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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
  その名はトーネード その2

 
前書き
 キルケ回は一旦終わりにします。 

 
 累計数億人が戦死したBETA戦争。
この空前絶後の大戦争によって、欧州各国はそれまで個別に進めていた戦術機開発を一旦棚上げすることになった。

 フランスを主としたNATO諸国は、合同の戦術機開発に乗り出す。
 途中、フランスが政治的都合で合同開発計画から離脱すると、西ドイツと英国が主体になって計画を進めた。
 まず初めに名乗りを上げたのは、英国のブリティッシュ・エアクラフト・コーポレーション。
次に西ドイツにメッサーシュミット・ベルコウ・ブローム。
そして、オランダのフォッカー・アエロプラーンバウとイタリアのフィアット。
四か国が共同設立した会社が、パナヴィア・エアクラフトとして知られる会社である。

トーネードは、電子自動操縦装置(アビオニクスシステム)が故障したとしても、乗組員が地図や高度計を使用し、状況に応じては手動での飛行操縦を可能なように設計されていた。
 また増槽(ぞうそう)の追加を想定していない軍事作戦を前提にしていたので、同じF5戦術機から派生したミラージュⅢよりも、操作性に難しさを感じるとの評判でもあった。


 マサキたちは駐機場(エプロン)に行くと、そこには銀面に塗装された3機のロボットが立ち並んでいた。
吹き抜ける11月の風は肌寒く、着ている軍用外套の隙間から熱を奪った。
ここミュンヘンは、ドイツ南部にありながら、北海道の札幌より北の北緯48度8分。
11月の平均気温は8度前後で、最低気温は0度前後である。
 ドイツの冬の寒さに慣れてきたとはいえ、マサキにとっては負担であった。
直前に中近東の温暖な場所にいたのもあろうが、やはり生まれ育った日本より厳しい乾燥した寒さは、体に(こた)えた。
のどに若干違和感を覚えるも、愛煙家特有のものであろうと見過ごしていた。

「これが、わが社が誇る新型戦術機の試作機、トーネードADVです」
 案内役からそう説明を受けるも、マサキは困惑していた。
 違いといえば、ドイツ鉄十字紋章の他には、色の組み合わせが違う円形章(コカルデ)がついているぐらいであった。
どれも、マサキには同じに見えてしまった。

 軽く咳払いをした後、
「両手についている箱のようなものと、刃物は何だ」
「近接戦闘用の刀ですよ。ご覧ください」
そうすると手の甲を覆うように、箱の側面についた板が反転した。、
「このカギ爪状のもの、私共はブレードベーンと称していますが……
戦車級に取りつかれた際、これを用いて戦術機からBETAを排除するのです。」

 ロボット同士ならともかく、怪獣、しかも資源採掘用の重機相手に大立ち回りはおろかではないか。
そんな(しら)けた感情が、先に出てくる。
結局、十分な距離を取って射撃が正解であるし、接近される方が悪いと思えてしまう。 

「馬鹿か」
 マサキは呟いた。
誇張したあきれ顔をその下に作って。
「俺は光線級にミサイルの飽和攻撃が有効だと考えている」

 マサキの設計した、八卦ロボの思想と戦術機の思想は根本から違った。
彼は、遠距離からの強力な火力投射こそ正義であり、それこそがパイロットの安全性を守るものと信じてやまなかった。
故に、彼に設計し、建造した山のバーストン、月のローズ・セラヴィー、雷のオムザック。
 敵の接近を許さず、ごく初期の山のバーストン以降は、自在に飛行できる能力を付与した。
また相手の視界に入ることなく、一方的に撃破できるのを目的としていた。
 バーストンには、500発の誘導弾に18発の核ミサイル。
ローズ・セラヴィーには、指向性のビームに、エネルギー砲のジェイ・カイザー。
オムザックには、周囲数キロメートルの物質を微粒子化する原子核破砕砲『プロトン・サンダー』。 
 そして、宇宙のエネルギーを無尽蔵に集める次元連結システムの天のゼオライマー。
両腕から繰り出す『メイオウ攻撃』は、原子そのものまで消滅させる威力であった。

「TU95爆撃機からの核搭載のKh-20ミサイルの飽和攻撃をもってして、BETA梯団の進行を止めた。
その様な事例があると、ベルンハルトより聞いている。
そして、東ドイツ軍の戦闘報告でも一部光線級の防御に損害を与えた、ともある。
そういう意味では、戦術機に誘導ミサイルの搭載は有効と考える」






