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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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14.キメラの産声Ⅰ

14.キメラの産声Ⅰ

 任官の辞令が下ってから二週間後、巧はインドのカルカッタ基地に到着した。帝国軍の生産施設が移転されている東南アジアを通る軍艦に便乗した船旅は快適とは言えなかったが、巧は初めての海外ということで表情押し殺しつつも心が躍っていた。任務の内容を考えると複雑な心境になるのだが、やはり巧も男の子ということか、祖国から遠く離れた未知の土地に対してロマンを感じていたのだった。
 カルカッタ基地はボパールハイヴから出てくるBETAから都市を守るために造られた新しい基地である。しかしインド亜大陸の中央に陣取ったBETAの南進を食い止めるためにカルカッタ、ハイデラーバード、ムンバイの三大基地と、そこから展開する数多くの中小規模の基地によって形成される防衛線を維持する補給基地としての役割のために、その規模はアジア屈指のものとなっていた。また東南アジア、アフリカ、オーストラリアなどの後方国家との貿易や支援などのために、港に近いカルカッタは重要な都市として発展している。インドに駐在する帝国軍の派遣部隊は大抵この基地に駐在し、必要に応じて各地に展開している基地に派遣されることになる。

「暑い……、暑すぎる……。」
 しかし着任早々巧は愚痴っていた。それも無理からぬことで、カルカッタの夏は帝国よりも熱く湿気が高い。特にこの時期は雨季なので、バケツをひっくり返したような大雨も珍しくなく、気温も年間通して一番暑い時期だったのである。しかも今の巧の服装は、着任初日ということできっちりとした正装である。シャツは汗を吸って肌に吸い付き、熱はこもるばかり。不快にもなろう。訓練で厳しい環境に身を置くのは慣れているが、日常からこの環境では文句の一つも言いたくなるというものである。ちなみに帝国軍が駐留する建物に冷房などという気の利いたものはない。巧は早急に現地人に暑さ対策を聞こうと決意していた。
 基地につくと巧はさっそく上官へ挨拶するために指定された部屋に向かいノックする。
「(コンコン)本日着任します遠田少尉です。岩崎参与、いらっしゃいますか?」
返事がない。早めに着いたからなのか部屋に上官はいないようだった。

