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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第8章】なのはとフェイト、復職後の一連の流れ。
   【第8節】キャラ設定8: ヴァラムディとフェルガン。

 
前書き
 この姉弟は、この「プロローグ 第8章」では、まだ「名前が出て来ただけ」のサブキャラなのですが、説明の都合上、ここでやや詳しく紹介しておきます。 

 


 この「ジョスカーラ姉弟」は、〈外22ダムグリース〉の出身です。
 今から1200年あまり前、〈テルマース〉という世界が「充分に予見されていたはずの自然災害」によって滅亡した際に、生き残ったわずか1000万人あまりの人々は二手に分かれ、40ローデほど離れた「最寄(もよ)りの二つの世界」へと(のが)れました。
(彼等の次元航行技術では、まだ「それよりも遠方の世界へ莫大な数の人々を移送すること」などできなかったのです。)
 こうして、北方の〈スプールス〉には700万に迫る数の人々が、南東の〈ダムグリース〉には400万ちかい数の人々が、ほとんど難民のように移り住みました。
 そして、当時は両方とも「無人の世界」だったため、この二つの世界では、そのまま「テルマース語」が公用語となりました。
(それから1200年あまりが経過した現在でも、この二つの世界の言語は「方言」程度の違いしか無く、意思の疎通にさほどの問題は無いようです。)

【なお、テルマース語は、「バニース文字」と呼ばれるわずか18個の文字だけで完全に(つまり、「発音区別符号」の(たぐい)は全く用いずに)表記されます。
 子音字は、P、B、T、D、K、G、F、V、S、Z、Sh、J、M、N、Rの15文字で、母音字は3文字しかありません。
 綴りの上では、母音は、A、I、U、AA、II、UU、AI、AUの8種類ですが、同じ文字を重ねた綴りは単に長母音で発音し、AIは短母音の「エ」で、AUは短母音の「オ」で発音します。
 つまり、二重子音は豊富に存在するのですが、二重母音は(発音の上では)存在せず、音節末子音も「濁音を除いた単子音」の9音に限定されています。
 地球のラテン文字と比べて、C、E、H、L、O、Q、W、X、Yに対応する文字がありませんが、発音上は決してL音それ自体が存在していない訳では無く、ただ単に「LとRの区別」が無いだけです。語頭やN音の直後など、R音で発音しづらい箇所では(日本語の「ラ行音」と同様に)R字も普通にL音で発音されています。】

 ダムグリースには、人間が居住するに適した気候の「大陸」が一つも無かったので、テルマースから来た人々は、北半球中緯度地帯の「全体的に水深の浅い特定海域」に分布する「大小幾千もの島々」に分かれて暮らすことにしました。
 故郷を追われた難民たちには、ここからさらに外洋を越えて、「熱帯雨林」や「砂漠」や「永久凍土」に挑戦するほどの気力は、もう残っていなかったのです。
(もし海水面が今より100メートルほど下降すれば、この特定海域は丸ごと一個の「小型大陸」になるはずなのですが、今はまだ、そういう時代ではないようです。)

 以来、ダムグリースでは、この特定海域は単に〈居住域〉と呼ばれています。
 ごく大雑把に言うと、その海域は「南北2000キロメートル・東西4000キロメートルほどの楕円形」で、その総面積は「およそ630万平方キロメートル」になりますが、陸地の総面積は今やそのわずか6.5パーセント(つまり、40万平方キロメートルあまり)にしかなりません。
(地球で言うと、日本の国土面積に毛が生えた程度でしょうか。)

 また、居住域の「西部中央」に位置する最大の島「シクルーサ島」でも、面積はせいぜい3万平方キロメートル程度です。
(日本で言うと、九州よりも一回り小さいぐらいです。)
 それから、その半分ほどの広さの島があと三つ、居住域の「中北部やや西寄り」と「中南部やや東寄り」と「東部中央」に一つずつあり、互いに遠く離れたこの四つの島だけは別格で、今もなお「王の島」と呼ばれています。
(かつて、これら四つの島の領主は、それぞれに「西の王」、「北の王」、「南の王」、「東の王」と名乗っていたからです。)

