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KAMITO -少年篇-

作者:redo
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英雄のいた国

その日の修行はひとまず終わり、夜になってタズナの家に戻ったカミト達。ツナミお手製の夕食が振る舞われ、エネルギーを補充しようと食い付く。

「いやぁ!超楽しいわい!こんなに大勢で食事をするのは久しぶりじゃな!」

大きなテーブルに並べられた夕飯を囲むタズナ一家とカカシ率いる第7班。人数が多いこともあってそれなりに賑やかだが、イナリは相変わらず暗い顔をしている。

サスケはよほど腹が減っていたのか、余所見もせず食事に夢中。

一方カミトは休憩もロクに取らずに修行を続けたため疲労が激しく、身体もかなりボロボロだった。食事を取る気力もなく、ゆっくりと手を付けながら少しずつ口に運ぶ。

「大丈夫?」

思わず心配になったサクラが声を掛ける。

「大丈夫……だと思う」

自信なさ気に答えても、カミトの食事のペースが変わるわけでもなかった。

(まずいな。サスケもカミトも、今日は大した収穫を取っていない)

修行開始から1日で悪い兆候が出てきていることに、カカシは危機感を抱いた。





夕食が済んだ後、食卓にはお茶が並び、カカシ達はタズナと何気なく会話を弾ませていた。しばらく会話が進んだ直後、居間に飾られた写真にサクラが注目した。

「あの……なんで敗れた写真なんか飾ってるんですか?イナリ君、食事中ずっとこれを見てたみたいだけど……なんか写ってた誰かを意図的に破った感じよね」

家族写真のようだが、写っているのはタズナ、イナリ、ツナミの3人だけ。しかし、破れた部分にもう1人写っているように見える。

「……夫よ」

洗い物をしながら、ツナミは重い口を開く。

「……かつて……この国の英雄と呼ばれた男じゃ」

タズナの呟くように吐いた途端、イナリが急に席を立ち、黙ったまま居間から出て行ってしまった。

「イナリ!どこ行くの!?イナリ!」

ツナミの呼びかけに応じず、イナリは無口のまま出て行ってしまった。その剣幕な様子は、明らかに普通ではなかった。

「イナリ君、どうしたっていうの?」

「何か訳有りのようですね」

サクラに次いで、カカシが気まずくなったタズナに理由を聞こうとした。

「イナリには……血の繋がらない父親がいた。超仲良く、本当の親子のようじゃった」

悲しそうに呟き始めるタズナの手は、わずかに震えていた。

「じゃが……あの事件以来……イナリは変わってしまった」

「あの事件?」

眼に涙を溜めたタズナは、ゆっくりな口調で話し出す。

「3年ほど前のことじゃった。名を《カイザ》と言い、元は国外から夢を求めてこの島にやって来た漁師じゃった」

渋い顔つきとなったタズナの説明は続く。

波の国に働きに訪れ、海に落とされ溺れかけていたイナリを助けたことによって懐かれ、その縁でツナミの再婚相手となり、タズナ一家の一員となった。

その後も国の人々や家族のために危険を顧みずに行動する姿から、いつしか《英雄》と呼ばれるようになり、イナリにとって誇れる父親となった。

しかし__。

そんなある日、穏やかで平和だった波の国を牛耳りにやって来たガトーの政策に武力を持って抵抗したカイザは、ガトーに眼を付けられてしまった。

そこまで話した直後、タズナは肩を震わせ、必死に絞り出すように答えた。

「カイザは……国の人々の前で……ガトーに公開処刑されたんじゃ」

「「え!?」」

サクラとカミトは一瞬理解できず、固まってしまった。

「そういうことでしたか」

「それ以来……イナリも、この国の連中も変わってしまったんじゃ」

タズナが苦しい過去を語っている間、カミトは怒りが込み上がったように両手の拳を強く握る。あの日に見たイナリの悲しい叫びの経緯を知り、自分の疲労などすでに忘れていた。

