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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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魔法絶唱しないフォギアGX編
  キャロルとエルフナインの穏やかな一日

 
前書き
どうも、黒井です。

今回は予告通り、キャロルとエルフナインのその後を描く内容となります。 

 
 キャロルによって引き起こされた事件から早くも数日が経過したこの日。

 エルフナインは今日も朝起きると真っ直ぐ本部潜水艦内に設けられた、アルドの工房へと足を運んでいた。

「おはようございますアルドさん」
「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」
「はい」

 簡単に挨拶を済ませると早速エルフナインは自分用に誂えられた席に座り、机に向かい資料のまとめに取り掛かった。
 ここでのエルフナインの仕事は基本的にアルドの補佐である。今やS.O.N.G.の嘱託錬金術師として活動しているアルドだが、彼女の本来の役目はウィズのサポートであり颯人達魔法使いの指輪の作成。その時間を少しでも確保する為に、エルフナインが細かいところにまで手を貸していた。幸いな事に、エルフナインにはキャロルから受け継いだ錬金術の知識がある。そのお陰でイグナイトモジュールもシンフォギアに搭載できた。
 その知識を今度は平和の為に活用すべく、彼女はこうして自分に出来る事を精一杯やろうとしていたのだ。

――何時も思うけど、やはりアルドさんは凄い。これほどの知識を持っているなんて……――

 資料を纏めながらエルフナインはチラリとアルドの方に目を向けた。今彼女は机の上に広げた2冊の本を同時に読んでいる。一方は魔法使いの指輪に関する資料、もう一方はハンスを治療する為の錬金術に関する資料。頭の中で同時に2つのタスクをこなしているのか、口元しか見えないがその様子は真剣そのもので横から口を出せる雰囲気ではない。

 膨大な錬金術の知識を持ちながら、あれほどの事を平然と行える頭脳の持ち主。野良の錬金術師とはとても思えない。あれ程の頭脳があるのなら、名のある錬金術師としてキャロルも知っていておかしくは無いのだが…………

――一体アルドさんは、あれ程の知識をどこで得たんだろう?――

 今だ謎の多い、アルドの知らない事の一つである。生み出されてからそうなったのか、それともオリジナルのキャロルがそうだったのかは分からないが、エルフナインは込み上げる探求心からついついアルドの事を暇さえあれば観察していた。

「何か?」
「ッ! あ、いえ、すみません……!」

 突然アルドの方から声を掛けられた。こちらを見ても居ないのに、エルフナインからの視線に気付いたのだ。ただ頭が良いだけでなく、他者からの視線にも敏感な程鋭敏な感覚の持ち主。相当な修羅場をくぐっている証だ。ウィズと共にジェネシスに挑んできただけの事はある。

 内心で舌を巻きながら次の資料の作成をしていると、工房のドアがノックされた。エルフナインがそちらに対応するよりも先にアルドが席を立ち、扉のロックを外して開けるとそこにはキャロルが立っていた。

「……おはよう」
「おはようございます、キャロルさん。では、早速始めましょうか?」
「あぁ、頼む」

 キャロルの姿を見たアルドは、彼女を伴って医務室へと向かった。エルフナインも資料作成の手を止めて急いでそれについて行く。

 向かった医務室の奥、集中治療の為の病室には、未だ眠り続けて起きる事のないハンスがベッドの上に横たわっている。キャロルはベッドに駆け寄ると、動かない彼の手を取りその手がまだ温かさを失っていない事を確かめるようにゆっくり撫でた。

「ハンス……」
「さ、今日も始めましょう」
「あぁ……」

 これから行われるのは、アルドによるハンスの治療である。
 先の戦いでハンスは己の想い出を大量に焼却し、生命を維持するだけで精一杯な状態にまでなってしまった。直後に颯人が無理矢理魔力を補充したおかげで、そのまま命の灯が燃え尽きる事は免れたが、それでもこのままだと残された想い出が燃えカスが尽きるように崩れて無くなり彼は死んでしまう。
 それを防ぐ為、アルドは彼と同じ時間を共有しているキャロルの協力を得て治療を行っているのだ。

「それでは、行きますよ」

 アルドがそう言うと、ハンスと彼の傍の椅子に腰掛けたキャロル、2人の頭に左右の手を翳した。その手の平に錬金術の紋様が浮かび上がり、アルドを通じて2人の脳が錬金術的な繋がりを持った。

