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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第四十八話 最悪の予想

宇宙暦 795年 1月25日  ハイネセン  宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「ではクラーゼン元帥は早い時期に出征するということか」
「おそらくは」
シトレとバグダッシュが話している。シトレは両手を組んで顎を乗せている。お得意のポーズだ。顔には人の悪い笑みが有る。やっぱりこいつは嫌いだ。性格の悪さが顔に滲み出ている。

「好機と見るべきなのかな?」
低く太いシトレの声に周囲の目が俺に集中したが敢えて無視だ。ここはヤンとワイドボーンに答えさせよう。俺には考える事が有る、今日の昼をどうするかだ。

ここの食堂の魚料理はやはり今一つだった。肉が駄目、魚が駄目となれば残りは麺類しかない。中華にするか、洋食にするか。中華で餡かけというのもいいな……、それともスパゲッティか。ここが思案のしどころだな……、餡かけなんか有ったかな?

「……クラーゼン元帥は自分の地位を安定させるため戦果を挙げたいと考えていると我々は推測しています。或る意味焦りが有ると言えるでしょう。そこを上手く突けば大きな戦果を挙げられる、そう我々は考えています」

良いぞワイドボーン、さすが士官学校首席だ。上はそういうそつの無い優等生的な答えを喜ぶものだ。俺が答えると可愛げがないとか身も蓋もないとか言い出すからな……。ここの食堂って和食は有ったかな? 寿司とか有ればそっちでも良いか……。蕎麦とかうどんでも良い。とにかく肉と魚は駄目だ。

「なるほど、確かにそうかもしれない。他に懸念事項は無いのかね?」
懸念事項は有る。肉と魚の傾向からして麺類も余り期待できそうにない事だ。寿司も同様だろう。訳の分らんネタが出てきたらドン引きだ。

ハイネセン特産、深海魚のにぎり……、ゲロゲロだな。だが先ずは試してみる事が大事だ。ここの食堂は麺類が美味い、和食が美味いという可能性は有るのだ。頭から否定するべきではない。

「ヴァレンシュタイン准将はミューゼル少将の動向を気にしています。我々もその点については十分な注意が必要だと考えます」
「情報部はヴァレンシュタイン准将の要請を受けミューゼル少将の動向を鋭意調査中です。また帝国軍総司令部の要員、遠征軍の艦隊編制、将官以上の地位にある人間のリストも判明次第、お渡しします」

ワイドボーンとバグダッシュがシトレに説明している。それは良いんだが、俺の名前を出すな。それとヤン、なんか発言しろ。寝るんじゃない。この会議室にはシトレ、マリネスク、ワイドボーン、ヤン、バグダッシュ、俺の六人しかいないんだ。目立つだろう。事務処理をしろとは言わないから、こんなときぐらいは存在感を出してくれ。

トリューニヒトがまた俺を呼んでくれないかな。野郎の顔なんて見たくないが、あのサンドイッチは食べたい。あれが食べられるならトリューニヒト、レベロ、シトレの三点セットだって十分我慢できる。ホアンがおまけでついても問題なしだ。それにあいつらの顔を見ていると妙に腹が減る。サンドイッチが美味しいんだ。

「ヴァレンシュタイン准将、ミューゼル少将が遠征軍に参加した場合、どの程度危険かね」
俺に聞くんじゃない、俺は目を開けてテーブルを睨んでいるんだ。目を閉じて船を漕いでいる奴に質問しろ。

食堂は止めだ、売店に行ってサンドイッチを買ってこよう。そのほうが良さそうな気がする。飲み物はオレンジジュースだ。それにしてもシトレの野郎、ヤンには甘いんだよな。奴が寝てても文句を言わない。俺なんか夜中一時過ぎまで仕事をさせられるのにえらい違いだ。

やっぱりさっさと昇進させて一個艦隊を預けるべきだ。そうじゃないとヤンはいつまでも非常勤参謀のままに違いない。ついでにフレデリカも付けて公私ともに充実させてやる、寝ている暇が無いくらいにな。幸せ一杯胸一杯だろう。最後はラインハルトと直接対決させて用兵家として最高の幸せを味あわせてやる、頑張れ!

