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ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで

作者:迷い猫
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幻影の旋律
  お茶会への招待状

 僕たちのホームの所在を知っている人はかなり少数だと思う。
 《戦慄の葬者》と呼ばれていた僕は言うまでもなく敵が多い。 圏内だから何ができるわけではないとは言え、警戒するに越したことはないのだ。
 実の兄であるキリトも、アマリの実の姉であるアスナさんでさえ知らない僕たちのホーム。 当然、来客は皆無に等しいし、あるとしても決まった人だけだ。 アルゴさんとエギルさん、後は教えてもいないのに知っていたヒースクリフと、それから元ギルドメンバーのアインとエリエル。 それ以外に数人が知っているだろうけど、それでも少数であることに変わりはない。

 知っている人の少ない僕らのホーム。 来客の少ない僕らのホーム。
 だからこそ、彼の来訪は僕にとって心底意外だった。

 「そう警戒するな。 ここの場所は誰にも言っていないし誰にも言うつもりはない。 ただ話がしたいから来ただけだ」
 「……別に誰に言われようと関係ないけどね。 あなたに捕捉された以上、ここを引き払って別の物件を探すだけだから」
 「ずいぶんな警戒ようだな。 そこまで信用できないか?」
 「信用するに足るだけの理由がないからね。 あなたが敵か中立か、僕には判別できないから」
 「味方、と言う選択肢はないのか?」
 「あると思う?」
 「ないだろうな」

 互いにジャブを打ち合っての腹の探り合いは平行線のまま小休止。
 僕はクスクスと笑って、リンさんは笑わなかった。

 突然の来訪者はリンさんだった。
 どのような手段を用いてここの所在を掴んだのかは定かではないけど、たとえどんな手段であったとしても秘密裏にここを突き止めた時点で友好的ではない行動だ。 敵対理由としては十分すぎるだろう。

 「ちなみにどうやってここを知ったのか、って聞いたら教えてくれるの?」
 「企業秘密だ」
 「そう。 まあ別にいいけどさ。 リンさんをどうにかするのは中々骨が折れそうだしね」
 「俺をそこまで警戒する道理はないはずだが?」
 「あのデュエルでリンさんが全力だったらあるいは無警戒でいてもいいんだけどね。 最後の最後まで手の内を見せない人を警戒するのは当然だと思わない?」
 「全力だったさ」
 「でも手札はあった、でしょ?」
 「想像は自由だ」
 「なら勝手に警戒しておくことにするよ」

 ジャブ、ジャブ、牽制。
 言葉の数はそこそこ多いのに、互いに心の内を見せようとしない上っ面の会話は、けれどリンさんの方から終わらせてくれた。

 「……やめておこう。 腹の探り合いは苦手だ。 さっさと本題に入らせてもらう」
 「探り合いが苦手って嘘くさい」
 「これを渡すように頼まれた」

 茶化す僕を無視して言って、ストレージから封筒を取り出すリンさん。
 リンさんが持つには不似合いな、可愛らしい花柄がプリントされたファンシーなもので差出人はおそらくクーネさんだろう。 内容はあの一件について。

 けれどリンさんはまるで予想していなかった人物の名前を言う。

 「……ヒヨリからだ。 詳しい内容までは知らん」
 「へ? ヒヨリさん? えっと……良いの?」
 「頼まれただけだからな」
 「いや、そう言うことじゃなくて……リンさんは僕がヒヨリさんにどう言う感情を向けているのか知ってるよね? それでも手紙なんて渡しちゃって良いの? 渡したって言って誤魔化すくらい簡単にできるはずなのに」
 「それを考えなかったと言えば嘘になる。 だが、あいつが誰に手紙を送ろうと俺がそれを止める権利はない」

 セリフだけ聞けば突き放したような言い方だけど、明らかに苦渋が滲んでいる。 未だに納得してはいないのだろう。 それでもこうして僕のホームを探る手間までかけて渡しにきたのはヒヨリさんに対する甘さなのかもしれない。

 だが、と。
 差し出された手紙を受け取った僕にリンさんが底冷えするような声で続けた。 その声は僕をしてゾクリとする、冷や汗が吹き出そうになるほどに冷たい声。

 「だが、もしもお前があいつに害を為すのなら、その時は容赦しない。 キリトの弟だろうと、クーネの友人だろうと関係ない。 それだけは覚えておけ」
 「ん、肝に銘じておくよ」







