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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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皐月の雹

 
 鉄脈学実践訓練、当日と相成った。

 クラスのメンバー全員――メイドと巫女を除く――が訓練服に着替え、特組専用のグラウンドに集合している。
 訓練服は体操服をスマートにしたようなデザインで、どことなく近未来の戦闘スーツっぽさがある。この服は魔鉄で編まれたもので、機能的にも防弾や防刃などの防護機能を備えたものだ。すこしぴっちりしているのが少々恥ずかしいが、これが身の安全を守ってくれる。
 つまり、それだけ安全性を機さなければならない訓練だという事だ。

 それはそれとしてエデンは悲しみの淵にいた。同じ胸控えめ仲間だと思っていた魔女に裏切り者が出たのだ。

「永海ちゃん、なにその胸……」
「あんまし見んな。普段はサラシで隠してんだよ。おれだって取りたいんだぞ?」

 本当に嫌そうに身じろぎする永海。実践授業に当たってどうしても問題があったのか、そこには魔女としては豊満と呼んで差し支えない双房が揺れている。
 これ以上は互いにダメージしかないので触れないが、裏切られた気分である。

 閑話休題。
 戦闘に向いた能力であるかどうか、軍属などの力を用いる道に進むかどうかに関わりなく、聖学校に入学して契約を交わした製鉄師と魔女は一定以上自らの術を使いこなせるようにならなければいけない。
 それは自立の為であり、自衛の為であり、そして力あるものとしての自覚を得て己を律する為でもある。リック先生はその意義を、生徒の将来を絡めて簡潔に語ってくれた。

「鉄脈術の戦闘訓練を経て軍人だの警官だのになる必要はない。職業選択は万人の自由だ。だが、力を使いこなすことで不意の危機に対応することも出来れば、理不尽なものに抵抗することも出来る。使わないという選択肢を選ぶことは止めないが、『使わない』ことと『使えない』ことは前提が違う」
「コントロールもできないくせに『本気出してない』とか言うのはカッコ悪いもんね~。というわけで、先生たちがビシバシ鍛えちゃいますよっ!」
「カッコつけのために頑張ってもいいぞ。格好良さを追求した結果、俳優になって映画で暴れてるのもいる。己の出来ることとは何かを把握するのがこの授業の肝だ。古人曰く、敵を知り己を知らば百戦危うからず……敵より前に自分の身の程は図れるようにならんとな」

 武術を習うことで精神の成長を図るようなものかな、とエデンは思った。
 内心少しだけ実践訓練にわくわくして昨日ちょっと寝つきが悪かったが、リック先生の言葉にはどこか戦いが起きることを前提としてる物言いがあったような気がして、ちょっとだけ気が引き締まる。先生は雲行きの読めない国際情勢に危機感を抱いているのかもしれない。

「この訓練には実用型の契約魔鉄器を使用する。既に三組は専用のものを持っているから、初めて支給される氷室、暁ペアと古芥子ペアは特によく聞くように」
「「「「はい!」」」」
「とはいえ、授業で一度は説明したからおさらいになるがな」

 改めて、リック先生が説明する。

「お前らがこれから装備する魔鉄器は、魔鉄加工によって生み出された契約魔鉄器だ。契約魔鉄器は一般に広まっている便利素材の魔鉄器と違って、製鉄師と魔女の力を繋げ、引き出すために魔鉄加工技師が特別な性質を付与している。形状は様々、使い方も様々だ」

 一般に魔鉄器というと、便利グッズから建築素材まで幅広い分野に浸透している。魔鉄器の原材料たる魔鉄は、その名の通り魔法のような性質――物理法則を無視して現実を局所的に改変する機能を付与することが出来るのだ。この加工技術が開発されたとき、世界は産業革命を超える衝撃を受けた。それまで魔鉄は「加工不能の謎の物質」という厄介者の扱いを受けていたのに、蓋を開ければ願いを叶える夢の物質だったのだ。
 ――尤も、この場にいる生徒の全員が、生まれたときにはすでに生活に魔鉄が普及していたので、その驚愕に共感するのは難しいだろう。

