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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【第一部】新世界ローゼン。アインハルト救出作戦。
【第2章】第一次調査隊の帰還と水面下の駆け引き。
   【第1節】アインハルト執務官、帰還せず。



 さて、新暦95年4月3日の朝に〈本局〉から出航した第一次調査隊の次元航行艦は、翌4日の昼頃には無事にベルカ世界に到着し、一旦は通常空間に降りてから、また改めて新航路へと突入したのですが、その翌々日(6日)の晩には、全く唐突に「誰も予期していなかったような事故」が起きてしまいました。
 その夜、〈ルートメイカー〉がふと「昼間ならば誰も気がつかないほどの(かす)かな光」を帯びると、新航路内の空間がまたいきなり不安定化してしまったのです。
 その結果、新航路はもう危険すぎて次元航行船の進入を全く許可できない状況となり、第一次調査隊との連絡も完全に途絶してしまいました。丸二日あまりもあれば、現地への到着それ自体はすでに完了しているはずなのですが、その報告も「何故か」まだ届いてはいません。
 しかし、もちろん、この件はまだ当分の間、一般には「絶対の秘密」にしておかなければなりませんでした。

 管理局の〈上層部〉は、慌てて〈本局〉からベルカ地上の「第八地区」に駐留する「ルートメイカー調査隊」の許へと相当な人数の専門家たちを増援として送りこみ、大急ぎで原因の究明に乗り出しました。
 しかし、当然ながら、〈アルハザードの遺産〉は現代人の手に()える代物ではありません。
 新たに解明できた事実も若干はありましたが、「新航路の直し方」そのものに関しては何も解らず、やはり自然な回復を待つ以外にはどうしようもないようです。
 ただ『今回に限って言えば、意外と短い日数で自然に回復するらしい』と解ったことは、わずかながらも貴重な収穫でした。


 そして、半月後。
 新航路の自然回復は予想以上の速さで進行し、同月の下旬には新航路内の亜空間もかなり安定して来たため、管理局はまた大急ぎで新世界へと「救援部隊」を送り込もうとしたのですが……。
 その矢先、4月23日の晩に、第一次調査隊の次元航行艦は連絡のひとつも寄こさぬまま、唐突に(当初の予定よりも十日ほど早く)ベルカ世界へと帰って来ました。幸いにも死者はありませんでしたが、魔導師たちはみな傷だらけで、艦ももうボロボロで、誰もが『これでよく無事に帰って来られたものだ』と感心するほどの有様です。
 その上、アインハルト執務官は、ただ独り現地に「置き去り」にされてしまっていました。

 聞けば、『ベルカ世界を発って二日後。現地に到着する直前に、艦はあの次元震に襲われてあちこち破損したが、目的の世界には何とか到着した。だが、そこはまだ次元航行技術の全く無い世界だったので、艦の修理はすべて自力で行わざるを得ず、その上、通信ブロックは破損がひどすぎて全く修理できなかったため、何の連絡もできぬまま、こうして帰還せざるを得なかったのだ』とのことです。

 もちろん、そうした艦の修理の最中(さなか)にも、第一次調査隊は(おこた)りなく、本来の目的である「基礎調査」を進めていました。
 軌道上から見ると、その惑星の七つの大陸のうち、五つは同じ側の半球に集中しており、それらの五大陸は「やや東西に長い楕円形の海」の周囲をぐるりと取り囲むように配置されていました。南側の大きな二大陸は赤道を越えて南半球にまで拡がっており、北側の小振りな三大陸はおおよそ「長軸を内海の側に向けた楕円形」のような形で、その内海から放射状に、北東へ、真北へ、北西へと拡がっています。
 そして、南側の二大陸も「裏側」の二大陸も完全に無人で、現地の人々は何故か北側の小さな三大陸にのみ居住していました。
 軌道上には人工衛星の(たぐい)が一個も無く、地表でも電波が飛びかっている様子は全くありません。どうやら、まだそういう文明段階ではないようです。
 それでも、都市と(おぼ)しき人口密集地は随所に存在していたので、調査隊はまず幾つかの大きな都市に、ステルス機能のついたサーチャーを投下して、現地の住民には気づかれないように、慎重に彼等の会話音声やさまざまな映像を拾い集めました。
 じきに、「その世界で最も中心的な役割を果たしている都市」が特定されます。
 その上で、いよいよ調査隊の魔導師らは入れ替わり立ち替わり、その都市の近辺に潜入して実地調査を始めたのでした。

