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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第九十四話 ラインハルトを守ります!!(後編)

「全速前進!!ラインハルトを守れ!!」
数少ない乗艦志願者たちに叱咤同然の指令を飛ばしたジェニファー・フォン・ティルレイルが座乗するスレイプニルが弾幕射撃を敢行しながら急速前進し、ヴァルキュリアと敵弾との間に立ちはだかったのである。当然のごとくスレイプニルには敵弾が無数に食い込み、艦体をえぐるようにしてねじ込んでいく。声にならない悲鳴がヴァルキュリアの艦橋に満ちた。スレイプニルが保ってくれるように誰もが祈ったが、撃ち込まれた弾はあまりにも多かった。

十数か所に被弾したスレイプニルは一瞬その体を捻じ曲げたようだった。食い込んだ弾を弾き返そうというかのようだった。それは末期の患者が最後の躍動をしようというかのようだったがその努力は徒労に終わってしまった。次の瞬間スレイプニルは光の奔流を周囲に発生させて、その中で大爆発を起こしていた。
「ジェニファー!!」
「ジェニファー先輩!!」
「そんな・・・ティルレイルさん!!」
「ジェニファーさんッ!!!」
転生者たちは悲鳴のような叫びをあげた。


だが、スレイプニルは死んではいなかった。艦のいたるところを引き裂かれ、捻じ曲げられていても、まだその艦体はかつての優美な姿を忍ばせる状態で保っていた。もっとも艦内は地獄そのものだった。燃え盛るスレイプニル艦上ではそこかしこに人間が倒れていたが、乗組員全員ではなかった。死を覚悟した全速前進直前にジェニファーがシャトルに乗せて逃がした人間が多かったのである。それでもそこに倒れているのは最後までジェニファーに付き従うと決めた面々だった。
『機関部・・・機能停止・・・・誘爆・・・アラート・・・・拡大中・・・・。』
無機質な音声が響く中、艦橋の柱にもたれていたジェニファーは薄く目を開けた。衝撃の際オーラを纏う暇もなく叩き付けられていたのだ。おそらく背骨が折れ、肋骨の一部が肺を突き破っているだろうと彼女は思った。


 呼吸をしようとした瞬間、激しい痛みが湧き上がり、彼女は身をよじった。激しくせき込み、嫌な音とともに逆流した血が口から滴り落ちる。彼女の手がそれを掬い上げてそれを見つめた。


「転生者でも・・・死は免れないようね・・・ゴホッ!!」
わずか20代でその生を終える、か。ジェニファーは内心でつぶやいた。中将以上の諸提督の中で最も早く死ぬことにジェニファーはこだわりを持っていなかった。大切なのはこの瞬間そして未来であって過去ではないのだ。彼女は小型端末を取り上げると、最後の力を振り絞って回線を開いた。
『ジェニファー・・・どうして・・・・!?』
イルーナの途切れ途切れの声が聞こえたが、その声の質は充分に衝撃を内包していた。
「ラインハルトを・・・私・・・守りきれた・・・・?」
『ジェニファー・・!!』
無線の向こう側で前世主席聖将が絶句した様子がありありと脳裏に浮かんだ。
『そうよ・・・あなたは守ったのよ、ラインハルトを!!』
その答えにジェニファーは満足した。そうでなくてはならない。この回答がなかったら自分は無駄死にだったのだから。
「総員・・・退艦・・・・許可・・・・。」
別の端末から切れ切れにジェニファーはそう言い、柱にもたれかかった。
『負傷しているの!?そこから脱出できる!?待っていて、すぐに救援を――。』
「無駄よ。もう私は・・・助からない・・・・。」
端末の向こうで一瞬息が止まる音がし、次いでしゃべりだそうとするのを懸命に制した。新たな痛みが湧き上がってきたが構わずに言いたいことを伝える。
「イルーナ・・・ごめんなさい。こんな早々にリタイアして・・・・。でも、お願い・・・。約束して・・・。必ず・・・・ラインハルトを守って・・・宇宙を・・・彼の手で・・・統一・・・・させて・・・!!」
『ジェニファー・・・!!ジェニファー!!応答して!!ジェ――』
「どうせ私は・・・またヴァルハラに戻るだけ・・・一足先に・・・待っているわ・・・・イルー・・・ナ・・・・。」
ジェニファーの血に染まった手から端末が転がり、炎の中に消えていった。旗艦スレイプニルが大爆発を起こしてその姿を宇宙から消したのはそれから2分後だった。