「危険の度合いはミューゼル少将の意見が遠征軍においてどの程度重要視されるかで変わってきます。彼がただの実戦指揮官であると言うのなら厄介ではありますが同盟軍が帝国軍に勝つ可能性は有ります」
「それで?」

「もし彼の意見が全面的に受け入れられるのであれば、同盟軍に勝ち目はほとんどありません。損害を出来るだけ少なくして撤退することを勧めます」
俺の言葉にシトレが苦笑した。他の連中は顔を顰めている。そしてヤンだけは昼寝だ。

ラインハルトは少将に昇進した。率いる艦隊は多分三千隻程度だろう。厄介な存在ではあるが致命的な存在ではない。取扱に注意すれば十分にその脅威には対応可能だ。ラインハルトが実戦指揮官にとどまるのであれば帝国軍に勝つことは不可能じゃない。

「身も蓋も無い言い方だな。他に手は無いのかね」
「そこで寝ているヤン准将がやる気を出してくれれば多少は勝ち目が出ます。起こしますか?」

シトレが渋い表情でヤンを見た。ワイドボーンがヤンを小突く。ヤンが“なんだ?”と言うような表情を見せた。頭痛いよ、これで本当に奇跡が起こせるのか? その方が奇跡に思えてきた……。はやくヤンに一個艦隊を指揮させよう、そうじゃないと俺までヤンを非常勤参謀とか罵りそうだ。

問題は遠征軍司令部が、クラーゼンがラインハルトの意見を受け入れるかどうかだ。多分ラインハルトの意見が受け入れられることは無いと思うんだがな。ラインハルトはエリートからの受けは良くない。ついでに軍上層部からの受けも良くない。彼が孤立しているのであれば問題は無い……。

気になるのはオフレッサーの元帥府にラインハルトが入ったことだ。ラインハルトを無視はできてもオフレッサーは無視できない、クラーゼンがそう考えると多少はクラーゼンに対して影響力が出るかもしれない。多少はだ、絶対的にではない。

他に宇宙艦隊でラインハルトを受け入れそうな人物がいるとすればメルカッツだろう。となるとメルカッツが遠征軍の中でどの程度の影響力を持っているかだ。クラーゼンがメルカッツを協力者として使うか、いずれは自分の地位を脅かすライバルとしてみるか、それによってメルカッツの影響力は違ってくる。

結局のところ遠征軍の総司令部で誰が力を持つかだ。クラーゼンが誰を頼りにするか、誰の影響を受けるか、それで遠征軍の手強さが決まる……。

俺がその事を言うとシトレが溜息を吐いた。
「やれやれだな、となると帝国軍の総司令部がどういう編成になるか、それを待つしかないか……」
「絶対とは言えませんが、それで少しは見えてきます」

味方の強さではなく相手の弱さに付け込んで勝つ。まあ戦争なんてそんなもんだが人間不信になるよな。こんな事百五十年もやってれば相手に対して憎悪しか生まれないって。溜息が出てきた。

結局会議はそれが結論になって終了した。帝国軍の殲滅を狙う以上、相手の姿が見えないとこちらも手の打ちようがない。バグダッシュは調査課の尻を叩くと言っていたが、冗談抜きでひっぱたいてほしいもんだ。

今度の戦いは出来る事なら殲滅戦を仕掛ける。帝国との間に和平を結ぶにはそれしかないということも有るがラインハルトの覇業を助けた連中を排除する必要がある。どう見ても同盟は人材面で帝国に劣る。それを解消するには戦場で補殺しなければならない。

いずれも戦術能力の高い連中だ。正面からの撃破では生き残る確率が高い、となればどうしても包囲するか二方向からの挟撃が必要だろう。何人出てくるか、何人殺せるか、それによって後の戦いが変わる。殺して殺して殺し尽くすか……、うんざりだな。

俺が自分の席に戻ろうとするとバグダッシュが相談したい事があると言ってきた。余り周囲には聞かれたくない話らしい、ということで宇宙艦隊司令部内に有るサロンに行くことにした。アイアースに有ったサロンも広かったが、こっちはさらに広い。周囲に人のいない場所を探すのは難しくなかった。

バグダッシュが周囲をはばかるように声を低めてきた。
「ミハマ少佐の事なのですが……」
「……」
サアヤの事? なんだ、またなんか訳の分からない報告書でも書いたか、俺は知らんぞ。

