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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第130話『なりたい自分』

 
「お父さんお母さんって……」


ふと漏らした狐太郎の呟きを晴登は聞き逃さなかった。
そしてすぐに彼の向く方向を見ると、確かに教室の外からこちらを見ている男性と女性がいる。しかし気づかれたとわかるや否や、彼らはそそくさとその場を去っていった。

狐太郎の両親といえば、今は海外にいるという話だったが、いつの間に帰って来たのだろうか。それとも狐太郎の様子を見に、わざわざ文化祭に来たのだろうか。


「だったら逃げることないのに……」

「僕と顔を合わせるのが気まずいんだろうね。別に来なくていいのに」


狐太郎の反応が珍しくドライである。彼にとって両親は狐太郎の病気から逃げた薄情者だから、相当嫌っているようだ。

実のところ、晴登も狐太郎の両親は悪者だと思っていた。病気の治療のためというのは建前で、逃げるために海外に行ったという狐太郎の主張を信じていた。けど、狐太郎の両親をこの目で見て、


「本当に悪い人たちなのかな……」


遠目で見てもわかるぐらいに彼らはやつれていた。表情も暗く、元気もない。それでも、狐太郎を見る顔には驚きと安堵の色が浮かんでいた。
彼らも苦労したのだろう。そして同時に後悔もしたはずだ。理由が何にせよ、息子を置いて行ってしまったことには変わりないのだから。もしかすると、今日はそのことを謝りに来たのかもしれない。狐太郎の言う通り、今は気まずくてついこの場から離れてしまったとしても、狐太郎と話すタイミングをまた窺ってるだろう。

それなら、友達として一つお節介を焼くことにする。


「ちょっとあの人たち連れ戻して来るね」

「えっ!? いいよ、わざわざそんなこと……」

「じゃあ後で会いに行くの?」

「それは……」


予想通り晴登のお節介を断る狐太郎に、少し意地悪な返しをしてやった。彼にはそもそも両親と会う気も話す気もない。だからこそ、晴登がこうして代わりに動こうとしているのだ。


「三浦君は知ってるでしょ。あの人たちが僕に何をしたか……」

「知ってるよ。でも向こうから来てくれたんだ。これはチャンスだよ」

「チャンスなんかじゃないよ。もう会いたくない」

「──そうやって、いつまで逃げるの?」

「……は?」


いつまでもウジウジしている狐太郎を見て、ちょっと口が滑って本音が出てしまった。だが取り繕いはしない。最初から、いつものように絆して説得できるとは思っていないのだ。


「僕は別に逃げてなんか……!」

「逃げてるよ。そしてこれからも逃げようとしてる。いつになったら両親と向き合ってあげるの?」

「……っ、三浦君には関係ないだろ!」

「あるよ!」

「っ!」


痛いところを突かれ、狐太郎が柄にもなく声を荒らげたところで、張り合うように晴登も大声を上げる。
周りの目がこちらを向き始めるが、今は構っていられない。


「俺が無理言って君を外に連れ出したんだ。だったら、最後まで手を貸すのが筋じゃないの?」


これは偽善で、自己満足で、狐太郎の気持ちを度外視した晴登のエゴだ。彼が辛い過去を持っているのは知っているし、今も心のどこかで苦しんでいるのだろう。それでも、


「君は独りじゃない。ちゃんと両親に向き合ってあげて欲しい」


今回は『友達がいるから』ではなく、『両親がいるから』という意味だ。親と子が離ればなれのままなんて、そんなの良い訳がない。真っ直ぐな晴登の言葉に、狐太郎は押し黙ってしまう。


「ちょっとちょっと、どうしたの二人共?」

「ごめん、ちょっと席外すね」

「え、三浦君!?」


いつの間にか賑やかだった教室も静まり返っており、全員が晴登と狐太郎に注目していた。そんな中、ようやく話が落ち着いたのを見計らって、クラスの女子が声をかけてくる。普段口論することのない2人が騒いでいてさぞ混乱したことだろう。