 他には、数千平方キロメートル級の「大島(おおしま)」が12個。1000平方キロメートル前後の「中島(なかしま)」が80個ほど。平均で300平方キロメートル程度の「小島(こしま)」がざっと400個ほど、といったところでしょうか。
 100平方キロメートルにも満たない小さな島は「離島」という扱いで、より大きな最寄りの島に帰属しており、文化的にも政治的にも、独立性は全く保持できていません。
 また、かつて「大島」や「中島」や「小島」の領主たちは、それぞれ「候」や「伯」や「小伯」を名乗って、最寄(もよ)りの「王」との間に「献上と下賜」による「ごくゆるやかな臣従関係」を築いており、結果として、この世界はごくゆるやかに「四つの文化圏」に分かれていました。
(以下、それらを勢力の強い順に、それぞれ「西方州、北方州、南方州、東方州」と呼ぶことにします。)

 そんな「小さな」世界ですから、惑星の総人口は今でも「ほんの4000万人あまり」で、これはもう何百年もの間、変わっていません。
(人口密度は、「平方キロメートル当たり100人ほど」で、おおよそ「人口増加が頭打ちになっていた、江戸時代後半の日本」と同程度、という計算になります。)
 そのため、この世界はミッドチルダからもさほど遠くはなく、一応は〈中央領域〉に属しているにもかかわらず、今もなお他の諸世界から「相当に価値の低い世界」という評価を受けてしまっています。

【なお、ダムグリースの惑星本体は「標準」よりもやや小振りで、その質量は地球の8割強、赤道半径は地球の94%強(つまり、おおよそ6000キロメートル)です。
 一方、衛星の方は、逆にだいぶ大柄で、その質量は(ルナ)の1.5倍強、赤道半径は(ルナ)の15%増し(つまり、おおよそ2000キロメートル)となっています。
 しかも、その衛星の軌道半径は28万4千キロメートル足らずでしかないため、その視半径は母恒星(たいよう)のほぼ1.5倍余に達しており、朔望周期もわずか20日あまりで、一年は18か月もあります。
 衛星が大きい分、潮の干満の差も大きいので、ダムグリースの人々は当然に太陽太陰暦を使っており、特に漁民などは、いつも月齢を気にしながら生活をしています。
(ちなみに、海が惑星表面の8割以上を覆っている上に、自転軸の傾きもおよそ15度しか無いため、季節による気候の変化はかなり穏やかなものとなっています。)】

 また、この世界は、ベルカから見ると、ミッドチルダと似たような距離にある世界なのですが、ベルカ世界の文化は基本的に〈陸の文化〉だったため、古代ベルカの人々は、この「海と島ばかりの世界」にはあまり魅力を感じませんでした。
 しかし、そのおかげで、この世界は植民地などにされることもなく、ベルカ世界から多少の文化的な影響は受けながらも、デバイスなどの「魔導技術」を用いない「素朴な魔法文化」を維持したまま、長らく独自の歴史を(あゆ)んで来ました。
 ダムグリースは、これといった資源も産業も無い「貧しい世界」ですが、それだけに、他の世界から何かを搾取されたり、質量兵器などが「商品として」流入したりすることもなく、その結果として、島と島との間で大規模な戦争が起きることもなく、この世界は長らく「それなりの平和」を享受して来ました。
【この点で、『同じ管理外世界でも、「D-クリスタル」を始めとする、豊かな地下資源に恵まれた〈外2オルセア〉とは、全く対照的な世界である』と言って良いでしょう。】

