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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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八十三 シカマルVSペイン天道

────アイツと出会った瞬間、無色透明な世界は色づいた。


夕闇が迫る。公園の遊具から長い影が更にのびていく。俺の影に、大人の影が重なる。
毎日夕方頃になると、母ちゃんの命令でしぶしぶ迎えに来る親父に、手を引かれて帰る。
そこで俺はいつも後ろ髪を引かれる。

公園の中心で、未だ佇む存在に。

一度だけ振り向いて、見た光景が脳に焼き付いた。

黄金に染まる髪。小柄な体。逆光で顔は見えないが、気を抜くと消えてしまいそうな儚い雰囲気が漂う。 
俯きながらも、こちらをじっと窺う子ども。

その光景に、何故かドクリと、心が打たれた。

アレを見て以来、その子に会うためだけに、俺はこうして来たくもない公園へ足を運ぶ。
普段なら、家の縁側でぼーっと雲を眺める俺が、漕ぐわけでもないのにブランコに座り、滑るわけでもないのに滑り台の天辺まで登る。

何の用事もないのに公園にいる自分を不思議に思ったのだろう。
目的の相手ではないが数人の子どもが寄ってくる。適当に相槌を打っていると、彼らは誘ってきた。

「なぁなぁ、今から狐狩りに行くんだけど一緒に行かねえ?」

言葉の意味を判じかねて、俺は適当に口癖ではぐらかした。

「メンドクセー」

断りの言葉を口にして、彼らと別れる。そいつらが言った言葉の意味も内容にも、その時は何の疑問も抱かなかった。


そして、空を見上げる振りをしながら、あの子の気配を探る。
けれど妙なことに、どういうわけか会えない。
毎日のように公園でブランコをひとりで漕いでいたはずなのに、と何故だか無性に心がざわつき始めた頃。

俺はようやくアイツと出会った。
思いもしない場所で。


公園から少し離れた場所には、ほとんど森と化している広場がある。
俺に狐狩りを誘ってきた子ども達がよく利用している場所だ。其処は木々に周囲を囲まれているため、昼間でも暗い。
だから夜に近い今の時間帯では闇同然。
しかしその場所にいつもとは違う違和感を覚えて、俺は暗がりの方へ進んだ。

広場の隅。ソコにはいつ出来たのかぽっかり落とし穴が出来ていた。
穴を覗き込んで、思わず息を呑む。

ずっと捜していた当の本人が膝を抱えてうずくまっていたから。

いつからそこにいたのだろう。
そういえば、最近できた友達が「狐狩りに行こう」だなんて誘ってきてから姿を見なくなっていた。
けれどあれは二日前だ。

まさかとは思うが、二日間、ずっとこの穴の中にいたのだろうか。
落とし穴に落とされ、こんな暗がりでひとり、助けを求めず。
泣くことも、助けを呼ぶこともせず。
ずっと、ひとりで。

ふつふつ、と怒りが沸き上がる。子どもがちょうどよじ登れない深さだが、誰かが引っ張り上げれば脱出できる穴だ。
だが二日間、誰も助けようとしなかった事実が余計苛立ちを募らせる。

けれどその怒りの矛先を向けるべきは落とし穴をつくった相手であって、目の前の被害者ではない。
怒りを抑えて、俺は口を開いた。

「お前、こんなとこでなにしてんだ?」

声をかけた途端、ビクリと身を縮こませる。

弾かれるように立ち上がったそいつは、穴を覗き込む俺のほうを見上げる。
髪の合間から覗くビー玉のようにきらきら光る蒼い瞳が俺の視線とぶつかった。

その瞳の輝きに息を呑む。
ハッ、と我に返って、穴の隅で再び縮こまるそいつに手を伸ばした。

ビクリと反射的に身体を強張らせる動作から、殴られるとでも思ったのだろうか。
それが日常茶飯事だと?

