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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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AXZ編
  第181話:優しい壁

 颯人からの突然の問いに対し、宮司は即座に答える事をしなかった。ただ静かに、彼の目を真っ直ぐ見つめ返すのみ。あまりにも真っ直ぐに見つめ返されるので、流石の颯人も彼が何を考えているのか一瞬分からなくなるほどだった。

 だが時間にして数秒にも満たない時間、颯人の目を見つめていた宮司は直ぐに日中の朗らかな笑みを浮かべ口を開いた。

「はて……何の事でしょうな? あぁ、もしや昼間のあれを真に受けられてしまいましたか? でしたら申し訳ない。先程も申した通り、あれは単なるジョークでして――」

 飽く迄しらを切ろうとする宮司であったが、颯人はそれを軽く上げた手を小さく振る事で制した。目を瞑り、舌をチッチと鳴らして手を振る彼に宮司も思わず口を噤む。

「いやいや……宮司さん? 俺、こう見えて手品師でしてね。明星 颯人ってんですけど、聞いた事あります?」
「確か、最近有名になり出した若手マジシャン……でしたかな? すいません、あまり流行の類には明るくないものでして」
「そこだけ知ってくれてればこっちとしては結構。ま、何が言いたいかと言うと……手品師ってのは大なり小なり、人を見る目ってのが肥えてる連中が多いって話です」

 俗にいうメンタリストと呼ばれるパフォーマーは、読心術やテレパシーと言ったメンタルマジックを行うマジシャンの事を言う。彼らは心理学を用いて相手の言動や僅かな仕草などから相手の心の内を読み解き、それをあたかもテレパシーや読心術と言った超常的な力で成しているように見せているのだ。
 特に視線の誘導や僅かな挙動から相手の次の一手を見抜く能力はずば抜けており、本職の彼らを前にすればまるで自分の心を覗かれているのではという錯覚すら覚える程であった。

 彼らメンタリストには及ばないながらも、颯人も相手の僅かな挙動から大体の胸の内を察する能力には長けている。その技術から、颯人は宮司が明らかに何かを隠している事を見抜いていた。

「宮司さん……あんた、昼間言ってたよな?『事故で亡くした娘夫婦の孫を思い出す』『生きてればちょうど皆さんくらいの年頃』……って」
「確かに……言いましたな」
「その時あんた、明らかに調ちゃんの事を他の連中より長く見てただろ?」
「さて、そうでしたかな? まぁ、あの娘さんの可愛らしさに思わず見惚れていたのは事実ですが」

 なかなかに食えない老体だと颯人は内心で舌を巻いた。年の功と言うかなんというか、この宮司は生きた年数を無駄にせずしっかりと経験を自分の中で昇華させ糧としている。人間として憧れに近い何かを抱かずにはいられないが、今は調と彼の関係性の方が重要だ。

 颯人はここで思い切って手札を切る事を選んだ。

「実は、調ちゃんって本名じゃないらしいんですよ」
「え?」

 調が他の装者達と歩調が上手く合わせられていない事に悩んだ颯人は、何か彼女が心を開く切っ掛けになるものがないかと暇を見ては慎次らの手を借りて彼女の過去を調べ上げた。できれば彼女の両親の存在が居れば大きいのだがと思ったが、その過程で彼は調の今の名前がF.I.S.により便宜的に付けられた名前だったと言う事を知ってしまった。これに関しては他の元二課組みの装者には明かしていない。流石にデリケート過ぎる問題だからだ。
 或いは奏や翼辺りは、マリア達の境遇から薄々察しているかもしれないが、その事に関しては触れず得てしまった情報はそのまま胸の内にしまい込んでそれこそ墓場まで持っていくつもりであった。

 が、今回に限ってはここで明かすべきと颯人はこの事実を口にした。

「詳しい事情は省きますが、調ちゃんって事故に遭った後アメリカに引き取られましてね。そこで持ってたお守りから便宜的に名付けられたらしいんです。”つき”と読む”調”と書いて、”月読 調”……ってね?」

