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戦闘携帯のラストリゾート

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傷つくことより怖いこと






『ごめんなさい、辛い物を見せてしまって……』

 まだ子供だったキュービの受けた痛みと飛び降りる光景に絶句したわたしを我に返らせたのは、ラティアスの声。
 わたしだって。小さい頃に色んな苦しいことがあったし許せない相手がいる。自分が生きていることさえ苦しい日があったけど。今見た光景は、あまりにも。
 大好きだったお父さん理想のために怖い思いも痛い思いもして、愛してくれるお母さんにもなかなか会えなくて。
 その最後に、憎悪を抱いて復讐のために身を投げるなんて。その気持ちは、苦しみはとてもわからない。
 綺麗な瞳が、宝石のように輝く笑顔が、自分で目を抉って真っ赤に染まってしまうのを思い出しただけで、肩が震える。

 ……でもそれはもうずっと前に終わったこと。


「すー……はー……すー……」


 深呼吸。気持ちを落ち着かせて、今はわたしのやるべきことを考えなきゃ。辛い記憶を見せたラティアスだって辛いはずだし、さっきの記憶じゃ影も形もなかったサフィールのことも気になる。

「ううん、わたしが頼んだことだから。それにわたしを騙した理由もサフィールのこともわからないし。結局あの後どうやって助かったの?」
『落ちる途中で、謎の穴──ウルトラホールに吸い込まれて私たちはこの世界にやってきたの。どれだけの間あの穴の中にいたのかわからないけど……気がついたときにはキュービは何故か赤ん坊と一緒に、当時のリゾート管理者に拾われてた。家族のことも、フロンティアのことも、私の事も。ほとんど全てを忘れてたわ』
「じゃあ、サフィールは?」

 ウルトラホールに吸い込まれて、何故か一緒にいた。今見た記憶の中にはキュービに弟なんていなかった。なら、弟だって言うのはそもそも嘘?

『キュービや当時の管理者がそう判断したの。こっちに来たばかりのキュービは赤ん坊のサフィールから離れようとしなかったし、他人じゃないはずだって』

「わたしを騙したのも、今の記憶のせいなの?」
『ごめんなさい、わからないの。だけど記憶はなくても、自分がフロンティアに向かったときと同じくらいの女の子が、人々の娯楽のために傷つく。それがキュービにはきっと耐えられなかった。だから約束よりも。何があっても貴女が最後には上手くいくようにすることを優先した……そう思う』

 今のキュービはラティアスのことリゾートを護る装置みたいに扱っている。だから、過去の事はわかっても今の考えまではわからないのかも。

「じゃあ、これで最後の質問。キュービがリゾートに来た後、サフィールとどんな風に過ごして、どうして離ればなれにしたかは……今みたいに映像として見せることが出来る?」
『……見せたら彼は、きっと傷つく。それは、あの人が望まないこと』
「キュービさんがどれだけ嫌だと言っても、たとえサフィールが傷つくとしても知るべきだわ。だってこのままじゃ、ずっと自分のお姉さんが会ってくれない理由がわからなくて苦しみ続ける。それは傷つくよりも、ずっと怖いことだと思う」
【おや、サフィール君に会いに行くんですか?】
「ここまで関わってほっとけない。スズ、居場所はわかる?」
【ええもちろん】

 スマホにリゾート全体のマップと、青いアイコンが表示される。そこまで遠くない場所にいるみたい。
 
「サフィールにもキュービにもやらなきゃいけないことがある。でないとわたしは……アローラに戻っても怪盗なんて名乗れない」

 怪盗になれたのは、クルルクのおかげ。クルルクが完璧な怪盗で、家族や自分のことで悩むわたしに対して真剣に言葉をかけて、勝負してくれたから今ここにいる。怪盗として招かれている。
 わたしは彼みたいに完璧じゃない。でもせめて怪盗として関わった人達に対しては本気で向き合いたい。
 ここで逃げたら……昔姉さんに無理矢理似合わない服を着せられて泣いてた時や。
 ヒーローであることから目をそらしてシルヴァディに失望されたときと何も変わってない。