無性に苛立ちを募らせる。
狐狩りをしようと誘った奴らにも落とし穴を作った相手にも、そして手を伸ばす行為が殴打だと認識させた周りにも。

とにかくもなんとかして、落とし穴から助けてやりたい。
多少強引にでも穴から引っ張り上げる。
けれど小柄とは言え、同じ六歳くらいの子どもを引っ張り上げるのは、同じ子どもである自分にとっても至難の業だ。
全身全霊を使って引っ張り上げ、ようやく穴から救助できたが、勢い余って自分の身体の上にその子が乗りかかった。

軽い。軽すぎる。小柄で細すぎるその身体は同い年とは思えない。
地面に転がって倒れた自分の身体の上にのしかかっているのに、そう重さを感じなかった。

「…おい、大丈夫か?」

地面に転がった自分の上に乗っているその子に声をかける。おそるおそる顔を上げた子どもの顔が徐々に明らかになる。
初めて見たその顔を見て、俺は思わず息を呑んだ。

(うわ……ッ)

ふわふわ輝く金糸に、青空を思わせる透き通った碧眼。白い肌。
動物の髭のような痕が両頬にあるが、それすら愛嬌に思えるくらい整った容姿。

落とし穴に落ちたせいで泥だらけだが、周りの風景も景色もなにもかもが色褪せて見えた。
泥だらけで三日間も落とし穴の中にいたのに、何故か汚いなんて思えない。
むしろ──。

心臓が波打つ。なんともいえない感情が、俺を襲った。
動きが止まったまま凝視する俺を、不審がったそいつは上目づかいで見つめている。

途端、我に返って弾かれたように俺の身体から飛びのいた。
寸前まで感じた相手の体温を少しばかり惜しいと思いながら苦笑する。

案の定、脱兎のごとく逃げようとしたそいつを、俺は最近やっと覚えた術で捕まえた。
身動きが取れなくなったその子どもは、ますます脅えだす。

「べつになにもしねーよ、メンドクセエ」

とにかく宥めようと、俺は両手を挙げて降参のポーズをとる。俺と同じように動作をした子どもが、おそるおそるこちらを見た。
怖がらせるのは本意ではない。術を解くと、体の自由を取り戻したそいつは俺からすぐさま離れた。

逃げるかと思ったが、そいつは公園の滑り台の後ろにピャッと隠れて、そこからチラチラ俺を気にしている。
その様子に含め笑いを抑えながら、俺はまた声をかけた。

「俺は奈良シカマルってんだ。お前は?」



興味も生き甲斐もなに一つ湧かなかった。いつでも世界は無色透明にしか見えず、空ばかりを見上げていた。

俺の、無色透明な世界に一番先に彩りを加えたのは、金と青だった。

鮮やかな金の髪は、世界中の黄金を掻き集めてもその輝きを損ねない。
空よりも透き通った綺麗な青い瞳に、吸い込まれそうになる。


―――太陽を背に佇んだ存在は、俺の世界を照らす色鮮やかな光となった。

だから。









「……だから、俺の太陽をそう簡単に奪わせてなるものかよ」


独り言染みた決意を口にする。
目の前には木ノ葉の里を壊滅させた強敵。優秀な忍び達が束になっても敵わない存在。
『暁』のリーダーであるペインを前にして、奈良シカマルは拳を握り締める。


遠い昔、初めて波風ナルと出会った頃を思い出した。
四代目火影と同じ波風という姓から表立って危害を加えられない親に言い包められた子ども達から苛めを受けていた彼女はずっと、ひとりだった。
幼き時から暗部の監視がついていたが、その暗部自体もナルに対して好意的ではなく、落とし穴に落とされても誰も助けようとしない。
一部の暗部でさえそうなのだ。里の大人も陰口を叩いては、自分達の不満を小さな子どもにぶつけ、嫌悪する日々。

しかしながらこれでもまだマシなほうだった。
四代目火影の姓に変わる以前の四歳頃まではもっと酷い扱いを受けていたらしい。
それこそ、死んでもおかしくないほどの。

そんな胸糞悪い過去を乗り越えて、今の彼女がいるのだ。

シカマルと出会ったばかりのナルは現在の明るい彼女とは対照的に口数が少なく、物静かでおとなしい子だった。
同世代の子どもはまだしも、大人に対して特に怯えており、当初はとても歯痒いものを感じていた。

