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続・プレイボール ~ちばあきお「プレイボール」“もう一つの続編”~

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第5話 チームを信じろ!の巻

 
前書き
東信彦(ひがしのぶひこ):オリジナルキャラクター。和歌山の強豪・箕輪高の元エース。三年生。前年に出場した春の甲子園(選抜大会)で、チームを初出場初優勝に導いたものの、その時の登板過多で肩を故障し、現在はリハビリの日々。武士のように求道者的な質だが、意外にひょうきんな一面もある。


箕輪(みのわ)高校:和歌山の強豪県立校。元々は県内でも中堅校だったが、東の入部により大きく飛躍。初の選抜出場、さらに初優勝も果たす。

 優勝の代償により、夏以降はエース東を欠くことになったが、残されたメンバーが奮起。秋の地方大会を勝ち抜き、二年連続の選抜出場を遂げた。選抜では二回戦で敗れたものの、後の優勝校と熱戦を演じたことで、夏も期待されている。 

 
1.予期せぬ訪問者
 

 金曜日。ホームルームが終わると、イガラシはすぐに部室へと向かう。
 階段の手前で、背後から「よぉ」と声を掛けられた。振り向くと、二年生の加藤正男が、長身をのぞき込むようにして立っている。
「イガラシ、ちょっといいか?」
 明朗な加藤にしては珍しく、表情が険しい。
「はい。なんだか、深刻そうですね」
 一つ思い当たることはあった。もしその件なら、適当に答えるわけにはいかない。イガラシは、自然と身構える。
「ううむ。まぁ、今すぐどうこうってワケじゃないんだが」
 並んで階段を降りながら、加藤は話を切り出した。
「佐野、おぼえてるだろ? 青葉学院の」
「えっ。ああ……」
 ちがったか、と胸の内につぶやく。当てが外れたような、少し安堵するような、妙な気分になる。
「なんだよ、気のない返事して」
「あっいえ。その佐野さんが、どうかしましたか」
 青葉学院の左腕エース、佐野。小柄な体躯ながら、伸びのある速球と鋭い変化球を武器に、春の選抜と夏の選手権を立て続けに制すなど、数々の栄光を手にした。
 イガラシら墨谷二中出身メンバーにとって、佐野はまさしく因縁の相手だ。通算三度、いずれも地区大会の決勝で相まみえ、文字通り死闘を繰り広げている。
「佐野があれから、強豪の東実に進んだというのは、知ってるか?」
「はい、丸井さんから聞きました。しかも、昨秋のブロック予選決勝で、うちと対戦したそうですね。なんでも、かなりレベルアップしてたそうで」
「ああ。はっきり言って、昔とは段違いだ。けど……俺がいちばん心配してんのは、佐野本人のことじゃねぇんだ」
 加藤の口調が、段々と憂いを帯びてくる。
「これは知り合いの、違う学校の野球部に入ったやつから聞いたんだけどよ」
「ええ」
「昨年と今年、東実は青葉出身が増えているらしい」
 ほどなく一階まで辿り着く。玄関で靴を履き替えながら、イガラシは尋ねた。
「それって……まさか、佐野さんを頼みにして?」
「どうも、そうらしい」
 加藤はうなずき、溜息をつく。
「名門青葉の卒業生ともなりゃあ、全国に引く手あまただ。そいつらが佐野を筆頭に、東実へ結集したとなれば」
「へたすりゃ谷原に匹敵するほどの、かなり強力なチームが作られそうですね」
「そういうことだ。おまけに、うちは一度、東実に勝っちまってる。つぎ、もし当たる時は、やつら血眼になって向かってくるだろうよ」
 イガラシは手の甲で、額の汗を拭く。
「やはり激戦区。敵は、谷原だけじゃないってことですか」
 ふふっと、含み笑いが漏れる。加藤がぎょっとして目を見開いた。
「……おまえ、なんだか楽しそうだな」
「そりゃそうでしょう」
 正直に答える。
「目標はむずかしければむずかしいほど、やりがいがありますから」
「ははっ。変わらねぇな、おまえのそういうトコ」
 快活に笑った後、加藤は「ところで」と問うてくる。
「さっき、おまえもなにか言いたそうにしてたけど」
「あ……いえ、べつになんでも」
 イガラシは、ひそかに溜息をついた。
(言えねぇよな。いくら付き合いの長い、加藤さんでも。谷口さんが、ケガを隠してるかもしれない、なんてよ……)
 二人でなんだかんだ話しながら、部室の数十メートル手前に差し掛かった時だった。
 校舎横の花壇の前に、学帽を被った長身の少年が佇んでいる。二人の姿を見ると、「すみません」と話しかけてきた。