約束の時間を過ぎてもまだ来ない。

三十分経過…。

一時間経過したところで待つこと諦めた。

何か行き違いがあったのかもしれない。これ以上は時間の無駄というものだ。いい加減暑苦しい正装をどうにかしたい。
 割り振られた部屋に荷物を下ろし汗をぬぐってタンクトップに着替える。そうすると多少はマシになった。そもそも服装から間違えていたのだろう。そんなことを考えながら巧は小走りで戦術機ハンガーに向かった。
「新型かぁ、早く見たいなぁ…。米軍機みたいな性能だったら良いんだけど。」
 巧の所属する隊は特別試験中隊、通称ではキメラズと言われている。その任務は帝国軍の新型戦術機の機動実験、試験運用である。巧はまだその詳細な内容を知らされていなかったこともあり、早く自分の乗ることになる機体を早く見たかったのである。
「ええっと……J93ハンガーだから……おっ、ここか!」
 帝国軍用ハンガーのさらに奥にキメラ中隊の戦術機ハンガーはあった。そこに見たこともない機体が立っている。周りに立ち並ぶ撃震の重厚さが表れているフォルムとは全く違う、どちらかというと陽炎よりの形をしている。しかし陽炎と違うのは戦闘機の翼を彷彿させる板状のパーツが随所に散りばめられているところか。特に頭部のセンサーマストは大きな違いだ。また脚部はエッジの利いた造りをしており、膝部分の予備弾倉収納部分がなくなっている。おそらくこのシャープなフォルムは跳躍ユニットを使用した時の空力利用を狙っている。使いこなせなければ気流によって機体が操縦通り動かないが、使いこなせれば推進剤を効率的に利用でき細かい制動も可能になるだろう。さらに複腕には改造されたのか、形状が違う長刀が逆手の形で保持されている。兵器担架システムも従来機とは全く違うようだ。
「帝国軍新型試作戦術機五型―夕雲を見た感想はどうですか?遠田巧少尉。」
 巧がまじまじと戦術機を眺めていると後ろから声をかけられた。振り返ると如何にも楽しげと言った様子の女性がいた。肩口まである緑っぽい髪を後ろに束ねた眼鏡美人である。スッキリとした女物のスーツを着込んでいて、ニコニコと笑って穏和な空気を纏っているが目の輝き方が尋常ではない。
「あ、あの…どちらさまで?」
 巧は会ったことはなかったが雰囲的に上官に見えず、つい普段の口調で話しかけてしまう。何というか軍隊らしさを感じない女性なのだ。
「西谷美鈴。特別試験中隊―キメラズを担当する技術士官です。階級は一応中尉。」
「中尉殿でありましたか!?申し訳ありませんでした!」
 上官と知って背筋を正す巧。冷や汗が流れ、少し震えている。知らなかったとは言え上官に『どちらさまで?』などというふざけた言葉を使ったら殴られても文句はいえない。軍隊で培った習性からか、巧は無意識に歯を食いしばっていた。
「緊張しないでください。階級は中尉ですけど戦闘訓練は受けていないし、軍人って言う意識はあまりないんです。立場上は帝国軍ですけど、実際は河崎重工からの派遣社員なんです。だから軍隊というものには慣れていないので、私のことは上官ではなくアドバイザーと思ってください。」
「分かりました。では西谷さんと呼ばせてもらいます。よろしいですか?」
「はい。それよりも遠田少尉、夕雲を見た感想はどうですか?実は私これの開発スタッフでして、少尉の意見を聞きたいと思っていたんです。」
「そうですね…。上級者向けの機体だと思います。形状からして空力による制御は必須。各部分に散りばめられた板状のパーツや複碗の長刀を見ると各部分の稼働領域も衛士は細かく計算しないといけないでしょう。戦術機側の自動制御で補うこともできますがより多彩な機動を取るためには衛士が気流を理解して、機体の体勢を常に頭で計算しなくてはならないと思います。複腕の長刀も今までの常識を覆すものなので、使いこなすには相当な訓練がいるでしょうね。それに伴って腕部の重量が増しているようなので従来機よりも腕を使った精密な操縦が難しそうです。」
 巧が容赦なく意見を言う。それを聞いているうちに美鈴の笑顔が能面のように固まってきた。先ほどと同じに見える笑顔だが、目が笑っていない。気のせいかもしれないが気温が下がり、額に欠陥が浮かび上がっている気がする。
「つまり………欠陥機だと?」
「いや、違います。あくまでも上級者向けということです。さっき言ったことは確かに兵器としてはデメリットですが、一定の条件をクリアしたときこの戦術機は化けますよ。推進剤の減りは少ないでしょうし、複腕の長刀はBETAとの近接戦では革命的な戦闘力を発揮するはずです。長刀を複腕に装備しているために背部の兵器担架には突撃砲を装備できるので、実質の兵器保持数は6です。それにおそらくあの板状パーツは他の物と材質が違いますね?密集戦でBETAを切り裂く狙いもあるんじゃないですか?」
「素晴らしいです遠田少尉!ええ、あのパーツはブレードベーンと言いまして、我が社が開発した新しい複合材が使用されています。スーパーカーボンほどではありませんが非常に硬度が高いものです。また複腕に装備されている長刀も薄く、細くなっていますがこれは我が社の新技術で進化したスーパーカーボン成形技術の賜物で、従来よりも重量を落とし扱いやすくした上に、耐久性は大差ありません。複腕に装備する都合上、多少長さは短くなっていますが、きちんと使えば要塞級の首も落とせます!すでにシミュレーターで確認しましたがこうスパッと、サクッと野菜を切るように首を落としていました…。その圧倒的な近接戦闘力を持ちながらこの洗練された美しい姿。ああ美しい、美しいわ私の夕雲…。フフフフフフ、他の二機になんか負けませんよ~。」
 何かつぼに嵌ったのか恍惚としてアブナイ笑みを浮かべて暗く笑う美鈴。その様子に若干引きながらも気になることを言っていたので巧は聞いてみることにした。
「わが社?それに他の二機とは?」
「ああ!すいません!戦術機の話になるとつい…。コホン、えーっとそれはですね、あとで説明があると思いますが―」
「こんなところにいたのかね?遠田巧少尉。上官への着任挨拶に来ないで女とおしゃべりとは良い身分だな?」
 美鈴がニヤケた顔を引き締め説明しようとしたとき背後から声をかける者がいた。



