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冥王来訪

作者:雄渾
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第二部 1978年
歪んだ冷戦構造
  その名はトーネード その1

 
前書き
 キルケデート回。
長くなるので2回に分けます。 

 
 フランス関係者との会食の翌日。
早朝よりけたたましく鳴る室内電話で目が覚めたマサキは、不快感をあらわに受話器をを取る。
通話口の相手は、先にフロントに降りていた美久だった。
「先ほどからフロントに人が見えられておりますが……」
「俺にか……」
「面会希望と申しております」

 まだソ連の誘拐事件から、日も浅かった。
マサキは、ソ連KGBの誘拐を怖れていた。
KGBと通じた高級娼婦や配達業者を装ったGRU工作員の可能性を否定しきれなかったのだ。
連絡(アポ)もなしか。新聞記者(ブンヤ)なら追い返せ」
報道関係者(マスコミ)ではありません。」
「どんな人物だね」
「うら若い娘で……」
「直接会って、用件を伝えるとしか」
「とりあえず、会いに行く」 
素早く着替えると、小型拳銃オート25をポケットに突っ込んでエレベーターに乗った。


 マサキは丁度、ロビーに降りてきた時、彩峰と話をする人物がいた。
ホテルのフロントの椅子に腰かけているブルネットの髪をした小柄な娘。
「何をしている、こんなところで!」
そこには先日会った少女、キルケ・シュタインホフが待ち構えていた。
西ドイツ陸軍の婦人用制服をきっちり着こなし、黒いセカンドバッグを膝の上に置いていた。

「おい木原、迎えに来た彼女に失礼であろう。
キルケさんは、西ドイツ軍シュタインホフ将軍の孫……
ボン訪問をしたこの機会に、ぜひ我々に色々見せたいものがあるそうだ。
お前は行くよな」
彩峰はやや凄んで言った。いわば柔軟な強迫だった。

「アポなしで他軍の将校に会いに来る。ドイツ娘の専売特許だったのかな」
キルケは今朝から黒髪に香水を振りかけて、入念に化粧を()らしていた。
「貴方って、意地悪な男ね」
彼女の返答は、いつになくきつい調子だった。
「俺と話がしたいんだろう。だから、こうして来てやったんだぜ」
意味ありげにそう言いながら、
「じゃあ、お前と南ドイツにある戦術機のメーカーに行くか」
「え!」
 てっきり断るものばかりと思っていた彼女にとって、返事は飛び上がらんばかりの驚きだった。
マサキの口からそんな言葉が出るとは思っていもいなかったし、考えを見透かされるようだった。
「俺にとって、今更欧州の戦術機に参加したところで、意味がない。
だが、この話には興味があるのは事実だ。一度確かめねば一生後悔しそうだしな」
と、いや味な笑い方をして、彼はまた、
「それに」
乱暴に腕を取って、彼女の横顔へ、身をすり寄せる。
「こんな麗しい女性(にょしょう)が同行するなら、楽しめよう」
キルケは、あわてて彼のたまらない熱気から身を離して。
「私は、あなたの饗応役ではございません」
この時は、マサキも声に出して笑った。

 まもなくサングラスをかけた老人と見たことのない偉丈夫が来て、彼に慇懃に挨拶をした。
「木原マサキ君、かね……」
「どうした」
「君に一つ頼みごとをしたい」
既に、70は超えているのであろうとマサキは思った。
かけているミラーレンズの遮光眼鏡(サングラス)で、表情は読み取れない。

「改めて名乗ろう。わしはドイツ軍退役将校で、ドイツ連邦の先行きをいささか憂いている男だ。
君の話は、シュタインホフ将軍からも、詳しく聞かされていたが……
余りにも若いので、支那での話などは一概に信じられなくてね」
マサキは、動じもしない。
「突然の無礼、許してくれたまえ。
敗戦国ドイツはのう、モーゲンソープランにより厳しい産業規制によって割り当てられた工業製品しか作れなかった時期が長かった。
11年に及ぶ再軍備禁止と20年にわたる航空機産業への参加締め出し……
この影響は、いまだに続いている」

それは、マサキにも意外だったに相違なく、
「こんな所へ、今ごろ何しに」
と、舌打ちはしたものの、しかし、すぐ黙って聞き入っていた。
「それでな、日本の斑鳩公がこのわしに仕掛けてきた。
日本はモーゲンソープランの対象国でもないし、最前線でもない。
ドイツに代わって、欧州で戦術機メーカーが暴れる下地を作ってくれ。
とりあえず500万ドル出すと……」
(1978年当時のドル円レート、1ドル195円)
「つまり、日本のメーカーが欧州で暴れれば、困った米国が乗り出してくる。
そこでドイツが仲裁役に入ってきて、米国にいい顔をし、ソ連を抑えて、戦術機の世界シェアを増やすことを条件にするというわけだ。
ドイツが作った戦術機も日本が安く入手できるしのう」
マサキは、充分疑っている。
「わが国には欧州各国が共同設立したパナヴィア・エアクラフトという半官半民の企業がある。
わしらが作った会社じゃが、ここで戦術機開発をすることにしたものの……
プロフェッショナルの専門家がいない。
そこで君じゃ」
「貴様、俺の事をどこで聞いた」
と、マサキは、困ったような顔を見せて、
「ニューヨークのフェイアチルド社長から、ちょっとばかりね」
 これには、マサキも色を変えた。
無視できない何らかの支障をふと、彼にしても思わぬわけにゆかなかった。
「どうかね。
ここはひとつパナヴィアの参加企業、メッサーシュミット本社へ来て、見学でもしてくれぬかね。
ハルトウィック大尉も引率の一人としてつくから、君の上司、彩峰大尉も納得するであろう」

