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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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19.初陣Ⅲ

19.初陣Ⅲ

 死の八分を乗り越えた巧、そして損害なしで最初の接敵を終えたキメラズは士気を上げて再度突撃した。出撃前の怯えはもうない。
 しかし周防はその雰囲気に危機感を持っていた。士気を上げるために『恐れることはない』などと言ったものの、BETAとの戦いが恐ろしいものであり油断など欠片もできないことはよく分かっている。このまま何事も起きずに済むとは思っていない。隊全体には言えないが、カギとなる巧には注意を促した方が良い。そう考え巧に秘匿回線で通信をとった。
「キメラ1よりキメラ5、隊員にはああ言ったが―」
『分かってますよ。隊長…俺も死の八分を超えて少し浮かれていました。このままで済むとは思えません。』
「そうだ。幸運にも小規模のBETA群だったから初陣組に自信をつけさせるために利用させてもらったが、もっと大規模で光線級を含んでいたなら結果は違っていただろう。お前はそれを頭に入れておけ。」
『了解!』



 緊張状態から解放された巧は気を引き締めた。補給が住めばまた突撃をかけることになる。より多くのBETAを巣穴から引きずり出し殺す為だ。しかしどれだけのBETAが出てくるのかは未知数。
 さっきは500だった。しかし訓練では光線級を含めた1000体近くを相手にすることを想定している。訓練兵時代でも、任官してからでも犠牲無しにクリアしたことはない。そして実戦での犠牲とはすなわち死亡ということだ。犠牲を出すかどうかは巧の活躍にかかっていると言っていい。現状では巧だけが新型の性能を引き出せるのだから。

『キメラ1よりキメラズ。補給は済んだな?これより再度突入する。気を引き締めろ!』
『CPキメラ0よりキメラズ。指令部より伝令!帝国軍大陸派遣部隊第147分隊との通信が途絶。一番近い部隊はキメラズです。部隊を再配置するまで後方の戦車部隊を死守してください!』
『キメラ0、BETA軍の数や種別構成、分布は分かるか?』
『重金属雲によって衛星画像が不鮮明で詳しくは分かりません。データリンクによる断片的な情報から光線級を含む2000以上、連隊規模のBETA群と思われます。』
『…何分稼げばいい?殲滅はできないぞ。』
『戦車部隊の後退が完了するか、友軍の再配置までですので10分程かと。状況は常に送ります。』
『分かった…全員聞いたな。今度の戦いは少し厳しいぞ。だが恐れるな!訓練通りだ。幸い作戦開始からそう時間は経っていない。部隊の再配置はすぐに済むだろう。俺たちの任務は遅滞防御だ。』
「「「「了解!」」」」



