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儚き想い、されど永遠の想い

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357部分:第二十七話 このうえない喜びの後でその九


第二十七話 このうえない喜びの後でその九

「独逸では林檎を食べていれば医師はいらないとまで言われているそうです」
「お医者様がですか」
「はい、いらないとまでなのです」
 言われているというのだ。
「ですからどうかです」
「この林檎もですね」
「召し上がって下さい」
「身体にいいものを食べていって」
「ゆっくりと過ごされて下さい」
 この林檎もだった。義正、そして周囲の真理への気遣いだった。真理はその林檎も食べた。そこにも美味しさと心があった。このことはまたあったがそのことは二人は知らずそしてその時の彼等はこの時の彼等でもなくだ。この話はここで無意識の中に入り繰り返されることになる。しかし今は。
 そうしたものを食べ心を受けて暫く経った。季節は冬になっていた。
 神戸も銀世界になった。その雪を見て真理は共にいる婆やに話した。
「この雪も」
「雪もですか」
「いいものですね」
 微笑みだ。真理は婆やに言うのである。
「一面が。白く化粧されるのも」
「そうですね。冬は厳しい季節ですが」
「それでもその中には」
「雪もあります」
 その一面を化粧するそれがだというのだ。
「ただ厳しいだけではありませんね」
「はい、本当に」
 こう話しながら二人は雪、庭を白く染め上げた雪を見ている。木も芝生も今は銀世界だ。その銀世界を見ながら話をするのである。
 その中でだ。婆やが真理に話した。
「ただ。奥様」
「何か」
「こうして外で見ると冷えます」
 二人は今その庭に出て見ているのだ。だがそれはだというのだ。
「ですから。お屋敷の中に入られて」
「そうしてですね」
「その中から見ましょう」
 銀化粧の庭を。そうしようというのだ。
「それでどうでしょうか」
「そうですね。ではそうしましょう」
「お茶も用意してあります」
 婆やはそれもあると話す。
「ですから」
「はい、それでは」
 こう話してだ。二人は屋敷の中に戻ろうとする。しかしだった。
 真理は庭に背を向けたその時にだ。不意に咳込んだ。そうしてだ。
 幾度も大きな咳をした。右手で口を抑えるがそれでも出てだ。遂には。 
 これまでになく血を吐いた。それは口を抑えている右手からも溢れ出る。そのまま下に落ち白い雪を染め上げていく。その真理を見て。
 婆やは蒼白になりながらもだった。すぐにだ。
 屋敷に向かいだ。こう叫んだのだった。
「誰か。誰か来て下さい」
 こう告げてすぐにだ。蹲った真理に駆け寄りだ。
 その身体を抱く様にして寄り添い。こう言ったのである。
「大丈夫です。心配はいりません」
「ですが」
「大丈夫です」 
 強張った顔でやはり蒼白になっている真理に言ったのである。
 
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