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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン87 鉄砲水と紫毒の記憶

 
前書き
冒頭のやつは、前回のラストにコピペして貼り付けようと思ってたのにすっっかり忘れてしまったため急遽今回の初めに持ってきた場面です。これ忘れたせいでちゃんと前々から考えてあったはずの今回の話がまるで「今回ふと行き当たりばったりに思いついて書いた話」みたいになっちゃってんのが悲しい。
あ、今回いつもより長いです。

前回のあらすじ:三沢っちノルマ達成。やっぱ妖怪と風属性って妖仙獣でもなければ混ぜるもんじゃないよなあと改めて思いました。 

 
「何の用だい?こんな辺鄙な場所に」

 どこかの部屋。電気すらついていない部屋の中で、その主が荒れ果てた部屋の中を手で指し示しながら愉快そうに来客に尋ねる。尋ねられたその人影はしかしそれには答えず、返答代わりに無言で主へ向けて右手をかざす。
 部屋の主がその行動に不信を抱き何かアクションを起こそうとしたのだとしても、それはあまりにも遅すぎた。その右手と連動しているかのように頭に内部から割れるような痛みが走り、立つことも喋ることもままならずその場にうずくまって頭を抱える。辛うじて開いた視界に、手をかざした側の足が見えた。突然の行動にもまるで反応することなく、1歩ずつゆっくりと向かってくる。

「う……!」

 それでも距離を取ろうとしてどうにか体を反転させ、そのまま腕を前に出して這ってでもこの場を離れようとする。だがその両腕を頭から離した瞬間、より一層の痛みが彼の脳内で弾けた。またしてもその手を自らの頭部に戻し、赤ん坊のように丸まった状態でその場に転がり続ける事しかできない部屋の主の元にたどり着いた人影は、次にその手を腰につけられたデュエリストの証、デッキケースに伸ばす。倒れたままの部屋の主には目もくれずその中から1枚のカードを探り当てた人影は、何も言わずにその1枚を再びデッキへと戻す。それはかろうじて理解できたものの、どうすることもできない部屋の主に侵入者が一声囁く。

「これでいい。だが今起きたこと、そしてお前の正体はもう少し後、その時が来るまで忘れるがいい。全てはダークネスのために……」

 その言葉を最後に、侵入者が踵を返す。あまりの痛みに耐えかねた部屋の主が意識を失う寸前まで見ていたものは、その侵入者の黒いブーツだった。それが名をトゥルーマン、通称ミスターTと呼ばれる存在であったことは、知る由もない。





 森の中にひっそりとたたずむ、かつて特待生のためという触れ込みで作られた廃寮。この場所から三幻魔の研究の結果として吹雪さんが次元を飛ばされ、いまだ行方知らずの本物の藤原優介もダークネスの世界へと旅立っていった、デュエルアカデミアの暗部。この場所には、何の因果か入学当初から僕も深く関わってきた。そんなこの場所に、この緊急事態に訪れることになろうとは。三沢の考えることはさっぱりわからないけれど、ここに入るのならあの人に一言声をかけておく方がいいだろう。

「稲石さーん、ちょっとちょっとー」

 大声で呼びかけるも、廃寮の地縛霊から返事はない。いつもならたとえ返事がなくとも、こちらの声が聞こえた証拠に門がポルターガイストでひとりでに開いて道を開けてくれるはずだ。けれど、今日は閉ざされて錆びついたうえに蔦まで絡みついたこの門はそれが当然と言わんばかりに閉ざされたままでピクリとも動こうとしない。仕方がないので構わず門を乗り越えていつも通り伸び放題に伸びた庭の雑草を掻き分けて、その先の巨大な扉をぐいぐいと開ける。相変わらずのほこりまみれの室内の空気はしんと静まり返っていて、ついこの間ダークネス吹雪さんと戦ったあの時の熱気が嘘のようだ。

「稲石さんってば、ちょっと出てきてよー」

 返事はない。視界に入る中で動くものといえば、辛うじて見える窓の外の曇り空に飛ぶ1羽の鳥の影だけだ。何かがおかしい。あの人はここの地縛霊だから、この寮の外に出ることはできないはず……と、そこまで考えて、あることを思い出した。そもそも、あの人は誰なんだろう。稲石という名前も本名かどうかは怪しいものだし、地縛霊だという情報ひとつにしてもあの人がそう自称しているだけだ。これまで何度も浮かんでは来たが、そのたびに後で本人に聞こうこれが終わったらあの人に直接聞きに行こうとひたすら後回しにして塗りつぶしてきた疑問。
 だがそれが形になる前に、思考が強引に中断された。一体どこから出てきたのか、背後から肩を突然人間の手で叩かれたのだ。その感触よりも、制服越しでも体に伝わるその冷たさにぞっとしながら振り返る。

「やあ、どうしたんだい?」
「うわっ!?な、なんだ稲石さん……」
「なんだとはご挨拶だね、まったく。それで?」

 多少ムッとした様子の稲石さんに、ぎこちなく笑いかける。その手は離されたというのに、いまだにその感触が肩に残っている。

「……それが、僕にもよくわからないのよ。とにかくここに行ってろって言われただけで。だからまあ、とにかく聞いてみようと思ってさ」

 何が何だか、という顔でこちらを見つめてくる稲石さん。その感想ももっともで、自分の言葉ではあるものの我ながら下手な説明だ、と笑いたくなる。聞かされる方はいい迷惑だろうが、僕だってわからない物はわからない。そもそも、稲石さんをこの話に巻き込めとは三沢には言われていない。ただこの彼がこの廃寮を指定してきた以上現地の住人である稲石さんの助けがあったほうが何かとスムーズに行くだろうし、世界どころか次元規模で起きているダークネスの侵攻は稲石さんにとっても他人事ではないはずだ。
 とにかくとPDFを引っ張り出し、稲石さんの視線を感じながら三沢に通話を繋ぐ。ありがたいことに、この島の内部は例え火山にいようが森の奥地にいようが、この廃寮内でさえ決して圏外にはならない。海馬コーポレーションの開発した、世界中どこにいてもデュエルが楽しめるデュエルディスクの中央コンピューター接続技術を転用した強力通信技術のおかげだ。三沢もこちらからの連絡を待っていたらしく、ワンコールすら待たされることなくすぐに通話が繋がった。

「あ、三沢?こっちは今寮に入ったとこだけど」
『そうか。そっちは無事だったみたいだな』
「そっちは……?」

 含みのある言葉に目を凝らしてよく見ると、三沢の方には画面越しでさえはっきりと疲労の色が見える。ついさっき僕の店で連絡をもらった時には、いくらなんでもここまでの消耗はしていなかったはずだ。

「……何かあったの?」
『少しばかり野暮用がな。だが今は俺のことはどうでもいい、そこに行ってもらった理由を説明するぞ』

 適当に言葉を濁しつつ、真剣な顔になる三沢。ここからがいよいよ本題だと、稲石さんが画面を背後から覗き込む気配がした。

『まず結論から言おう。今回の目当ては、その廃寮の地下……セブンスターズのアムナエルがかつて遺した、錬金術の遺産だ』

 アムナエル。セブンスターズ最後の1人にして、元オシリスレッド寮長の大徳寺先生。現在ではファラオの体内に魂を取り込まれて魂だけでも元気で……?やっているけれど、精霊の見えない三沢はそれを知る由もない。マクロコスモスとか原始太陽ヘリオスとか、今となってはすっかり懐かしい話だ。
 いや、そうじゃなくて。昔の記憶に浸ることなんて、後でいくらでもできる。その後、とやらがこの先の未来にあればの話だけど。そのために戦うんだ。

「アムナエルの錬金術……なんで?」
『一言で乱暴に説明するならば、それがエネルギー源として必要だからだ。そもそも、今回の事件で俺の立てた作戦はツバインシュタイン博士が昔発表した多次元理論が基になっていてな。なあ清明、四次元世界についての話をお前は聞いたことがあるか?』
「……チャクチャルさん、説明!」
『はいはい。んー、マスターでもわかるようにか……かなり面倒な仕事だが、まあやってみよう』

 なんだかすごく失礼な前置きだった気もするが、ここで言い返すと本格的に話が進まない。ぐっと堪えて下唇を噛み、黙って頭の中に響く声に意識を傾ける。

『我々の今存在する世界の物質には、全て幅、奥行き、そして高さの3つの要素がある。これはわかるな?だからこの世界は三次元、そう言いかえることができる。紙に描いた絵には長さと幅があっても奥行きが存在しない、二次元という言葉にはそういう意味があるわけだ』
「ふんふん。幅、奥行き、高さ……ん?じゃあ4つ目って何?あと何があるの?」
『時間だ。三次元世界の概念からすればありえない話だが、我々が物の高さや幅、奥行きを決められるように四次元世界では時間を4つ目の枠として自由に操作できる、まあそんなところだ』
「なるほどなるほど」