 キメラズが噴射跳躍で緊急展開をすると目の前には地獄のような光景が広がっていた。視覚センサーの望遠レンズの先に見えるのは支援砲撃でえぐれた大地と無数のBETAの死骸、そして見る影もなくばらされた撃震とその残骸に群がる赤い戦車級の群だった。
「ひ、ひでぇ…。」
 多くのBETAは進行を続けているが、小型種は『食事』を続けている。衛士はもう助からないだろう。
『全機120mm滑空砲装備!引きつけて突撃級を狙い撃て!その後700後退、陣形を整えて遅滞防御を行う!』
 BETAはその進行速度の違いから自然と陣形を取る。足の早く前面に強力な外殻を持つ突撃級は最前衛、戦力の大部分を占める要撃級や戦車級は中衛、強力な光線級や要塞級は後衛になる。しかし戦闘などでBETAの進行が遅まるとそれらの隊列が縮まり乱れ、混在した状態になる。そうなると戦術機としてはとても戦いづらくなるのである。
 それを避けるために周防はまず突撃級を狩った後、要撃級や戦車級などの主力をまとめて叩く作戦をとった。初陣で近接戦をこなすのは難しい。それを考慮した理にかなった作戦だった。しかし人間の常識など通じないのがBETAなのだ。
『うおぉぉ!死ね!死ねぇ!』
 後衛の吹雪に搭乗した隊員が両主腕に装備した突撃砲から120mm滑空砲を撃ちまくる。しかし引きつけが足らないために威力も狙いも足りず強靭な外殻にはじかれてしまう。
『くそ!何で、何で死なないんだ!くそぉぉ!!』
『キメラ9!もっと引きつけろ!焦るな!』
 後衛を任されている南が落ちつけようと声をかける。しかし恐慌状態に陥った隊員にその声は届かず、狂ったように撃ち続ける。隊員には突撃級が既にすぐ近くまで迫っているように感じていた。
『くそ!隊長、処置の許可を!』
 処置の許可を隊長に請う南。しかし既に遅かった。プレッシャーに耐えられなかった隊員は突撃級をかわそうと迂闊に跳躍してしまった。
 そこへ狙い澄ましたかのように閃光がはしる。光が寸分たがわずコクピットを貫き蒸発させ跳躍ユニットの推進剤に火をつけ吹雪は爆散した。一瞬の出来事だった。
 それを見た初陣組は死の八分を乗り越えたことで得た自信を粉々に粉砕された。一人前だと思っていたのはただの錯覚で、死の八分を乗り切ったのは実力ではなく状況に助けられただけだということが分かってしまったのだ。
 迫る突撃級に後ろに控える無数のBETAに恐怖する隊員。そこに巧が援護を入れる。
「落ち付いてください!BETAの足は俺が止めます!」
 巧は背部の兵器担架マウントを前面に展開し36mm機関砲を突撃級の足に狙いをつけて斉射する。足を撃ち抜かれた突撃級は足を引っかけられた様に転がった。
「今です!落ち着いて狙ってください!」
 巧の個人技に助けられ少し落ち着きを取り戻した後衛組が120mmで突撃級を粉砕する。
『良いぞキメラ5!前衛は気にせずその調子で後衛組の援護を頼む!』
 周防からの激励を受け取り巧は援護攻撃を続ける。前衛組はベテラン組でそれなりに動けているが、後衛組は経験の浅い衛士が多く足が止まっている。訓練で出来ても実戦の恐怖感からいつも通り動けない。いつもは見えている周りが見えない。後衛組は目の前の突撃級しか見えていなかった。
 巧はその援護をするために突撃級の足を打ち抜き、要撃級の顔面(に見える尾部)を吹き飛ばす。そして自身に近づいたBETAを複腕に装備した長刀で切り裂いた。しかし小型種の浸透は止め切れない。
 打ち漏らした戦車級が徐々に後衛組との距離を詰めてくる。後衛組の脳裏に先ほど見た無残に食いちぎられた友軍の戦術機の映像がよぎる。まず突撃級を優先して撃破しなくてはならないが、その後ろに群がる赤い大軍を見ると恐怖心が指先を凍らせる。後衛の初陣組はもはや戦える精神状態ではなかった。
「キメラ11、10時方向要撃級!キメラ8、正面の突撃級からだ!」
 巧は撃ち漏らした大型種の位置情報を伝える。その間にも縦横無尽に動き回り大型種をかり、小型種を轢き殺す。しかし限界は近づいていた。BETAの隊列は先頭によって縮まり、すでに囲まれつつある。そして後方の光線級を始めとした強力なBETAも合流するだろう。そうなれば辛うじてつないでいる線も切れてしまう。
『キメラ1よりキメラズ全機!突撃級は刈りつくした。一度後退して立て直すぞ!』
 救いの声。周防の合図によって部隊は後退する。上手くいけば友軍の援護も受けられるかもしれない。しかしBETAとの戦いにおいて人間の思惑は幾度も裏切られる。
 後退を開始する直前レーダーに映る赤いマーカー群が道を作るかのように割れた。
 
巧の目の前が開ける。網膜投影された画像に赤いレーザー警報が映った。

「やばい!レーザー来るぞ!」

 巧は夕雲の機体がねじ切れるほど急激に旋回させる。数瞬後目がくらむほどの光が眼前を過った。急激に熱せられた大気が弾け爆風を起こし、巧の夕雲は吹き飛ばされる。自動でシステムチェックが起動し右腕が中破したことを伝える。直撃したわけではないが熱波と爆風などの副次効果によってやられたようだ。
そして気づけば友軍のマーカーが一つ消えていた。巧はギリギリで回避できたものの後方にいた夕雲は直撃していた。巧は後方で上半身が消しとんだ夕雲を確認した。
「くっ…!キメラ6大破!キメラ5右腕中破!隊長!」
『全機後退だ!重光線級の存在を確認した。重金属雲濃度も足りない!射線に注意しつつ匍匐飛行で全速後退だ!レーダー上のBETA群の動きに注意しろ!』
 キメラズ全機が後退を開始する。足の速い突撃級は刈りつくしたためにしばらくは追い付かれる心配はない。要撃級などを盾にしてレーザーをかわしながら、死に物狂いで離脱するキメラズ。
 しかし前衛組の不知火が普通に噴射跳躍してしまう。重光線級も光線級もいる今、それは自殺行為だった。
『キメラ4!高すぎるぞ!死にたいのか!』
『ち、違います!跳躍ユニットが稼働しないんです!』
 これまでの試験、システムチェック、直前の点検に引っかからなかった欠陥がキメラ4の命を奪う。キメラ4の不知火はレーザーの直撃は回避したものの跳躍ユニットが大破し墜落してしまった。
 そして着地したところに群がる戦車級の大群が瞬く間に不知火を解体し食らって行く。
『緊急離脱だ!はやく機体から脱出しろ!』
『無理です!外にはBETAが!』
『そのまま死にたいのか!良いから早くしろ!拾ってやる!』
 しかしキメラ4は恐怖心から脱出できない。墜落した衝撃で歪んだ機体では纏わりつく戦車級をひきはがすことができず、次第に言葉を失ってただ悲鳴を叫ぶようになった。こうなってしまっては助かる見込みはない。加えて部隊は後退している途中。救出に向かっても被害を拡大させるだけである。
『くそ!キメラ4をKIAと認定!』
「隊長!俺が行きます!」
 しかし巧は諦めたくなかった。



