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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン88 真紅の暴君と紅蓮の災厄

 
前書き
……遅れました。しかもよりによってこのクライマックスの、いちばん勢い落としたら駄目な時期に。ごめんなさい。ずっと就活やってました。あと別ゲーのイベントでここ1か月ほどレイテの方に(小声)。
真面目な話就職先がまだ決まりそうにないので、次回も下手したらこれくらい遅れるかもしれませんが……。

前回のあらすじ:稲石さん退場。ずっと陰ながら清明を支えてきた廃寮の幽霊の正体は……。 

 
 どれくらい、じっとしてただろう。ほんの数分だったようにも思えるし、もう何週間か、それどころか1か月近くここでこうしていたような気もする。
 いずれにせよ、僕はどうにか立ち上がった。本音を言えば、まだしばらくはここに居たい。だけど稲石さんは、もうここにはいない。生命ですらない存在に対してこう称することが正しいかはともかく、殺したからだ。他の誰でもない、この僕が。

「あの時と、同じか……」

 誰に向けたものでもない言葉が、先ほどまでのデュエルの衝撃で割れてしまったらしい窓から飛び込んできた風に乗って流れていく。覇王の異世界で出会った、暗黒界の鬼神 ケルト。あの時と同じだ。どうしようもなく周りの状況に流されるまま戦って、その結果として勝ったあげく目の前で消えていくところを見せつけられる。常勝不敗、無双の女王。夢想も自分が望まぬ勝利を重ねるたびに、こんな気持ちを味わってきたのだろうか?
 そこまで考えたところで、稲石さんの最後の告白が再び蘇る。河風夢想は、ダークネスの手駒である、と。気が付けば、歯が折れるんじゃないかと感じるほどに強く歯を食いしばっていた。……何が何だか、やっぱり僕にはわからない。ただ1つわかっていることは、稲石さんはあんな内容の嘘をつくような人じゃないということだ。
 夢想に会いたい。でも、今は夢想に会いたくない。矛盾する2つの思いを抱え込み、僕はまたしてもいつもの手段、目の前の問題から目を逸らすことにした。その場を離れて当初の目的、賢者の石の回収に向かったのだ。そうやって目を背け続けた結果稲石さんにこの手でとどめを刺すことになったというのに、結局僕は何も変わっていない。賢者の石の方も一刻を争う問題だから、それにPDFを稲石さんに壊された現状夢想に連絡を取る手段はない……それはすべて、もっともらしく聞こえる言い訳でしかない。そんなの、自分が一番よくわかっているはずなのに。
 外の光も差し込まない、暗い階段を降りる。確か2年前に来たときは、この先にアムナエルの研究室があったはずだ。案の定たどり着いたその一室は、2年分のほこりが積もっていることを除けばまさに僕の記憶のままの部屋だった。その上に、真新しい猫の足跡が点々と続いている。

「……大徳寺先生!ファラオ!」
『やあ、ようやく来たのかニャ。さあファラオ、いい子だからそれを渡しておくれ』

 あれだけのデュエルの間一向に戻ってこないと思ったら、どうやら大徳寺先生が先に準備を済ませておいてくれたらしい。どっしりと歩くファラオが中身のぎっしりと詰まった小袋をくわえて僕の足元までやってきて、おもむろにそれを床に落とす。慌てて拾い上げると、見た目よりもずっと重い手ごたえが返ってきた。

「じゃあ、これが……」
『昔私が作った、試作品の賢者の石だニャ。私とファラオのことはいいから、早く三沢君のところに戻ってあげなさい。幸運を、祈るニャ』
「はい……ありがとうございます」

 しっかりと小袋を抱え、すぐに背を向けて走り出そうとしたところでふと気になって、1度だけ振り返った。

「大徳寺先生、1つだけいいですか?もし……もしも迷った時は、僕は何を信じればいいんでしょうか」

 言ってからなんだそれ、と、自分の言葉の稚拙さに笑いそうになる。夢想がダークネスの駒だなんて話、いくら稲石さんの言葉でもそうおいそれと言いふらすわけにはいかない。あの人から直接聞いた僕だって、いまだ彼女を信じたい気持ちと稲石さんの言葉の間で揺れ動いている状態なのだ。出来る限りぼかしたつもりが、今度は抽象的になりすぎてしまった。もう少し言葉を継ぎ足そうとしたが、それより早く大徳寺先生の返事が返ってきた。

『清明君。君が何の脈絡もなくそんな質問をするとは思えないから、何か人には言えないわけがあるんだろうニャ。ならその理由は聞かないけれど元寮長として、そして元先生として生徒の悩みに答えると、君は少し自分の中で全てを抱え込もうとしすぎていると思うのニャ』

 生前と同じように穏やかな声で、大徳寺先生が喋る。その言葉を、僕はただじっと聞いていた。

『君には確かに、他の人にはない特別な力がある。だけど、それは君という存在のほんの一部の特徴でしかないのニャ。例えその力がなかったとしても、君という存在にはただそこにいるだけで周りを巻き込む不思議な魅力がある。だから、我慢や必要以上の気遣いなんてする必要はどこにもないのニャ。君は、君のやりたいことをやりたいようにやる。それが一番うまくいくし、もし君の目が曇って間違った道を選ぶようなことがあれば、その時は君に惹かれて集まってきた仲間たちがきっとその目を覚まさせてくれるのニャ』

 同じだ、とぼんやり思った。ヘルカイザーも、覇王の異世界で別れるときに僕のことをそうやって称していた。常に自由でいるのが一番お前の性に合っている、とも。どうしてあの言葉を、今まで忘れていたんだろう。

『最初から最後まで常に完璧な答えを出すことなんて、神様だってできっこないのニャ。難しく考えすぎないで、いざとなったら助けてもらう。そのぐらいの気持ちで、自分の直感を信じればいい。少なくとも、私はそう思うよ……少しは気が楽になったかニャ?』
「……ええ。ありがとうございました、大徳寺先生」
『その分だと少しは気が楽になってくれたみたいで、私としても教師冥利に尽きるのニャ』

 実際、大徳寺先生に相談してよかった、そう思った。さっきまであれだけ先の見えなかった未来が、押しつぶしてきそうな不安が、だいぶマシなものになった気がする。自分の直感を信じればいい、か。

「ま、チャクチャルさんも何かあったら頼むよ。いいでしょ?」
『当然だ。私はマスターのことをマスターとして認めはしているが、盲信するとまで言った覚えはない。見限る予定もさらさらないが、あまりマスターが馬鹿なまま放置しておくと私までそんな目で見られかねないからな』

 平然とそう言い放ったのち、愉快そうに含み笑いする気配が伝わってきた。まったく、呼び方がいくら変わろうと、どこまでいっても口の減らない邪神だ。つられて僕も口元がほころぶ。

『それで?今のマスターにとって、優先順位1番に来るものは何だと感じたんだ?』

 その言葉に、足を止め目を閉じて考える。難しく考えなければ、結局のところ2択。夢想を探すか、三沢のところに行くかだ。ダークネスとの戦いをいったん頭の隅にやり、純粋に自分がどちらに行きたいのかを探る。

「……行こっか、チャクチャルさん。三沢のところに」
『ほう』
「意外?確かに夢想も気になるけど……でも、決めたんだ。僕はもう少し、僕の知ってる方の夢想を信じてみるよ」

 稲石さんの最期のメッセージでは、夢想は自分と同じようにダークネスの手駒としての記憶が消されているという話もあった。裏を返せばそれは、記憶を取り戻すまでは彼女は僕の知る「河風夢想」であるということだ。それが偽りの記憶、偽の人格であろうとも、僕の知る彼女はあの夢想だ。男女がどうこうではなく1人のデュエリストとして、僕は僕が知るあの彼女ならきっとなんとかなると信じよう。

『それならそれで構わないとも。なら行くか、マスター』
「おー」

 後悔なんて、しない。それに夢想のことだ、こっちが気を揉んでたのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい、あっさりした顔して葵ちゃんたちと一緒にコロッセオにいてもおかしくない。また駆け出して廃寮を飛び出し、敷地を出たところで最後にもう1度だけ振り返る。もはやそこに住まう主を完全に失った建物は、ひどくちっぽけなしろものに見えた。また湧き上がってきた感傷に意志の力だけで蓋をして、後ろ髪引かれる思いを断ち切り前に向き直る。