 そして画面越しに、今聞いた話をそっくりそのまま繰り返す。よく知ってたな、というあからさまに訝しげな視線とチャクチャルさんからのじっとりとした何か言いたげな気配の両方に対しきっぱり気づかないふりをしていると、三沢もあまり時間がないことを思い出して話題を次に移した。

『だいぶざっくりした説明だが、確かに大まかなところはそんな認識で構わない。そもそも博士の理論によれば時間と空間は紙一重の物であり、両者の差はない。それは人間もデュエルモンスターズも関係なく最も原初的な本能の奥底に刻み込まれている情報であり、時計も次元の数も12となっているのは偶然ではなくその本能が無意識にそうあることを求めていたからだ。もっとも、学界ではとても認められなかったらしいがな』
「だろうね」

 デュエルモンスターズの精霊に独自の世界があることだって、この目で直に精霊を見なければ僕も到底信じられないことだったろう。学会とか論文とかはさっぱりだけど、そこに他の次元の話なんてぶっ飛んだ理論を持ち込んだらどんな目で見られるのかぐらいは僕だって想像がつく。
 即座に同意した僕にかすかに悲しげに小さく頷き、いよいよ三沢の話も一番重要なところに入り始めた。

『そして、ここからがこの作戦の一番重要なところだ。これまでにも俺たちは何回か、ある程度のエネルギーと空間の不安定さという2つの条件が揃った時に別の次元へと人間、それどころかアカデミアの建物のような巨大な質量をも飛ばすことができるという実例を見てきただろう?この四次元理論に従えば、俺たちに認識できないだけで三次元間の移動と残る4つ目、時間の移動にはそう大差がない。ゆえに次元を飛ばすほどのエネルギーを準備し、ほんの少し別ベクトルに傾ければ対象をはるか未来や過去へ飛ばすことも可能となるはずだ。ここまで言えば、わかるな?』
「まさか……それでダークネスを?」
『そうだ。ダークネスは俺たちのいるこの世界と表裏一体の存在、一時的に追い払うことはできるかもしれないが決して消し去ることは不可能だ。だが可能な限り遠くの未来へと送ることができれば、その時が訪れるまでにまた準備ができる。倒すことができないが、先送りにすることはできる』
「おおー」
『もっとも、あのデスベルトだったか?さすがにあれに匹敵するほどのエネルギーをこの短期間で生み出すのは難しく、アカデミアの電力を集中させる程度ではとてもじゃないがパワーが足りない。そこで俺が目を付けた最後の可能性が清明、今お前のいる廃寮にあるはずの錬金術の力なんだ。それでも範囲を絞ることで必要となるエネルギーを最小限に抑えるため、ダークネスの出現位置の特定にもこんなギリギリまで時間をかけた。理論は既に完成している、後はエネルギーの問題だけだ』
「……なるほどね」

 ただの使いっぱしりだと思ってたけど、これはなかなかどうして重要な仕事だ。今更か。とはいえどうにか笑顔で返したものの、そんな僕の顔はひきつっていなかっただろうか。いくらなんでも僕だけプレッシャー重すぎませんかね、三沢っちさんや。

「それで、具体的には何を探せば?」
『賢者の石、だな。錬金術の最高成果とも言われる、不可能を可能に変える石。そこに秘められた力は、生命すら生み出すという。錬金術は俺も基礎知識程度しかないが、大徳寺先生の授業内容は全て頭に入っている。力を引き出す程度のことはできるはずだ』
「な、なるほど……?」

 賢者の石、どんな形をしてるんだろう。色は?サイズは?そもそも石というけれど、要するに宝石みたいなものをイメージしておけばいいんだろうか。わからないことだらけだけど、見切り発車は今に始まったことではない。
 覚悟を決めた僕をよそに、ふとほこりまみれの廊下に動く影が見えた。あの茶色いシルエット、見間違えようがない。

「ファラオ!ちょっとこっちおいで!」

 最近食事時だけフラッと帰ってきて普段どこにいるのかと思ったら、ここで暮らしてたのかあの猫。僕の声に反応してピクリと耳が動き、ゴロゴロと喉を鳴らしながら近寄ってきたファラオの頭を撫でてやる。気持ちいいのか大きな口を開けてあくびしたその喉の奥から、優しい光を放つ球体がふわりと飛び出た。最近久しぶりに会う、アムナエルこと大徳寺先生だ。

「早速ですけど今の話聞いてましたか、大徳寺先生?」
『もちろんだニャ。それにしてもさすがは三沢君、賢者の石とはいいところに目を付けるニャ。私がかつて作成した賢者の石は私の病ひとつ治せなかった不完全な代物に過ぎないけれど、それでもホムンクルス作成用に数だけはそれなりに残してあるニャ。次元を超える理論は私にはわからないけれど、全てかき集めればかなりのエネルギー量にはなるはずだニャ』
「それじゃあ……!」
『付いて来るニャ。どうせあれはもう、アムナエルには不要なものだ』

 最後の一瞬で語尾が消えたのは、大徳寺先生としてではなく錬金術師アムナエルとしての言葉だったのだろう。再び引っ込んでいく魂を再び呑み込むと、それを待っていたかのようにファラオが歩き出す。この方向は間違いない、かつてのアムナエルの研究室だ。

「こっちはなんとかめどが付いたかな。じゃあ三沢、終わったらそっちに届けるから。いったん切るよ!」
『ああ、頼んだ。だが油断するなよ、どうもダークネスの侵攻スピードがおかしい。ダークネスだけではなく、そこに協力する第三者が存在する可能性もある。あまり時間はないと思った方がいい』

 不吉な言葉を最後に、通話が切られる。ダークネスの協力者なんて、そんな人生に絶望した人がどこかにいるのだろうか……なんて、間違ってもダークシグナーに言われたくはないだろう。ともかく、今はファラオだ。研究室までの道はまだ覚えていたが、賢者の石の在り処は大徳寺先生にしかわからない。黙ってその後に稲石さんと共についていくかと思ったが、数歩進んだところで振り返った。てっきり稲石さんも付いて来るかと思ったのに、なぜかその場に立ち止まっている。

「あれ、稲石さん?」
「……ごめんね。全部、思い出した」

 聞き取れないほどに小さな声でそう呟いた次の瞬間、手に持ったままのPDFに全くの不意打ちで強烈な力が加わった。咄嗟のことで抵抗することすらできないうちに、ポルターガイストで奪い取った僕のPDFを稲石さんが自分の手の中でクルクルともてあそぶ。

「いない……」

 しさん、と続けることはできなかった。突然力を込めて僕のPDFを床に叩き付けた稲石さんが、全力でそれを踏み抜いたのだ。いくら海馬コーポレーション製とはいえ、所詮は通信機械。たった1踏みで液晶も内部の機械も全部まとめて破壊され、素人目に見ただけでも修復不可能なぐらいスクラップにされてしまった。

「え?」

 突然の奇行に言葉を失う僕の横を通り過ぎ、ファラオの歩いて行った方への道に立ちふさがるかのように仁王立ちした稲石さんがその右腕を持ち上げる。気が付けば、そこにはデュエルディスクが装着されていた。

「ここは通せない。絶対に」
「何を……」
『マスター、よく見ろ!』

 チャクチャルさんの言葉に、息を呑む。これまでどうやって隠していたのか、今やはっきりと見える。稲石さんの全身からは、さっきまで影も形もなかった抑えきれていないどす黒い闇の瘴気が漂っていた。

「稲石さん、それ……」
『やめておけ、マスター。説得は考えるだけ時間の無駄だ、恐らくはミスターTだな。先回りして……洗脳か?表層意識だけは普段通りに取り繕い、何かあらかじめ設定しておいたきっかけにより効果を生じる。一目見た限りでは本人そのものであるがゆえに怪しまれずに送り込むことができ、なおかつ内部ではこちらの手足として動かせる。私も昔、好んで使った手だ。先ほどの会話の中にトリガーが、例えば賢者の石、やダークネス、という単語に反応して解放されるよう仕込んであったのだろう』
「稲石さんまで、そんな……!?」
『割とマスターは、向こうからは敵視されてたからな。外堀を埋めに来ても驚きはしないが。ただ、以前オネスト事件の際にここに来たときにはおかしなところはなかったからな。洗脳されたのはかなり最近、まだ浅い段階だと見ていいだろう』
「ってことは?」
『カードだ。デュエリストに対しての最も手軽な洗脳はカードを媒体としてのものだから、そのカードを正面から攻略すれば流れを断ち切ることも可能なはずだ』

 きっぱりと言い切るチャクチャルさん、そして目の前で闇のオーラに包まれる稲石さん。ふうっと息を吐き、水妖式デュエルディスクを腕輪状態からデュエルモードへと変形させる。なんだか無性におかしくなって、ついつい笑ってしまう。

「なんだ……ふふっ」
『どうした、マスター?』
「いやね、チャクチャルさん。どれだけややこしい話になっても、結局腕ずく力づくなんだなあって思ったら、ね。最高じゃない、そういうわかりやすい話なら大いに僕の専門だよ。稲石さん、ちょっとばかり荒療治と洒落込むから勘弁してね!」