 少年の出で立ちは、白地のワイシャツにグレーのズボン。墨高の制服ではない。
「野球部の方でしょうか?」
 そうですが、と加藤が答える。
「ぶしつけにすまない。私は、和歌山県の箕輪(みのわ)高校野球部、副主将の東信彦(ひがしのぶひこ)という者です」
 なんだか武士のような話し方だな、とイガラシは傍らで思った。野球部員というよりも、どこか求道者のような雰囲気がある。
 それにしても、ミノワってどこかで聞いたような。はて……
「えっ。み、箕輪って……あの」
 加藤が強く反応したので、驚いてしまう。
「どうしたんです?」
「イガラシ、おまえ知らないのか。箕輪っていやぁ、去年の春の甲子園で、初出場初優勝を果たしたトコだぞ。それに、この東さんは……そん時のエースピッチャーだ」
「ははっ。自己紹介を肩代わりさせてしまったようで、かたじけない」
 東は、朗らかに微笑んだ。笑うと意外にも、少年らしさが色濃く表れる。
「で、その……箕輪高校さんが、何の用です?」
 素っ気ない口調で尋ねると、加藤に「失礼のないようにな」と注意される。
「うむ。じつは今週から、我々は遠征に来ております。週末には帰郷する予定なのだが、日曜日に予定していた練習試合が、相手校の事情でキャンセルになってしまいましてね。そこで、ぜひあなた方に、お相手願いたいと」
「そ、それは……ありがたい話なんですけど」
 イガラシは淡々と受け答えした。
「箕輪高校さんほどの有名チームともなれば、それこそ谷原や東実とか、もっと強豪校と手合わせされた方が、ずっと良くないですか?」
「ところが、そうもいかんのですよ」
 東が苦笑いした。
「ここへ来る前に、ほかにも当たってみたのだが、どこも日程が埋まっていてね」
「なーるほど。そこで、うちみたいなチームと」
 加藤の言葉に、東がふと険しい眼差しになる。
「失礼、どうも誤解させてしまったようだ。我々は、なにも他校に断られたから、君達にこうして頼みに来たのではない。だから、自分達を卑下するのはやめてくれたまえ」
「は、はいっ」
「よろしい」
 うなずくと、東はまた穏やかな顔になる。
「それに、かつては我々も、大したチームではなかった。弱小というほどではないが、せいぜい三回戦を突破すれば上出来なくらいさ。それを……自分で言うのもなんだが、力を尽くして、もがいて、なんとか全国の舞台にたどり着けるようになった」
 一つ吐息をつき、語気を強めて言った。
「今の君達と同じようにね」
 イガラシは、はっとして相手の目を見上げた。
「墨谷のことは、監督から聞いているよ。ここ数年、目覚ましいほどの進歩を続けているチームだと。それに……浦和商工との試合、見せてもらった」
 なぁイガラシ君、とこちらにウインクする。
「君らを見ていると、かつての自分達を思い出した。このチームと対戦できれば、我々も大いに刺激をもらえると確信したよ。だからあらためて、ぜひともお相手願いたい」
「なるほど、安心しました」
 わざと挑発的に、イガラシは言った。
「強豪校というのは、ぼくらのような格下相手だと、ナメてかかって力を出さないのが相場ですから。そんなことされたら、こちらとしても時間のムダですし」
 加藤が「これ、イガラシ」とたしなめる。
「なるほど、面白い」
 東は高笑いした。
「どうやら我々の見立てに、間違いはなさそうだ。ああ……だが一つ、今のうちにあやまっておくことがある」
 少年がふと、悲しげな顔になる。
「残念ながら、私は試合に出られない」
 イガラシは、すぐに察した。
「もしかしてケガですか」
「ご名答。昨年、ちょっとムチャしすぎてしまってね。この通り……右肩がもう、正常には動かない」
 イガラシと加藤の眼前で、東は肩を回そうとした。しかし、途中で引っ掛かるらしく、半回転程度で止まってしまう。
「そんな顔しないでくれたまえ」
 元エースは痛々しいほど、朗らかに笑った。
「これでもだいぶ、マシになったんだ。リハビリの成果だよ。それにチームメイト達が、奮起してくれてね。なんと二年連続で選抜に出られた」
 今回は一勝止まりだったがね、と言い添える。
「え、エース抜きで……春の甲子園に」
 思わず驚嘆の声を発していた。たしかに、これなら十分……いや、まだ墨高には荷が重い相手だろう。
 間が悪いな、と胸の内につぶやく。
 甲子園出場校。それも優勝経験校からの、直々の申し出である。普通なら、一も二もなく引き受けるところだ。しかし、今は素直に喜べない事情がある。
 どうしたものか……と、イガラシは苦悩を深めた。