 そう、F.I.S.の研究所に連れていかれた時、調はこの調神社のお守りを持っていたのだ。そしてその神社の名前から、彼女は今の名前を付けられそれが定着したのである。であるとすれば、彼女には両親からもらった本当の名前があると言う事になる。
 彼女が未だに本当の名前を名乗らないのは、事故の影響で忘れてしまったのか、それとも過去を断ち切り切歌達と歩む事を選んだからなのか……それは分からない。が、明らかになっている事実は、調は何らかの形でこの神社と関りを持っていると言う事である。

 颯人からその事実を聞かされ、ここで初めて宮司が同様に視線を彷徨わせた。小さく息を呑み、小さく目を見開く。それだけで颯人にとっては十分であった。

「何か……心当たりがあるんじゃないですか?」

 念押しする様に颯人が問い掛けると、宮司は観念したように大きく息を吐いて口を開いた。

「確証は……何一つありません。もしかしたら老人の妄想の類かもしれませんよ?」
「それでも、聞く価値はあると判断しました」
「そうですか……分かりました。確かに、私はあの調と言う子に、娘夫婦の孫の面影を見ました。言え、記憶にある孫が成長していれば、ああなっているのだろうと言う気すらしている」
「それでも何も言わないのは……ポッと出て親族を名乗るには確証が薄いから?」
「左様。あまりにも離れていた期間が長すぎました。何より、今のあの子は何だかんだで幸せそうに見えます。友や仲間に囲まれ、両親を失った事への悲しみを感じさせない。そんな彼女に、残酷な現実を思い出させるのは、果たして正しい事なのだろうかと思うのです」

 それは、確かに一理あるかもしれない。調は颯人が知る限りにおいて、一度も両親恋しさに寂しそうにする仕草を見せた事が無かった。いや、調だけではない。マリアもセレナも、切歌でさえも、失った過去を懐かしみ、想いを馳せると言う事をしていなかった。共に苦しい日々を過ごす中で、彼女達の中に一種 の連帯感の様なものが生まれ、それが過去を振り払ったのだろう。
 そんな彼女達に、肉親を失った悲しい過去を無理矢理思い出させるのは酷な話だ。何も明かさず、初対面の相手として接する事もある意味では正しいのだろう。

 だが、そうなると宮司はどうなる? 彼は面影程度とは言え、調の事を知っている。過去の面影に縋り、失った過去に触れたいと思うのは人として当然の行動だ。彼はそれを自ら禁じている。辛いとは思わないのだろうか?

「宮司さん、あんたはそれでいいのかい? このまま調ちゃんと、偶然知り合っただけの関係で終わっても……」

 確認する様に颯人が問えば、宮司は何処か儚さを感じさせる笑みを浮かべて答えを口にした。

「どうせ老い先短い老人です。私の個人的自己満足より、あの子がこのまま幸せにしてくれていれば、仮にあの子が私の孫だったとしても私は一向に構いません」

 それは、一種の逃避にも近いのだろう。ここまで材料が揃っておきながら、実際にはそれはただの偶然で自分とは縁も所縁もない相手だったと言う現実にぶち当たるくらいなら、このままもしかしたら血縁かもしれないと言う期待だけを胸に生きていく。シュレディンガーの猫、真実の蓋を敢えて明けない事で希望を胸に仕舞い生きていくつもりなのだ。

 それを間違っていると断言するには、颯人はまだ若過ぎた。彼はそれ以上この事を宮司に問い詰める事をするのは止めにした。

「分かった。あんたは『もしかしたら調ちゃんと血縁関係があるかもしれない』……それだけにしておくよ」
「ありがとうございます」
「あぁ、ただ……一つだけ頼まれてくれないか?」
「何を?」