 また、ダムグリースの側から見ると、「今で言う管理世界に限れば」の話ですが、最寄りの世界はスプールス(76ローデ)であり、僅差でリベルタとドナリム(ともに80ローデ台)が、次にはゼナドリィ(100ローデあまり)がそれに続きます。
 ダムグリースの側でも、テルマースを脱出した際の移民船は、とうの昔に失われていましたが、『ベルカ世界からの〈大脱出〉の時代に、新たにもたらされた』という小型の次元航行船が何隻か現存しており、その当時から上記の四世界、および今は管理外世界となっている二つの世界とだけは若干の交流がありました。
 だから、『他の世界の物品や情報も、次元航行船を保有する「四人の王たち」の許には「それなりに」入って来る』という状況だったのです。
 そのために、〈時空管理局〉とやらが、成立するや(ただ)ちに「統合戦争」を始めて、リベルタが「ドナリムやゼナドリィの敵」になってしまった時にも、彼等は意外なほど早く正しく、その状況に対処しました。
 即ち、同じ「テルマース語」が通じるスプールスと組んで「中立」を宣言する一方で、全く秘密裡に、リベルタとドナリムに対しては自分たちの世界を「密貿易の場」として提供したのです。

【なお、ゼナドリィでは伝統的に、良く言えば「生真面目(きまじめ)な性格の人」が、悪く言えば「融通の()かない性格の人」が大変に多かったため、後に、この秘密が明るみになると、彼等はダムグリースやドナリムの人々のことを「二枚舌」と(くち)(ぎたな)く罵倒するようになってしまいました。】

【ちなみに、次元航行船同士が宇宙空間でピッタリと「接舷」することは、実は、それ自体としても技術的には「意外と」難しい作業です。
 宇宙空間では、一般に船と船との「相対速度」がとても大きいのですが、この相対速度を「完全にゼロ」にしてから(双方のベクトルを完全に一致させてから)接舷しないと、それはただの「衝突」になってしまうからです。
 その上、接舷している間はお互いに身動きが取れないので、その分、共通の「敵」に見つかった際のリスクも高まります。そのため、大きな物品の受け渡しは、惑星の表面に降りて(典型的には、海の上で)行なわれるのが、次元世界においては「古来の通例」なのです。
(実際に、ミッドチルダなどの管理世界においても、密輸などの「違法な取引」の現場は、多くの場合、超遠方からでも「丸見え」になる惑星周回軌道上ではなく、海上や港湾施設となっています。)】

 そして、やがて、リベルタが管理局の軍門に下ると、ダムグリースもまた「管理世界への道」を模索(もさく)し始めました。
『そうしなければ、この世界は丸ごと管理局に潰されるのではないか』という「過剰な危機感」に駆られてのことではありましたが、貴族階級はみずから身分制を廃止し、「法律上の」特権を放棄 して、社会の近代化に努めたのです。
 世界全体が貧しかったためでしょうか。貴族と平民との間にある「経済的な格差」も、他の管理外世界に比べれば元々大した倍率ではなく、こうした「法の近代化」は意外なほど早く順調に進んでいきました。

 しかし、現実の「社会のあり方」は、単なる「法制度」とは、また別の問題です。
新暦27年、同胞たちの住むスプールスが〈第61管理世界〉となった直後には、この世界でも、ついに〈中央政府〉が打ち立てられました。
 シクルーサ島で「かつての〈西の王〉の一族」とその取り巻きどもが、その島の「旧王都」モクサムロをそのまま「世界首都」と改称して、一方的に〈中央政府〉の樹立を宣言し、(ただ)ちに〈居住域〉全体の実効支配に乗り出したのです。
 局の側から「管理世界の一員」として認められるためには、「中央政府が正常に機能しており、惑星全土を正しく掌握していること」が必要条件の一つだったので、それは、ある意味では「仕方の無い行為(こと)」だったのですが……もちろん、すべての島々が、その一方的な宣言を黙って受け入れた訳ではありません。
 今や、ダムグリースには「優に千年を超える歴史」があり、個々の島々にも、それぞれに「固有の伝統」と「それに対する自負」がありました。
 だから、多くの人々が「中央政府による暴力的な統合」によって、自分たち固有の文化や伝統が失われてしまうことを(きら)ったのです。