シカマルを始め、父であるシカクと母のヨシノが根気よく接し続けた結果、少しずつ心を開き始めてくれたのだ。
最初の頃は読み書きも得意ではなく、シカマルのことを「しか」と呼んで雛鳥のように後ろからついて回っていた。
そうして、チョウジ・キバ・いのと知りあって、本来の明るく無邪気な彼女になったのだ。

その彼女が今では木ノ葉の里を守ろうと必死で戦っている。
過去にどれだけ酷い目に遭って、理不尽な辛いことばかりその身に受けて。
それでも。

傷だらけで血だらけで地面に這いつくばりながらも諦めない、その瞳の青が。
昔から変わらない、空よりも透き通った綺麗な青の瞳が。
シカマルは好きだった。


だからその瞳が曇ることが。シカマルにとっての太陽が陰ってしまうことが。
どうにも我慢ならなかった。




「増援か…」

【影真似の術】で動きを封じられたにもかかわらず、平然とした面持ちでペイン天道が術者を睨み据える。
標的をシカマルに定めた敵に青褪めて、ナルは「な、なんで…」と震える唇で叫んだ。

「なんで来ちゃったんだってばよ…!!早く逃げろってば、シカマル…!!」

必死に叫ぶナルに視線を投げる。
ペインによって地面に杭で縫い付けられている痛ましいその姿に、シカマルは唇を噛み締めた。

「ナル…お前はいつもそうだ。無理ばっかしやがって…!俺達の為にどこまで…」

あれだけ辛い過去があっても、それでも猶、里の為に。
木ノ葉の里に住まう人々の為に。
そしてなにより自分達仲間の為に、己を犠牲にして戦うその健気な姿に、シカマルは独り言のように悔しげに呟く。

「今までだって俺らのこととなると手抜きも妥協もしねーから…お前の前だと俺もめんどくさがったりできなくなっちまっただろ…」

シカマルの独白染みた言葉に、ナルは眼を見張る。

「な、なに言ってんだってばよ…!?いつもみたいにメンドクセーって言ってくれってばよ…!」

自分を助けようとしないでくれ。めんどくさいと言って逃げてくれ。
頼むから早く此処から立ち去ってくれ。

そう心から願うナルの心情が手に取るようにわかる。
だけどシカマルはここで退くわけにはいかなかった。

「……おまえが今まで一人で辛ェーこと腐るほどやり抜いてきたこと……俺は後で知った」

急に語り始めたシカマルにペインは怪訝な顔をする。
一方、意味がわかったナルは顔を曇らせた。

木ノ葉の里でかつて自分が幼き頃、どんな仕打ちを受けてきたのか。
シカマルと出会うまでの辛い日常を、思いだしたくもない過去を、そして霧がかかったように思いだせない昔の、四歳以前の日々を。
そんな過去の出来事を蒸し返すシカマルを、ナルは困惑げに見つめる。

「もう今はそんな思いをこれっぽっちもさせたくねェ…とにかくそう思いたくなんだよ…ナル…おまえと一緒に居るとよ」

目線こそ、無言で佇むペイン天道を油断なく見据えていながら、シカマルの言葉はナルにだけ注がれていた。

「おまえといると…俺はこいつと一緒に歩いて行きてぇ…そう思わされんだ」


そこで言葉を切って、シカマルはペイン天道を真正面から睨みつける。
今度は警戒すべき敵に向かって、彼は印を結んだ。

「だから、こいつが火影になった時、俺が隣に居てやらねェーと。ナルの相談役に俺以上の奴はいねーからよ」

だから諦めろ、と暗に告げるシカマルに対し、ペイン天道は顔色ひとつ変えず、「残念だが、その夢は叶わん」と一蹴した。

「九尾の人柱力は連れていく」
「そうかい───忍法・【影首縛りの術】!」

予想通りのペインの返答を聞くや否や、シカマルは術を発動させる。
【影真似の術】で動きを封じてからの【影首縛り】。
足止め用の【影真似の術】を暗殺用へと発展させた応用忍術。
物理的な力を有する影を変形及び移動させることで直接対象の身体に負荷をかける術だ。

見動きがとれないまま、じわじわと首が締まる恐怖に、普通の人間ならば血の気を失うはずなのだが──。

(…こいつ…恐怖心がないのか!?)