 宮司がこれ以上調との関係を近付けたくないと言うのであれば、強制はしない。それは颯人の身勝手でありエゴでしかないからだ。だが、同時に彼は利用できるものは何でも利用するつもりだった。そうしなければ、越えられる壁も越えられない。

「あの子に……調ちゃんに、ちょいとアドバイスしてやってくれ。生き別れた祖父かもしれない老人としてじゃなくて、1人の人生の先達として」
「それでしたら、喜んで」

 宮司は日中に浮かべたのと同じ笑みを浮かべて頷き返した。それは同時に、この話の終わりを意味しても居た。




***




 その頃、パヴァリア光明結社がアジトとしているホテルのスイートルーム。そこでプレラーティは、灯りを消して窓から差し込む街の光だけを光源にして1人グラスに牛乳を注いでいた。

「あのおたんちん……。元詐欺師が1人で格好つけるからこうなったワケダ……」

 思い起こすのはまだ自分がベッドの上で臥せっていた時の事。錬金術により肉体を修復されている彼女の前で、カリオストロが口にした言葉を思い出していた。

『大祭壇の設置に足りない生体エネルギーを、あの男はサンジェルマンが気に掛けてる坊やから練成しようとしている。……それ自体は別に良いわ、あーしはあの子に何の未練も無い』

『ただ問題なのは、それをやらかした時果たしてサンジェルマンがどう動くかよ』

『最近のサンジェルマンは殊更に大きく揺らいでいる。もしかすると、局長に反旗を翻すかもしれない』

『もしそうなったら、あいつはきっと何かやらかす。ま、女の勘だけどネ……』

 カリオストロはそれをさせじと、代わりとなる良質な生体エネルギーを持つだろう他の魔法使いを仕留めようとして見事に失敗したと聞く。その後の生死に関しては不明だが、ティキが何も言っていない所を見るに生きてはいるのだろう。彼女がサンジェルマンを裏切るとは思っていないが、捕虜となった事は素直に間抜けと言わざるを得ない。

 言わざるを得ないが……それでも、面と向かって罵倒するのは憚られた。きっと立場が逆になっていれば自分も同じ事をしただろうと言う確信があるからだ。

「女の勘ね。フッ、生物学的に完全な肉体を得る為、後から女と成ったくせに一丁前な事を吠えるワケダ」

 口ではそう言いつつ、内心ではカリオストロの事を認め、そしてそれを隠す様にグラスの中の牛乳を一息に飲み干した。

「だけど……、確かめる価値はあるワケダ」

 そう口にしたプレラーティの目には、ある種の覚悟が宿っていた。窓ガラスに映る自分の目を見て覚悟を決めたプレラーティは、ホテルの最上階にある展望露天風呂へと向かう。そこでは相も変わらず、アダムがティキと共に泡風呂に入り寛いでいた。
 扉1枚を隔てた先からは、喧しく騒ぐティキの声が聞こえてきていた。

「神の力が手に入ったら、アダムと同じ人間になりたいって言ってるのッ!」

 自分勝手で我儘放題、しかしそれは飽く迄プログラムされただけの中身の無い反応でしかないと知っているプレラーティは、ティキの言葉をただの戯言としか思わなかった。
 しかし次にティキの口から出てきた言葉は流石に見過ごす事は出来なかった。

「だーかーらー、もうこの際魔法使いじゃなくて三級錬金術師をさっさと生命エネルギーに替えちゃってさ――」

「その話、詳しく聞きたいワケダ」

 予告なしに扉を開け浴室へと入るプレラーティ。アダムは今の話を聞かれた事に対して、特に動揺する事も無く立ち上がり泡を付けた裸体を見せ付けながら答えた。

「繰り返してきたじゃないか、君達だって。言わせないよ、知らないなんて」

 そう告げるアダムの傍らでティキがプレラーティの事を見ている。その表情は今までの我儘放題な子供の様なものから一転、他者を追い落とす冷酷な笑みを浮かべていた。

「計画遂行の勘定に入っていたのさッ! 最初からッ! 君の命もッ! サンジェルマンの命もッ!」
「そんなの聞いていないワケダッ! 大体、だとすればあの小僧はどうなるッ! あの小僧の命を狙っていたんじゃないのかッ!」
「保険、という奴だよ。優先すべきは計画の遂行だからね、あの男の子孫を使えれば良し」

