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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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18.初陣Ⅱ

21.初陣Ⅱ

 漸減作戦はハイヴ攻略と違って本来は積極的防衛策と言えるものである。方法は単純な陽動で、地上戦車部隊による支援砲撃とBETA支配地域への突入によってBETAを誘引し出てきたところを殲滅する。その際に戦術機部隊は誘引と防衛に専念し積極的な攻撃は行わないというもの。ボパール・ハイヴは造られて間もなく、レベルも低いと見られているために本来なら5ヵ月毎の漸減作戦が適当だが、今回はその後に控えるハイヴ攻略作戦のための布石としての意味合いが強く、一週間に一度というハイペースかつ攻撃的なプラントなっている。
 これまでハイヴ攻略作戦が尽く失敗し、大きな犠牲を払ってきたことで多くの人間が漸減作戦は容易なものだと勘違いしている。確かに超国家的作戦で大戦力を投入しても成し遂げたことのないハイヴ攻略や、国をかけ逃げ場のない戦いを強いられる防衛戦と違って漸減作戦は言ってしまえば『間引き』なので簡単に思える。しかし一度でも実戦を経験した人間はその困難さと責任の重さを知っている。『間引き』する相手はミンチになるまで蠢き人間を食らう化け物で、数は蟻の大群を彷彿させるほど多い。ミスは犠牲につながり、下手をすれば基地を潰すことすらあり得るのだ。事実、漸減作戦の失敗によって戦力を落とし、結局戦線が崩壊することもある。BETA相手に楽な作戦など無いのだ。



巧side

 とうとうこの日が来た。幼い頃から培ってきた衛士としての力が試される時だ。……情けないが震えが止まらない。武者震いじゃない、恐怖からくる震えだ。腹の中がぐるぐるして今にも吐きそうだ。今朝はトイレに三回も行ってしまった。何回システムチェックしても気が休まらない。頭の中は真っ白で、地面が水平に感じない…これが初陣の緊張か…。
 覚悟は決めていたはずだ…。自分の大切なものはまだ見いだせないが生き残るという意思は本物で、この気持ちさえあれば実戦でも力を出し切れる。そう思っていた。
 だが甘かったようだ。俺は思っていたよりも臆病だった。そんなことに今になって気づくとは…。
『キメラ5、大丈夫か?相当な緊張状態だな…。』
 急に隊長から秘匿通信があった。そりゃ緊張してるけど何でそんなことが分かる―ああ、そうか!そう言えば試験ってことで隊員のバイタルデータは全隊員とCPに丸見え何だった…。俺のビビり具合全部把握されているのか。あぁ…恥ずかしい!
『まあ気にするな。初陣ってのはそんなもんだ。新任が漏らすかどうか賭けるのは衛士の醍醐味の一つだしな。はっはっは!』
 厳格で冗談を言わない隊長がどうにか俺の緊張を和らげようとしてくれているのが分かる。
「すいません…正直緊張しています。自分がこんなになるなんて思いませんでした。」
『お前は優秀だからな。この緊張感にもすぐになれるだろう。本来なら薬や暗示で処置してやりたいところだが、今回は無理だ。許せ。』
 そう、今回の作戦で俺は判断を鈍らせるような処置を受けることはできない。皆が生き残れるかどうかは俺の活躍にかかっているんだ…。
『今日を乗り越えればまた訓練する時間が増える。そうすれば生き残れる可能性は飛躍的に上がるはずだ。重荷を背負わせていることは分かっているが…耐えてくれ。』
「了解です。終わったらどっか食いに行きましょう。こっちに着いてからというものインド軍払い下げの不味い合成ものばかり。飽きてしまいました。」
『ふっ…調子が戻ってきたな。良いだろう、俺のおごりだ!キメラズ全員に奢ってやる。』


巧side out



 そして作戦は決行された。支援砲撃が開始され砲弾が雨のように降り注ぐ。初回と、二回目の砲撃は通常弾とAL弾が半々の砲撃だ。撃ちだす砲弾は数え切れないほど、しかしそれは地上から延びる数十もの閃光によってほとんど着弾することなく打ち落とされる。光の柱は降り注ぐ砲弾を払うように撃ち落とし、一瞬で蒸発させる。
 しかし人類がこれまでの戦争で培ってきた知恵の一つであるAL弾は撃ち落とされることで真価を発揮する。レーザー照射を受けたAL弾は一瞬で爆発し重金属粒子を散布。レーザーを減衰させる重金属雲を発生させた。
『光線級の迎撃を確認。重光線級も確認。個体数は不明。重金属雲の発生を確認!通常弾を装填し第三次砲撃を開始する。キメラズ各機は突撃の準備を開始せよ。繰り返す―』
『キメラ1了解。全員聞いたな。ここから先はおそらく地獄だ。だが生き残れ。こんな所で俺たちは死なない!わかったな!』
「「「「「了解!」」」」」
 それが合図だったのか、重金属雲によって守られた第三次砲撃は、その殆どが着弾し大地を砕かんとばかりにBETAを吹き飛ばす。
『キメラズ、突撃する!全機続け!』
 3種11機の歪な中隊が戦場を駆ける。巧の初陣が始まった。