眉間に皺を寄せ、内心悪態をつく。
顔色ひとつ変わらないペインを注意深く観察しながら、シカマルは(……いや、)と認識を改めた。

(もしや、痛覚がないのか?)

ならば合点がいく。
里のあちこちでペイン六道と対峙した忍び達からの情報や、ナルに倒された天道以外のペイン達の戦い方。
何れも怪我を負うことも傷つくことも厭わない、自分の身を顧みない戦闘スタイル。
それはつまり。

(最初から痛覚を感じる神経でもシャットダウンさせているのか、それとも)

シカマルが真実に辿り着きそうになる寸前、ペイン天道の身体が僅かに自由を取り戻す。
【影真似の術】を強引に解こうとするペインに対抗して、シカマルは更にチャクラを練り上げた。
しかし。

(…ッ、くっそ…!なんつー力だ…ッ)

こんなヤバいヤツと戦っていたのか、と改めてナルに感心する。

【影首縛りの術】は対象との距離が近ければ近いほど強い力で縛ることが可能である術だ。
にもかかわらずこの近距離で縛っても押し返し、更に術を強引に解こうとするペインと自分との力量差が窺える。

少しでも集中力を欠けば即座に【影真似の術】は解かれるだろう。
純粋なチャクラの力比べをしているようなものだが、既に身体の自由を取り戻し始めているペイン天道との圧倒的な力の差を思い知って、シカマルは歯噛みする。

「…相手の動きを封じる。なるほど便利な術だ。だが、そのぶん、持続力はないだろう。術が解けたその瞬間がおまえの最期だ」

冷静に【影真似の術】を分析したペイン天道の発言に、シカマルの印を結ぶ指から冷や汗が滴り落ちる。
その通りだ。もう一分ももたない。
その上、【影首縛りの術】はチャクラ消費量が激しすぎる。

影が揺らめく。とうとう、ペイン天道の足元に繋がっていた影が、ぷちり、と途切れた。
直後、ペイン天道はシカマルを殺そうと手を掲げる。

瞬間、背後から、風を切る音がした。
反射的に後手でつかみ取る。掴み取ったソレを見た天道は背後を振り返った。


そこには、今しがた【影真似の術】で己を縛っていたシカマルと同じ姿があった。

「…なるほど」

後ろから投擲されたクナイを難なく掴みとったペインは得心がいったように頷く。
【影真似の術】という相手の動きを封じるタイプの術からして、波風ナルの増援である目の前の忍びは遠距離戦を得意とするのだろう。

遠距離タイプは基本、術者は安全な場所に隠れて、注意を他に引き付けて、隙を見て攻撃するのが定石。
ならば寸前まで自分の動きを封じていたシカマルは影分身で、背後からクナイを投げてきた相手こそ、本体に違いない。

即座にそう推理して、ペインはクナイを投擲してきたシカマルに狙いを定める。
【影真似の術】で先ほどまで動きを封じていた相手を無視して、本体であろうシカマルを術で強引に引き寄せた。

「お返しするよ」

引力を操り、相手を引き寄せる術である【万象天引】。その術でシカマルの身体が勝手に引き寄せられる。

引き寄せられたその先で、クナイが鈍く光った。
奪ったクナイの切っ先を向けるペインに、ナルが目を見開く。

「…や、やめろ…」

天道が何をしようとしているのか理解して、縫いつけられた地面から立ち上がろうとする。
懸命に地面を引っ掻き、両手の指から何れも血が出ていたが、それすら構わず。
必死で叫ぶ。

「やめ─ッ、」

しかしながらナルの制止の声もむなしく。

クナイの切っ先はペインによって強制的に引き寄せられたシカマルの腹を貫通した。









ボンッ。
「!!??」



シカマルの身体を貫いたクナイの切っ先が空を切る。
立ち上る白煙を目の当たりにして、初めてペインは驚きで眼を見開いた。

(…!?こっちが影分身か…!)