「「デュエル!」」

「先攻は僕が貰った!グレイドル・スライムJr.を守備表示で召喚、これでターンエンド」

 普段よりも小さめの銀色の水たまりが床から湧き、それが形を変えておしゃぶりを咥えたようなビジュアルの子供スライムへと姿を変える。なりこそ小さいがこれでも守備力2000、並みのアタッカーの攻撃ならば余裕で受け止めることができる凄い奴だ。最も稲石さんのデッキを考える場合、守備固めが役に立つとはあまり思えないのが難点だが。

 グレイドル・スライムJr. 守2000

「まずは様子見、かい?自分のターン、モンスターをセット。そしてフィールド魔法、ゴーストリック・パレードを発動!」

 僕らの立っている廊下に、色とりどりの電飾が一列に走る。カラフルな風船がふわふわと浮かび、こんな状況でもなければなかなかに楽しい眺めだっただろう。
 稲石さんの使うテーマ【ゴーストリック】は、他のゴーストリックが存在しない限り表側での通常召喚ができないという共通デメリットを抱えているうえにレベル5以上の上級モンスターが僕の知る限り1体も存在せず、下級モンスターにしてもステータスがお世辞にも高いわけではないというかなり変則的なテーマだ。反面相手ターンでもお構いなしに効果を使う高い奇襲性能と裏側守備表示を自在に操るトリッキーな戦闘スタイルを持ち、ひらひらと相手を翻弄しては軽くても確実にダメージとアドバンテージを積み重ねていく、これまでのデュエルでは僕が勝てはしたものの正直かなりやりづらい相手だ。まして今の僕は壊獣とグレイドルの力を得た結果、相手が力押しであればあるほどいいカモにできるというデッキの方向性が完全に定まってしまった。デッキの傾向だけでみれば、あまり相性はよろしくないと言わざるを得ないだろう。
 そして、稲石さんはそこでターンを終えた。だがこの1ターンは隙を見せたんじゃない、すでに次への布石が張られていると見たほうがいい。

 清明 LP4000 手札:4
モンスター:グレイドル・スライムJr.(守)
魔法・罠:なし
 稲石 LP4000 手札:4
モンスター:???(セット)
魔法・罠:なし
場:ゴーストリック・パレード

「……僕のターン」

 今引いたカードで、どうにかゴーストリック・パレードかあのセットモンスターを除去できれば……駄目か。一見すればただの手札事故で苦し紛れにモンスターを出しただけのように見えるような場だが、あの稲石さんのデッキに限りそんな間抜けなことになるはずがない。普段の感覚でうかつに突っ込んでいっても致命打を与えるどころか、向こうのデッキの回転を速めるだけにしかならないだろう。
 となると、今はまだ動けない。そんなの僕好みのやり方ではないけれど、このターンはまだ攻め込めない。とっととターンを回そうとしたところで、注意深くこちらを観察していた稲石さんがふと思いついたように口を開く。

「何もしないでターンエ……」
「へえ、随分のんびりだね。自分としては別にどっちでも構わないけど、いいのかいそんな調子で?時間、そんなにないんじゃない?」
「この……!」
『落ち着けマスター、惑わされるんじゃない』

 頭に血が上りかけたところを見計らって、タイミングよくチャクチャルさんが釘を刺す。おかげで、売り言葉に買い言葉を叩き返す前に少し辺りを見回す余裕ができた。
 そうだ、いくら急いでるからって無策で突っ込むのは試合放棄も同然。確かに決着そのものは早く済むだろうけど、内容が負け試合では元も子もない。だからこの言葉、ほんの1瞬でも強引に攻め込みそうになった自分への戒めもこめて改めてはっきりと言わせてもらおう。

「ターンエンド!」
「ふーん。自分のターンは……そうだね、カードをセット。さらにモンスターをもう1体、裏側守備表示でセットしておこうかな」
「また……!」
「ほらほら、そんな調子で大丈夫?」

 稲石さんの煽りは、ある意味当たっている。どうも今回はデュエルに身が入らないというか、今一つ調子が乗ってこないのだ。理由はわかってる、焦っているんだ。さっきの三沢の様子から言って、まず間違いなく何らかの形で向こうも襲撃を受けたんだろう。いまだっていつ第二陣がやってくるかわからない中、僕の帰りを待っているはずだ。
 僕がこの仕事を成し遂げさえすれば、このダークネスとの戦いにもひとまずけりがつけられる。だというのに肝心の僕は、目的まであと1歩というこんなところで足止めされている。おまけにPDFが壊されてしまった以上、誰かにこの緊急事態を伝える事すらできない。精霊の誰かをこっそり送り出す手もなくはないけれど、送り出したところで精霊が見えるメンツのうち十代は童実野町だし万丈目はこの島のどこにいるかわからない。鮫島校長の放送に従ってコロッセオに集まってるとは思うけど、そこまで単独行動させるリスクを考えるとかなり分の悪い賭けだろう。
 となるとやはり、ここは僕がどうにかするしかない。デュエル開始直後はやる気満々で啖呵を切ったけれど、こういう時に稲石さんの戦闘スタイルは本当に厄介だ。

 清明 LP4000 手札:5
モンスター:グレイドル・スライムJr.(守)
魔法・罠:なし
 稲石 LP4000 手札:3
モンスター:???(セット)
      ???(セット)
魔法・罠:1(伏せ)
場:ゴーストリック・パレード

「僕のターン……よし。永続魔法、グレイドル・インパクトを発動!続けてその第1の効果、グレイ・レクイエムを発動。僕の場のグレイドルカード、Jrと稲石さんの伏せカードを選択して、その2枚を破壊する!」

 目下のところ貼られたはいいが何の作用も及ぼすことなく沈黙を続けるゴーストリック・パレードやセットされっぱなしのモンスターも不気味ではあるが、どれか1枚を破壊するとしたらあの伏せカードからだろうか。大量の誇りを巻き上げつつ廊下に不時着したUFOから2本の光線が発射され、僕の指定した2枚のカードを同時に撃ちぬいた。
 いや、様子がおかしい。破壊されたはずの伏せカードのソリッドビジョンが消えず、それどころか伏せられたままかすかに振動している。チェーンして発動されたのかとも勘ぐったが、そういうわけでもないらしい。

「やっぱりそう来たかい?でもはずれ。破壊されたトラップ、コザッキーの自爆装置の効果を発動。セットされたこのカードが破壊されたなら、それを行ったプレイヤーに1000ダメージを与える」

 稲石さんの言葉を待っていたかのように、その伏せカードが爆発する。熱と爆風をまともに浴びて咄嗟に顔を両腕で守りながら、今の言葉が脳内でリフレインする。

「やっぱり?読まれてた……?」
『手の内はお見通し、という訳か。面倒だが……』

 何かを訝しむ様子のチャクチャルさん。すぐに、その歯切れの悪さの原因が分かった。確かに爆風を受けたはずなのに、そよ風ひとつ感じない。

 清明 LP4000

「残念。ゴーストリック・パレードが発動されている限り、相手プレイヤーはあらゆるダメージを受け付けないんだった」

 おどけた様子の稲石さんだが、さすがにそれを信じられるほど純粋じゃない。だって相手はあの稲石さん、自分のカード効果を忘れるなんて凡ミスを犯すようなレベルの人じゃないはずだ。
 警戒を強める僕の顔を見て、稲石さんがくすくすと笑う。

「ねえ。それよりこのカード、懐かしいとは思わないかい」

 言いながら役目を終えたコザッキーの自爆装置をデュエルディスクから引き抜いて、墓地に送る前に一度こちらに見せてくる。向こうのペースに乗せられるだけだと頭では分かりつつも、ついその言葉にまじまじとその1枚のカードを眺めてしまう。その反応に満足したのか、滑らかな調子で話し続けた。

「今ならカードプールも増えて、地雷目的ならもっとダメージ効率のいいカードもあるけどね。でもせっかくだから、このカードで引っ掛けてやりたかったのさ」

 薄く笑いながら、ゆっくりと見せつけるように墓地に送る。コザッキーの自爆装置、あのカードは……ああ、思い出した。もう2年も前の記憶、稲石さんと初めて会ってデュエルした時のことだ。確かあの時のラストターン、マジカルシルクハットを使い最後のギャンブルとして選んだ2枚のカードのうち1枚があれだったっけか。あの時は僕もまだまだガキで、これからの学生生活に何が待っているかなんて考えもしなかった。
 ……もっともたとえ考えていたところで、こんな強烈に濃い2年間の出来事を予想できたはずもないんだけれど。

「なるほど。だからそのカードを……何?あの時のギャンブルの借りは返したってわけ?」
「深読みしすぎさ。昔を振り返るちょっとしたお遊びだよ、お遊び。それで?モンスターがいなくなったみたいだけど、またターンエンドかな?」
「まさか。グレイドル・コブラを通常召喚!」