「彼女はこれまで情報部に所属していました。宇宙艦隊司令部の作戦参謀ではありましたが、あくまで所属は情報部という扱いだったのです」
「……」
まあそうだろうな、身分を隠して情報を入手する。まさにスパイ活動だ。その任務は多分、俺の監視かな。

「しかし本人は納得がいかなかったのでしょう。情報部の仕事は自分には合わない、人を疑うのはもうやめたいと何度か異動願いが出ていたのです。ワイドボーン准将に閣下を疑うなと言われたことも堪えたようです」
「……」

ワイドボーンか、まあ何が有ったかは想像がつく。それに例のフェザーンでの盗聴の件も有った。若い女性には厳しかっただろう。味方だと思っていた人間に裏切られたのだから……。

「彼女は今回正式に宇宙艦隊司令部の作戦参謀になります。情報部は以後彼女とは何の関わりも有りません」
「……」

本当かね、手駒は多い方が良い、本人は切れたと思っても実際には切れていなかった、なんてことはいくらでもある。彼女が協力したくないと思っても協力させる方法もいくらでもあるだろう。

「それを私に言う理由は?」
「彼女を司令部要員として育てていただきたいのです」
「……」

なるほど、そう来たか。関係は切りました、そう言ってこちらの内懐に食い込ませようという事か。しかしちょっと拙劣じゃないのか、見え見えだろう、バグダッシュ。思わず苦笑が漏れた。

「お疑いはごもっともです。しかしこれには何の裏も有りません。信じてください」
はい、分かりました、そんな答えが出せると思うのか? 俺の苦笑は酷くなる一方だ。

「彼女をキャゼルヌ准将の所に送ることも考えました。彼女からはそういう希望も出ていたんです。しかしそれでは閣下の周りに閣下の事を良く知る人間が居なくなってしまう……」
今度は俺のためか……。

「こんな事を言うのは何ですが、閣下は孤独だ。我々がそう仕向けたと言われれば言葉も有りません。だから……」
「だから彼女を傍にと?」

「そうです、他の人間では閣下を怖がるでしょう。彼女ならそれは無いと思います」
「……」
不愉快な現実だな、俺はそんなに怖いかね。まあ怖がらせたことは有るかもしれないが……。

「ミハマ少佐は階級の割に司令部要員としての経験を積んでいません。本人もその事を気にしています。自分が此処に居る事に不安を感じている。彼女を後方支援参謀として作戦参謀として育ててはいただけませんか?」

「育ててどうします?」
「いずれ閣下を理解し、支える士官が誕生する事になります。これからの帝国との戦いにおいて、ミューゼル少将との戦いにおいて、必要ではありませんか」
「……」



宇宙暦 795年 2月 5日  ハイネセン  宇宙艦隊司令部 ミハマ・サアヤ



ここ最近ヴァレンシュタイン准将は星系図を見ている事が多いです。ヴァンフリート、ティアマト、アルレスハイム、パランティア……。次の戦争はそのいずれかで行われると見ているのでしょう。准将が今何よりも知りたがっているのは帝国軍の総司令部がどのような人達によって編成されるかです。

“戦争というのは或る意味心理戦の部分が有りますからね”
准将の言葉ですが、確かに准将ほど相手の心を的確に読んで作戦を立てる人はいません。その事はヴァンフリートで、イゼルローンでよく分かっています。

忙しいです、とっても忙しいです。情報部から開放されほっとしたのもつかの間、私とグリーンヒル少尉はヴァレンシュタイン准将の直属の部下として日々仕事に追われています。これまでやっていた補給関係の書類の確認の他、宇宙艦隊への周知文書の作成、連絡、会議資料の作成等の作業を行っています。

ヴァレンシュタイン准将は私達を鍛えようとしています。有りがたい事です。バグダッシュ大佐の口添えが有ったようですが、准将も忙しいのですから断ることもできたはずです。それなのに私達のために時間を割いてくれる……。グリーンヒル少尉とも話したのですが頑張らなければと思っています。

ここ最近ではヴァレンシュタイン准将の口利きでヤン准将とシミュレーションをしています。ヴァレンシュタイン准将曰く、“自分は忙しいからそこの暇人に鍛えてもらいなさい” 私も少尉も散々な結果ですが大変勉強になります。改めてヤン准将の凄さも理解できました。

