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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九十三話 前途多難




宇宙歴 795年 9月24日    ハイネセン 統合作戦本部  バグダッシュ



目の前のTV電話が受信音を立てると周囲の部下達がこちらに視線を向けた。スクリーンに表示された番号から第一特設艦隊旗艦ハトホルからだという事が分かる。おそらくはヴァレンシュタイン中将からだろう。保留ボタンを押下した。
「少し席を外す、これは別室で取る」

俺の言葉に部下達が黙ってうなずく。連中にも周囲に訊かれたくない内容だと、知られたくない相手だと理解しただろう。まあ情報部ならこんな事は珍しくない。特に詮索することなく部下達は黙って仕事を続けだした。それを見てから席を立つ。

部下達の前で聞くのは拙いだろうな、彼らを信じないわけではないが念には念を入れた方が良い。中将から連絡が有った事はいずれ彼らにも分かるはずだ。そして俺を監視している連中にも分かるだろう……。後々探りを入れられた時、部下達も何も知らない方が答えやすい筈だ。

別室、周囲を防音壁に囲まれた小さな部屋だ。この別室の中で交わされた内容は外には聞こえない。情報部には幾つかそういう部屋が有る。周囲の視線を感じつつ部屋に入り受信ボタンを押下した。目の前に若い男性が映る、ヴァレンシュタイン中将だ。

「ハトホルに戻られたのですな」
『ええ、ついさっき』
「御無事で何よりです、気が気ではありませんでしたよ」
俺の言葉に中将は軽く笑みを漏らした。

『それで、何か』
相変わらずクールだ。もっとも嫌なクールさじゃない。上に立つ人間は何処か底の知れなさが有った方が良い。
「御依頼の件、御報告を」
中将が頷いた。

「先ず憂国騎士団ですがかなりバタついています。地球教徒がかなり組織に浸透していました。今回の一件で地球教徒は居なくなりましたが彼らと親しかった連中はかなりいます、事態が急激に動いたので付いて行けずに右往左往していますよ。誰を信じて良いか分からず皆、疑心暗鬼になっている。当分混乱は収まらないでしょう」
「……」

「次にトリューニヒト国防委員長ですが、憂国騎士団とは僅かに接触が有りますが切り捨てられるレベルの物です。実際国防委員長は切り捨てにかかっています。そして地球教との間に関係は全く有りません。この件で国防委員長が周囲から非難されるようなことは無いでしょう。政治生命に影響は無いと判断しています」
中将が頷いた。

『軍人は如何です』
「地球教の正体が分かった時点で誰も教団には近づかなくなりました。憂国騎士団にもです。皆、後難を恐れています。経済人達も同様ですな、皆息を潜めています」
中将が笑みを浮かべた。予想通りか……。

『憲兵隊の動きは』
「今の所地球教だけで手一杯です。それ以上は……」
『なるほど……』
僅かに目を伏せ気味にして考えている。さて、どうする?

これまで地球教や憂国騎士団を監視対象として見ていた組織は無かった。唯一それをやったのが防諜課第三係、俺の所だ。中将からの依頼を受けて密かに監視を行ってきた。何かあるとは思っていたがまさかこんな事になるとは……、中将が顔を上げた。

『准将の押さえている情報をシトレ元帥に伝えてください』
「全てですか」
『全てです。連中と親しくしていた軍人、経済人の情報も出してください。帝国と協力するのに馬鹿な主戦派など不要、元帥にはそう伝えて貰えますか』
「分かりました」

なるほど、段々見えてきたな。目の前の男が何を考えているのか、そしてシトレ元帥、トリューニヒト委員長が何を考えているのか。面白いな、軍人達が和平を考えるか。どれだけの人間が気付いているかな……、これだからヴァレンシュタインに協力するのは止められん。

「しかし、出来れば事前に教えていただきたかったですな」
『不満ですか』
「多少は有ります」
中将が俺の言葉にクスッと笑った。

『言えば信じましたか』
「さて、事が事ですから何とも」
『今は』
「もちろん信じていますとも」
また中将がクスッと笑った。

『問題は無いと思いますが』
「……まあ、そうですな」
やれやれだな、またあしらわれた。思わず苦笑すると向こうも笑っている。悪くない、何となくそう思った。

「この後は如何しますか」
『そうですね、当たり前の話ですが帝国の情報とフェザーンの情報が欲しいと思います』
「なるほど……、実はその件で少々問題が発生しました。ヴァレンシュタイン提督にも御協力頂きたいのですが……」
『……なんです』

「今回の一件で調査課がかなり苛立っています。連中、私にも監視を付けたようですな」
中将が一瞬目を見張った。そして笑い声を上げる。
『それはそれは、准将は重要人物になったという事です。おめでとうと言うべきでしょうね』
なるほど、そう言う考え方も有るか。こちらも釣られて笑った。

