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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
孤独な戦い
  匪賊狩り その1

 
前書き
 本日は天長節なので、休日投稿することにしました。 

 
 インド洋に浮かぶセイロン島。
この地にあるスリランカは、南アジア最大の仏教国である。
 伝承によれば、紀元前4世紀にヴィジャヤ王子がインドから来訪し、その子孫がアヌラーダプラに都を構え、シンハラ王朝を建国したとされる。
また、ヴィジャヤ王子の子孫から、シンハラ人がはじまったとも伝わっている。
 史実でも、インドとも非常に近い距離にあるため、紀元前250年にはすでに仏教が伝来した。
その後、小乗仏教(上座部仏教)の拠点となり、ここから12世紀ごろにかけて東南アジア諸国に伝播していった。
 しかし、17世紀以降の列強侵略により、一時的に仏教は衰えるも、18世紀半ばにビルマやシャム(今日のタイ)から再伝来した。
19世紀にはいると、英国統治下という背景の中で、シンハラ人民族主義という形で、今日の仏教の隆盛を取り戻した。
 インド亜大陸に支配権を持っていたイギリスは、抵抗を続けるシンハラ人を差別し、タミル人を重用した。
彼らは少数者でありながら、英国の支配下で農場の労働者としてインド南部から大量入植した。
 このことは、今日まで続くシンハラ人とインド系のヒンズー教徒であるタミル人との間に軋轢を生じさせることとなった。


 
 さて、マサキたち一行といえば、モルディブを抜け出してスリランカに向かった。
スリランカの北部を根城にするタミル・イーラム解放の虎を壊滅するためである。
 BETAに侵略された世界の並行世界である出身のマサキにとって、タミル・イーラム解放の虎は危険な存在であった。
このテロリスト集団の為にスリランカは30年近い血みどろの内戦を繰り広げた。
 では、テロ集団、タミル・イーラム解放の虎とは、何者か。
この組織は、1976年スリランカ北部にタミル人国家建国を目標として作られた武装集団である。
 スリランカの少数民族で、ヒンズー教徒のタミル人。
彼らは、スリランカの多数を占める仏教徒のシンハラ人との融和を拒否した。
そして、排他的で民族主義的なテロ集団を作り上げた。
 無論、インド洋に浮かぶ島で他国の援助なくして存続できない。
内戦中に北部に駐留したインド軍によって支援を受けた彼らは、勢力を拡大し、航空戦力と水上戦力を持つほどとなった。
 タミル・イーラム解放の虎は、一時帰国軍をもしのぐ武力を手に入れた。
それ故に、スリランカの国情は混乱し、相次ぐ首脳暗殺や無差別テロを繰り返すほどであった。
 
 マサキはスリランカにとって思うところはない。
思い出されるのは、上座部仏教の一大拠点ということである。
信心深い人々が、シャムやビルマに通って、受具式を行い、古代からの仏教信仰を復興させた土地ということぐらい。
 付け加えれば、1952年のサンフランシスコ講和条約の際に、時の首相が、仏教の精神をもって、敗戦国日本への追訴を止めるように訴えかけたことぐらいだろうか。
これによって、日本の国際社会復帰は、多少早まった。

 マサキには、別な考えがあった。
セイロン島を含めて、インド洋からイランにかけて、数珠の様に対ソ・対中の防衛拠点を作ることを夢想していた。
この首飾りのような防衛構想は、後の時代に真珠の首飾りと呼ばれるが、その話は別な機会に改めてしたい。

 
 さて、マサキ達はインド海軍の船から降りた後、コロンボにある大統領府に来ていた。
執務室に招かれた彼らは、まず政府首脳からの謝罪を受けることとなった。
「今度の襲撃事件はマスコミには伏せておく。
モルディブでのクーデター騒ぎに関わったスリランカのテロ組織が外国のひも付きなどということがバレては、大騒ぎになるからなぁ……」
マサキは、にっと、冷ややかな笑みをふくんで、彼等を見ていた。
「大統領、あんたも辞職せねばならんだろう」
大統領はじめ閣僚たちは、いやに仰々しく、マサキの前に平伏して、わび入った。
「ど、どうも……」
「ご配慮くださり、ありがとうございます」
 マサキは、ひどく馴れ馴れしい態度と来ている。
そんな慇懃ぶりなどに用はない、といった風で単刀直入に言って返した。
「その代わり、この俺が、島の北部を根城にするタミル・イーラム解放の虎を壊滅することを認めてほしい」
 マサキは、かねて期したることと、あわてもせず、攻撃の準備をいいつけた。
大統領をはじめ諸臣は、その軽挙を危ぶんで、諫めた。
「そ、それは……」
 マサキの発想は、あまりにも奇想天外であった。
なお疑っている様子の閣僚たちに、説明をし始めた。
「俺たちは、スリランカ人でも、インド人でもない。
大統領、お前にとってもこんなに都合の良い話はないだろう。」
 マサキは、あっさり言ってのけた。
しかし彼自身にすれば、以前から考えぬいていたあげくのもので、とっさから提案ではない。
「日本の近衛軍は、セイロンの土匪と対決させるために我々を派遣した。
もし、俺たちの身に何かあっても、その責任は日本政府にあるのだからな!」
 マサキは言った。
たのもしい武人と見えもするが、しかし大統領たちは、木原マサキは何とも腹のわからないお人であるとも、ひそかに思った。
 そのまま晩遅くまで会談をしながら、スリランカ政府の閣僚たちは、何かとマサキの知恵を借り、将来の計を授かっていた。



