらすらとプライベートな事まで出てくる美幸にやや驚いていた。



「いえいえ、一族の後方を預かる身と成れば当然の事です。」

しれっとした顔で答える美幸に皆、苦笑いを浮かべた。


「まぁあいつにも弟か妹を作ってやりたいし、まだまだ頑張るさ。なぁ〜はる。」

「あなたっ……ポッ…。」


「ははっはー、これはご馳走様です。ワシと美幸には源蔵しか生まれませなんだが…早く孫の顔が見たいものです。」

哲心とはるのラブラブっぷりに、にやけつつ弦一郎は孫が早く生まれて欲しいと言う本心が垣間見得た。



「また新選組の事ですが…各隊長達の元鍛練に励み、妖や鬼達の討伐に勤しんでいますが少々弱体化している感じも有ります。なので今後は、一部隊の人数を増やして事に当たっていこうと思いますが如何でしょうか?」

「そうか…いや、皆が努力しているのは分かってはいるが…仕方あるまい。一部隊の負担が大きくなるが……何の策も講じず、無駄に怪我人や死人を増やす様な事は出来ん。
部隊の構成は、各隊長たちとも話し合う必要があるな。」

「後は…………………。」

彼らはその後も御陵一族,新選組,関西呪術協会の現状を話し合い、哲心と弦一郎は悩みながらも対応に追われていった。





ーーーーー

同時刻・御陵屋敷裏庭


大きな月が良く見える裏庭に一人の女性が出て来て、広い裏庭の端にある蔵に向かって歩き出した。
「はぅ〜、昼間に蔵の中で忘れ物をしてしまいました〜。」

そのやや疲労が見られる女性は、女中頭で有り長年御陵一族に仕えているイツ花であった。


「ええ〜と…あっ有りました。さてさて残りの仕事もバァーーンとやっちゃいましょう。

しかし大きな月ですね〜。」


探し物が見つかり、蔵から出てきたイツ花は空にある大きな月を見ていたその時…裏庭の奥から物音が聞こえた。


サッ……ブンッ…

ブンッブンッ………グッ…シュッ…



「一体、何でしょうか?」

イツ花は恐る恐る物音の方針に近づいていった……すると…


「ハァハァ…もっと鋭く…もっと速く……もう一度だ。」


「あっ、若様…こんな時間まで修行しているなんて…。」
(やっぱり、若様は……)

そう、御陵 陣 であった。
彼はご飯を食べてからずっと裏庭で一人…鍛練に励んでいた。

今日、父から教わった事を反芻し…

更に自身の理想の動きが行える様に…

常に最高の自分を想像し、鍛練を行っていた……



「フゥー……やはりまだ理想には程遠いな…続けるか…。」

「なっ!何言ってるんですか!そんな多汗かいていい加減にやめて下さい!!」
さらに鍛練を続けようとした陣にイツ花は慌てて止めた。
陣の身体全身から汗が滴っており長い時間刀を振っていた事が見てとれた。


「もう日付が変わってしまいましたよぉ〜。休んで下さい!」


「もう少しだけやらせてくれ、もっと速く刀を振るえなくちゃいけねーんだ。」

「そんな事言ってもだめですぅ!休む事も修行の一環何ですから休んで下さい。」


「…………。」

「うぅぅーーーー!」
言う事を聞かない陣にイツ花はじーっと睨みながら唸り始めた。


「分かったよ…汗流したら休むよ。…だから、そんな顔すんなよ…。」
流石の陣もイツ花の睨みと唸り声に苦笑しながらも鍛練を終わりにした。

陣にとって、イツ花は自身を取り上げてくれたと言うだけで無く、赤子の頃から数多くの世話を焼いてもらい、オムツも代えて貰った間柄だ…

陣もイツ花の表情に思う所があった為に、しょうがないなと言う思いがあったが了承し片付け始めた。



「しかし若様…明日も修行が有るのに何でこんな夜遅く迄鍛練をしていたんですか?」

「決まってんだろ…今日出来る事を今日やるのが、御陵が先達から学んだ事だろうが。」

イツ花の疑問にも陣は寸分の狂いなく答えイツ花をアッとさせた。

かつて朱点童子と戦ってきた歴代のメンバーは短命の呪いにより、二歳前後までしか生きる事が出来なかった事を思い出した。
彼等は短い人生を悔いなく生きる為に、今やれる事は今やると言った訓示が掲げらる程であった。

“生きる”その事の難しさを一番に分かっているのが御陵である…

その事をイツ花は思い出していた……

(やっぱり似ている…。)


呆然としているイツ花を無視して陣は屋敷に向かって歩き出した。

「あっ!若様!?」

「汗流したら寝るよ、イツ花お前も早く寝ろよ。」


「若〜待って下さいよぉ〜!」
イツ花は思考を止めて、陣に追いつこうと駆け出した。


空にある大きな月が陣とイツ花を優しく見守っていた…。










(若様はやっぱり、あなた達に似ていますね……初代様そして、皆様に……。)


イツ花は初代から始まった朱点童子討伐までの一族の面々を思い出していた……




イツ花が何でそんな事思い出しているかだって?



それは月だけが知っている………









…なんてね。

 
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