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龍園VSツナ①

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ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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VS龍園戦は3話に分けようと思います!

1話じゃ到底書ききれそうになかったw


龍園VSツナ①

 

 —— 終業式の朝。生徒会室 ——

 

 

「……よし! これで大丈夫そうかな!」

「うん。これなら数分で証明完了できるよ」

 

 今日は2学期の終業式。

 

 そして、午後からは龍園君に起こされたポイント騒動の審議が行われる。

 

 俺は帆波ちゃんのサポートに回るので、朝に最終チェックをしておく事にしていたのだ。

 

 そのため、一応証明する為に必要な資料はコピーをもらっている。

 

「じゃあ綱吉君、放課後はよろしくね!」

「うん、まかせて」

「じゃあ教室に行こうか」

「あ、帆波ちゃん。その前にちょっといい?」

「ん? なあに?」

 

 なんとなく胸騒ぎがしていた俺は、帆波ちゃんにもDクラスの皆同様に対策を講じておくことにした。

 

「今日だけでいいからさ。俺の番号を緊急連絡先に指定しておいてくれない?」

「え? 緊急連絡先って、簡単で短い操作で位置情報を事前に設定しておいた番号に送信するアレ?」

「そうそう。お願い。今回の審議も龍園君がきっかけだし、何か起きた時にすぐに助けに行けるようにしておきたいんだ」

「そっか。うんわかったよ」

 

 帆波ちゃんは笑顔で頷くと、学生証端末を操作して俺の番号を緊急連絡先に指定してくれた。

 

「これで安心だね♪」

「うん、ありがとう」

「いいのいいの、じゃあ教室に行こうか!」

 

 そして、俺達はそれぞれの教室へと向かった。

 

 

 

  —— ホームルーム終わり。Dクラス教室 ——

 

 

「以上でホームルームを終了する。冬休みだからといってハメを外しすぎるなよ、以上だ」  

 

 茶柱先生が教室を出ていくと、クラス内が一気に騒がしくなる。

 

「しゃあ! 冬休みだ!」

「なぁなぁ、午後にどっか行かね?」

「いいな、どこ行く?」

 

「桔梗ちゃ〜ん、一緒にランチしねぇ?」

「ごめーん♪ ちょっと予定があるんだぁ〜」

 

「ねぇねぇ軽井沢さん、この後どっか行かない?」

「あ、ごめん。この後ちょっと行かないといけない所があるの」

「え〜そうなの? 佐藤さんとみーちゃんは?」

「私達も行く所あるから。ね、みーちゃん」

「うん。ごめんね?」

「そっかぁ。じゃあまた冬休みにね?」

 

 クラス内が冬休みに大盛り上がりの中、俺の相棒とパートナーはクールである。

 

 堀北さんに至ってはテキパキと片付けを済ませて、すでに帰り支度を進めているようだ。

 

「もう帰るのか?」

「ええ。この後予定があるのよ」

「へ〜。珍しいな」

「そうね。木下さんにランチに誘われてるのよ」

 

 へ〜。木下さんと鈴音さんって仲良くなったんだなぁ。

 

「じゃあ帰るわ。綱吉君、また日曜日に」

「うん、じゃあね。……あ、待って!」

「? どうしたの?」

 

 帰ろうとする鈴音さんを呼び止め、俺はとあるお願いをした。

 

「木下さんにも昨日のメールで送った俺の番号を教えてあげてくれない?」

「え? 彼女はCクラスよ?」

「そうなんだけど……なんとなくそうした方がいい気がしてさ」

「……そう。まぁわかったわ。伝えておくわね」

「ごめんね、よろしく」

 

 そして、鈴音さんは教室を出て行った。

 

「……綱吉はこのあと審議か?」

「うん。午後からだけど、その前に審議会場の準備をしないといけないんだ」

「? こっちで準備しないといけないのか?」

「そうなんだよ。俺達が審議したいと言ってるんだから準備もそっちでやれってさ」

「それもメガネ教師か?」

「正解。でも断る事はできないしね」

 

 清隆君に説明しながら、俺も帰り支度を済ませる。

 

「じゃあ清隆君。また後でね」

 

 実は今日、審議終了後にグループで映画を見に行くことになっている。

 俺は審議後に映画館に直行する予定なのだ。

 

「ああ、映画館前集合な」

「うん」

 

 そして、俺は以前にも使用した会議室へと向かった。

 

 

 

 —— ランチタイム、清隆side ——

 

 

「ごちそうさま〜」

「ごちそうさまでした」

 

 お昼時になり、俺はグループメンバーと共にパレットで昼飯を食べていた。

 

 もう冬休みだし、焦る必要はないはずなのだが、波瑠加と愛里はいつもよりかなり早く完食した。

 

「今日は早食いだな。どうかしたのか?」

「いつもは2人が1番遅いのにな」

 

 啓誠と明人がそう聞くと、波瑠加が口元を紙ナプキンで拭きながら答える。

 

「ごめん、映画の前に予定があるんだ」

「わ、私もそうなの」

 

 ……2人は予定があったのか。なら無理して映画に行かなくてもいいと思うが……。

 

「……予定あるなら、映画を別の日にするか?」

「ううん、大丈夫。映画には余裕で間に合うからさ」

「ちなみに、どこに行くんだ?」

「へへへ〜。それは秘密! 映画の後にでも教えてあげるよ!」

「なんだよそれ」

 