「………」

すると突然、カミトは沈黙したまま椅子から立ち上がり、外へ出ようと戸口に向かった。

「ちょっと……どこ行くつもりよ?」

「修行するつもりなら、今日はやめとけ。チャクラの練り過ぎたせいで、さすがに限界だろ」

サクラとカカシの制止に耳も貸さず、カミトは外へ出ようとする。

「……証明する」

「証明って、何を?」

サクラの問いに反応し立ち止まると、わずかに微笑みながら振り返った。

「たった1人でいいんだ。たった1人でも、悲しみをわかち合える人がいれば……希望が持てるってことを」

そう言い残し、カミトは外へ出て暗闇へと消えて行った。











修行開始から6日目。

「ふぁ〜〜」

あくびをしながらサクラが気持ちよさそうに体を伸ばし、居間に降りてきた。すでにカカシとサスケは起きてテーブル席に腰を下ろし、タズナと共に朝食を取っていた。

「カミトの奴、昨晩も帰って来んかったのか?」

「おじさんの話を聞いてから、毎晩1人で犬と修行してるわよ」

タズナからカイザの話を聞かされてから5日が経過。カミトは1日中ほとんど森に出向き、カカシの口寄せ忍犬と修行に明け暮れるようになった。たまに家に戻ってくることもあるが、大抵の要件は飯を食べるためだけである。

サクラもツナミもいよいよ心配になってきた。

「チャクラの使い過ぎで死んだりしないわよね?」

「大丈夫かしら?子供が真夜中外にいるなんて……」

不意に、カカシが口を挟む。

「な〜に、心配いりませんよ。まだ子供とは言え、あいつも一端の忍者ですから」

カミトは一度決めたら諦めない頑固な一面を持っている。それを見定めたカカシは、それほど心配していなかった。

「どうだかな。あいつ、本当に死んでんじゃねぇのか?」

ほとんど姿を見せないところを見ると、修行がうまくいっているか、その逆のどちらかだろう。

しかし、カミトのこと嘲笑う余裕もなく、サスケも自分の修行がうまくいっていないことに焦りを感じていた。











修行場の森に朝日が差し込み、連日の過酷な修行の末に倒れ込んだカミトを照らしていた。

暖かい木漏れ日の中、死んだように眠り込むカミトを囲むよう小鳥達が集まっている。その時、カミトに小耳に優雅な声が入り込み、声の主が肩にそっと手を伸ばす。

「こんな場所で寝てると、風邪ひきますよ」

「んん……んむぅ、お姉さん、誰だ?」

ゆっくりと眼を覚ましたカミトの瞳に映ったのは、眼を(くら)ませる日差しと、美しい少女の姿だった。





薬草を取りに来ただけ、とだけ言う目の前の少女が何者かは、それほど気にならなかった。

「ドクダミとオトギリソウ、取ってきたよ」

「すいません、手伝わせちゃって」

果てしない修行の末、偶然あるいは運命のように出会った少女とそれなりに打ち解けたカミトは、薬草狩りを手伝う。少女の正体が、実は再不斬の部下である《(ハク)》だと知る由もなく、カミトとの(むつ)まじい姿はまるで姉弟のようだ。

(まさか……こんな所で出くわすなんて。予想外ですが、ちょうどいい機会ですね)

再不斬の治療のために薬草を取りに来ただけが、思わぬ出会いをしてしまった。まさか自分のターゲットであるカミトと行き合うとは夢にも思っていなかった。

幸い今の白は桃色の着流しを着ているため、カミトに一般人として見られている。注意深くカミトを観察しながらも、白は怪しまれないよう自然に振る舞う。

「それにしても、君は薬草に詳しいんですね。きっと、いい医者になれますよ」

「医者になるつもりはないけど、薬草にはそれなりに自信があるからね」

森生活の長いカミトは時々、食材以外にも薬草を狩ることもあった。

薬草がカミトの得意分野の1つだったのも、白にとっては幸いだったと言えるだろう。カミトは白に言われた通りの薬草をなんの迷いもなく持ってくる。

「こんなに薬草に詳しいなんて、意外ですね」

医療忍者でもある白は、カミトの意外な才能に感心していた。

__ふふ……本当だ……死んじゃった__。

(……この感じ……気のせい?)

