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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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六十四 遭遇

黒炎。

燃え盛る炎が海を奔る。
迸る炎は水に濡れても猶消えず。標的を焼き尽くさんと渦巻き続ける。
その対象である八尾の断末魔が雲雷峡にて轟いた。


黒炎の中、のたうち回る蛸の化け物。
ザクの死を代償に吹き飛んだ蛸足が二本ほど、沈下してゆく。
しかしそれ以外の蛸足だけでも、十分すぎるほどの破壊力があった。


その威力は、蛸足が粉々に砕く周囲の岩々を見れば一目瞭然。
そして八尾が耐え切れず暴れるということは、それだけサスケの瞳術で出現した黒炎の威力が窺えた。


水に濡れてもどれだけ暴れても、決して消えぬ黒き炎。
それに焼かれる苦痛にのたうち回るキラービーが暴れるたび、巻き上がる凄まじい威力の水飛沫。


それは激しい高波となって、サスケとアマルへ襲い掛かる。
既にキラービーに大きな痛手を負わされ、身体を抉られているに加え、初めて【天照】を使ったばかりのサスケには、たかが高波ですら脅威だった。


波の影がサスケの頭上に落ちる。
荒波に呑まれるその寸前、自身が現在纏う衣と同じモノを身に着けた男の背中が、サスケの霞む視界に飛び込んだ。



「おやおや…」

刹那、高波がスパッと割れる。
真っ二つに割れた波間。サスケとアマルの傍らで、大刀を振り落とす。
黒地に赤き雲の衣が、水滴ひとつつけずに棚引いていた。

「随分とまぁ…やられましたねェ」


鮫肌で波を斬った鬼鮫が肩越しにサスケを振り返る。
キラービーのラリアットを喰らい、身体の胸部を深く抉られたサスケを目にした鬼鮫は、一瞬瞠目すると、己の大刀を促した。

「鮫肌。治しておやりなさい」



すると包帯で巻かれた大刀がわさわさと蠢き、サスケに纏わりつく。
動く刀に、ヒッ、と息を呑んだアマルが一瞬後退りするものの、サスケの負傷部分がみるみるうちに治癒されてゆくのを目の当たりにすると、気を取り直した。

鮫肌と呼ばれるこの生きる刀がサスケの抉られた身体を治しているのだと理解した彼女は、少しでも治癒しやすいように、と衣を脱がせる。
『暁』の証である黒衣を脱がせ、鮫肌が治癒しやすいようにしているアマルを認めた鬼鮫が助言した。


「その刀は斬るのではなく、チャクラを削り喰らう。ですが私のチャクラをサスケくんに分け与えるわけにもいかないので…」
「わかってる」

黒炎でのたうち回る八尾から視線を外さない鬼鮫を見て、アマルが察する。
キラービーとの戦闘をするなら、鬼鮫にはチャクラを温存してもらわねばならない。
ならば鬼鮫が削ったチャクラをサスケに分け与える役目を担うのは───。

「オレも医者の端くれだ。オレのチャクラを喰え」


医療忍者ではなく、あくまでも医者だと名乗るアマルからチャクラを喰らった鮫肌が美味そうに喰らう。
奪ったチャクラを対象にスタミナとして渡す仕組み。
その役目を担う鮫肌が騒いでいる様を見て、鬼鮫はひゅうっと口笛を吹いた。


「鮫肌が喜んでいる…どうやら貴女のチャクラの味が気に入ったようですねェ」
「そんなことより今はコイツの治療だ」

アマルのチャクラを喰らい、還元したチャクラが、サスケの負傷した身体の傷を癒す。
嬉しそうに身体を震わせる鮫肌に苦笑を零した鬼鮫は「それにしても、」と改めて八尾の巨体を見上げた。