 男子3名はよく分かっていないが、女子2人は構わずに身支度を済ませて椅子から立ち上がる。

 

「じゃあ、また映画館でね〜」

「ま、またね」

「ああ」

「後でな」

「……」

 

 そして、俺達を残して2人は去って行った。

 

 

 ——グループを離れた波瑠加と愛里は、歩きながらこんな会話をしていた。

 

「……ねぇ。皆も誘ったほうが良くない?」

「しょうがないよ、空いてる席が2つしかなかったんだもん。皆の分も私達がツナぴょんの勇姿を目に焼き付ければいいって」

「そ、そうだね」

 

 

 —— その日の午後。龍園side ——

 

 終業式当日の午後。体育倉庫に龍園と20名近い生徒達が集まっていた。

 

「……作戦は手筈通りだ。アルベルトと石崎はランチ終わりの堀北を捕まえろ」

「分かりました。木下は?」

「木下も連れ去れ。あいつには何も伝えていないからな」

「! 協力してもらうんじゃ?」

「……何か問題が?」

 

 意見をしてきた石崎を睨みつける龍園。

 

「……い、いえ、なんでもありません」

「……それでいい。お前も文句ねぇな? アルベルト」

「……YES.BOSS」

「よし」

 

 即答するアルベルトに龍園は頷き返す。

 

「伊吹は、ひよりを所定の場所に呼び出して眠らせろ。そして担当の奴らが来たら特別棟の屋上へ向かうんだ」

「……分かった」

 

 伊吹は文句を言いたかったが、言っても意味はないので黙っておくようだ。

 

 そして、龍園は残っているメンバーに声をかける。

 その中には、Aクラスの王小狼の姿もあった。

 

「残りのお前らは、ノコノコと餌に釣られて審議を傍聴しにやって来た奴らを全員で捕らえろ。その後は担当のターゲットを決められた場所に連れ去れ。最後に捕らえたターゲットの写真を俺に送るのを忘れるなよ」

『は、はい』

「ククク……なぁ龍園」

 

 小狼が怪しげな笑みを浮かべながら龍園に問いかける。

 

「なんだ?」

「捕らえた後は……好きにしていいんだよな?」

「もちろんだ。ただ、俺の合図があってからにしろよ」

「分かってるさ」

「それならいい。お前達も、俺からの合図があり次第ターゲットを潰せ。どんなことをしてもかまわん。責任は俺が取る」

「……ねぇ、本当にこんなことして大丈夫なの?」

 

 我慢できなかったのか、淡々と作戦を確認していく龍園に伊吹が問いかけた。

 

「大丈夫だ。大したお咎めにはならん」

「監視カメラに暴行してる様子が写っても?」

「それも心配ない。監視カメラには細工をするから暴行する様子は映らない。俺が受けるお咎めはカメラの修繕費程度だ」

「……なぜそう言い切れるの?」

「前に一度実際に監視カメラに細工をして確かめた。細工後に自ら担任の坂上に報告したが、その時は若干のPPを没収される程度だった」

(……そこまでしてまで、沢田の事を潰したいのか)

 

 伊吹は、龍園のその執念が少し恐ろしくなった。

 

「ちなみに、防犯カメラの細工にはこれを使う」

 

 そう言うと、龍園は黒のスプレー缶を配り始めた。

 

「これを監視カメラに吹きかけろ。それぞれの配置場所には監視カメラは一台だけしかないから、それで十分なのさ。今日は終業式で学校内の監視も弱まっているだろうからな」

『わ、分かりました』

 

 龍園とその取り巻き、そして小狼以外のメンバーはいつもは龍園に怯えるだけ生徒だからだろうか。緊張で体を震わせ、額には冷や汗を浮かべている。

 

 そんな彼らを見て、龍園は少し苛立ってしまったようだ。

 

「……ここまで来て怖気づく奴らは、沢田と同じ運命を辿ることになるが。……それでもいいのか?」

「! い、いえ! 大丈夫です!」

「それでいい。成功したら、お前達には報酬をやるよ」

『……』

 

 この場にあるのは報酬という餌と、恐怖によって作られている歪な関係だけのようだ。

 

「さて、お前ら行動に移れ。作戦開始後、配置に着いたらメールを寄越せ。そして、自分の持ち場に沢田が現れたら俺にすぐ知らせるのを忘れるな」

『は、はい!』

 

 龍園の合図で、取り巻き以外の生徒達は行動を開始した。

 

「……」

 

 龍園の周りに取り巻きだけが残ると、伊吹が再び口を開いた。

 

「あんた……人質を10人も作ってどうするのよ」

「ふっ、Dクラスに最悪の終わりを迎えてもらうのさ」

「……最悪の終わり?」

「そうだ。沢田に土下座で平伏させた上で、ターゲット全員を潰す。そうすれば沢田の精神はボロボロになる。その上クラスメイトからの評価は最低になるだろう。そうすれば、もうDクラスは機能しない。沢田以上のリーダー格などいないだろうからな」

「……」

「ククク、さぁお前ら。俺達も行動に移るぞ」

 

 そして、龍園達もそれぞれの行動へと移るのだった……。

 

 

 —— 終業式当日、午後1時50分 ——

 

「……そろそろだな」

 

 会議室の準備を終えた俺は、1人で関係者の到着を待っていた。

 

 審議は午後2時からだから、そろそろ集まってくるはず……

 

