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戦闘携帯のラストリゾート

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抉り取られた悲壮の意思

「ねえラティ、私チャンピオンの娘として恥ずかしくないバトルがしたいの。だから、いっぱい私を助けてね!」

 一瞬、わたしの名前が呼ばれたのかと思った。
 気がつけばわたしは、リゾートホテルの中ではなく。どこか別の場所に浮いていた。
 護神の女の子……いや、子供の頃のキュービが。ラティアスに話しかけてる。
 
『ここが昔訪れたバトル施設。ポケモンバトルの最前線にして開拓地。バトルフロンティア』
(どこかで、聞いたような……)

 そうだ。開会式でキュービさんが昔のポケモンバトル施設にそういう名前のものがあったって。
 
「ほら見て、あのタワーもピラミッドも、みんなお父様とその親友が作ったのよ!」

 彼女は赤と青のオッドアイを輝かせて。ラティアスが一緒に見渡すと、わたしの視界も動いた。
 天まで届きそうなエメラルド色のタワー。
 本やテレビの中でしか見たことのないピラミッド。
 建物としては不自然なくらい立方体な、サイコロ模様の建物。
 間違いなく、バトルリゾートには存在しなかった建物だ。

「ポケモンバトルは師匠に教わったからしっかり出来ると思うけど……ねえ、私にも親友が出来るかしら?」

 一瞬だけ不安を覗かせる。だけどラティアスがおでこをキュービの額にくっつけると、笑顔でぎゅっと抱きしめた。

『あの子は、今まで大きな山のてっぺんにお母さんや師匠と住んでたの。だから、同年代の人間に会ったことがなくて、新しく会う人に……緊張してたけど、期待もしてた』
(お父さんは?)
『ポケモンバトルのチャンピオンだから、めったに帰ってこなかった。帰ってきても次の日には仕事に行っちゃって、あの子は遊んでもらったこともなくて。それでもテレビの中のお父さんを見て、すごい、かっこいいって。あの子は家族が大好きだったの。お父さんから誕生日プレゼントにフロンティアの招待状が送られてきた時、本当に嬉しそうだった』

 ……なんだか寂しい。本当の家族なのにテレビの中でしか顔を合わせられなくて、招待状も直接貰えないなんて。
 
「ラティ、ルリ、キュキュ、ペタペタ、クー、ミラ。一緒に頑張ろうね!」

 手持ちのポケモン達のニックネームを呼んで、ボールの中にいる子達に話しかける姿は、リゾートで見たキュービさんの柔らかさとほとんど変わらない。
 わたしを騙したのは許せないけど……やっぱり、優しい人なんだ。

『うん、優しかったし……無茶も多かったけど、あの子は家族の期待に応えたくて、私たちポケモンが大好きで。いつも明るかった。だけど……』

 ぐにゃり、と視界がゆがむ。本のページを一気にめくったみたいに、いろんな場面が目で追えないくらい流れていくのに情報だけは頭の中に入ってくる。
 ……キュービが泣いてる。痛がってる。苦しんでる。あんなに胸に期待を弾ませていたのに。走馬灯のような光景に笑顔がほとんどない。





「……ねえ、ラティ? 私ってポケモンバトルの才能ないんだって。負けてばっかりで、痛い思いさせて、本当にごめんね」

 ベンチに座って微笑みかけるキュービ。だけど、無理矢理作ってるだけなのが嫌でもわかる。
 よく見れば、キュービ自身の手やスカートから覗く足にも痣が出来ていた。泣いてはいないけど、目が赤い。

「でもねでもね、私はチャンピオンの娘だから。ポケモンバトルがそんなに強くなくても、愛嬌があって可愛いから。このフロンティアにやってくるお客さんに笑顔を向けて勝負の相手をすれば、それだけでお父様の役に立てるって。お母様にも心配かけちゃったけど、それなら大丈夫だよね」

 褒められてるのに、全く嬉しそうじゃない。当たり前だ。
 ポケモンバトルで活躍したくてここに来たのに、自分が偉い人の娘だからとか。可愛いからとか。そんなことで役に立てと言われても困ると思う。わたしなら怒る。

「……ああ、いたいた。勝手にあまり離れたところに行くなって言ったよね?」

 冷たくて、尖った鋼を突き刺すような男の子の声がした。
 サフィールとどこか似た顔つき、年齢はわたしや今見ているキュービと同じ13歳くらいに見える彼は。まるで躾の出来てないガーディを見るような目でキュービをにらみ付けている。

「ご、ごめんなさいダイバ君。少し、お母様と電話したくて」
「君のお母さんってバトルやらないでしょ。そんなことのために約束破らないで。バトルで勝った方の言うことを聞く。忘れてないよね?」
(そんなこと、って!)