「実際問題、調査課の協力が得辛くなっています。この辺でガス抜きが必要と思いますが」
『調査課と話をしろという事ですか。……面倒ですね、シトレ元帥経由で入手しますか』
ヴァレンシュタイン中将が眉を顰めている。詮索されるのは誰だって好きではない。気持ちは分かるが取引は必要だ。調査課は敵に回すより味方に付けた方が得だ。

「反発が強くなります、お奨めは出来ません」
『……』
「私も同席します。無茶はさせません、如何です」
『……そうですね、……そうしますか。但し、場所はハトホルにしてください。それ以外は認めないと』
「承知しました」

話を終えて部屋の外に出ると見慣れた顔が有った。
「ザックス、どうしたんだ、こんなところで」
「バグダッシュ准将が誰かと内緒話を始めたと聞いたのでね。……誰と話をしていたのかな」

おいおい、顔が引き攣っているぞ、そんな怖い顔をするな、ザックス。それにしても誰がこいつに注進した? スパイは俺の傍近くに居るようだな……。まさかとは思うが俺の部下か? 可能性はあるな……。ここはとりあえず能天気に明るく行くか。

「もちろんヴァレンシュタイン中将さ」
「……」
「お前さんの言うとおり、思いっきり文句を言ってやったぞ。俺の立場も考えてくれってな」
今度は胡散臭そうな顔か、白々しかったかな。

「そんな声は聞こえなかったがな」
「そりゃあ防音壁だからな、聞こえないのも仕方ないさ」
大丈夫、今お土産をやるからな、ザックス。とびっきりのお土産だ、飛び上がって喜ぶぞ。

「ヴァレンシュタイン中将が調査課の人間と話をしても良いと言ってたぞ」
「本当か?」
「ああ、本当だ。調査課の協力が欲しいようだな。ギブ・アンド・テイク、良い機会じゃないか。色々と訊いたら良いさ」
「なるほど……」

考え込んでいるな、ザックス。もっと素直に喜べよ。
「どうだ、ザックス。俺は良い友人だろう。何と言っても俺とお前さんは士官学校で同期生だったんだからな」
「……そういう事も有ったな、今思い出したよ」
「……有難う、思い出してくれて……」
昔はもっと素直だったんだがな、俺もお前も……。



宇宙歴 795年 9月24日    第一特設艦隊旗艦 ハトホル エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



バグダッシュとの話は終わった、大体予想通りだ。これから和平を進めるにあたって邪魔になるのは主戦派だろう。この機会に出来るだけ叩いておいた方が良い。もう少しで地球教にしてやられるところだった、それを強調することだ。主戦派を復活させてはいけない。

明日はヤンとワイドボーンを相手にしなくてはならない、厄介だな。まあ嘘を吐いても仕方がないし、嘘が通用する相手でもない。ある程度は正直に話すとするか。責められたらごめんなさいの一手だな。ワイドボーンはともかくヤンは煩く言わないだろう。

ここまでは想定通りかな。帝国との間にパイプを作った。ある程度帝国に対しては和平と言う言葉も印象付けたはずだ。ここから先は帝国がどう動くかによる。ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯か……。どう動くかな、今の所権力争いをしているような形跡は無い。そこまで馬鹿じゃない、そう取って良いのかな。

レムシャイド伯がハイネセンに来るという事は和平を結ぶ意志有りという事かもしれない。表向きは対地球教、裏で和平か……。こちらとしてはそう受け取りたいところだが焦るのは禁物だ。相手の出方をじっくりと見ないと……。考えていても仕方ないな。喰えない狸どもに連絡を入れるか。

『ヴァレンシュタイン中将か』
スクリーンにシトレが映った、低い声で話しかけてくる。
「はい」
『少し待ってくれ。今トリューニヒト委員長を呼び出す』

少しと言ったが結構時間がかかった。やがて現れたシトレが済まなさそうな声を出した。
『済まんな、どうやら最高評議会に出ているらしい』
「そうですか」
『ここ最近は連日でな。毎日のように最高評議会を開いているよ。評議会も日に日に地球教の厄介さを感じているようだ。そう言う意味では悪くは無いな』
「確かに」

仕事をするのは良い事だ、特に上の人間が仕事をするのはな。但し会議ばかり開いて何も決まらないと言うのでは困るが……。シトレが笑みを見せた。
『ようやく君と忌憚なく話せるな』
「そうですね、腹の探り合いの様な会話は食傷しましたよ」
シトレが声を上げて笑った、俺もだ。

『お互い暇じゃない、話を進めよう。これからだが我々が気を付けなければならない事は何かな』
良いね、こういうのは。フェザーンでの一件をグズグズ言わない。優先順位をはっきりさせてくる。こっちもやりやすい。