 本当に用件はそれだけだったらしく、手紙を渡したリンさんはさっさと引き上げて行った。 これから単身でクエストに向かうらしい。 相棒を置いてきていいのかと意地悪に聞いてみたところ、ソロ用のクエストだと誤魔化してきたそうだ。 スムーズに言い訳が出てきた辺り、恒常的にそれを使っているのだろう。

 「まあ、僕には関係ないんだけどね」

 はあ、と吐く息が重い。

 僕が今いるのは47層の主街区郊外。 お花畑に囲まれた一件のプレイヤーホーム……を見渡せる草原。
 遠目から見たところ中々に立派な造りの家だ。 随所に花々が咲き誇るこの層は女性人気が極めて高く、それを勘案してかプレイヤーホームの値段も恐ろしく高い。 多分だけど僕のホームと比べて倍はする気がする。 もしかしたらそれ以上するかもしれない。
 主街区の中心から大きく外れているから、隠れ家としてはそこそこ機能しているのかもしれないなと、そんなどうでもいいことを考えてから、もう一度ため息を吐いた。

 「お茶会のお誘い、ねぇ……」

 正直に言って気が重い。

 リンさんが持ってきてくれた手紙は、お茶会への招待状だった。
 手紙であってもあの無邪気さは健在で読むのに気後れしたのは内緒だ。 要約すれば『この前のクエストのお疲れ様会をしよう』と言うことらしい。

 僕にはもちろん断ると言う選択肢もあった。 確かにクエストではお世話になったけど、それはあくまで偶然の事故みたいなものだったし、そもそも攻略組との意図的な接触を禁じられている身だ。 その辺りを理由にすれば断るのも容易かっただろう。 角も立たない上に責任は某聖騎士様に押し付けられるので一石二鳥なのだ。
 でも、僕は来た。 来てしまった。

 だって、『ヒヨリさんはとても楽しみにしていますので、どうかお願いします』なんて手紙まで同封されいたらこないわけにはいかないだろう。 おそらくティルネルさんが書いただろうそれには見えないプレッシャーが含まれていた気がして、おいそれと無視できない圧力があったのだ。 妹を気遣う姉心なのか、あのポンコツ……失礼、抜け具合からはちょっと想像できない如才なさだった。
 提案者はきっとアルゴさん辺りだろう。 僕を逃さないための方策をさすがによく知っている。

 「はあ……」
 「そんなに嫌なら断ればよかったのに」

 何回目になるかもわからないため息に、同行者が苦笑交じりにそう言った。

 「嫌って言うか気が重いって言うか……だってどんなことを話せばいいのか全然わからないんだもん」
 「相変わらず変なところで口下手ね。 大丈夫、ヒヨリちゃんは良い子だから」
 「むしろ良い子だから困ってるんだけどね。 リンさんとかを相手にしてる方がまだ楽だよ」
 「……リン君も良い人だよー」
 「まあ根は良い人、って言うかお人好しっぽいのは認めるけど、その微妙な間でフォローが台無しだよ」

 同行者——アスナさんは僕のジト目を空笑いで誤魔化した。

 このお誘いに際して捕まえてきた人材だ。
 アマリはこのお誘いを聞いて即決即断で拒否を宣言した。 それはもはや考える間もない拒絶で、予想通りすぎる反応には苦笑いすらこぼれなかったことを明記しておこう。
 アマリの性格上、ヒヨリさんだからとかではなく、誰からの誘いであろうと単純に興味がないのだろう。 僕が行くからと言って必ず付いてくるわけではないし、むしろよく知らない人がいる場所には必要がない限り付いてきたがらないのだ。 人見知りではなく、人と繋がりたがらないアマリらしい選択だった。

 で、次に目を付けたのがアルゴさんだけど、誘うどころかメッセージすら届かなかった。 情報屋の仕事でダンジョンに潜っているのだろう。 キリトを誘おうと思ったけど、最前線の攻略で忙しそうだったので自重。 黒猫団の面々は中層ゾーンで今日も楽しくレベリング。 圏外に出ないサチ姉を連れ出そうとも考えたけど、あの人はあの人で人見知りなので除外。 クラインさんもエギルさんもそれぞれに忙しいらしいし、他の友人も軒並み用事があるそうで無理だった。

 そんなタイミングで名乗りを上げてくれたのがアスナさんだ。
 そこまで親しくない人の家にお呼ばれされたことに混乱していた僕を助けようと、アマリが姉であるアスナさんに救援要請を出してくれたのだ。 女の子の家に遊びに行く僕を監視して欲しいと言う名目で頼まれたアスナさんは、どうやら今日はオフだったらしく、二つ返事で了解してくれた。 聞けばアスナさんとヒヨリさんは仲が良いそうで、そう言う点でもベストな人選だ。