 ——ガチャ。

「!」

 

 会議室の扉が開き、廊下から誰かが入ってくる。

 

「お。沢田か。準備ご苦労様だったな」

「……ふん。まだ沢田しかいないのか」

「あ、真嶋先生、坂上先生」

 

 入ってきたのは、Aクラス担任の真嶋先生とCクラス担任の坂上先生だった。

 

 先生方は中に入ると、奥の方の座席へと着いた。

 

「……一之瀬はまだか?」

「はい。もう来ると思いますが」

「ふん、遅刻しなければいいがな」

 

 なぜかニヤニヤ顔の坂上先生。真嶋先生が微妙な表情で彼を見ているのが少しの救いだな。

 

(後は当事者の帆波ちゃんと龍園君だけか)

 

 若干の気まずさの中。俺は2人の登場を待った。

 

 —— 午後2時 ——

 

「……」

「……」

「……」

 

 ……すでに時刻は午後2時を回った。

 

 しかし帆波ちゃんも龍園君もまだ来ない。

 

(おかしい。帆波ちゃんがこんな大事な時に遅れたりするか? ……まさか、龍園君の奴に何かされたのか?)

 

 そう心配していると、坂上先生が机を指でトントンと叩き始める。

 

「……まだなのか、一之瀬帆波は」

「……遅いですね」

「全く! 遅刻するって事は、龍園の告発が真実だから否定できないのだろう。もう龍園の告発は真実だったって事でいいんじゃないか?」

 

 暴論で結論を急ごうとするので、俺は慌てて止めた。

 

「待ってください。それは暴論でしょう?」

「ふん。だが、実際に一之瀬帆波は来ないではないか」

「それを言うなら、告発者の龍園君だって来てません!」

「何を言っている。龍園は元々この場に呼ばれていないぞ」

「な!?」

 

 おかしいだろ。審議の日程を決めた時は当事者全員参加って事になっていたのに!

 

「日程を決めた際、龍園君も参加する事になっていたはずです!」

「その時はな。だが、龍園は今日は大事な予定があるらしくてな。欠席を許可したんだ」

「!? そんなの聞いてませんが!」

「別にいいだろう。この審議は学校側、今回は私と真嶋先生に一之瀬帆波の所持しているPPが不正な手段で集められたものか否か。それを証明する為の場だ。別に告発者がいようがいまいが関係ない」

「そんな……」

 

 絶句する俺を他所に、坂上先生は腕時計を確認してイライラしているように話を続ける。

 

「時間がもったいない。本人がいなくても、サポーターである沢田がいれば証明は可能だろう。さぁ審議を始めようじゃないか」

「……」

「なぁ、真嶋先生?」

 

 これまで黙っていた真嶋先生だが、坂上先生にそう言われるとさすがに動かざるを得ないようだ。

 

 ため息を吐き、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「……そうですね。沢田、仕方がない。君が私達に証明しなさい」

「で、ですが」

「もう冬休みに入った。審議を来年に持ち越すわけにもいかないんだ」

「……分かりました」

 

 仕方がないので、俺は帆波ちゃんから預かっていた資料のコピーを取りだした。

 

(これがあれば、無実の証明は簡単だ。……審議が終わり次第、帆波ちゃんを探そう。もしかしたら龍園君に何かされてるのかもしれない。……あ、そういえば)

 

 緊急連絡が来てるかもと、審議の為にマナーモードにしていた学生証端末を見ようとするとなぜか坂上先生に怒鳴られた。

 

「おい! 学生証端末なぞ見てないで、さっさと説明に入らんか!」

「! は、はあ。すみません」

 

 文句を言われては仕方がない。通知を確認できずに学生証端末をポケットにしまった。

 

「……では、Bクラスの一之瀬帆波さんにかけられた容疑の説明をさせていただきます」

 

 

 そして、俺は1人で審議に挑む事になった。

 

 

 —— その頃、特別棟屋上にて ——

 

「……よう軽井沢、今どんな気分だ?」

「……な、なんで私を攫って監禁までしてくるの?」

「簡単だ。お前は沢田を潰す為の餌だからだ。ただそれだけだよ」

「っ!……」

 

 特別棟の屋上で、軽井沢は両手を縛られた状態で倒れている。

 

 そしてその周りを龍園、伊吹、石崎、アルベルトが取り囲んでいる。

 

 ——ピロン、ピロン、ピロン、ピロン。

 

「……来たか」

 

 通知が鳴った学生証端末を開くと、予想通りの内容のメールが9通届いていた。

 

『配置に付きました』と書かれたメールが8通と、『準備完了だ』と書かれたメールが1通。その全てに捕らえたターゲットの写真が添付されている。

 

 メールを見た龍園はニヤリと笑い、背後に待機しているアルベルトに声をかける。

 

「アルベルト、下で待機だ。奴が来たらここに連れてこい。予定外の来客があれば俺に連絡を寄越せ」

「OK.BOSS」

 

 大柄な体格を揺らし、アルベルトが屋上を去る。

 

 そして、龍園は屋上に取り付けられた監視カメラに黒色のスプレーを吹き付ける。

 

「これでいい。後は坂上からの連絡を待つだけだ」

 

 ——ピロン。

「!」

 

 その時、謀ったかのように龍園の学生証端末が再度通知音を鳴らした。

 

「……気持ち悪いくらいタイミングいいな」

 

 そう言いながら、龍園は学生証端末を確認する。

 