一瞬感じた違和感に、カミトは首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「……いや……なんでもない」

カミトは違和感の正体に気づかず、再び薬草を集め始める。白は間近でカミトを観察する内に気を張った。

(まさか……気づいてたりして……?)

再不斬から感知タイプだと聞いてはいたが、先ほどの様子から見て自分の正体に気づいたのではないか、と白は少なからず危惧した。しかし、今のカミトからは殺気や覇気のようなものは感じられない。ひとまず安心した白だが、同時に再不斬が警戒した理由を悟った。

「ところで、君は朝早くからこんな所で、何をやってたんですか?」

白はそれとなく、カミトを詮索してみる。

「修行だよ」

一瞬の間も開けず率直に答えた。

「修行って……君は忍者なんですか?」

「あ、いや……えっと……」

本来、忍者は決して身分を明かしてはならない。カミトは少々戸惑いながら否定しようとするが、時すでに遅し。

「あはははは!その額当てでバレバレですよ」

「うっ……不覚」

恥ずかしそうに俯いたカミトの姿が可愛らしく見えた白は、訊く。

「でも、なんで修行なんてしてるんですか?」

「そりゃあ……もっと強くなるためだよ」

「なんのためにですか?」

自信気に答えるカミトに、白は聞き返した。カミトは一旦手を止め、改めて自分の目標について考えた。

今は将来の夢を決め兼ねている状態だが、自分がすべきことはわかっていた。

「まぁ……立派な忍者になること。後は……大切な人を守るため……かな」

カミトはふと、イルカやヒルゼン、カカシ達第7班のメンバーを思い浮かべ、優雅で清らかな声を静かに響かせた。特に最後の一言に、白は眼を見開いた。

「君にも、大切な人がいるんですね」

「ああ。目標のためにもっと強くならなきゃダメなんだ。 そうでなければ、俺に生きている意味はないからね」

立派に聞こえるが、語り手のカミトはどこか悲しそうな表情を浮かべていた。

「どうして……そう思うんですか?」

白の問いに答えるまで数十秒ほどの間が空いた。

「複雑な事情があって、俺は……生まれた時からずっと孤独で……里の人達に化け物扱いされてばかりなんだ。自分の存在に意味を見い出せずに生きてきたんだけど……最近ある事実を聞いて、ようやく自分の存在意義を見い出せたんだ。だから……もっと強くなりたい。それに……」

「それに?」

悲しみを押し殺した声でゆっくりと吐き出す。

「手の届く所に手を伸ばさなかったら、一生後悔する。……それが嫌だから、ひたすら手を伸ばすんだ」

カミトの語る名言染みた思いに、白は過去の自分自身を重ねた。

「その気持ち……痛いほどわかりますよ」

「え?」

沈黙した白に、カミトは眼を丸くした。

「人は……大切な何かを守りたいと思った時に、本当に強くなれるものなんです」

白のその言葉がカミトの心に強く響き、自身がミズキに殺されそうになったイルカを助けた時の一部始終が咄嗟に思い返させた。

大きな共感を抱いたカミトとは別に、白は再び自分とカミトを重ね合わせる。

生まれてから孤独で、恩人に尽くすことに生き甲斐を見い出してきた自分。人の命は決して平等ではない。なんの価値も持たずに生まれてきた自分。

自分とカミトの生き様と信念が似ていると、悟りを開いた。

「君はもう充分強いよ。僕が保証します」

そう言って白は、薬草を積んだ(かご)を持ち、その場から立ち上がる。

「近い内にまた……どこかで会いましょう」

「……?」

どこか裏のある白の最後の言葉が、不吉に思えた。

「ああ、それと……」

「ん?」

急に足を止めた白が、付け加えた。

「僕は《男》ですよ!」

「……え!?」

いきなり突拍子もない事実を聞かされ、カミトは脳天が稲妻にでも打たれたかのような衝撃を受けた。

(嘘だろ!?あの顔で男!?)