「だから行くよ、わたしが自分のなりたいものであるために。みんな、ついてきてくれるよね?」

 ラティアスも、ツンデツンデも手持ちのみんなも頷いてくれた。……シルヴァディはやっぱり不機嫌そうな顔だったけど。

「あ、でも……その前に着替えかな。スズ、クルルクが部屋の中に隠れてたりしないよね?」
【隠れていたとしてもあなたが着替えるのなら出て行くと思いますが……ともあれ大丈夫ですよ】

 色々あったから忘れそうだったけ。大人のお姉さんらしい格好に変装してた上、しかも関節を外したり走ったりしたから大分服装が乱れてる。
 ちょっと考えたいこともあるし、怪盗として目的にふさわしい格好ってのはあるもんね。
  




【それにしても、ずいぶん着替えが長かったですねえ】
「スズ、うるさい」

 どうしたいか悩んでいたら、随分時間が掛かってしまった。怪盗として忍び込む時の服装に近い黒のスカートと灰色のシャツ。髪型は初めてサフィールや護神と会ったときと同じいつもの長さで。
 普通の人から見て不自然にならないように、だけどサフィールには怪盗としての気持ちが伝えられるように。

『とってもよく似合ってる。出来れば一緒に歩いてみたかったけど、ちゃんと伝えるね。キュービが何を考えていても怪盗乱麻は狙った獲物を諦めない……って』
「うん、だから一旦さようなら。だけど、あなたはわたしの……大切な仲間だから。帰る日までは時間があるし、また散歩だって出来るわ。サフィールと上手く話を付けられたら、また会いましょう」

 ラティアスの姿は透明になってわたしの後ろについてきてくれている。近くで見るとなんとなく光がゆがんでいるのがわかるから彼女の頭に向き合って返事。
 ゆっくり彼女が離れていく。キュービのところに帰って行く。
 申し訳ない気持ちはあるけど……今からサフィールに話すことは、ラティアスに見られたくない。キュービにとって今のラティアスが仲間ではなくリゾートを護るための装置なら。ラティアスの意思とは無関係に彼女の見た物を把握できてもおかしくないから。

「今サフィールはこの中にいるの?」
【ええ、奇しくも護神や彼と初めて会ったフードコートの中ですね】

 あのときは、突然の出来事に混乱するわたしの手をサフィールが引っ張って助けてくれた。
 わたしが今からやろうとしていることはその恩返しというにはあまりに図々しい。
 ルビアに捕まっていたことを話したら、彼はわたしに失望するかもしれない。キュービとの本当の関係を知ったら、傷つくのかもしれない。
 
「やっぱり混んでるわね……」

 たくさんの人で賑わう中からあまり背の高くないサフィールを探すのは地味に大変だ。そう思うと、ボールの中からツンデツンデの一体が飛び出て宙に浮かぶ。
 天井近くで小さなキューブがくるくる回り、ある一点でぴかりと青く光った。

「探してくれたの? ありがとう」

 ■■→
 ・→・
 ■■→

 ボールの中に集まっている子達が、宙に浮かんだ一体から情報を受け取って方向を教えてくれる。
 それに従って進むと、サフィールが誰かと話しているのが見えた。相手の顔はよく見えない……でも、金髪の女の子みたい。
 リゾートで働いている人達とは面識あるみたいだったしし、その中の誰かかな?
 近づくにつれて、会話も聞き取れるようになる。女の子の話にサフィールが夢中になって聞いてるみたいだ。
 ……随分楽しそうだ。何の話だろう。邪魔するのも悪いし少し聞き耳をたててみる。 