 UFOの中からスルスルと這い出てきた、ピンク色をした1匹の大蛇を模したグレイドルがとぐろを巻いてチロチロと舌を出す。

 グレイドル・コブラ 攻1000

「コブラでその、右側のセットモンスターに……」
「いいや、それは無理さ。なぜならこの瞬間に、ゴーストリック・パレードの効果を適用。お互いに裏側守備表示モンスターへの攻撃は禁止され、その場合の攻撃は全て相手プレイヤーへのダイレクトアタックに。そして相手モンスターの直接攻撃宣言時、パレードの陽気に誘われたデッキのゴーストリックカード1枚を自分は手札に加えることができる……ぐっ」

 勢いをつけて飛びかかった大蛇の攻撃を、セットカードがすっと躱す。勢い余って飛び込んだ先は、そのプレイヤーである稲石さんだった。鋭い牙がその左腕に深々と食い込み、顔をしかめながらも右手でデッキから今井のカードを引き抜いた。

 グレイドル・コブラ 攻1000→稲石(直接攻撃)
 稲石 LP4000→3000

「痛たた……でも自分が戦闘ダメージを受けたことで、今サーチしたゴーストリック・マリーの効果を発動。このカードを手札から捨てて、デッキから別のゴーストリックを裏側守備表示で特殊召喚する。ゴーストリック・グール!」

 確かにダメージは通った。だけどその代償として、稲石さんの場のモンスターはこれで3体。この人とのデュエルはいつもこうだ。なんだか知らないうちに、勝手にアド差をつけられる。

「ターンエンド……」
「もうちょっと引き延ばすか、それとも……ドロー。おやおや、これは攻め込めってことなのかな?フィールド魔法、ゴーストリック・ハウスを発動!」

 廊下を走る電飾がパッと消えて、代わりに現れた古めかしい燭台に火が灯る。ゴーストリックの基本となるフィールド、互いのダメージを半減させるお化け屋敷だ。

「そしてグール、イエティ、キョンシーの順で3体のモンスターを反転召喚。キョンシーがリバースしたことで、場のゴーストリックの数以下のレベルを持つゴーストリックを手札に加える。場のゴーストリックは自身含めて3体、だからレベル3のゴーストリック・マミーをサーチする」

 ???→ゴーストリック・グール 攻1200
 ???→ゴーストリック・イエティ 攻300
 ???→ゴーストリック・キョンシー 攻400
 
「まだまだ行くよ。場にゴーストリックが存在することで、ゴーストリック・マミーは表側表示で問題なく召喚できるようになった。さらにマミーが場に存在するとき、自分はもう1度ゴーストリックを通常召喚できる。おいで、人形」

 ゴーストリック・マミー 攻1500
 ゴーストリックの人形(ひとがた) 攻300 

 展開を補助するマミー、そして追加で召喚される球体関節のゴーストリック。相変わらず目立ったパワーカードを使うわけでもないのに、いつのまにか盤面が埋め尽くされている。

「グレイドルの効果は知っているからね、このまま攻撃するような勿体ない真似はしないでおくよ。その前にゴーストリック・グールは1ターンに1度、自分の場の全てのゴーストリックの攻撃力を1体に集約することができる。自分が今選ぶのは、マミーにしておこうかな」

 類似、というかほぼ同じ効果を持つBFのシロッコと比べ、ゴーストリックの戦闘能力は低い。それでも稲石さんのプレイヤースキルがあれば、ノース校の鎧田が使うシロッコと同じぐらいの脅威になる。

 ゴーストリック・マミー 攻1500→3700

「3700……」

 グレイドル・コブラの攻撃力は1000で、当然次に来るのは大ダメージだ。ゴーストリック・ハウスはほとんどのダメージを無差別にプレイヤー問わず半減するけれど、唯一ゴーストリックの与える戦闘ダメージだけはその限りでない。流れは今、確実に稲石さんの方へ傾いている。だけど、決して僕に付け入る隙がないわけじゃない。使っても使わなくてもデメリットの関係で場の合計攻撃力自体は変わらないグールの効果を使うということは、裏を返せば1度攻撃した後で戦闘破壊されたコブラの効果が通るということ。つまり、このターンでこちらのライフを0にする術をあの人は持っていない。運はまだ、僕にもついているはずだ。

「バトル。グールでグレイドル・コブラに攻撃!」

 ミイラ男がが棍棒のような太い腕を振り上げ、他のゴーストリックたちが後ろで見守る中で単身攻撃を仕掛ける。迎え撃とうとした蛇の体は1瞬で銀色の液状に叩きつぶされ、その衝撃がこちらの体を震わせた。

 ゴーストリック・マミー 攻3700→グレイドル・コブラ 攻1000(破壊)
 清明 LP4000→1300

「まだまだ……!戦闘破壊されたコブラの効果で、ゴーストリック・マミーへ寄生しそのコントロールを得る!」

 文字通り床の染みになったかと思われたコブラが、本来の液状の姿に素早く形を変えてマミーの包帯の隙間を縫うようにその全身へ浸透していく。抵抗する暇もなく、その額に複雑な紋章が浮かび出た。

「グールの効果を使ったターン、他のモンスターは攻撃できない。だけどこのメイン2に、自分は全てのゴーストリックたちの効果を一斉発動。1ターンに1度、自身を裏守備にすることができる。このカードも伏せて、ターンエンド」

 こちらでコントロールを奪ったマミー以外のモンスターが、全てどこからともなく取り出したクロッシュの中にその姿をすっぽりと収める。
 さっきまで貼られていたパレードも含め、ゴーストリックの僕が知る3種のフィールド魔法は、すべて裏守備モンスターへの攻撃を禁じる共通効果を持っている。つまり今稲石さんに攻撃したければ、いやでもダイレクトアタックせざるを得ないのだ。それで攻撃を通したとしても、ハウスの効果でそのダメージはたった半分。おまけにその後棒立ちになる僕のモンスターに、またグールの集約した攻撃力での一撃が叩き込まれる。よほど高い数値をキープできるモンスターを出さなければ、モンスターを出すことすらとうてい割に合わない……ああもう、今はこんなことしてる暇ないってのに。

 清明 LP1300 手札:4
モンスター:ゴーストリック・マミー(攻・コブラ)
魔法・罠:グレイドル・インパクト
     グレイドル・コブラ (マミー)
 稲石 LP3000 手札:2
モンスター:???(グール)
      ???(キョンシー)
      ???(イエティ)
      ???(人形)
魔法・罠:1(伏せ)
場:ゴーストリック・ハウス

「僕のターン!よし、これなら……!」

 デッキは今回も、僕のために全力で応えてくれた。今引いたカード、そしてこの手札。脳が一気に活性化し、鈍化した時間の中でカードだけがぐるぐると回る。大丈夫、今日の僕には運がある。先ほどのようなピンチでも、ギリギリで生き残ることができる運が。だからこの作戦も、きっと通るはずだ。まずこの効果を使って、それからこっちを出して、それからこのカードを。よし、これならこのターンで終わらせられる!まずはその一環として、このカードから……。

『待て!』

 このターンで終わらせるための、最初の1枚。それに手をかけた時、柄にもなく珍しい若干慌てた様子なチャクチャルさんの制止がかかった。

「何!」
『黙って見ていれば様子がおかしいぞ、マスター。ここの空気に飲まれたか?一度体をほぐして、深呼吸の1つでもしてみることだ』

 そう言われて初めて、気づかぬうちにひどく全身が緊張で強張っていたことに気が付いた。ガチガチに張りつめた筋肉が、いまにも限界を迎えそうになっている。言うことを聞かない体から無理やり力を抜き、体中の毒素を全て吐き捨てるイメージで大きく呼吸する。

「……ぐっ!はーっ、はーっ、はーっ……」
『時間がないから早く終わらせたい、その論理は単純だが真理でもある。裏を返せばそれは、相手にとってそこを抑えた行動さえ心がけていれば必ずマスターの冷静さを削ぐことができる明確な弱点にもなる。そもそもそんな致命的な弱点を用意した状態で戦わざるを得ない状態に持っていくこと自体私はどうかと思うが、この際それはいいだろう。私もマスターにそこまでの裏読みは期待していないし、その前提で話を進めよう』
「それちょっとひどくない?」
『悪運に頼らず読み合いができるようになってから物を言ってくれ。あれだけ自分自身で釘を刺しておいて、舌の根も乾かぬうちに相手のペースに乗せられるようではただのピエロでしかないからな?とはいえ、そんなピエロの面倒を見るために私はマスターのそばにいるんだ。いいかマスター、焦ることが悪いとは言わん。マスターの場合特に、追い詰められた方が力が出る節もあるからな。だが自分から焦るのと他人の手のひらで焦らされるのには天と地ほどの差があり、今回は典型的な後者の例だ』
「……」
『わかったな?ま、その様子なら少しは頭も冷えただろう。それに散々言いはしたが、今回ばかりはマスターが悪いともあながち言い切れないしな。よくあたりを見てみればいい』