 そこには明らかな憎悪が宿っていた。普段プレラーティ達が見る酷薄な表情とは違う、心の底から滲み出てくるどす黒い何かが見え隠れしていた。

「何を……お前は一体、何を目的としているワケダッ!」

 プレラーティは訳が分からなかった。今までただのロクデナシ、力だけが取り柄の厄介者でしかなかったアダムが、今はとても恐ろしい別の何かに見えて仕方がない。
 震えそうになる喉を律しながら、プレラーティが絞り出す様に問えばアダムは酷くシンプルな答えを口にした。

「思い知らせるのさ、奴に……人形を嘲笑う、あの男に……!」
「人形……?」

 アダムが口にした”人形”という単語に、プレラーティは最初彼の隣のティキを見た。しかし、ティキを嘲笑われて果たしてアダムがここまでの怒りを露にするだろうか?

 己の内に湧き上がった疑問を消化する前に、アダムの錬金術がプレラーティを襲った。

「くッ!?」

 咄嗟に回避した彼女だったが、その際に持っていたカエルのぬいぐるみが真っ二つに切り裂かれた。綿が飛び出すぬいぐるみに彼女は慌てて手を突っ込み、中に入れてあるファウストローブのスペルキャスターを引っ張り出しながら屋上の縁へと駆けて行きそのまま飛び降りた。

 飛び降りる最中にファウストローブを纏った彼女は、真下にあった車を踏みつぶしながら更に跳躍しスペルキャスターのけん玉を変形させた車両に跨り他の車を跳ね除けながら疾走した。

「逃げたッ! きっとサンジェルマンにチクるつもりだよッ! どうしようッ!?」

 このままだと計画遂行に問題が生じる。何とかしなければと騒ぐティキだったが、対するアダムは落ち着いた様子だった。

「狩りたてるのは、任せるとしよう……シンフォギア達に」




***




「錬金術師がッ!?」

 プレラーティが高速道路を爆走していると言う情報はすぐさまS.O.N.G.の知る所となった。なりふり構わず人目の多い中を、被害を出しながら爆走していればすぐさま見つかるのは当然の事である。

『新川越バイパスを猛スピードで北上中ッ!』
『付近への被害甚大ッ! このまま、住宅地に差し掛かる事があれば……』

 本部からの情報は寝ていたところを叩き起こされた響達の耳にも入った。彼女達は眠気も吹き飛ばし、即座に対応しようと動き出す。

 そんな中、誰よりも早くに行動を起こしたのは調であった。

「師匠ッ! 今、調ちゃんが……」
『……ッ! そちらにヘリを向かわせているッ! 先走らず、ヘリの到着を待てッ!』

 弦十郎からの指示を待たずに行動した調は、シュルシャガナのギアのローラーを使って高速へと入った。独特な形状のギアであるが故、踏ん張りこそ聞かないがその分平地での機動力は他のギアを大きく上回っていた。
 そんな彼女にシンフォギアを纏った状態で唯一追随した者がいた。翼である。彼女は1人、独自の移動手段としてバイクを持っていた為それで調に追いついたのである。
 因みに直前まで一緒に居た奏は、翼の機動力を優先させる為と他の者達とは別行動をしていた颯人に状況を知らせる為同乗してはいなかった。

「高機動を誇るのはお前1人ではないぞ?」

 後ろから翼が声を掛けるが、調はそれに答えず前だけを見る。その事に翼は何かを言う事はせず、そして何かを言う前にプレラーティが爆走しているバイパスに合流した。

「ッ!?」

 2人がバイパスに入ると、そこには丁度転がる珠で走るけん玉に跨るプレラーティが居た。彼女は装者2人が来たのを見ると、一瞬苦い顔をしつつ構っている暇はないとそのまま走り続けた。
 翼は調と共に彼女に近付き、その真意を問い質した。