「──それで、メレメレデパートに降り立った私は警備員達にこう言ったの。『お仕事ご苦労様、だけど夜も遅いし早く寝た方がいいわ。夜更かしは美容の敵よ』ってね」
「何それかっこいい!! でもラディってそういうこと言うんだね」
「怪盗といってもお客さんに楽しんで貰えないといけないでしょ? たまにはカメラ目線でばっちり決めるのも盛り上がるのよ」
「そっかあ……さすが向こうでクールな女怪盗っていわれてるだけのことはあるね!」
「ええ、だから誰にも捕まるわけないわ。勿論、貴方にも。シャトレーヌさんもわたしを捕まえただなんて笑えない冗談だわ」
「ルビア姉さんが僕をからかうのはいつものことだけど今回のは度が過ぎるよ……」

 ちょっと待て。誰よあいつ。
 まるでわたしを騙ってるみたいな──いや、こんなことが出来るのは一人しかいない。
 だけど、今ここでその名前を呼ぶわけにはいかないし……ああもう!

「サフィール、ちょっと着いてきて!!」
「あれ!? なんで君が……いや、ええっ!?」

 サフィールがタネマシンガンを食らったツツケラみたいな顔でわたしと、今まで喋っていた相手を見る。
 わたしそっくりの誰かさんはとても腹立たしいことにサフィールの手を無理矢理引っ張っていくわたしに呑気に手を振っていた。

「スズ、ちゃんと説明してもらうからね!」
【いやはや、何のことでしょうね? きっとあなたのファンによるコスプレじゃないでしょうか】
「一番説明して欲しいのはオレなんだけど!? どっちが本物なの!?」

 無理矢理フードコートから引っ張り出して比較的人気の少ないベンチに座る。あのときと似てるけど、今は混乱してるのはサフィールの方だ。

「どういうこと? なんでラディが二人……メタモンの変身にしたってどっちもちゃんと喋ってるし……!」
「サフィール、さっき一緒にいた女の子、わたしより随分明るくなかった?」
「う、うん。初対面の時よりテンションが高かったけど無事予選を突破したからって言ってたし、そういうものかなって」

 サフィールに得意顔で怪盗について語っていたのは間違いなくクルルクに違いない。
 姿に限らず、手持ちのアシレーヌの力を借りて声まで模倣することができるからクルルクにあったことのないサフィールが見破れるわけがない。わたしとだって一回しか会ってないし。
 
「彼に変なこと言われなかった? 勝手にわたしの恥ずかしい思い出とか話してない?」
「彼!? じゃああれは男だっていうの! いくら何でも嘘でしょ? はっ、まさか君こそ偽物でシャトレーヌの誰かがオレを騙そうとし手首が曲がるうううううう!!」

 気持ちはわかるとはいえ、落ち着いて欲しい。そう思った矢先、いつの間にか彼の背後に現れたサーナイトの念力がサフィールに悲鳴をあげさせた。もんどり打ってベンチを転がるサフィール。
 ただ、その動きは。今のわたしにはどこかわざとらしい。
 
「本物はわたしよ。ルビアに捕まって脱出してきた。彼女から事情を聞いて、護神とも話をしたから。あなたがわたしを捕まえてどうしたいのか。もう知ってる」
「姉さんに、護神まで……!」

 おどけたサフィールの表情が一瞬で強ばる。
 ルビアから聞いた、彼がわたしを捕まえる動機。それはわたしの生殺与奪を握ること。もし怪盗乱麻がホウエンの人間に殺されるようなことがあればリゾートに招いたキュービの責任になる。それを利用して自分の姉であるはずのキュービと直接対話するのが目的。
 彼はわたしを脅すつもりがあるとは思えない。
 あのとき混乱するわたしの手を引いて、お互いの話をした時のサフィールからは、わたしに対する悪意なんて感じなかった。むしろわたしの身の上を聞いて心配してくれたりもしたから。おどけた態度を取るのは……多分、自分の本当の目的を悟られたくなかったからだと思う。
 ──だからこそ、自分が行動を起こすより先にわたしに知られてしまったのはショックなはずだ。

