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MUV-LUV/THE THIRD LEADER(旧題:遠田巧の挑戦)

作者:N-TON
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閑話Ⅲ 夕呼の歩む道

閑話Ⅲ 夕呼の歩む道

香月夕呼は自他ともに認める天才である。天才すぎて周りには変人とみられることも少なくないが、夕呼自身は凡人が自分をどう評価するかなど興味がない。学校の勉強は簡単を通り越して無意味であり、夕呼にとって日常は非常につまらないものだった。普段の楽しみと言えば友人である神宮司まりもを弄ることか、ライフワークになりつつある因果律量子論の研究を進めることぐらいだった。
そんな夕呼だったが転機が訪れる。自分の書いた因果律量子論の論文が日本政府上層部のある委員会の目に止まったというのだ。これまでも帝都大の教授などの目にとまり議論を醸してきた自分の理論であるが、こんな大事になるとは夕呼も思っていなかった。そしてそのことが知らされてすぐに帝都大・応用量子物理研究室への編入が決まった。香月夕呼、弱冠17歳の天才が世界的に大きなステージに上がったのだ。
しかし夕呼自身には自分を招いた存在が何であるのかは知らされなかった。夕呼自身もそれはどうでも良いと思っていた。ただ環境が変わるだけだ。まりもで遊べなくなるのは残念だったが、研究ははかどるだろう。そう思いその推薦を快諾したのだった。

「では!夕呼の帝都大編入を祝って!かんぱ~~い!!」
「かんぱーい。」
 香月邸ではまりもと夕呼がささやかな祝杯をあげていた。夕呼は面倒くさいと断ったのだがまりもが強引に話を推し進めたのだ。ちなみに夕呼は交友関係がきわめて少なく、友人と呼べるのは巧がいなくなった今まりもだけだったため、二人だけの超小規模なお祝いだったが…。
「夕呼が帝大かぁ。なんか寂しくなるわねぇ。」
「寂しくなるって言ってもねぇ。あんたも来年には大学受験でしょ。帝大の教育学部受けるならまたすぐに会うことになるじゃない。大したことじゃないわよ。」
「そんなことないわよ!私が受かるって保証もないし…。」
 まりもは帝大の教育学部を受験し、今の軍事志向に偏った教育制度を変えたいと考えていた。幸い成績は優秀、内申も良く、このまま順調にいけば合格する可能性はかなり高いだろう。
「なんだかみんなバラバラになっていくわねぇ…。遠田君も軍隊に行っちゃったし、夕呼は帝大だし。私だけ取り残されちゃったみたい。」
「遠田ねぇ……今頃何やってんだか。ま、確かにみんないなくなっていくわね。姉さんたちも仕事で家を出てるし。」
 香月家は早くに親をなくしてから三姉妹で暮らしていた。家の資産はそこそこあったので問題なく過ごせたし、三姉妹共に各分野で天才と呼ばれるレベルだったので金には困っていない。
「そう言えば夕呼のお姉さん達って何やってる人なの?」
「さぁ?詳しくは知らないわ。一番上は脳外科医、二番目は戦場カメラマンやってるらしいけど仕事の話はめったにしないし興味もないから。それに働き始めてからはほとんど会ってないしね。」
 まりもの手料理に舌包みを打ちながら淡々と話す夕呼。夕呼はどこまで言ってもドライな態度を崩さなかった。まさに我が道を行くと言った様子である。
「しかしあんた料理の腕上げたわねぇ……、良い奥さんになるんじゃない?相手がいればだけど…クスッ。」
「ぐっ…。」
まりもの悩みは彼氏がいないことだった。いや美人でスタイルが良く、性格も穏和なまりもはもてるので彼氏は出来るのだが、何故か長続きしないのだ。その理由は…………酒、とだけ言っておこう。男どもがまりもとエッチをするために酒を飲ませ、まりもが気がつくと何故かぼろぼろになった男が横たわり、次の日には別れ話になる。その繰り返しだった。
「そ、そういうあんただって彼氏いないじゃない!」
「わたし?私はいるわよ~。彼氏っていうより玩具だけど五人ぐらい。」
「な、な、何ですてぇ!?そんなの聞いてないわよ!ていうか五人って…!?」
「ほら、私友人少ないでしょ?べつにそれは良いんだけど学校で手足になる奴が欲しくてさぁ。何か告って来たから条件付きでOKしてあげたわけよ。エッチなし、デートなし、絶対服従って条件。そういうやつが五人ぐらいいるのよ。気が向いたらそういうこともあるかもって言ったらほいほい頷いちゃってさ。」
「そ、それは彼氏って言わないんじゃ…。」
「良いのよ。私は便利な駒が欲しかった、あいつらは夢を見たかった。ギブアンドテイクよ。」
「………。」
 夕呼が何もギブしていないと思うのはまりもだけではないだろう。唯我独尊、これほど夕呼に合う言葉もない。
「まぁ本命がいないって意味ではまりもと同じか。でも面白い奴が居なくてねぇ。」
「じゃあ何で遠田君振ったのよ?男の子の中で唯一あんたと話せる人だったのに。」
「遠田ねぇ…、まあ確かにスペックは高かったわね。私の振る話題についてこれたし良い奴だったわ。でも精神的に子供なのよねぇ。」
 『年下は性別認識圏外』というのは夕呼がよく男を振る時に使う言葉だが、これは夕呼の精神年齢が成熟し過ぎていて年下の男がつまらなく見えるからである。巧も周りからすれば精神年齢が高い方だった、夕呼のそれは賢者が悟りを開かんばかりのもの。相手が悪すぎたのである。
「まあ別に困らないでしょ。使い走りはいるし、性欲解消する方法なんていくらでもあるし。」
「はぁ……あんたねぇ…。」
 友人の独善っぷりに空いた口がふさがらないまりもであった。