 

―― 昨年の選抜優勝校・箕輪からの練習試合の申し入れは、イガラシと加藤により、他のナイン達へも伝えられた。
 夏の大会に向けて、少しでもチーム強化を図りたい墨高ナインは、当然この話を快諾。さっそくキャプテンの谷口が、箕輪高野球部の関係者に連絡を取るため、電話が借りられる宿直室へと向かった。

 
 ユニフォームに着替えて、イガラシは自分のグラブと一緒に用具籠を抱えた。
「倉橋さん。これ先に、運んでおきます」
 さっきから倉橋は、捕手用プロテクターの手入れを続けている。古いものらしく、あちこち解れが生じているようだ。
「む……いやいい、ちょっと待ってくれ」
「は、はい」
 何か話があるものと察して、イガラシは一旦籠を下ろす。
「あのな、イガラシ」
 倉橋も傍らにプロテクターを置き、こっちに視線を向けた。
「もう、よけいな心配すんな」
「へっ?」
「おまえが今やるべきは、自分のポジションをつかむことだ。野球以外のメンドウなことは、俺ら上級生に任せてろ。みんな、それくらいの度量はあるさ……なぁ?」
 ふいに、この場にいる他の三年生達へ話が向けられる。
「お、おう。そりゃそうだ」
 気のいい横井が、おどけて答えた。明らかに、訳は分からなさそうだが。
「く、倉橋の言う通りだ。ピッチャーも兼任するのなら、よほど集中しねぇと、この俺とポジション争いなんてできないぞ」
「そうだぞイガラシ」
 戸室も話に加わり、にやっとする
「もっと俺達のこと、頼っていいからな。ま……こいつからポジションを奪うのは、あくびしながら練習して、ちょうどいい塩梅だろうが」
「ははは、まったく……な、なんだと戸室? てめぇ茶化しやがって」
 部室が妙に賑やかになる。上級生達のじゃれ合いに、イガラシ始め新入部員が戸惑っていると、松川がグラブの手入れを止めて言い添える。
「気にするな。いつものことだ」
 その時、倉橋がコホンと咳払いした。途端、室内は静まり返る。
「ま。そういうこったから。あとは俺らが解決する」
「え、ええ」
 ぽんとイガラシの左肩を叩き、いつになく優しげに言った。
「気ぃつかうこたぁねぇ。おまえさんのことだから、これ以上チームが動揺しないよう、ひそかに善後策を考えてたのだろうが」
「せ、先輩……なんのコトです?」
「この期に及んで、とぼけんな」
 なおも警戒していると、倉橋は軽く睨む目になる。
「谷口の肘のことだよ。おまえ、気づいてるだろ?」
 イガラシが答えるより先に、周囲からどよめきが起こる。
「な、なんだとぉっ」
「そりゃ大ごとじゃねぇか!」
 ほとんどの者が、驚嘆の声を発した。唯一、丸井だけがさほど動揺もせず、わざとらしく「あーあ」と溜息をつく。
「おまえなぁ。気づいてたのなら、もっと早く言えよ。俺っち、ひとり悩んで、損しちまったい」
 イガラシは、はっとして返答した。
「え……じゃあ、丸井さんも」