『次から次へと……!』

 チャクチャルさんが、僕の思いまで代弁するかのように呻いた。錆びついた門を抜けたすぐ目の前で空間が歪み、別の世界へと繋がっているであろう裂け目が生まれている。とっとこ逃げ出すことも咄嗟に考えたけれど、周りを見てすぐに諦めた。いくら長いことほったらかしの廃寮とはいえ、身を隠しながら逃げるほど草木が生えているわけではない。今来た道を引き返すのもいいが、それだといつまでたっても前に進めない。ならばどうせミスターTだろうし、ここで1発返り討ちと洒落込んでやるのも一興か。
 ……返り討ちにできれば、の話だけど。少なくとも、鼻歌歌いながら勝てるような相手ではない。覚悟を決めてデュエルディスクを構え、裂け目の向こうから来るであろう人影に臨戦態勢を整える。

『……いや、違うな』
「え?」

 ゆっくりと、空間の裂け目の向こうから人影がやってくる。その姿を見てポツリと、チャクチャルさんが漏らした。

『あれは違う、ミスターTではない!』
「やあ。君の方と会うのは……確か2回目だったかなー?」

 声とともにその主が裂け目を潜り抜け、こちら側へと世界に足を踏み入れる。役目を果たしたことで閉じていく裂け目には目もくれず、気安いとも取れる調子で話しかけてきたこの男には確かに見覚えがある。

(あそぶ)……!」
「へー、覚えてたんだ。その通り、遊さんだよー」

 遊。僕はこの男について、ほとんど何も知らない。突然何の前触れもなくやってきて、少なくともユーノのことを知っていて、凄腕のデュエリスト。なぜ僕のところにやってきたのか、フルネームはなんなのか、そんなこと何ひとつわからない。だけどたった1つ、厳然たる事実がある。理由も目的もわからないが、僕のデュエリストとしてか、元人間としてか、それとも争いを求めるダークシグナーとしてのものか……いずれにせよ僕には、理屈ではなく本能でわかる。
 この男は、敵だ。

「おおー、怖い顔。調子はどう?この世界のダークネス、どんな感じかなー?」

 おちゃらけた様子でおどける遊の、どう考えてもダークネスの襲来を知っているとしか思えない言葉に目を丸くした。ついさっき稲石さんにPDFが壊される前、三沢との通信で聞いた話を思い出す。その2つが頭の中で繋ぎ合わされ、1つの推論が突然閃く。

「まさか、ダークネスの協力者ってのは夢想じゃなくて」
「なーんだ、もうそこまで気づいてたんだ。ご明察、ダークネスもダークネスで正史より抵抗が大きいせいで攻めあぐねてたみたいだからねー、ちょっとだけ焚きつけておいてあげたのさ。もっとも、今言った彼女も無関係じゃないんだけどねー」
「夢想……」
「おっと、喋りすぎちゃったかなー?口封じ、口封じっと。今回は生かしてあげる理由もないし、パパッと終わらせちゃおっかな」

 それだけ言って、獲物に飛びかかる獣もかくやとばかりの身のこなしでさっとデュエルディスクを構える遊。それまで意図的に抑えていたのだろう殺気が周りに浸透し、ただ向かい合っているだけで息苦しさすら覚えるほどに空気が重くなる。
 正直、今のわざと漏らしたのだろう一言だけでも、聞きたいことは無数にできた。正史?稲石さんの言葉通り、夢想も無関係ではない?断片的にピースは集まってきているものの、確信に迫るための一番重要な部分がすっぽりと抜け落ちてしまっているせいで僕にはいまだに話が掴めない、そんな印象だ。だけどそんな疑問は後回しにして、今はとにかくやるしかないらしい。以前1度だけ、この男と戦った時のことを思い出す。まだ壊獣もグレイドルも手に入れていない頃の話ではあるけれど、明らかにあちらも本気を出していない状態で軽く手玉に取られてしまった苦い記憶だ。

「じゃ、始めよっかー?」

 その言葉を合図に、デッキから初期手札となるカードを……。

「いいや、その勝負俺が受けるぜ!」
「……チッ」

 突如頭上から響くその声に、露骨に遊が舌打ちする。過去1度だけ聞いた覚えのあるその声からワンテンポ遅れて、遊がやってきたときと同じような空間の裂け目が頭上に生じた。そこを潜り抜け、第3の人影が着地する。

「確か……」
「まーた君かい?目障りだねー……!」

 僕に背を向け、つまり遊と向かい合う形で突如現れたこの男もまた、僕は知っている。なんの予兆も前触れもなくやってきて、何もかも知っているような顔をして勝手に話を進めていく。何もかも前回、光の結社との戦いに入る少し前と同じだ。

「富野!」
「おう。今は……そうか、お前だけだったな。ユーノの野郎、勝ち逃げしやがって」

 こちらを見ずに話しかけてくる口調こそ荒っぽいが、少なくとも彼は……富野は、ユーノの死を悼んでいる。それが伝わってきただけで、彼と文字通りの一心同体だった僕もなぜだか少し救われた気がした。同時に、遊とは別ベクトルで得体の知れないこの男のことを、少なくとも今は信用しようという気が湧いてくる。

「……なあ、そこの地縛神。実際のところ、奴はどこまで教えたんだ?」

 真剣なトーンで謎めいたことを口にする富野。その表情をこちらから見ることはできないが、問われたチャクチャルさんには何のことだか心当たりがあるらしい。いつでも余裕綽々なうちの神様にしては珍しい程にシリアスな調子で、すぐさま返答する。

『いや、まだだ。だが、そろそろ知るべき時だと私は思う』
「だろうな。最近のこの世界は、前はさほどでもなかったはずの正史とのズレが少しずつ大きくなってきてやがる。誤魔化し続けるのも限界なら、いっそ思い切ってこっち側のルールを知るほうがいいかもな……不本意だがな」

 謎めいた短い会話の後、チャクチャルさんが身じろぎするような気配がした。まるで何か重要な話をする際、人がその姿勢を正す時のように。

『デュエリストである限り、誰もがその本能的に強さを求める。いつかはこうなる。それが遅いか早いかの違いだけだ』
「それは同感だ。ったく、面倒事押しつけやがってよぉ……」

 ぼりぼりと頭を掻き、初めて富野が僕の方を向く。その仏頂面の奥に、なにか重大なことを成し遂げようとする人間に特有の緊張、迷いの色が透けて見えた。

「おい。お前は今から、俺たちのデュエルを見ているんだ。いいな、絶対に目ぇ逸らすんじゃねえぞ」
「な、何を……」
『急いでいるのは百も承知だが、ここは彼の言うとおりにしてくれ、マスター。私が手取り足取り教えるよりも、実戦を目の当たりにした方が理解も早くなる。このデュエルは、今後のマスターにとっても無関係な話ではない』

 依然として訳が分からないが、2人の調子からそれが偽りのない本心であることは理解できた。このデュエルには、これからの僕にとって重大な意味を持つ何かが潜んでいる。黙って頷くと、それを合図にしたかのように2人のデュエリストが同時にカードを引き抜いた。

「あ、相談タイムは終わったかい?ならー……」
「「デュエル!」」

 何が起きるというのか。何を起こそうというのか。喉元まで出かかった疑問を、ぐっと飲み込む。黙って見ていること。それが、今の僕に選べる中で最良の選択肢だったからだ。

「先攻か、悪くないねー。風来王 ワイルド・ワインドを攻撃表示で召喚、カードを2枚伏せてターンエンド」

 緑のマントを身に着け、2足歩行する獣人。下級モンスターを出してカードを伏せるだけという、誰にだってできるごく当たり前のターン。

 風来王 ワイルド・ワインド 攻1700

「行くぜ、俺のターン!魔法カード、調和の宝札を発動。手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー、ギャラクシーサーペントを捨てて2枚ドローする。さらにこの手札からレベル4以下のモンスター1体を捨てて、パワー・ジャイアントを特殊召喚!そしてこいつのレベルは、たった今捨てたモンスターのレベルの数値だけダウンするぜ」