空気を悪くして申し訳ないと思っている。だが、その償いはすぐにはできない。なぜなら今は、文化祭の出し物以上にやるべきことがあるから。
晴登は着の身着のまま、教室から飛び出して行った。


「柊君、何があったの?」

「……僕もちょっと休憩します」

「え? え?」


晴登に置いてけぼりにされ、残った狐太郎に事情を聞こうとするも、彼もそう言って教室から出て行ってしまう。
残された女子は状況が理解できず、ただただ困惑するのみだった。







「どこだ……」


晴登が廊下に出ると、もう狐太郎の両親の姿はどこにも見えなかった。ただでさえ人が多いのに、見失ってしまったら探し出すのは困難を極める。
顔は表情が印象的だったから何となく覚えているが、それだけの手がかりでは足りない。

──だから、この力に頼る。


「"晴読"!」


"晴読"を発動すると、目の前にいくつもの風の流れが現れた。この風一つ一つが未来を表しており、晴登はその内容まで把握できる。だから『晴登が狐太郎の両親を見つける』という未来を探すという作戦だ。


「本当は過去も視えたら楽なんだけど」


『あの2人がどこを通ったか』という"線"が視えれば、『あの2人をどこで見つけるか』という"点"で探すよりも効率が良いのは明らか。しかし、未来しか視えない晴登にそれはできない。
それにこれだけ人も多いと、その分未来の風も多い。『"晴読"の力を使う時は30秒のクールタイムを設けて5秒のみ』という自分ルールを守るためには、結局足を動かすことになりそうだ。


「すいません! 通ります!」


ドレスを揺らしながら、人混みを抜ける一人の少女。当然周りの目を引くが、誰もこの少女が少年であることに気づかない。もっとも、この時の晴登はそんなことを気にする余裕もなかったのだが。


「……視えた」


"晴読"を使って2人を探し、クールタイム中は走って探す。その繰り返しを何度かやって階段に辿り着いた辺りで、ようやく未来への導きが現れた。その風は階段を上るように進んでおり、その行き先は──


「屋上か」


一気に階段を駆け上がり、屋上へのドアを押し開ける。開けた視界の先には、2人の男女が立っていた。
ドアが開いた音に反応して2人は振り返る。そして晴登を見て驚いた表情を浮かべた。


「柊君の……狐太郎君のご両親ですか?」

「え、ええ」


まずは人違いではないことの確認。少し不安だったが合っていたようだ。
どちらも狐太郎に似て美形でスタイルも良く、年齢も晴登の両親よりも若そうだ。しかしその顔に覇気はなく、服も質素でなんかもったいないという印象だ。
ちなみに、狐太郎の親だからといって、耳や尻尾が生えている様子はない。病気は遺伝という訳ではないようだ。


「君はさっき狐太郎の隣にいた──」

「三浦 晴登といいます」

「三浦 晴登? ……そうか、君が山本先生の言っていた子だね」

「え?」

「この文化祭に来るために、山本先生に便宜を図ってもらったんだ。君のことはよく聞いているよ」


突然山本の名前が出て困惑したが、その付言を聞いて何となく察した。先生と保護者が連絡を取り合うことは不思議なことじゃないし。


「狐太郎が学校に行けるように一役買ってくれたそうだね。本当にありがとう」


やっぱり、この人たちは狐太郎のことを心配していたのだ。でなければ、こんなに柔和な笑みを浮かべるはずがない。


「それで、私たちに何の用かな?」

「えっと、さっきは狐太郎君に会いに来たんですよね? 何か伝えたいことでもあるのかと……」

「それを訊くためにわざわざここまで追ってきたのかい? 噂に違わぬお人好しだね」


噂、というのはこれまた山本によるものだろうか。どんな噂が流されているのか気にはなるが、今の目的はあくまで彼らと狐太郎の仲介。ひとまず噂の件は置いておこう。


「そうだね、今日は狐太郎に大事なことを伝えに来たんだ」

「……大事な、こと?」


含みのある言い方をされ、嫌な予感が頭をよぎる。まさか、狐太郎の病気はもう治らないとか? これから悪化するしかないとか? それとも、家族の縁を切る……とか?