 チャクチャルさんの指摘通りだった。あれほどカッカしていた頭は潮が引いたかのように熱が消え、知らず知らずのうちに目の前の狭い範囲しか見えていなかった視界もまた広がって冷静な視点から周り全体の動きを掴むことができる。
 そして再びはっきり見える、稲石さんの全身を絡め取るダークネスの力の片鱗。恐らくあれが負の力を放ち、それに僕のダークシグナーとしての負の力が呼応して半ば暴走状態になり、その結果として必要以上に闘争心を高めていたのだろう。その証拠に自分の腕に視線を落とすと、今はまだ薄いものの目を凝らさなくても見える程度には紫色の線のような痣が浮かび上がりかけていた。この様子だと、眼もいくらか紫色になりつつあるはずだ。何度か目を瞬かせてもう1度息を吸いこむと、その痣がすうっと消えていく。あれがダークネスの計算内なのかそれとも予想外の副産物なのか、そんなことはどっちでもいい。タネさえ割れてしまえば、どんな手品も小手先の技に過ぎない。

「待ってて稲石さん……!まずは永続魔法、補給部隊を発動。それからこのターンもグレイドル・インパクトの破壊効果、グレイ・レクイエムを発動。装備カード状態のコブラと、そのセットカードを破壊する!」

 今の手札から考えて、ここでハウスの方を狙い打ちすればこのターンで勝負を決めることも不可能ではない。現に今、僕はそれをやろうとしていた。もちろん並の相手、ごくシンプルなビートダウンが相手ならばその選択肢も十分ありだろう。だが相手は稲石さんで、使用デッキは手札誘発満載の何が飛び出てくるかわからないゴーストリックだ。2枚も手札が残っているのに全ての攻撃が通るだなんて、冷静に考えればよほどのことでもなければありえない。

「ダストフォース……!」

 砂塵のバリア-ダストフォース。攻撃宣言に反応して相手の攻撃表示モンスター全てを反転召喚不可の裏守備に変更させる、つまりゴーストリックフィールド魔法の元で稲石さんのモンスター全てをダイレクトアタッカーにしかねないトラップ。もし何も考えずに突っ込んでいたら、次のターン何が起きたか……考えたくもない。
 ここで僕が負けでもしたら、外部との連絡手段を壊された以上その情報を伝えることもできず三沢の作戦には致命的な遅れが生まれるだろう。改めてその事実を自分に言い聞かせ、冷や汗をぬぐって次のカードを使う。

「装備状態のコブラが破壊されたことで、その対象だったゴーストリック・マミーも破壊。僕のフィールドでモンスターが破壊されたから、カードを1枚ドローさせてもらうよ。そして魔法カード、妨げられし壊獣の眠り!場のモンスターをすべて破壊して、デッキから壊獣2体を選んで互いのフィールドに1体ずつ特殊召喚する!」

 ある意味では僕の切り札とも言える、強烈なフィールドリセットカード。ただフィールドのモンスターを全破壊するだけならばブラック・ホールと変わりないが、このカードの真価はその次の効果にある。4体ものゴーストリックがクロッシュごとまとめて吹き飛ばされ、屋敷も砕けよとばかりに2体の超大型モンスターがその力を解放した。この効果で呼び出したモンスターは、攻撃可能な限り必ず攻撃を行わなくてはならない。ダストフォースが破壊されていなければ、つくづくどうなっていたことやら。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300
 海亀壊獣ガメシエル 攻2200

「これだけじゃないさ。さらに通常召喚、ツーヘッド・シャーク!」
「へぇ……」

 ツーヘッド・シャーク 攻1200

「このターンで終わらせられる可能性よりも、伏せカードの除去を優先してくるとはね。正直びっくりだよ、これは絶対引っかかると思ったのに」
「あいにく、僕は1人じゃないからね。悪いね稲石さん、うちのブレインは超優秀なのさ」
「みたいだね。でも、それってただのイカサマじゃないかい?勝負は1体1が原則、そうだろう?」

 これも精神的な揺さぶりだろうか。とはいえ、その言い分にも一理ある。だからただ肩をすくめ、こう返すのみにとどめておいた。

「僕が卑怯じゃないなんて、いつどこの誰が決めたのさ。正々堂々やろうだなんて、一言も言った覚えはないね。バトル、サンダー・ザ・キングでガメシエルに攻撃!」
「ゴーストリック・ハウスで、ダメージは半分になるよ」

 サンダー・ザ・キング 攻3300→海亀壊獣ガメシエル 攻2200(破壊)
 稲石 LP3000→2450

「ツーヘッド・シャークは、1ターンに2回の攻撃ができる。そのままダイレクト2連撃!」
「1回目の攻撃に対し手札からゴーストリック・ランタンの効果を発動して相手モンスターの直接攻撃を無効、その後自身を裏守備で特殊召喚する。2回目もゴーストリック・ハウスの効果で直接攻撃になるけど、それはまあ仕方ないかな」

 ツーヘッド・シャークの持つ2つの口のうち片方の牙が稲石さんの片腕、先ほどコブラの噛んだ反対側にがっしりと食い込……まなかった。稲石さんの腕の代わりにツーヘッドが噛みついたのは、その間に割って入った1個のランタン。攻撃が不発に終わったのを確認し、そのランタンの主……かぼちゃ頭に魔法使い帽をかぶった新手のゴーストリックがクロッシュの中に身を潜める。その隙をついてツーヘッドのもう片方の口が開き、キッチリと噛みついてから満足げに空中を泳いで帰ってきた。1回目の攻撃が止められた、か。

 ツーヘッド・シャーク 攻1200→稲石(直接攻撃)
 稲石 LP2450→1850
 ???(ゴーストリック・ランタン)

「ふー……やっと少しはダメージを返せたかな。カードを伏せてターンエンド」

 これで稲石さんと僕、両者のライフ差は550まで縮まった。そしてあの眠りのカードをきっかけに、どうにか流れはこちらに傾きつつある。いくら稲石さんでも、1度展開したもの全てを破壊されてからもう1度あれだけの数のゴーストリックを並べることは至難の業であるはずだからだ。そしてゴーストリックは、数を並べない限り1体1体はそこまで脅威になりえない。今のランタンのように厄介なカードは多々あるが、それにしたって厄介止まり。もう1度揃えられるより先に1体ずつ潰していけば、勝機は残っている。しかも稲石さんの手札は、既に残り1枚まで減っているのだ。

「自分のターン。魔法カード、強欲で貪欲な壺を発動する」

 デッキトップ10枚もの裏側除外の代償として、禁止カードである強欲な壺と同じ問答無用の下準備なしでの2枚ドローを可能とする強力なドローソース、強欲で貪欲な壺。これで、あの人の手札は残り3枚。

「永続魔法、魔力倹約術を発動。このカードの効果で発動コストの2000ライフを無効にして通常魔法、天声の服従を発動。自分がこれから宣言するカード目が相手デッキにある場合、相手はそのカードを渡すか、攻撃表示でこちらのフィールドに特殊召喚するかを選ぶことができる」
「天声の服従?」

 強力カードではあるけれど、僕のデッキから欲しいカードなんて何があるというのだろう。グレイドルは元々のプレイヤーのフィールドで破壊されないと効果を発動できないから、奪い取るメリットなんてどこにもない。壊獣を奪ったところで、壊獣カウンターの存在しない現状サンダー・ザ・キングと正面から戦えるのは辛うじて相打ちに持っていけるジズキエルぐらいのものだ。
 一体何を宣言するつもりなのかと訝しんでいると、わからないのかと言わんばかりに稲石さんが薄く冷笑する。

「君のデッキのカードの中で、自分が今間違いなく入っているだろうと言い切れるカードはそう多くない。だけど、1枚だけ君なら絶対にデッキから抜きはしない、それが確実にわかるものがあるのさ」
「何を……まさかっ!」

 稲石さんが知る、確実に僕のデッキに入っているであろうカード。そんな条件を満たすある1枚のカードの存在に思い当たり、慌ててデッキを手で抑えてしまう。その様子を見てほらやっぱり、と笑みを深くし、そのカードの名をあの人は口にした。

「やっぱりね。君なら絶対、大事にすると思っていたよ……戻ってくるんだ、ゴーストリック・フロスト!」
「ああ……」

 ゴーストリック・フロスト。以前稲石さんから僕のデッキには防御が欠けているから、と分けてもらい、その後ずっと愛用してきた防寒具を着た雪だるまのモンスター。あのカードが無ければ負けていた、そんなデュエルも数多い緊急時の守りの要。そのカードが稲石さんのポルターガイストに操られ、勝手にデッキから抜き出される。思わず伸ばした手もすでに届かずに、僕のゴーストリック・フロストは稲石さんの手の中に収まった。
 まるで、自分の一部をえぐられたような悲しみ。でもそれに浸る余裕も時間も、僕は持ち合わせていない。眼前の稲石さんもまた、それを許しはしなかった。