「何を企み、どこに向かうッ!」

 走りながらの翼の問い掛けに、プレラーティは走りながら錬金術で火炎を放ち攻撃した。

「お呼びでないワケダッ!」

 放たれた火炎を、調は横に翼は後退する事で回避。その隙にプレラーティは中央分離帯の壁を破壊して反対車線に入り2人を捲こうとした。
 あんな事をすれば反対車線を走る車を正面から踏みつぶしてしまう。尤も、これまでに多くの人々の命を奪ってきたプレラーティからすれば、その程度の犠牲など取るに足らないものなのだろうが・

「お構いなしときたかッ!」

 このままプレラーティを野放しにしては被害が大きくなる。そうなる前に勝負を決めなければと考えた翼は、前を走る調に作戦を提案した。

 即ち、ユニゾンだ。

「ユニゾンだ、月読ッ! イグナイトとのダブルブーストマニューバでまくり上げるぞッ!」
「……!」

 翼からの提案。確かにこの状況、2人だけで何とかするにはそれ以外に方法は無いのかもしれない。

 しかし…………

「ユニゾンは……できません……」

 調は何かを堪えるように、そして吐き出す様に否と答えた。彼女には切歌以外とのユニゾンは、未だ高すぎる壁だったのである。彼女の絞り出すような答えに、翼もどう声を掛けるべきかと言葉に詰まりかけた。

「月読……」

「切ちゃんは、やれてる……誰と組んでも……。でも私は、切ちゃんとでなきゃ……ッ!」

「人との接し方を知らない私は、1人で強くなるしかないんですッ! 1人でッ!」

 辛そうに胸の内を明かす調に対し、翼は親近感の様なものを感じずにはいられなかった。自分も一時、似たような状態に陥った事があるからだ。自分にとって親しい人物を、横から出てきた誰かに取られてしまうような……そんな不安を。

「心に壁を持っているのだな、月読は」
「――壁……」

 翼が口にした壁と言う言葉。それを聞いて、調は先程1人で境内を散歩していた時遭遇した宮司との会話を思い出していた。

『壁を崩して打ち解けることは大切なことかもしれません』

『ですが壁とは、拒絶の為だけにあるものではない。私はそう思いますよ』

 宮司からの言葉を思い出していたからか、壁越しのプレラーティからの攻撃に一瞬反応が遅れそうになる。ギリギリのところで回避し転倒する事を免れた調に、翼が嘗ての自分の経験を語った。

「私もそうだった。奏が誰かに取られるかもと思い、気付かぬ内に壁を作り目を塞ぎそうになった事がある……」
「奏さんと、颯人さんの事……?」
「結局はただのヤキモチに過ぎなかった事だが、それでも颯人さんは笑って許してくれた。私の奏への想いを受け入れてくれた」

 それは調にも当てはまる事だった。今調が他の装者達に対して壁を作っているのは、切歌を想うがあまりの嫉妬心の裏返し。自分を守る為でなく、他者を想うが故の壁であった。翼はそれを見事に言い当てた。

「月読の壁も、ただ相手を隔てる壁ではない。相手を想ってこその距離感だ」
「……想ってこその距離感……?」
「それはきっと、月読の優しさなのだろうな」
「優しさ……」

 翼からの言葉に、調の表情が徐々に明るくなる。胸に刺さっていた棘が取れた様な爽快感が、それまで下を向いていた彼女に漸く前を向かせたのだ。

 2人がそんな会話をしている事等知る由も無いプレラーティは、しつこく追いかけてくる2人に再度錬金術で今度は氷柱を飛ばして攻撃してきた。走りながらの不安定な状態からの攻撃は、狙いも甘く避けるのはそう難しい事では無い。