事実を頭の中で処理するには時間がかかりそうだ。





それから数分が経過して__。

「ちっ!あの天然が」

カカシに言われてカミトを迎えに来たサスケ。しかし、本心ではカミトの修行の見る気だった。

その時、前方から桃色の浴衣を来た少女__少年が歩いてくるのを見かけた。

(気味が悪りぃな……こんな森の中を1人で……)

すれ違う少年を怪訝そうに見送るが、何事もなく通り過ぎた。少年に対する興味を逸らし、再び歩き始めた。

すぐ先の草むらに座り込んでいた、見慣れた緑髪少年が眼に映る。

「おい、 カカシが呼んでるぞ」

声を掛けるが、当のカミトは固まったまま地面に座り込み、何やら物思いに耽っていた。

「おい!起きろ!」

ゴン!

「痛!」

気絶していると思ったサスケは、カミトの頭に拳骨を喰らわせた。

「何するんだよ?」

「お前が無反応だったんだろうが」

サスケに次いで、首を左右に向けながら周りを確認する。するとカミトは今の状況を把握した。

「……ああ、そうか」

「修行で失敗でもしたのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

女のような顔立ちをした男と居合わせた、などと言えるわけもなく自分で口を遮った。

「何があったか知らんが……とりあえず戻るぞ」

「あ、ああ」

サスケはウンザリしながらため息を漏らし、カミトに背を向けて歩き出した。

「なぁ……サスケ」

「なんだ?」

急にカミトに声を掛けられたサスケは振り向く。

「サスケって、もしかして……女の子?」

「っ!?」

次の瞬間、サスケの渾身の一撃がカミトに命中し、遥か遠くに投げ飛ばされたのは言うまでもなかった。











修行開始から7日目の夕方。修行期限の最後となったこの日、カミトは昨晩の内に修行を再開し、サスケは朝早くからタズナの家を出て行った。

「2人とも、ちゃんと修行の成果は出たかしら?」

「ま、そうでないと困るしね」

サスケとカミトの修行具合を確認しようと、カカシとサクラの2人は修行場の森に訪れていた。

すると__。

「俺ならここだ」

突然、遥か上の方角から響き渡る声。

2人が見上げた目先で、サスケが足だけでコウモリの如く木の枝を垂直に逆さ吊りになっていた。

「きゃー!!さすがサスケ君!!」

サクラが嬌声(きょうせい)を上げる中、カカシはカミトの姿が見当たらないことを不審に思った。

「サスケ、カミトはどこ行ったんだ?」

「さぁな。だが……」

中途半端に言い、反対側の木に指を差す。

「ん?」

そこには、カカシが口寄せした忍犬パックンが息を切らしたまま寝転んでいた。

「あれって先生の忍犬よね?何があったのかしら?」

サクラが不思議そうに首を傾げると同時に、カカシがパックンに近寄る。

「おいパックン、カミトはどうした?」

「はぁ、はぁ……あの小僧、ワシを一晩中ずっと()き使いおって……。向こうじゃ、向こう」

パックンが肉球で上を差し、カカシは釣られるように上を見る。

「……!?」

それを見た瞬間、カカシは言葉を失った。

森の中で一番高い木の幹に足を吸着させ、カカシとサクラを見下ろすカミトの姿があった。

「先生!やりましたよ!」

グッジョブと力強く親指を立て、自分の成果を伝える。

「もしかして……」

修行の成果を悟ったカカシがパックンに問い掛ける。

「ああ、あの小僧は完璧に成し遂げよった。感知能力でワシの攻撃をことごとくかわした上、容易に木登りをこなしたんじゃから、もう合格じゃと言ったんじゃ。じゃが、あの小僧ときたら……物足りないからもっと続ける、などと言いおって……あいつのわがままに散々付き合わされる羽目になったわい。まったく」