 加工可能なのが魔鉄加工技師しかいない関係でお高いものが多いが、電気のいらない永久ライトだったり錆びも欠けもない農具だったり、病院の壁を直したりとなんでもござれだ。今や日本の主要な建築物の基礎にはほぼ例外なく魔鉄素材が組み込まれている。敢えて欠点を挙げるなら、決して安くはないことくらいだ。

 しかし、契約魔鉄器はそれらと魔鉄利用方法が根底から異なる。
 鉄脈術の使用を前提としている上に、大半が戦闘を意識して製造されている。言うなれば侍にとっての刀。その強度も値段も制作にかかる手間も、一般の便利グッズとは比べ物にならない。なぜならばそれは、万一戦いになった際に命を預けるものなのだから。

「製鉄師によっては複数持っていることもあるが、今は一つの魔鉄器を使いこなすことだけ考えればいい。普通に生きていくには一つあれば十分だしな」

 そう言いながら、リック先生が二つのアタッシュケースを取り出す。それぞれには製鉄師である氷室叡治、そして古芥子美音の名が書かれている。先生はそのケースを鍵で開けた。

「氷室・暁ペア、古芥子ペアに渡されるものは本格的な職人じゃなくて魔鉄科の生徒が教師の指導の下に制作したものだ。実用には問題ないしあらかじめ確認した要望には応えているが、恐らくはまだ洗練されていない。不満や問題があれば、この訓練を元に作った生徒と話し合って改良していけ。魔鉄科生徒にとっての実践訓練でもあるからな……さあ、装備しろ」

 エイジは言われるがままにアタッシュケースに近づき、中にあったものを取り出す。
 それは、とても戦うためのものには見えないコート、そして雪国用のようなブーツだった。ただしその縁には魔鉄の装飾が施され、まるでゲームに出てくる装備のような仰々しさがある。藍色を基調としたそれを、エデンは横から摘み上げた。見た目は数キロありそうだが、驚くほど軽い。見ていて気付いたが、ボタンもチャックもなく、本来それがあるべきところには縁に「柔らかい金属」が装飾されているだけだ。

 エイジは戦闘服の上から着こんでいた分厚いコートを脱ぎ、若干寒そうに身じろぎしながらそのコートを羽織ると、先ほどの「柔らかい金属」が自動的に接合され、一瞬でコートを着込んだ状態に変わった。どうやら使いやすさにリソースをある程度割いているようだ。
 ブーツもそうで、靴を脱いだエイジがブーツの踵の部分を足先で蹴ると、バシャッ、と音を立てて後ろからブーツが開いた。そのまま入れると開いた部分が閉じ、ブーツが足にフィットする。
 横から見ていた天馬が物珍しそうに感嘆の声を上げる。

「かっこいいなおい。趣味全開って感じだ」
「そうであろうか。たかが羽織と靴に仰々しいからくりをつける理屈がよう分からぬ」

 エデンとしては前者の意見に同意だが、朧の目は胡乱気だ。
 二人の温度差に美杏と美音が茶々を入れる。

「朧ちゃんには変身ヒーローに憧れる男の子の気持ちは分からないようですなぁ」
「でも大丈夫だよ天真くん。美音も美杏もそのへん理解あるから!」
「お、おう。いや別に変身ヒーローが好きって訳じゃ……そりゃ子供の頃は憧れたけど」
「でもエイジくんのそのコート、どっちかっていうと悪の幹部感あるよねー」
「ほらほら、フード被ると完全に闇の組織の人か謎多き危険人物だよ!」
「……って、こらエイジ。さっそくフード被るんじゃないの。取った取った」

 まだ春とはいえこの寒がりは筋金入りだ、とエデンは苦笑いしながらフードを取った。中のエイジは少しだけ恨めし気にこちらを見たが、素直に従う。

「うん、様になってる。でもちょっと格好つけすぎかなぁ、このデザインは」
「だけど、あまり金属装飾が減ると魔鉄器としての機能が落ちるんじゃないかな」
「ま、そうか。にしても、これ金属プレートと生地とどっちも魔鉄製なんだよね?どうやって作ってるんだろ」
「方法は二つある」

 エデンの疑問に答えたのは、相変わらず大きな本を手で持たずに浮かせている悟だ。
 彼の本がパラパラとめくれ、紙ページが本体から切り離されてホロモニタのように悟の周囲に浮遊する、それを眺めながら、悟はどこか面白そうに語る。