「優しいのは、私じゃなく、周りの皆です。だからこうして気遣ってくれて……」

 そう翼に返す調の顔には、確かな笑顔が浮かんでいた。それは相手を思い遣るが故の誤魔化しの様な笑みではなく、心から相手を想う本当の笑みであった。

「私は、皆の優しさに応えたいッ!」

「ごちゃつくなッ! いい加減付け回すのを止めるワケダァァァァッ!」

 希望を見出した調に対し、追い回されているプレラーティは怒りを爆発させるように錬金術の炎を放った。走っている途中に入り込んだトンネル、その天井付近にある排気ガスの吸引装置に引火した炎は大きな爆発を起こし、その炎が翼と調の2人を飲み込んだ。対するプレラーティは炎に巻かれる前にトンネルからの脱出に成功。勝ち誇った顔で後ろを振り返っていた。

「ぐうの音も――」

【DAINSLEIF】

「ワ……ケダッ!?」

 振り返ったプレラーティの目に映ったのは、炎の中から飛び出してくるイグナイトを起動した翼と調の2人であった。調はSF映画に出てくる一輪バイクの様に変形させたギアで、翼は愛車をギアで強化して逃げるプレラーティに追いすがった。

 その時翼の目が前方にある看板を捉えた。その看板には『連続カーブ注意!!』という表示がしてある。

 それが意味するのは、この先には道路が避けなければならない住宅地があると言う事。

「このまま行くと――住宅地にッ!」

 それはマズイと、翼はこれ以上のプレラーティの進行を阻止すべくバイクで彼女の右側に入り込み、横から刃を展開して軌道を逸らそうとした。今の彼女なら、住宅地も構わず真っ直ぐ突っ切るのは確実だ。そんな事になればどれ程の被害が出るか分かったものではない。

「いざ、尋常にッ!」
「邪魔立てをッ!」

 即座にプレラーティは錬金術で翼を引き剥がそうとした。が、それより早くに逆方向から近付いた調が回転鋸を展開して同じようにけん玉を切り裂こうとした。その衝撃でプレラーティの攻撃が妨害される。

「動きに合わせてきたワケダッ!」
「神の力ッ! そんなものは作らせないッ!」
「それはこちらも同じなワケダッ!」

 調の言葉にプレラーティが返す。その内容に翼は違和感を感じた。情報が正しければ、彼女らは神の力で世界を変えようとしている筈なのに…………

「歌女どもには、激流がお似合いなワケダッ!」

 翼が違和感を感じている間に、けん玉の上に立ったプレラーティが空いた両手で全力の錬金術を行使し大量の水を2人に放った。まるで津波の様な激流が2人に襲い掛かる。

「行く道を閉ざすかッ!?」
「そんなのは、切り拓けばいいッ!」

 このままでは激流に押し流される。そう危機感を抱く翼に対し、調は大量の丸鋸を激流越しに前方に飛ばす。丸鋸は文字通り激流を切り裂き突き抜け、プレラーティを切り裂かんと迫る。彼女はそれを障壁で防ぐが、幾つかの丸鋸は脇を通り抜け壁を破壊し、更に弾かれた瓦礫が2人の前に積み重なりジャンプ台となった。それを使う事で2人はプレラーティが放った激流を飛び越え、空中から飛び掛かる事に成功した。

 とんでもない方法で攻撃を回避された事に言葉を失いかけるプレラーティだったが、このまま好きにさせまいと玉はそのままにけん玉をハンマーにして飛んできた2人を殴り飛ばした。

「なんとぉぉぉぉッ!」

 強烈な質量を持つハンマーで殴り飛ばされた2人だったが、ギアで上手く威力を受け流した事で難なくやり過ごす事に成功。それどころかプレラーティの前方に降り立つ事に成功した。