スレイプニルが閃光と共に消失した後も、イルーナ・フォン・ヴァンクラフトは数秒の間微動だにしなかった。誰も彼もが彼女に声をかけることをためらっているようだった。
「全艦隊、全速前進を継続!」
イルーナの口から発せられたとわかるまで3秒を要した。
「一刻も早くこの宙域を離脱に専念しなさい!!」
艦橋をにらみ渡すようにして発せられた彼女の声は張りを失ってはいなかった。内心の衝撃は如何ばかりであっただろうが、彼女はそれを表面に出すことをせず、死線に立つ指揮官として不動の位置を取り続けているのである。
ヴァルキュリアはスレイプニルの身を挺した行動に守られ、残り少ない護衛と共に宙域のはずれまで到達した。バイエルン候エーバルトが激しい攻勢を依然として続けなければもうまもなく脱出できるだろう。だが、運命の女神はあまりにも残酷であるという感想を次の瞬間誰もが抱いた。
「前方11時の方向より艦影急速接近!!数1万!!」
という絶望的な報告がもたらされたからである。バイエルン候エーバルトの分派した別働部隊が到達したらしい。これまでか、とイルーナは内心思った。ジェニファーの身を挺した行動も無駄になってしまったらしい。
(ごめんなさい。ジェニファー。後でヴァルハラで謝らなくてはならないわね・・・・。)
それでも、最後の最後までラインハルトを守るべく彼女は傍らに立とうと決めていた。ラインハルトが部下たちを残してここを脱出することなど一顧だにしないことは分っていた。ならば最後まで彼の側にいなくてはならない。
「あぁぁっ!!」
不意に女性オペレーターの一人が叫びをあげた。艦長の無言の威圧の視線に恥じた様に顔を赤らめると、彼女はこの艦橋の悲痛な空気に似合わない色の声を出していた。それは喜びの絶叫だった。
「ミッターマイヤー艦隊です!!ミッターマイヤー艦隊が到着しました!!助かったわ!!」
「続いて8時の方向より艦隊急速接近!!数1万!!これは、ビッテンフェルト艦隊です!!ビッテンフェルト艦隊が到着しました!!」
これを聞いた艦橋の空気は一変した。誰も彼もが生き返ったように騒ぎ出し、生き生きとしゃべりだしていた。
「そうか。ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、よほど慌てて駆けつけたらしいな。」
ミッターマイヤー艦隊とビッテンフェルト艦隊はともに1万数千隻を誇っていた。それが1万隻余りとなっているということはよほどの急行軍を重ねてきたのだろう。ラインハルトは全艦隊に援軍到着の旨を伝えさせ、
「両艦隊と合流後、再反撃だ!!卿等、まだ戦は終わってはいない!!最後の最後に勝った方が凱歌を奏するのだ!!!」
と叫んだ。応ッ!!という高らかな声が艦橋に満ちた。
「敵、バイエルン候エーバルト艦隊の後方相対2時方向に新たな艦影!!」
オペレーターの声は今度は驚きの色が入っていた。
「あらたな援軍!?」
『そっちの方の援軍よ。』
聞き覚えのある声とともにヴァルキュリアのディスプレイに現れたのはアレーナ・フォン・ランディールだった。
「アレーナ姉上!?」
『遅くなったわね。艦隊総数1万7000!!私たちの私設艦隊の威力、存分に見せつけてあげるわ!!さぁ、ラインハルト。まだ本番はこれからよ。』
ラインハルト側は5万余隻、対するバイエルン候エーバルト側は10万余隻。まだ数において倍の差があるが、それでも次々と援軍を迎えたローエングラム陣営の士気は猛烈に高まったのだった。