「実は狐太郎の病気の原因が判明したんだ」

「ホントですか!?」


最悪の場合まで想像してしまったが、杞憂に終わって本当に良かった。
それはそれとして、そんな嬉しいニュースは早く狐太郎に伝えなければ。


「狐太郎君はあなたたちが逃げたと言っていましたが、やっぱりそんなことはなかったんですね」

「……いや、逃げたさ。それは間違いじゃない」

「え……?」

「少し、昔話をしようか」


彼らが海外に行ったのは、確かに病気を調べるためだった。しかし、『逃げた』という狐太郎の言い分は否定しない。
その詳細を晴登に伝えるべく、狐太郎の父親はそう切り出した。


「実は狐太郎のあの耳と尻尾は生まれつき生えていた訳じゃないんだ」

「え?」

「正確には6歳……小学校に入学したすぐの頃だった。朝起きたら狐太郎にあるはずのないものが生えていて、そりゃびっくりしたよ」


狐太郎の父親は苦い過去を思い返すように語り始めた。


「その異常事態に私たち大人は何とか順応できても、子供はそうはいかない。小学生のいじめの理由なんて些細なものだ。自分と見た目が違う、ただそれだけで石を投げることができる」


狐太郎がいじめられていたという話は聞いていたが、やはり見た目によるものだった。いじめなんて絶対にあってはならないというのに、そんな単純な理由で横行されてはたまったものではない。


「私たちだって、狐太郎を守ることに尽力した。それで小学校は何とか乗り切ったんだが……」

「……」

「中学校の話を出すと当然狐太郎は拒んだ。狐太郎にとって、学校はいじめられる場所でしかなかったから。でも学校に通うのは義務だ。私たちは何とか説得しようとしたが、そこでメンタルが限界を迎えてしまったんだろう。そして──」


彼らはその続きを言う代わりに、袖を捲る。そこには獣の爪で抉られたような、深い傷跡が残っていた。


「これは、その時狐太郎から受けた傷だ」

「「嘘っ!?」」


その言葉を聞いて晴登は驚きの声を上げる。しかし、その声は1つじゃなかった。
振り返ると、晴登よりも狼狽している狐太郎の姿があった。いつの間にか晴登を追いかけて来ていたようだ。


「……聞いてたのか」

「その傷、本当に僕が……?」

「その様子だと、やはり覚えていなかったようだな。本当にすまなかった。お前からすれば、訳もわからず置いていかれたと思ったことだろう」


狐太郎からそんな話を聞いたことはなかったが、彼からしても初耳だったらしい。
あんな傷跡、狐太郎が付けたとはとても思えないが、やられた側がそう言ってるのだから、きっとそれが事実なのだろう。


「だがわかってくれ。あの時は、ただただ怖かった。今でも時折この傷が疼くくらいには、まだ記憶に新しい。本当にお前は私たちの息子なのかと、疑いすら持ってしまった。親として情けない限りだよ」

「だから距離を置いた、と」

「そうだ。他にやり方もあっただろうが、何せ気が動転していてね。別居するしか選択肢が思いつかなかったんだ」

「そう、だったんだ……」


狐太郎の父親は唇を噛み締めて、後悔を露わにする。一方、狐太郎も自分が加害者でもあったという事実を知り、頭を抱えて俯いてしまった。


「では、なぜわざわざ海外に?」

「突然獣の耳や尻尾が生える病気なんて、日本で聞いたことがなかったからね。医者として、本気で取り組む必要があったんだ」

「なるほど……というか、医者だったんですか」

「一応ね」


ようやく事の真相が明らかになってきた。
まず彼らが狐太郎から逃げたのは、自分たちの身を守るためだったのだ。あの傷を見れば、そうしたくなる気持ちもわかってしまう。
そして海外に行ったのは、狐太郎の病気について本格的に調べるため。
つまり、狐太郎と狐太郎の両親の主張はどちらも正しかった訳だ。