 「はあ……」

 さて、おしゃべりの時間は終わりだ。
 遂にヒヨリさんたちのホームに到着してしまった。

 「ねえアスナさん。 このまま回れ右しちゃダメかな?」
 「ダメじゃないけど、次に会った時に突撃されるよー」
 「ああ、確かにそんな気がする。 こっちが避けてもお構いなしで突っ込んできそう」
 「た、多分そこまではしないんじゃないかな」

 反論しながらも自信がないのだろう。 微妙に目が泳いでいるのがいい証拠だ。

 とは言え、ここまで来てしまったのだから腹を括るしかないのも事実。 招待に応じると決めたのは僕であって、誰かを責めることはできないのだ。

 「約束もあったことだし仕方ない、か……」
 「約束?」
 「色々あってね」

 やれやれと首を振ってから扉を叩く。
 ノックの音は僕の気持ちと裏腹に小気味よく鳴り響き、次いで「はーい」とヒヨリさんの無邪気で明るい声が届いた。 パタパタと音が近づいて、そして扉が開く。

 「あ、フォラス君、アスナちゃんも! いらっしゃい!」
 「こんにちはヒヨリさん。 今日は招待してくれてありがとね。 急な話だったから驚いたよ」
 「うぅ、ごめんなさい……でも、みんなでお茶会すると楽しいんだよ!」
 「……なんとなくフォラス君が嫌がってた理由がわかった気がする」

 シュンとしたかと思った直後にはキラキラとでも効果音が付きそうな笑顔を弾けさせるヒヨリさん。 それに顔が若干引きつる僕。
 わけ知り顔で生暖かい視線を投げてくるアスナさんを意図的に無視して盛大なため息をひとつ。

 嫌味も毒も通用しない相手は今までにもいたけど、ここまで純真無垢な反応を返してきた人はそうはいない。 怒るか苦笑するかくらいされればこっちとしても面白いのに、ヒヨリさんは真剣に落ち込んで、次の瞬間には復活している。 警戒も嫌悪もなく受け入れて、明るく楽しそうに笑うのだ。

 警戒している僕が馬鹿らしくなるような無警戒。

 歪みのない精神性は、けれどそれこそが歪んでいるように見えてしまう。 デスゲームと言う状況に於いてもブレない純粋さは、遠慮なく言ってしまえば異常だ。 明るく無邪気に自然体で。 そんなことがこんな世界で可能とは思えない。
 アマリでさえ時折ブレる。 あのリーナですらも夜毎にブレていた。
 純真無垢な精神にこの世界は残酷で、その心をいともたやすく摩耗させていくと言うのに彼女がブレる様子はない。

 とは言え彼女も人間で、しかも年端もいかない女の子だ。 きっとどこかで発散したり何かを支えにしているんだろうし、今目の前にいるヒヨリさんだけがその全てではないはずだ。 闇を抱え、病みを抱え、それでもなお前を向いて笑っているのだろう、きっと。

 「フォラス君どうしたの? はっ、寝癖とかついてるのかな⁉」

 無言で見つめていた僕の視線を変な風に解釈したのか、あたふたとし始めたヒヨリさんについ吹き出してしまった。

 「ほんと、ヒヨリさんは可愛いね」
 「ふぇっ⁉」
 「ん、なんでもないよ」

 苦笑とともに息を吐き出して、それから天を仰いだ。

 「僕にはちょっと眩しすぎるよ……」

 呟いた小声は誰にも届かず風に攫われていく。

 こんな気持ちにさせてくれたリンさん。 危険がない範囲で酷い目に遭ってしまえ。
 八つ当たり気味に呪詛を送りつつ、僕は首を振った。 
 

 
後書き
 フォラスくんとリンさんの言葉のドッジボール回。
 と言うわけで、どうも、迷い猫です。 気が付けば1ヶ月以上ぶりの更新ですが生きてます。

 今回のお話の時系列はコラボ本編直後となっております。
 コラボをしているにも関わらず一向に仲良くなる気配の見えない主人公2人による殺伐とした談笑(笑っているのは片方だけ。 しかも友好度ゼロの笑い方)から始まり、義理の姉と一緒に女の子の家に訪問すると言う謎の状況。
 言葉のドッジボールを繰り広げていたリンさんに対してよりも、フォラスくんはヒヨリさんにこそ苦手意識を持っていたりします。 善良系純真無垢ヒロイン恐るべし……

 さて、次回のお話しは逃げたリンちゃんが奴に捕まります。 久しぶりに奴のDEBANです。

 ではでは、迷い猫でしたー 
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