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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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雪庇の毛布

 
 どうでもいい話ではあるのだが、日常時に契約魔鉄器を持ち歩くのは合法だ。しかしその形状には制約があり、一般人に威圧感を与える事を考慮して一定の規格がある。
 銃の形状や刃物など以ての外、リック先生の取っ手付き鉄棺桶も色々アウトだ。逆に悟の魔鉄器は世間的にはオサレな部類に入るだろう。

 基本的には魔鉄証――正確にはOI能力監理用リングと似たようなもの、つまりリング、指輪、ネックレス等々が一般的だ。エイジはリングで、足首にいつもつけている。

 で、話を魔鉄証の方に移すが、この魔鉄証は製鉄師がOI能力を使用するとその情報が鉄結管理局のサーバーに反映され、いつどこで術を使ったのか全て判明するようになっている。職業上使用する場合でも使用時間や使用理由は先に報告が必要で、これを頻繁に破る人間には監視がつくそうだ。

 ところがこの魔鉄証の仕組みには二つの例外規定が存在する。

 一つは緊急時、自分ないし他者の生命に係る事項を防いだり遠ざける必要がある場合。
 いわゆる正当防衛や力を持つものの義務であり、この場合は制限なく能力を行使できると定められている。

 そしてもう一つ。これがかなりとんでもない。
 その名もずばり、『聖学園関係者はその敷地内に限り使用制限なし』。

 正直エデンは、最初にこれを知ったとき国は馬鹿ではないのかと思った。一見して、学校内のケンカで鉄脈術がぶっ放されかねないという恐ろしい修羅ルールにしか聞こえない。

 しかしこれ、ちゃんと理由があるらしい。
 まず、聖学園では当然の如く鉄脈学の実践が頻繁にあるので、手続きを取る手間がかかり過ぎる。また、教育の最重要拠点であることから襲撃者への備えが必須であり、侵入者への攻撃に際して認可システムを取っている時間がない。
 しかも、聖学園では若かりし製鉄師の若さゆえの過ちは常にあることであり、事態を収束するのに教師が鉄脈術を使うのに逐一報告するシステムである方が、実は正気ではないということらしい。その結論がこれである。

 つまり、悟が鉄脈術を四六時中発動させているのは普通の社会では問題だが、この学校の生徒である間は合法なのだ。というかそれを分かっていて使いまくっていると思われる。

「とまぁ最初は懐疑的だったシステムだけど、実際にテロリストに襲われて私は思ったわけよ。このシステムって本当に必要なものなんだなぁって」
「うん」
「でも、若さゆえの過ちったって、そんな攻撃が飛び交うような危険人物が学校にわらわらいるの?とも疑問を呈していたのよ」
「うん」
「で、結論何だったと思う?」
「実際にいた」
「正解」

 今現在、暁エデン及び氷室エイジと同級生の仲間たちは、大絶賛聖観学園の過ちを犯す若き者共に包囲されていた。

「ンだからさぁ……テロリスト相手に逃げ惑って先公に助けられた軟弱な特組を俺らが鍛えてやるって言ってんだよ」
「いや、これから移動授業だし、そういうのは先生に話を通してからにしてくれ」

 クラス代表という事でうんざりした顔で天馬が言うが、相手の態度がデカい不良風の生徒はそれを鼻で笑った。

「馬鹿かよ。そうやって先公にビビってるから皇国に仇名すテロリストを撃退できなかったんだろ。恥なんだよ恥、お前らは。もし俺らが現場にいたら逆にボコして終わりだったんだぜ?」
「お前らが?そんな風に見えないけどな」
「俺らを見た目で判断しない方がいいぜ。どいつもこいつも簡単に人を殺っちまえる力を持ってんだからなぁ!!」