* * * * *
ジェニファー・フォン・ティルレイルがその座乗する旗艦ごとラインハルトを庇って戦死したという情報はラインハルト艦隊全艦隊を貫いた。転生者として、それ以上に女性士官学校の校長として数多くの後進を育ててきた彼女はあまりにも若すぎるままその将来を閉ざされてしまったのだった。
何よりも転生者たちにとってはこれ以上ないくらいの打撃だった。ティアナは文字通り自分の拳を噛みながら、懸命に怒りの波動を抑え込もうと苦労していたし、フィオーナは後方で奮闘しつつある中でも二筋の涙を頬につたわせていた。それでも彼女は泣声一つ立てず気丈に終始指揮を執り続けていたが。
ヴァルキュリアの艦橋内でも同様だった。
「・・・・フロイレイン・ジェニファーの死を無駄にはできない。」
ラインハルトはしばしの瞑目の後、そうつぶやいた。彼にできることはまず目の前の艦隊を撃破することだけだった。彼の眼前の艦隊はブリュッヘル艦隊で、その背後にバイエルン候エーバルトの本隊が続き、さらにその後ろにはシュターデン、エルラッハ、フォーゲル艦隊が位置している。全艦隊がラインハルトを追尾する体制に入っていたため、いわゆる長大な単縦陣形を構築する形になってしまっていたのだ。対するラインハルト側はミッターマイヤー、ビッテンフェルト艦隊を両翼に従え、さらにバイエルン候エーバルト艦隊の右側面にはアレーナの私設艦隊が布陣して鋭鋒をぶつけようとしていた。
「全艦隊、まずは眼前の艦隊を撃破することに専念せよ。ミッターマイヤーは敵の右翼を半包囲しこれを圧迫、ビッテンフェルトは敵艦隊の後尾を突破して中央に食い込め!!本隊は敵艦隊を正面に捕え、これに主砲2斉射、敵を一気に撃破する!!」
ラインハルトは右腕を振りぬいた。目標はブリュッヘル艦隊である。
「行け!!」
彼の号令一下、ミッターマイヤー艦隊とビッテンフェルト艦隊は運動を開始する。彼自身の中央本隊も、今度はフィオーナを先頭にして一気に巻き返しにかかった。
「第一、第二部隊、主砲、WE2048に向けて斉射!!」
ヘルヴォールを始めとする戦艦群は今度こそブリュッヘル艦隊をぶち破るべく攻勢に出た。
「艦首ミサイル、同地点に向けて発射!!」
ヘルヴォールとその周辺の艦から放たれた艦首ミサイルは、相手の艦隊の迎撃砲火を潜り抜け、その中心部で所かまわず炸裂した。閃光と熱波が敵艦を巻き込み、奔流を作って混乱に陥れ、艦をなぎ倒したのである。
「第三、第四部隊、主砲、同地点に向けて斉射!!」
 ブリュッヘル艦隊が健全で有れば体勢を立て直して反撃するのはまだ可能だっただろうが、先のティアナとの激闘で消耗し、ブリュッヘル艦隊も披露しきっていた。そこに津波のごとく波状攻撃を受けたのだからたまらない。
 フィオーナ艦隊からの斉射は間断ない閃光の束をブリュッヘル艦隊に叩きつづけ、浴びせかけ、さらには前進してブリュッヘル艦隊とわずか数キロ地点にまで接近した。宇宙空間での数キロは1秒にも満たない時間に換算される。衝突回避装置があるとはいえ、一瞬の油断が正面衝突を引き起こしかねない。
 だが、フィオーナは緩急自在な指揮ぶりでこれを交わしながら速度を落とすことなく全軍を誘導せしめたのである。これは意外でもなんでもなかった。事実ローエングラム陣営の中で艦隊運動の至芸ともいうべき技術を持つ艦隊はラインハルトの本隊を除けば、ミッターマイヤー、ロイエンタール、そしてフィオーナ艦隊だと言われているからだ。
 光球が咲き乱れ、狼狽した艦がまるで道を開けるかのように左右に分かれようとするが、それすらも前衛であるフィオーナ艦隊の標的から逃れることはできなかったのである。