 パワー・ジャイアント 攻2200 ☆6→4

 宝石を身に着けたきらびやかな巨人が、レベル4となって特殊召喚される。ということは、捨てたのはレベル2モンスターか。この時点で神機王ウルの攻撃力を上回るモンスターを出すことに成功したため、このまま戦闘を行えば小さいとはいえダメージを与えることができる。
 だが、彼はそうしなかった。

「まだ俺には通常召喚が残っている。チューナーモンスター、インフルーエンス・ドラゴンを召喚するぜ。このカードは1ターンに1度、俺のモンスター1体をドラゴン族に変更できる」

 インフルーエンス・ドラゴン 攻300
 パワー・ジャイアント 岩石族→ドラゴン族

「へぇー……」

 意外半分、愉快半分といった調子で、僕の方を1瞬チラリと見た遊が声を漏らす。僕?だがそんなことには目もくれず、2体のモンスターを並べた富野が声を張り上げた。

「いいか、しっかり目ぇ見開いてろよ!これで俺の場には、素材となるチューナーモンスターとそれ以外のモンスター1体以上が揃った!レベル4のチューナー以外のモンスター、パワー・ジャイアントにレベル3のチューナーモンスター、インフルーエンス・ドラゴンを……チューニング!」

 チューニング、なる謎の言葉を宣言すると同時に、それは起きた。世界が動いた、といってもいい。インフルーエンス・ドラゴンがそのレベルと同じ3つの光弾に分裂したかと思うと、そのひとつひとつが光の輪に変化する。完成した3つの輪が一列に連なると、その中央をパワー・ジャイアントがまっすぐにくぐり抜けていき、それと同時にその姿から急速に色が抜けて輪郭だけとなる。よく見ると、内部にはそのレベルと等しい4つの光弾が真っ直ぐに並んでいたが、それも1瞬見えただけだった。すぐに光の柱に塗りつぶされ、全てが消えていく。

「大地揺るがす勝利の鉄槌、威光と共に振り抜き砕け!シンクロ召喚、エクスプロード・ウィング・ドラゴン!」

 ☆4+☆3=☆7
 エクスプロード・ウィング・ドラゴン 攻2400

 まるで爆発寸前の爆弾のように、膨れた丸い瘤を背負った2足歩行のドラゴン。2体のモンスターの姿が消えた後に新たに現れたその姿を見た時、真っ先に受けた印象はそれだった。ごつごつした筋肉質の胴体や尾とは対照的に細い腕と脚、だがその先端の手足はその体躯に相応しい堂々たる竜。

「エクスプロード・ウィング・ドラゴン……」
「そうだ。これがシンクロ召喚……基本的に1体以上のモンスターと1体のチューナーモンスターを素材とし、そのレベル合計と等しいレベルのモンスターをエクストラデッキから呼び出す、誇り高き白枠のカードだ」

 そう言ってモンスターゾーンに置いたばかりのカードを1度持ち上げ、こちらに見せてくる。エクスプロード・ウィング・ドラゴン……当然1度も見たことのないそのカードは、富野の言葉通り通常、効果、儀式、融合モンスターのどれとも違う白い枠で囲まれていた。

「シンクロ、召喚……」

 震える声でそう呟いた、直後。腕輪の姿に戻しておいたはずのデュエルディスク内部で、何かがほんのわずかにその言葉に共鳴したのがわかった。永年の眠りから、満を持して目覚めたかのように。
 無意識のうちに、腕輪をそっと撫でていた。そうか。君たちは、ずっと一緒にいてくれたんだ。

「バトルだ!エクスプロード・ウィング・ドラゴンでワイルド・ワインドに攻撃、キング・ストーム!」

 あのドラゴンの攻撃力は2400で、素材となった2体のモンスターの攻撃力合計は2500。普通に考えればむしろダメージを減らす悪手にしかなっていないように見えるが、そこは富野に、そして新たな力、シンクロモンスターに抜かりはなかった。

「この瞬間、こいつの効果を発動するぜ。このモンスターが自身より攻撃力の低いモンスターとバトルを行う時、その相手モンスターを破壊して攻撃力分のバーンダメージを相手に与える。1700ダメージは貰ってくぜ」

 鋭く吐き出された火炎が、ウルを捉えて包み込む。火球の中に封じ込めた直後、それが内側から派手に爆発した。

 エクスプロード・ウィング・ドラゴン 攻2400→風来王 ワイルド・ゎインド 攻1700

「どうだ……ん?」

 敵を倒した炎が、揺らめき消えていく。だが、それだけだ。その炎の向こう側で、無傷の遊がヘラヘラした笑みを浮かべていた。

「危ない危ない、4000ライフ制でバーンは危険だってー。僕はその効果にチェーンしてトラップカード、アルケミー・サイクルを発動していたのさ。このトラップによりワイルド・ワインドの攻撃力は0になって、バーンダメージをフィールドでの攻撃力に依存するエクスプロード・ウィングの効果で受けるダメージは実質無効になったのさ」
「チッ、さすがに避けられたか。これ1枚だけカードを伏せてターンエンドだ」

 アルケミー・サイクル。本来ならば自分モンスターの攻撃力を0にする代わりにその効果を受けたモンスターが戦闘破壊され墓地に送られるごとに1枚のドローを行えるカードだが、今回はドロー効果を度外視して純粋に攻撃力を0にできる、という点に着目して使われた形になる。遊も言及していた通り、この手のバーンカードにしては珍しくフィールド依存のダメージを与える点も向い風だったといえるだろう。
 いずれにせよ、ダメージは通らなかったのだ。

 遊 LP4000 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
 富野 LP4000 手札:2
モンスター:エクスプロード・ウィング・ドラゴン(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「僕のターンー、まあ、これでいいかな?トラップ発動、シンクロ・マテリアル」
「そのカードは……!」
「そこの君はシンクロ初心者だからねー、ちゃんと解説してあげるよ。シンクロ・マテリアルは相手モンスター1体を選んで発動して、このターン僕が行うシンクロ召喚の素材としてその相手モンスターを使うことができるのさ。ただし、バトルフェイズは行えなくなるけどね。でもよかったよ、うまいこと闇属性ドラゴン族のエクスプロード・ウィングを出してくれてさー。同じレベル7でもこれでデーモン・カオス・キングでも出してたらどうしてやろうかと思ったけど、杞憂になったよー」

 悔しそうに歯噛みする富野に対し、余裕の態度を崩さない遊。確かに2体のモンスターを消費して出したモンスターをこうもあっさり展開のついでで除去されるなんて、たまったものじゃないだろう。汚いやり口だ。

『は?』
「え?」

 ……たっぷり数秒考えて、さっきの考えは取り消すことにした。ま、勝負は非情だしね。たまにはそんなこともある、むしろシンクロモンスターの召喚に合わせてタイミングよくあんなカードを持ち出した遊の手腕を褒めるべきだろう、うん。

「チューナーモンスター、ドレッド・ドラゴンを召喚。そのままレベル7のエクスプロード・ウィング・ドラゴンに、レベル2のドレッド・ドラゴンをチューニングー。塗り潰された黒き世界を、憤怒の黒が重ね塗る。シンクロ召喚、琰魔竜 レッド・デーモン・アビス!」

 先ほどと同じように、召喚されたドレッド・ドラゴンが2つの光の輪になってその中心をエクスプロード・ウィングが通り抜ける。光の柱が走り、その中からさらなるドラゴンが咆哮とともに着地した。だがそれはドラゴン、とひとくくりに呼称するよりも龍人、と呼ぶ方が感覚的には近いかもしれない。格闘戦に特化したようなマッシブな赤黒の体には筋肉が浮かび上がり、その両腕には大斧を思わせる巨大な刃が生えている。悪魔のような巨大な翼がゆっくりと開くと、地獄の底から漂ってくるような威圧感がその巨体から満遍なく放たれる。