 通知の正体は、坂上からのメールだった。

 

 

 TO 龍園

 

 今審議が終わって、沢田が会議室を出て行った。

 

 メールを読んだ龍園は、石崎に指示を飛ばす。

 

「石崎、バケツに水を二杯汲んで来い。下の階の男子トイレにバケツが2つあるはずだ」

「水ですか? そんなの何に使うんですか?」

「……いいから取ってこい」

「! すぐに持ってきます!」  

 

石崎が急いでトイレに向かうと、龍園は軽井沢に向き直る。 

 

「わ、私に触るな!」

「ほぉ、随分と強気だな。沢田が守ってくれると思ってるのか?」

「と、当然でしょ!」

「残念だが、あいつがくる前にお前は潰す」

「! ……ひぃっ」

 

 冷たい目で龍園に睨みつけられ、軽井沢は小さい悲鳴を上げる。

 

「くっくっく……。いい表情だな軽井沢。やっぱりお前には、弱気なその表情が似合ってるぜ」

「……な、何が言いたいの」

「あ? そんなの決まってんだろ? ……いじめられっ子には怯えた顔が1番だって言ってんだよ」

「! ……な、なんで!」

 

 なぜ龍園がその事を知っているのかが分からず、軽井沢は驚愕の表情を浮かべる。

 

 その表情を見て、龍園は楽しそうに笑った。

 

「ククク。俺を舐めるなよ? 悪意には敏感なんだ。悪意に飲まれた人間ってのは、見ればなんとなく分かるんだよ」

「……」

 

 その時。屋上の扉が再び開かれた。廊下から石崎が入ってくる。どうやらバケツに水を汲んできたようだ。

 

「お、お待たせしました!」  

 

 バケツには全容量の8割程度の水が入っている。  

 

「軽井沢。お前をこれから徹底的に潰す。恨むなら沢田を恨めよ」

「な……何をする気なの?」

「お前のトラウマを呼び覚ます。肉体に負荷を与えつつ、精神も壊してやるよ」

 

 龍園はそう言うと、石崎に目で合図を出した。

 

 石崎はそれだけで命令の内容が分かったが、すぐには動き出せなかった。

 

「り、龍園さん。手を出すのは沢田が動き出してからじゃ?」

「それは他の奴らだ。軽井沢だけは今から潰し始めるんだよ」

「な、なぜ?」

 

 石崎の質問に答える前に、龍園は両手を縛られて床に転がっていた軽井沢の近くにしゃがみ込み、軽井沢の顔を手で掴んだ。

 

「……沢田にとって、こいつが酷い目に合うことが1番辛いはずだからだ。おそらく沢田は、こいつがいじめられっ子だった事を知っている。だから船上試験で真鍋にいじめられそうになった軽井沢を助けたんだ。……だろ? 軽井沢よぉ」

「っ……」

 

 目を潤ませて龍園を睨む軽井沢。

 龍園は軽井沢から手を離して立ち上がった。

 

「……お優しい沢田なら、そんな軽井沢の事を守りたいと思ってるはずだ。それ故に守りたいと思っていた人物を潰されれば、沢田の受けるダメージは計り知れないだろう。だからこいつだけは必ず潰すんだ」

「っ……」

「……何してる石崎。さっさとやれ」

「……は、はい」

 

 石崎は龍園に命じられるままに、バケツの水を軽井沢の頭に思い切りぶっかけた。

 

「きゃあっっ!」  

 

 今は真冬で、屋上だからもちろん外だ。

 

 こんな場所で水を浴びれば、体のみならず心の芯まで冷やしてしまうだろう。  

 

「う、うううっ……」

 

 軽井沢は身体を縮ませて震え始める。  

 

 そんな軽井沢に龍園はさらに追い討ちをかける。

 

「どうだ、思い出すだろ? お前の辛い過去をよ」

「いや……いや!」

 

 耳を塞ぎたいだろうに、両手を縛られているからそれもできない。  

 

「これで終わりじゃないぜ。徹底してお前を壊してやるからよ」

 

 龍園は学生証端末のカメラを起動すると、片手で録画を始めた。そしてもう片方の手で軽井沢の濡れた前髪を掴みあげる。

 

 軽井沢の瞳から生気が抜け出て行く。

 きっと過去の虐めがフラッシュバックしているのだろう。

 

「せっかくだから動画に残そう。Dクラスを潰した後、学校中にばら撒いてやるよ」

「や、止めてよぉ……」

「いいぞ。ほらもっと泣け、もっと叫べ。許してくれと懇願しろ!」

「いやぁ、もう止めてぇ!」

 

「……り、龍園さん」

「……最悪すぎる」  

 

 龍園の姿を見て、石崎も伊吹も言いようのない嫌悪感や恐怖を感じていた……。

 

 

 

 —— 午後3時。会議室外 ——

 

 

「……ありがとうございました」

「ああ。ご苦労だった」

 

 バタンと会議室の扉を閉め、俺は廊下に出た。

 

 一人になるなり、俺は深いため息を付いた。

 

「……はぁ〜」

 

 予定では5分くらいで証明完了できる予定だったのに、坂上先生から付けられるだけイチャモンを付けられてだいぶ長くなってしまった。

 

「……もう映画の時間になっちゃう。でも、今日は行けないなぁ」

 

 帆波ちゃんを探すから行けないと連絡をするべく、ポケットから学生証端末を取り出す。

 