 その世界の名は、ローゼン。その都市の名は、アウグスタ王国の王都ティレニアと言いました。
 現地の人々はみな、古代ベルカについても(極めて断片的な知識ではありますが)一応は知っているようで、彼等の魔法の体系もどうやら「古代ベルカ式」から派生したもののようです。
 ただ、通常のベルカ式とは大きく異なる点が一つありました。或る種の結界魔法の多用です。
 しかも、彼等が使う特殊な結界には……AMFのような「魔法全般」の無効化では無いのですが……「外に向けた魔法」に限って強く抑制する効果がありました。
 そうした「抑制結界」の中では、魔力を自分の内側へ向けて使うタイプの魔法(変身や身体強化など)は全く普通に使えるのですが、魔力を自分の外側へ向けて使うタイプの魔法(攻撃や移動、転送や通信など)は、出力を普段の「何十分の一か」にまで抑え込まれてしまいます。
 そして、彼等は「敵」を発見すると、闘技場ほどの広さの結界で自分たちもろとも敵をその中に閉じ込め、その上でローゼン式の一種独特な格闘術で一斉にその敵に襲いかかるのです。
 これでは、ミッド式の普通の(せいぜい陸戦B~Cランク程度の)魔導師たちには、最初から勝ち目などありません。

 ローゼン世界は、今も「古代ベルカ」と同じように幾つもの王国に分かれており、人々の生活様式もおおむね中世風でした。
 三大陸の〈十七王家〉はアウグスタ王家を「盟主」に掲げて連合し、今も当時のベルカを模範として、意識的に「まだ相対的に平和だった頃のベルカ世界」とよく似た感じの世界を形成しています。
 また、ローゼンはもう長らく「完全に孤立」した世界だったらしいのですが……どうやら、今から800年ちかく前、ベルカ世界が本格的な「戦乱の時代」に入った直後に、ローゼンに接続する〈次元航路〉は「すべて」閉ざされてしまったようです。
 調査隊が調べた限りでは、今回の新たな航路を除けば、ローゼン世界に接続している次元航路は今のところまだ一本もありませんでした。

 ローゼンでは、その後の古代ベルカのような「世界規模の戦乱」は一度も起きていませんでしたが、それでも、アウグスタ王家はつい最近になって何か「重大な問題」を(かか)え込んでしまったようで、今では王都ティレニアの周辺も少し緊張した雰囲気です。
 そのため、アウグスタ王国軍の魔導師たちは、『不審者を見つけたら、まず結界を張り、取りあえず数人がかりで殴り倒してから尋問する』というのが「普通」になってしまっていました。
(これは、ローゼン世界でも、本来は「違法」な行為のはずなのですが……どうやら、今は何らかの「非常事態」であるものと考えられているようです。)
 そして、現地調査に赴いたミッドの魔導師たちも、王国軍の魔導師らに発見されると、例外なく不審者としてタコ殴りにされていました。みな、その(たび)に『アインハルト執務官に助けられて、何とか逃げて来た』といった状況です。
(さすがは、元IMCSの「次元世界チャンピオン」です。アインハルトだけは、アウグスタ王国の格闘系魔導師たち数人を一度に相手にしても、全く危なげがありません。)


 また、新航路内の空間がようやく安定して来た頃には、第一次調査隊の次元航行艦はすでに物理燃料の残量がギリギリになっていました。先の事故で燃料庫も幾つか破損していた上に、ローゼンの技術力では物理燃料の精製など全くできなかったからです。
 艦の修理にも予想外に多くのエネルギーを使ってしまっていました。さらには、ベルカからローゼンまでの「距離」も、当初の予想をはるかに超えるものです。
 これ以上、この世界に長居をすれば、たとえ帰途に着いたとしても、燃料不足および魔力不足でベルカ世界にまでは辿り着けなくなる恐れがありました。無論、通信のひとつもせずに、ただ呆然と「いつ来るか解らない救援」を待ち続ける訳にもいきません。

 そんな訳で、第一次調査隊の司令官(艦長、三佐)は艦の修理が済むなり、予定を繰り上げて、急ぎベルカ世界へ帰還することを決断し、速やかにその準備を整えたのですが……最後の上陸部隊を次元航行艦に撤収させようとした時、彼等は運悪く、いつになく大勢の王国軍に取り囲まれてしまいました。
 執務官がまた単騎で出撃して彼等を解放しますが、その代わりに、アインハルトは多勢に無勢で一人だけ王国軍に捕らわれてしまいます。
(どうやら、王国軍は周到に準備をして、アインハルトがまた単騎で出て来るのを待ち構えていたようです。)
「私は大丈夫です! 皆さんは一旦、本局に戻って、増援を呼んで来てください!」
 アインハルト執務官に通常回線の通話でそう言われて、第一次調査隊は仕方なく、ギリギリの燃料でまずはベルカ世界へと戻って来たのでした。
(なお、その次元航行艦がベルカ世界で物理燃料を補給し、他の船に随行されてようやく〈本局〉にまで戻って来られたのは、それからさらに二日後の4月25日のことでした。)