 あまりの言い方にカチンと来る。こいつそもそもキュービの話を聞こうとしていない。

「……勝手に離れたのは謝るわ。だけど、お母様と電話するくらいいいでしょ?」
「用があるならメールでも打てばいい。君は弱いんだから、僕から離れないで、知らない人からのバトルは受けるな」
「お願い、二人で話がしたいの。でないと、私──」

 耐えられない。声に出してなくてもそう感じた。

「……なら、もう一回勝負する? 今度は、もっと力を込めて殴ろうか。メタグロス」

 少年から発せられる殺気。ボールから出てくる巨大な鋼の四つ足。ラティアスとキュービが一瞬で青ざめる。

「待って!! わかった、わかったから……お願い、それはやめて」

 無意識にか、キュービはラティアスを抱きしめていた。
 
「わかればいいよ。君は僕には勝てない。チャンピオンの娘、師匠も強いから少し期待してたけど、全然たいしたことなかった。君は僕にできないことをすればいい。ポケモンバトルの強さなんて求めず、チャンピオンの娘として、この施設のオーナーの息子である僕の側で愛想良く笑っていればいいんだ」
「……うん、それが、お父様が私に期待することなら」

 ふざけるな、それが自分の側にいてほしい相手にかける言葉なの!
 思わず叫んだはずの言葉は、誰にも聞こえず霧散する。今見てるのは昔の幻だから当たり前だけど……理不尽すぎる、こんなの。
 キュービは男の子に手を引かれてどこかに歩いて行く。男の子の歩調に合わせて妙に早足で、歩き方もどこかぎこちなかった。
 
『この後、キュービはフロンティアの広告塔として一生懸命笑ったし、お客さんの前でバトルを披露した。それでお父様も喜んでくれるから、あの男の子は怖いけどこれでいいのって笑ってた。……あの日までは』

 なにも良くない。
 自分のやりたいこととは全然違うことで大切な人の役に立ったって、そんなの相手にとって都合がいいだけだよ。

『……貴女がフロンティアにいてキュービに出会ってくれたら、もっと自分のことを考えて動く人が側にいたら。こうはならなかったかもしれない。でもあのときは……あの子は、家族の役に立ちたくて。両親が誇ってくれるような人間になりたくて。お母さんに連絡する時間もなかなか作れないくらい忙しく働いたわ。だけど……』

 景色が巡る。アイドルのような服を着て笑顔を浮かべてお客さんを歓迎するキュービ。フロンティアを制覇したのか、豪華なトロフィーを手にして感じの悪い笑みを浮かべる男の子と、それを少し強ばった顔で褒めるキュービ。チャンピオンらしい立派な服をお父さんに、よく頑張っていると頭を撫でられはにかむキュービ。
 ずっと笑っているはずなのに、全然楽しそうじゃない。
 


「母さんとの別れは済んだか?」

 そして、次に映ったのは黒いスーツに身を包んだキュービと、チャンピオンらしい立派な燕尾服を着た彼女のお父さんが向かい合っていた。
 ……よく見たら喪服だ。お母さん、亡くなったんだ。
 少し成長したキュービは、ゆっくりと顔を上げる。 

「……お母様は、お父様の理想は正しいけど、私達のことも愛してくれてるって本気で言ってたのわ。なのに、どうして来てくれなかったの?」
「ダイバ君を見て、お前もわかっているだろう。チャンピオンの座とはただ仕事をこなすだけで守れるものではない。……お前の母さんのために使ってやれる時間は私には残されていないだけだ」

 キュービの目は真っ赤だった。赤と蒼のオッドアイが充血して、青色がかすんで見える。

「お父様は、お母様の葬式にも来なかった!! あなたが最後にお母様に会ったのは何年前!? 自分の理想のためなら愛した家族はどうなってもいいっていうの!?」

 癇癪と言う言葉すら通り越した、喉がひび割れそうな怒声だった。体の中の水分がなくなるまで泣きはらして、それでもなおやりきれない怒りを、あんなに尊敬していた父親にぶつけてる。