「どうやら私が手を下す必要は無さそうですねェ…流石イタチさんの弟だ」
「…………」

鬼鮫の言葉の内にあった名にピクリ、と反応したサスケが、薄れゆく意識を無理やり引き戻す。
キラービーの攻撃による負傷に加え、ザクの死という衝撃、そして【天照】の瞳術を使った為に、体力も気力もチャクラもほとんど失ったサスケはいつ気を失っても仕方のない状況だったが、鬼鮫のたった一言に込められたその名で意識を取り戻す。

イタチという名前に反応し、瞳を抉じ開けたサスケは霞む視界の向こうで、鬼鮫と、黒炎に包まれる八尾を仰いだ。





「おまえが出した炎だ。おまえが消せ」


不意に、サスケの隣で声がした。






仮面を被った男が其処にいつの間にか立っている。
如何にも怪しい風体だが、その身に纏う黒地に赤い雲の衣から、鬼鮫と同じ『暁』の人間であることが窺えた。

仮面の男に催促され、サスケは痛む瞳を凝らす。
黒い炎を吸い込むかのように写輪眼が発動した。

すると、八尾を焼き尽くさんと燃え盛る黒炎の勢いが弱まり、やがて掻き消えてゆく。
後には、人の姿に戻ったキラービーが焦げて横たわっていた。

「ぐ…ッ」

血走った瞳に激しい痛みが奔る。
だが呻きながらも、炎を完全に消せたことを見て取って、サスケは息をついた。


「───よくやった」

炎が消えたのを確認した仮面の男が、サスケの肩に手を置く。
途端、ギュルリ、と空間が歪んだ。
サスケを治癒していた鮫肌がチャクラ還元の行き場を失い、ぺちぺち跳ねる。

「うちはサスケ!?」


サスケが仮面の男の眼に吸い込まれる瞬間を目の当たりにしたアマルが驚きの声をあげる。
驚愕の表情を浮かべるアマルに、仮面の男は焦点を合わせた。

「カブトに診せろ。それが一番手っ取り早い」


直後、アマル自身も仮面の男に吸い込まれてゆく。
サスケとアマルを瞳に吸い込んだ仮面の男は、自らも一瞬、吸い込まれたかと思うと、またこの場へ戻ってきた。
雨隠れの里へサスケ達を置いてから戻ってきたのだと悟った鬼鮫が、苦笑を零す。


「随分と甘いですねェ…」
「なに。【万華鏡写輪眼】を開眼した報酬だ」


焼死体のようだが辛うじて息があるキラービーを確認した鬼鮫が、そこでやっとザクがいない事実に気づく。

「そういえばもう一人、いたような気がしますが…蛸の餌になっちまいましたかねェ」


鬼鮫の言葉を耳にして、仮面の男は足元に眼を落とす。
ぷかり、と何かが浮かんでいた。
血を流す肉片に、この場で何が起きたのか察して、仮面の男は「そうらしいな」と肩を竦めた。


「どちらにせよ想像以上の成果を出してくれたらしい。サスケを開眼させるとはな」

おそらくサスケの目の前で死んだのだろう。
【万華鏡写輪眼】の開眼条件を知っている仮面の男は、その衝撃的な光景で開眼したのだ、と当たりを付けた。
取るに足らない小者だと見做していたザクがこういう形で役に立つとは、願ってもない。


「サスケにはまだまだ働いてもらわねばな。此処で失うのは惜しい」
「まぁ、これ以上暴れてもらっても困りますからねェ…こんな雷影のお膝元で」
「そういうことだ。八尾を連れてこい。もう此処には用がない」


転がっている鮫肌を拾い上げ、キラービーを背負った鬼鮫は周囲を見渡す。
岩々が砕かれ、雲雷峡の地形が僅かに変わっていた。
ほとんどが八尾の暴れた痕跡だったが、戦闘の爪痕があちこちに色濃く残っている。
雲隠れの忍びが出入りするこんな場所でキラービーの窮地に雷影が駆け付けるのだけは遠慮願いたい。


八尾を連れてさっさと撤退するのが得策だ、とキラービーを背負った鬼鮫が水面を蹴る。
同じく、その後を追った仮面の男の影が一瞬、水辺に映ったが、やがて先ほどと同じように空間が歪み、その影もたちまち消え去ってゆく。