「二つ有りますね。一つは地球教によるテロを防ぐことです。トリューニヒト国防委員長、レベロ財政委員長、ホアン人的資源委員長、そしてシトレ元帥。気を付けてくださいよ、和平を前にして死なれては困ります」
俺の言葉にシトレがまた笑い声を上げた。

『君が心配してくれるとは有り難いな。皆にも伝えておこう』
「冗談ではありませんよ」
『分かっているよ、ここで死ぬことは出来ない、皆が分かっている。だから君も気を付けてくれ、我々は君を失うことは出来ないんだ』
何を言ってやがる、この狸親父。油断も隙もないな、俺を懐柔しようってか。

「もう一つは主戦派です。帝国が混乱しフェザーンが地球教の根拠地だと分かった以上その中立を守る必要性は無くなりました。そして帝国は軍事力が弱体化している。主戦派がフェザーン侵攻、イゼルローン要塞攻略を唱える危険性があります」
『我々もそれを心配している』
シトレが顔を顰めた。おそらくトリューニヒト達とも話したのだろう。やはり主戦派がネックだ。

「特に今、主戦派は危機感を抱いているはずですよ」
『危機感? どういう事だね?』
「主戦派を占める人達はどのような人達です?」
シトレが眉を顰めた、少し間をおいてからゆっくりと答えた。

『……軍人、軍事産業に関わる人間が主体だな』
「彼らは帝国と戦う事は地球教の思う壺だ、そういう意見が出る事を恐れている。いや、実際出ているのかもしれませんがそれが同盟市民の間に定着するのを怖れている。そうは思いませんか」
『……なるほど、確かにそうだな。戦争が出来ない、出世が出来ない、儲けが出ないか……。いや、何より裏切り者と言われかねんか……』

呟く様な口調だな。どうやら気付いていなかったらしい。戦争は膨大な資源を消費する。軍事産業にとってはこれくらい旨味の有るビジネスは無い。そしてそれが百五十年続いてきた。おそらく軍事産業は戦争有りきのビジネススタイルになっている。和平なんて事になったらお先真っ暗だろう。そしてその事を怖れている。

シトレ達は戦争の中で生まれ育った。だからその辺りの感覚が鈍いのだ、これが常態だと思っている。戦争終結後の経済振興政策が必要だな、多くの軍人を民間に戻す事になるから受け皿も必要だ。公共事業による惑星開発か……。レベロはどう考えているかな、その辺りを考えておかないと失業者があふれる事になる。ハイネセンに戻ったら相談して見るか……。いかんな、今は話に専念しないと。

「彼らにしてみれば帝国に対して、或いはフェザーンに対して一大軍事攻勢をかける機会でしょう。武勲は挙げ放題、物資、兵器は売り放題ですよ。その機会を失おうとしているんです」
『我慢出来んだろうな』
シトレが溜息を吐いた。そんな顔をするな、こっちまで滅入ってくるじゃないか。

「それを防ぐために事更に主戦論を唱える可能性が有ります。おそらくはフェザーン侵攻でしょう。対地球教対策の一環として唱えやすい、経済的な利益も有る。フェザーンを得れば目の前に有るのは帝国領です」

『地球教の根拠地の一つであるフェザーンを潰した以上、問題は無い。後は帝国を倒せば良い……。そう言う事だな』
「そう言う事です」
目の前でシトレが“うーん”と唸っている。

『どうすれば良いかな。貴官がそこまで考えている以上、なんらかの対策が有るのだろう』
俺ばっかり頼るんじゃない、俺は魔法の壺を持っているわけじゃないぞ。まあ原作知識ってのはそれに近いものが有るかもしれないがな……。

「バグダッシュ准将に地球教、それと連中と親しかった憂国騎士団を調べさせて有ります。そこに出入りしていた人間もです。もうすぐそちらに情報が届きます。片っ端から憲兵隊に取り調べさせるんですね。そしてそれをマスコミに流す……」
『主戦派の中に地球教の手先が居る……、そういうことだな』

「そういう事です。現状ではそれくらいしか手が有りません。後はトリューニヒト委員長にフェザーンの件は帝国との調整が必要、そう言って貰うしかないと思います」
『そうだな』
なんとも貧弱な手だな、溜息が出そうだ。

「それと、最高評議会議長のポストが必要ですね」
俺の言葉にシトレの視線が厳しくなった。声を顰めて話しかけてきた、囁く様な口調だ。
『何時かな、それは』

「帝国に和平の意志あり、そう確信できた時です。或いは帝国が崩壊すると確信できた時」
『つまり戦争をやめるか、戦争を止めるかがはっきりした時だな』
「ええ、そういう事になります」
シトレが二度、三度と頷いた。

『見極めが難しいな。一つ間違うと同盟は泥沼に踏み込む事になる』
「そうですね」
泥沼なら良い、まだ抜け出せるだろう。最悪の場合は蟻地獄に落ちる事になる。そうなったら同盟も帝国も共倒れだろう……。


 
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