 

2.キャプテンの気持ち、ナイン達の思い
 

 校舎を出て、谷口は「あれ?」とつぶやく。
(さっき倉橋には、先にグラウンドへ出て練習を始めておくように伝えたのだが、まだ誰も出てきていないぞ。こりゃあ……井口あたりが、なにかやらかしたかな)
 小さく溜息をつき、小走りに部室へと向かう。ドアを開けると、やはり部員全員がまだ中にいた。皆、押し黙っている。
「や、やぁ……みんな」
 戸惑いながら、谷口はナイン達に声を掛けた。
「おう。向こうさんとは、どんな話になった?」
 倉橋が問うてくる。
「日曜日の朝十時に、荒川球場だ。球場の使用許可と審判員の手配は、すべて向こうがやってくれたらしい」
「ほぅ、さすが有名校。手回しがいいな」
「もともと他の学校と試合するつもりで、手配済みだったらしい。うちに断られたら、キャンセルする予定だったんだと」
「ま、どっちにしたって、手間が省けていいじゃねぇか」
 そう言って、倉橋が「ところでよ」と話を変えてくる。
「谷口。おまえ他にも、俺らに話すこと、あるんじゃねぇか」
「……ええっ」
 まさか自分に切っ先を向けられるとは思わなかったので、つい声が上ずる。
「な、なんのことだい?」
「キャプテン。ごまかしても、ムダですよ」
 おもむろに口を開いたのは、イガラシだった。
「みんな、もう知ってます」
 そうか……と、谷口は悟った。深く溜息をつく。今、チームメイト達に隠していたことといえば、一つしかない。
「……すまない、みんな」
 部員全員を前に、谷口は深く頭を下げた。
「あやまらなくていい」
 倉橋が、諭すように問うてくる。
「それより、いつから傷めてたんだ?」
「最初におかしいと、思ったのは……谷原戦の七回からだ」
「あ、あの時からかっ」
 さすがに予想外だったらしく、相棒は目を見開く。
「いや……言われてみりゃあ、だいぶリキんだ投球になってたもんな。それを九回まで続けたんだ、無理ねぇよ」
「はっきりとした痛みがあるわけじゃなかったんだ。ちょっと痛痒いような……それもすぐ、分からなくなって」
 谷口は苦笑い混じりに、白状した。
「体も軽かったし。やがて治ると思って、そうっとしておいた」
「あ、あの。キャプテン」
 イガラシが、顔を引きつらせて告げる。
「それ……初期症状ってやつですよ。肘をこわす時の」
 思わず唾を飲み込む。「肘をこわす」というフレーズを耳にして、ぞっとした。
「とにかく。そうと分かりゃあ、こうしてる場合じゃねぇ」
 倉橋が立ち上がり、外の方を指さす。
「すぐ病院へ行って来い。この後の練習は、俺が見るから」
「……いや、日曜の試合が終わってからにするよ」
 谷口は、首を横に振った。正直に思いを伝える。
「診察の結果、試合に出ることを禁じられるかもしれない。せっかく強豪と手合わせできる、良い機会だってのに、俺が抜けたらみんなに迷惑をかけてしまう」
「なに言ってるんだっ」
 倉橋が声を荒げる。
「ケガを隠したまま、大会までズルズルと引きずられる方が、よほど迷惑だ。今なら、治療すれば大会には間に合うかもしれねぇだろ」
「分かってる。けど……」
「谷口。頼むから、聞いてくれよ」
 口調を柔らかくして、倉橋は言った。
「キャプテンとして、周りに迷惑をかけたくないって気持ちは、分かるぜ。でもな谷口。ちったぁ俺達……というか、このチームを信用してくれよ」
 谷口は口をつぐむ。思わぬ一言だった。
「もう、おまえが入部した頃の野球部じゃねぇ。イチイチ言われなくても、みんな今なにをすべきかちゃんと知ってるさ。谷口、おまえは今まで……それだけのチームを作ってきたんじゃないのか?」
「倉橋の言う通りだぞ、谷口」
 横井が加勢する。
「おまえにしてみりゃ、谷原戦と片瀬の離脱というダブルパンチに、追い打ちをかけたくなかったんだろうけどよ。でも……それくらいでガタつくほど、今の俺達はヤワじゃないって」
「き、キャプテン。谷口さぁん」
 涙声を発したのは、丸井だった。
「キャプテンのチームを思う気持ちは、じゅうぶん伝わってます。でも……そんなキャプテンだからこそ、最後まで一緒に戦いたい」
 そう言うと、顔を伏せてしゃくり上げる。イガラシが「しょうがないなぁ」と言いながら、丸井にハンカチを差し出す。
 眼前には、墨高野球部のメンバー全員が揃っている。谷口は、その一人一人の顔を順に見つめていった。倉橋、横井、戸室、丸井、鈴木、半田、松川、島田、加藤。そして、イガラシや久保ら、将来を担う頼もしい新入部員達。
「……分かった。ありがとう、みんな」
 谷口はそう言って、もう一度頭を下げた。