「ッ……ッッ……」

 今行っているのは、端的に言ってしまえば想い出の共有。キャロルの中に残っているハンスとの想い出を元に、ハンスの中に残っている想い出を修復するのだ。それにより失われたハンスの想い出を取り戻す。例えるなら燃えて灰になりかけた写真の断片から元の姿を復元するようなものだ。
 当然この作業には繊細な操作が必要になるし、その為に莫大な集中力を要する。現に今もアルドの口からは声にならない呻き声が上がり、フードの下から見える口元には額から流れてきたのだろう汗が垂れてきていた。あれ程の技術と知識を有するアルドですら、汗を多量に流すほどの集中力。一体彼女の中でどのような処置が行われているのか、エルフナインには想像もできない。

 だが彼女は、傍から見える範囲で何か学べる事は無いかとアルドの様子をつぶさに観察した。例え見ているだけであっても、そこから学べることは何かある筈だと信じて。

 ハンスの治療に専念しているアルドは、そんなエルフナインからの穴が開くほどの視線に気付いていた。

「…………ッ、はぁ。はぁ、はぁ……」

 程無くしてアルドの手から紋様が消えた。作業が終わった事に気付いたキャロルは、アルドに身を委ねる意味で瞑っていた目を開き未だ眠ったままのハンスに落胆した様子を見せる。

「あぁ……」
「今日はここまでにしましょう。復元した想い出が定着するまでは時間が必要ですし」

 汗を拭いながらアルドはそう言って、キャロルを椅子から立たせた。そしてハンスの布団を掛け直してやると、エルフナインとキャロルを連れて医務室を後にした。

「あの、何時も思うんですけど、もしかして僕って邪魔でした?」

 今更ながら、視線に敏感なアルドを前にあそこまで凝視しては逆に邪魔をしていないかとエルフナインは不安に駆られる。そんな彼女に、アルドは頭を優しく撫でる事で答えた。

「その様な事はありませんよ。声を掛けたり触れてくるならともかく、ただ見られているだけで気を散らすほど柔な集中力はしていないつもりです」

 実際エルフナインからの視線に気付いてはいたが、それが気になるほどと言う事は無かった。同時に2冊の本を読んで内容を頭に叩き込めるほどのマルチタスクが可能なアルドにとって、ただ見られているだけ等そよ風が吹く程度の刺激にしかなり得ない。

「さ、そろそろ食事の時間です。お2人は先に食堂へ向かってください」
「分かりました。行こう、キャロル」
「あぁ……今日も、ありがとう。また、よろしく頼む」

 アルドの言葉にエルフナインはキャロルの手を引き、キャロルは何処かたどたどしくもハンスの治療の礼を口にして食堂へと向かっていた。アルドは2人の背を優しく見送り、自分の工房へと戻っていく。

 エルフナインとキャロルが食堂に着くと、既に何人かの職員がトレーに食事を乗せて席についていた。2人もそれに続く様に、トレーを持ち厨房に続くカウンターの前に立った。

「ガルドさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
「エルフナインちゃん、キャロルちゃんもおはよう」
「お、おはよう……」

 礼儀正しく挨拶するエルフナインに対し、キャロルは何処となく居心地が悪そうに見える。敵対していた記憶も無くなっている筈だが、単に恥ずかしがっているのかそれともセレナの笑顔が眩しすぎたのか。

 2人の分の朝食を皿に乗せながら、ハンスはキャロルは案外人付き合いが苦手なのではないかと考察した。

「ほら、お待たせ」

 考えつつガルドは目玉焼きと付け合わせの茹で野菜、焼いたベーコンの乗った皿を2人のトレーに置いた。その隣にはトーストされた食パンが二切れにバター。
 皿に乗った目玉焼きを見たエルフナインは思わず目を輝かせた。

「あっ! 黄身が……!」
「運良く双子が二個あったんでな。2人にサービスだ」

 エルフナインとキャロル、2人のトレーの上にはそれぞれ黄身が二つの目玉焼きが乗っていた。滅多にない偶然に、エルフナインだけでなくキャロルも見た目相応に目を輝かせていた。