 ……すると。

 

 ——プルルルル。

 

「! 電話だ。しかも清隆君だ」

 

 ナイスタイミングで清隆君から着信が入った。

 

 ついでに俺の用件も伝えようと、着信に出る。

 

「もしもし、清隆君?」

「ああ。……審議は終わったか?」

「今終わったところだよ。……それでね、映画なんだけど」

 

 俺が用件を告げようとするも、先に清隆君が話始めた。

 

「綱吉。待ち合わせ場所に愛里も波瑠加も来ない」

「……え?」

「俺達は数十分前に集まる予定だったんだが、まだ2人が来ないんだ。電話しても繋がらない。……どこにいるか知らないか?」

「……ごめん。分からないんだ」

「そうか……」

 

 ……帆波ちゃんに続き、愛里ちゃんと波瑠加ちゃんも連絡が取れない?

 

 ……これは偶然なのか?

 

 俺が考え込んでいると、清隆君は話を続けた。

 

「……今3人で話し合って、ちょっと探してみようって事になったんだが……お前も来れるか?」

「あ、うん。俺も今から人探ししようと思ってた所だったんだ」

「お前も? ……誰をだ?」

「とりあえず合流しよう。今からケヤキモールの入り口に来れる? そこで話すよ」

「わかった。今から向かう」

「ありがとう。じゃあまた後で」

 

 ——ピッ。

 

 清隆君との通話を切ると、俺は大量の通知が溜まっている事に気づいた。

 

 そして、その通知は全てが緊急連絡の通知だった……。

 

『堀北鈴音の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『木下美野里の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『櫛田桔梗の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『佐倉愛里の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『長谷部波瑠加の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『王美雨の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『佐藤麻耶の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『椎名ひよりの端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『軽井沢恵の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

『一之瀬帆波の端末から緊急連絡が入りました。位置情報追跡中です』

 

「……これは……急がないと!」

 

 全ての通知を確認した俺は、清隆君達と合流するべくケヤキモールへと急いだ。

 

 

 —— ケヤキモール入り口 ——

 

「綱吉!」

「あ、皆!」

 

 ケヤキモールの入り口に行くと、明人君が声をかけてくれた。

 

 俺は走って3人の元に駆け寄った。

 

「……それで、どうする?」

「今だに連絡は取れないしな」

「……綱吉、さっきの続きを聞かせてくれ」

 

 清隆君にそう聞かれ、俺は審議の場に帆波ちゃんが来なかった事を話した。

 

「……そうか。一之瀬もいないのか。それは妙だな」

「ああ。偶然にしては出来過ぎだな」

「何かに騒動に巻き込まれてる可能性が高いだろ」

「だな。最近のCクラスの動きを垣間見てもそう思える」

「……綱吉はどう思う?」

「……皆の考えで合ってると思う」

 

 俺は、自分の端末に10人から緊急連絡が入ってる事を話した。

 

「! じゃあ愛里も波瑠加も、綱吉に助けを求めたって事か?」

「それだけじゃない。Dクラスじゃない奴が2名も混ざってる。しかもCクラスだ。これが龍園の企みなら、自分のクラスメイトも被害に合わせることになるぞ?」

「……龍園ならそうしてもおかしくないよな」

「うん、そうだね」

 

 だんだんと啓誠君と明人君の顔色が悪くなっていく。

 

「……どうするか」

「警察を呼ぶか?」

「いや……ちょっと待って」

 

 警察を呼ぼうとする明人君を止める。

 

「警察沙汰にしたら、Dクラス全体にも被害が及ぶよ。Cクラスの事だ。何かしら理由をつけてDクラスを悪者にしてくるはずさ」

「で、でもよ! これはもうほぼ誘拐だろ? 俺達じゃ手に負えないぜ」

「……俺が全員助ける」

『!』

「そう言うと思った」

 

 俺の宣言に明人君と啓誠君が驚いているのに対し、清隆君は分かってたと言いたげに平然としている。

 

「緊急連絡と共に位置情報が送られてきているから、これを頼りに全員を救い出す」

「……わかった」

 

 ——ピロン。

 

『!』

 

 その時、俺の学生証端末に1通のメールが届いた。

 

「誰からだ……!」

「? どうした?」

「……」

「綱吉?」

 

 メールの内容を見た俺は思わず固まってしまう。

 

 そんな俺を心配して清隆君達が声をかけてくれるが、俺は湧き上がる怒りでどうにかなりそうだった。

 

 ——グググ……。

 

「! どうした綱吉、落ち着けよ!」

 

 握り潰すんじゃないかと思う程に強く端末を握りしめていると、慌てて明人君が俺から端末を奪い取った。

 

『! ……』

 

 そして、3人もメールの中身を見たのであろう。俺と同じように固まってしまった。

 

 ……メールは龍園君からだった。どうやら写真が10枚添付されている。

 

 本文には短く、『今からこいつらを潰す』とだけ書かれてあった。

 

 だが、問題なのは添付された写真だ。その写真には1枚に1人ずつ女の子が写っており、全員が両手を縛られて地面に転がされていたのだ。

 

「……綱吉、どうする?」

 

 啓誠君と明人君が口を開けずにいる中、清隆君は俺に意見を求めてくれた。

 

 流石は相棒。いつでも冷静でいてくれるのはありがたい。

 

「……」

 