『この〈居住域〉を統一するにしても、元々が「四つの文化圏」に分かれていたのだから、それに合わせて「四州から成る、ゆるやかな連邦制」を採用するべきだ』

「かつての〈東の王〉の一族」はそう主張し、他の二つの「かつての王家」とも結託して、西方州の勢力を牽制(けんせい)しました。北方州および南方州では少しばかり意見が割れたりもしましたが、大勢(たいせい)としては東方州の意見に賛同します。
 その結果、その後は、おおよそ半世紀に(わた)って、西方州の勢力と三州連合の勢力は微妙な均衡を保ち続けたのでした。

 また、この世界では古来、「王」や「候」や「伯」や「小伯」は島の領主として、その島の名前をそのまま自分たち一族の苗字にしていました。
 ジョスカーラ家もまた、『かつては「ジョスカーラ島とそれに付随する幾つかの離島」を統治しつつ、〈東の王〉に臣従していた』という、高名な「伯」の一族です。
 そして、法制度の上では身分制が廃止された後も、実際の社会のあり方としては、ジョスカーラ家の当主は、事実上の「島の統治者」であり続けていました。法律上の「形式」としては、『地域住民の総意により、代々「その地域の行政府の長官」に選任され続けている』という状況です。

 と言っても、付随する離島まですべて含めても、島の総面積は1500平方キロメートルあまり。総人口もせいぜい15万人といったところなので、ジョスカーラ家の生活も、それなりに(つま)しいものでした。
 現当主の名は、グランザンと言います。彼は、分家から従妹(いとこ)のルドヴィナを妻に迎えて幸福な家庭を築き、愛妻との間に1女と1男をもうけました。
管理局の(こよみ)で言うと、姉ヴァラムディは新暦68年の夏の生まれ。弟フェルガンは72年の秋の生まれです。
 一家四人はみな、外見的には「典型的な」テルマース人で、軽く波打つ褐色の髪と肌理(きめ)の細かな小麦色の肌をしていました。

 そして、ミッドでは〈三元老〉が(あい)()いでこの世を去った頃、ダムグリースの「微妙な均衡」は、卑劣な裏切りによって一気に崩れ去りました。
 裏切り者の名は、ドン・ヴァドラムザと言います。
 彼は、南方州のヴァドラムザ島を統べる「候」の一族の当主でしたが、他の世界から小型の質量兵器(銃器)を大量に購入した上で、自身の主家である「かつての〈南の王〉の一族」に卑劣な夜襲を仕掛け、女や赤子まで皆殺しにしました。
 そうして、中央政府(西方州の勢力)に(こうべ)を垂れて尻尾(しっぽ)を振り、南方州の「事実上の支配者」として認められたのです。

 ジョスカーラ島は、東方州の中ではかなり南方州寄りに位置していたため、グランザンも当然に、それ以来ずっと警戒はしていました。しかし、「信頼する身内」に裏切られることまでは、さすがに予想できなかったようです。
 彼は、自分の従弟(いとこ)でもある「妻の実弟」ガロニークを自分の片腕と信じて、島の警備面などを一任していたのですが、その義弟は、ドン・ヴァドラムザの方から送り込まれた美女シェルムゥ(実は、ドン・ヴァドラムザの異母妹)に(たぶら)かされて、ジョスカーラ本家の屋敷に夜襲をかけました。
 管理局の暦では、新暦82年の4月。つまり、ミッドでは、ちょうどなのはとフェイトが26歳で結婚した頃の出来事です。
 当時、姉のヴァラムディは14歳、弟のフェルガンはまだ10歳でした。