不貞腐れるパックンの様子を見て、カカシは満足そうに頷く。

「そうか、ご苦労さん。おかげで助かったよ」

カカシはパックン達を労うと、カミトに呼び掛ける。

「カミト!とりあえず降りてこい!」

「は〜い!」

その途端、カミトは足の吸着力を解き、地面に真っ逆さまに落下する。途中で体を前方回転させ、優雅な姿で足を地面に着地させた。

「その様子なら大丈夫そうだが……お前も無茶をしたもんだな」

「でも無茶しなきゃ、やり遂げられないこともありますよ」

「……そうだな」

修行1日目の際にサクラに言った自分の言葉が、そっくりそのままカミトから返ってきた。

カミトはカカシは横に並べて歩き出し、サクラとサスケの方へ向かう。

「うわ!すご!」

全身がほとんど汗と泥塗れになり、傷を負ったカミトを見てサクラは思わずギョッとした。

「先生、これで俺も合格ですか?」

カカシを見上げながら自身あり気に尋ねる。その眼は期待に満ちていた。

(まさか本当にやり遂げてしまうとはなぁ。なんと言ったらいいのか……)

ほんの1週間でカミトが木登りによるチャクラコントロールと感知能力を修得してしまった。最初は半信半疑だったものの、カミトの成長速度には目を見張るところがある。

「なんと言うか……お前達みんな、俺が想像していた以上の成長振りだな」

カカシは感慨(かんがい)深く生徒3人を見渡す。

サクラはたった一度の挑戦で木登りを物にし、サスケも持ち前のプライドで見事修得して見せ、カミトはその胸に宿る強い意志と共に成長している。

「そういえば、先生に見せたい術があるんですけど」

突然のカミトの言葉に、カカシは少なからず興味を抱いた。

「どんな術だ?」

「まぁ、見ててください」

何やら忍術を披露するカミトに、カカシだけでなくサクラも注目する。四方八方に首を振って誰もいない箇所を確認した後、カミトはその場所に向き直る。

両手で、()(たつ)()(とら)、4つの印を結び終えると__。

「水遁・水龍弾の術!」

発音と共に口から大量の一筋の水を発射し、やがてその水が巨大な龍を型取り始めた。

グルルァァアアア!!という雄叫びを放つ水龍が勇ましく地面にぶつかり、大きな(くぼ)みが出来上がった。

「い……今のは……!?」

「う、嘘!?」

今の術は、再不斬とカカシとの戦闘で見たのと同じ。唯一の違いは、池からではなく口から発動された術ということだけ。

カカシは勇ましい水龍よりも、カミトが上忍級の水遁忍術を使ったことに驚愕した。未だに木の枝で逆さ吊りになり、見下げるように眺めていたサスケも驚愕の表情を浮かべていた。

「カミト!なんでお前が水龍弾を!?俺は教えていないはずだぞ!」

カカシが急かすような慌て振りを披露しても、カミトは冷静に説明する。

「これですよ」

カミトは腰のポーチに手を入れ、1冊の青い本を取り出した。その本の表紙には《水遁:全集》と書き記されていた。

「その本って……確か、わたし達がカカシ先生を持っていた時に読んでいた本よね?」

サクラは過去を引っ張り出すかのように思い出した。

アカデミーで自分達の担当上忍が来るのを待った時、サバイバル演習でカカシを待った時にカミトが読んでいた本だ。

「ああ、いろんな水遁忍術が記されている本で、下忍昇格祝いとして三代目にもらったんだ。自分が水属性のチャクラを持っていると知った頃にも、いろんな本を読んできたけど……この本には二代目火影様が使っていた水遁も記載されている、かなり本格的な書物なんだ」

「火影様がそんな本を……」

カカシが知らない間に三代目火影《ヒルゼン》が術を記載した本をプレゼントしていた。カカシは一瞬、なぜ自分に伝えられていなかったのか、と疑問に思ったが、別にそれは大した問題ではなかった。

ヒルゼンの意図はおそらく、カミトに水遁を物にさせ、より優秀な忍に成長させること。カミトが修行を通して水遁を物にするという成果は、もちろんカカシもヒルゼン同様に期待していた。しかし、上忍級の水遁はさすがに予想外だった。