 他方――。

私設艦隊、これをアレーナ艦隊と呼称するが、1万7000余隻の艦隊はバイエルン候エーバルトの本隊中央部を直撃した。私設艦隊と言ってもランディール侯爵家の艦隊は訓練に訓練を重ね、正規艦隊とそん色ない色合いに仕上がった精鋭である。それにランディール侯爵家の使用人には退役軍人が多い。分艦隊司令として叩き上げの前線指揮官たちが彼女の艦隊の各戦隊を引き受けているのだ。
「みんないい?」
アレーナは艦橋にたち、幕僚や副官たちを見まわしながら声をかけた。ついでながらアレーナ艦隊の旗艦は次世代艦であるニヴルヘイム級の三番艦アールヴァルである。ニヴルヘイム級は艦隊旗艦として電子戦略システムを搭載し、軽量且つ強力な装甲の上にコーティングを施し、全体的に軽量化が進み、機動力が格段に増している。さらにその余剰分を用いて強力な主砲群を前面に集中配備しており、たとえ戦艦で有ろうとも一撃で粉砕できる威力を秘めている。
「この戦いはローエングラム陣営とクソ貴族の戦いじゃないわ。その先にある未来をつかみ取るための戦いだってことを認識してよね。あ~もう一つ言っておくと、帰ったら全員に一時金、支給する手はずついているから!」
「一時金っていったって、これだけの人数だ、どうせ大した金額じゃないんでしょう!」
「せめてたんまりの酒ってものがないと!」
にぎやかな声が返ってくる。
「馬鹿野郎が!!お嬢様の折角の志、受けてやらねえか!!」
「ちげえねえ、ナァに、酒と食い物はたっぷりよ!!野郎ども!気張れ気張れ!!」
と、まるで正規軍というよりも海賊の集団のようであるが、これもランディール家の家風に染まった人間の証だった。
「・・・・・・・・。」
そんな血戦前とは思えないほどのにぎやかさを聞きながらアレーナは視線を自分の心に向けていた。
(ジェニファー・・・・。)
ここまで順調すぎるくらい順調だった。全員が全員生きてローエングラム朝建国、さらに宇宙統一まで見届けられると思っていた。何しろ前世からそのまま知識と力をもってやってきた転生者なのだから。