 土煙が晴れるとそこには変わらぬBETAの威容があった。否、変わらないわけではない。そこら中に死骸が転がり、多くのBETAが砲撃で死んだことが分かる。しかしそれでもなお圧倒的な数が砲撃された方向に進行を開始していた。
 ベテラン組は当然のように、初陣の衛士は信じられないものを見るようにその様を見ていた。あの爆撃を受けてもまるで数が減った気がしない。さまざまな部位が欠損していても関係なく突っ込んでくる。まさに悪魔の軍勢だ。しかしベテラン組の周防と志乃は落ち着いていた。キメラズで新任は巧だけだが実戦経験が少ない、または皆無の隊員は多い。小隊長の南ですらそうだった。その中でベテランと言えるだけの経験を積んでいるのは周防と志乃の二人だけ。二人があわてるわけにはいかなかった。
『前方にBETA群を確認!個体数500、距離2000。突撃級到達までは二分です。』
『光線級は!?』
『確認できる分には存在しません。』
『よし、各機安心して飛べ!全機兵器使用自由!キメラ5、わかっているな!?』
「はい!」
 三日前のブリーフィングで決められた巧の役割は遊撃である。遊撃というとオマケのようなイメージがあるがこの作戦における巧の役割は『何でも屋』である。基本的には中衛に位置し、周防や志乃と言ったベテランや、巧を除いて比較的慣熟が進んでいる二人を加えた前衛組の援護する。しかし状況が厳しくなれば柔軟に対応しスタンドアローンで動く。状況によっては単独での陽動や補給物資の調達なども行う。エレメントは組まず、その卓越した技能を持ってありとあらゆる援護を行う。まさに何でも屋。到底初陣の衛士に任せるものではない。
 しかしブリーフィングで西谷が示した巧の慣熟訓練における情報は正しく、巧が駆る夕雲には誰も合わせられなかった。第三世代機の性能を引き出し縦横無尽に戦場を駆ける巧の夕雲は強力だったが、その反面援護することができなかった。慣熟が進み同じレベルで機体を動かせるようになればそれもできるが、キメラズで巧についてこれる隊員はいない。しかしただでさえ苦戦が予想される時に巧の力を抑えて周りに合わせることはできない。ならばいっそ巧は単独で動き高いキルレートを維持、第三世代機の機動力を生かして前後衛を行き来してもらった方がいい。それが結論だった。
 故にこの作戦で巧はこれまで培ってきた個人技能を存分に発揮することが求められてた。通常ではありえない、しかしキメラズが生き残りをかけた苦肉の策だった。
「はぁっ、はぁっ!」
 作戦開始から数分、特に何もしていなかったというのに巧の息は荒れていた。周防に一度はやわらげてもらった緊張感が再び襲ってくる。頭は真っ白で思考停止状態。時間の感覚は分からない。しかしそれでも巧の腕は訓練通りに動いていた。
 SES計画の賜物か、夢に見るまで続けたシミュレーター訓練のおかげか…理由はともかく巧は不思議な気持ちの中で夕雲を動かしていた。
 迫りくる突撃級を飛ばずに闘牛士のようにかわし、背部の兵器担架に搭載した突撃砲の36mm機関砲で柔らかい背面を打ちまくる。それを数回繰り返し振り返ると撃ち漏らした突撃級に追撃。瞬く間に5体の突撃級を始末した。
 一方で他の隊員も突撃級の突進を噴射跳躍で回避すると同じように背面を攻撃する。500体のBETAと言ってもほとんどは小型種、大型種でも多くは要撃級だ。突撃級は十数体しかいなかった。
『次、後続のBETAが来ます!距離750!』
 次に来たのは戦車級と要撃級で構成される主力。前衛組が接敵した。
『これからが本番だ!良いか!シミュレーターと違ってBETAはミンチになるまで止まらない。きっちり片づけろ!』
「了解!」
 キメラズが隊列を組んで一斉射を開始し、射線上にいるBETAを攻撃する。撃ち砕かれるBETA。しかしその歩みは止まらない。撃たれながら前進し、倒れたBETAを踏み越えて迫ってくる。みるみる中隊との距離が詰まっていった。
 しかし無理をしなければ問題ない。基本的には距離を取りながら戦えばいいのだ。
『全機500後退!』
 周防の合図で一斉に交代するキメラズ。突撃級を平らげ、光線級も要塞級もいないBETA群を殲滅するにはただ後退しながら敵を削ればよい。セオリー通りの戦法だった。
 その後、接敵と後退を数回繰り返し、あっけなくBETA群は殲滅。巧は死の八分を乗り越えた