「手札に加える、でいいのかな?もっとも今回はどちらにせよ、フィールドに出すことになるけど。ゴーストリック・ランタンを反転召喚して、このフロストを通常召喚」

 ???→ゴーストリック・ランタン 攻800
 ゴーストリック・フロスト 攻800

「フロストを……?」

 ゴーストリック・フロストは相手の直接攻撃に反応して効果を発動できる手札誘発モンスター。間違っても、通常召喚して使うようなカードではない。
 何を企んでいるのか、稲石さんが次に取り出したのは最後に残った手札……ではなく、自身の服のポケットに入っていた見知らぬ1枚のカード。それを大事そうに指で撫で、話すでもなく語りかけてくる。

「これ、なんだかわかるかい?ああいや、答えを聞いているわけじゃないから安心していいよ。この話は、もう君にはしたんだっけ?確かまだだったよね。ちょうど今年度の始まってすぐごろだったかな、偶然この寮のある部屋で見つけたんだ」

 クルクルと手の中でそのカードを回しながら、ペースを落とさずに話し続ける稲石さん。ただでさえ廃寮は暗いうえに光の加減もあってか、すぐ近くにあるそのカードの表面、その正体がうまく見えてこない。ただ単に時間を引き延ばしにかかっているだけの中身のない話だと断じることは簡単だったが、なぜかそれをするのははばかられた。この話は、僕が聞いておかなければいけない。理由も根拠もまるでないが、そんな予感がした。

「ずっと、これがなんなのかわからなかった。ただの古いノーマルカード、昔のここの住人の忘れ物だろう。何度も自分にそう言い聞かせたけれど、なぜか気になってしょうがなかった」

 ようやく回転を止めたカードが、稲石さんの人差し指と中指に挟まれた状態で静止する。ようやく僕にも見えたその名は、ドラゴン族・封印の壺。本人の言葉通り何の変哲もない、デュエルモンスターズ黎明期から存在するノーマルカードだ。
 僕もそのカードを確認したのを確かめてか、再び封印の壺のカードが稲石さんの手の上でクルクルと回される。それと同時に、また稲石さんの口が開いた。

「だけど今朝になって、ようやく少しだけわかってきたんだ。このカードは本来、ドラゴン族・封印の壺じゃない。あるドラゴンの魂が文字通りに封印されて、今こうやって目に見えるこのカードに姿を変えさせられた。そしてその封印を解くために必要な力を、ダークネスが自分に与えてくれた。ほら、こんなふうに……!」

 言うなり、稲石さんの腕に静かな力がこもる。細い腕に筋肉の筋が浮かび上がり、その上を舐めるようにして闇の力が広がっていく。その闇の行きつく先は、封印の壺のカード。その全てを取り込み、次第にカードそのものが暗い光を放ちだす。

「稲石さん、何を……!」
「わからないかい?これこそが、ダークネスが協力と引き換えに自分にくれた力。通常魔法、融合を発動!自分の場の闇属性モンスター2体を素材に、融合召喚!奇怪と怪奇に(いざな)われ、飢えた牙持つ邪龍よ嗤え!さあ出てくるんだ、スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン!」

 ランタン、そして僕のフロストが、融合素材となって消えていく。すると廊下に突然、紫色の触手……いや、何本もの植物の蔓が伸びた。太さも長さもまちまちではあるが、いずれも共通点としてその先端にはぷっくりと膨れた花のつぼみがある。そしてそのうちの1つが、僕らの見る前でゆっくりと開いた。
 だがそれは、間違っても真っ当な花なんかではなかった。いや、それは花ですらないのかもしれない。動物の口のように中央から2つに割れたその内側には控えめながらもびっしりと牙が生え、花弁らしきものは見当たらない。そうこうしているうちに他の蔦から生えるつぼみもまた、同じように開き始める……だが駄目だ。どれも最初のひとつと同じく、植物とは思えない獲物への貪欲さをむき出しにする動物的な代物でしかない。べちゃり、と湿った音がしてそちらに視線を動かすと、天井を這っていた「蔦」から生える「花」が「咲いた」拍子に、貪欲気に真下の床まで「蜜」……いや、「涎」を垂らしていたところだった。
 何かがおかしいとしか言いようのないそんな光景につい顔をしかめていると、頭の中で声がした。

『本体はあそこか。ずいぶん遠くにいるな』

 そう言われてチャクチャルさんが注意を向けた、最初に蔦が伸びてきたその根元となる方向、稲石さんのいるずっと後ろの廊下に目を向ける。始めは暗闇になっていて何も見えなかったが、1瞬赤い光、ぞっとするほど冷たい知性を感じさせる爬虫類の瞳が瞬くのが見えた。あの暗闇にまぎれてこの捕食者、いまだ全貌の掴めない謎のドラゴンが蔦を伸ばし、静かに獲物を待っているのだろう。

 スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン 攻2800

『マスター、聞いてくれ。あれだけのモンスターを封印していたとなると、それを破るために必要な力も相当なものだったはずだ。おそらくあのスターヴ・ヴェノムには、洗脳のため分け与えられたダークネスの力のほとんどがつぎ込まれているだろう。となるとどう転ぶにせよ、あのモンスターが鍵になりそうだ。奪おうなどと考えずに、さっさと破壊してしまえよ?』
「さあ、スターヴ・ヴェノムの効果発動!このカードの融合召喚に成功した場合、相手フィールド上に特殊召喚されたモンスター1体を選んでその攻撃力をターン終了時まで加算する!当然選べるのは、サンダー・ザ・キングさ」

 蔦のうち1本がおもむろに張り付いていた壁を離れ、白き三つ首のドラゴンの体を締め付けた。食い込んだ蔦は貪欲にその体に根を張り、根から吸い取られた雷撃の力が蔦を通して闇の奥の本体へと運ばれていく。だけど僕もチャクチャルさんも、当の本人であるサンダー・ザ・キングでさえそれには慌てなかった。
 スターヴ・ヴェノム、確かに恐ろしい効果ではある。だけど、その対抗策となるカードは既にこの手の中にある。

『なかなか攻撃的な効果だが、欠点がないわけではない。今だ、マスター!』
「もちろん。速攻魔法発動、月の書!スターヴ……いや、サンダー・ザ・キングを選択して、裏守備に変更する!これで特殊召喚されたモンスターは僕のフィールドからいなくなった、よってスターヴ・ヴェノムの効果は不発!」

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→???

「躱されたか……だとしても、いや、そうか。これ、自分で思いついたのかい?だとしたら、なかなかやるね」
「まあね。稲石さんのカードの効果、ちょこっと使わせてもらったよ」

 そう。本来ならばこの緊急回避、素直にスターヴの方に発動する方がツーヘッドも攻撃されることなくて済む。にもかかわらず、僕はサンダー・ザ・キングを裏にすることで効果を不発にさせることを選んだ。なぜか。
 その答えは稲石さん自身の発動したこのフィールド魔法、ゴーストリック・ハウスにある。これまでも再三見てきたようにこのフィールドには、互いの裏守備モンスターに対する攻撃を禁止する効果がある。本来ならば守備表示だとスターヴ・ヴェノムの攻撃に耐えきれないサンダー・ザ・キングも、ハウスに守られることで攻撃されず返しの僕のターンに安全に反転召喚できる。おまけにハウスのもう1つの特殊能力、ダメージ半減が適用されるためツーヘッドとスターヴ・ヴェノムが戦闘しても僕のライフはまだギリギリ残るという寸法だ。次のターンで稲石さんにより多くのダメージを与えるためには、スターヴ・ヴェノムにはまだ攻撃表示のままでいてもらわなければいけない。となると、僕の受けるダメージなんて些細なものだ。
 もちろん、普段ならばこれだってなかなかの、それもハイリスクローリターンなギャンブルだ。だが今の稲石さんは融合召喚で今度こそ手札を使い果たしてしまい、墓地にも発動できそうなカードは存在しない。次に稲石さんがカードを引くまで、この盤面に不確定要素は存在しない。

「狙い通りなんだろうけど、ここで引くわけにはいかないか。スターヴ・ヴェノムでツーヘッド・シャークに攻撃」

 暗闇の奥でまたも赤い瞳が瞬くと、天井に伸びていた蔦の1本が突然外れて鞭のようにツーヘッドの体をその死角から打ち据える。例え蔦の1本といえど、その威力はさすがにドラゴンの一部、というべきか。

 スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン 攻2800→ツーヘッド・シャーク 攻1200(破壊)
 清明 LP1300→500

「ゴーストリック・ハウスで、ダメージは半分になる……さらに補給部隊で、また1枚をドローさせてもらうよ」
「やってくれるね、本当に。でもいいよ、自分はこれでターンエンドさ」

 ここまでは計算通り。でもその言葉を聞いた瞬間、せっかく感じていた勝利への高揚感も引いていった。手札をすべて使って出したエースモンスターが大した成果も挙げぬまま今まさに破壊されようとしているのに、なんで稲石さんにはこんなに余裕があるのだろう。まるで、まだ何か隠し玉があると言わんばかりのこの様子はなんだ。
 いっそリリースしてやろうか、そんな考えも頭をかすめた。僕の墓地にある妨げられた壊獣の眠りは、自身を除外することでデッキから壊獣1体を手札に加える効果も持つ。これを使って適当な壊獣をサーチすれば、あのスターヴ・ヴェノムを戦わずして墓地に送ることもできる。
 だけどそれで、ダークネスの力を掃うことができるのか。仮にそれをして勝てたとしても、ダークネスの力が残ったままならば稲石さんはもう1度僕の前に立ちふさがるだろう。その場合、最悪稲石さんはスターヴ・ヴェノムをもう2度と出してこない可能性まである。となるとやはり今、あのドラゴンを打ち破る必要がある。