 エデンとしては彼の言っている事の1割も理解できない。だが彼に同行する男女数名は同意したり「言い過ぎだよ~可哀そうじゃ~ん」などと完全に特組側を格下扱いしている。何なのだろう、この人たちは。リック先生のフルスイング見た事あってこんなことを言っているのだとしたら多分病院に行った方がいいと思う。
 だってあの人無詠唱でビルディングを大気圏外までカッ飛ばしたんだよ?人間マスドライバーだよ?
 正気じゃないなと思っていると、魔鉄器の本を眺め続けている悟が小さな声で口を開いた。

「こりゃアレだな。無敵病だ」
「ナニソレ?」

 聞いたことのない病気だな、と思っていると、永海が「中二病の仲間みたいなのだよ」と教えてくれる。

「鉄脈術を使えるようになって、超人的な力を使えるようになるだろ? そうするとなんつーか、万能感ってやつに満たされて今の自分は何も怖くないって妙な勘違いし始める時期が、製鉄師と魔女にはあるらしいぜ」
「当然と言えば当然の流れだな。特になまじ戦闘向けの力を持ってると、使いたくてしょうがない。訓練じゃ殺す気の力なんぞ出しても教師に止められるが、中には自分の強さをアホみたいに信じて教師を倒そうとする奴もいるらしい」

 加えるなら、契約を結んだことで苦痛から解放され、更に理解者を得るという製鉄師と魔女特有の心理的孤独に対する満足感も理由の一つらしい。同じ魔女なのにエデンが全く共感を覚えないのは、多分エイジが変な人なのと親が製鉄師と魔女だったからなのだろう。

「ていうかさぁ、お前は2年目だし知ってんだろ?先公の眼の届かない場所でのケットーは黙認状態だってのさ。要はやり過ぎなきゃいいんだよ。見てな、軽く撫でてやるよ」
「愚かな」

 空気が、凍り付いた。
 言葉を発したのは、天馬の横でずっと顔を伏していた朧だ。

「決闘の言葉の意味も知らぬ輩が、偶然手に入れた力に溺れて天狗になるとは……どうやら教育を施す親か教師に恵まれなかったようだな」
「はぁ?何言ってるか全然分かんねーけど、もしかしてそれ挑発のつもりなの?」

 気分を害したという風ではなく、にやけた面での言葉。心底自分こそ格上だと信じてる表情だ。

 ――ちなみにエデンはまだ知らないことだが、朧が本気を出せば懐に隠した護身用十手で術の発動前に全員ボコボコに出来る。最初から勝負になっていないことに気付いていない彼を憐れむのは天馬と悟のみだ。エイジは憐れみをよく理解できないのでとりあえず成り行きを見ている。

「無敵病の連中は精神的には無敵だ。そして同じ病気が集まって数が出来るとそこに共同幻想が生まれる。すなわち俺達ツエーってヤツだな」
「そりゃまた。治すにはどうすればいいの?」
「暴力教師に指導してもらえばいいんじゃねーの?」

 興味なさそうに情報収集を続ける悟だが、いい加減移動教室に間に合わない時間になってきた。
 と、無敵病患者の一人がお調子者のように声をあげた。

「よーし、こうしよう。マイニング・ユア・ブラッドマイン!」
「ローディング・マイブラッド、ユアーズ!」

 いきなり何やら詠唱したと思ったら、特組の周囲を囲むように大量のシャボンの泡のようなものが現れ、浮遊し始めた。

「こいつは当たると痛いぜ?まったくグダグダ言い訳しちゃってさ」
「ねぇ、さっさとやっちゃおうよ~!」
「まぁ待て。ほら特組諸君!迎撃しないと痛くなるぞ?これはいわゆる正当防衛ってやつさ。ルールを盾にビビって動けない君たちに口実を与えてやってるんだ」
「へっ、そういう手があったな!俺らも用意だ!!」