それなのに――。

もっとも嘱目された一人である彼女が死んだ。
「許さない・・・・。」
それは敵方に対してだけではなく、自分たちの慢心に対してのものだった。
「艦隊指揮の真髄、見せてあげるわ!!」
アレーナ・フォン・ランディール指揮下の1万7000の部隊は私設艦隊と思えない速度と機動性をもってバイエルン候エーバルトの本隊を直撃した。左右に展開して包み込もうとするバイエルン候エーバルトの艦隊のそのまた外周から高速機動部隊がこれに的確かつ強烈な打撃を与え続ける。それに対応しようとすればさらにまたその外周から滅多打ちの波状攻撃が来た。また、アレーナはいち早くヴィルヘルミナの位置を特定してその周辺に対して猛烈な砲撃を浴びせ続けていた。ヴィルヘルミナ一艦とその周囲の護衛に対してえりすぐった500隻以上の艦が攻撃を仕掛けたのである。
 さらに1万余隻の本隊自体も高速で動き続けている。それぞれが一流の操艦をもってアレーナの指令を忠実に実行しバイエルン候エーバルトの本隊を縦横無尽に暴れまわり、突き抜けた。小部隊をもって大部隊を蹂躙するというまさに理想形を完璧な形で行ったのである。
「駄目です!!敵の勢いが尋常ではない!!」
「前衛、中央本体前衛突破されました!!」
「右翼、左翼、回り込んで敵を包め!!」
「速度が速すぎる、対応できない!!」
「クソッ!!たかが私設艦隊だぞ!!私設艦隊になぜ正規艦隊が苦戦しなくてはならないのだ!!」
周りで飛び交う罵声同然の喧騒にバイエルン候エーバルトはじっと身じろぎ一つしなかった。ここまでわずか数分の事である。その数分間の間にここまで浸食されてしまうなどと誰が予測できただろう。
「総司令官!!」
悲鳴のような声が艦橋に響いた。
「フォーゲル、エルラッハ、シュターデン艦隊の背後より艦影多数!!急速接近中!!」
「どこの所属だ?」
バイエルン候エーバルトが動揺を微動だに現さずに尋ねる。
「・・・わが軍の友軍ではありません!!敵です!!」
敵側の狼狽は味方にとって歓声の材料でしかなかった。ジークフリード・キルヒアイス少将とルッツ艦隊のその勢2万余隻が急速接近し、猛烈な攻撃を仕掛けてきたのである。ルッツ艦隊は帝都オーディンのあるヴァルハラ星域に最も近い宙域に進駐して私設要塞群を制圧するとともに貴族連合軍の動向をさぐり、かつ援軍到着を阻止すべく展開していたが「本隊危うし!!」の報告を聞いて急ぎに急いで急行してきたのだった。
 その2万余隻の艦隊が猛速度と猛火力をもってエルラッハ、フォーゲル、シュターデン艦隊を蹴散らしにかかっている。特にキルヒアイス艦隊の勢いはすさまじく、彼の進路上に展開していたエルラッハ艦隊はほとんど壊滅状態に陥った。背後を取られたうえ、ローエングラム陣営配下のそれも無傷無疲労の精鋭艦隊の強襲を受けたのだからたまらない。
 これまで圧倒的な包囲体形でラインハルトを攻めたてていた敵は、一転して包囲下に置かれ、圧倒的な勢いで攻めたてられる側に転じたのである。
バイエルン候エーバルトは眼を開けた。参謀長以下が自分を取り囲んでいる。皆すがるような眼をしている。
「ブリュッヘル艦隊が敵の勢いにおされ、戦線を離脱していきます!さらに新手の敵、フォーゲル、シュターデン、エルラッハ艦隊に侵食!!被害甚大!!」
「いや、もうすでに退却も同然だ!!」
「我々は孤軍になります!!」
「総司令官!!」
皆の背後のディスプレイに接近してくる艦隊の姿がある。それは同じ色をしていても友軍ではなくすべて敵艦隊だった。