 琰魔竜 レッド・デーモン・アビス 攻3200

 いくら相手のおぜん立てがあったとはいえ、わずか2枚の消費からおもむろに解き放たれた3200打点の恐るべきドラゴン。しかもエクストラデッキのカードということは、変な場面でドローしてしまい手札事故を引き起こす危険性もない。逆に肝心な時に引くことができず出せなかった、なんてこともない。素材さえ用意できれば、ハンデスの影響すら受けない力。
 これが、これがシンクロ召喚。ユーノが、そしてチャクチャルさんがこの力を僕に隠していたのも頷ける。この力は、これまでのデュエルの常識をいっぺんに塗り替えてしまう可能性すら秘めている。もし何の備えも準備も無しにいきなりこんな力を受け取っていたら、どうなっていただろうか。向かうところ敵なしとまでは言わないが、並大抵の相手に対しては一方的に蹂躙できるはずだ。その結果は増長、そして慢心だろう。大切なカードとして、仲間として共に戦うどころか、完全にこの力に溺れてしまっていただろう。そして、カードパワーだけに頼ったデュエルは脆い。身分不相応な力を手にした驕りはプレイングや勝負勘を曇らせ、結果的に今の僕よりはるかに弱い雑魚デュエリストができあがっていたはずだ。

「バトルできないんじゃねー。ターンエンド」
「エクスプロード・ウィング……まだだ!まだ終わっちゃいねえ、俺のターン!」

 巨大な赤黒の龍と対峙して、怯むことなくカードを引く富野。ほんの1瞬の思考の後、流れるような動きでカードを選び出した。

「レッド・スプリンターを召喚し、効果発動。俺の場に自身以外のモンスターがいない状況で召喚、特殊召喚に成功した時、手札か墓地のレベル3以下の悪魔族モンスター1体を特殊召喚することができる。俺はこの効果で……」
「露骨な誘導だけど……いいよー、乗ってあげようかなー。レッド・デーモン・アビスの効果発動。1ターンに1度、相手の場のカード効果1枚を無効にできる!」

 レッド・スプリンター 攻1700

 炎をまとった馬のようなモンスターがいななき、その全身がかすかな光を放ち出す。だがその瞬間を狙い澄ましたかのように、地獄の底から響くような吠え声とともに悪魔の龍がその腕を一振りする。剛腕による無造作にも見えるその動作はただそれだけで巨大な旋風を巻き起こし、フィールドの向こう側にいるはずのレッド・スプリンターを吹き飛ばした。辛うじて倒れる寸前に体勢を立て直すも、その効果は完全に中断されてしまっている。
 だがそれは当然、そのカードを前から知っていたらしい富野にとっては織り込み済みの動作だった。

「問題ねえなあ!トラップ発動、リバイバル・ギフト!俺の墓地のチューナー1体を効果を無効にして蘇生し、代わりに相手フィールドにギフト・デモン・トークン2体を特殊召喚するぜ。戻って来い、ギャラクシーサーペント!」

 ギャラクシーサーペント 攻1000
 ギフト・デモン・トークン 守1500
 ギフト・デモン・トークン 守1500

 先ほど調和の宝札によって墓地に送られていたレベル2のチューナーモンスターが蘇生され、通常召喚されたレッド・スプリンターと合わせてまたしてもチューナーとそれ以外の組み合わせが成立する。それと同時に遊のフィールドに2体ものトークンが生み出されるが、そんなもの意に介した様子もない。
 すぐさま光の輪が生まれ、2体のモンスターが新たな力を生み出すべく新たな命へと生まれ変わっていく。

「レベル4のレッド・スプリンターに、レベル2のギャラクシーサーペントをチューニング!赤き闘志が燃え上がる時、熱き雄叫び強者を挫く。シンクロ召喚、レッド・ワイバーン!」

 体から炎を噴き上げる、レッド・デーモン・アビスに比べあまりにもちっぽけな小型龍。にもかかわらずそのドラゴンは、1歩も引かない挑戦的な目で深淵の龍と向かい合った。

 ☆4+☆2=☆6
 レッド・ワイバーン 攻2400

「先に言っておくが、まだまだ序の口だぜ!魔法カード、死者蘇生を発動!俺の墓地からチューナーモンスター、レッド・リゾネーターを蘇生する。そしてレッド・リゾネーターの特殊召喚に成功したことで俺はお前のフィールドからアビスを選択し、その攻撃力分だけライフを回復するぜ」

 レッド・リゾネーター 攻600
 富野 LP4000→7200

 見慣れない、ということは先ほどパワー・ジャイアントの特殊召喚のために墓地に送られたのであろう、レベル2のチューナーモンスター。そしてレッド・ワイバーンはシンクロモンスターだけど、何も言っていないところを見るとチューナーモンスターではないらしい。
 と、なると。息をするのも忘れて、目の前の炎の乱舞に見入っていた。

「まずはこの効果からだな。レッド・ワイバーンは1度だけ、相手フィールドに自身より攻撃力の高いモンスターがいる場合に効果を発動できる。ライフは回復したしもう用済みだ、失せな!フィールド上で最も攻撃力の高いモンスター、つまりアビスを破壊する!」

 小柄なワイバーンが限界までその身を反らせて吐き出した火球は見る間に巨大化し、自身よりもはるかに大きなアビスの体を包み込むほどの大きさとなる。今度はアルケミー・サイクルの罠もなく、無効効果も使い終えたアビスがなすすべもなくその炎の中にどうと倒れた。

「よくも……」
「許さない、ってか?だがな、次のターンなんてくれてやるつもりはないぜ。レベル6のレッド・ワイバーンにレベル2のチューナーモンスター、レッド・リゾネーターをチューニング!赤き王者が立ち上がる時、熱き鼓動が天地に響く。防御に回る臆病者に、生きる価値など欠片もない!シンクロ召喚!叩き潰せ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 真紅のワイバーンと悪魔がシンクロし、さらなる高みのモンスターへと昇華する。そのドラゴンはついさっきまで場を制圧していたアビスと実際似通ってはいたが、それでいて何もかもが違っていた。筋肉質なアビスとは対照的に細くしなやかな、それでいて力強さを感じる手足……そしてあの赤黒の炎よりも、ずっと明るく紅い鮮烈な炎。

 レッド・デーモンズ・ドラゴン 攻3000

「このカードで終わらせてやるよ。速攻魔法、竜の闘志!」
「それは……!」

 このデュエルが始まってから、いや、もっと前から常に遊の顔に張り付いていた余裕の仮面が、初めて揺らぐ。
 竜の闘志。あのカードはこのターン自分が特殊召喚したドラゴン族1体の攻撃回数を、同一ターンで相手フィールドに特殊召喚されたモンスターの数だけ増やすカードだ。そして遊のフィールドには、たった今呼び出されたギフト・デモン・トークンが2体。つまり今レッド・デーモンズ・ドラゴンは、合計3回の攻撃が可能となったことになる。
 ……あれ?確かにレッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃力は高いけれど、ギフト・デモン・トークンは両方守備表示だ。それはこれから2回攻撃で蹴散らすとしても、ダイレクトアタック1回ではライフを削りきれないはず。なんて、心配するのもおこがましいのだろうけれど。

「バトルだ、レッド・デーモンズ!灼熱のクリムゾン・ヘルフレア!」

 レッド・デーモンズ・ドラゴン 攻3000→ギフト・デモン・トークン 守1500(破壊)

 火炎放射が宙を裂き、1瞬でトークンを焼き尽くす。だがその攻撃は2段構え、敵を滅ぼしてなお勢い衰えぬままに拡散した炎がフィールドを舐めつくした。巻き込まれるようにして、もう1体のトークンも焼き尽くされる。

「こ、これは……?」
「これこそがレッド・デーモンズ・ドラゴンの効果、デモン・メテオ!守備表示に対し攻撃を行った後で、相手の場に存在するすべての守備表示モンスターを破壊するぜ。だが竜の闘志は継続中だ、あと2回の連続攻撃で沈めてやるよ!灼熱のクリムゾン・ヘルフレア!」

 再び火炎放射が放たれ、爆発が巻き起こる。僕の位置にいてなお感じる、凄まじいまでの熱気と爆風。

 レッド・デーモンズ・ドラゴン 攻3000→遊(直接攻撃)
 遊 LP4000→1000

「これでラストだ。灼熱のクリムゾン・ヘルフレア!」

 三度火炎放射が放たれ、爆発が巻き起こる。僕の位置にいてなお感じる、凄まじいまでの熱気と爆風。
 だがその中で、遊は平然と立っていた。

 遊 LP1000

「……性悪野郎、そんなもん持ってたのか」
「まあねー。ねえ、勝ったと思った?勝てたと思ったー?」

 先ほどの驚愕もただの演技だったのか、元通りの余裕の表情を浮かべて笑う遊。舌打ちの音が、富野の背中越しに小さく聞こえた。あの状態から伏せカードも無しにノーダメージどころかライフ回復に持ち込むなんて、僕に心当たりは1枚しかない。