「それで、何がわかったんですか……?」


ここで最初の質問かつ主題に戻る。
海外に渡ってようやく見つけた、長年狐太郎を苦しめていたものの正体。それは──


「狐太郎の変化は、病気によるものではなく、"魔術"によるものだと」

「「……え?」」


その答えに、思わず素っ頓狂な声が漏れてしまった。狐太郎も顔を上げて、話の続きに興味を示す。


「驚くのも無理はない。私たちだって未だに半信半疑さ。でも今日ここに来たのはその事実を確かめるためでもあるんだ」


晴登と狐太郎の反応は当然だと彼は苦笑した。だが狐太郎と違い、晴登は別の意味で驚いている。

まさか、ここで「魔術」というワードが出てくるとは。しかし、考えてみれば辻褄は合う。狐太郎の特異体質は病気の類だと思っていたせいで、その可能性に考えが至らなかった。


「……ちなみに、どうやって確かめるんですか?」

「こればっかりは、魔術に精通している人に訊く他ない。だが幸運にも、手がかりはすぐ目の前にある」

「え?」


彼らがどの程度魔術について把握しているのか、探るように訊いてみると晴登のことを真っ直ぐ見据えてそう言った。


「白々しいな、君だよ。三浦 晴登君。君は魔術部に所属しているそうじゃないか」

「!?」


どうしてそのことを。……いや、山本から聞いたのだろう。つまり、彼らの目的には晴登も入っていたということか。

と、そこで狐太郎が口を挟む。


「……お父さん、残念だけど、魔術部はマジックを研究する部活だから、お父さんたちが探してる魔術とは別のものだよ。そうだよね、三浦君?」


狐太郎は晴登たち魔術部がいつも使う誤魔化しの文句を信じてくれている。いや、そもそも魔術の存在を信じていないからこそか。
彼の言葉に頷けば、晴登はこれからもマジックが得意な一般人であり続けることができる。

──だが、本当にそれでいいのか。

彼らは魔術という未知の分野を知り、その専門家に助けを求めている。ここで晴登が逃げるということは彼らを、ひいては狐太郎を見捨てることに他ならない。なら、答えは一つだ。


「ごめん、狐太郎君。その話は嘘なんだ。──魔術部は、名前の通り魔術を研究する部活です」


晴登の真剣な表情を見て、嘘をついていないことはすぐにわかってくれたようだ。2人の顔に希望の色が見え始める。
ここからの話は実物を見せながらの方が話が早いだろう。


「場所を変えましょうか」







「ここが、魔術部の部室です」


屋上から場所を移動して、魔術室にやって来た。文化祭中とはいえ、この教室を使うような物好きはいないので、周りに人は少なく、内緒話をするにはもってこいの場所だ。


「見たことない道具がたくさん……!」

「それは前部長が置いていったやつですね。俺もよくわかりません」


教室の中を見渡して、狐太郎は無造作に置かれている魔道具に反応した。これらはほとんど終夜が作ったものであり、魔法陣の描かれた布やいつぞやの拘束テープ、変な形の剣やマジックアームのような何かと、晴登にすら使い方のわからない道具もたくさんある。それなのに、なぜか見ているだけで心が踊るのは少年の性というものか。


「でも魔術を調べるなら──あった。これしかないですね」

「これは?」

「魔力測定器です。その人に眠る、魔術の素質を計るための道具です」

「魔力測定器……! 資料にあったものだ!」


狐太郎の父親の食い気味な反応に驚きつつ、本当にちゃんと調べていたんだと感心した。そして、どうやって調べて『魔術』に辿り着いたのかはちょっと気になる。

それはそれとして、ここで一つ困ったことがある。実は晴登はこの魔道具の使い方を知らないのだ。ここまで頼れる専門家ムーブをしていただけに、そのカミングアウトをするのは非常に心苦しい。