 清明 LP500 手札:4
モンスター:???(サンダー・ザ・キング)
魔法・罠:補給部隊
     グレイドル・インパクト
 稲石 LP1850 手札:0
モンスター:スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン(攻)
魔法・罠:魔力倹約術
場:ゴーストリック・ハウス

「ドロー。これは……」

 あの余裕の真意はなんだろう。スターヴ・ヴェノムにはなんらかの耐性があって、それを使ってこの攻撃を耐えようとしている?それとも融合時の他に、まだ攻撃力を上げる手段を持っていて返り討ちにしようとしている?仮にその正体を破壊耐性だと仮定すれば、一応この手札ならもう1撃を与えることもできる。さっきの様子だと、チャクチャルさんもあのカードに対する知識は薄いようだからそちらからのアドバイスもあまり期待できない。グレイドルカードさえあればもう1度インパクトをぶちかまして様子を見ることもできるのに、あいにく手元にそれを用意する手段はない。
 などとぐだぐだ考えては見たが、要するに道は2つに1つ。このまま前のめりに攻めるか、手持ちを温存してサンダー・ザ・キングだけで様子を見るか、だ。だけどこのターン、稲石さんに打てる手は限られているわけだし。あの人の手札がないなんて、こんな絶好の機会そうはない。

『悩ましい所ではあるが、ここまでくるとマスターの好みの問題だな。突き放すような言い方になるがどちらの考えにも一定の理がある以上、選択を左右するのは自分しかいない』
「なら……僕はこのまま、前に出る!手札からシャーク・サッカーを召喚して、そのままリリース!場の水属性モンスター1体をリリースすることで、手札のシャークラーケンは特殊召喚できる!」

 シャークラーケン 攻2400

「特殊召喚可能な上級モンスターか。なるほどね、だけど攻撃力2400程度じゃあ、自分のライフを削りきることはできないみたいだけど?」
「そんなの僕だってわかってる。でもそのこのカードがあれば、話は別さ。魔法カード、アクア・ジェットを発動!魚族モンスターのシャークラーケンは、その攻撃力を1000ポイントアップさせる!」
「まだそんな手が……」

 シャークラーケン 攻2400→3400

 これで、こちらの場の累計攻撃力は6700。しかも今の稲石さんの物言いだと、スターヴ・ヴェノムはどうやら破壊耐性を持つモンスターではないようだ。何を企んでいるにせよ、この2体なら真正面から押し切れる。

「バトル!シャークラーケンでスターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンに攻撃!」
「ゴーストリック・ハウスの効果!」

 シャークラーケン 攻3400→スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン 攻2800(破壊)
 稲石 LP1850→1550

 シャークラーケンが口から青い光線を放って廊下の向こう、暗闇の奥のドラゴンの本体に猛攻を加える。相変わらず雌その姿は見えず悲鳴1つあげなかったものの、その闇の中からはっきりと苦痛の感情が伝わってきた。廊下銃を走る紫色の蔦がみるみる枯れていき、1本また1本と力なく床に落下する。

「よし!……稲石さん!」

 これで、ダークネスの影響を受けたカードは突破できた。となると、光の結社事件の時と同じならばこれで稲石さんの洗脳も解けるはずだ。稲石さんを包む闇の力が消滅前の最後の抵抗とばかりに暴れ回り、その場で飛ばされないように立っているのがやっとなほどの暴風が吹き荒れる。
 そしてその終わりは、始まった時と同じように唐突に訪れた。力を使い果たした闇が霧散していき、稲石さんの体がそこから解放される。立ち尽くす稲石さんに近寄ろうとした時、静かだが真剣な声が頭に響いた。

『……待て、マスター。何かがおかしい、どうも様子が気にかかる』

 チャクチャルさんが何に気を取られたのか僕にはわからないが、この邪神はそういうたちの悪い冗談を言うタイプではない。言われたとおりに立ち止ると、ようやく意識のはっきりしてきたらしい稲石さんの声がした。
 そしてその内容に、またしても背筋が寒くなる。

「スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンが破壊されたことで、最後の強制効果を発動。フィールド上の特殊召喚されたモンスターは、すべて破壊される」

 主の死と共に枯れ果てたはずのスターヴ・ヴェノムの蔦に、花に、最後の生命が宿る。でたらめにあちこちから枝分かれしてはその先端に無数の花を咲かせ、廊下全てが紫の蔦と黄色い花で埋め尽くされたところでその牙の奥から一斉に花粉らしき粉を吐き出しては再び枯れていく。辺りに充満した花粉はほんの数秒と経たないうちに濃密な煙幕となって僕の視界を奪い、その煙の向こうから僕のモンスターの断末魔の悲鳴が聞こえた。

「そんな……!」

 眠りの効果でデッキから呼ばれたサンダー・ザ・キングに、自身の効果で出てきたシャークラーケン。僕のフィールドにいたのは、2体とも特殊召喚されたモンスターだ。だけどそれより信じられないのは、いくら強制効果とはいえまだデュエルを続ける意思が稲石さんにあるということだ。闇の力を吸ったカードは倒したはずなのに、どうして。

「稲石、さん?」

 僕の呼びかけに、今初めて気が付いたという風に目を瞬かせながらこちらを見る稲石さん。その目の中にあったのは、もはやダークネスの影響など受けてはいないことは明白な冷静な自我だった。

「どうして……」
「どうして?随分と変な質問だね、それは。ところで、ターンエンドしないのかい?」
『考えることは後でもできるから、今はとにかくありったけの準備をしておくんだ、マスター。どうもこのデュエル、ここからはこれまで以上に嫌な予感がする』
「くっ……補給部隊で1枚ドローして魔法カード、一時休戦を発動!互いにカードを1枚ドローして、次の相手ターン終了時までに発生する全ダメージは0になる。さらに、墓地の妨げられた壊獣の眠りの効果も発動。このカードを除外して、粘糸壊獣クモグスをサーチする」

 何もかも予想外のことだらけだけど、少なくとも最後の一言に関しては僕もチャクチャルさんと同意見だ。それは理屈ではなく、もっと原初的なデュエリストとしての本能でわかる。今の稲石さんは、ダークネスの洗脳時よりも明らかに危険な存在だ。とっておきの防御札をここで切り、次のターンでの安全を確保。さらに壊獣のサーチを見せつけることで、大型モンスターの展開もある程度牽制しておく。
 その準備を満足げに見やり、稲石さんもカードを引いた。

「それにしても、解放できたのがやっとスターヴ・ヴェノム止まりとはね。ダークネスの力といっても、こんなものか」

 言いながらポケットからさっきのドラゴン族・封印の壺のカードを取り出し、スッとひと撫でする。何か硬質なものが壊れるような音とともに、まばゆいばかりの光がカードから溢れて稲石さんの顔を照らした。

「これでよし、と。確か今、壊獣をサーチしていたよね?それは困るなあ、手札抹殺を発動。互いのプレイヤーは全ての手札を墓地に送り、その数だけ新たにドローする」
「……」

 稲石さんは今一時休戦で引いたカードを、僕は僕で手札の全てのカードを捨てる。牽制しつつデッキ圧縮もかねてのサーチだったけれど、それが裏目に出てしまった。でもこのドローで別の壊獣が引ければ……駄目か。

「スターヴ・ヴェノムは確かに十分強いカードだけど、まだその力を全て解放できているわけじゃない。魔法カード、龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)を発動。墓地のスターヴ・ヴェノムと捕食植物(プレデター・プランツ)サンデウ・キンジーを除外して、融合召喚!変異と異変に(いざな)われ、邪龍の牙よ全てを貪れ!……グリーディ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン!」

 暗闇の奥に本体を隠すことをやめた毒龍が、ついにその姿を白日の下にさらけ出した。先ほどまで見えていた蔦と花から仮にスターヴ・ヴェノムを花の姿と仮定するならば、このグリーディ・ヴェノムはさしずめその花がさらに時を経て結んだ果実の龍というべきだろうか。体中のあちこちにあるたわわに実った果実のような丸いエネルギー体が、余計にそんな印象を抱かせる。黄色い瞳がギラリと僕を見下ろし、その口がパキパキと音を立てて開く。

 グリーディー・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン 攻3300

 一時休戦を使っていなければ、僕のライフはここで尽きていた。稲石さんがなぜまだ戦いを続けるのかはわからないけれど、ここまで本気で来るというのなら僕も本気で迎え撃つしかない。僕のこの両肩には今、世界全体が乗っかっているといっても過言ではない。稲石さんに僕の邪魔をしなければいけない理由があるというのなら、僕にもそれをどうしても許せない理由がある。