 実の叔父に両親を惨殺されて、二人は心に固く「復讐」を誓いながらも、燃え盛るその屋敷から落ち()びました。ガロニークは手勢を集めて、急ぎ「山狩り」を始めましたが、それでも、二人を見つけることができません。
 一般には秘密の話ですが、実は、ヴァラムディは大変に優秀な幻術魔法の使い手だったのです。自分たちの姿を『敵の目に映らなくする』ことぐらいは、お手の物でした。
(幸いにも、ダムグリースにはテルマースと同様、「犬」という生き物がいませんでした。)

 その後、時には山中に雌伏し、時には離島に身を(ひそ)め、復讐の機会を(うかが)い続けること、実に五年あまり。
 その間に、フェルガンは、転落事故で死にかけたことを契機(きっかけ)として新たな魔法の能力に目覚め、強力な「炎熱変換資質」を発現させました。そして、姉ヴァラムディとともに、ついに復讐を果たします。
 ガロニークは、妻となったシェルムゥとともに幻術に惑わされて、屋敷の外へ逃げ出すこともできぬまま、その屋敷ごと焼き滅ぼされました。彼は今こそ、実の姉と「自分を片腕と信じてくれていた義兄」とを裏切り、焼き討ちにしたその報いを受けたのです。
 管理局の暦では、新暦87年の7月。つまり、ミッドでは、ちょうどトーマとメグミが結婚式を挙げた頃の出来事でした。

 なお、ダムグリースでは古来、「実の父親を殺された息子」にとって、復讐は法律で認められた「正当な権利」であり、また、社会的には「当然の義務」でもありました。
 だから、少なくともダムグリースの「旧来の価値観」からすれば、ヴァラムディとフェルガンは何ひとつ間違ったことはしていないのです。
 しかし、わずか五年のうちに、「時代」は変わってしまっていました。
 ずっと逃亡生活を続けていた二人には、どうにもピンと来ない話でしたが、今ではジョスカーラ島での「普通の生活」も、南方州との交易なしには成り立たないものとなっていたのです。
 だから、島民たちは当然、ヴァラムディとフェルガンの行為を積極的には支持しませんでした。

『そのガキどもを(かば)う奴等は、皆殺しにして構わねえ。必ずそのガキどもを捕らえて、生きたままオレの目の前にまで連れて来い。この世に生まれて来たこと自体を後悔するほどの苦痛を味わわせてやるぜ』

 可愛い異母妹(いもうと)を焼き殺されたドン・ヴァドラムザは、静かにそう怒り狂って、ジョスカーラ島に兵を差し向けました。
 ジョスカーラ島の側には、これに対抗できるほどの兵力など存在していません。
 だから、島民たちは、あたかもそれが「当然の権利」であるかのように、ヴァラムディとフェルガンに向かって言い(はな)ちました。
『我々の島から、早く出て行ってくれ』と。

 最初、ヴァラムディとフェルガンには、領民たちが何を言っているのか理解できませんでした。
彼等自身は、『自分たちは、悪党の圧政から領民たちを開放してやった』ぐらいのつもりでいたからです。『だから、感謝されて当たり前だ』と信じ込んでいたのです。
 しかし、実際には、ガロニークは「為政者としては」それなりに有能な人物であり、島民たちも『彼がその地位に()いた経緯(いきさつ)を別にすれば』彼の政治そのものに対しては特に不満などありませんでした。
 ヴァラムディとフェルガンにしてみれば、全く『信じていた領民たちから裏切られた』といった気分です。もっと率直に言えば、『そもそも、この島は我が一族の島であって、お前たちの島ではない』という気持ちでした。
 二人の考え方は、すでに古すぎたのです。

 幸いにも、「かつての〈東の王〉の一族」の老当主から、素早く「移住の勧誘(おさそい)」があったので、ヴァラムディとフェルガンはそれに乗ることにしました。
 全く不本意ながらも、半ば追われるようにして故郷の島を離れ、一旦は東の〈王の島〉へと身を寄せます。
 また、世が世ならば〈東の王〉と呼ばれていたはずの、その老当主は、開明的な考え方の持ち主であると同時に、(ふる)い価値観にもよく理解を示す人物でした。