瞬時に、後ろを振り返る。ならば【影真似の術】で動きを封じてきた相手こそが、シカマル本人か。

見事に騙されたペイン天道は、すぐさま視線を滑らせた。その特殊な紫色の双眸が、ナルのもとへ駆け寄るシカマルの姿を捉える。
最初から九尾の人柱力の解放だけを目的にしていたのだと把握して、そうはさせまいと再度手を翳した。

再び【万象天引】の術で引き寄せたシカマルの首を締め上げる。
そのままペインは勢いよくシカマルを地面に叩きつけた。

地面が陥没する。
シカマルを中心にして罅割れる地割れの深さから、その凄まじい力が窺える。
血を吐いたシカマルの首を締めながら、冷静に、今度は影分身ではない事実を判断するため、ペインはわざと片足の骨を折った。

「ぐあ…ッ、」

足を折られ、凄まじい激痛にシカマルが苦悶の声を漏らす。
影分身かどうか確認する為とは言え、平然と骨を折るその顔は何の感情もない。

「どうやらお前は本物みたいだな」
「…くっ、」

白煙と化さない自分を本物だと認識したペイン天道に向かって、首を絞められながらも、シカマルは隠し持っていた忍具を投げつける。
それを、頭を軽く巡らすことで天道は容易に回避した。

空に吸い込まれるように天へ投擲される小刀。
それを白けた顔で仰ぎながら、ペインは袖口からナルを地面に縫い付けたモノと同じ杭を取り出す。

「どこに投げている?おまえ如きの力で、この俺に挑もうとは愚の骨頂だ」

淡々と杭を振り上げる。
その切っ先が今度こそ、シカマルの腹を貫く寸前、ペインの動きが止まった。

「…な、に…」

串刺しにしようとしていた杭の切っ先が、シカマルの腹に当たる手前で、止まる。

否、ペインの手が動かなくなったのだ。

身体を縛るその力には覚えがある。つい先ほど、身体を動かなくされた術。
しかし目の前のシカマルは印を結んでなどいない。

(何故だ…!?)

身体の動きが止まったペインの隙をついて、首を締め上げていたその手から逃れる。
咳き込みながらも再び、ナルのもとへ向かおうとするシカマルだが、折られた足のせいで上手く進まない。

片足を引き摺って懸命に駆け寄るシカマルを視線で追いながら、ペインは強引に己の首を巡らせた。
自分の動きを封じている原因を突き止めようと後ろを振り返る。

其処には、己の影に刺さる刃物があった。

先ほど、シカマルが自分目掛けて空へ投げた小刀。
それがチャクラ刀だと気づいたペイン天道は、ハッ、と輪廻眼を見開く。

(もしや真上へ投げたのは俺が避けるのを見越して…!?)

【影真似手裏剣の術】。
あらかじめ己のチャクラを吸引させ、影術の効果を付与させた武器で対象の影を射抜くことにより、動きを封じる術だ。

シカマルは首を絞められ、その苦しみから逃れる為に忍具を投げたのではない。
ペイン天道が回避する前提で、あえて真上へ投擲したのだ。空へ投げたチャクラ刀の飛距離と、ペイン天道の影へ落下するまでの時間を計算した上で。

「…なるほど。なかなかどうして頭が切れる」

珍しく称賛の言葉を口にし、ペイン天道は波風ナルのもとへ辿り着けたシカマルへ視線を投げる。
今まさに杭を抜こうとするその手へ、【影真似手裏剣の術】で動きを封じられているにもかかわらず、ぎこちないながらも強引に術を発動させた。


「【神羅天征】」




直後、地面が割れる。
シカマルの身体がナルから弾かれると同時に、ペイン天道の足元の地面が抉られた。


当然、ペインの影を射抜いていたチャクラ刀も、その衝撃で外れてしまう。
空高く弾き飛ばされながら、シカマルは自由になったペイン天道の姿を見下ろして、眼を剥いた。

(あの野郎…!地面を割ることでチャクラ刀を引っこ抜きやがった…!)