誰もいなくなった水面下。

こぽこぽ、と水泡をあげながら、沈没してゆく蛸足には、仮面の男も鬼鮫も、そうしてこの場を遠くから目撃していた雲隠れの忍び達も気づかなかった。

























「…こ、これは…!?」
「キラービー様!?」

荒々しい波音と絶叫に土煙。
その異常事態に雲隠れの忍びが気づくのは火を見るよりも明らかだった。

雲雷峡の近くの岩場に偶々足を運んでいた雲隠れの忍びのふたりが顔を見合わせる。

キラービーが修行しているはずの場所から聞こえてきた轟音。
その中に雑じって聞こえたのは確かに、八尾であるキラービーの苦痛を伴った叫びだった。

すぐさま地を蹴り、異常事態が発生するその場へ急いだふたりの視線の先。
其処では、八尾化したキラービーが黒炎を纏っていた。


「キラービー様…何故、八尾のお姿に…?あれほど雷影様に禁じられていたのに…」
「よく見てください!誰かと闘ってます!それにあの黒い炎は…!?」

ふたりの雲隠れの忍びはそこで初めて、キラービーと対峙している敵の容姿に注目した。
赤毛の女、黒髪の青年、そして───。


「あれは…『暁』か!?」
「しかもアレ、もしや『霧隠れの怪人』…!?」


有名である鬼鮫の登場に驚くふたりの前で、仮面の男がいつの間にか、黒髪の青年の隣に佇んでいる。
全員同じ『暁』の証である黒衣かと思いきや、黒髪の青年の羽織の文様に、彼らは着目した。


「あれは…うちはの家紋!?」


治療の為、『暁』の黒衣をアマルが脱がせていた故に、下に着込んでいた着物の文様が露わになっている。うちはの家紋が施された羽織を身に着けている黒髪の青年に注意していた雲隠れの忍び達は、次の瞬間、眼を見張った。

仮面の男と一言二言言葉を交わしたかと思えば、いつの間にか黒髪の青年の姿が掻き消えたのだ。
見間違いか、と眼を擦った彼らは直後、赤毛の女が青年の名を呼ぶ声が僅かに聞こえて確信を得た。


「やはり…うちはの生き残りが『暁』にいると風の噂で聞いてはいたが…」


頷く雲隠れの忍び達だが、彼らは『暁』にいるうちは一族が、うちはイタチなのかうちはサスケなのか判断は下せなかった。
むしろ同一視する程度の情報しか得てはいなかったが、どちらにせよ木ノ葉の抜け忍が自分達の大事な人柱力を追い詰めたのだと歯噛みする。

固唾を飲んで戦闘を見守る中、やがて八尾から人の姿へ戻ったキラービーが焼死体の如く、ぷかりと浮かんだ。


「あ、あのキラービー様が…」

いつも陽気なキラービーが弱々しく横たわり、それを鬼鮫が連れ去ろうとするのを遠目から窺って、雲隠れの忍びの内、若い忍びが腰を浮かせる。

「た、助けに…ッ」


今にも飛び出そうとする若い忍びを、隣の忍びはすぐさま「早まるな」と叱責した。


「奴らは『暁』のメンバー。俺達が行っても無駄死にするだけだ」
「し、しかし…」
「俺達は出しゃばるよりも、すぐに雷影様に報告するほうが賢明だろう」
「…そうですね……くそッ、こんな時にユギトさんがいれば…」


悔しげに唇を噛む若い忍びを、もうひとりの忍びが「仕方ないだろう」と宥める。


「あの人は随分前から消息不明だ───だが、この分じゃユギトも『暁』に連れ去られてる可能性が高いな…」




雲隠れの里における人柱力をふたりも連れ去っただろう憎き『暁』をふたりは睨みつける。
黒地に赤い雲模様、そしてうちはの家紋を目に焼き付けて、雲隠れの忍び達は雷影に報告すべく地を蹴った。