夕呼side

 帝大に編入して数カ月経つが、研究は極めて良好だ。何より政府から出てくる研究資金がありがたい。最新の設備に一日中研究に費やせる時間。やはり帝大に来て良かった。
 しかし気になることもある。一つは何でこの研究にこれほどの資金が出るのか。もう一つは教授陣や政府のお偉いさんが指定する研究の方向性が偏っているのは何故かということだ。
 因果律量子論は確かに既存の概念を覆す新しい切り口の理論であり、証明できれば世界の在り方そのものを変えてしまうようなものだが、そういった理論系の先端研究は昨今冷遇される傾向にある。BETA大戦が始まってからというもの大学の研究も機械、素材、電子などと言った兵器に転用できる部門に特化している。私の理論はそういった類のものではない。
 そして上からの注文が鬱陶しい。確かに補助金を出すのは政府なのだからある程度の要求は当然だが、その要求が『他の生物の意思を読み取る翻訳機』とは一体どういうことか?全く理解できない。それなら生物学科か言語学科の研究室に依頼するべきだろう。確かに私の研究が実を結べばこれまでにないレベルの演算能力を持ったコンピューターができるし、それを使えばそういったこともできるかもしれない。しかしそれはあくまで研究の副産物であり、理論証明の一段階でしかない。そもそも高性能コンピューターが目当てなら兵器転用狙うはず。それが『翻訳機』である。
 疑問に思った私は担当官として研究室に訪れた榊是親外務大臣に疑問をぶつけた。
「榊さん、研究資金を提供してくれていることには感謝しますが、私の研究がいったい何に使われるのか教えていただけませんか?」
「ほう…何故そんなことを知りたがるのかね?」
「そうですわね…使用目的が明確ならより早くお望みの結果を出せるから…という理由はどうですか?」
「はっはっは!心にもないことを。君の性格は分かっているつもりだよ。単にその理由が面白そうなだけだろう?」
「お見通しでしたか。でも事実ですわ。何を目的とし、何を何に翻訳するのかが明確なら研究もはかどります。」
「そうかね。ふむ……君はどう考えているんだ?自分の研究が何に使われると思う?」
「そうですわね………巨額の研究資金を因果律量子論という突拍子もない研究につぎ込んでいること。内容が『生物の意思を読み取る翻訳機』ということからBETA戦争で使われるものと推測できますが。」
「的を射た推論だね。正解と言っておこう。」
「ありがとうございます。しかしそれだけでは足りません。」
「何がだね?」
「なぜ因果律量子論がそこで注目されるのか。その疑問に目を瞑ったとしてもBETAの生態について知らなくては私としてもどうしようもありません。」
「なるほど………。」
 私の言葉に榊大臣の言葉が詰まる。何か明かしてはいけない秘密でもあるのだろうか?
「私としても時間は惜しい。その疑問について答えてもいいが……君は引き返せなくなるぞ。これは非常に高度な政治的問題でね。この話を聞いてしまうと君には守秘義務が生じ、この研究から降りることもできなくなる。厄介なことに巻き込まれることになるだろう。それでも良いのかね?」
「言われなくても研究は続けるつもりですし、厄介事に巻き込まれたくなければ態々こんな話はしません。覚悟しています。」
「そうか…。」
 そして私は聞いた。オルタネイティブ計画という世界規模の壮大な物語を。