「駆け抜けるぞッ!」

 翼の言葉を合図に、2人のギアが大きく変形。翼のバイクと2人のギアが合体し、前方に刃を備えたチャリオットとなって突撃。それを見てプレラーティも、スペルキャスターを大きく変形させ前方に杭を備えるこちらもチャリオットのような形態となって迎え撃つ。

「サンジェルマンに……告げなくてはいけないワケダッ! こんなところでぇぇぇッ!」

「アダムは危険だとッ! サンジェルマンに伝えなくてはいけないワケダッ!」

 覚悟を胸に、2人の連携技に向け突撃するプレラーティ。翼と調もそれを打ち破るべく、全力でギアを動かし相手を粉砕するつもりで突撃した。

[風月ノ疾双]
「「おぉぉぉぉ――ッ!」

 共に魂を震わせるほどの叫びを上げながらのぶつかり合い。当たれば確実にどちらかが倒れるだろうと思われたその勝負は――――




「サンジェルマン――サンジェルマァァァンッ!?」

 プレラーティのチャリオットが正面から粉砕され、彼女は爆発の中へと消えていった。

 翼と調は、その爆炎の中から飛び出すと勢いを殺し切れずバランスを崩してその場に倒れた。あちこちが罅割れた道路の上で、2人は燃え盛る炎を見ながら起き上がった。

「勝てたの……?」

 調が信じられないと言った様子で呟く。切歌とならいざ知らず、翼との連携で本当に強敵に勝てたことが信じられなかったのだ。
 彼女の不安をかき消す様に、翼が勝利を確信した言葉を紡ぐ。

「あぁ、2人で掴んだ勝利だ」

 パヴァリア光明結社の幹部との戦いに勝利した。その達成感を2人で噛み締めていると、後ろからバイクのエンジン音が聞こえてくる。
 まさかもう一般車両が来たのかと一瞬驚きながら翼が振り返ると、そこにあったのは見知ったバイクに跨る奏だった。

「よ! お疲れ、2人共」
「奏ッ!」
「奏さん? それ、颯人さんのじゃ?」

 奏が跨っているのは颯人の愛車である筈のマシンウィンガー。基本彼が移動手段として用いている筈のそれに、奏がハンドルを握っているのは違和感しかなかった。彼女は基本彼の後ろにタンデムしているからだ。

「あぁ、颯人なら……そっち」
「「そっち?」」

 調の疑問に奏は2人の後ろを指差す事で答える。その指の先を追ってもう一度燃え盛る炎を見ると、その瞬間強烈な風と共に燃え盛っていた炎は吹き飛ばされ後には大きく凹んだ道路とその中心に佇むウィザードに変身した颯人の姿があった。彼の腕の中には、気絶して元の姿に戻ったプレラーティも居る。

 一体どういう事かと翼が奏を見れば、彼女は何も語らずただ小さく肩を竦めるだけ。そして颯人は、腕の中のプレラーティを静かに見つめていた。 
 

 
後書き
と言う訳で第181話でした。

XDU、まさかのサ終に衝撃と驚愕を禁じ得ない今日この頃です。いや、割とマジで。シンフォギアってあんまり使わない言い回しとか、小難しい漢字とかが結構あるので、文字でそれを表現してくれるこのゲームの存在は素直にありがたかったんですよね。そうでなくても奏とかが思いっきり暴れてくれるこのゲームは楽しめましたし。

まぁ終わった後もオフライン版でストーリーは見れるらしいので、何とかなると言えば何とかなるのですが寂しさはやっぱりあります。

それと今回の話のラスト、プレラーティとの決着は最初颯人の乱入により有耶無耶になる予定でした。両者のぶつかり合いを颯人の魔法で止められ、その上でプレラーティだけを無力化するみたいな感じで。でもそれやると批判が凄そうだったので、急遽予定を変更して倒されたプレラーティを颯人が回収するみたいな感じで締める事に。当然プレラーティは捕縛されてカリオストロと仲良く捕虜となります。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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