「嘘だ。どの姉さんの差し金が知らないけど。君が偽物なんだろ」
「だったらなんでさっき話してたわたしは追いかけてこないの? 話してた相手をいきなり連れ去られて呑気に手を振るような女に見える?」
【一応、ラディが脱出する前にサフィール君に来られると困りましたので。もう一人の怪盗に変装してもらったんですよ。スズも変装した怪盗やサフィール君の会話に相づちを打ちつつラディの様子を見て、大変でした】

 スズの補足は決定的だった。サフィールがうつむき、強く拳を握る。

「何しに来たのさ。オレは君を捕まえるだけじゃなくて……ドラマの中の強盗みたいに君を人質にしようとしてたんだよ?」
「あなたに協力してもらいに来た」
「……は?」
「ルビアやチュニンと戦って、わたし一人の力じゃシャトレーヌやキュービさんに勝つのは難しいってわかった。だから、サフィールにも協力してほしい」
「……なんで、オレが」
「その代わりに、キュービと会わせてあげる。一対一で話し合える状況を作ってみせる。貴方はわたしと似てるから、協力すればきっとお互いの目的が果たせる。……どう?」

 彼の肩が震える。上手く説明できているかどうか不安はある。でも、彼が納得できるまで話すつもりだ。

「君とオレが、似てるだって……? 冗談はやめてくれよ!」
「前話したよね。わたしは昔姉さん達に虐められてて、怪盗やスズが助けてくれるまでとっても辛かったって」
「それがなんだっていうのさ! 今の君には助けてくれる人やポケモンがいくらでもいるじゃないか。スズさんに手持ちのポケモン、もう一人の怪盗に護神。さすがアローラの怪盗、何でも無理が通る! キュービだって、最初から君に盗ませる気なんじゃないの?」
「……! それは」
「今のでわかったよ。君はオレが可哀想だと思ったんだろ。ルビア姉さんが何をしたのか知らないけど、君は今回招かれたのが八百長だと知った。オレとのまともな勝負なんて成立しない。だからオレのために、協力を申し出たんだ。別にオレの力なんて必要ないじゃないか。君たち全員グルなんだから! 人を馬鹿にするのもいい加減にしてくれよ!」

 わたしの動揺を見抜いたサフィールがまくし立てる。もしかしたら最初会ったときから八百長の可能性は考えていたのかもしれない。 
 だけど、少しだけ間違ってる。

「馬鹿になんかしてない。あなたの言うとおり、今回のことは八百長になる。だけどそれが許せない。わたしはそんなつもりじゃなかったのに。サフィールはシャトレーヌの代わりにわたしを捕まえる気だったのを知ってたのに。それを蔑ろにして安全な八百長を仕組んだキュービに怒ってる」
「だったらオレに構わず怪盗の仕事を全うすればいいだろ! オレは君に哀れんでもらいたくなんかない!」
「……やっぱり、素直に納得なんかできないわよね」
「当然だよ。オレはもうリゾートから帰る。八百長でもなんでも、好きにするがいいさ」

 わたしから目をそらしてベンチから立ち上がるサフィールの態度は、八百長を仕組まれたことに気づいて帰ると言ったわたしと全く同じに見えて。
 哀れみだと言われても、余計なお世話と思われても。どうしても放っておくことなんて出来ない。
 ほとんど無意識のうちに、わたしの手は彼の腕をつかんで引き留めていた。

「……離してくれ」
「お願い、聞いて。わたし、八百長なんかやらされるくらいなら怪盗の仕事なんかしたくないの。そもそもここに連れてこられたのだって詐欺みたいなものだし。スズにはもう話をつけたから。後はキュービに一泡吹かせたい」
「さっき協力してっていったよね? 言ってることが無茶苦茶……」
「誰も盗むのに協力してなんて言ってないわ。むしろその逆よ」

 サフィールにとって想定外の一言。怪盗が犯行を放棄するという本来あり得ない行為。

「あなたの望み通り、わたしを捕まえて。わたしに犯行は不可能だって誰から見てもわかるように協力してほしい。その代わりあなたの一番の目的。キュービと会わせるのを手伝ってあげる。真剣勝負ができないのは残念だけど……悪い話ではないでしょう?」
 
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