だが、ペインのその行動に既視感を覚える。
そうだ、確か、『暁』の角都・飛段の不死コンビを分断し、飛段をやっとの思いで地中深くに埋めたと思った矢先に現れた謎の人物。
飛段を救出した白フードを【影真似の術】で動きを止めたものの、数分ももたずに逃亡を許してしまった。
その際に白フードが取った手段がペイン天道と同じではなかったか。

地面を割ることで影から逃れ、強引に拘束から脱した白フードの姿が脳裏に過ったが、今はそんなことを思案する余裕がシカマルにはなかった。


空中で印を結ぶ。
自分が高く飛んでいても、影は落ちる。その影が揺らめいたかと思うと、針のように鋭く伸びあがった。

「忍法・【影縫い】…!」

影が糸を縫うように細く地を這う。針の如く蠢く影はペイン天道を捕らえんと縦横無尽に地面を奔った。
糸のように拘束しようと、或いは針のように突き刺そうと蠢く影の猛攻に辟易としていたペインはハッとする。

(そうだ、こいつの狙いは九尾の人柱力…!)

地面に杭で縫い付けた波風ナルの解放。せっかく捕らえた人柱力を逃がしてなるものか、と天道は視線をナルへ向ける。
案の定、影がナルの杭に纏わりついていることに気づいたペイン天道は注意をシカマルから逸らした。
その隙を見逃すわけがない。

「【影寄せの術】!」

瞬間、ペイン天道の身体がぐいんッと空高く舞い上がる。
不可解な出来事にペインは空中で眼を見張った。

つい寸前まで地上にいたはずなのに、いきなり空へ放り出されている。
その原因はすぐにわかった。自分の身体に纏わりついている影だ。

(影の触手で掴んだモノを引き寄せる術…それを使って俺との立ち位置を入れ替えたのか!?)

空中で浮遊していたシカマルは、影で引き寄せたペイン天道を吊り上げ、逆に自分が地上へ下降したのだ。
【影寄せの術】の引き寄せる力と、自分の体重を上手く利用し、ペインと自分の位置を入れ替えた。

更に、九尾の人柱力を奪われまいとナルの傍に駆け寄った瞬間を狙う。
よって、シカマルは目論見通り、波風ナルに覆い被さるようにして地上に戻ることができた。

「し、シカマル…」

空へ放り出されたペイン天道と入れ替わりに、自分を守るように覆い被さるシカマルを、ナルは不安げに見上げた。

「ナル…おまえ、やっぱスゲぇよ…」

肩で息をしながら、荒い吐息の合間にシカマルはあえて余裕そうに笑ってみせた。

「俺じゃ【影分身】一体つくるので精一杯だったぜ」



まず最初にペイン天道を【影真似の術】で動きを止める前に、シカマルは前以て【影分身】をつくっておいた。
自分が遠距離タイプだとペインに即座に看破されることを見越して、影分身にクナイを投げさせる。
そうすれば影分身のほうを本体だと考えたペインによって、シカマル自身は天道の注意から逸らされる。

その隙にナルのもとへ向かおうとしたが、やはり流石は里を壊滅状態に追い込んだ強者。
そう易々とナルへ近づけさせてはくれない。

影分身を始末したペイン天道に首を絞められるも、隠し持っていたチャクラ刀をわざと外すようにして空へ投げ、ペインの影へ落下するように計算した。
再び動けなくなったペインの攻撃範囲内から抜け出し、ナルのもとへ今度こそ駆け寄ろうとしたが、地面を割られたことでチャクラ刀の拘束から逃れた天道に術で空へ弾き飛ばされる。

空中に飛ばされるも、自分の影と割れた地面の影を利用し、【影縫いの術】でペイン天道を翻弄。
ナルの杭を抜くと見せかけ、ペインの注意が自分から逸れた瞬間を狙い、天道の身体に秘かに纏わりつかせた影を【影寄せの術】で引き寄せる。
空中へペインを影でぶん投げ、逆に自分が目論見通り、ナルのもとへようやく辿り着けたというわけだった。


「攻撃ってのは一手目は騙しのフェイク。二手目を当てるのが基本なんだが…おまえのもとへ来るだけで一苦労だぜ」
「し、シカマル…」
「なに、しけた顔してんだ。おまえはそんな顔より…」

ペイン天道によって杭で地面に縫い付けられて動けないナル。
そこへちょうど覆い被さるようにして地上へ降下したシカマルは、早速杭を二本抜く。

実は【影縫いの術】で二本は既に抜いていた。
七本目の杭を刺そうとしたペインの行動は、最初の【影真似の術】で阻止できた為、残り二本。
その内の一本の杭を、ナルに話しかけながらシカマルは急いで抜こうとした。
だが。