 
「く、倉橋のやつ……こんな張り切らなくても」
 横井が空を仰ぎ、苦しげな吐息を漏らした。
「こらぁ横井、イチイチ泣き言ぬかしてんじゃねぇっ」
 すかさずノッカーの倉橋から、檄が飛ぶ。
「相手は二年連続で選抜に出てる強敵なんだぞ。守備が崩れちゃ、話にならねぇんだ」
「わ、分かってるって」
「イガラシも、内野のやつらがちょっとでもモタついたら、すぐホームへ突っ込め。遠慮するこたぁ、ねぇかんな」
 三塁走者を務めるイガラシは、笑いを堪えながら「はい」と返事した。
 キャプテンを病院へ送り出して後、ようやく練習が始められた。この日はランニングと柔軟体操、キャッチボールの後、いつものように守備練習を実施する。
 一通り全員がノックを受けた後、より実戦に近い形で行うため、実際にランナーを置き、場面を設定した。今は、ワンアウト一塁三塁の状況である。
「ほれ、いくぞっ」
 倉橋はそう言って、ショートへ高いバウンドのゴロを打つ。イガラシはすかさずスタートを切り、頭から滑り込んだ。周囲から「ショート!」「バックホームっ」の指示が飛ぶ。
 ホームベースをはらおうとした右手を、根岸のミットが遮る。
「アウト!」
 根岸はイガラシを見下ろし、にやっとした。
「残念。今のは横井さんの送球が良すぎたな」
 起き上がり振り向くと、横井が得意げな笑みを浮かべている。
「ふふっ……どうだイガラシ。あのぐらいのバウンドの処理は、お手の物なのさ」
 へぇ……と、イガラシは素直に感心した。高いバウンドを処理して三塁走者を刺すのは、そう簡単なことではない。
「ばぁか。これぐらいで、えばってんじゃねぇ」
 倉橋が釘を刺す。横井は「へーい」と面倒そうな顔をしながらも、すぐにグラブを構える。
「よし。どんどん行くぞ」
 今度はセカンド正面にゴロが飛ぶ。丸井が手慣れた動きで、二塁ベースカバーに入った横井にひょいと送球した。横井がすかさず一塁へ転送する。イガラシは、一歩も動けない。
「ナイスプレー。いい連係だったぞ」
 珍しく倉橋が褒めると、丸井は「どうってことありません!」と右こぶしを突き上げた。他のナイン達も呼応する。
「もっと来ぉいっ」
「ぬるいぞ倉橋、もっと強いのだ!」
 言ってくれるじゃねぇか、と倉橋がバットを強く振り切る。速いゴロが、さすがに三遊間を破った。レフトの戸室が鋭くダッシュし、ランナーを制しながら中継の横井に返す。
「どうしたっ。やはり口だけか」
 倉橋の挑発的な言葉に、他の内野陣が「まだまだぁ」「ナメるな!」と怒鳴り返す。活気がありながらも緊迫感溢れる練習光景に、イガラシはひそかに笑みをこぼした。
(ふふっ。なるほど、さすが谷口さんの鍛えたチームだぜ)

   
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