 俺は学生証端末を返してもらい、全員の位置情報と送られてきた写真を再度確認する、

 

 全員の位置情報を並べてみると、特別棟を中心に円を描くように配置されているようだ。

 

 ……おそらく龍園は特別棟だな。

 

 全員がバラバラの位置情報という事は、10人をバラバラの場所に監禁しているのか。

 

 そして全員の写真を撮っている以上、一人一人にCクラスの誰かが見張りとして付いているはずだ。

 

(全員を最速で助ける為にはどうすればいい……)

 

 頭の中で1番早く全員を助けられる方法を考え出し、やがて答えが出る。

 

 ……だが、その為には清隆達の協力が必要だな。

 

 俺は清隆達に皆を助ける為の協力を申し出る事にした。

 

「……啓誠」

「! なんだ?」

「お前は今から、池と須藤と平田を呼びに行ってくれないか」

「え? 池と須藤と平田を?」

「ああ。そして、池にはここ。須藤にはここ、平田にはここに向かうように伝えてほしい」

 

 学生証端末に表示された位置情報を3ヶ所見せながら、啓誠にそう頼んだ。

 

「……わかった。任せてくれ!」

「頼んだぞ。呼び終わったら、啓誠自身はバスケ部用体育倉庫に向かってもらいたい」

「ああ。じゃあ行ってくる!」

 

 俺の頼みを引き受けて、啓誠はカラオケなどの娯楽施設のある方向へ走り始めた。

 

 次に、明人に声をかける。

 

「明人。お前はBクラスの神崎を探して、ここに行くように伝えて欲しい」

「おう。まかせてくれ」

「頼む。あいつは基本的に家にいるらしいから、マンションの可能性が高いな」

「わかった、行ってみるぜ」

 

 啓誠と同じように位置情報を見せながら頼んだ。

 

「その後は、明人自身は水泳部用プールに向かって欲しい」

「了解だ!」

 

 そう言うと、明人はマンションに向かって走りだした。

 

 最後に清隆だ。

 

「……」

 

 清隆は無言で俺の指示を待ってくれている。

 

「……清隆。茶柱先生と堀北元生徒会長を連れて、特別棟の近くに向かってくれ」

「茶柱先生と元生徒会長? ……わかった」

「清隆、この2人を呼ぶ意味は……」

「分かってる、もしもの時の証人だろ?」

「……さすがだな。その通りだ」

 

 俺の考えが読めるかのように、清隆は俺の言いたい事を理解してくれる。

 

(さすがは、俺の相棒だな)

 

「……で、向かった後はどうすればいい」

「そうだな、5分でいい。5分だけ待ってくれ。もしもそれまでに俺が来なかったら、すまないが清隆が助けに向かってほしい」

「わかった。問題ない。……待つのは5分でいいんだな?」

「ああ。その頃には俺が特別棟にたどり着く計算だ」

「了解だ」

 

 清隆が頷いたのを見て、俺は拳を清隆に向けて突き出した。

 

「よし。じゃあ行動開始だ。全員助けるぞ、相棒」

「ああ、サポートは任せてくれ……相棒」

 

 そう言いながら清隆も拳を突き出した。

 

 俺達の拳がゴンっ、といい音を鳴らしてぶつかり合った。

 

 そして、俺達は捕らえられた10名を救うべく行動を開始したのだった。

 

 

 

 —— 特別棟屋上、軽井沢side ——

 

 

 ……体の芯まで冷えきってしまった。

 

 合計で4回もバケツで水をぶっかけられてしまったから当然だ。

 

 とっくに下着までびしょ濡れだけど、本当に恐ろしいのは『寒さ』じゃない。

 

 最近は抑えられていたはずの、暗くて重い昔の私を支配していた闇が侵食を始めることだ。

 

 そしてその闇は、再び私を侵食するべく私の思考を操作してくる。

 

『どうして私は虐められているの?』

 

『なんで私は生きているの?』

 

『私の何がいけなかったの?』

 

 そうやって自分を責め始めてしまうのだ。

 

 冷え切った心は身体を蝕み、刻み込まれていた過去の私の無様さを表面に引き摺り出そうとする。

 

 ……怖いよ。

 

「お前は今日潰れる、これは決定事項だ」

 

 ……助けてよ。

 

「潰して終わりじゃないぜ? お前のあることないことを手紙にして学校中にバラまいてやるよ」

 

 ……苦しいよ。

 

「沢田はまだ助けに来ないな? 他の人質を優先して、お前は放ったらかしか?」

 

 ……そんなのいやだよ。

 

「もしもこの場を切り抜けれたとしても、今までのように強気なお前でいられるのか? ……いいや、無理さ。お前はまたいじめられっ子に逆戻りだ!」  

 

 昔にされた虐めが、私の中で何度もフラッシュバックする。

 

「……いやだよ。いやだ、いやだいやだ! ……いやだよぉ」

 

 すごく惨めで、今すぐに死んでしまいたいと思うような世界になんて、もう絶対に戻りたくない。

 

「嫌か? なら懇願しろよ。俺も考えが変わるかもしれねぇぞ?」

「お願い……許して、お願いだから許して!」

 

 もうプライドなんてどうだっていい。私が作り上げてきた軽井沢恵という自分を壊したくない、ただそれだけだ。

 

「Dクラスが崩壊すれば、お前は上のクラスの奴らに虐められるだろうなぁ」

「いや、いや、いやだよ……」

「だったら懇願しろ。昔の自分に戻ることがそれほど辛いのならな」

 

(懇願……すれば、私は許されるの?)

