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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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春の霜4

 
 聖観学園での生活が、始まった。

 まず学生寮での生活は、慣れるのになかなか苦労した。
 製鉄師と魔女のペアが入学前から成立している関係上、エデンとエイジは互いに互いの部屋の合い鍵を渡されていたが、スムーズに起きられる二人と違って古芥子(こがらし)姉妹が初日から爆睡して朝のホームルームを遅刻。挙句、永居悟が「行くのが面倒」とじぶんの机にモニターとカメラを設置して自室から授業に参加しようとしたことによってリック先生が怒った。

「――お前ら、明日からでいい。明日から……教室に来さえしない馬鹿どもを引きずってでもHRに連れてこい……今日は、俺がやる」

 結果、一時限目はルーシャ先生が教鞭をとり、その途中で頭に特大のたんこぶを作った問題児3名が連行されてきた。

「ひ~ん、先生がいじめるよ美杏~!」
「乙女の部屋に踏み入られたよ~!」
「暴力教師め。お里が知れるぞ」
「お前らが教室にどうしても来られない事情があるなら別の方法を取る。だがな、効率化は結構だが横着をするな!最低限の集団行動ぐらいは学べ、バカたれ共!」

 翌日から、クラス全員でダメな人を引きずっていくルールが制定された。
 ちなみに寝ていたせいで朝ごはんを食べ損ねた古芥子姉妹には先生から栄養ゼリーが支給され、「足りないよう……」「ひもじいよう……」と切ない声を漏らしながら姉妹は授業を受けることになった。





 学園の学生食堂にも驚いた。混雑を避けるために科によって利用できる食堂が違うのだが、食堂の規模がとにかく大きい。普通科に割り当てられた場所一つで、下手な学校の体育館ぐらいの広さがある。それでも混雑するので三階建てになっていて、更に時間を短縮したい人のために横に購買まで設置されている。
 自分の出番とばかりに天馬が説明する。

「和食は一階、洋食は二階、三階は週替わりで色々だ。飽きが来たら三階がおすすめだな。移動は端にあるエスカレーターを使うといい。券売機は現金でもいいが学生証を翳して電子決済もできるんだぜ?」
「電子決済は半月ごとの限度額が決まっております故、使い過ぎにお気を付けを」
「朧は食券のシステムも知らなかったし、カードの使い方も分かってなければ限度額のことも分かってなくて、去年は何度か泣きつかれ……あ痛ぁッ!?」
「………(真っ赤な顔で天馬の横腹をつねる朧)」
(かわいい)
(かわいい)
(ポンコツ属性というやつか?)

 朧は少々浮世離れしているというか、現代的な技術にいまいち馴染めていないらしい。エスカレーターも絶対に使わず横の階段を利用しているし、WIRE(ソーシャルプラグイン最大手)登録をしようとした時も「あ、コイツの電話お子様携帯だからそういうの無理だぞ」と天馬に言われて顔を真っ赤にしながら「……そういうことです」と言っていた。





 学校の設備は様々あるが、特組は人数が少ないにも関わらず合同授業ではなく単独授業が多い。これも特組の特殊性なのかもしれないが、他の組の普通科生とは休み時間ぐらいか話すタイミングがなかった。

 尤も、人が多いのが苦手らしい八千夜と騒がしいのが嫌いな悟は全く意に介していない。悟のパートナーの永海はというと、悟を放って他所に遊びに行きまくっている。エデンとしてはこの二人が一番契約を交わした人間として謎だ。あまり会話しないし深いつながりを感じないのに、二人とも不満もなさそうだ。

「ばらばらに行動してるけど、仲悪いの?」
「……アイツとの契約条件は満たしてるからいいんだよ。俺たちはお前らと違う……単なる利害の一致で契約しただけだ」

 そう言われて、そういえば自分たちは特殊な方に含まれるのだと今更ながら思う。国選魔女とAFS患者で、しかも家族同然。かなり凄い。対して普通に入学した生徒たちは誰もが「友達だから」とか「好きだから」で契約を求めている訳ではない。そういう人もいるだろうが、山ほどいる以上はもっと合理的な基準で選ぶものだろう。悟と永海の契約は、きっとそんな契約なのだ。
 ちなみに、永海に同じ質問をしてみたら、彼女は笑いながらこう言った。

「いーのいーの。むしろ悟がああだから安心して契約出来たんだぜ、オレ。間違っても好きになられたら困るしな!」

 ――この二人の関係を理解するには、エデンには時間と付き合いが足りなそうだ。

「なーエイジ。お前も相手がエデンだから契約できたんだろ?」
「うん、そうだね。もしも世界が巻き戻っても、やっぱり僕を助けてくれるのはエデンだと思う」
「くーっ、このエデンちゃん大好き人間めっ!このこのっ!」
「あっ、コート引っ張っちゃダメ……!そ、そんなことするなら僕にだって考えがあるぞっ」
「ふふん、何をするってんだよ?」
「隣のクラスの男の子から永海宛てにって渡されたラブレターをここで朗読する」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉッ!!男に告白されるとか鳥肌立つわッ!!色々と悪魔かお前ッ!?」

 そして、なぜか永海はエイジとやけに仲がいい。エイジのコミュニケーション能力が上がるのはいいことなのだが、いつの間に仲良くなったのだろう。不思議であると同時にちょっともやもやする。もしエデンでなく永海がエイジと先に出会っていたら、契約成立したんじゃないか、と。