 巧は死の八分を簡単に乗り越えたことに喜びよりも戸惑いを感じていた。最初の突撃級こそ夕雲の高いスペックを生かして殺したものの、後はカモ撃ちだった。訓練兵でも簡単にできることだ。正直言って肩すかしを食った思いだった。
『新任共、良くやった。思ったより簡単だったろう?訓練通りやれば恐れることはない。』
 隊長からのねぎらいの言葉。それを聞いて巧はやっと現実に帰ってきた気がした。
「思ったよりあっさり終わりましたね…。」
『そうだ。戦闘の多くは当たり前のことを当たり前にこなせば無事に終わる。死の八分というのはそれが出来ないものにとっての壁だ。その点今回の戦闘は上出来だ。これを数回繰り返せば任務完了だ。』
 それを聞いて巧を含む初陣組は安堵する。周防が初陣組を気遣って言ってくれているのは分かる。訓練校で聞いた話も、シミュレーター訓練で戦ったBETAも容易いものではなかった。恐らく未だ知らない困難がこの先待ち受けているのだろう。しかしそれでも自分達は死の八分を乗り越えた。多くの衛士が越えられなかった壁を乗り越え一人前になれたのだ。生き残った衛士なら誰もが思うことだ。責めることはできなかっただろう。絶望的な任務だと思っていたが案外あっさりこなせるかもしれないと―。そんな甘い幻想を抱いてしまったことを。



 岩崎は部屋で瀬崎からもらったワインを煽りながら、端末に送られてくる戦況を見ながら顔をしかめた。このワインは憎たらしい遠田の小僧が死ぬことを祝う祝杯になるはずだった。それが蓋を開けてみれば簡単に死の八分を乗り越え、隊の損害も無し。岩崎にとってはつまらない展開だ。
 キメラズが全滅すれば試験は終わる。インドから去り、瀬崎の伝で米国に新型のデータを渡してしまえば後は米国で悠々自適の生活だ。
「詰まらん…さっさと食われてしまえば楽なんだがな。」
 思わず本音が零れる。自室とはいえここは帝国軍がいる基地である。こんなことを聞かれた日には闇討ちされかねない。特に今は瀬崎の誘いに乗って米国に寝返った身。普段から気をつけなければならない。何気なくつぶやいた一言が身を滅ぼすこともあるのだ。
「参与、お気をつけください。米国に行くまでは…。」
「分かっている!しかしこいつらが死なない限りインドからは出れん。」
 瀬崎はため息をつく。この上官は扱いやすいが馬鹿すぎる。注意しなければこちらの身まで危うくなる。
「軽率な行動は控えるべきです。あんな出来そこないの部隊、何もしなくても死にますよ。」
「何を言っている。足を引っ張る初陣組も全員生き残り機体損傷もないんだぞ?」
「確かに死の八分を全員超えたのは意外でしたが、それもいつまで続くことか。まあ見ていてください。光線級も要塞級もいない数百の群れを蹴散らした程度では到底BETAの恐ろしさなど感じなかったでしょう。EUではこの程度戦ったうちに入りませんでした。あの地獄はこんなものじゃない。」
 瀬崎の目に暗い光がともる。
 瀬崎がヨーロッパ戦線で感じた恐怖は瀬崎の夢も希望も打ち砕き、人格すら変えた。あふれ出るBETA、食いちぎられる戦友、そして断末魔。それらは今でも瀬崎の悪夢としてよみがえってくる。昨日まで隣で共に語り合い、苦楽を共にした仲間が目の前で食われていく光景は忘れられるものでない。
 あの恐怖から逃げるためなら帝国を捨て、米国人の靴をなめることをも厭わない。それが瀬崎の本心だった。
「彼らもすぐに気付きますよ。BETAとの戦いには絶望しかないことを。」
 
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