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ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで

作者:迷い猫
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幻影の旋律
  桜色再び

 黒山羊の真似事をしたリンはそのままの足でクエストをこなし、今はアルゲードに来ていた。

 隠しクエストとは言え戦闘系のものだけではなく、単純にフラグ立てが困難なだけのクエストもあり、今回のクエストもそれだった。
 内容は迷子探し。
 街の中にいる女の子を見つけ出し、親の元に連れ返すだけのクエストは対人スキルに些かの不安があるリンにとっては難易度が高いと思われたが、探し出すのにも連れ帰るのにもさしたる苦労はなかった。 報酬はリンからすれば微妙な性能の片手用直剣。 もっとも中層ゾーンのプレイヤーにしてみれば中々に高性能だろう。
 このまま持っていても使う機会がないことが明白なので、友人の商人のところに持ち込もうと言う算段だ。 二束三文で買い叩かれることもまた明白だが、それでも遊ばせておくよりはいい。 恐らくは中層ゾーンのプレイヤーに安値で販売されることになるだろうし、その点で見れば偽善的な充足感が得られるのだ。 時間を使っただけで実質原価はゼロなので、特に惜しいとも思わなかった。

 アルゲードは相変わらず雑然としていて、そして常の喧騒に包まれている。 人混みを目立たないように避けて路地に入り、そのまま目的地に向かおうとしたリンは、けれどそこで足を止めてしまう。

 「うぅー、う?」

 そこには桜色の悪魔がいた。

 なんで、と問う余裕はない。
 偶然、ばったり、偶々。
 運命を司る神とやらはずいぶんとリンに厳しいらしい。
 絶対に会いたくない人物。 ともすれば彼女の伴侶であるどこぞの腹黒少年と会うほうがまだ気は楽だ。 歩み寄りの気配を一切見せない、それどころか露骨な敵意さえ向けてくるあの少年との会話は確かに気分がいいものではないが、それでもまだ人間味があっていい。

 敵対する可能性がある。 敵対したら厄介だ。 だから敵視してなるべく近寄らない。
 その警戒心は過剰ではあるもののリンには理解ができる。 否……共感できる、と言ったほうが正解だろう。

 しかし彼女は違う。
 ソレの思考は理解の範疇の外にある。
 ソレにとっての世界は酷く狭窄で、たった1人の少年以外をその世界から締め出している。 リンはその在り方に恐怖し、同情し、けれどどうしてか僅かばかりの類似性を見出していた。
 故に忌避し、一層醜悪に見えてしまう。
 それは言ってしまえば同族嫌悪であり、ソレからすれば理不尽とも言える一方的で身勝手な感情だろう。

 それでも、理性とは別種の場所が軋むように警鐘を鳴らすのだ。
 ソレと関わってはいけない、と。
 故にリンはソレを視界に収めた瞬間、このまま回れ右して逃げ出したい衝動に駆られた。 そうでなくとも一度殺されかけているのだから、それは当然の反応なのかもしれない。
 幸いにしてソレはまだリンに気がついていない。 隠蔽スキルを発動すれば発見されることはないだろう。

 殆ど反射と言っていい思考を差し挟まない動作で隠蔽スキルを発動する。 攻略組の中でもトップクラスの熟練度を有する隠蔽は、視覚だけでなく聴覚や嗅覚すらも欺き、リンの存在を隠してしまう。
 それでも動けば隠蔽率は下がるし、音を立てればそれも同様だ。 そのまま緩やかな動作で音を立てず、けれど出来うる限りの迅速さを以って後退を始めた。 背を向ける度胸がないことを、しかし相手がソレであれば臆病者とは言えないだろう。

 一歩一歩確実に後退するリン。 少しずつ遠ざかるソレの後ろ姿を見て安堵しつつも決して気を抜かず、後数歩でソレが視界に収められる範囲から脱しようと言うその刹那……

 「あっはぁ」

 グリンと、ソレの首が翻った。

 まだ80%すら下回っていない隠蔽率を確認する余裕も、何故その状況下で気が付いたのか思案する余裕もない。
 全力の跳躍。
 後方に跳んだ瞬間、リンが先程まで立っていた場所にソレの拳が突き刺さった。 派手な動きをしたことによって著しく低下した隠蔽率は瞬く間に0を表示し、隠蔽が解除される。 紫色のウィンドウが煌めく地面を見下ろしていたソレの視線がリンを射抜き、その頃にはバックステップで大きく距離を置いていた。