その時だった。


「──あれ、鍵開いてる。うわ!? だ、誰!?」

「あ、副部長……じゃなかった、辻先輩! いい所に!」

「その声……三浦!? 何で女装してんのよ?!」


なんとナイスタイミングで部室に現れたのは緋翼だった。もっと頼れる先輩の登場に、晴登は内心胸を撫で下ろす。

あと緋翼の言葉で思い出したが、今晴登は女装かつコスプレ中なのだ。パッと見で誰かわからないのは当然だし、狐太郎の両親や先輩の前でこの格好をしていることにようやく羞恥心を覚える。


「い、今はその話は置いといて下さい! それより、これの使い方教えてくれませんか?」

「あ〜魔力測定器のこと? ごめん、そういうのは黒木に任せてたから私にはわかんないわ」

「そ、そうですか……」


タイミングこそ最高だったが、緋翼の力が及ばないと知り、がっくりと肩を落とす。
その様子を見かねた緋翼がすかさずフォローに入る。


「ごめんって、そんなに露骨にがっかりしないでよ。ところでこの人たちは? というか、君は確か運動会で会ったよね?」

「そ、その節はどうも……!」


緋翼を見て、狐太郎は背筋を正して頭を下げた。
ただの知り合いにしては、やけに畏まっているようだが、一体どんな交流をしたのだろうか。気になるから後で訊いてみよう。


「それで、何だって文化祭の真っ最中に魔力測定器を使おうと? 只事じゃなさそうだけど」

「それは私から説明を。実は──」


緋翼の質問に対して、狐太郎の父親がこれまでの一連の流れを緋翼に説明する。緋翼はその話を聞いて驚いていたが、最後には頷いて結論を出した。


「なるほど、話はわかりました」

「どうですか? 魔術の知見を持つ方の意見を聞かせてください」

「そうですね。その耳と尻尾は変だと思っていましたが、魔術と言われれば納得もいきます。大方、変身系の能力(アビリティ)で、制御ができずに一部が外見に現れているパターンでしょう」

「そ、それじゃあこの子は……」

「十中八九、魔術の影響ですね。魔力測定器を使わないと断言はできませんが……」


緋翼の見解は晴登の考えと概ね一致している。変身系の能力(アビリティ)は魔導祭でいくらか見てきたし、その可能性が大いに高い。
であれば、あとはこの説を裏付けるだけ。


「……俺、ちょっと黒木先輩探してきます!」

「その必要はないわよ」

「え?」

「だって、ほら」


魔力測定器を動かすために終夜を探そうとすると緋翼に止められる。
その制止に晴登が疑問符を浮かべていると、彼女は扉を指さした。するとちょうどそのタイミングで再び扉が開かれる。


