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相良絵梨の聖杯戦争報告書

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間桐慎二の取引

「帰ったか。慎二」

 間桐家の書斎。
 少なくともそこにいる時の間桐臓硯は地元の名士として振舞う。
 地下工房にいる時は魔術師として振舞い、最近は地下工房の方にいる事が多い。

「ああ。政府連中はかなり強く警告してきた。
 『参加したら殺人罪で逮捕する』だと」

 間桐慎二が吐き捨てるが、間桐臓硯の表情は変わらない。
 魔術回路を持たない間桐慎二は間桐家のメッセンジャー程度の価値しか間桐臓硯は持っていない。
 彼に何かを変える力も情報もないと間桐臓硯は判断していた。
 この時までは。

「どうせ知っているのだろうが、聖杯戦争が始まったらしい。
 政府連中はそれで大慌てだ。
 はぐれサーヴァントの存在にランサーの撃退とかなり派手に動いているみたいだ」

 間桐臓硯の空気が変わる。
 名士から魔術師に。少なくともおぞましさが増したが、今の間桐慎二はそれを怖いとは思えない。

「やりますよ。米国の奴らは。
 聖杯の力がどれぐらいか知りませんが、それをもってしても半世紀前の戦争にこの国が負けた事は歴史の授業で学んだでしょう?」

 東京で会った神奈絵梨の言葉の後、彼女は情報を全く隠さなかった。
 情報を隠すのも作戦ならば、情報を与えるのも作戦だという事に間桐慎二は気づかずに、彼女のシナリオに乗る。

「うちの本命は次のはずだ。
 わざわざ今回は出る必要はないでしょう?」

 魔術が使えないとひがむ事もあったが、彼は元々自頭は良い。
 三流魔術師の神奈絵梨が英霊を撃退した証拠を見せられて、中東の地で独裁国家が米軍によって敗北に追い詰められた事を結び付けて考えられた事で、その劣等感よりも危機感の方が上回っていたからこそ次の発言に繋がる。

「出るならばそれ相応のリスクを背負う事になる。
 それも魔術的なものでなく表の顔が汚される形でだ。
 奴らは遠坂とうちはいつでも殺人と女性失踪の容疑者として捕まえると脅しているんですよ」

「……はぐれサーヴァントについては?」

「彼らも追っている所です。
 いずれ冬木に来るでしょう。そこから先はお爺様がお探しになればいいでしょう」

 間桐慎二の話を聞くつもりはないが、彼の慇懃無礼さに間桐臓硯は気づかない。
 それよりも、はぐれサーヴァントを確保できたならば、聖杯戦争に有利に立つ可能性が見えたからこそ、更に聖杯戦争の情報を求める。

「ランサー撃退の事を話せ」

「さすが、政府機関は太っ腹で。
 写真をもらってきましたよ」

 間桐慎二がテーブルに置いた写真を間桐臓硯は奪うように取る。
 そこに映っていたランサーの情報から、候補を絞る事ができたのは大きな成果だった。

「前の戦争ではディルムッド・オディナが出ていたな。
 槍が二本無いという事は、フィン・マックールかクー・フーリンか。
 セイバーが誰か分からぬ今、戦うにはきつい相手だな」

 地下工房で会っていたなら、最初から魔術師として思考していただろう。
 切り替わったとはいえ、ここは書斎であり名士としての振る舞いはまだ間桐臓硯は崩していない。
 いつものように間桐臓硯は価値のない者として間桐慎二を舐め切っていた。
 だからこそ、間桐慎二の、お膳立てをした神奈絵梨の策にハマる。

「あ。御三家の遠坂凛ですが、多分このままじゃ参加しませんよ。
 うち以上に目つけられていますから」

「え?」

 間桐臓硯の声はこの場では出ないような場違いな間抜けな声だった。
 御三家の遠坂が聖杯戦争に出ないという言葉が理解できず、間桐慎二の声には明らかな嘲笑があるのに気づけない。

「あいつ今どこにいるか知っていますか?
 冬木の警察署ですよ。
 殺人未遂及び行方不明事件の参考人として。
 これで参加するって事は、遠坂は冬木に住めなくなるだけなら御の字、聖杯戦争に勝っても殺人者として裁かれかれません。
 僕たち間桐もですけど」

「協会は何をしておるのだ!
 こういう時の為……」

 間桐臓硯の怒りの声は、間桐慎二が差し出したアトラム・ガリアスタのプライベートジェット機を米軍が撃墜した報告書によって沈黙させられる事になった。
 なお、この撃墜がはぐれサーヴァントを生んだ事に間桐臓硯は気づけない。

「お爺様。
 協会のロードたちは怒り心頭の米国を宥める事ができるのですか?
 この国の政府は米軍の介入に打つ手がないとはっきりとおっしゃいましたよ」

「で、でき……」

 妄執に捕らわれても、いや妄執に捕らわれたからこそ、魔術の衰退と科学の発展を見続けていた彼だからこそ、それを否定できない。
 第一次・第二次世界大戦。冷戦。湾岸戦争。9.11。そして中東某国。
 米国の怒りと物量を押し返せる『魔法』を彼は用意できない。

「アインツベルンが、アインツベルンが来るだろう!
 奴らなら……」

「だから、そのアインツベルンがライバルである我々を助けるのですか?」

 間桐慎二の無慈悲な一言に間桐臓硯は押し黙る。
 狡猾で残忍であるからこそ、現状の盤面で間桐が詰んでいる事を悟らざるを得ない。
 初動で捕まえられる上に、彼はその体の維持の為に魂食いを行っていた。
 捕まって、詰められて、ばれたらすべてが終わる。
 聖杯戦争というゲーム盤に上がらなければ逃げられる可能性はあるが、この番外戦術を他の陣営が駆使しかねない以上、ゲームに参加する事自体が詰みになっていた。

「間桐はこの聖杯戦争に能動的に参加しない。
 そう報告しますよ。いいですね?」

 『参加しない』ではなく、『能動的に参加しない』。
 ばくれサーヴァントが居る可能性がある以上契約する事もあるので、神奈絵梨から教えてもらったこの言い回しで間桐慎二が念を押し、間桐臓硯は忌々しく吐き捨てた。

「好きにするといい」
  
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