三日前はヴァンフリートに基地を造る時の輸送計画の説明をしてくれました。私もグリーンヒル少尉もその複雑さにただただ感心して聞いていると“感心していないで少しは覚えなさい”と怒られました。もっとも准将は声を荒げるような事は有りません。冷たく見据えられるだけです。でもその時は身が竦みます。

今も私とグリーンヒル少尉は身を竦めています。先程バグダッシュ大佐から連絡が有り、帝国側の動きが有る程度分かったらしいのです。もうすぐバグダッシュ大佐が情報を持ってくるのですが、連絡が有ってから明らかにヴァレンシュタイン准将は緊張を漂わせています。

ドアを開けてバグダッシュ大佐が入ってきました。早足でヴァレシュタイン准将に近づいてきます。准将が椅子から立ち上がりました。ワイドボーン准将、ヤン准将も席を立って近づいてきます、やはり関心が有るのでしょう。バグダッシュ大佐が脇に抱えていたファイルをヴァレンシュタイン准将に渡しました。
「帝国軍の司令部の編成が分かりましたぞ」

准将がファイルを受け取り内容を確認します。皆が准将を取り囲みました。
「力を持っているのはシュターデン少将のようです。クラーゼン元帥も彼を頼りにしているとか」

「シュターデン少将……、知っているか?」
ワイドボーン准将が窺うような口調で問いかけました。
「知っていますよ、士官学校では教官でしたからね。お前は戦術の重要性を理解していないと随分嫌味を言われました」

准将はファイルを読むのを止め苦笑していますが、ちょっと驚きです。准将に嫌味を言うような人がいる? とても私には考えられません。帝国には凄い人がいるようです。

「どんな奴だ、出来るのか」
ワイドボーン准将の重ねての問いかけに准将の苦笑がさらに大きくなりました。
「柔軟性は無いですね、常識的な発想が主で臨機応変に対応できない。注意は必要でしょうが恐れる事は無いでしょう。帝国軍が彼の作戦で動くのならその動きを読むことは難しくない」

准将のその言葉に皆が顔を見合わせました。ワイドボーン准将もヤン准将もバグダッシュ大佐も頷いています。ヴァレンシュタイン准将の人物評価が外れたことはこれまでありません。勝てると思ったのでしょう。

「遠征軍の艦隊編制、将官以上の地位にある人間のリストも判明次第お渡しします。もう少しお待ちください」
ヴァレンシュタイン准将は頷くとまたファイルに視線を向けましたが直ぐにファイルをバグダッシュ大佐に差出し訝しげな声を出しました。

「……バグダッシュ大佐、このリストは? 遠征軍の参加者ではないのですか?」
「お気付きになられましたか、彼らはオフレッサー元帥府に新しく参加した人物です。少々気になる名前が有ります、確認していただけませんか……」

その言葉にヴァレンシュタイン准将の表情が変わりました。ファイルを睨み据え厳しい表情をしています。
「どうした、ヴァレンシュタイン?」
ヴァレンシュタイン准将の様子にワイドボーン准将が声をかけました。ヴァレンシュタイン准将が乱暴にファイルを差し出します。

ワイドボーン准将は無言でファイルを受け取ると声を出して読み始めました。
「アルベルト・クレメンツ、エルネスト・メックリンガー、アウグスト・ザムエル・ワーレン、エルンスト・フォン・アイゼナッハ、ナイトハルト・ミュラー、ウルリッヒ・ケスラー……、おい、この名前は!」

ヴァレンシュタイン准将だけでは有りません、ワイドボーン准将もヤン准将もバグダッシュ大佐も厳しい表情をしています。そして多分私も同じ表情をしているでしょう。

以前准将が言った帝国で本当に実力のある人達です。その彼らがミューゼル少将の下に集まりつつある……。元帥府に集まりつつあるという事はオフレッサー元帥の了承の下、集められたという事でしょう。それが何を意味するのか?

おそらくオフレッサー元帥はいずれは自分が宇宙艦隊を率いるときが来ると考えているのだと思います、そのために必要な人材を確保しようとしている。どうやらヴァレンシュタイン准将が言った最悪の予想が現実になりそうです……。




 
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