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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第八十五話

 しばらく進むと、また辺りが暗くなり舞台が落ちてくる。
今度は何かと思っていると、幕が開いて子供の声が聞こえてきた。

 「いたい! やだ、やめて!」

 小さな子供が頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
その周りには子供よりも身体の大きな子供が囲んで、叩いたり蹴ったりしている。

 「鬼子はとっとと村から出て行けよ!」

 「神社の生まれのくせして!」

 「本性現してみろよ! 鬼が人の振りなんかしてんじゃねーよ!」

 この光景には小十郎が表情を強張らせている。
小十郎の様子を見た三人が、揃って眉を顰めていた。あれは、子供の頃の小十郎だ。

 泣きながら舞台を歩く小十郎を取り囲んで、大人達がいろいろと喚く。
やれ鬼の子だ、とか、生まれて来なければ良かっただとか、そんなことを延々と聞かせている。
姉もその中の一人にいて、小十郎に説教をしていた。

 「小十郎!」

 耳を塞いで立ち止まって泣く小十郎の前に現れたのは、あの舞台の小十郎と同じくらいの私。
小十郎はそんな大人達から逃げて、私に抱きついてくる。
やっと安心出来る人を見つけたとばかりに、小十郎は私に抱かれて泣いていた。

 「大丈夫よ、私が守ってあげるから」

 「あねうえっ……、あねうえ……っ」

 スポットライトが消えて、舞台から子供の泣き声が静かに消えていく。
再びスポットライトが舞台を照らした時は、小十郎は少し大きくなっていた。
一人の男に髪を掴まれて、小十郎は意識を失う寸前といったところだ。

 「『どうして俺ばかり、こんな目に遭わなきゃならねぇんだ』」

 小十郎の口が動いていないのに聞こえてきたそれは、小十郎の心の声だろうか。

 「『どうして自分がどうにも出来ないところで、責められなきゃならねぇんだ。
大体こいつらに俺を責める権利があるのか』」

 パチッ、と微かに舞台の小十郎の身体から青い火花が散る。男はそれに気付いておらず、再び殴りつけようと拳を振り上げた。

 「『……死ねばいいのに、こんな奴』」

 意識を失いそうになっている小十郎の目が突然見開かれた。
絶叫と共に、小十郎から発せられた青い雷が男を一瞬にして焦がしていた。

 炭のように黒焦げになった男を、小十郎はただぼんやりとした目で見ていた。
胸を押さえていて、オーバーヒート気味になるほどに力を放ったのは分かった。
力の暴走、そう小十郎は表現したけど……半分はこの思いが力を引き出したような気がする。
……なんて本人の前では口が裂けても言えないけどね。

 場面が変わり、今度は神社の中で私と一緒にいる。

 「落雷だって……怖いねぇ。でも、晴れてるのに変だよね」

 そんなことを話す私の傍らで小十郎が頭を抱えて震えている。

 「『違う、アレは俺がやったことだ。俺が人を殺した……人を』」

 「黒い雲とか出てたら、小十郎も気をつけないと駄目だよ? いくら雷の力持ってるって言ってもさ」

 心配そうな私を、舞台の小十郎が怯えた目をして見ている。

 「『姉上には、本当のことを話すか? 俺が、殺したって……心配なんかしなくても、そんなことはないって……』」

 「『それを知られたら側にいてくれるのか? 姉上まで、俺を化け物だと言うようになるんじゃないのか?
姉上がいるから、俺はどうにか耐えて来られたのに』」

 「『言えない……知られちゃならない……』」

 膝を抱えて震えていた小十郎が顔を上げる。その顔は微笑んでいて、怯えの色も何もない。

 「姉上こそ気をつけて下さいよ? 姉上は雷の力ではないのですから……あんな風に、焼け焦げてしまわないように」

 「『……もう、触れられない。汚れちまったこの手で姉上に触るわけにはいかない……縋って泣くなんて、許されない……』」

 舞台上で泣きそうに顔を歪めたところで、スポットライトが消えた。

 またスポットライトが照った時には、小十郎は少し成長をしていて木刀を手にしてゴロツキ共を叩き伏せていた。
傷一つなく無駄に鋭い眼光に、連中は怯えて逃げていく。

 ああ、荒れてた頃の話か。懐かしいな。あの頃は本当、近寄りがたい雰囲気放ってたもんな。

 舞台の小十郎が突然木刀を手から滑り落とし、蹲るようにして自分の身体を抱えている。
身を震わせて、何かに耐えるような仕草に私は訝しがった。

 「嫌だ……こんなこと、したくねぇ……のに……」

 「『自分の中に湧き上がる何かが、抑えられねぇ……人を無意味に傷つけなけりゃ止まらねぇ……』」

 「『俺の中で誰かの血が見たい、そう叫ぶ。……俺は本当に鬼になっちまったのか?』」

 「『怖い……このまま本当に、躊躇いもなく人を殺すようになっちまったら……』」

 小十郎が身を起こして自分の顔を両手で覆う。

 「姉上……助けて下さい……、怖い……助け……」

 弱々しく吐かれた言葉は今にも泣きそうで、またスポットライトがフェードアウトして消えていく。

 再びスポットが当てられた時には戦の真っ最中だった。
また少し成長した小十郎は、政宗様よりも少し若いくらいだろうか。刀を振るって片っ端から人を斬っている。
その口元は微かに綻んでおり、笑って人を斬っていた。