「一つは魔鉄加工でコートを作り、その上から金属パーツを取り付ける方法だ。物理的に密接している場合は一つの魔鉄器として機能する法則がある以上、そのやりかたでは鉄をコートのような質感に変えるという法則にリソースが割かれ、機能が低下する。だが見たところ、そいつは違うな。もう一つの方だ」
「と、言いますと?」
「魔鉄加工で金属を変形させる際に、手動で金属を引き伸ばし、糸のように伸ばし、編み、一つながりのコートに仕立て上げたかだ。たまげたことに染色には魔鉄技術を一切使っていない。いやはやこいつは………作った奴は国宝に相違ない」

 展開されたページを眺めて感心したように彼はそう締めくくった。
 つまり、どういう事だろうかとエイジを見ると、少し考えるそぶりを見せたのちにエイジが答える。

「つまり、粘土細工で粘土を一度も千切らずに精密な構造物を作るようなもの、かな」
「いやもっとだ。作り主は木を掘って銀閣寺の中を畳まで削り出すような技量の持ち主だ」
「リック先生、これ本当に学生技師が作ったものなんですか?」
「……どうやら氷室の要求するもののハードルが高すぎて、百年に一人の天才にでも仕事が回されたようだな」

 ある意味、とんでもない契約魔鉄器を手に入れてしまったのかもしれない。

 一方、古芥子姉妹の契約魔鉄器は、輪投げの輪のような外見の無数のリングだった。どれもキャンディーやドーナツを連想させるファンシーなデザインだが、あれをどう使えばOI能力を効率的に扱えるのか見ただけではまったく想像もつかない。計8つのリングを半分こして腰のベルトに装着した二人は、一見するとどっちが製鉄師なのか分からなかった。

「これぞ秘儀、どっちが攻撃してくるでShow!」
「開始時からすでに高度な心理作戦は始まっているのだよワトスンくん!」
「二人まとめて吹き飛ばせば宜しいのではなくて?」

 しれっと八代夜が物騒なことを言っているが、ある意味真理かもしれない。
 さて、件の八代夜の格好だが、なんというか凄いな、とエデンは思った。何が凄いかというと、あんな趣味的な恰好をしていながら恥じらいの欠片も見せない八代夜の堂々たる立ち振る舞いである。

 彼女は普段の獣耳はそのままなのだが、肩から股間あたりにかかる薄いプロテクターが契約魔鉄器らしい。そのプロテクターの形状が、戦闘用の堅牢さを感じはするがバニースーツみたいな形状なのである。
 しかもそのプロテクターのお尻辺りには猫のような尻尾が1メートルほど伸びている。もうエデンには完全にその手のものが好きな人を狙っているとしか思えない。両手の籠手だけは凶悪性を象徴するような爪が仕込まれているのが見えるが、あとはもふもふした上着や靴下を履けば完全にコスプレイヤーさんである。

「滅茶苦茶セクシーな恰好に思わず写真撮りたくなるぜ……じゅるり」
「おい永海、発情するな。いや、女に発情するお前の性癖にどうこう言う気はないが、せめてTPOを弁えろ」
「……へいへい、分かってますよーっと」

 一瞬獲物を見た獣のような眼をした永海だったが、悟が制してすぐに身を引いた。
 もしや、永海が悟をパートナーに選んだのはあの性癖に何も文句を言わないからなのではないか――エデン含む数名は、内心でそう思わざるを得なかった。
 なお、八代夜は身の危険でも感じたのかしばらくあざねを下げさせ永海に近づこうとしなかった。

「……TPOは服装も含むから、この場合八代夜さんこそ弁えてないのではないかと僕は推測したんだけど」
「確かに、その恰好はなんというか……しかもあざねちゃんは相変わらずメイド姿だし、二人だけ別世界に旅立っちゃってないかな?」
「何を馬鹿な。私の求める契約魔鉄器の要件をすべて満たした素晴らしい逸品ですのことよ?」
「メイドは人前ではいついかなる時もメイドでございます、エデン様」
「ええー……」

 この二人も全体的に謎だな、とエデンは思った。
  
 

 
後書き
効率を考えれば魔鉄器はもっと小型でもいいのですけれど、見栄えと趣味でこういう形にしています。 
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