岩崎慎二side

 技術廠の会議で遠田のガキをインド送りにしてやったのに俺までとばっちりを受けた。何でも言い出した俺がキメラ隊の実戦データを管理することに決まったらしい。こんな糞熱い僻地になんぞ来たくなかったが仕方がない。
 まあこんな場所でも町に出れば酒も飲めるし女も買える。どの程度いるか分らないが個室だし冷房もある。我慢できないほどでもない。
 基地に来ると技術部から派遣された西谷という女がいた。なかなか好みの女だ。こいつをものにできれば女を買う必要もなくなるか。
 そう思って声をかけたが全く靡かない。会話も食事もままならず、イライラしている日々の中、遠田のガキが任官する日になった。
 一応俺は奴の上官にあたり、権限は大尉相当だ。と言っても部隊の指揮はキメラ隊の隊長がとるし、戦術機開発に必要な能力もないためお飾りだが。冷房の利いた部屋で寝ているとノックしてくる音が聞こえてきた。
「(コンコン)本日着任します遠田少尉です。岩崎参与、いらっしゃいますか?」
 どうやら着いたようだな。しかしここで出るのも面倒だ。居留守を使って後でいびるネタにでもするか。
 この糞熱い中一時間程度外で待っていたようだが無視した。遠田が去ったのを確認して外に出る。相変わらず暑くて不快な気分になるが、それを我慢してガキを探す。成り上がり遠田なんぞさっさと基地から追い出してやるさ。
 そして見つけたとき奴は戦術機ハンガーで楽しげに西谷と話していた。
 あの女俺には靡かないくせにあんな糞餓鬼には愛想を振りまきやがる。どいつもこいつ成り上がりの遠田風情に靡きやがって、気にくわねぇ!
「こんなところにいたのかね?遠田巧少尉。上官への着任挨拶に来ないで女とおしゃべりとは良い身分だな。」
 本当は来ていたんだがな。
「はっ、申し訳ありませんでした。一時間ほど前にお部屋に伺ったのですが返事がなかったものでしたので。」
「ふん。言い訳か?私は部屋にいたぞ。時間になっても貴様が来ないから出てきてみれば女と楽しくおしゃべりか。所詮は成り上がりの犬か、礼儀がなっていないな。」
「しかし―」
「もう良い!貴様の言葉など聞く耳持たん。ブリーフィングルームに来い。任務について説明する。」
 は、釈然としないって面だな。良いんだよ貴様は何も分からないで。どうせ此処で死ぬんだ。こんなド田舎に飛ばされたのは業腹だが、直接奴を貶めることができるというのは数少ない娯楽だな。せいぜい楽しませてくれよ、期待の新任少尉殿。

岩崎慎二side out



巧side

うん、状況を整理しよう。俺は任官地であるインドのカルカッタ基地に到着後まず上官にあたる岩崎慎二技術廠参与の部屋を訪ねた。ノックをし在室しているかどうかを確認。返事がなかったので、その場で一時間程度留まって待った。岩崎参与がいないことを確認したのであきらめて自分が乗ることになる戦術機を身にハンガーへ。そこで西谷中尉と出会って戦術機トークで盛り上がっているところに突然後ろからワカメのような髪をした人、岩崎参与が『なぜ挨拶に来なかった』と文句を言ってきた。
 訳がわからない上に理不尽だ。俺は部屋を間違ってないし、時間も守った。ということは過失は参与の方にあるわけで。昼寝でもしてたんかな?

 正直言ってハズレの上司だと思う。今までも上官から嫌われたり、生意気に思われたことはあったがここまであからさまなダメ上官は初めてだ…。しかしどんな奴でも上官は上官。命令に従ってブリーフィングルームに向かう。

 ブリーフィングルームではすでにキメラ隊の隊員と思われる衛士たちがいた。しばらくして全員そろうと岩崎参与が話を切り出した。

「これから特別試験中隊、キメラズの任務について説明する。私は岩崎慎二。技術廠参与で貴様らが行うことになる新型戦術機機動実験のデータをもとに新型の修正、改良を行う任を負っている。正確には軍人ではないが、権限は大尉相当。貴様らの上官に等しい。そのつもりで接するように。口答えも無礼も許さん。」

 軍人でもないのに上官、しかも相当偉そうだな。まあ技術畑の連中は現場の兵士を軽んずるって聞くし、あんなもんなのかもしれないけど。

「では細かい点についてはオペレーターとCPを兼ねる西谷中尉から伝達する。くれぐれも私の足は引っ張るなよ。」

 そう言い捨て出ていくワカメヘアー。結局俺たちの任務については何も言わなかったな…。西谷さんに丸投げかよ。大丈夫なのか?

「河崎重工から派遣されました西谷美鈴中尉です。戦術機関連のアドバイザー、データの分析を務めます。また岩崎参与の任務を代行して皆さんに任務の説明をしたりすることになります。よろしくお願いします。では今後のスケジュールについて説明します。自己紹介などを含めたレクリエーションはその後ということで。」

 この感じだと西谷さんが基本的にキメラズのまとめ役になるのか。参与はお飾りかな?まあ何にせよ正規の衛士としてまずはこのカルカッタ基地で頑張っていかないとな。

「まず明日から一週間を目途に皆さんには新型の習熟に努めていただきます。新型は撃震とは全く違う機体なので、しっかり慣らしてください。その後、シミュレーターで連携が確認でき次第前線基地で実戦データを取ります。そのデータをもとにカルカッタ基地で改修を行います。基本はその繰り返しです。各テストの詳細はその都度お伝えします。また皆さんが乗ることになる戦術機の概要をまとめましたので、まずはお手元の資料をご覧ください。」

巧side out
 
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