『西方州の勢力と「対等の」関係を維持できるのであれば、彼等と手を組むこと自体に特に異存は無い。だが、ドン・ヴァドラムザだけは、ダメだ。もしも今ここで「裏切り者」を許したら、この世界の「歴史」そのものに汚点を残すことになる!』

 その主張は、ヴァラムディとフェルガンにとっても、大変に納得のゆくものでした。彼等自身、実際に「裏切り者」である叔父を討ち取って来た身の上なのですから。
 二人は、老当主が所有する「四つの(やかた)」の一つに、「二間(ふたま)続きの部屋」と「忠実で有能な二人のメイド」を与えられ、よくよく感謝しつつ、そこで彼の「食客」として一夏(ひとなつ)を過ごしました。
 フェルガン(15歳)の心は、長い逃亡生活と領民の裏切りによって、すっかり(すさ)んでしまっていましたが、その一夏(実質、百日たらず)で、ある程度までは回復したようです。

 しかし、10月下旬(現地の暦では、「15月」の後半)になると、また事件が起きました。
 ()()けた頃、ドン・ヴァドラムザの手の者がその館に侵入し、二人を()らえて連れ去ろうとしたのです。
 もし彼等が最初からヴァラムディとフェルガンを殺すつもりで来ていたら、二人とも助かってはいなかったかも知れません。事実、手前の部屋にいたメイドたちは、悲鳴を上げる一瞬の余裕すら無く、出会い(がしら)に刺し殺されています。
 奥の部屋にいたヴァラムディとフェルガンは、五年あまりの逃亡生活で身につけた「野生の勘」で瞬時に状況を察すると、相手が音も無く扉を開ける前に、あらかじめ室内に幻術を仕掛け、侵入者たちをその場で何とか「返り討ち」にしました。
 ヴァラムディとフェルガンにとっては、自分たちに対して本当によく尽くしてくれたメイドたちを殺されてしまったこと自体も大変な問題でしたが、それ以上に問題なのは、『誰かが「手引き」をしない限り、侵入者がここまで入り込めるはずが無い』という事実でした。

 この頃には、ヴァラムディとフェルガンにも『東方州の勢力ですら、今や一枚岩ではないのだ』ということは、よく解っていました。
 しかし、実際のところ、『一体誰が「手引き」をしたのか?』など、いくら考えても解りませんし、老当主の身内や配下たち一人一人を疑い出したら、本当に際限(キリ)がありません。
 もちろん、メイドたちの(かたき)討ちとして、ドン・ヴァドラムザに報復したい気持ちもありましたが、二人は、今しばらくはその気持ちを抑えることにしました。
 今ここで怒り狂ったとしても、『ただ老当主に無駄に迷惑をかけるだけ』になってしまうことは明らかだったからです。

 しかし、『自分たちがこの島にいる限り、第二、第三の侵入者が必ずやって来る』というのも、また明らかです。
 とは言え、この島ですら安全でないのなら、二人にとって、もはやどの島も安全ではあり得ないでしょう。もちろん、最終的にはドン・ヴァドラムザを(たお)すしかないのですが、今はまだ、そのための準備が整ってはいません。
 二人はよく話し合った上で、全く不本意ながら、一旦はこの世界から離れることにしました。
 幸いにも、この島の旧王都の郊外には小さな簡易次元港があり、今も近場(ちかば)の諸世界と細々(ほそぼそ)とした交易が続けられています。
 しかし、言葉の問題があるので、『スプールス以外の世界へ行く』という選択肢は、あまり得策とは思えませんでした。

「かれこれ五か月ちかくもの間、こちらに居候をさせていただきましたが、どうやら、御家中(ごかちゅう)には(わたくし)たちのことをあまり(こころよ)くは思っていない方々(かたがた)がおられるようです」
 ヴァラムディは口下手な弟に代わって、「かつての〈東の王〉の一族」の老当主に対してそう語り、自分たちは一旦、スプールスに落ち延びるつもりであることを告げました。
(くどいようですが、この世界の「一か月」は、20日あまりです。)