「まさか……!」
「ああ、ノーダメージで凌ぐなんて、それができる手札誘発は限られる。回復が入ってないところを見るとジュラゲドじゃあないだろうが……

 富野も同意見だったようで、補足するように吐き捨てる。それに応じて、やる気のないパチ、パチ、パチという拍手の音が聞こえてきた。

「ご名算ー、偉い偉い。いやー惜しかったねー。ちなみに今使ったのはこれ、ジェントル―パーさ。君の羅の予想通り、攻撃宣言時手札から特殊召喚できるカードだよー」
「こんの……!ターンエンドだ!」

 計算づくの煽りと、理屈抜きの腕前。どちらか1つだけでも厄介なのに、それらが組み合わさることで対戦相手のペースを乱す。焦りや怒りは甘いプレイングを生み、実力がそこで生まれた隙をこじ開ける。なまじ強いのは間違いないだけに、本当にたちの悪いデュエリストだ。
 今はまだ、富野も冷静さを完全には失っていない。ギリギリとはいえ、なんとか踏みとどまっている。なんとか、このまま進めばいいんだけど。

 遊 LP1000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 富野 LP7200 手札:0
モンスター:レッド・デーモンズ・ドラゴン(攻)
魔法・罠:なし

「さーてと、僕のターン。墓地に存在するワイルド・ワインドは、自身を除外することでデッキから攻撃力1500以下の悪魔族チューナーをサーチすることができるよー。ぴったり攻撃力1500の幻影王 ハイド・ライドをサーチして、そのまま召喚。さらに自分フィールドにチューナーがいることで奇術王 ムーン・スターを手札から特殊召喚して、その効果で墓地のジュラゲドを選択。選んだレベルをコピーするよー」

 幻影王 ハイド・ライド 攻1500
 奇術王 ムーン・スター 攻800 ☆3→4

 目まぐるしく2体のモンスターが召喚され、またしてもシンクロ召喚の準備が整う。戦う主力モンスターを全てエクストラデッキに放りこむことで、メインデッキを素材調達用として割り切った構築にできる、ということだろうか。そういう意味では融合デッキも似たようなものだが、十代やエドだってここまで割り切った構築はしていない。

「さて。レベル4のムーン・スターに、レベル3のハイド・ライドをチューニングー。天頂佇む白色が、穢れた地上に裁きを下す。シンクロ召喚、天刑王 ブラック・ハイランダー!」

 ☆4+☆3=☆7
 天刑王 ブラック・ハイランダー 攻2800

 巨大な鎌を手にした、白を基調とする死神のような悪魔。レベル7で攻撃力2800というのは破格の数値ではあるけれど、レッド・デーモンズ・ドラゴンには敵わない。とすると、狙いはその効果だろうか。

「装備魔法、ビックバン・シュートをレッド・デーモンズ・ドラゴンに装備。そしてブラック・ハイランダーの効果を発動!装備魔法を装備した相手モンスター1体に装備されたそれをすべて破壊して、1枚につき400のダメージを与える!」

 レッド・デーモンズ・ドラゴン 攻3000→3400→3000
 富野 LP7200→6800

 微弱な効果ダメージ……いや、狙いはそこじゃない。確かビッグバン・シュートには、重大なデメリット効果がある。レッド・デーモンズ・ドラゴンの巨体が、強力な重力に吸われていくかのような動きでねじれ、消えてしまう。

「この瞬間、破壊されたビッグバン・シュートの効果発動。このカードが場を離れたことで、装備モンスターのレッド・デーモンズ・ドラゴンには除外ゾーンに退場してもらうよー」
「レッド・デーモンズが……!」
「さてさてー、露払いは終わり。バトル、ブラック・ハイランダーでダイレクトアタック、死兆星斬(デス・ポーラ・スレイ)!」

 死神が飛び、空中から鎌を振り下ろす。肩から腰にかけてを斜めに深々と切り裂かれた富野がそのまま倒れかかり……何とか踏みとどまり、荒い息で体勢を整える。

 天刑王 ブラック・ハイランダー 攻2800→富野(直接攻撃)
 富野 LP6800→4000

「これでようやく初期ライフかー、回復が生きてよかったねー」
「ああよかったぜ、これで次の反撃も安心してできるからな!俺のターン!」

 すでに遊は全ての手札と場のカード、さらには墓地リソースまで使い終えている。必然的にターンが移り変わり、富野がカードを引く……だが、彼もまた手札は今引いた1枚のみ。威勢だけは確かにいいのだが、あれでは誰が聞いても空元気にしか聞こえないだろう。

「来たぜ!魔法カード、命削りの宝札!このターンの特殊召喚が封じられる代わりに、手札が3枚になるようカードをドローできる!」

 いや、そうじゃない。この男もまた、デッキを信じるデュエリストの1人。ならば、必ずデッキはその思いに応えてくれる。3枚ものカードを一気に追加でドローし、その内容に目を走らせる。

「モンスターをセットし、残り2枚のカードも伏せる。このターン終了時に俺は全ての手札を失うことになるが、あいにくとこの通りだ。捨てる手札なんて、1枚も持ってねえな」

 遊 LP1000 手札:0
モンスター:天刑王 ブラック・ハイランダー(攻)
魔法・罠:なし
 富野 LP4000 手札:0
モンスター:???(セット)
魔法・罠:2(伏せ)

「悪あがきにしか見えないんだけどねー、ドロー。おや、まったく皮肉なものだね。こっちも魔法カード、命削りの宝札を発動―。同じく手札が3枚になるようにドローしてからブラック・ハイランダーでセットモンスターに攻撃、死兆星斬(デス・ポーラ・スレイ)

 なんとここに来て、両者がほぼ同じタイミングで引いた同一のドローソース。これまた同じくその効果が最大限に生かせる3枚ドローを決め、またしても大鎌が空を裂く。
 だがその一撃は、硬質な金属音と共に伏せモンスターを切り裂く寸前で止められた。それを成し遂げたのは、小さな悪魔がその手に持つ1本の巨大な音叉だった。

 天刑王 ブラック・ハイランダー 攻2800→??? 守300

「さすがにお前も息切れしてきたみたいだな、ああ?ダーク・リゾネーターは1ターンに1度、戦闘破壊されないぜ」
「息切れ、ねー。まあいいよ、カード3枚を伏せてターンエンド。でもまさか忘れてるとは思わないけど、ブラック・ハイランダーがいる限り互いのプレイヤーはシンクロ召喚が行えない。シンクロ召喚を封じられた君のデッキに、あと何枚ブラック・ハイランダーを突破できるカードがあるのかなー?」

 シンクロモンスターをメタるシンクロモンスター?ああ、ややこしい。どうやら僕が思うよりもはるかに、シンクロモンスターは奥が深い世界らしい。しれっと3枚の手札をすべて伏せることでデメリットを回避し、悠々とターンを譲り渡した。

「3伏せごときでビビってられるかよ!それにその答えはもう、俺の場に伏せられてるぜ!俺のターンにリバースカードオープン、デモンズ・チェーン!この効果によりブラック・ハイランダーは効果が無効となり、さらに攻撃も封じられる。これでシンクロは復活だ!」
「フン。まー、当然そのカードは入ってるよねー……君のデッキなら」
「さらにメイン1の開始時に魔法カード、貪欲で無欲な壺だ。俺の墓地から異なる種族を持つ3体のモンスター、岩石族のパワー・ジャイアントとドラゴン族のレッド・ワイバーン、悪魔族のレッド・リゾネーターをデッキに戻してカードを2枚ドロー。ただしこのターン、俺はバトルフェイズを行えないが……これなら十分だ。2枚目の永続トラップ、強化蘇生を発動!俺の墓地からインフルーエンス・ドラゴンを蘇生してそのレベルを1、攻守を100ポイント上昇させるぜ」