「肩に緑色の箱を積んでいるのは何だ」
「あれは、英国が作ったミサイル発射装置ですよ」
彼はわざと非情を顔に作って、言った。
「あの程度じゃ、せいぜい戦車級に牽制を与えるぐらいだぞ。
時間稼ぎにしかならん……」
 どうして、この世界の人間は人命を(かろ)んじる傾向が強いのだろうか。
あの悪名高い、前の世界の帝国陸海軍でさえ、有効打でなければ特攻作戦を中止したのに……
なにかと、自爆攻撃を好む傾向にあるのではないか。
そんな風に思い悩んでいた。
「ドクトル木原……」
次の言葉でマサキは我に返る。
「だいぶ、難しい顔をされていますな」
声をかけてきたのは、上品なウールフランネルの灰色の背広に身を包んだ老人であった。
「フフフ。俺には、どれも同じブリキの人形にしか見えぬからな。
ファントムの粗悪品であるMIG21でさえ、露助と東独の機体でも、色の違いはあったぞ」
老紳士は、マサキの佇まいを一通り見た後、顔をほころばせる。
「自己紹介が遅れましたな。
フィアット自動車で自動車設計技師をしておりました、ジアコーザと申すものです。
博士、どうかお見知りおきを」
 フィアット自動車と聞いて、マサキは眉を動かす。
日本でも人気がある、イタリアの大衆車メーカーの名前だ。
「ほう。イタリアは自動車設計技師を引っ張り出すほど困った居たのか。
イタリア車は、フィアット、フェラーリなど官能(かんのう)をくすぐるような、デザインが多いのは事実だ。
形容しがたいほど素晴らしいが、勝気なじゃじゃ馬娘と同じで、少々維持に金がかかりすぎる。
もう少し壊れなくて、安い自動車が欲しいものよ」
 イタリア車が壊れやすい、これはある一面事実であり、事実でなかった。
 四方を海に囲まれ、豊かな森林と山河を抱える日本列島は、常に水資源の恩恵にあずかっていた。
他方、そのことによって、年間を通して多量の雨が降り、湿潤な環境下では、欧州の乾燥した環境に対応した製品にとっては不向きだった。
 工業製品にとどまらず、衣類や革製品などもあっという間に湿度に侵され、無残に風化してしまう過酷な環境であったからだ。
約1000年前の平安朝のころなどは、今日よりも気温が3度ほど高く、渤海(ぼっかい)より献上された黒貂(クロテン)の毛皮などは管理された状態であっても、2年も経ずして腐り果ててしまったという記録があるほどである。
(渤海とは、今日の中国東北部周辺において、7世紀から10世紀に存在した騎馬民族王朝のことである)
 故に、どんなに素晴らしい自動車であっても、日本の環境下ではゴムパッキンなど用をなしえなかった。
その為、運転可能に維持するのがやっとであった。




マサキは、二度の大戦でイタリアが途中で連合国に降伏したことを非難した。
「途中で嫌になって、ほっぽり出す。今度は、そのような真似はするまいな。
二度あることは三度あると、よく聞くものでな……。
俺らの邪魔にならないよう、最高のインテリアとして頑張ってくれや」
 
 ラテン系のイタリア人はドイツ人や北欧系の人々と比して、明朗快活で親しみやすい面があるのは事実である。
しかし、ドイツ人のような生真面目さもなく、バカンスを優先し、精密機械でも雑な仕上げが多かった。
そのことを知っていたマサキは、彼らを揶揄(からか)った。
 ペンキの色がところどころ違うボディー、抜け落ちるブレーキパッド、割れる樹脂製のコンポーネント。
整備性を無視した乱雑な配線、雨漏りのする屋根……
彼には、イタリア車に関して、いい思い出がなかったのも大きかった。


そうした内に、ジアコーザー老が、口を開いた。
「博士がもう少しお若ければ……孫娘のモニカの相手にでもと思ったのですが」
 本気かと、マサキは疑った。
だが、曖昧模糊(あいまいもこ)なジアコーザ老の顔はまた笑っていた。
「ほう。いくつの娘だ」
「今年の7月に、4つになったばかりにございます。
15年ほどお待ちいただければの話ですが」
「ハハハ」
マサキは、初めて笑い出して。
「見損うな。この木原マサキ、そんな小娘一人で満足すると思ったか。
俺はお前たちが思っているよりは、ずっと欲深い悪党なのだ。
俺が仕尽くす悪行は、こんなことでは終るまい。楽しみに待って居れ」
彼はそう言って、まもなくその場から退()がって行った。




 さてマサキたちといえば。
夜半も過ぎたころ、ミュンヘン空港にあるマクドナルドに来ていた。
ドイツの一般的なレストランや飲食店は、20時で閉まってしまうためである。
(2006年以降、ドイツの閉店法は改正され、24時間営業は全面的に解禁された)
この法律の元となったのは、ワイマール共和国時代の労働者保護の精神である。
しかし、20世紀も半ばを過ぎた1970年代後半に在っては、やや時代遅れなものとなりつつあった。 
 この悪名高い『閉店法』の都合上、営業している店舗などは非常に限られたものであった。
例外として、空港、ガソリンスタンド、鉄道駅は深夜営業が許可されていた。
それ故に、マサキはわざわざミュンヘン空港のホテルからでてマクドナルドにまで来ていたのだ。