「ターンエンド」

 そして、稲石さんのターンが終わる。僕も迷わない、もう覚悟は決めた。グリーディー・ヴェノム、どんな効果を持っているかはわからないけれど、その真価を発揮させる前に潰してやる。

 清明 LP500 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:補給部隊
     グレイドル・インパクト
 稲石 LP1550 手札:0
モンスター:グリーディー・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン(攻)
魔法・罠:魔力倹約術
場:ゴーストリック・ハウス

「ドロー!相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、カイザー・シースネークは攻守0、レベルを4にして特殊召喚できる。そしてこの効果で特殊召喚した時、さらに手札か墓地からレベル8の海竜族を特殊召喚できる。墓地のカイザー・シースネークよ、今ここに甦れ!」
「そうか、手札抹殺で……!」

 カイザー・シースネーク ☆8→4 攻2500→0 守1000→0
 カイザー・シースネーク ☆8→4 攻2500→0 守1000→0

 現れる2匹の大海蛇。しかしそれも、これから始まる出来事の序章に過ぎない。2体の姿が純白の霧に包まれ、その霧の彼方から僕の切り札がついにその姿を見せた。

「これで2体のモンスターが揃った。この2体をリリースして、霧の王(キングミスト)をアドバンス召喚!その攻撃力は、リリースしたモンスターの合計になる」

 霧の王 攻0→5000

「……確かにそれで攻撃すれば、大ダメージが発生する。だけど、その先がないね。ゴーストリック・ハウスの効果でダメージは半減し、わずかにだけどまだライフは残る。そのわずかなライフがあれば、それで十分さ。ひとつ教えておくけれど、グリーディー・ヴェノムはスターヴ・ヴェノムよりもさらに強力な破壊効果を持つ。たとえアドバンス召喚された霧の王だからといって免れることは叶わない、破壊時のモンスター全破壊効果をね」
「なら、破壊する前にライフを削りきるさ。フィールド魔法は既にあるんだ!魔法カード、死者蘇生を発動!さあ行くよチャクチャルさん、七つの海の力を纏い、穢れた大地を突き抜けろ!地縛神 Chacu(チャク) Challhua(チャルア)っ!」
『よしきた。これでゲームセットか』

 地縛神 Chacu Challhua 攻2900

「地縛神、これだと……」
「そう。これで終わりさ、稲石さん。Chacu Challhuaで攻撃、ミッドナイト・フラッド!地縛神は相手フィールドにモンスターが存在しても、ダイレクトアタックができる!もっとも、それもゴーストリック・ハウスに半減されるけどね」

 地縛神 Chacu Challhua 攻2900→稲石(直接攻撃)
 稲石 LP1550→100 

「くっ……」
「たとえグリーディー・ヴェノムの効果だろうと、稲石さんのライフが尽きれば意味はない。バトル、霧の王で最後の攻撃、ミスト・ストラングル!」

 霧の王が飛び、毒龍が迎え撃つ。先手を打って放たれた紫色の破壊光線を剣の腹で受け止めその向きを逸らし、そのまま振り切られたその一撃が龍の首を狩った。

 霧の王 攻5000→グリーディー・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン 攻3300(破壊)
 稲石 LP100→0





「稲石さん!」

 吹っ飛ばされて壁に激突し、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた稲石さんに、ソリッドビジョンが消えるのも待たずに駆け寄ろうとした。敵だろうがなんだろうが関係ない、稲石さんは僕の大事な友人だ。
 だが途中で、その足が止まってしまう。目の前で今、何かが起きようとしている。稲石さんの体からそしてその服からも、漆黒のオーラが溢れ出ている。あれは洗脳に使われたダークネスの力、ではない。確かにダークネスの力ではあるが、あの黒い霧のようなオーラには見覚えがある。ミスターTが不意に現れたり消えたりする時、決まって漏れ出ている闇の一部だ。

「まさか、稲石さんに化けて……」
「いや、違うよ。自分は自分、それは間違いない」

 思い当たった可能性も、弱々しいがはっきりした声で本人が否定する。でもそれはそうか、霧の王にチャクチャルさんと、僕の2大エースを両方持ち出してやっと勝つことができるほどの相手。ミスターTにそれは、いくらなんでも役不足だ。じゃあ、こうしている今も全身から溢れ出ては消えていくその闇はどう説明するのか。もう1度立ち上がる力も残っていないのか、その答えを壁にもたれて座り込んだままでぽつぽつと話し始める。

「にわかには信じられないだろうけどね。自分は元々、ここの生徒なんかじゃなかったのさ。その稲石ってのも、当然偽名だよ。本名は……いや、そんなもの存在しない、って言った方が正しいかな。自分はとある人間の魂をベースにしてダークネスが造った存在しない人間、つくりものの人格。手駒……の、できそこないさ。自分には、本来なら残るはずのなかった前世の記憶がかすかに残っている。だからこうして体も与えられず、幽霊として捨てられてたんだけどね。ちょっとした理由があってこの場所に来ていた前世の自分は、最後の最後に力の一部をそのエースカードだったグリーディー・ヴェノムと共に封印して、この場所に隠した。たとえその記憶の大部分を失っていても、どこかにそのかけらが残っていた。だから自分は、ずっとこの廃寮に留まっていたんだ。今ようやく、はっきりと思い出せたよ」
『嘘……ではないな。この土壇場で自らの狂気に飲み込まれ、現実とその狂気の狭間が曖昧になったというのなら話は別だが、そういうわけでもなさそうだ』
「だから、その体も今……」

 いまだ闇に分解されつつある稲石さんの体に目を向けると、稲石さん本人も自らの消えゆく体に目を落とす。声を上げて笑うものの、すぐに咳込んでしまう。

「ああ、そうさ。闇のデュエルの敗者は闇に喰われるけれど、作り物の魂だけの存在な自分の場合は跡形もなく消えてもともとの闇に帰る。もっとも、ここに来てからもう17?いや、18年だったかな?もういい加減にガタが来てたからね、そろそろ成仏する頃合いだったのかもね」

 自分という存在が、今まさに消えようとしている。たとえ作り物の命だろうと、それが怖くないわけがない。それでもいつも通りに飄々とした態度で強がってみせる稲石さんに、なんと声を掛けようとしたのかは自分でもわからない。でも僕が口を開いた瞬間、それを止めたのは稲石さん本人だった。

「いいから。自分にこれ以上構っているだけの時間は、今の君にはないはずだよ?それに稲石なんて存在はもともと存在しない、始めからこうなるのが自然の摂理さ。本当はもっと、自分の前世についても色々な話をしたい。君にとっても、これは無関係な話じゃないからね。だけどもう、それだけの時間はない……ただね、1つだけ君を心配する友人として、最後にアドバイスしてあげるよ」
「え……?」

 次第に体の消滅が加速していき、もはやしゃべるのも辛そうだ。それでも稲石さんは僕の目を真っ直ぐに見て、最期の言葉を絞り出す。

「自分は今朝まで放置されていたレベルのできそこないだけど、より手駒として質の高い完成品が君の近くにいる。恐らくは、つい昨日までの自分と同じようにその記憶を消された無自覚の状態でね。昔、ある人が死んだ。自分はその人の魂の半分を元にして作られた人格、だけど彼女はその人の残りの魂にダークネスが手を加えて捉えた本物の生命。おそらくそれが、君たちの言うダークネスのこちら側からの協力者だ。いや、仮にダークネスが関係なくても、君は彼女と戦わなくちゃいけない。辛い戦いになるだろうけど、どうしても回避することはできない。君は君自身が考えるよりずっと前からダークネス、それから自分の前世たちには目をつけられていた存在なんだよ」
「い、一体何を……」
「わからないかい?河風夢想。1度しか彼女には会っていないけれど、前世の記憶を取り戻した今思い返せばはっきりとわかる。彼女は自分と同じ、自分のオリジナルだ。でも覚えておいてほしい、君が死ぬことは、自分も彼女も願ってはいない。気を……付けて……」

 河風夢想。彼女の名を口にしてすぐ、稲石さんの体は、そして魂は2度と手の届かないところに消えてしまった。たくさんの謎と、大きな悲しみと引きかえに。
 早く動かなくちゃいけない。三沢に頼まれた賢者の石を、早く調達しなくては。頭ではわかっているのに、いつまでも体が動かなかった。さっきまで人がいたとはとても思えない何の変哲もない壁をじっと見つめたまま、いつまでもその場に固まっていた。いつまでも、いつまでも。 
 

 
後書き
そりゃクライマックスだもん、これまで伏線張るだけ張って避けてきた夢想の物語だってちゃんとしますとも。
稲石さんについては……あの人も葵ちゃん同様、オリキャラの1人として後語りで動かしていて思ったことやボツ設定等何か書きます。今しばらくは本編を続けますが、興味ある人は読んでね。とにかく今の段階で、あの人にかける言葉は1つです。
稲石さん、お疲れ様でした。 
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