「よっと。辻、いるか……って、うわ、誰だお前」

「黒木先輩!」

「その声……三浦か!? 何で女装してんだ?!」

「その件さっきやりました」

「あれ、何か冷たくない?」


今度こそ正真正銘の救世主である終夜が現れた。
そして示し合わせたかのように緋翼と同じ反応をされたが、ツッコむのも面倒なので話を進めさせてもらう。


「えっと、これはかくかくしかじかで……」

「まぁつまるところ関係者って訳か? じゃあちょっと待っててくださいねっと」


ざっと経緯を説明すると、終夜は納得して魔力測定器の準備に取り掛かる。後学のために横から覗いて見たが、何をしてるのかはさっぱりわからなかった。


「よし、それじゃあここに手をかざして」


いつものように指示を出す終夜。
今から未知の出来事が起こるのだと、狐太郎はゴクリと喉を鳴らしてから恐る恐る手を出した。

終夜は狐太郎に目を瞑って集中するように指示を出し、魔力測定器を動かす。すると中央の水晶が光り、その周りの輪っかが回転を始める。

──時間にして約20秒。駆動を終えた測定器から何やら紙切れのようなものが出てくる。恐らく、あれに能力(アビリティ)について記述されているはずだが、果たして。


「"妖狐(ようこ)"、レベル2か。うん、その狐みたいな耳と尻尾は確かに魔術のせいだ」


終夜は淡々と伝えたが、その報告は柊一家と晴登にとって待ちわびていたものだった。
狐太郎の両親は手を取り合って喜び、一方狐太郎は反応に困った様子だ。

そんな彼らに、終夜は問いかける。


「それで、これからどうするんですか?」

「魔術を使えるようになれば、この耳と尻尾を引っ込めることができるようになるんですよね? だったら魔術の扱い方を教えていただければ……」

「なら、話は早いですね。魔術部に入部しましょう。それしかありません」


最初から答えがわかっていた質問なので、営業トークのように早口でまくし立てる終夜。引退してもなお、部員が欲しいことに変わりはないらしい。


「……本当に大丈夫なんでしょうか?」

「もちろんです。俺はもう引退しましたが、今はこいつが頼もしい部長としてやってくれています」


終夜の様子に狐太郎の父親が疑念を持つが、現部長が晴登と知ると、快く首肯した。


「だったら──いや、こういうのは本人が決めないと意味ないですよね。狐太郎、お前はどうしたい?」


だが、それを親が決めたから決まりという訳ではない。決めるのは当事者である狐太郎なのだから。

みんなの視線が狐太郎に集まる。彼はまだ状況についていけてなかったが、これだけは言わなくちゃいけないと口を開いた。


「お父さん、お母さん、ごめんなさい。疑ってたのは僕の方だった。ずっと逃げられたって、捨てられたって思って……でも違ったんだ。僕は独りじゃなかった。家族も、友達も、みんな僕を助けようとしてくれていたんだ」


己の過去を悔い、両親に謝罪する狐太郎。だが誰も彼を責めることはできない。彼は言わば運命の被害者なのだから。


「この耳と尻尾が憎い。治せるなら今すぐ治したい。……でも、一つだけ気になってることがあるんだ」

「何?」

「もしこれがなくなったら、何の特徴も無い僕のことなんか誰も興味を持たなくなって、友達がいなくなるんじゃないかって不安で……」


狐太郎の一抹の不安。それは決して小さくない悩みだ。
もはやトレードマークと呼べるほど、狐のような耳と尻尾は彼に馴染んでしまっていた。最初はそれ目当てで彼に近づいた人もいるだろう。だからそれを失うことで、交友関係が崩れてしまうと思ってしまうのは仕方のないことである。しかし、


「そんなことないよ。みんな狐太郎君の外見だけで友達になってる訳じゃない。優しくてちょっと引っ込み思案だけどやる時はやる、そんな狐太郎君の中身も含めて、みんな狐太郎君のことが好きなんだ」


「何ならみんなに訊いて来ようか」とおどけてみせた。これは晴登の本心であり、みんなの本心でもあると信じている。狐太郎は人としてとても好ましい。だから自信を持って欲しいと常々伝えているのだ。


「なりたい自分になっていいんだよ」


それが、晴登が狐太郎に最も伝えたいことだった。自分を変えることに不安が伴うのは当然のことだ。でも、それを手助けするために晴登がいる。狐太郎がどんな答えを出そうと、それを尊重するつもりだ。


「僕は──自分を変えたい」

「うん」


意を決したように、狐太郎は答えを口にした。その答えを待っていたかのように、晴登は頷いて応える。


「困っている人に手を差し伸べられるような強さを持った、三浦君みたいな人になりたい」

「うん……うん?」

「魔術部に入ったら、もっと三浦君に近づけるかな?」

「え、あれ、そんな話だったっけ?」


『自分を変えたい』というのは外見の話だと思っていたのだが、いつの間にか彼の中では内面の話に変わっていたらしい。
しかし彼の瞳を見れば、決してふざけている訳ではなく、目の前にいる憧れの人を目指してやる気を漲らせていることは言うまでもなくわかる。
だったら、ここでわざわざツッコミを入れるよりかは、質問に答えてあげた方が良いだろう。