後には、寸前までとは打って変わって静まり返る雲雷峡が穏やかな景色を広げていた。








































ハッ、と気づいた時には周囲の光景はあまりにも変わっていた。



寸前までの岩々に囲まれる雲雷峡とは真逆の、雨に囲まれる街並み。
濡れた空気に軽く身震いしたアマルは、傍らに視線を投げた。

まだ体力が戻ってきていない様子だが、抉られた肉体の損傷が随分回復しているサスケを認めて、ほっと息をつく。
そうして方々の軒先にぶら下がるモノを見て、アマルは眼を瞬かせた。


天使の形をしたソレは湿った空気に煽られて、力なく揺れている。
確か、天使の折り紙を店先に飾るとご利益があるとかで、雨隠れの里人が軒先に飾っている、お守りのようなものだ。


薄暗い路地裏にて我に返ったアマルは、軒先にぶら下がる天使の折り紙を目にして、そこでようやく此処が雨隠れの里だと気づいた。



「塔へ行け。カブトに診てもらったら、暫く大人しくしていろ」

雲隠れの里から雨隠れの里まで。一瞬で移動したという現実について来られず、呆然とするアマルに、一緒に里までついて来た仮面の男が促す。
一言言い残したかと思うと、仮面の男の空間が再び歪み、気づいた時には路地裏にはアマルとサスケしかいなかった。

(あの変な仮面のやつの術か?)


再び鬼鮫がいる雲隠れの雲雷峡へ移動した仮面の男が寸前までいた場所を気味悪げに見ていたアマルは、気を取り直して、サスケに手を貸す。
鮫肌のおかげで随分治癒は進んだが、治療を中断したせいでまだ十分に回復にまでは至っていない。
話すのも億劫そうなサスケに、脱がせていた『暁』の黒衣を着せ、雨で濡れないようにフードを目深に被らせると、アマルは立ち上がる。

(…とにかく、サスケをカブト先輩のところへ連れて行くか)


サスケに肩を貸し、路地裏から抜け出すと、やはり其処は雨隠れの里だった。



寄せては返す潮騒のような音。
湿った風に煽られて揺れる天使の折り紙。
雨音に包まれる静かな里。


雑踏に紛れて姿を消し、塔へ足の爪先を向ける。
サスケに肩を貸しながら、歩き出したアマルの視線は、塔だけに向けられていた。







だから、気づかなかった。
すれ違った男の正体に。























「……アマル、か…?」


かつて五代目火影になってもらうべく綱手を捜す旅に出た際に出会った少女の容貌をよく憶えている。
弟子が大蛇丸のもとへ向かってしまったと心を痛める綱手をよく見ていたから、知っている。
だから当然、アマルの隣にいたサスケの顔も、よ─く憶えている。

なんせ弟子である波風ナルのライバルであり、友であり、うちは一族の生き残りとして有名な存在なのだから。



いくらフードを目深に被っていようとも、三忍のひとりである男の眼は誤魔化せない。
現在雨隠れの里へ潜入し、情報収集をしていた矢先にすれ違った相手。

細い雨脚が家々の屋根を打ち、雨垂れとなって小路の石畳に滴下する。
すれ違い様に目敏くサスケとアマルの相貌を横目で視認した自来也は、暫く気のない様子で歩き続けると、即座に振り返った。





「…───サスケ」


絹糸のような雨が降り注ぐ中、その呟きは絶え間ない密やかな雨音に呑み込まれていった。 
 

 
後書き



ギリギリ更新で大変申し訳ございません…!!
色々忙しくて、今月中に間に合わないかと思いました…とにかくなんとか書き上げましたが、ナルトサイドまでは行きつきませんでした…ごめんなさい(土下座)

こんないつも行き当たりばったりで更新ギリギリな奴ですが、どうかこれからも見捨てずに読んでいただけると嬉しいです~(泣)
よろしくお願い致します…!! 
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