包囲される側は後一瞬遅ければ自分になっていただろう。そう思いながらラインハルトは包囲艦隊が残敵をすりつぶすのをじっと見つめていた。
「ウィルヘルミナより通信が入っています!!」
という報告がもたらされたのはその直後である。ラインハルトは周辺の警戒を厳とさせながら、いったんは砲撃の手をとめさせ、通信回線を開いた。藤色の髪をくしゃっとさせた若い貴族がこちらを見ている。
『ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥か。』
ラインハルトはうなずいた。
「卿の名を聞こうか。」
『宇宙艦隊司令長官代理、エーバルト・フォン・バイエルン元帥。もっとも、元帥などとは名ばかりのものではあるがな。』
「卿はよく戦った。だが、これ以上の抗戦は無益だろう。大は将兵とその家族の犠牲を増やし、中は貴重なる艦船の損傷を増やし、そして小は卿自身の名を貶めるだけではないか。」
バイエルン候エーバルトが笑ったのが遠目にもはっきり分かった。
『卿らしい発言だ、ラインハルト・フォン・ローエングラム。大概の人間は私の名を先に持ってくるものだが、卿は物事の本質を射ている。その通りだ。』
バイエルン候エーバルトは顔を引き締め、
『だが、断る。武人として二度も恥をさらすことはできない。恥というのは卿に敗北したことではなく、おめおめと幾多の将兵を死なせ、自分だけ生き残ったそのことだ。』
「では卿に問うが、私をどう見る?私とて幾多の将兵を死なせ、なお生き残ってここに立っている。」
『卿は勝者だ。私とは違う。』
「勝者敗者という呼称のみをもって将兵の犠牲の勝ちが決まるというか。そう思っているとするならば卿は救いがたい頑迷で愚かな人間だ!!」
ラインハルトの声にバイエルン候エーバルトが初めて気圧されたような色を浮かべる。
「敗者の座に着けば将兵が無駄死にとなり、勝者の座に着けば将兵の死は意義あるものであったと卿はそう言うのか。そうではないだろう。敗戦であろうと勝ち戦であろうと将兵の死には何らの変わりもない。失った命は二度と戻っては来ぬ。だからこそ、上に立つ者は将兵の犠牲を片時も忘れることなきように努めねばならぬ。たとえ勝者であろうと敗者であろうとその気持ちにはいささかの違いがあってはならぬのだ。」
バイエルン候エーバルトのみならず、ヴァルキュリアの艦橋にいる面々がラインハルトを見ていた。その姿は覇気に満ちあふれていたが、それ以上に自分の信念をこれでもかというように必死に相手に伝えようとしている人間の姿だった。それこそが相手を、すなわちバイエルン候エーバルトとその麾下を救うことにつながると信じている人間の姿だった。
『・・・・・・・・。』
「仮に卿が今ここで死ぬとなれば、卿は幾多の将兵の遺族に対してどう責任を取るつもりだ?おめおめと先に死に、ヴァルハラで先達の将兵らと杯を交わすことが卿の償いとでもいうのか!?」
『・・・・・・・・。』
「だとすれば卿を死なすわけにはいかぬ。生きて償いをしてもらわねばならぬ。私に対してではない。卿の麾下として戦った将兵の遺族に対してだ。」
バイエルン候エーバルトは黙然としていたが、やがて怒りにも似た吐息を吐き出した。
『武人として死なせてはくれないのか。卿も残酷な人間だ、ローエングラム。だが――。』
ラインハルトが何か言う前にバイエルン候エーバルトは言葉を続けて、
『確かに卿のいう事は正しい。いや、正しいかどうかはわからないが、私の胸にしみついて離れない。そうだ、私は将兵のみならずその家族に対しても責任を負うているのだったな。』
バイエルン候エーバルトは姿勢を正していた。
『ローエングラム、いや、ローエングラム伯ラインハルト殿。卿の降伏勧告を受諾する。だが、残る将兵の命はどうか助けていただきたい。これ以上戦闘を継続しても無益だろう。この身はどうなろうと構わない。頼む。』
ラインハルトはうなずいた。
「卿の降伏を受諾する。ただちに武装を解除し、以後我が艦隊の指示に従って動くように。先に負傷者などの手当てや整理があろう。それが済み次第、後ほど直接対面をしたい。」
『感謝する。』
バイエルン候エーバルトは短く言い、そして頭を下げたのち通信を切った。
「ラインハルト、立派だったわ・・・・・。」
イルーナがかすれた声で言った。
「イルーナ姉上、フロイレイン・ジェニファーの事、姉上がどうお思いになっているかは私もよく知っています、いえ、知っているつもりなのです。ですが、私は前に進まなくてはならない。たとえあなたの気持ちに応えることができなかったとしても――。」
「わかっているわ。だからこそ私はあなたをずっと見ているつもりよ。」
休息を、というラインハルトの声はイルーナの無言のかぶりによって途切れた。
「今は動いている方がいいのよ。いずれ落ち着いたら少し整理する時間をくれるかしら?大丈夫、あなたを一人にはしないわ。」
少し表情が硬かったが、その姿はまだラインハルトの知っている「イルーナ姉上」のものだった。
「それよりもラインハルト、事態は一刻を争うわ。」
「わかっています。シュターデン、エルラッハ、フォーゲル、そしてブリュッヘル。敗残の彼らが帝都に帰着するのであれば、その前に何としてもこれを捕捉撃滅する必要がある。」
ラインハルトはルッツを呼び出し、敵艦隊の処理を一任する旨指示を下した後、艦橋司令席から一歩前に出た。
「全速前進!!艦列を整え帝都を強襲する!!残敵が帝都に帰還する前にこれを捕捉するのだ!!」
ラインハルト艦隊は一路オーディンを目指して全速前進で航行を始めたのだった。
 
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