「……なれるよ。君はもっと強くなれる」

「そっか。……決めた、僕は魔術部に入るよ。これからもよろしくね、三浦君!」

「こちらこそよろしく、狐太郎君!」


途中で話がすり替わって動機がズレたとしても、狐太郎が自分を変えようとしている事実に変わりはない。だからもちろん彼の入部は大歓迎だ。天野に続いて、また仲間が増えてとても嬉しい。

彼を立派な魔術師にする。それがこれからの晴登の目標だ。


「──ところであんたたち、その格好って出し物の途中なんじゃないの? ここで油売ってていいの?」

「はっ! ヤバい、急いで戻らなきゃ! 行こう、狐太郎君!」

「う、うん! お父さん、お母さん、また後で!」

「っ! あ、あぁ」


緋翼の言葉で晴登と狐太郎は仕事をほっぽり出して出てきてしまったことを思い出し、急いで魔術室を出て行く。
その時何気なく狐太郎が言った「また後で」という言葉に、狐太郎の両親は涙を浮かべながら笑顔で応えた。






晴登や狐太郎が部室を出た後のこと。
狐太郎の両親を見送ってから、緋翼は部室を扉の鍵を閉める。


「先輩に尻拭いをさせるなんて、随分と生意気になったものね」

「全くだな」

「あんたは人のこと言えないでしょ」

「はて、何のことやら」


部室の前に残った2人は、いつもの調子でやり取りをする。クラスが異なり、魔術部を引退した今、会う機会は減ってしまったが、こうして話しているとあの頃に戻った気分になる。


「それにしても、まさかこんなドラマみたいな展開に巻き込まれるなんてね」

「誰かさんがここを待ち合わせ場所にするからだろ」

「だってわかりやすくていいじゃない。それに、人助けができたんだから気分は良いわ」

「お前何もしてないじゃん」

「うるさいわね! 細かいことはいいの!」


そもそも緋翼と終夜がなぜ魔術室にいたのかという理由についてだが、実は文化祭を一緒に回るためにちょうどこの時間にこの場所で待ち合わせをしていたからである。ちなみに誘ったのは緋翼の方からだ。


「てか、何でわざわざ俺誘ったの? お前友達いなかったっけ?」

「一言余計よ! 私が誰と文化祭回ろうが勝手でしょ!」

「だからその相手が俺なことに疑問を抱いてるんだが──はいはい、わかりましたよ。もう訊かないからそんなに睨むなって」

「わかればよろしい」


これ以上ちょっかいをかけて機嫌を損ねる方が厄介だと気づいた終夜は、大人しく緋翼の隣を歩くことにした。


「ほら行くわよ、黒木」

「へいへい」


そうして笑顔の緋翼と少し呆れ顔の終夜は魔術室を後にしたのだった。 
 

 
後書き
おっひさしぶりです。波羅月です。3ヶ月を目処と言っていたのに4ヶ月経ってしまってごめんなさい。本当は8月中には更新できるはずだったんですけど、ちょっと盛り上がりに欠けるかなって詰めに詰めた結果、ボリュームがとんでもないことになってしまいました。いや〜反省反省。

とはいえ、ようやく柊君の過去について触れることができました。胸のつかえが1本取れてホッとした気持ちです。ちなみにつかえはあと10本くらいあります()

いっぱい文字書いて少し疲れてしまいましたが、まだ文化祭は始まったばかりなので、執筆に戻りたいと思います。
今回も読んで頂きありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!



P.S.
この話を書くにあたって、少し矛盾が生まれてしまったので、第11話『空白の一席』に加筆しました。読み返すほどではありません。 
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