「せっかくの御厚意に何ひとつ報いることができずに、こちらとしても大変に心苦しいのですが、(わたくし)たちがこのまま(かくま)われ続けていては、いつまた彼等がドン・ヴァドラムザのような凶行に及ばないとも限りません」
 つまり、自分たちがここにいると、あなたまで奸臣(かんしん)弑逆(しいぎゃく)されてしまう、と言っているのです。孫のような(とし)の娘にそこまで言われては、老当主としても、この二人の要求をそのまま聞き入れるしかありませんでした。
「私たちに、来月のスプールス行きの便に『密航』することを、どうぞお許しください。『こちらの(あずか)り知らぬ間に勝手に乗り込んでいたのだ』ということにしていただければ、もしあちらで私たちの身に何かがあったとしても、あなたにまで(るい)が及ぶことは無いでしょう」
 つまり、いざとなったら「トカゲの尻尾(しっぽ)切り」のように自分たちを切り捨ててくれても構わない、と言っているのです。

 少しでも恩義に報いようとするその態度に感銘を受けて、老当主は二人にそっと「秘密の話」を打ち明けました。
「解った。では、あと一年だけ異郷の地で辛抱(しんぼう)しておくれ。そして、来年のこの季節になったら、きっとまた二人でここに戻って来てほしい。
 まだ極秘の話だが、実は今、我々は来年の秋に南方州へ進攻する予定で、その準備を進めているのだ。今回、ドン・ヴァドラムザの手の者がこの島で殺人の罪を犯したことによって、大義名分も増えた。来年には、我々は必ず奴を討ち倒す!」
 こうして、ヴァラムディとフェルガンは、老当主に『来年の秋分を過ぎたら、必ず戻って来る』と「個人的に」約束をして、故郷の世界ダムグリースを離れたのでした。

 新暦87年11月、ジョスカーラ姉弟は貨物船に密航し、〈管61スプールス〉第二大陸の首都次元港に降り立ちました。もちろん、「密航」とは名ばかりで、船長からは当座の資金として、現地で普通に使える「相当な額の紙幣の束」なども手渡されています。
 ヴァラムディとフェルガンも、当初はこの首都圏でひっそりと一年やり過ごすつもりでいたのですが、翌月には、ドン・ヴァドラムザの手の者たちが早くもこちらの世界にまでやって来ました。やはり、老当主の(もと)には内通者がいたのでしょう。
 二人は『現地の人々に迷惑をかけないように』と、まずは観光地化された第四大陸に渡り、宿泊施設にはただ一言、『探さないでください』と書き置きを残して脱走し、そのまま森林部に潜伏しました。二人とも、この種の逃亡生活には、もう慣れています。
 しかし、管理世界の常識としては、『探さないでくれと言われたから、探さない』という訳にもいきません。
 現地の自然保護隊は当然に、二人の捜索を始めました。

 翌88年3月、管理局の自然保護隊はようやくジョスカーラ姉弟を見つけましたが、フェルガンはいきなり「炎熱変換資質」を使って周囲の森に火を放ちました。
 この一帯は、まだ観光地化されていない「自然保護区域」だと言うのに、自然には起こり得ないほどの大火災です。管理局員たちは、突然の消火活動に追われ、ヴァラムディとフェルガンにはまた逃げられてしまいました。
 フェルガンは正式な魔法教育を受けていないので、「力の加減」がまだ上手くできないのです。ヴァラムディにも、「自分が魔法を使う才能」はあっても、「他人に魔法を教える才能」はありませんでした。

 こうして、同年の5月には、前の「第7節」にも書いたとおり、ヴァラムディ(20歳)とフェルガン(16歳)は、初めてエリオやキャロ(23歳)と出会うことになります。
【これ以降の「ヴァラムディとフェルガンの動向」については、「キャラ設定10」の後編を御参照ください。】



 
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