 

 頭の中では、昔の虐めの内容が嫌でも思い出されていく。  

 

 教科書への落書きやノートの紛失。トイレ中に水をかけられたことも何度もある。

 

 殴られ蹴られ、そんな様子を今みたいに動画に撮影されて、次の日には私はクラス中の笑いものだった。

 

 上履きに画鋲を仕込まれたり、机に動物の死骸を入れられていた事もあったっけ。

 

 あ、クラスメイトの前でスカートを下ろされたこともあったな。  

 

 水泳の授業の後に下着を隠されたり、制服が無くなったことだってあるよ。

 

 好きでもない男子に告白させられたこともあるし、いじめっ子の靴を舐めたこともある。  

 

 ……ああ。また、私はあの時の自分に逆戻りしてしまうのか。

 

 ……だけど、そんなのは耐えられるわけないよ。

 

 あんな地獄をもう一度耐えられるはずない。  

 

 ……でももう、そうなるしか道は残されていないのかな。

 

 

 冷え切った心と龍園の笑い声が、私には諦めるという選択肢しか残されていないという現実を突きつけてくる。

 

 私以外にも9人も人質がいるんだもんね。いくらツっ君でも、この状況で全員を助けられるわけはないんだ。

 

 ……ああ、今日で幸せだった生活は終わりを告げるんだね。

 

 もう、Dクラスで笑い合う事もできなくなっちゃうんだね。

 

 目から涙が溢れて、地面へと零れ落ちる。

 何度も、何度も……。

 

 

(でもやっぱり、諦めるのはいやだなぁ……)

 

 その時。消えたはずの希望的な感情が、突然私の中に生まれた。

 

 私の中に確かに存在していた、〝彼〟の気持ちが助けてくれたのかもしれない。

 

 この状況を素直に受け入れて、過去に逆戻りするのは嫌だよ。

 だって、まだ助かる可能性だってあるんだから。  

 

 現実がいくら厳しくても、どれほど絶望的でも。

 ……〝彼〟ならば、ひっくり返してくれるんじゃないか。

 

 だって須藤の退学騒動や喧嘩騒動もそうだし、体育祭のピンチもそう。

 

 誰もが諦めていたのに〝彼〟だけは諦めなかったんだよ?

 

 しかも、その状況をひっくり返して勝ってきたんだよ?

 

 そんな〝彼〟が……私の事を助けてくれないと思う?

 

 ……ううん。そんな事ないよ。

 

 だって、〝彼〟は私に助けを呼ぶ手段を与えてくれたもん。

 

『クリスマスまででいいので、この番号を学生証端末の〝緊急連絡先〟に登録して欲しいんです。何かあったら、すぐに助けに行けるように』

 

 ……それに、〝彼〟は前にこうも言ってくれたんだ。

 

『今みたいにさ。俺、すぐに駆けつけるから!』

『駆けつける?』

『うん。軽井沢さんが俺を呼んでくれたら、今みたいに遠くからでもその声を聞いてさ、軽井沢さんの元に走っていくから』

『……うん』

『軽井沢さんに、辛い思いはさせないように全力を尽くすからさ。だから、俺の事を信じてくれないかな』

 

 ……うん。信じてるよ。

 

 こんな目に合ったのに、君の事を信じる気持ちは揺らがなかったみたい。

 

 ……すでに緊急連絡は送ってるけど、口に出して〝彼〟の名前を呼んではいない。

 

 だから君の名前を呼んで、助けてと叫んでもいいよね?

 

 たとえその結果、この状況が変わらなかったとしても……。

 

 ……私は、〝彼〟に言ってあげたいんだ。

 

『今までも、これからも、ずっと信じてるよ』って。

 

 

「おい軽井沢、さっさと懇願してみろよ。無意味かもだけどな」

「……た……」  

 

 なんとか声が出た。

 

 やっぱり怖くて声が震えるけど、なんとか一言は出た。

 

「あ? なんだ?」

 

 何を言ったのか分からないのだろう。龍園は聞き返してきた。

 

「た……ツ……」  

 

 ゆっくりと、だけど確実に声を出せるようになっていく。  

 

「何を言ってんだか、全くわからねぇぞ」

 

 龍園に睨まれたけど、〝彼〟の事を思えば勇気が湧いてくる気がした。

 

「もっとはっきりと言え!」

 

 ……そして、ついに私は彼に向けて叫び声を上げる!

 

 

「『た』すけて! 『ツ』っ君!」

 

「!」

 

 

 今まで笑顔だった龍園の表情が固まった。  

 

 叫んだ事で私の心を覆っていた曇り空が、何か暖かい光に包まれて取り込まれていくような気がした。

 

「……もしも、もしも今日で私の居場所が、〝Dクラス〟が崩壊したとしても!……ずっとアンタに苦しめられ続けるとしても!」  

「……」

「私は……あんたになんて屈しない!」

「……バカな奴だな。どうせDクラスは今日で終わりなんだ。それにお前達が沢田を信じてきたせいでこうなってるんだぞ?」  

「……それが何よ。私が彼を信じたいから信じるの。それが全てよ!」

 

 龍園は冷たい顔で私を見下ろしている。

 

「そうか……残念だが軽井沢。沢田が助けに来ようと来まいと、お前はもう終わりなんだよ」

 

 ……これでいいんだ。私はここで壊されて潰れてしまうけど、少しだけ自分が誇らしく思えたから。

 

 何があっても好きな人の事を信じ続けた。そして信じ続けたまま潰される。 

 

 そう考えると、何となく今の私って格好よく見えない?  