 マサキがスリランカ政府との交渉をしている頃、ソ連は別な方策を取っていた。
それは、戦術機と爆撃機の大部隊によるセイロン島北部の空爆である。
 ソ連赤軍は、かつての消耗戦争やインドシナ紛争の顰に倣って、準備した。
衛士にインド空軍の強化装備と認識票を付けさせ、国籍マークをインド空軍に塗りなおしたmig21を用意する。
通信漏洩される前提で、無線封鎖し、大型爆撃機を引き連れて、マドラスから出撃したのだ。
 戦後におけるソ連の南アジア政策は、一貫して、この地域の安定化であった。
たしかにインド共産党は、コミンテルン、コミンフォルムの一地方組織であったが、武装闘争の姿勢をよしとしなかった。
また、ネルーらインド建国の父たちも、モスクワとインド共産党を別物と考えていた。
 ソ連の方針転換は、あの血塗られた支配者スターリンの死とともに始まった。
東西デタントの方針をいち早く模索していた、ニキータ・フルシチョフの考えによるところが大きい。
 非共産圏のインド地域に足場を築き、自国の影響力を南アジア全体に伸ばしていくのがソ連の狙いとするところであった。
 西側と融和や非共産圏と脱イデオロギーでの融和関係。
無論このことは、フルシチョフ自身の性格ばかりではなく、スターリン主義の否定の面もあった。
 ここで、スターリンとフルシチョフにある、個人的なわだかまりに関して話しておこう。
先の大戦の折、フルシチョフは長男レオニードを空軍パイロットとして、出征させていた。
 ある時、ドイツ軍の捕虜になったレオニードを特殊部隊を使って、救出する作戦が練られた。
パルチザンに偽装した特殊部隊によって救出されたレオニードは、秘密裁判にかけられ、銃殺刑が宣告された。
 愛息を救うべくフルシチョフは、スターリンの足に泣きすがって助命嘆願をした。
だが、御大は、一顧だにしなかった。
翌日、レオニードは、NKVDによって刑場の露と消えた。
 フルシチョフは、スターリンによって、家族を奪われたのはこれが初めてではない。
1937年の大粛清で、レオニードの最初の妻であるロザリア・ミハイロヴナ・トレイヴァスの大叔父で、党の幹部であったボリス・トレイヴァスを銃殺刑にされた。
その際、自分に(るい)が及ぶことを恐れたフルシチョフは、レオニードとロザリアを離婚させた。
レオニードの二度目の妻も、スターリンによって、5年ほど収容所に送られた。
 そういう経緯から、一連のスターリンの謎の死に関しても、フルシチョフ黒幕説がいまだにロシア国内でささやかれているのだ。

 さて、話を、異世界の南アジアに戻したい。
場所は、スリランカ北部にある都市、ジャフナ。
ここは、タミル・イーラム解放の虎、最大の秘密拠点だった。
 彼らは、捕虜たちを基地本部に集めていた。
その中には、ソ連軍のラトロワたちも含まれていた。
 今まさに、特別軍事法廷が開かれようとしていた。
マサキやインド空軍の爆撃隊が接近しているのも知らずに、軍事裁判にかけ、処刑しようとたくらんでいたのだ。
「当法廷は、一つの結論に達した。
君たちは日本政府およびソ連政府の破壊工作員であると」

「君に呼応する様に、政府軍がジャフナに近づいてきているとの情報が入った。
当法廷は、二つの罪状により銃殺刑に処すことにした。
一つは、残虐なるスリランカ政府に支援した事。
二つは、タミル人の人心を惑わしたことだ。
ゼオライマーが来るとな……」
と、答えた。
ソ連赤軍大尉は、ゆがめていた唇もとから一笑を放って、
「どうして日本野郎が来ないと言い切れるのだ!
空と陸から攻めるのが近代戦の定石。
戦闘教義も知らないとは、それでもあなたたちは軍人か」
 ハーグ条約において、戦闘員の定義に合致していれば、義勇軍や民兵でも保護の対象になった。
第一章第二項の『遠方から識別可能な固著の徽章を着用していること』に記されているように、原色の階級章やワッペンでなくても、迷彩服を着ていれば、問題はなかった。
 ソ連赤軍大尉は、解放の虎の首領に激色も露わにして詰った。
「貴方のような指導者を頂いた、タミル人は不幸であると思う。
貴方の名は歴史に残されるであろう!タミル人を壊滅に追いやった指導者として」
 解放の虎の首領は、軍事法廷の壇上から、グルジア人大尉に視線を送る。
そのまなざしには、もし何かの謀略でもありはしまいかと、なお充分警戒しているふうが見えた。
「では、ゼオライマーのパイロット木原が、何のためにスリランカ北部を攻撃するのだ。
ただタミル人がいる地域を……」

「実験だ!新型の装備の実験だ!
そうだ、そうに違いない」
聞くと、解放の虎の首領は、大笑して、それに答えた。 
「ハハハハハハハ!それは悪魔の所業だ。
木原は悪魔かね!」
「奴は、最低の悪魔野郎だ!」

「そんな事をしたら、全世界を敵に回すようなものではないか。フハハハハ!」
 タミル・イーラム解放の虎の首領は、マサキの行ってきたことを知らな過ぎた。
彼はソ連への復讐のためにハバロフスクを焼き、PLFPごとレバノンを灰にしたのだ。 
 

 
後書き
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