 ここまで逃げればもしもの時に反応できるだろうと身構えたリンだったが、意外なことに追撃はなかった。

 「あはー、リンにーさんだったですかー」
 「…………」
 「そうとは知らずまたぶっ殺しちゃうところでした。 うにー、反省です」

 やはり反省の色はない。
 2度目ともなれば耐性もできているのだろう。 リンの持ち直しは早かった。

 「どうして、攻撃してきた?」
 「うー、なんかコソコソ覗き見されてる感じがしたからですよー」
 「……それだけか?」
 「です。 あ、でもここは圏内だからぶっ殺せないんでした」

 反省、ともう一度繰り返してソレはぺこりと頭を下げた。

 「また会えて嬉しいです、リンにーさん」
 「あ、ああ」
 「リンにーさんは嬉しくないですか?」
 「正直嬉しくはないな」
 「あはー、正直者ですねー」

 呆れたように笑いながら、ソレ——アマリは一歩リンに近付いた。
 今度はリンも逃げなかった。






 「迷子?」
 「です」
 「確かにこの辺りは入り組んでいるからな。 迷子になっても仕方ない、のか?」
 「ふぉろーに失敗してるです」

 真面目腐って言うリンと気にした風もないアマリ。
 よくよく考えるまでもなくおかしな組み合わせの2人は談笑しつつアルゲードの路地裏を歩いていた。
 聞けばあてもなく散歩をしていたらしい。 彷徨うアマリを放置するのは危険だと判断したリンが同行を申し出た形だ。
 もっとも、アマリに捕捉されるかもしれない通行人が危険な目に遭わないかの心配である。 余程のことでもない限りアマリに危険が迫ることはないと、信頼以外のナニカで確信しているのはリンだけではないだろう。

 「それにしてもお前があいつと別行動するとは思っていなかった。 旦那と一緒にいなくていいのか?」
 「私たちは一緒にいる時間は多いですけど、別にいつもいつでも一緒じゃないですよ」
 「そうなのか?」

 反射的に聞き返しながらリンは正体不明の違和感に苛まれていた。
 なにかが決定的に間違っているかのような感覚。 なにがどう間違っているのかわからないが、それが取り返しのつかない類のことのように思えてならない。

 「ところでリンにーさん」

 ふと、隣を歩くアマリが明るい声を発する。
 見ればただまっすぐだけを見据えていて、リンを見てはいない。 けれどそれはいつかのようにリンの存在を締め出しているわけではなく、視線を合わせたくないだけのように見えた。

 「リンにーさんは怒ってないですか?」
 「怒る? なにをだ?」
 「わかっていて惚けるのは感心しないです」

 むう、と唇を突き出しての抗議。
 その所作は穏やかで、あの時の狂気の片鱗は僅かたりともなかった。 そこにいるのは普通に普通の少女だ。
 それでドンドンと違和感が加速していく。

 「今回に限って言えば隠蔽を使っていた俺に非があると言えなくもない。 怒っていないと言えば嘘になるが、かと言って実害があったわけでもないしな」
 「いきなり襲いかかられるのは実害じゃないですか?」
 「……いや、実害だな」

 変なリンにーさんです、と朗らかにアマリが笑ったところでリンは違和感の正体に気がついた。

 アマリと会話が成立しているのだ。

 リンの中でのアマリの印象は《人語を解するが会話の成立しないモンスター》だ。 『あはー、ぶっ殺すですよー』で全てを終わらせてしまう類の、人間以外の法理を持ったナニカ。 だと言うのに今は会話が成立していて、あまつさえ談笑までしている。
 リンよりも付き合いが長くて深い戦乙女の面々もアマリのことを《常識の通用しない相手》として認識していると聞いた。 つまり彼女たちもアマリの異常性を知っていて、アマリは異常なのだと理解しているのだろう。 もっとも、それを踏まえても友人として遇している辺りが彼女たちの特異な点であり、だからこそのあの人望だ。

 しかし、今リンの隣を歩くアマリは至って普通の少女だった。 喋り方は緩いままだが、それだって十分に普通の許容範囲内で、少なくとも異常者とまでは言えない。

 ならばこれは、自身や彼女たちの認識が間違っていたのだろうか?

