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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第八十六話

 弟が私に恋をしている、その事実を告げられた……
というか、政宗様に暴かれた時の衝撃はかなりのもんだったけど、これには流石に私も何を言っていいのか分からなくなってしまった。
あの子は私に助けを求めない、そう思っていたけどそうじゃなかった。
私が気付かなかっただけで、ずっと助けを求めてたんだ。狂うのが怖い、助けてくれって。

 私から離れたのもみんな私の為で、私に恋をしたのも私を殺したくない一心で……守ってるつもりが肝心なところで一つも守れて無かった。
支えにもなれていなかった。いや、恋をしたと思い込んだのも何処かで私に助けを求めていたのかもしれない。
そのサインすら気付かずに、こんなところでこんな状況で暴くようにして知るなんて。

 「止めてくれ……俺の心を、暴かないでくれ……触れないでくれ……。これ以上、傷つけないでくれ……」

 弱々しく呟いて膝を突いた小十郎に、舞台上にいた小十郎が降りてくる。
近づいて触れようとしたところを、すかさず私と政宗様が剣を突きつけて阻止した。

 「……景継、これは小十郎の過去か?」

 「おそらく。ここまで詳しく見てたわけじゃないですけど、あったことは事実です……
っていうか、小十郎のこの様子見てりゃ事実でしょ」

 その場に座り込んで項垂れている小十郎を政宗様がちらりと見て、また視線を舞台から降りた小十郎に移した。
政宗様は怒りの形相で睨みつけ、何時でも殺せるようにと身構えている。

 「テメェ、何が目的でこんなもんを見せやがる。真田にしろ小十郎にしろ……暴かなくていい事実を暴き立てやがって」

 「絶望は最高の糧になる……魔王復活の為の」

 にやりと笑ったその小十郎の表情には覚えがあった。あれは、変態……じゃなかった、明智だ。
私は咄嗟に刀を振るって明智の首を刎ねようとする。が、敵もなかなかやるもんで呆気ないほど簡単に避けられてしまった。

 「ふふ……いい絶望を見せて貰いました……。でも、まだ足りない……」

 ふわりと小十郎に扮した明智が舞台に戻り、次は私の姿に形を変える。
だけどその姿は今の私の姿ではなくて、生まれ変わる前の私の姿。その姿を見た瞬間、今度は私が表情を強張らせた。




 ステージに突如として下りてきた巨大なスクリーンに、映像が映し出された。
そして、それと同時に誰かの歌声が聞こえてくる。




 「シングルベール、シングルベール、鈴が~鳴るぅ~、今年~も独りだクリスマス~♪」

 見覚えのある2LDKのマンションの一室は、転生する前の私の家。
中学生の頃からここで一人暮らしをしていて、もうじき十年目というところだったはずだ。

 「いやいや、世間はクリスマスでも、私はハッピーバースデーでしょ~。はっぴばーすでーとぅ~みぃ~♪」

 陽気に歌いながらデコレーションケーキに蝋燭を乱暴に突き立てて火を付けていく。
蝋燭の数は二十一本、これはミンチになる前の年のクリスマスの光景だ。

 十二月二十五日は私の誕生日、どういうわけかクリスマスとバッチリ重なっていて、大学の連中や街の浮かれ具合が癪に障った覚えがある。
どうせリア充は聖夜じゃなくて性夜なんだろ? けっ! ……なんてやさぐれてたっけな。

 蝋燭の火を全部一人で消し、一人で拍手をしておめでとう、とか、ありがとう、とか一人芝居をしている。
そして徐にデコレーションケーキを持って立ち上がり、ベランダから思いきり外に向かって投げつけた。

 「どぅりゃああああ!!」

 ベランダの真下は芝生になっていて、そのちょっと先は道路になっている。
マンションの五階に住んでることもあって、こんなところからケーキを放り投げれば通行人が被害を被ることは分かっていたけど、この時は夜だ。
さっさと部屋に入ってしまえば分かるまい。

 ケーキをぶん投げてぴしゃりと戸を閉める。
ややあって、ぎゃー、というおっさんの悲鳴が聞こえたけれど、私は聞かなかったことにした。

 用意した御馳走もそのままに、私はベッドに転がる。

 中流家庭に育った私は、小さい頃から親に愛されない子供だった。
虐待こそ無かったと思うけど、妹ばかりを可愛がって、私にはあからさまに分かるくらいに除け者にしようとした。
私には双子の弟がいるらしいけど、その弟は子供のいない遠い親戚に養子としてあげたらしい。
だから、一番近い兄弟である片割れの顔は見たことが無い。

 いいお姉ちゃんでいなければならなかった。いいお姉ちゃんでなければ、私の居場所は余計に無かったから。
可愛くもない妹を必死で愛しているふりをして、親の感心を惹こうともした。
けれど、結局は無意味で妹も我侭なだけで……耐えられなかった。
頑張って小学六年生までは耐えてきたけど、中学に上がる前に父親が転勤で引っ越さなければならないことになって、
そこでお金は出すから一人で暮らしてくれと家族の輪の中にもいられなくなってしまった。