巧side

 この戦闘が開始されてからどれだけの時間が経ったのか。十数分程度で友軍の体制が整うと言っていたからまだその程度も経っていないのか。数時間は戦っているような気がする。でも調子は悪くなかった。死の八分を乗り越えたときは緊張で現実感がなかったが、今はそうでもない。
 俺の今回の役割は遊撃部隊として自由に動いて隊を支援することだった。そしてそれは上手くいっていた。夕雲は良い機体だ。撃震ではできなかったことを容易くこなすことができる。
 俺はこれまで培ってきた力をすべて使って援護した。突撃級の動きを止め、要撃級の首を刈り、浸透したBETAの位置を教え、注意を促し…。自分でも良くやれたと思う。
 だがそれでも二人死んだ。一人は突撃級かわした時に撃ち落とされ、もう一人は重光線級に跡形もなく。そして今さらに…。
 戦場で犠牲が出るのは当たり前だ。だが『もしこうしていたら』という後悔が拭えない。なら最後まで足掻く!確かに状況は絶望的だが、強化装備から発せられるバイタルデータは健在だ。まだ生きているんだ!KIAには早すぎる!
「隊長、俺が行きます!」
『なっ!?ふざけるなキメラ5!上官命令だぞ!』
「こういうときのために俺に単独行動させたんでしょう!?」
『待て!もう間に合わん!』
「やってみなければ分らない!行きます!」
 隊長の制止を振り払って飛び出す。後で懲罰食らうかもしれないが見殺しよりはましだ。
 夕雲の発揮できる全速で匍匐飛行する。BETAが腐るほどいるがそんなのは無視だ!最低限の敵だけ殺して進む。右腕が中破して上手く動かないためにバランスが乱れているがそんなことは関係ない。右腕が使えなくても突撃砲三門、長刀一本あれば殺すだけなら十分だ!
「どけぇっ!化け物共!」
 立ちふさがるBETAを撃ち、斬り、吹き飛ばす。体が勝手に反応している感じがする。戦術機の隅々まで自分の神経が行きわたり思うように動かせる。今までにない感覚。これなら間に合う!
 視界が開け目の前には夕雲に群がる戦車級の群。胸糞悪い光景だがこいつらを殺せば救出できる。今行くぞっ!
 だが次の瞬間に見えたのはキメラ4のバイタルがフラットになったことを示す表示だった。
 茫然と立ち尽くす。戦闘中にあり得ない行為だが頭が真っ白で何も考えられない…。望遠レンズ越しに見える光景が理解できない。
 戦車級がくわえている物は何だ?戦車級はヒトガタを握りしめ、まるでスナックを齧るようにその上半身を食いちぎった。零れおちる内臓、叩きつけられた下半身。そしてそこに群がる闘士級のBETA。小型種のBETAが戦術機を解体し咀嚼する。そこに人の姿はない。人だった物体が転がっているだけだ。
 もう……何が何だが分らなくなった。ただ腹の底から湧き上がる感情がある。それはドス黒くグルグルと全身を駆けまわる。出撃前に感じていたものと似ているが、少し違う。恐怖や怒り、悲しみ、憎しみ。そんな負の感情が入り混じり混然とした感じだ。
息が荒れる。
手は操縦桿を握りつぶさんばかりだ。
黒い感情が全身に行き渡ったのを感じた。その後のことは覚えていない…。

巧side out



 ボパール・ハイヴ漸減作戦は結果として成功した。多くの弾薬、戦術機を始めとした兵器を消耗したものの人的被害は想定内に収まり、基地に集められた情報を統合すると五万近いBETAを殲滅したと考えられた。この漸減作戦を一週間ごとに後三回行うことで後のハイヴ攻略戦の成功率を上げることができる。
 そして巧たちキメラズが二回目の突撃の時に遭遇したBETA群は旅団規模の大群であったことが明らかになった。帝国軍派遣部隊第147分隊との戦闘で隊列が縮まり混然状態であったこと、戦車部隊の後退に伴い一定時間支援砲撃無しなったことなどの悪条件の中キメラズは必死に応戦するも多勢に無勢、三人の犠牲者を出してしまった。
 
 その後、体制を整えた戦車部隊は岩崎から直接の命令で『BETA殲滅を最優先にした砲撃』を実行。巧の夕雲を巻き込んだ集中的な砲撃によって多くのBETAを殲滅。補給を終えたキメラズと再編成した帝国派遣部隊が残存BETA掃討に向かった。
 そこではBETAの血と死肉をまとった夕雲が孤軍奮闘していた。巧は幸いにも集中砲火を逃れ、BETAとの戦闘を続けていたのである。複腕の長刀が折れ、中破状態であったが錯乱した巧は戦い続けたという。
 周防が隊長権限による遠隔操作で強化装備の鎮静剤投与と催眠暗示を施し、大人しくなったところを志乃と南に基地まで運ばせた。
 基地の医療施設出精神安定の処置を受けた巧は、岩崎から上官命令違反の罪で懲罰房に監禁され、上層部の指示を待つことになった。
 
 
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