 

 私の人生に面白いことなんてほとんどなかったけど、ツっ君と出会ってからの毎日はとっても楽しかったし、自分を好きになれてたと思う。  

 

 カッコよく言うと、ツっ君というヒーローを影で支えるヒロインみたいな?  

 

「……そんなに終わりたいなら、さっさと終わらせてやるよ」

 

 龍園が私の顔の上に上げた足を持ってくる。

 どうやら顔を踏み潰してフィナーレらしい。

 

「く……ぅ」

 

 残った僅かな力で首を屋上の入り口に向ける。

 

 ……まだツっ君は助けに来てくれてない。

 

 ……あーあ、結局ダメだったか。

 

 でもいいんだ。私は信じてほしいと言われた相手を信じ続けられたんだから……。

 

 寒い冬空の下でずぶ濡れなのに、不思議と全然嫌な気持ちはしなかった。  

 

 さようなら。幸せだった最近の私。

 お帰り、不幸だった昔の私。

 

 そう心の中で呟いて、顔の踏みつけに備えて目を閉じる。

 

 

「BOOOOO!」

 

『!?』

 

 ……しかし。顔を踏みつける靴の感触よりも先に、廊下の方から男の叫び声が響いてきた。

 

 思わず私も目を開いてしまった。

 

「……なんだ?」

「……い、今のアルベルトの悲鳴じゃ?」

 

 ……?

 

 あの大男の悲鳴? 

 どうして悲鳴なんて上げるの?

 

 だって、あいつは龍園の命令で下で見張りをしてるはずじゃ……。

 

 

 ——コツ、コツ。

 

 ——ずりっ……ずりっ……。

 

 

 悲鳴を聞いて静まりかえった屋上に、階段を上る足音と、何かを引きずる音が響いてくる。

 

 ……そして数秒後。

 

 

——ドカーン!

 

「なっ!?」

 

 勢いよく、屋上の扉が1mほど屋上側に吹っ飛んだのだ。

 

 誰かが蹴り飛ばしたのだろう。扉があったはずの場所には、足を振り上げた誰かの姿が見える。

 

(……だれ? ツっ君?)

 

 ドアが吹っ飛んだせいで、周辺は砂煙が上がっていて廊下の方がよく見えない。

 

 

 ——トタトタ。

 

 しかし、煙の向こうから小さい何かがこっちに走ってきてるのが僅かに見えた。

 

「……あれ? あれは……」

 

 やがて、その小さい何かは私の元までやってくると、私に向かって小さく吠えた。

 

「……ガウゥ?」

「……! な、ナッツちゃん?」

「ガウッ♪」

 

 そうだ。私の元にやってきたのは、ツっ君の飼っている子猫。

 

 ナッツちゃんだった!

 

「ど、どうしてナッツちゃんがここに?」

「ガウッ!」

 

 私が声を絞り出してそう言うと、ナッツちゃんは砂煙の方に向き直った。

 

 私も砂煙の方に目を向けると、砂煙から1人の男子が現れる。

 

「……あ、あああ……」

 

 その姿を見て、また涙がぼろぼろとこぼれ出した。

 

 まるでヒーローのような登場の仕方をした彼は……。

 

 私が叫んで助けを求めた、そして信じ続けた〝彼〟だったんだ!

 

 〝彼〟は引ずっていたアルベルトを手放し、龍園に向けて口を開いた。 

 

「……ついに一線を超えたな、龍園」

「……沢田、来やがったか」

「ああ。俺の大事な仲間を取り返しにな」

「……はっ、お前一人で、取り返せるのか?」

「当然だ。お前達程度、数分で片づく」

「! ……言ってくれるじゃねぇか。沢田ぁ!」

 

 砂煙を抜けて龍園の前に立った〝彼〟は、私に微笑みながら優しい視線を向けてくれた。

 

「……軽井沢」

「……ツっ君」

 

 その瞳は優しくて、それでいて悲しそうで。

 私の悲しみを全て受け入れてくれる気がした。

 

「……すまない軽井沢。緊急連絡を受けてから〝15分〟も待たせてしまったな」

「……ううん。……ううん! いいの! 来てくれるって信じてた!」

「ありがとう。……あと少し待ってろ。龍園に今回の落とし前つけさせてから、病院に連れて行く」

「……うん!」

 

 ツっ君を見てから、すごく元気が出てきた気がする。

 もう大丈夫だって思ってるのか、不安も一切なくなっているようだ。

 

「ナッツ、軽井沢を暖めてあげるんだ」

「ガウッ!」

 

 ナッツちゃんが縛られた私の両腕の間に入り込んできた。

 

(……あったかい)

 

 そして、ツっ君は優しい微笑みを消して龍園に向き直る。

 

「……沢田ぁ」

「……龍園。お前はやってはならない事をした。その報いを受けてもらうぞ」

「……ふん、やってみろよ」

「言われなくてもやるさ」

 

 ——ザッ。

 

 ツっ君はもう一歩龍園に近づいた。

 

「俺の仲間や自分の仲間達を傷つけた事を……死ぬほど後悔させてやるよ」

 


 
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