夕呼side out



 もともとオルタネイティブ計画は1966年に始まったBETA(当時はそう呼ばれていなかったが)とのコミュニケーションをとる計画だった。1958年に探査衛星ヴァイキング一号が火星でBETAを発見し、その後の調査でBETAが作ったと思われる巨大建造物が存在することが判明したことで、彼らとコミュニケーションをとれると判断されたのだ。
 しかし彼らは言語を用いず、地球上の生命体が取っている通信方法もあてはまらない。そもそも本当に知的生命体なのかがわからなかった。最初の接触以降、人類は積極的に無人探査船を火星に送り調査を試みたが、そのことごとくが通信途絶。結局何も分からなかったのだ。ここまでがオルタネイティブ第一計画である。
 そしてしばらく経って1967年にサクロボスコ事件が起きる。月でBETAとの戦いが始まり、人類はBETAについて知るためにオルタネイティブ第二計画を発動した。BETAを捕獲し、物理的、生物的に調査することでBETAという異星起源生命体について知るための計画である。解剖やX線を始めとし、薬品を使った実験、人間で言えば拷問のようなものすら行ったが、分かったことはBETAが炭素系生物であるということのみ。消化器官もなく、どの様に活動エネルギーを得ているのかもわからなかった。幾つか細かいことが分かったものの、BETAという存在の核心には全く迫れなかった。
 そして1973年、地球にBETAが降り立ち地上で戦争が始まったころ、オルタネイティブ第三計画が発動し現在に至る。オルタネイティブ第三計画はソ連主導の計画であり、より戦争に有用な情報を集めるために様々な実験が行われ、BETAの情報伝播モデルが推測されるなどの成果を残している。そして現在ソ連で研究が進められている人工ESP発現体を使い、BETAの思考を直接読み取る計画が進められているのである。

 オルタネイティブ計画は国連が推し進める巨大計画であり、計画を主導する国は国連のバックアップを受けたいBETA戦争の主導権を握ることができる。それはつまり国際的な発言力を持つということにつながるのである。
 現在日本は第三計画が失敗した時の予備計画としてオルタネイティブ第四計画を国連で発表しようとしている。そこで選ばれたのがいくつかのプランの一つが夕呼の論文だった。オルタネイティブ計画の主要目的は一貫して『相手を知る』ことに終始する。これまでのBETAの動向を見るに、知的生命体なのかどうかは分らないが何らかの方法で意思疎通をしているとしか考えられない。それを計測、分析し敵の行動理念を知るためにはこれまでよりも遙かに高性能なコンピューターがいる。そしてそれを成しうる理論が夕呼の因果律量子論である。この理論が実証されれば圧倒的な処理能力を持つ並列コンピューターができる。その演算能力を持ってあらゆる事象を観測し統計を出せば…。
 今回夕呼を帝大に招いた政府のオルタネイティブ誘致計画委員会はそう考えていたのである。



 さしもの夕呼もその壮大な計画に自分の論文が使われる可能性があると聞き驚愕していた。
「まだ帝国のオルタネイティブ第四計画案は決まっていない。今有力だと言われているのは君の因果律量子論を使うものと、帝大の応用生物科学研究室の後藤教授が推し進めているBETAブリット、つまり人間を含めた既存の生物とBETAのキメラを作ることでBETAに対抗する策を編み出そうという計画だな。どちらも途方もない計画だが…。」
 夕呼は榊の話を聞いて考える。結局のところ夕呼の生み出す高性能コンピューターを使ったBETAの解析も、後藤教授が進めているBETAブリットも、それぞれオルタネイティブ第一、第二計画の焼き直しである。もちろん時代が進み技術も研究も進んでいるので何かしら発見できる可能性はある。しかし、当時巨費を費やしても実質何も分からなかったのだ。同じような方法で確信に迫れるとは思えない。
「榊さん……私は今のまま研究を進め、仮に政府が求める性能のコンピューターを作れたとしても、計画は成功しないと思います。」
「…どうしてそう思うのかね?」
「結局第一計画の焼き直しだからですよ。人間が考えるか、コンピューターが解析するかの違いだけです。もしそれで何か分かったとしても、それは精々短期的なBETAの動向だけです。とても戦況を覆すものとは思えません。」
 先の話を聞いて夕呼が理解したこと。それは人類にはもう時間がないということだ。BETA戦争の情報は徹底的に統制され、夕呼を含めた多くの市民は状況など知りようもない。しかし夕呼は知った。ソ連のESP能力や夕呼の因果律量子論などという眉唾物に縋らざるを得ないほど人類は追いつめられているということを。
 人類が滅ぶ、そう思うと夕呼は自分の目が覚める思いだった。今までつまらなく見えた世界が美しいものに見えてくる。これまで下らないと思っていた人々の営みがかけがえのないものに思えてくる。それまで当り前と見下してきたものがいかに大切なものなのか、稀代の天才は初めて実感したのであった。
「榊さん…私は第三計画の接収を提案します。」
 救世の聖女が自らの使命に目覚めた瞬間であった。

 
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