「あっ、エデンがヤキモチ焼いてるぞ。行って抱きしめてこい!」
「えっ?焼き餅?お正月でもないのにどこから餅なんて……」
「いやそーいうことじゃねーよっ!お前のマジボケには毎度びっくりだよ……」
「ふふん、このエデン様その程度のマジボケには動じないわ。付き合いの長さが違うもの!」

 なぜか優越感を感じた瞬間だった。





 部活動については、特組であっても特に制限はされていない。

 古芥子姉妹は以前からチア部にいたらしく、この学校でもチア部に入部していると言っていた。

 朧は剣術を嗜んでいるといったが、剣道部ではないらしい。というか個人で敷地内に剣術練習のための建物を天掛家出資で作っており、そこで茶道や弓道、裁縫までやっているらしい。天馬と二人で朝早くから剣道の訓練をしているのだが、何故剣道をやらないのかと聞くと「天掛流免許皆伝の身で剣道部に通っても得るものはない」だそうだ。
 免許皆伝――漫画くらいでしか聞かない言葉だが、信じられないことに朧は既に道場の師範クラスの実力があるようだ。

 他のメンツはというと、八千夜は美術部らしいが、作品だけ送って自分は部室に姿を見せない幽霊部員となっているという。あざねはその橋渡し、そして学内メイド部で名誉顧問をしているので部活動はしていないようだ。

 悟は帰宅部。永海は写真部。エデンとエイジはというと、どこにも所属していない。
 というのも、まずエデンとしてはまだエイジが目を離せるほど安心できない存在なので自動的にエイジについていくこととなる。なのでエイジの意向次第だったのだが……。


 まず将棋部。入って二日で大会を控えた先輩方をコテンパンに負かせて自信を喪失させ、顧問に泣きながら追い出される。エイジのコンピュータ並みの学習能力が人間関係に活きないのはこういうところだと思う。

 次にコンピュータ並みの頭脳を活かしてパソコン部。途中まで優秀くらいで済んでいたのだが、三日目にはPCのシステムが不満だからとプログラムを書き換え始め、結果として備品のPC一つが「エイジにしか使い方が分からなくなるほど最適化される」という事件をやらかした。
 それ自体は咎められなかったのだが、逆に部員たちが革新的すぎるプログラムに好奇心をそそられEシステム(勝手についたあだ名)の解析に総力を注ぎ始め、その過程で「ネタばれ禁止だからしばらく来るな」と幽霊部員化させられてしまう。

 その後、科学部。実験結果を全部言い当ててしまい、その予想が合っているため「やめろォ!」と懇願され即退部。

 最終的に行き場がなくなり、さらにやらかしエイジの悪評も広まってしまい、現在は帰宅部(フリー)だ。次はスポーツをするしかないだろう。

「このプログラム、そんなに使いにくいかなぁ……」
「俺ぐらいなら使いこなせるが、凡人には厳しかろうよ。くっくっくっ……」

 自室のパソコンを簡単そうに弄るエイジと、なんとEシステムの方が普通より使いやすいと自分のPCをEシステムに書き換えてもらったという帰宅部仲間の悟。二人の間によく分からない友情が芽生えつつあるらしい。
 
 みな、随分と学校に慣れてきた。
 しかし、まだ三年部普通科特組には一つだけ大きな「未経験」が残っていた。
次の月曜日から始まる、鉄脈学実践訓練――契約魔鉄器を用いた、異能の発動である。

「……あの時以来、かぁ」

 エイジよりその身に宿したあの氷と雪の城を強くイメージしながら、エデンは思う。

 あの城は、結局何だったのだろう。と。
 病院を城と思ったというのなら、まだ分かる。しかしエデンはあの城の中を彷徨ったが、病院との共通項など何一つなかった。いやそもそも、『歪む世界』のイメージとは能動的に動き回れるものなのだろうか。

 うすぼんやりとした疑問はしかし、それ以上考えられることもなく思考の片隅に追いやられた。



 = =



 記録復元、開始。時系列、固定時間軸「和光37年4月」より171日と8時間前。

 座標、関係者以外立ち入り禁止区画――氷室家廃墟。記録内容、会話。



「ド真ん中から盛大に抉れたせいか、家の隅は結構無事で済んでるな」

「ええ、なんであるものは片っ端から鑑識に回します。現在はこの家の内部の三次元データを取り込んでおり、犯人の遺留物の可能性があるものなどの捜索も並行して。データ取りが済んだら、今度は氷室家そのものを調べていく予定です」

「ああ、頼む。まったく、立派な家だったろうにハデにぶっ壊しちまって………にしても」

「なんです?」

「氷室家ってのは羽振りが良かったのかねぇ。家のあちこちに高い時計がぶら下がってら」

「……言われてみれば、そうですね。一つの家に置くにしては妙に多い。しかもどれもそれなりに値が張りそうだ。でも時計以外は一般的な家庭の品ばかり……?」

「時間に煩い家だったわけだ。流石にこいつは事件とはあまり関係なさそうだな」



 記録復元、終了。情報を記録しました。

 次の情報復元を開始します。復元完了まで、あと――。
  
 

 
後書き
和光=昭和の後の元号になると噂された元号、つまり平成と同じです。
なお、和光37年4月=エイジとエデンの入学日=魔鉄歴29年です。公式のマリア来日の1年前に当たります。 
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