 さっきから、二人は「ここなら人目もない」と、密語に時も忘れていた。
「迷惑じゃなかったか」
「迷惑だなんって、そんな……」
少しはにかむ様に言いながら、飲みかけのコーラに口を付けるキルケの装いは華やかだった。
紺青(こんじょう)のダブルジャケットに、共布(ともぬの)のタイトスカート姿は、決して派手ではなく、キルケの女らしさを上品に引き立てて、優美でさえあった。
「こういう場所は、あまり好きではないのか……」
 漆黒の髪をした東洋人に情熱的な眼で見つめられ、キルケは感激で胸が詰まり、それ以上言葉が出てこなかった。
 ここで、何と答えればよいのだろうか……
 適切な答えが出てくるほど、キルケは男の扱いに慣れていなかった。
むしろ、恐ろしいほどに男というものを知らなかったのだ。
「い、いえ、そんなことはないですけど」
そういう彼女を見ながら、マサキはニュルンバーガーを頬張った。
 ニュルンバーガーとはドイツ国内で限定販売されているソーセージ入りのハンバーガーである
太いニュルンベルクソーセージが3本、フライドオニオンがバンズに挟まっていて、マスタードで味付けされている。
 ソーセージはいくらかハーブがきいていたが、値段の割には思ったより小さかった。
食べ応えを求めていた、マサキには不服だった。
 こんなものを食うより、てりやきバーガーの方がうまいのではないか。
ふと食事をしながら、マサキは一人、望郷の念に苛まれていた。

 沈黙したまま、窓の外の夜景を見つめる二人。
紫煙を燻らせながら、そっとキルケの方を覗き、いつもの調子で尋ねる。
「BETAもいなくなった今、なぜそんなに新兵器開発を急ぐのだ」
 緊張したキルケは、さりげなさを装って、コーラのグラスに唇を付ける。
「米国の生産能力の枯渇を見越して、多目的戦闘機の開発を急いでいるの」
マサキは意外そうに。
「米国は、そんなに武器の在庫がないのか」
 ぐっと体を近づけて聞いてくるマサキに、否が応でも緊張が高まる。
夜景ですら、まともにキルケの目に入ってこなかった。
「産業のすべてを軍事優先にしているソ連とは違って、今のアメリカは無理だわ。
民需の都合もあるから戦時体制に入らない限り、増産は出来ないはずよ」
「本当か」

 マサキの怪しみは、むりもない。
それは既に30年以上の時を経た、大東亜戦争の苦い敗北の記憶が染みついたためであった。
 1940年時点において、GDPは、日本2017億ドル、米国9308億ドル。
4倍以上国力差を見せつけた米国の産業。
どうしてもその時の印象ばかりが、頭を離れなかったのは事実だ。 
彼は、アメリカの生産能力を過剰に恐れていた。

「もっとも米国市民のほとんどは海外派兵を望んでいないでしょう……
それに今年の中間選挙。
今の野党、共和党が勝てば、BETAがいなくなったことを理由に大規模な欧州から撤兵を表明するでしょうから。
民主党が議会を維持しても、現状のままとは思えないし……」

 マサキは窓ごしの夜空をにらんで、いかにも無念そうな面を澄ました。
けれど何もことばには現わさなかった。そしてやがて。
「つまり、米国には期待していないと」
「早い話、そう言う事ね。
東のおバカさんたちはそうじゃないかもしれないけど、私たちはそう思ってるの」
 この()にしろ、ドイツには本心、米国を捨て去る気持ちなどは毛頭ないのである。
ただしかし、欧州にとっては当面、まことに困る存在であった。
自分たちの要望を、受け入れてもらえばよいのだった。

「話は変わるけど……」
「どうした」
キルケの呼びかけに、マサキは、また顔を澄ました。
「サミットが終わったら、私と役所に行ってくれる」
「役所?」
「貴方には戸籍謄本とか、個人証明の書類を用意してほしいの……」
 マサキの頭に浮かんだのは、戦術機関連の特許申請に関してであった。
改良型のサンダーボルトⅡか、あるいは光線級の対レーザーペンキの特許か。
どちらにしても大使館経由で関連書類を整えるしかあるまい。

「いいだろう。早い方がいいからな」
キルケは口にこそ出さないが、
「もう、しめたもの」と、思ったような(てい)であった。 
 

 
後書き
 ご意見、ご感想お待ちしております。
 
ジアコーザ博士はTEのVGこと、ヴァレリオ・ジアコーザの祖父にあたる人です。
孫娘のモニカは、1974年7月1日生まれで、VGの3歳年上のお姉さんになります。

なお、本文中のデータは『世界経済の成長史1820‐1992年―199カ国を対象とする分析と推計』より参照しました。 
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