 「小十郎! もういい! それ以上斬らなくていいから!!」

 小十郎と同じ年頃の私が必死に舞台の上で叫ぶ。
しかし、小十郎の耳には私の声が届いておらず、ただひたすらに楽しんで人を斬っている。

 「小十郎!!」

 腕を引いたところで、小十郎がゆっくりと私を見る。血に染まったその姿は恐ろしくて、狂人のようだと思った覚えがある。

 「姉上……人は案外簡単に死ぬのですね。……どうして、昔あれほどまでに耐えていたのでしょう。
とっとと殺してしまえば良かったのに」

 くつくつと笑う小十郎の目に正気の色はない。舞台の私もここにいる私も眉を顰めてそれを見ている。
舞台の私が刀を抜いて、小十郎に切っ先を向けた。小十郎は躊躇うことなく私に殺気を遠慮なく叩き付けてくる。

 しばらく舞台上で激しい攻防が繰り広げられ、この光景を見た自軍の兵達が止めに現れるが割って入れるほどの状況ではない。
そりゃそうだ、片倉小十郎が揃って剣交えてるんだもん、立ち入る隙なんかないよ。モブにさ。

 勝敗がつく時は一瞬で、小十郎の剣が私の腹を抉る。私もまた刀を振り上げて小十郎の左頬を裂いた。
痛みにかこの現状にかは分からないけれど、小十郎の目に正気が戻り、次第に怯えた表情に変わっていく。

 「……バーカ、後で説教だから、ね」

 そのまま倒れた私を周りの兵達が駆け寄って必死で呼びかけている。
小十郎は刀を落として、自分の頭を抱えていた。混乱しきって上げた悲鳴が、痛々しくこだましていた。

 場面がまた変わって、今度は城の一室になった。
今与えられている部屋よりも狭いそこは、まだ小十郎が傳役に就いたばかりの頃に使っていた部屋だ。

 「『何てことを……よりにもよって、姉上を刺すなんて……』」

 膝を抱えて身体を震わせる小十郎の顔には包帯が巻かれている。
表情は未だ混乱しきっているといった様子がしっかりと出ていて、時折頭を抱えて顔を自分の膝に埋めている。

 「『またいつか、俺が狂いだして姉上に剣を向けることになったら……きっと姉上を殺しちまう……。
離れなけりゃならねぇ……、殺したくない、俺は……姉上だけは、殺したくは……』」

 「『離れる理由を作らなけりゃ……殺したくないから、なんて理由じゃ、姉上が知ったら自分から近づいてくる……
それじゃ、困る……尤もらしい理由を、離れる理由が欲しい』」

 部屋の戸を開けて入って来たのは、元服前の小さな政宗様だ。一人で身を震わせる小十郎に近づいて、その身体を揺すっている。

 「小十郎、景継なら大丈夫だ! 意識も戻ったし、命にも別状は無いってよ!」

 確か、政宗様には小十郎が私を刺した、ということは伝えていなかったはずだ。
小十郎が私を刺した、なんてショックを与えないようにする為に伏せたと思うんだけど……。

 舞台上の政宗様が小十郎の隣に座る。

 「でも、身体に傷は残るんだって言ってた。……アイツも今は男みたいなことやってるけど、いつかは旦那を持たないといけないだろ?
身体に傷があるんじゃ、嫁なんかなれないもんな。……そうだ、俺が嫁に貰うってのはどうだ?
俺は、景継のこと好きだし、アイツが嫁なら大歓迎だし」

 「好き……?」

 小十郎が政宗様の言葉に、ゆっくりと視線を向ける。

 「そうだ、俺は景継が好きだからな! 恋、って言うんだろ? そういうの」

 恋、なんてませたことを言って何処か得意げな政宗様に、小十郎の瞳が揺れる。

 「『恋……か、そうか……。恋なら……許される、か?』」

 正気を失っているような小十郎の瞳が、更に翳った。

 「『俺は、姉上に恋をしている……姉に恋するなんて、許されない……だから、離れなければならない……』」

 暗い表情の小十郎の肩を、政宗様がバシッと叩く。

 「大丈夫だって。心配すんなよ、俺がきちんと景継の面倒みてやっからさ。だから、鬼みてぇに普段怖い奴がこれくらいで泣くなよ」

 左目から零れた涙に、小十郎は気付いていないようだった。
ただ、涙ばかりを左目から零しているその姿は本当に痛々しくて、この時にこんな泣かせ方をしていたのだと思うと酷く胸が痛む。

 多分、政宗様は小十郎を宥めるために言ったんだと思う。
けど、この時の小十郎にはそれが正しく伝わらなかったのだろう。

 「『……もう、俺は二度と泣かない……、誰が傷ついても、死んでも……俺は涙を零さない……泣く資格が、俺にはない……
俺はただ、忠義を尽くしてこの方の為だけに生きていこう……それだけが、俺が生きる意味だから……』」

 暗示のように呟かれた心の声に、何も言うことなど出来なかった。
政宗様の隣にいる小十郎は、酷く弱々しくて今にも壊れそうだったから。

 これが、小十郎が私に恋をした理由……? 泣かないと決めた理由?
まさか、あの子が政宗様にべったりくっ付いてるのって、根底にこれがあったから?

 「止めろ!! 止めてくれ!! そんなもん、俺に見せるな……思い出させてくれるな!!」

 悲鳴にも似た小十郎の声に、誰も何も言うことが出来なかった。 
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