 当初、管理局の〈上層部〉は、第一次調査隊が帰還したという事実それ自体を、まだ当分は秘密にするつもりでいたのですが……どうやら、半月前にルートメイカー調査隊に加わった某新人研究員から、『ベルカなう。何だか新航路から船が出て来たっぽい』といった「ごく曖昧な情報」が、ミッドの側に漏れてしまったようです。
 ミッドの有力メディアは即座にこの「怪情報」に飛びつき、即日、管理局に対して一斉に情報の開示を「懇願」し始めました。
(管理世界のメディアは一般に、管理局に対して情報開示を「法的に請求」できるような立場には無いのです。)
 元を正せば、この件に関して「わざと多めに情報を流して」メディアを(あお)っていたのは管理局の側なのですから、いくら『あの時点では、人々の目を「もう一つの大事件」から()らすためには、ああするより仕方が無かったのだ』とは言っても、この状況それ自体はもう自業自得としか言いようがありません。

 管理局の〈上層部〉は『ここで黙っていると、かえって管理局の不利益になるかも知れない』と考え、26日の昼過ぎに、外見的には平静を装いながらも内心では大慌てで、主要なメディアに対して以下のような内容の「公式発表」を行ないました。

『昨日、第一次調査隊は「予定どおりに」基礎調査だけを終えて、〈本局〉に帰還した。そこで、今回の調査結果を踏まえて、後日、また第二次調査隊を派遣する予定だが、次回は「若干の」戦闘行為も想定されるため、調査隊員の人選には、まだしばらくは時間がかかるだろう』

 もちろん、『新航路が長らく航行不能となり、調査隊との連絡もずっと途絶していた』という件だけでなく、『アインハルト執務官が、今は独り現地に置き去りにされている』という件についても、全く触れてはいません。
〈中央評議会〉が、その二つの件に関しては『一般には「絶対の秘密」にする』と、早々に決定してしまったからです。


 ただし、八神准将は〈中央評議会〉の方からそうした通達を受けると、熟考の末、なのはとフェイトを始めとする「アインハルトの関係者たち」に対しては、やはり、自分の責任でこの事実を伝えておくことにしました。
 しかし、ヴィヴィオたちに対しては、カリム総長ともよく相談した結果、カリムの方から伝えてもらうことになります。

 そこで、メディアに公式発表が流れた直後、4月26日の晩に、カリム総長は自分の執務室に高町家の三姉妹とその世話係のシスターたちを呼び、『これは、まだあくまでも特秘事項なのですが』と念を押した上で、彼女たちにその事実を(しら)せました。
 しかし、ヴィヴィオはそれを聞くと、慌ててカリムにこう問いかけます。
「それで! ……それで、アインハルトさんは今、無事なんですか?」
「正直に言うと、よく解りません。ただ……もし本当に第一次調査隊が報告したとおり、その世界が800年前のベルカを『模範』としているのであれば……少なくとも、身体的な意味での『拷問』を受けている可能性は極めて低いだろうと思います。その時代のベルカには、まだそのような風習は無かったはずですから」

 カリムは、つい職業上の癖で「正確を期した表現」をしてしまったのですが、その言い回しは、ヴィヴィオの不安を鎮めるには少々不適切なものだったようです。
「可能性が『極めて低い』ということは……つまり、『ゼロではない』という意味ですか?」
 ヴィヴィオにそう言われて初めて、カリムは自分の言い方がかなり(まず)かったことに気がつきました。
 ですが、一度(いちど)吐いてしまった言葉を口に戻すことはできません。
 カリムとしても、平素は何事につけてもポジティブなヴィヴィオが、今回に限ってここまでネガティブな考え方をするとは、全く想定していなかったのです。
(やはり、妊娠中のせいで、メンタルも少し不安定になっているのでしょうか。)
「いえ。今のは、単なる言葉の(あや)で……。確かに、『絶対にあり得ない』とまでは言い切れませんが、『ほぼ、あり得ない』と言って良いと思います」
 カリムは慎重に言葉を選びながら、そう答えました。

 もちろん、ヴィヴィオの(つら)い気持ちに気づき、それを何とかしなければと思ったのは、カリムだけではありません。
 その場に居合わせた者たちは全員が、ヴィヴィオの気持ちを何とかなだめようとして、あれやこれやと言葉をかけました。
 ヴィヴィオも自分が周囲に気を(つか)わせてしまったことを察して、(つと)めて「平静を取り戻したかのような態度」を(よそお)いますが、それがまた、傍目(はため)にも『無理をしている』と解ってしまうような装い方なので、全員がもう、それ以上は何も言えなくなってしまいます。

「とにかく、今ここで私たちがいくら彼女の身を案じても、それで彼女の許へ実際に何かが届く訳ではありません。先程の公式発表でも言っていたとおり、管理局も急いで第二次調査隊を送り込み、『現地で多少は乱暴なことをしてでも、彼女は無事に連れて帰る』という覚悟を決めているのですから、私たちはそれを信じて待ちましょう」
 一拍おいて、カリムはやや強引に、話をそう締めくくったのでした。


 
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