 インフルーエンス・ドラゴン 攻300→400 守900→1000 ☆3→4

「2体のチューナー……?」

 遊の言葉から察するに、先ほどブラック・ハイランダーの攻撃を受け止めたあのダーク・リゾネーターもチューナーなのだろう。しかも富野の言いっぷりによれば、これからバトルフェイズの行えないデメリットを帳消しにできるほどのモンスターを呼び出すつもりらしい。
 僕の想像の2歩も3歩も先を行くシンクロモンスター使い同士の戦いに、かけられる言葉なんてあるはずもなかった。一体どんな効果を持つモンスターを出せば、あそこまで大きなことが言えるというのだろう。

「さあ、めんどくさい下準備はこれで最後だ。マジック・ホール・ゴーレムを通常召喚する」

 マジック・ホール・ゴーレム 攻0

「遊!いつぞやのお望み通り、見せてやるよ。それとお前もいいか、こいつはちょっとばかり特別なシンクロだからな。真似しようなんて思うんじゃねえぞ!」
「う、うん」

 不意打ち気味にこちらを振り返り釘を刺してくる富野。わけのわからないままとっさに頷いた僕に頷き返し、また前を向いて高らかに声を張る。

「これが俺の手に入れた、レッド・デーモンの新たな進化だ!レベル3のマジック・ホール・ゴーレムに、レベル3、ダーク・リゾネーターと、レベル4となったインフルーエンス・ドラゴンをダブルチューニング!」

 ダブルチューニング。その言葉通りに、これまでのパターンとは異なり2体ものチューナーが同時に光の環……いや違う、燃える炎の輪へと変化する。その合計7つもの輪が偶然にも同じ輪の形をしたゴーレムとともに、またしても未知なるモンスターへと生まれ変わっていった。

「紅き王者が悪魔喰らう時、天地創造の叫びが上がる。行く手遮る有象無象に、惑う価値などどこにもない!シンクロ召喚、レベル10!レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント!」

 これが。これが富野の切り札、エースモンスターか。目が覚めるように紅い鮮烈な炎が噴き上がり、その火柱の中央で1体のドラゴン、更なるレッド・デーモンが咆哮した。
 強大な翼に4本もの巨大な角、先が3つに分かれた尾などは本人の言葉通り悪魔と呼ぶにふさわしい意匠で、さらには体の細い部分を的確に補強するかのように鎧めいてあちこちを守る皮膚が、その全身を先ほどのレッド・デーモンズ・ドラゴンより一回りも二回りも巨大に見せている。だが何よりも目を引くのは、全身に何本も走る傷跡のようなオレンジ色の筋模様だった。あまりに膨大なエネルギーを抱えているからかその模様はかすかにそれ自体がオレンジ色に発光し、溢れる熱量が体の周りに陽炎のような揺らめきさえも発生させている。

 ☆3+☆3+☆4=☆10
 レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント 攻3500

「なるほどー。それが君の持つもうひとつのレッド・デーモン……スカーライトの正当進化なわけねー」
「ああ、そして今からこいつの力を見せてやる!タイラントの効果の前には、敵も味方もありゃしねえ。1ターンに1度自身以外の全てのカードをまとめて破壊する、アブソリュート・パワー・インフェルノ!」

 おもむろに暴君の名を持つそのレッド・デーモンが右腕を振りかぶり、それを地面に振り下ろす。ただそれだけで、僕の視界が真っ赤に染まった。1瞬遅れて僕の位置にまで叩きつけられた呼吸が苦しくなるほどの熱波の中で辛うじて、効果を封じる悪魔の鎖に繋がれたブラック・ハイランダーがほんのわずかにだけもがき、しかしすぐに動かなくなって燃え尽きていくさまが見えた気がした。

「乱暴な真似してくれるねー……今破壊されたカードのうち、1枚は発動タイミングの無かったトラップ、破壊神の系譜。だけど残りの2枚、これ実は同じカードだったんだー。それがこのカード、運命の発掘。このカードが相手に破壊された時、僕は墓地の同名カードの数だけカードを引くことができる。運のいいことに全体破壊でまとめて墓地に送ってくれたから、それぞれ2枚が2枚分で4枚ドローさせてもらうよー」
「4枚だと!?クソが……!」

 遊の残りライフは、2000。攻撃力3500を誇るタイラントの攻撃を当てる事さえできれば、1瞬で吹き飛ぶほどの数値でしかない。だが、それができない。これ以上はないほどの格好のチャンスで、バトルフェイズは封じられている。もっともあの貪欲で無欲な壺を使わなければ、そもそもこのチャンス自体が生まれなかったのだが。

「気張ってくれよ、タイラント……!俺はこれで、ターンエンドだ……!」

 遊 LP1000 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 富野 LP4000 手札:1
モンスター:レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント(攻)
魔法・罠:なし

「僕のターン。魔法カード、星屑のきらめきを発動ー。僕の墓地からドラゴン族シンクロモンスターのアビスを選択して、そのレベル合計と等しいレベルになるように墓地からモンスターを除外。レベル7のブラック・ハイランダーとレベル2のドレッド・ドラゴンを墓地コストに、選んだレベル9のアビスを蘇生するよー。まだ何かしてくるかもしれないし、一応無効効果をタイラントに対して使っておこうかな」

 つい先ほど、タイラントが地面に穿った大穴。そこでいまだチロチロと燃えるオレンジの炎が、地の底から湧き上がってきた赤黒の炎に全て呑みこまれた。一気に地獄の底のような風景が広がる中、大穴の奥底から倒れたはずのアビスが再びその足で大地を踏みしめた。

 琰魔竜 レッド・デーモン・アビス 攻3200

「そしてチューナーモンスター、フォース・リゾネーターを召喚。さらに場にシンクロモンスターがいることで、これもチューナーのシンクローン・リゾネーターは手札から特殊召喚できるよー」

 フォース・リゾネーター 攻500
 シンクローン・リゾネーター 攻100

「まさか……」

 これ見よがしに呼び出された、チューナー以外のモンスターに2体のチューナー。そして2人の使う、それぞれタイプの異なる【レッド・デーモン】デッキ。となると、ここまで来て次の展開が察せないほど鈍感になった覚えはない。

「それがアビス、べリアルの次、か。何が来るかは知らねえが、全力で足掻かせてもらうぜ!相手がモンスターの特殊召喚に成功した時、手札のエクストラ・ヴェーラーは特殊召喚できる!」

 エクストラ・ヴェーラー 守200

 富野に残された最後の手札から、闘牛士のような見た目のモンスターが特殊召喚される。それを見た瞬間、ほんの1瞬だけ遊が露骨に不愉快そうな顔をしたが、すぐにその表情も消えていった。

「……まあ、いいよー。レベル9のレッド・デーモン・アビスにレベル2のフォースとレベル1のシンクローン、2体のリゾネーターをダブルチューニング……そして全てが塗り潰されて、闇へと消えた世界の末路。シンクロ召喚、終焉の絶対破壊神……琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ」

 レッド・デーモンズ・ドラゴンとしての基本の形を保ったまま進化を遂げたのが富野のタイラントならば、それと向かい合うこのドラゴンはなんだろう。王者としての面影を残しつつも、悪魔の力がより色濃く出た進化の形だとでも呼べばいいのだろうか。
 アビスからの真価にあたり異常な変異を繰り返した体からはさらに2本もの新しい腕が生え、盛り上がる筋肉のせいで大木のように太くなったその手足からはなお有り余るエネルギーが鋭く巨大な何本もの棘となって突き出ている。タイラントと比べてもさらに重量感のある巨躯を宙に舞わせるための翼はそれ自体がさらに分厚く強大なものとなり、広げられたそれのせいでただでさえ巨大なその姿を倍ほどの大きさに見えるようにも錯覚してしまう。タイラントのそれよりもより低く重々しい、しかし威圧感という点では甲乙つけがたいそのカラミティの咆哮が、目の前の似て非なるものへの怒りを露わにするかのように空気を震わせた。

 ☆9+☆2+☆1=☆12
 琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ 攻4000

「カラミティがシンクロ召喚に成功した時、まず最初の効果を発動。このターン相手はフィールドで発動するカードの効果が使えなくて、さらにこの効果に対して何かをチェーンすることもできない。もっともその様子だと、発動できそうなカードはないみたいだけどねー」
「フィールド完全封殺で攻撃力4000だと?なんて効果してやがる」
「さらに墓地に送られたシンクローン・リゾネーターの効果で、墓地からフォース・リゾネーターを回収。本当は封殺効果なんて序の口なんだけど、今回はそれが裏目に出たかな。仕方がないから魔法カード、『守備』封じを発動。守備表示のエクストラ・ヴェーラーには攻撃表示になってもらうよー」