「……私はポケモンバトルによる人々の笑顔のために人生を捧げると誓った。母さんもそれを承知でお前を育て、今お前は十分に私の役に立ってくれている。お前はもう子供じゃない。母さんは、もう自分の生きる意味を十分に果たした。最後にお前が想ってくれて本望だっただろう」
「────」
 
 キュービの心の中で、何かが壊れたのがラティアスを通してはっきり聞こえた。あの少年が酷いことを言ったときはあの子の代わりに、聞こえないとわかっていてもわたしが怒鳴りたいくらいだったのに。
 今の表情は、他人のわたしが口を挟むことなんて決して赦されないほど。彼女の心を代弁しようとすることさえおこがましいと思ってしまうくらい。
 わたしには理解出来ない、怒りに満ちていた。 

「お父様とお母様からもらった瞳が大好きだった。お客さんに笑顔が可愛いって言われるのも嬉しかった。ポケモンバトルではお父様やダイバ君に全然敵わなくても、私だから出来ることがあるって言われて幸せだったわ」
「ああ、お前の優しさと元気は他人を惹き付ける。だからこれからも、このフロンティアでみんなを笑顔に──」
「でも、お父様がわたしとお母様を自分の目的のための道具としか思わないなら。私が役にたつのはお父様の娘で可愛いだけなら。……もう、こんなのいらない」
(えっ……!?)

 キュービは自分の目に手を当て、わたしの見間違いでなければ。
 片方の青い瞳を抉り出すように、血が出るのもお構いなく人差し指を眼球の中に突っ込もうとした。

「なっ……ジュペッタ、金縛り!」
 
 チャンピオンが相棒を素早く呼び出し、キュービの動きを封じる。

「頭を冷やせ。お前の一生を左右するんだぞ!!」

 それはお母さんが死んだことを口にしたときよりもずっと焦った声だった。

「お父様が気にしてるのは私じゃなくて、フロンティアの象徴が傷つくかどうか。そうよね?」

 動きを封じられているのに彼女の指は無理矢理硬いものを押したときみたいに真っ赤になっていく。金縛りを受けた上で無理矢理動かそうとしている。

「お前ももう子供じゃないんだ。その体はもうお前一人のものじゃない。お前の笑顔を待っている人々がいる。お前を一人の女性として好いている少年がいる。私もお前に期待している。自分で自分を傷つければ悲しむのは死んだ母さんもだという事もわかるだろう」

 ……それは誰のための説得なのか。娘のためか、自分の理想のためなのか。わたしにはわかりっこない。ただ、怒りのあまり相手ではなく自分の目をえぐり取ろうとするキュービに比べたら、酷く薄っぺらに聞こえた。

「いいえ、わからないわ。私はお父様の役に立つための忙しさにかまけて、自分の悲しい気持ちをお母様に愚痴をこぼして押しつけて。お母様が耐えきれずに首を吊るまで、自分とお母様の心を殺していることさえ気づけなかった馬鹿な娘だもの。私には、それほど人を傷つけて作る他人の笑顔に何の価値があるのか。あなたの理想にかまけてお母様を顧みなかった私をお母様がどう思っているかなんて、わからない」

 そうキュービは呟くと、合図のようにラティアスの瞳が光り、彼女の姿は消える。

『……キュービはお父さんの前で自分の瞳を抉って、その後彼が一番困る死に方をするつもりだったの。これが自分の復讐なんだって』
(一番困る死に方、って……?)

 わざわざ父親の目の前で彼と同じ青い瞳を抉る。それは紛れもない憎悪だ。しかも自分の命を捨てるなんて。
 キュービの体に、突然烈風がたたきつけられる。彼女が下を見ると。そこは地上の人が見えないくらい高いところにいた。
 もうチャンピオンも彼女の動きを止められない。
 ゆっくりと、瞳から真っ赤な血を流しながら彼女は歩いて。

『私が彼女を転移させたのは、あの一番大きな塔。フロンティアのもう一つの象徴であるバトルタワーのてっぺんから身を投げて、フロンティアから解放されたの』
(そんな……)

 確かに、あんな高いところから人が落ちてきて死んだら大事件になるだろう。しかもチャンピオンの娘で既に広告塔として頑張っていた人なら尚更。


「お客さん達、お父様、ダイバ君、それに────。残念だけどさようなら。せめて私の命で、誰かを苦しめる遊びが終わりますように」


 
 抉り出した青い瞳を握って、呪うように。こんなフロンティアは私の体もろとも廃墟になって砕ければよいと落下しながら考える彼女を見るのは、もう耐えられなかった。  
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