「ありがとうございます! さ、キャロル!」
「あぁ。あ、ありがとう……」

 2人は揃って席へと座り、小さな幸運に顔を綻ばせている。そんな彼女達の様子を、厨房からガルドとセレナが見守っていた。

「キャロルちゃんて、普通に良い子なんだよね」
「あぁ。父親の事が無ければ、あんな事にもならなかったのだろうがな」

 下に恐ろしきは無知な民衆の暴走である。過去にキャロルの父・イザークを手にかけた者達に、もう少し知識があれば或いは違った結果になっていたかもしれないのに。
 とは言えそんなたらればに意味はない。今彼らに出来る事は過去を悔いる事ではなく、これから先の未来を少しでも良くする事なのだから。




 その後も、エルフナインとキャロルは共に過ごしていた。

 朝食後はアルドの工房へと戻り、今度はキャロルも交えてアルドの手伝いをしていた。と言っても今のキャロルには錬金術の知識は無いので、出来る事は専ら頼まれた本や資料を持ってきたりする事位だが、外に出れない彼女にはこうして何かする事があると言うのは大きな意味を持っていた。少なくともハンスの身を心配して気を揉むだけの時間を過ごさなくて済む。

 区切りが付いたら今度は装者や魔法使い達の訓練のサポート。過去の戦闘の結果を基にシミュレーターを組み、その訓練の結果を纏めて次に反映させる。
 その際にキャロルを気に掛けている響は矢鱈と彼女に干渉し、堪らずキャロルが奏の後ろに逃げたりとちょっとした騒動があったがそんなのは最早何時もの事となっていた。

 昼食を挟んで午後になれば、待っているのはこれまでの事件の資料の纏め。これは本格的にキャロルには出来る事が無いので見ているしかなかったのだが、何もしないで見ているだけと言うのはやはり居心地が悪いのか気付けば了子の後ろにくっ付いて資料を運んだり、あおいと共に給湯室でコーヒーを淹れたりしていた。

 小さい体で忙しなく動き回る、エルフナインとキャロルの様子を颯人は持ち込んだ椅子に座りドーナツを齧りながら眺めていた。

「頑張るねぇ……あれくらいの子なら普通は学校行って遊ぶのが普通だってのに……」
「そうも言っていられんさ。エルフナイン君にしてもキャロル君にしても、境遇が普通ではないからな。こんな言い方をしたくはないが……」
「ま、分からなくはないがね。外に出せないのも、保護観察ってだけじゃないんでしょ?」

 事件の首謀者であるキャロルは記憶を失っているが、その事を詳しく知っているのは基本的に彼らS.O.N.G.とS.O.N.G.に深く関わりのある一部の人間のみ。それ以外からすればキャロルは無力化された錬金術師の小娘に過ぎない。
 迂闊に外に出せば、アメリカを始めとした諸外国のエージェントの餌食となってしまう事は想像に難くなかった。

「ま、八紘兄貴が動いてくれてるらしいから、その心配ももう直ぐ無くなるだろうがな」
「俺の予想だと、もう心配いらないと思うけどな~」
「どういう意味だ?」

 意味深な事を言う颯人に弦十郎が訊ねると、彼は紙袋から取り出したドーナツの穴からキャロルの事を覗き見ながら答えた。

「とっくの昔に動いてる奴が居るってだけの話さ」









「アァッ!?」
「オゥ……」

 街中の人気のない路地裏に、複数人の男が倒れている。服装は様々だが、顔立ちは皆一様に日本人離れしている。見たところアメリカ人に見える男達が倒れている、その中心には白尽くめの格好をした男の姿があった。顔は帽子の鍔で隠れているが、そこに居るのはウィズに他ならない。

 倒れているのはどれもアメリカからのエージェント。ウィズはこっそり1人で活動し、S.O.N.G.の周囲を嗅ぎまわっている外国のエージェントを潰して回っていたのだ。

 息一つ乱さず静かにエージェント達を無力化したウィズは、襟を正し小さく溜め息をつくと倒れたエージェントの懐を漁りスマホを取り出すと番号を押し何処かへと連絡を取った。

『はい、こちら警察です』

 ウィズが掛けたのは110番、つまり警察への連絡であった。通報に出た警察官に、ウィズが口を開くのだがそこから出た声は壮年の男の声ではなく年若い少女のような声であった。