 そんなリンの疑問を察したようにアマリは笑う。 緩い笑みでも狂気の嗤いでもない、普通に普通の苦笑い。

 「その予想は正解ですよ」

 纏う空気がガラリと変わった。
 人格が変わったと言われても納得してしまうだろう、そのレベルでの変容。

 「けれど、その先の結論はここでは明かしません。 だから答え合わせはここではしないでおきましょう」

 くすくすと笑ってアマリは……否、少女は言う。

 「いつもの私では会話を成立させることができないので、あくまで暫定的な処置です。 まさかその程度の差異に気付かれるとは思っていなかったですけれど……私は貴方を過小評価していたようですね」
 「……何か言っておきたいことがあるのか?」
 「察しが良くて助かります。 話が早いと言うのはいいですね。 ええ、貴方に言っておきたいことと言わなければならないことがあります」

 会話を成立させていなければ答えに行き当たることはなかった。 答えに行き着かれてしまう危険を冒してまで会話を成立させた理由はひとつだけ。
 会話を成立させなければならなかったのだ。 本人曰く、言っておきたいことと言わなければならないことを言うために。

 「言っておきたいことは感謝です。 機会を握り潰さないでいてくれてありがとう。 これで彼は折れることなく前に進めます」
 「そっちこそ察しがいいな」
 「むしろフォラスがどうしてそれを察することができなかったのか不思議ですよ。 貴方の交友関係。 貴方の立ち位置。 性格。 そして、貴方の相方さんのあの善良さを考慮すれば答えはひとつしかない。 だからこその感謝です」
 「本当は迷った、と言っても感謝するのか?」
 「ええ。 それでも貴方は手紙を届けてくれた。 フォラスに機会を与えてくれたのは相方さんでしょうけど、それを持ってきてくれたのは貴方です。 だから、ありがとうございます。 相方さんにも感謝していたと伝えてください」
 「ああ、わかった」

 重要な語句をいくつか省いての会話は、しかし完全に互いが理解している。
 故に余計なことは言わないし、余計なことも聞かない。
 少女はリンに感謝して、リンはその謝辞を受け取った。

 「言わなければならないことは、そう……謝罪、ですね」
 「攻撃したことか?」
 「それもありますけど、それ以外にもあります」

 微妙に口が重いのは言いにくいことなのだろう。
 確かにリンに対して謝らなければならない罪状はいくつもある。 全てを許すほど聖人ではないが、かと言って謝る意思を見せている相手を責め立てるほどリンは悪辣でもなかった。 それを一般的にお人好しと言う。

 「構わんさ。 実害はあったが幸いにして大事にはなっていない。 これ以上あの時の話を蒸し返すわけにもいかないだろう」
 「それでは私の気がすみません。 貴方を攻撃したことも、床に叩きつけたことも、それ以外にも色々と、本当に申し訳ありませんでした」

 深々と下げられた桜色の頭を見て、律儀なことだなと、そんな場違いな感想をリンは抱いた。 
 

 
後書き
 (片方から見たら絶対に避けておきたかった)再会回。

 どうも、迷い猫です。
 特に事件もない(一部から目逸らし)和やかなムード(誇張表現)での会話パートでしたね。 今回のコラボに於いて最多となるアマリちゃんのセリフ数でした。 もっとも普通の状態とは違うのでアマリちゃんのセリフとは言い難いんですけどね。

 さてさて今回のコラボも残すところ後2話なので、ありえないくらい長く続けていたコラボも遂に完結が見えてきました。 いやー、楽しいなー←おい
 次回はお茶会となります。 今回でアマリちゃんが生産した伏線を回収しつつ、フォラスくんにはハーレム天国で精一杯生きてもらいましょう。

 ではでは、迷い猫でしたー 
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