 虐待はないとは言ったけど、こういうのをネグレクト、って言うのかもしれない。
完全に育児放棄ってわけでもないから心理的な虐待って言うのかな?
関心は無かったけど、とりあえず最低限の義務は果たしてくれたとは思う。
授業参観にも一度も来てくれたことはないし、家庭訪問も迷惑だから来ないでくれと断ってたけどさ。
父母面談なんか来たことも無い。妹は全部参加してたよ、運動会だって文化祭だって来てたし。
でも、両親も殴る蹴るとか暴言を吐くとかそういうのは無かったし、ただ私に無頓着だったから……まだマシだったのかもしれない。
いや、そういうんだってまだ関心があるってことだと思うんだけども、それすらもする気が無いほどどうでも良かったのかもしれないね。

 「……いらないなら、私も何処かに養子に出せば良かったのに。ってか、産まなきゃ良かったのに。
下ろしちゃえば良かったのよ。堕胎だって楽に出来る御時世だってのにさ」

 誕生日なんか、一度も祝ってもらったことがない。
妹の時は盛大に祝うのに、私はクリスマスケーキはあるけど、バースデーケーキもプレゼントも用意してもらったことはない。
クリスマスプレゼントなんかわざわざ言うまでも無いだろう。

 その反動なのか一人暮らしをするようになって、誰にも祝ってもらえない私の誕生日を自分で祝うようになった。
一人じゃ食べきれないくらいのでかいデコレーションケーキなんか買って来て、
いつもは節約生活で切り詰めてやってんのに豪華な食事とか用意しちゃって、一人で誕生会の真似事をして、
ケーキには手をつけずにベランダの窓から投げ捨てるのが毎年の流れだった。

 空しかった。友達は結構多くいたし、彼氏もいた。
わざと明るく振舞って、元気で明るくてちょっとひょうきんな子、って周りには振舞っててさ。
絶対人前では泣かないようにして……何で私、こんな風に振舞ってまで生きてるんだろ、ってずっと思ってた。
生まれてきたことを祝ってもらえないのは、自分が生まれてきたことが罪であるような気がして、
明るく振舞っているくせして生きていることには後ろ向きだったような気がする。
一言でもおめでとうって言ってもらえたら……この空しさは無くなっていたかも、なんて思う。

 だから家族が欲しかった。私のことを愛してくれる家族が。人一倍憧れていたと思う。家族ってものに。
でも、そんなものは何処にも無くて、段々人が信用出来なくなっていた。
友達って言ってても腹の探りあいをして、恋愛感情を持って付き合ってきた彼氏も、
心のどこかでいずれ捨てられるんだろうって思いが抜けずにいたのは否定出来ない。
だから折角付き合っても半年以上続かなかった。

 その分ゲームはよくやったなぁ~。歴史は結構好きだったし、無双なんか楽しんでやったよ~?
無双の政宗様のあの「馬鹿め!!」ってのが好きでさぁ~……あんな風に強く生きられたら、って思ってた。
ゲームのキャラクターなのに、憧れてたのかもしれない。

 そんなんだからミンチになった時、あの自称神様には私の人生返せって言ったけど、
その反面でほんの少しだけやっと現実から逃れられた、って気持ちになった。

 生まれ変わって新たに家族を持ったけど、やっぱり生まれ変わる前とそう大差は無かった。
でも、暴言吐いてくる辺り、まだ私に関心があったのかもしれない。
けど今度は小十郎がずっと側にいて、慕ってくれたから嬉しかった。
でも、私以上に居場所が無い小十郎の様を見て、可哀想だと思いながらも何処かで安心してる自分もいた。

 もし、あの妹みたいに我侭で皆に愛されて育ってきていたら……きっと私は“ふり”でしか愛せなかっただろう。
憎んでさえもいただろう。

 可哀想な小十郎……私が守ってあげるからね。だから、アンタはそのままでいなさい。
アンタがそうなら私はちゃんと立って歩けるから。強くあれるから。
今も過去も含めて自分が不幸じゃないんだって思えるから。

 「あねうえー……」

 小さな小十郎を抱いて、私は笑う。
口では博愛染みたことを言いながら、心底弟を不幸だと思って哀れんで笑っている私は……人として最低だ。
だって、小十郎が泣いている様を見ると、こんなにも心落ち着くんだから。

 だから私は、誰からも愛されなかったんだ。いずれ、この子も私を愛さなくなる……



 「姉上……」

 舞台上で私に扮した明智が振舞うその光景を、小十郎もまた言葉を失って見ていた。
誰も何も言えず、言葉にすることが出来ずにいる。

 「……そうよ、私はそういう最低の人間なのよ。弟が苦しんでる横で、その様を笑って見てた。
自分の為に、弟を不幸なままでいさせて来た! 明るくて優しくて強い? そんなの私じゃない!
私はこんな最低な人間なの!!」

 ずっと小十郎を気にかけてきたのは、可愛い弟だからってだけじゃない。
罪悪感があった。自分が立っているための支えにしてきたことへの罪悪感が。
だから全身全霊を持って小十郎を守ろうとも出来たし、誰よりも優しくあれた。

 小十郎が自分を追い詰めてまで慕うほどの人間じゃないのよ、私は。

 不意に誰かが背後から私を抱きしめてくる。驚いて見れば、それはずっと座り込んでいた小十郎だった。 
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