「どうやら俺は、とんでもない生徒の担当になったみたいだな」

自分の担当下忍達が最初に増してとても誇らしく思えたカカシだった。

「先生のおかげ、とも言えるけどね」

カミトは嬉しそうに笑みを浮かべる。

「……そうね」

水遁のおかげで硬直状態だったサクラも、いつしかカミトの嬉しそうな様子を見て安心し、吹っ切れたように納得した。サスケは決して笑顔を見せないが、どことなく満足な表情を浮かべている。

「よし!サスケもカミトも合格だ!明日からお前らもタズナさんの護衛についてもらうぞ!」

「了解!」

カミトの元気いっぱいの気合いが森に響き渡る。その顔にはかつてないほどの自信に満ち溢れていた。

(カミトがこんなすごい忍術を使えるようになるなんて……)

アカデミー時代のカミトのことした知らないサクラにとっては意外だ。

サスケや自分よりも劣る存在だと思っていたカミトがこの1週間、四六時中ずっと修行と努力を積み重ねてきた。そんな彼の姿はとても健気で、太陽の如く輝いて見えた。思わずカッコいいとすら感じてしまう。

「やったわねカミト!見直したわ!」

「ありがとう」

見事全員が合格を勝ち取り、和やかに互いを褒め称える中__。

(一応、これで準備は整ったな)

下忍達の準備は整い、カカシは迫り来る戦いに向けて希望が持てた。











ついに修行の最終日を終え、すっかり夜になった所でタズナの家に帰ってきたカミト達。特にサスケとカミトの2人は傷と泥に塗れた姿のまま、覚束ない足取りで夕食の席に腰を下ろした。カカシから合格を言い渡されても、2人の修行が終わるわけではなかった。

「おう!帰ってきたか!それにしてもお前ら2人は超ドロドロのバテバテじゃな」

自分で自分を切羽詰まった状況に陥落させたような有り様は、2人の努力の成果と証とも言える。

「俺もサスケも準備万端ってことだよ」

修行の成果に照れ笑いするカミトは、自分だけでなくサスケを慕うように煽てる。その様子を見て、タズナもようやく一安心することができた。

「でも2人とも、明日からの任務は大丈夫なの?特にカミトはかなり疲れ切ってるようだけど」

「これくらいどうってことないよ」

本当に大丈夫なのか、強がってるだけかはわからないが、カミトの大らかな態度にサクラは半端呆れ顔だった。ようやく3人揃って任務に戻ることができると思っていたが、実際は難しいと思われる。