 エクストラ・ヴェーラー 守200→攻600

「クソッ、エクストラ・ヴェーラーは失敗だったか……?」
「……まったく、それ本気で言ってるんなら大したものだよー?全くの偶然だけで1ターン命を繋ぐなんて、さ!カラミティでエクストラ・ヴェーラーに攻撃、真紅の絶対破壊(クリムゾン・アブソリュート・ブレイク)!」

 意味深な発言と共に号令を飛ばし、カラミティが狙いを定めたのはレッド・デーモンどうしの対決ではなくその横の小さな闘牛士だった。元から生えていた方の両腕を組み合わせて大きく振りかぶり、一拍空いたのちに大地も砕けよとばかりの馬鹿力で振り落とす。言葉にすればこれだけのシンプルな攻撃だが、その衝撃は空気を伝わり辺り一帯にまで破壊の風を吹かせるほどのものだった。大地にはタイラントが作ったそれと重なるように新たなクレーターが生まれ、吹こうにも衝撃を受けた何本もの木が耐え切れず攻撃地点を中心とした同心円状にへし折れていく。そしてその勢いは、至近距離でその攻撃を見ていた僕と富野にも襲い掛かった。

 琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ 攻4000→エクストラ・ヴェーラー 攻600(破壊)
 富野 LP4000→600

「ぐ……わあっ!」

 だが、それで終わりではなかった。クレーターの中心で地に伏せたままピクリとも動かないエクストラ・ヴェーラーに、新たに生えたもう2本の腕を構えるカラミティ。その両腕の間に禍々しい地獄の業火という言葉を具現化したような火球が出現し、それが加速度的なスピードで巨大化していく。あっという間にその両腕に抱えきれないほどのサイズに成長した火球を眼下に向けて振り下ろすのかと思いきや、意外にもその逆でおもむろに宙へと放り投げた。
 だがそれは、決してカラミティが攻撃の手を緩めたというわけではない。解き放たれた火球は上空で制止したのち弾け、無数の隕石となって地表へと降り注いだのだ。

「カラミティがモンスターを戦闘破壊した時に発生する効果、地獄の災厄琰弾(ヘル・カラミティ・メテオ)。今回ばっかりは残念なことに、カラミティは戦闘破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与えるんだよねー」
「そうか、それでタイラントじゃなくて、エクストラ・ヴェーラーを……」

 隕石の雨の中、ようやく得心した風に頷く富野。エクストラ・ヴェーラーは緩い特殊召喚条件に加え、おまけのようなバーンメタ能力を持つ。自身の効果による特殊召喚が成功したターン、プレイヤーの受けるすべての効果ダメージは相手プレイヤーが代わりに受けるようになる。これは発動する効果ではないためカラミティでも無効にできず、手札誘発なためアビスでも止められない。特殊召喚の効果を通さざるをえなかった時点で、ライフがすでに2000まで減っている遊は攻撃力3500を誇るタイラントを戦闘破壊できなかった、という訳か。でもエクストラ・ヴェーラーならばその攻撃力が低いから、高い戦闘ダメージを与えたうえで自身に降りかかるダメージも最小限で済ますことができる。
 具体的には今の奴のライフでも、問題なく受け切れるほどには。

 遊 LP1000→400

「カードを1枚セットして、ターンエンド」

 正真正銘、奴の最後の手札がフィールドに伏せられる。タイラントの効果を承知のうえで伏せたということは、速攻魔法かトラップか。いずれにせよ、次が勝負の分かれ目になるだろう。もう2人とも、これ以上の展開に割けるだけのリソースを準備する余裕はないはずだ。

「俺の……ターン!」

 このターンで決着がつくか、それともまたしても耐えきられるか。いずれにせよ、富野にとってこのデュエル最後の1枚となるであろうカードが引き抜かれた。

「このターンもタイラントの効果発動、アブソリュート・パワー・インフェルノ!吹き飛べ、カラミティ!」

 再び全身に炎の鎧をまとい、タイラントが吠える。宙へと舞い上がった暴君の拳が地表で見上げるカラミティへと襲い掛かると、カラミティもまた地獄の炎を全開にしつつその右腕で迎え撃つ。互いに似通っていて、それでいて全く異なる暴君(タイラント)と災厄《カラミティ》の拳が、文字通り天地をひっくり返すような衝撃を引き起こした。

「速攻魔法、禁じられた聖衣を発動!カラミティの攻撃力を600下げることでこのターンカード効果の対象にならず、さらにカード効果で破壊されない効果を付与する!」

 琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ 攻4000→3400

 2大竜の激突が、ようやく終了する。だが、今のぶつかり合いに勝者はいない。攻撃を仕掛けたタイラント、それを迎え撃ったカラミティ、そのどちらも依然として自らのフィールドに睥睨して相手を睨みつけている。
 だけど、本当にそうだろうか。今の衝撃に、カラミティ側は目に見えないが深刻なダメージを負っていないだろうか。現にその翼の端にはついさっきまで存在しなかったわずかな焦げ跡が存在し、地表を覆う地獄の炎の勢いも明らかに先ほどよりも弱まっている。無論、依然としてその力は強大であり、並みの相手ならばたやすく蹴散らすことができるだろう。だが極限のレッド・デーモン同士の戦いにおいては、すでに大勢は決してしまっているのかもしれなかった。

「バトルだ。行くぜ、タイラント!琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティに攻撃!」

 またしても明るいオレンジの炎を燃え盛らせるタイラント、そして地獄の炎で食らい尽くさんと覚悟の瞳で拳を握るカラミティ。2色の炎が乱舞し、鼓膜の割れるような衝撃音が響く。一見すると拮抗しているように見える2つの力だが、少しずつその差が出始めていた。明るい炎が地獄の業火を侵食し、呑み込み、じわじわとだがカラミティの体にまで広がっていく。

「確かに攻撃力では上回っただろうけど、その差は100!まだ僕の手にはフォース・リゾネーターがある、カードさえ引けるならいくらでも戦える!」
「いいや、今度こそこれで終わりだ!速攻魔法、超再生能力を発動!」

 超再生能力?この場に全く関係のない遅効性のあるドローカードに、僕だけでなく遊もその真意を測りかねて眉をひそめる。だが次の瞬間、タイラントの纏う炎の勢いが一層激しく鮮烈になった。

「そしてこの瞬間、タイラントのもう1つの効果を発動するぜ。バトルフェイズ中に魔法か罠が発動した時、その発動を無効にして攻撃力を500アップさせる!これでとどめだ、獄炎のクリムゾンヘルタイド!」
「この、力は……!」

 レッド・デーモンズ・ドラゴン・タイラント 攻3500→4000
→琰魔竜王 レッド・デーモン・カラミティ 攻3400(破壊)
 遊 LP400→0





「はー……」

 ライフが尽き、ごろんと大の字に寝転がる遊。さすがに体力と精神力が限界に来たのか、その場で膝をつく富野。どちらに行くべきか迷っていると、ふらふらになりながらも富野がどうにか立ち上がった。幾度も転びそうになりながら遅々とした足取りで寝ころんだままの対戦相手の元へ向かおうとする彼に、慌てて肩を貸す。

「……悪い」
「いやいや」

 気を失っているかと思ったが、意外と遊の意識はしっかりしているようだった。眼を開いて寝転がったまま、ダークネスの力なのか暗い雲の立ち込める空を見上げている。

「よう、気分はどうだ?」
「最悪だねー。よりにもよってレッド・デーモンとの同門対決で負けるなんてさ、プライドズタズタだよ」
「……そうか」

 富野の返事は短い。でも案外、今の遊の気持ちを最も理解しているのは、同じレッド・デーモン使いとして勝利した彼なのかもしれない。そんな感傷を振り払い、今度は僕が尋ねる。

「もう観念して、洗いざらい吐いてもらうよ。どうしてダークネスに手を貸したりなんて」
「いやいや。君が聞きたいのは、そっちじゃないはず。本当に君が知りたいのは、彼女……河風夢想のはずさ。違うかなー?」