「ぐ…ッ、」

シカマルの左肩を、杭が貫いた。


「し、しか…ッ」

鮮血がナルの頬にかかる。
シカマルの肩から噴出した血が、呆然と見上げるナルの顔に注がれた。

空中から、杭を凄まじい勢いでシカマルに投擲したペイン天道が無表情で手を掲げる。
その術が発動する前に、シカマルは左肩の激痛を無視して、ナルの杭を力任せに抜いた。

「【神羅天征】」
「が…ッ、」


空を舞う。
血飛沫をあげながら弧を描くシカマルを、ナルは大きな瞳を更に大きく見開いて仰いだ。

全てがスローモーションに映る。
それは空へ投げ出されたシカマルも同じだった。

(ああ…)

ナルの声ならぬ叫びが聞こえる。
絶望と哀しみが入り雑じった茫然自失とした彼女の顔は今まで見たこともない表情だった。

(そんな顔をさせたかったわけじゃねぇ…)

朦朧とする意識の中、ナルの顔だけがシカマルの瞳に映る。
最後の力を振り絞って抜いた杭が、手から滑り落ちた。


(俺は…おまえにはいつだって…笑顔で、)


直後、シカマルは地面に激突した。













息を呑む。
手の甲に突き刺された最後の杭のせいで、未だ自由になれないナルは必死でシカマルの名を呼んだ。

「しかまる…しか…っ、しか…!」

動揺しすぎて昔の呼び方をしていることにすら気づかない。土煙が高く舞い上がっていて、視界は不明慮だ。
けれどその土煙の高さが、シカマルが落下した衝撃の強さを物語っていた。

「しかァ…!!!!」

幼い頃のシカマルの呼び名を懸命に叫ぶナルを嘲笑うように、ペイン天道は墜落したシカマルのもとへ近づいた。
そうして、見せつけるかのように一度、ナルにちらりと視線を投げる。
なにをしようとしているのか察して、ナルは絶叫した。

「やめろォ…!!!!」

黒い杭を振り翳す。ナルを串刺しにしたモノと同じ鋭いソレをシカマルに刺そうとした天道は、一瞬、その腕を止めた。
頭から血を流しているにもかかわらず、シカマルの口許がにやり、と笑みをかたどった。


「【影真似の術】成功」


その言葉にペインは咄嗟に自分の足許を見下ろした。
不用意に近づいたのがマズかったか、と影を見る。

だが、自分の身体は自由に動ける。
ハッタリか、と警戒を僅かに解いたペイン天道の背後で、カラン、と音がした。




何かが抜ける音。
後ろを振り返る。そこには地面に転がる、最後の杭があった。

九尾の人柱力を地面に縫い付けていた最後の砦。
ナルの手の甲から杭を抜いた影が、しゅるり、と音もなくシカマルの影へ戻ってゆくのを、ペインは視界の端に捉えた。

(こいつ…!)