「ふぅ〜、ワシも今日は橋の建設で超バテバテじゃわい。なんせ、もう少しで橋も完成じゃからな」

「だからって、あまり無理しないでね」

ツナミは疲労困憊のタズナを見て、心配そうに夕食をテーブルに運ぶ。大橋の完成を目前として、ようやく波の国の人々の悲願が叶えようとするタズナは、ふとカカシに尋ねる。

「前々から超訊いておきたかったんじゃが……ワシが任務の内容を偽ったというのに、どうしてここにいてくれるんじゃ?」

矢先、カカシは俯く。両手を重ねて肘をテーブルに下ろし、威厳なオーラを放つ。

「義を見てせざるは勇無きなり……勇将の下に弱卒無し」

「「え?」」

タズナとツナミが一斉に眼を丸くする。

「先代の火影様が、俺に教えてくれた言葉です」

先代__今は亡き《四代目火影》。

「まぁ、あんたらがいてくれるのは心強い。橋が完成するまでの間は超頼んだわい」

タズナもカミト達と同じく、着実に前を進む努力を積み重ねてきた。あと少しで悲願が叶う。微かに見えてきた希望が、タズナの家に久しく失われていた笑顔を取り戻し始める。

しかし、その中でたった1人__イナリだけは暗い顔でナルトを眺めていた。

「なんで……なんで……」

震えるような掠れ声に机に突っ伏しながらも、眼に映るボロボロなカミトの姿が羨ましく思い、同時に悔しくてたまらなかった。

「どうしたの、イナリ?」

食事に全く手をつけないイナリを心配し、ツナミが声を掛ける。

「なんでそんなになるまで必死に頑張るんだよ!?修行したってガトーの手下には敵いっこないんだよ!」

イナリは立ち上がり、大声を上げながらも涙を流し、非難した。

「いくら努力したって、本当に強い奴の前じゃ、弱い奴は殺されちゃうんだ!」

叫び声に等しいイナリの捲し立てに、食卓は静まり返った。

「だから……何?」

不意に、イナリに眼を向けることなくカミトが言葉を漏らす。

その無関心な台詞に、イナリは更に激昂した。

「お前を見てるとムカつくんだよ!余所者のくせにでしゃばりやがって! 辛いことなんか知らないくせに、いつも楽しそうにしてるお前とは違うんだよ!!」

イナリの息が切れるまで、全力でカミトに罵声を浴びせた。周りの人間皆が息を飲んで見守る中、カミトは動揺を一切として見せなかった。

「確かに……俺は君とは違う」

落ち着いた声と共にカミトは、静かに鋭い眼光でイナリを睨みつけた。

「でも、だからって悲劇の主人公を気取って、ただ泣いてればいいのか?」

唇を強張らせるように動かしながら、カミトは続ける。

「前に進むことを諦めた人に、とやかく言われたくない!」

普段落ち着いているカミトにしては意外なほど強い口調だった。その覇気に気圧されたイナリは水を打ったように押し黙り、悔し涙を流した。

「カミト!ちょっと言い過ぎよ!イナリ君の気持ちも少しは考えて……」

「考えたさ」

サクラの言葉に区切りがつく前に、途中から口を挟んだ

「考えた上で……言ったんだよ」

突き刺すようた言葉を残して席を立ち、カミトはその場から出て行く。











月が空高く上がった深夜。

気まずい空気を漂わせる夕食が終わり、家族や下忍達が寝静まった。一方、イナリは1人は睡眠を取らず桟橋に佇み、月を眺めていた。

「………」

「ちょっといいかな?」

不意に、カカシが背後から声を掛けてきた。イナリが無言のままだが、カカシはお構いなく隣に座り込み、そのまま話し始めた。

「カミトも、悪気があって言ったんじゃないんだ」

膝を抱え、黙ってカカシの話を聞くイナリ。

「お父さんのことは、タズナさんから聞いたよ」

するとカカシは、イナリと同じように月を見上げ、感慨深そうに言葉を(つむ)いだ。

「カミトも君と同じように……父親がいない。と言うより……両親と共に暮らしたことがないんだ」

「え?」

イナリはカカシから告げられた思いもよらぬ事実に驚きを隠せなかった。

「それにカミトには……家もなければ、最近まで友達の1人すらいなかった。本当は君以上に、辛い過去を抱えているんだ」

カカシの話を聞いて、カミトが努力する理由が尚更わからなくなってしまった。本当に自分より辛い過去を背負っているのなら、なぜ笑っていられるのか不思議だ。

「けど、あいつが弱虫みたいに泣く姿なんて、一度も見たことはない。あいつはいつも……誰かに自分を認めてもらおうと一生懸命で……そのためだったら、いつだって命懸けなんだ」

その時、イナリの脳裏に死んだ父親の姿が浮かんだ。今になって、父がなぜ最後の瞬間まで笑顔を見せていたのか、わかったような気がした。

「あいつはもう、泣き飽きてるんだよ。だから……強いっていうことの本当の意味を知ってる。君のお父さんと同じようにね」

カカシは片手をイナリの頭に置き、優しく撫でた。

「多分カミトが……君の気持ちを一番よく理解してるんだよ」

「え?」

「だからこそ、最初から諦めている君に知ってほしいんだよ。……前に進むことの大切さを」

「………」

カミトが伝えたかった本当の気持ち。それがイナリに伝わったかどうかはわからないが、自分の気持ちを理解してくれる人が1人でもいる。

イナリは、少しだけ心が軽くなったような気がしていた。
 
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