 図星だった。この男は、夢想についてまだ何か僕の知らない情報を持っている。例え聞いたことを後悔することになったとしても、それでも無関係ではいられない話を。押し黙った僕を見てゆるゆると息を吐き、やや苦しそうにくすくすと笑う。

「正直なのはいいことだよー。さて、彼女だけど。彼女は元々、僕たちの仲間だったんだよね。僕も、それからそこの冨野クンもいる、ある組織のね」
「……初耳だな。それにしても、随分べらべら喋るじゃねえか」
「アビスやべリアルならまだしも、カラミティまで引っ張り出して負けたんだ。もうこれ以上の奥の手はないしー、闇のゲームを仕掛けた以上どうせこの先長くはないしー。だったら、最後くらい大人しく観念するさ」

 先ほどの激しい衝突の結果生まれたクレーターや、薙ぎ倒された木々を見る。あの時は自然すぎて何も思わなかったけれど、現実に影響が出ているということは確かに闇のゲームだったのだろう。

「ここから先は富野クン、君も知らない話さ。『彼女』は元々古株でね、つい最近討ち死にしちゃったけど、青眼使いのおっさんがいただろう?あの人の同期だったのさー。だからあの人もちょくちょくこの世界まで来てたみたいだけど、まあそれは関係ないね」

 彼女、というのは夢想……いや、稲石さんの話と併せて考えるなら、その大元になったオリジナルの人格のことだろう。先が長くないというのは本当のようで、こうして話している間にみるみる衰弱していくのが手に取るようにわかる。だから、何も口を挟めなかった。

「18年ぐらい前だったかな?ある時、彼女はこの世界に来た。新しい転せ……獲物が来る兆候が見つかったからね。だけど、彼女はそこで1つヘマをした。どうやらこの世界のバランスが、何かの拍子で崩れちゃったんだろう。偶然彼女の存在に気づいたダークネスは、その外敵を排除するため?それとも、単に世界の混乱を起こすため?今となってはわからないけれど、とにかく彼女にちょっかいをかけた。間の悪いことに、そのせいで大事故が起きたのさ。18年前の童実野町、自動車同士の正面衝突事故。両者の車にはそれぞれ母子2人と家族3人が乗っていて、片方は赤ん坊の男の子を置いて母親が。もう片方はこれまた赤ん坊の女の子を残してその両親が。全く突然に3人もの犠牲者が生まれたものの、奇跡的に赤ん坊2人だけが助かった事故……」

 みるみるうちに顔が青ざめていくのが、鏡で見なくてもわかった。その事故は、僕も知っている。いや、知っているなんてものじゃない。相手が目の前で急速に弱っているということも忘れ、思わず震え声が出る。

「まさか、その事故って」
「その通り。その不幸な事故を起こした両者の名字は、新聞には載らなかったとはいえ少し調べればすぐにわかる。男の子の方が遊野。女の子の方は河風。君達のことだよ」
「夢想が……あの時の生き残り……?」

 物心つく前に僕が母親を失ったあの事故については、これまで努めて考え無いようにしてきた。当時の新聞記事は何度も読んでいたからもう1人相手方にも生き残った人がいるとは知っていたけれど、それが誰なのかはこれまでも意図的に探さないようにしてきた。
 なぜか。探し出して、その人に会ったとして、それでどうしたいのかがわからなかったからだ。その相手を目の前にした時、自分が何をするのかが予想できなかった。激情に駆られて殴りかかるかもしれないし、ひどいことを言うかもしれない。僕には親父がまだいたけれど、その子は両親がいなくなった。それが頭ではわかっていても、実際にその人を相手にするとその時どうするのか、僕自身でさえわからない。それが怖かったのだろう。
 そういえば、といまさらながらに、修学旅行の時夢想と行った隣町の墓地を思い出す。あの時夢想は両親の墓を前にして、なんと言っていた?交通事故、物心ついてすぐ。あんな昔から、ヒントは目の前に転がっていたんだ。それに僕は気づかなかったのか、それとも無意識に目を逸らしていたのか。今となってはもう、僕にだってわからない。

「彼女は責任感が強かったからね。あの時女の子の一家と君の母親は全員即死だったけれど、実は男の子、遊野清明だけは時間の問題とはいえまだ息があった。それを見て彼女は、この事故は私のせいで起きたんだと自分を責めに責めたあげく、その命を投げ打って唯一まだ命が残っていた君に自分の生命のすべてを譲り渡したのさ」

 あまりの話に頭が真っ白になり、何も言うことができなかった。僕も本来は、あの事故で死んでいた?それを夢想の前身である『彼女』が命を投げ打って助けてくれた……あまりにも信じられない話だが、不思議と疑う気にはなれなかった。それどころか僕の中のどこかで、ずっと足りなかったパズルのピースがかちりとはまった時のような納得さえ感じる。

『待て。その女の子が即死したのなら、マスターの知る彼女はなんなのだ?ダークシグナーではないはずだ、それに第一他の地縛神はまだナスカで眠りについている』

 チャクチャルさんが今の話の矛盾点に気づき、鋭く問いただす。確かにそうだ。夢想が即死したというのなら、僕らの知る夢想は?だがその答えも、遊は既に掴んでいた。

「簡単だよ。彼女は確かにその命こそ消えたけれど、まだその場に強い後悔や悲しみ、自分自身への怒りや贖罪の思いといった負の感情の残滓が残っていた。それをダークネスが拾い集めて死んだはずのその女の子に注入して、いつでも手駒として使えるように蘇らせたのさ。記憶を消され、自分が何であるかもわからずにただ死に際の負の念だけを利用され。今君が見ている彼女は、誰も望んでいなかったはずの哀れな存在だよ。その挙げ句、今まさに彼女はダークネスの完全な手駒に成り果てた」
「そ、そんなの」
「横暴だと思うかい?ひどすぎると思うかい?でも、ある意味ではこの話はとても残酷に筋が通っている。君は彼女の口調について、本人から説明を受けたことはあったかい?」

 事故のショックで口がきけなくなった彼女に、ある時謎の声が聞こえた。声の主が彼女の言葉を代弁して会話を可能とする代わりに、いつか彼女は声の主に何かをしなければならない。あの時からきな臭い話だとは思っていたけど、よく考えればうちの神様だって第一声が『力が欲しいか?』だったからどこもそんなものだろうと思って記憶の片隅に放りこんでいた記憶だ。

『契約か』

 その張本人が今更、厳かな口調で問いかける。遊がコクリ、と頷いた。

「そう。純粋な交換条件、忌々しいことに単体では非の打ちどころのないダークネスとの完全な契約さ。さっきも言った通り、彼女は責任感が強かったからね。もはや元の人格すらなくなった今でもその名残が影響しているのか、馬鹿正直にそれを遵守しているのさ。だがこの話、おかしいとは思わないかい?元々彼女を蘇らせたのはダークネス自身、それが自分のつくりだした欠点を埋め合わせるために契約を迫る?馬鹿馬鹿しい、これはただのマッチポンプさ。つくられて日の浅い、まだ幼い彼女の精神にダークネスに対する借りを背負わせるためにわざわざ仕組まれた、ね」

 話を聞くうちに握りしめた拳が、白くなるほどに力を込めていた。ダークネス。僕、夢想、稲石さん、その両親、僕の母親、そして夢想や稲石さんのオリジナルといえる『彼女』……一体、どこまで僕らの人生を引っ掻き回せば気が済むんだ。そのうえ、この世界までよこせだと?ふざけるな、お前には砂粒ひとつくれてやるもんか。

「燃えてるねー。まあ頑張ってよ、もう僕には関係ない話……だし、ね……」

 そこでついに、遊が力尽きた。空を見上げるその目から、みるみる光が消えていく。その体が風と共に、塵となって流れていく。 
 

 
後書き
え、さも全部教えるような言い方しておいてこいつシンクロ召喚しか教えてないじゃないかって?
あれおっかしーな、なんでこうなったんだろう……。

あ、念のためここで明言しておきますが、清明のエクストラ勢は相手も使うまたは相手から使ってこいと指示された場合しか使いません。というかもう残り1か2、余裕をもって多く見てもせいぜい3話程度で締めますので、そんな敵しか出てきませんのであしからず。 
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