苦々しげにシカマルを見下ろす。

最初からこいつは自分に勝とうとは思っていない。
一撃を入れようなどと微塵も考えていない。
ただ、波風ナルの自由だけを求めていた。

つまり、最後の言葉もわざとペインに足元に注意を向けさせ、ナルの手の甲の杭を抜くことが本命だったのだ。

「なるほど確かに。おまえは火影の補佐役になれる器の持ち主だ」

ナルの影と自分の影を繋げることで、最後の最後で全ての杭を抜いたシカマルを憎々しげにペインは見下ろす。

「だがその優秀すぎる頭脳、ここで散っておけ」

そうして今度こそ、自由になった波風ナルの目の前で。
ペイン天道はシカマル目掛けて、杭を振り上げた。


















グサリ、と貫通する音が、戦闘で荒れ果てた大地に轟く。
地面にゆっくり広がる血だまり。













「ちょうどこんな風にだったか…俺の両親もお前達木ノ葉の忍びに目の前で殺されたんだが…」

ペインの声が遠くに聞こえる。

「愛情があるからこそ犠牲が生まれ…憎しみが生まれ…痛みを知ることができる」

そんな言葉など、耳からすり抜けて、ナルは目の前の光景を見る。
シカマルのおかげで自由の身になった途端に、突き付けられた残酷な現実に、ナルは呆然と立ち佇んだ。

空のように透き通った瞳の青が、赤い血を映し出す。



赤い、紅い、あかい・・・。


ぷつり、と切れる音がした。





瞳の青が真っ赤に染まる。
金の髪が怒りに呼応し、空へ逆立って波打った。

二つに結わえられた髪留めが弾き跳び、長い金の髪が九尾の尻尾のように宙を舞う。
瞬間、ナルの身体からチャクラが迸る。







壊滅状態の木ノ葉の里の中央。
その中心で、獣が慟哭した。






































「おい、そこのおまえ、大丈夫か!?」

壊滅した木ノ葉の里。
ペイン天道によって崩壊させられた里で怪我人を治療する為に駆けずり回っていた綱手は、倒れ伏せた人を見つけて駆け寄った。

シズネ・いの・ヒナタにも怪我人の治療にあたってもらっている。
波風ナルがペイン天道と戦っている今、五代目火影である自分が率先して里人を守らねば、と使命感に燃えている彼女は、ひとり残らず助けてみせると意気込んでいた。

奇跡的に死者はいない。その原因が二尾・三尾・四尾・五尾・六尾・七尾の人柱力の功労によるものだという事実は流石の五代目火影も知らなかった。

ただ、自分はとにかく目の前にいる怪我人を少しでも多く救わねば。
それができなくてなにが火影か。

だが彼女は目の前の患者を救うことしか見えてなかった。
周囲が人気がなく、妙に静かだという違和感に気づけなかった。


「おい…!」

倒れ伏す相手を抱き起す。
怪我を治療しようとした途端、綱手の腕に何かが巻き付いた。

「な…っ」

蛇。無数の蛇が綱手の腕に絡みつく。その蛇は助け起こした相手から伸びていた。

(大蛇丸…!?いや、)

墨の蛇。墨で出来た蛇が綱手の腕を拘束する。
同時に、蕾が花開くように、墨の蛇を衣のように纏っていた相手が、綱手に囁いた。

「……ごめんなさい…」

見覚えのある髪の色。桃色の髪が視界に翻る。

「さ…くら…」

瞬間、腹部に凄まじい衝撃を受ける。
ぐらり、と視界が傾き、地面に頭を打った綱手は、朦朧とする意識の片隅で見た。








「──よくやった」


墨の蛇を操っていたサイと、綱手の不意をついたサクラ。
自分の部下達を下がらせて、杖をついて近づく男。
意識を失ったふりをして横たわった綱手の顔を覗き込むようにして現れた影がほくそ笑む。

「…そういえば、どこかの小僧が言っていたな」

木ノ葉崩しが始まる直前。中忍本試験真っ只中、ひとりの子どもと取引をした。
その子どもが言い放った言葉を今でもよく憶えている。


「民あっての王…そうだな…ククク…その通りだ」


民がいなければ王は成り立たない。
つまり民さえ無事なら王は取って代わっても構わない。

だからこそ、綱手が怪我人の治療をするのを黙って見送っていた。
ある程度里人が助かるまで泳がせておいた。

そうして部下の【根】に探らせ、もうほとんど重傷者はいないと判断し、サイとサクラを使って事を起こしたのだ。
特にサクラなら油断すると踏んでの命令だった。


「ご苦労だったな…おまえはもう用済みだ」


今ならペインを犯人に仕立て上げられる。この好機を逃してなるものか。

木ノ葉の暗部養成部門『根』の創設者であり、『忍の闇』の代名詞的存在。
薄闇から杖をついて現れた影―――志村ダンゾウはうっすら嗤った。











「火影の玉座、明け渡してもらおうか…綱手姫」
 
 

 
後書き
今回むちゃくちゃ長くてすみません…!
そしてもっと賢ければ、もっと上手い戦闘描写ができたかも…すまないシカマル…私にはこれが限界だった…(泣)

でもシカマルの台詞は原作で実際に言っていたものです!
そして最後のページは実際にこーゆー展開あったかもしれない…と思いまして…!

シカマルの能力、結構ペイン相手でも奮闘できそうと思うんですがどうでしょう…!?
次回もどうぞよろしくお願いいたします! 
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