 ふと、マサキは変な顔をした。
男の言ったハルトウィック大尉を見るなり、内心落胆した。
筋肉質の逞しい体の偉丈夫であるが、白皙の美貌を湛えたユルゲンとは違い、興味をそそられなかった。
 
 東ドイツが、マサキの傍に連れ出された人物たちは、それ相応の容姿の持ち主だった。
容姿だけではなく。服装やその他に、SEDの配慮があったろう事は想像に何硬くない。 
従って、国境検問所から先では、乗物から扱いまで、西ドイツと比べて劃然(かくぜん)と、待遇がちがっていた。
 氷細工の様な(かお)のユルゲンをはじめ、スラブ系の血が入っていて彫りの深い顔のヤウク。
彼らのような美丈夫の他に、眩いばかり美女にも心を踊らされた。
 18歳という年齢(とし)の割には妖艶な美を秘めたベアトリクス、泣き黒子(ぼくろ)が印象的で、しっとりとした感じの典雅なハイゼンベルク。
何よりも、マサキを夢中にさせたのは、心を洗われる様な清らかさのアイリスディーナであった。
 人間、美食になれると、どうしてもそれ以外のものがひどくまずく感じるものである。
マサキはなにか、味気ないここちがした。


 さて、マサキの一行はボンから15キロほど先あるケルン・ボン空港に向かう。
ルフトハンザ航空の国内路線で、ミュンヘンにとんだ。
 一時間ほどでミュンヘンに着くと、隣町のアウグスブルクに向かった。
 マサキたちは、キルケの案内でアウグスブルクにあるメッサーシュミット本社を訪問した。
本社工場の脇に併設されている『メッサーシュミット技術者センター』。
総ガラス張りの5階建てビルの中では、欧州戦術機計画の主だった技術者たちが待機していた。

 簡単な茶会の形で始まった、技術者との懇親会。
マサキは開口一番、心の内にある思いを伝えた。
「説明してほしい」
あの特有な淡褐色(たんかっしょく)(まなこ)で、マサキは部屋中のメッサーシュミットの役員らを、ねめ廻し、
「東ドイツと違って、産業の制限のない西ドイツ。
なぜ貴様らが、欧州各国と合同で戦術機開発をせねばならぬのだ」
紫煙を燻らせながら、問いただした。

 木原マサキは噂通り、猫の目より変りやすい御機嫌(ごきげん)様なのだ。
人々は、彼を連れてきたキルケ・シュタインホフの方をつい見てしまった。
若いキルケは、ただ赤くなっているばかりであった。


同席していたヴィリー・メッサーシュミット会長が、そのとき、初めて口をひらいた。
「お恥ずかしい話ですが、30有余(ゆうよ)年前の戦争では、欧州一……」
 椅子より立ち上がった会長は、座っているときより老けて見える。
「いや、世界一の技術を誇っていたのです。
今思えば、ずいぶんと分不相応な暮らしをしたものです」
老会長の助け舟で、キルケもほっとし、社員たちも、わざと話題をほかへ、()ぐらした。
「国民皆が勝てぬ戦いを勝てると信じ込み、必要以上に戦ったのです」
「そうか」
そういって、彼らのわきを通り抜け、窓辺に歩み寄る。

 マサキは、5階の窓から滑走路に居並ぶ戦術機を睥睨する。
 前の戦争ではドイツは700万人の尊い人命が失われた。
もしBETAを食い止めなかったら、東独はおろか、西独も歴史の渦に消え去っていたであろう。
「確かに人的資源には限りがあるからな……」
意味ありげに、タバコをふかした後、
「生かすのも、殺してしまうのも……」
マサキの言葉に室中、氷の様にしんとなってしまう。

 マサキを本社に連れてきたキルケは、すっかり狼狽えていた。
メッサーシュミットの社長に対して、いきなりこれである。
 重役たちの腹の中は煮えくり返っているに違いない。
それが気が気でなく、不安と緊張で体を強張らせて、とても彼とのデートではなくなっていた。
「フフフ……」
声高に笑うマサキを見て、反射的にキルケは腰を引いた。
「ちと、不躾なことを申してしまったな……」
そうは言われても、気にせずにはいられない。
「こいつは、失敬した」
 逃げ出せるものなら、逃げ出したい。
怖気づきながらも、マサキの方に視線を向ける。 
本能と理性の、恐怖と任務の間の板挟みにあって、彼女は身動きできずにいた。


「でも日本とて、下手をすれば同じ道をたどったであろうよ……」
「そんなことはないでしょう」
マサキは、会長のお世辞を耳にしたが、驚いたふうもない。
「わが国の航空機技術、既に失われた20年のノウハウは想像以上に大きいものでした」
 刻々、変ってゆき、また悪くばかりなってゆくドイツの形勢図。
男の言葉から、マサキには波と聞え、眼にも見えるここちがした。
「それでも数年前からですが、新しく戦術機開発の部門を開設しました」
憫笑(びんしょう)を禁じ得なかった。 
 

 
後書き
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