 次々に無敵病患者が詠唱し、ある者は全身から光るオーラを、ある者は流体を用いた武器や鎧を、またある者は自分の数を増やし始める。それを特組全員が覚めた目で見ていた。

「朧、お前は手ぇ出すなよ」
「天馬こそ、天掛流など間違っても使うでないぞ。このような木端連中、使われた流派が泣くわ」
「エイジ、八千夜ちゃんとあざねちゃんを守ったげてね」
「自分をカウントし忘れてるよ、エデン」
「まぁやっちーが本気出すと色々洒落になんないからねぇ」
「ほんじゃー美音たちも一肌脱ぎますか!」
「メイド流近接盆術なら扱えますのであざねのことはご心配なく」
「……あざね、わたくしその珍妙な護身術を初めて耳にし
たのですが」

 ここに至ってやっと、無敵病患者に変化が現れた。
 それは絶対の自信と力への妄信が齎す自己顕示欲を、特組が満たしてくれる行動をとらなかったことに対する一方的な不満である。相手にされていないような態度が彼らの癪に障ったのだ。
 リーダー格でさっきから天馬に絡んでいた男は、眉間にしわを寄せてオーラを纏ったまま走り出す。

「無視してんじゃねぇよッ!!この――」
「『駿馬千里駆(オーバーランナー)』」
「――かぶっ!?」

 既に詠唱を終えていた天馬の拳が、突っ込んできた男の拳をすりぬけて鳩尾を突き刺す。
 恐らく彼の纏うオーラはそのまま「最強の自分」という歪む世界がそうさせる身体強化系の術だったのだろう。だが天馬にとってはハエが止まる速度だったのか、鳩尾を抑えて蹲る彼をよそに自分の拳を眺めている。

「これ、術使わなくても頑張れば勝てたか?」
「当然だ。お主もそこまでは到達しておる」
「てめ、マグレ当たりで調子に乗るなよ!?気が変わった、俺のバブルでお前ら全員袋叩きにしてやる……」
「無駄無駄ぁ♪」

 周囲のシャボンが一斉に殺到するか否かの瞬間、既に美音が発動させた『浄道灼土(ファロヴァイア)』が周囲を奔り、シャボンが一瞬で焼け散った。

「あれからだいぶ練習したからね~」
「コントロールはもうバッチシよ!」

 だが、炎は同時に自分たちの視界も塞ぐ。シャボンが消えた先に待っていたのは分裂した男子生徒と、流体の鎧と武器を持った女子生徒の突撃だった。

「アンタの噂は聞いたわよ、氷室エイジッ!!魔女がいないと何もできないんでしょ!だったら魔女から潰せば――ッ!!」
「戌亥家のご息女さまに荒事なんて出来ねぇよなぁ!?」

 流体の刃は形を変えて瞬時に伸び、エデンに一直線に向かう。いくら魔鉄の加護があったとしても、直撃すれば出血は免れない強力な刺突――しかし、彼女は根本的に戦略を間違えていた。

「『守護氷華(ハーデンベルギア)』」

 瞬間、エイジの足場から大量に噴き出した冷気と氷が流体の女子生徒と分裂した男子生徒全員を拘束した。

「エデンに刃を向けるのは許さない。エデンは僕が守る」

 エデンの守護、それだけはエイジが何を置いても優先する事項。彼女はエデンではなくエイジを先に狙うべきだったことを悟り、そして流体という自分の歪む世界が完全に封じられていることに驚愕する。氷さえ流体に変える筈の自分の力が、何故動かないのか。

「融けろ!融けなさいよ!な、なんで……何で流れないのよッ!!」
「啓蒙活動だ。教えてやろう」

 その時点でやっと本から目を離した悟がゆっくりと歩き、身動きできない彼女に目線を合わせる。

「相反する能力の性質は、深度の差で優先度が決まる。そして同ランクの場合は発動させる術者の精神力が勝敗を分ける。つまりだな」

 いったん間をおいて、悟は鼻で笑いながら告げる。

「お前が鍋の熱湯だと仮定すると、エイジは北極だ。お前の深度で融かせる訳ねぇだろ」

 その日以降、彼らが絡んでくることは二度となかった。
  
 

 
後書き
詠唱省略してます。
あとユアブラ世界風DQNたちはこんな感じかなーと書いてます。
無敵病患者たちの術の名前や効果は語ってもしょうがないので省略。 
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