「すみません、路地裏に怪しい男の人達が倒れています。場所は――――」

 少女の声で警察にこの場所の事を通報し終えたウィズは、小さく鼻を鳴らして通話の切れたスマホを放り捨てその場を後にした。

 離れていくウィズの背に、まだ意識のあるエージェントが声を掛けた。

「Wh, Who are you……!?」

 最後の力を振り絞った様に投げかけられた問いに対し、ウィズは肩越しに振り返ると短く答えた。

「……I`m magician」
〈テレポート、ナーウ〉

 目の前で光と共に消えるウィズの姿に、エージェントの男は力無く笑うとそのまま意識を手放すのだった。









「……響ちゃんの親父さんの事もあるし、心配して動いてるんじゃねえの?」
「そうか……そうだな。本当に、彼には頭が上がらん」
「別に気にする事ないって。根無し草は根無し草なりに好きな様に動いてるってだけの話だろうし」

 話し終えると同時にドーナツを食べ終えた颯人は、手に付いた砂糖の粒を払い落して椅子から立ち上がった。

「ま、そう遠くない内にあの2人外に出せるようになるだろうし? その時の事を今から考えておけばいいんでないの?」

 そう言って颯人は発令所から出て行った。残された弦十郎は、颯人が出て行った扉を見て肩を竦めると改めてエルフナインとキャロルの方を見た。

 ついこの間まで敵対していたとは思えない程、穏やかに触れ合う2人の少女。エルフナインがキャロルをベースに生み出されているから当然だが、彼女達が並ぶと双子の姉妹の様だ。

 そんな2人がこれからも笑顔でいられるように、弦十郎は自分に出来る事をとこれからの事に意識を向けるのであった。




***




 そして夜。一日の業務を終え、夜勤の職員を除いて自宅に帰り眠りにつく時間。
 本部から出る事が出来ないエルフナインとキャロルの2人は、本部内の空いてる部屋を割り当てられ夜を過ごすのが普通となっていた。

 自室に戻り、今日の業務を振り返りつつ明日の作業を考えながらベッドに入るエルフナイン。
 と、突然彼女の部屋の扉がノックされた。

「? 誰だろ?」

 こんな時間に部屋を訊ねるのは誰だとエルフナインが扉を開けると、そこに居たのはキャロルであった。寝間着に着替えたキャロルは、枕を抱えてエルフナインの部屋の前に立っていた。

「キャロル? どうしたの?」
「その……言い辛いんだが……今夜は、一緒に寝ても良いか?」

 欲を言えばキャロルはハンスの傍で眠りたかったが、あそこは一応集中治療の為の病室。精密な機械も置かれている為、治療が必要なもの以外は長居する事が出来ない。
 普段はキャロルもそれで納得できていたのだが、この日は珍しく寝付きが悪くハンスの事での不安も手伝い余計に眠れず困っていた。そんな状況で彼女が頼れるのは、自分と同じ顔立ちをしたエルフナイン意外に存在しなかった。

 一肌恋しく寂しさを抱えたキャロルの姿に、エルフナインは優しい笑みを浮かべると彼女を部屋に招き入れた。

「もちろん。あんまり広くないけど、さ、入って」

 エルフナインに導かれるまま、部屋に入って二人一緒のベッドの上で横になる。

 二人一緒に布団の中に入ると、キャロルは小さく縮こまりながら口を開いた。

「ハンス……治るかな?」

 予想は出来ていた事だが、キャロルの口から出てきたのはハンスの治療に関する不安であった。このまま治療を続けて、果たして本当に彼が目覚めるのか不安で仕方がないと言った様子だ。

 そんな彼女に、エルフナインは彼女の背を優しく撫でながら答えた。

「大丈夫だよ。信じよう、アルドさんを……。そして、颯人さんが齎してくれた奇跡を……」
「うん……」

 エルフナインからの励ましに安心したのか、キャロルはそのまま静かに眠りについた。
 自分のオリジナルである筈のキャロルが、まるで自分より小さな妹の様な錯覚を覚えてエルフナインは思わず笑みを浮かべつつ自分も目を瞑り眠りに入った。

 意識が薄れる最中、エルフナインは人知れず願った。何時か再び、キャロルが心から笑える日が来ることを。

 戦いから遠ざかったキャロルとエルフナインの穏やかな一日は、こうしてこの日も過ぎ去っていくのだった。 
 

 
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございました。

さて次回に関してですが、そろそろ3.5章を描きそれが終わり次第AXZ編に突入しようと思います。

その為にもXDUの3.5章を見直さなくては……

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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